「こんにちわ」
「・・・あなた、誰?」
「俺はルルーシュ。君は?」
「あたし・・・」

少女は、何故このような所に普通の男性が居るのか分からなかった。仲良くしてくれていた友達は、様子を見てくると言って部屋を出て行ったきり戻ってこない。少女はこの世に生を授かって7年経ったばかりなのだ。まだ力の制御できない自分は警報が鳴った途端早々に施設の奥へと避難させられてしまった。大人たちが言っていた「しんにゅうしゃ」というものがどんなものなのかは知らなかったが、周りの様子を見ればそれは自分達を害するものなのだと分かった。鍵もついていない施設の一番隅の部屋に友達と一緒にじっとしていた。こういうことは初めてで、引っ越しは何回かあったが、初めての恐怖というものに小さな手を握り合いながら耐えた。そのうち遠くで鳴っていた銃声や叫び声が消え始め、いつの間にか辺りは静かになっていた。臆病だった少女は様子を見てくると言う友達を引きとめたが、友達は出て行ってしまった。すぐに戻ってくると言っていたのに、何分たっても友達は帰ってこない。恐怖と孤独感に耐えきれなくなりそうで様子を見るだけならと部屋を出て行こうとした、しかし、静かな辺りに一つの足音が聞こえてきて扉にかけていた手をひっこめた。だんだんと近づいてくる足音に何もない部屋の中をうろうろとし、扉が開いた音で床にしゃがみこんだ。殺される、瞬間的にそう思ったが衝撃は何もこなかった。扉の開いた音がしただけで何も起こらず、少女は恐る恐る扉の方を振り返る。するとそこには、服のあちこちをボロボロにしながらもその肌にはなんの傷もついていない一人の男性が立っていた。

「あなた、どうしてここにいるの?みんなは?あなたがしんにゅうしゃなの?」

男性は問いかけに何も言わないまま少女を見ている。その顔はとても悲しそうに歪められていたが、少女には分からなかった。部屋の中へと入ってきた男性にびっくりして、冷たい床の上を這いずりまわる。誰か助けて、いくら叫んでも少女の声は部屋に響くだけで返答はない。そのうち、部屋の隅へと追い詰められる。

「きょうしゅさまは!きょうしゅさまはどこ!」
「大丈夫、もう、大丈夫だから」
「いや!近づかないで!」

男性は少女の目線に合わせるように床に足をつくと、右手を少女の顔へと近づける。何かされる、少女は顔の前に両手を組み拒んだ。しかし幼すぎる少女の手は抵抗するにはあまりに細い。男性の手の影が少女の顔にかかった時、少女は一か八かと己の両目を見開いた。今まで何度も失敗してきたそれだったが、今はそんなことを考える余裕はない。開かれた両目があっという間に真っ赤に染まる。少女の目に浮かぶ濁ったように光りだした紋章に、男性は驚かない。少女の目から赤い鳥が羽ばたき、男性の目から脳へと伝わる。

「で、でていって!」

震える声で男性へ命令する。少女の鳥を真っ正面から受けた男性は、赤い色をその紫色の目のふちに滲ませていたが、次に男性が瞬きしたときにはその赤いふちは消えていた。ああ、やはり失敗してしまった。少女は絶望する。今までに成功しなかったんだから成功するわけない。無駄な命令をしてしまったため、力の代償が少女の身体を蝕む。少女の力の代償は、10秒間、呼吸ができなくなるというものだ。酸素の吸いとれない口をぱくぱくとさせる。男性の手が少女の両目を覆い、少女は自分の命の終わりを予想した。だが、少女を待っていたのは男性の優しげな言葉だった。

「呼吸ができないのか、可哀想に。すぐに貰うから、もう平気だ。大丈夫、痛みはない。じっとしてればいいから・・・」

男性の言っていることが何なのかは分からなかったが、見知らぬ母のような温かな声に強張っていた少女の身体から力が抜ける。もう目は塞がれて見えないが、男性が笑ったのが分かった。なにをするの?そう問いかけようにも代償の続く身体は言葉を紡げない。そうしているうちに、触れる男性の手が暖かくなるのが分かった。それと同時に、自分の目にある何かが吸い取られるような感覚。瞼の向こうに白い光が見える。あの光はなんだろう?以前に見た太陽というものに似ている気がする。あれは太陽なのだろうか?だとしたら、この男性は神様というものなのか。さまざまな考えが脳を駆け巡り、呼吸ができるようになった時、少女は意識を失った。



