朝、早いものは6時には出社してくる。だからそれよりも早く会社へ行き警備の準備をするのが藤堂の毎朝の仕事だ。今日も誰も居ないロビーをガラス越しに見てから裏口へ回りそこから会社の中に入ると迷わず警備室へ向かった。カードキーを差し込んだあとに扉を開けると、入ってすぐにある簡易ベッドで珍しい人物が眠っている。本来ならば引かれるはずのカーテンも引かずに固い簡易ベッドで身体を横にして眠る彼を見て藤堂は一瞬驚いて身体の動きを止めたが、すぐに扉を音をたてないようにゆっくり閉めた。パ、タンと扉の閉まる音が部屋に小さく響く。身じろぎひとつせずにすうすう眠る彼のことを藤堂は知っていた。いつもならば自分が来る前、もしくは来てからすぐに帰る彼がこうして寝ているところなんて初めて見た。格好は上着を脱いだワイシャツ姿だったが、下半身は警備服のままだ。きっと少し休むつもりで眠ってしまったのだろう。もし彼がこのあと本当は用事があったら起こしてやるべきだとは思うが、用事がなかったら起こしてしまうのも可哀想だ。扉の前で彼の寝顔を見ながら藤堂は少し考えた結果、簡易ベッドを区切るカーテンを優しく閉めた。いつも頑張っている彼なのだからたまには良いだろう。あとで何故起こしてくれなかったのだと言われても、それは寝てしまった君が悪いと言ってやろう。そう思って藤堂は監視モニターの前に座った。いくつもあるモニターは何度も場所と視点が切り替わり、リアルタイムで監視映像が入ってくる。そのうちの一番手前にある古いモニターをキーボードで操作すると、画面が切り替わり昨夜の藤堂が帰ってからの会社の監視映像が早送りで流れ始めた。万が一にもないとは思うけれど、もし不審者が侵入していたりしていた時のために藤堂は毎日自分が帰ってからの監視映像を確認している。モニターの中でさらに四分割された映像は倍速で流れていく。チラチラと人影があったりするがそれはそこで寝ている彼だったり、開発部のあの奇妙な男と世話好きの女だったり。普通の人ならば見分けのつかない監視映像でも藤堂のたぐいない動体視力はそれを捉える。しかし特に何かがあるというわけでもなく、ただ人が通り過ぎていくだけだ。そんな変化のない映像を確認していた藤堂は映像が企画部のフロアに切り替わってから、ふと、映像の端に人影を見つけた。映像を止めてみるとそれはすぐに誰だか分かった藤堂だったけれど、その男の隣にそこで寝る彼が居ることに少し驚いた。倍速から通常再生にして映像を見てみると、どうやら二人は会話をしているようで時折笑っているのか肩が小刻みに上下している。

(・・・こうしていると、ただの青年だな)

確か二人は同い年だったような記憶がある。仕事での彼しか知らなかったけれどこの映像に映っている彼の表情は仕事というよりは素が出ている、まるで本当に普通の青年のように見えた。時間にしたらきっとほんの10分もなかっただろう、すぐに彼は何処かへ去って行ってしまった。本来ならば職務怠慢だと怒るべき所なのだろうが、彼はいつも真面目すぎて逆にこういう所を見つけると嬉しくなる。藤堂がそう思っていると背後でカーテンを引く音が聞こえた。振り返り見てみるとそこには彼が少し寝グセのついた髪で立っていて、眠そうに眼を擦っている。藤堂はくるりと椅子を回転させてニヤリと笑う。

「おはよう、と言ったほうがいいか?ルルーシュ君」
「おはようございます。すいません、俺寝るつもりはなかったんですけど・・・」
「別に怒るつもりはない。寧ろ君は少し働き過ぎだからな、眠ったほうがいいだろう」
「お気遣いありがとうございます」

すぐにシャンと背を伸ばしたルルーシュは藤堂の隣の椅子に座るとテーブルの上に置いたままだった監視システムのログを差し出した。これが昨夜の記録ですと言ってルルーシュがそれにサインをすると藤堂はそれを受け取り確認する。寝起きだろうがやはりルルーシュはやることはきちんとやることのできる人間だなと思う反面几帳面すぎて恐ろしい部分もある。ルルーシュの年齢ならば、言ってしまうのは何だがもっと仕事には手を抜いてもいいだろうに。藤堂が書類を確認しているとルルーシュが、あ、と声を漏らした。どうしたのかと藤堂が顔を上げるとルルーシュの目は手前のモニターを見ていて、丁度企画部のあの映像で一時停止しているところだった。

「ああ、そういえば枢木と仲がいいんだな?」
「・・・ごめんなさい、仕事中のはずなのに無駄話なんか」
「いや、これくらいは構わん。それに今までも見ていたしな」
「やっぱり、ですか」
「君だって気づいていただろう?」
「まあ、藤堂さんが映像チェックするのは知ってましたけどね」

クスクスと悪戯っぽい笑みでルルーシュが笑う。その笑みとさっき映像の中で見た笑みは似ているようで似ていない。言ったように藤堂が枢木とルルーシュが話している姿を監視映像で見たのはこれが初めてじゃなかった。確か一番最初はいつだっただろうか、何をしに来たのか深夜に会社に来た枢木が企画部の階のエレベーター前で腰を抜かしたのを見たのが最初だっただろう。きっとルルーシュが居るとは知らなかったスザクはルルーシュを幽霊か何かだと思ったのだろう。書類を盛大に巻き散らかしたその瞬間の映像はいつ見ても普段あまり笑わない藤堂でも笑ってしまう。それから間を置いてからちょくちょく監視映像の中に枢木とルルーシュが会話をする姿が見えるようになった。

「スザクって企画部でしょう?新製品の相談とか聞いてるだけですよ」
「警備員にアドバイスを求めるなんて、枢木もまだ若いな」
「それを言ったら、俺だって若いですよ?」
「君は枢木よりもしっかりしているからな、相談を求めてしまいたくなるのも分かるさ」
「それ褒めてます?それとも、老けてるっていうことですか?」
「さて、どちらかな?」

今度は藤堂が悪戯っぽく笑ってみせた。もう、と苦笑しながらルルーシュが藤堂から書類を受け取るとそれを足下にある棚にしまった。藤堂が監視映像を見ている間にルルーシュは監視システムの設定を行う。恐らくここの会社の警備部では一番下っ端のはずのルルーシュだったが技術力は藤堂と同等あるいはそれ以上のものだ。もともと藤堂がアナログな人間だからということもあるだろうが、ルルーシュの素早いタイピングを見ていると藤堂は年上の自分でもそんなことはできないと思ってしまう。そうしていると、なんとなく藤堂は口を開いた。

「それにしても君がここで寝るなんて珍しいじゃないか」
「はは・・・昨日は他にも単発の仕事があったんで多分疲れてたんだと思います」
「そうか。このあと用事はあるのか?本当は君を起こそうか迷ったんだ」
「いえ、今日はこれで終わりです。あ、でも妹の病院に寄って行こうかなとは思ってました」
「妹さんか・・・」

藤堂は思わず顔を渋くさせた。ルルーシュには入院をする妹がいるのだが彼がこうして働くのも彼女のためなのだと思うと、その年齢で並々ならぬ苦労をしているのだなと思ってしまったのだ。そんな藤堂の表情を悟ってかルルーシュは、でも最近は具合もよくなったんですよと笑ってみせる。しかし藤堂にはそれが逆に作り笑いのように見えた。ルルーシュが立ち上がりロッカーに警備服を仕舞っている間、藤堂