「おいルルーシュ、いつまでやっているんだ。V.V.に逃げられた、早く追わないと・・・」
「あ、ああ。分かった、今行く」

そう言ったものの動こうとしないルルーシュを見てC.C.は眉を寄せた。まさかと思いその細い肩を掴んで振り向かせると、ルルーシュは内側からの何かに耐えるように顔を歪めていた。無理をするなと言ったのにとC.C.がルルーシュの背中を撫でる。額に浮かんできた汗をルルーシュは乱暴に拭って、整えるように深く息を吐いた。心臓あたりがドクドクと脈打って、痛い。熱した鉄球を飲まされたかのように、身体の中心がとても熱い。目を擦ると、ずれてしまった両目のコンタクトがぽろりと床に落ちた。ルルーシュの両目は、赤い。

(やはり一度に大人数のギアスを受け取り過ぎたか・・・)

ルルーシュは不思議な力を三つその身体に宿した。一つはギアス、もう一つは不老不死。そしてもう一つは、"ギアスを奪う能力"。能力者あるいはギアスをかけられた者からギアスそのものを奪う能力。何故こんな力が生まれたのかは分からなかったが、ルルーシュがコードを受け取った際に新しい能力が目覚めたのだ。ある意味、彼にとっては残酷な力。相手のギアスを自分の体内へ吸収させてしまうというその能力は、ルルーシュに新たな力を与えた。ギアスの力を終わらせるというルルーシュの意志がその力を生んだのだろうか。自分にその力があると気づいた時、ルルーシュはすぐさま行動に移した。ギアス嚮団の殲滅。長い時間をかけてでも行おうとしていたことだった。殲滅と言っても殺すわけではない、能力を奪うのだ。数は何千といるが、ギアスの力を終わらせられるのなら数は厭わなかった。ルルーシュの決意にC.C.とロロは反対したが、いくら二人が説得してもルルーシュの意思は変わらなかった。結局、嚮団という巨大組織にたった三人で乗り込んだルルーシュ達は教主V.V.と数人を取り逃がした以外そこにいた殆どのギアス能力者のギアスを奪った。もともと嚮団に居たロロとC.C.のおかげでうまくいった作戦だ、ルルーシュ一人では絶対に成功しなかっただろう。ただ、やはり負担は大きい。ロロはそんなに何度もギアスを使っていられないし(本人は大丈夫だと言っていたが、明らかに顔色は悪い)、C.C.だってもう不老不死ではないのだ。それにルルーシュ自身がもたないということもある。ギアスを体内に取り込むと、身体が熱くなり息がしにくくなる。少し休めばそれは治まるが、何度も何度もそれを繰り返すと精神が削られてしまうのだ。不老不死と言っても感じる痛みや感覚は変わらない、ただ死ななくなるだけ。

「ルルーシュ、今日のところはもう引き上げよう、このままじゃお前が」
「しかしV.V.を逃がしたら・・・またギアス能力者が・・・」
「この状態で追えると思っているのか?それに、私とロロもそろそろ限界だ、一度引いた方がいいと思うがな」

ルルーシュがC.C.を見ると、C.C.の身体もルルーシュと同じようにボロボロだった。掠り傷だったり、切り傷だったり、戦いの激しさを物語っている。確かにこの状態でV.V.を追うのは無謀だ、返り討ちにあうのが見えている。ルルーシュは言葉なくただコクリと頷くと、糸が切れたかのように床に倒れこんだ。C.C.は倒れこんだルルーシュと抱き起そうとするが、傷ついた右手が邪魔をして起きあがらせることができない。せめてというように膝の上にルルーシュの頭を乗せると慈しむようにその黒髪を撫でた。部屋の隅には少女が倒れている。ルルーシュがギアスを奪った少女だ。今は気を失っているが、きっと目が覚めたら驚くだろう。他の人々も目覚めたら消えていたギアス能力に、どう思うだろうか。

(きっと、絶望するだろうな・・・)

嚮団に守られてきた人々は、突然能力も居場所も失ってしまったのだ。きっとこれからどう生きて行けばいいのかと悩むであろう。そして能力を奪ったルルーシュを、恨むのであろう。国籍も持たない彼らはここでしか生きられないのだ。その生きる場所をルルーシュは奪った、憎むのは当然だろう。あと数時間もしたら、中華連邦がここに来る。ルルーシュの差し金だ。ゼロとして、密かに星刻とコンタクトを取ったルルーシュは今までのことを詫びると共に嚮団の人々の受け入れを頼んだ。星刻としてはもうゼロは自分達と関係のない人物だし、国際指名手配中の男だ。下手に手を貸して共犯などと言われたらたまったものじゃないだろう。しかし、星刻は嚮団の人間を受け入れると約束した。何故だかは知らない、けれど、ゼロと星刻との間にあった貸し借りが関係しているのだろう。C.C.がルルーシュの頭を撫でつづけていると、扉のほうから鍋をひっくり返したような慌ただしい音が鳴った。そして猫がいたらびっくりして逃げてしまうであろう音で扉が開かれ、息を切らしたロロが立っていた。

「兄さん!」
「大声を出すな馬鹿、気を失っているだけだ」
「そ、そう・・・よかった・・・」
「いいからこいつを運べ、もうここを出るぞ」

ルルーシュの服を探り蜃気楼のキーだけを取り出す。ロロがルルーシュを横抱きにすると、C.C.は立ち上がりさっさと部屋を出て行った。蜃気楼はルルーシュ専用の機体で、ここへ来るときにC.C.は蜃気楼に乗ってルルーシュと一緒に来たのだがルルーシュがこの様子だと蜃気楼はC.C.が操縦するのだろう。どうせならルルーシュはヴィンセントに乗せたいなと思いながら、ロロは軽いその身体を抱えなおした。風邪をひいたようにルルーシュの身体は熱い。早くちゃんとしたところで休ませてやりたいと、ロロもC.C.を追って部屋を出た。人々があちこちに倒れる廊下を歩くのは変な気分だった。壊してしまった施設への入口の扉を開けば、二つ並ぶ機体が目に入る。膝をついて待機している蜃気楼は、もうC.C.が乗っているのだろう。キーボード式の操縦はきっと難しいのだろう、ロロはヴィンセントの傍まで寄ると器用にも片手でルルーシュを抱えたままコクピットへと乗り込んだ。一人乗りのヴィンセントのコクピットに二人は流石に狭い。先に座席に座り、膝の部分に横座りさせるようにルルーシュを寝かせるとモニターに不機嫌なC.C.の顔が映った。

『おい何をしているんだ、ルルーシュはこっちに乗せる』
『蜃気楼の操縦は初めてなんでしょう?操縦の安定してるヴィンセントに乗せたほうが兄さんに負担もかからないと思いますけど』
『お前、そんなこと言ってルルーシュを独占したいだけなんだろう』
『分かってるなら僕に譲ってくださいよ。行きは一緒に乗ったんだから、帰りくらい・・・』
『分かった分かった。だが、手は出すなよ?せめて帰るまで我慢しろ』

言い捨てるようにプチンと通信が着られる。ロロは内心勝ったと思いながらも苦笑した。やはりC.C.は不老不死じゃなくてもC.C.なのだな、と。そう考えているうちに、蜃気楼が飛び立つのが見えた。やはり操縦が不安定な蜃気楼は、高い天井を登っていく途中にもたまにぐらりと傾く。あのまま落っこちてきたりなんかしたら、どう受け止めればいいだろう。不安に思いながらもロロも両手に力を入れた。飛び立ち、教団を眼下に見下ろす。世話をしてくれた仲間達や年の離れた友達、今思えば彼らは家族だったんじゃないだろうか。でも、それも昔のこと。ロロは胸板に顔を預け眠っているルルーシュの額に触れるだけのキスをすると、ぐんと上昇した。二つの機体は青空の下へと飛び出し、視界いっぱいにEUの空が広がる。二つの機体はステルス機能を作動させるとすぐさま南西へ向かった。かつてC.C.を愛した男が残した白い家へ、これから自分達の帰る場所となるそこへ。





「いいかスザク、俺はこれから百年、千年、一万年先も生き続ける。たとえ世界が滅んでも、俺だけは生きているんだろう。俺は生き続けることで罪を償い続ける。死んで、それで終わりなんて絶対に嫌だ。生きて、生き続けて、終わりのない人生と共に俺は罪を背負い続けるんだ。」

死んだ人たちのためにも。そう言ってルルーシュは語るのをやめた。スザクの、高ぶっていた感情はいつの間にか消えていて、今はただルルーシュを見つめることしかできない。長い時間をかけてルルーシュは過去に己がしてきたことをスザクへ伝えた。もしかしたら、ただ長いと感じただけで本当はそんなに長く話していなかったかもしれない。でもスザクは、自身から語られるにはあまりにも辛いその生き様に心臓が締め付けられるような思いを感じていた。行われた悪行の裏の真意、本人にしか分からなかった思い。妹を守りたい、母の死の真実を知りたい、祖国に復讐したい。そんな思いだけが過去のルルーシュを動かしていた。幼いころに出会ってしまったルルーシュとスザクは、お互いの腹のなかを全て見せ合うことはできなかった。けれど、たとえもし昔の二人が他人から見たらただの友達だったとしても、あの時の二人は確かに思いが通じあっていた。スザクはいつの間にか自分の手が握り拳を作っていたことに気づき、そっと力を抜く。ルルーシュはもう何も言うことはないというように口を噤んだままだ。

「どうしてルルーシュは、いつも僕だけを置いて行っちゃうのかな」
「・・・なに?」
「僕だって、君の力になりたいって・・・思ってたよ」

もうルルーシュが自分の手の届かない存在になってしまったような気がして、スザクは悔しかった。もちろん最初にルルーシュの手(ゼロの手)を拒んだは自分だし、今さらだとは思うが。ルルーシュを捕まえたいと思いながら過ごしてきたが、今のスザクにルルーシュを捕まえる気力などなかった。ただ初めて知った真実に打ちひしがれ、ルルーシュという存在の強さに己の弱さを嘆く。

「今日さ、シャーリーやリヴァルと会ったんだよ」
「そうか」
「みんな元気だった。シャーリーは今度結婚するって・・・」
「それはめでたいな」
「ルルーシュはもうみんなのことは、いらないの?」

"いらない"そう言ったスザクにルルーシュは驚いた顔をする。なんでそういうことになるんだとルルーシュがため息をつく。ルルーシュが学園を離れたのには、色々な理由がある。万が一ゼロがルルーシュだとバレたときに迷惑をかけたくないということと、あそこに滞在していたらいつ来る敵に周りが巻き込まれるか分からないからだ。それに、成長しないルルーシュの身体にいつか気づく時が来るだろう。その他にもさまざまな理由が重なり、ルルーシュは学園を去ることを決めた。友達と別れるのは身を裂かれるほどの思いだったが、それでも彼らの幸せを考えたときに自分は邪魔だと考えてしまった。卑屈な気持ちばかりが積もるのだ。

「いらなくなんてない、だが、俺がいたらみんなに迷惑がかかるんだ」
「なら、どうしてロロは・・・」
「え?」
「どうしてロロのことを連れて行ったの?」

突然ロロの名前を出されて、ルルーシュは首を傾げる。今何でロロが出てくるんだろうと思いながらも、確かにスザクにとっては疑問に思うことなのかもしれないと思った。友達よりも偽りの弟を連れて行くなんて、理解できないだろう。

「ロロは、いいんだ。あいつは特別だから・・・」
「・・・特別?」
「ああ、あいつだけは俺を・・・否定しなかった、から・・・」

そう言いかけ、ルルーシュは後悔した。否定しなかったからとは、なんとも子供のような理由。だったら否定する存在は嫌いなのかと思われてしまうような言い方をしてしまった。スザクはルルーシュの言葉に何も言わず、ただ急に不機嫌になったように眉を険しく寄せている。やはり呆れているのだろうか。それでも、そういうほかにロロを連れて行った理由は思いつかなかった。一人きりの状況の中、ロロだけは自分を信じていてくれた。騙されていると分かっていながらも、ロロという一人の人間として傍にいたいと言ってくれた。そのことが、あの時は本当に嬉しかったのだ。ロロは一人の人間としてルルーシュが好きだと言った。勿論、恋愛感情としてだ。ふと、ルルーシュはだんだんと息苦しさを感じた。気のせいかと思っていたが、口を開くたびに取り入れられる酸素の量が少なくなっているようだった。気づいた途端、身体を襲う鈍い痛み。くらくらと頭が痺れ、弱い電流のような痛みが頭を流れた。スザクの前だからと表情は普通を保ち、心の中で舌打ちをした。

(やはりそんなに長くはもたなかったか・・・)

早く終わらせないと、ルルーシュがそう思っているとスザクが口を開いた。

「僕は、いつかルルーシュの特別になりたいって思ってた」
「・・・?」
「君を好きなのにゼロを受け入れられなくて、それで、訳が分からなくなって・・・」
「お前はお前なんだ。受け入れなくてはいけないのではなくて、自分が受けれてもいいと思うことを受け入れてほしい」
「でもそれじゃあ、ルルーシュを誰かに取られちゃうよ!」

そう大声で言うとスザクはルルーシュの腕を掴んだ。突然痛いほどの力で掴まれてルルーシュが痛みに声を上げるが、スザクは構わず空いた方の手でルルーシュの後頭部を掴んだ。成長の止まったルルーシュの身体をすっぽりと腕の中に抱き入れる。自分の肩口にルルーシュの顔を押しつける、ルルーシュは抵抗しない。両手を前で組んだ状態でスザクの腕の中に抱かれたルルーシュは、今の状況が全く理解できず混乱していた。なんで急に抱きしめられたのとか、やっぱり身体が大きくなっているなとか、そんな考えが頭の中をめぐる。顔が見えないよう、そのままの体勢でスザクはルルーシュの耳元で囁いた。

「・・・なんとなく分かるよ、ロロとルルーシュの関係・・・」
「っ・・・!」

腕の中でルルーシュの身体がビクリと跳ねたのが分かった。やっぱりね、と呟いてスザクは胸の痛みを我慢するように目を閉じる。薄々、そうなんじゃないかと思っていた。ロロとルルーシュの関係が、ただの兄弟なんかじゃないということに。ルルーシュの監視役としてルルーシュの傍にいるとは分かっていたが、学園に戻ったときロロにどうしようもなく嫉妬した。当然のように隣に居て、当然のように一緒にいる二人。ルルーシュの隣は自分の場所だったのにと思っても、あの時の時間は戻らない。学園での生活の中でも、先ほどの二人のやり取りも、見ていて何処か只ならぬ空気が窺えた。それは自分がいつかルルーシュとなりたいと思っていた関係であって、ロロのように素直にルルーシュを選べなかった自分には掴み取ることのできなかった関係だった。

「いいんだ、君が望んだ関係なら僕は何も言わないから」
「・・・すまない」
「でも知っててほしいんだ、僕の気持ち。僕も君を好きってこと・・・」
「スザク・・・。・・・っく」

突然、ルルーシュが咳き込む。軽い咳だったそれがだんだんと大きくなり、ルルーシュの身体が震え始めた。腕の中のルルーシュがいきなり苦しみだし、スザクは驚いてルルーシュの顔を見た。ルルーシュの顔は真っ青だ。苦しそうに口元に手をやるルルーシュの背中を撫でながら震える体を支える。

「っどうしたのルルーシュ!?」

何が起こったのか分からずルルーシュに問いかける。ルルーシュは答えようと口を開くが、咳で上手くしゃべれないらしく途切れ途切れにスザクの名を呼ぶだけだった。もしかして何かしてしまったどうかと考えてもスザクに心当たりは全くなく、本当に突然にこんな状態になってしまったのだ。とりあえず寝かせようかとルルーシュを抱き上げようとしたスザクの腕を、ルルーシュが掴んだ。

「スザ・・・ダメだっ・・・もう、時間・・・がっ・・・」
「時間?うわっ!」

ドンと力強く押されて身体を離される。その細い腕にそんな力があったのかと思うほどの強さで押されてしまい、スザクは尻もちをついた。床のない空間だが、尻には何かにぶつかったような衝撃。スザクがルルーシュを見上げると、ルルーシュは肩で息をしながら自分の服をぎゅうと掴んでいた。立ち上がろうとしたが、それは叶わなかった。身体が、動かないのだ。見るとスザクの腕と足に黒い靄のような何かが掛かっていて、掴まれている感覚はないのに靄がかかった部分がピクリとも動かない。

「ルルーシュ!」
「すまないスザク、もう限界みたいだ・・・」
「限界・・・?」
「この空間はお前に俺の精神の一部を流して作ったものなんだ。ただ、これをやったのはお前が初めてで、もう俺の身体が限界らしい・・・っ」

ルルーシュの瞳の紫に、ノイズが入るように赤が混じりはじめる。この空間そのものがルルーシュによって作られたものだったのか、だとしたら今自分の手足を拘束しているこの靄もルルーシュの意思なのだろう。限界と聞いて、スザクはルルーシュとの別れの時間が来てしまったことを悟った。まだ想いを十分に伝えていないのに、まだ聞きたいことがたくさんあるのに。ルルーシュがくるりを後ろを向く。ルルーシュの背中に、スザクは叫んだ。

「待ってルルーシュ!行かないで!」
「ごめんスザク、本当はもう二度とお前に会うことはできないと思っていたんだ。でも、こうして話せることができて・・・よかった・・・っ」
「もう会えないみたいに言わないでよ!ルルーシュ、好きなんだ!こっちを向いて!」

ルルーシュの声が泣いているように震えていて、動けないもどかしさにスザクは必死に声を上げる。その顔を見せてほしくて何度も叫ぶが、ルルーシュはただ横に首を振るだけだ。ルルーシュの足が動きだし、深い闇の先へと歩き出す。一歩一歩はゆっくりだが、確かに進んでいる。さよならなんてしたくなくて、スザクは最後の望みをかけてルルーシュに問いかける。

「僕に、なんでギアスをかけたんだ!何で生きろって言ったんだよ!!!」

気づけばスザクは泣いていて、馬鹿みたいにボロボロと涙を流す。まだ聞いていないルルーシュからの真実。あのギアスが無意味なものだったとしても、スザクは自分にかけられたギアスの意味を知りたかった。スザクの言葉に、ルルーシュの足がピタリと止まる。しばらく沈黙が流れ、小さな声でルルーシュが言った。


「お前が・・・好きだったからだよ」


ハッと息が止まる。スザクは、ルルーシュの言った言葉の意味が一瞬分からなかった。すきだったから。そう、確かにルルーシュは言った。

「好、き・・・」
「お前が、お前が大事だったから・・・お前に死んでほしくなかった・・・っ」

まさか、スザクはある一つの可能性を思い浮かべた。まさか自分達は、同じ想いだったのではないのだろうか・・・?だとしたら、自分達は今までなにをしてきていたのだろう。同じ思いと気づかずに、どれだけの時を過ごしたのだ。ぶるぶると肩を震わすルルーシュは、きっと泣いている。そんなルルーシュがどうしようもなく愛おしく、スザクはその身体を抱きしめてやりたかった。だが黒い靄は消えない。きっとこの靄はルルーシュの決意でもあるのだろう。

「だったら、だったら・・・諦めさせるなよ!僕を、諦めさせないでくれよ!」
「っ!」
「君がいくら逃げようと、ロロとどんな関係であろうと、僕は君を追うのをやめない!君をずっと追い続ける!」

だから!そうスザクが叫びかけて、止まった。ルルーシュが振り返ったのだ。そのルルーシュの顔はこの世で一番美しく、また儚げな笑顔であった。葛藤を続けている赤と紫の瞳から流れ出る一筋の涙がルルーシュの頬を伝い、落ちる。

「お前は本当に馬鹿だな・・・俺は・・・ゼロなんだぞ・・・っ・・・?」
「ルルーシュ・・・」
「お前にかけたギアス俺がもっていくよ、お前はお前自身の力で生きてくれ・・・」

ルルーシュが胸に手を当てると同時に、闇だった空間に一筋の光が射した。ルルーシュの後ろから射す強烈な光に、思わず目がくらむ。光はだんだんと広がっていき、ルルーシュの身体を隠すような大きさまで膨らんだ。だか光はとても温かくまるで、そう、太陽のような。

「スザク、お前が俺を好きだというのなら俺を捕まえてみろ。いつかお前に捕まる時が来たら、その時は・・・」

酷い耳鳴りと共に空間が崩壊する。割れたガラスのように闇の破片が彼方に消えていくのに、スザクはただ目の前のルルーシュを見つめた。ルルーシュの背に赤い羽根が見える。ルルーシュの背中の紋章が膨大化し空中に浮いていた。何処からともなく強い風が吹き荒れ、剥がれた闇の破片を巻き上げながらルルーシュの足元へ溜まる。スザクの手足にかかっていた靄も消え、羽根のようなふわふわとしたものがスザクの手足を包んでいる。拘束が解かれスザクが立ち上がろうとした瞬間、踏み出した足がガクンと下へと落下した。

「わっ!?」

階段を踏み外したかのように身体が傾き、尻もちをついていた体勢のままスザクは宙へ放り出された。空から落ちるように身体が落ちていき、ルルーシュの姿が遠くなる。届かない手を伸ばしスザクは最後に届けとルルーシュ向って叫んだ。

「ルルーシュ!愛してる!」

遠目でも分かるほど、ルルーシュの目が見開かれる。悲しげに顔が歪んで、すぐにふわりと笑った。

「スザク、俺は――――――――――」

ルルーシュの最後の言葉は、急に遠のいていった意識によって聞こえることはなかった。




スザクが意識を取り戻すと、汚い廃工場の地面に倒れていた。ハッと見回すとルルーシュはいなくなっていて、ロロに預けていた荷物だけが自分の横に置かれていた。携帯を取り出して時間を確認すると、既に夕刻を回っている。剥がれた天井から見える空は綺麗なオレンジ色をしていて、誰に言うわけでもなく逃げられてしまったと呟いた。

「はは・・・ははは・・・」

乾いた笑いが零れる、何がおかしいのだろう、分からなかったが何だか笑いが止まらなかった。スザクは目に手を当て、空を仰ぐ。目を押さえる手が濡れてきたことに気づかないふりをして、最後のルルーシュの姿を思い出す。

「ルルーシュ、僕は絶対に君を捕まえるよ」

全ての罪を背負い生きると決めたルルーシュを捕まえて、今度こそ離さない。今度こそ、その手を握るのだと。策略家のルルーシュのことだ、きっとそう簡単には捕まってくれないだろう。今までだってそうだった。けれど、スザクは絶望なんてしていなかった。むしろ、星のように輝く希望の光を見出した。生きる理由、償うべき罪とそれを背負う意味。どうやらもう少し時間はかかりそうだ。

「僕が答えを見つけたら、君は笑ってくれるかい・・・?」

全てに対する想いと答えを。目を押さえた手を真上へかざした。夕暮れの空に、ちっぽけな自分の手が縁取られる。自分が辿り着く最果てにはルルーシュが居ると信じて、スザクは目元に溜まった涙を落とすように瞬きをした。

この手は全てを掴み取るために。


END









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長々と続いてきましたがこのお話で終了です。
ロロルルと言いながらもロロルル要素が少なくて申し訳ありませんでした。
作中に出てきたC.C.を愛した男が残した白い家ってのは、マオのことです。
マオの買った白いおうちにルルC.C.ロロの三人で住んでます。家族家族。
最後にうまくまとまらなかったかもしれませんが、雰囲気で感じていただけたら嬉しいです。
余談ですが、4話でルルがやけにスザクを突き放そうとしたのは最初にぶつかったときにスザクの記憶がルルーシュも見えてしまい スザクも自分のことを好きだったと知ってしまったため突き放そうとしていました。本当は作中で説明したかったけどできなかったのでここに・・・笑
ありがとうございました!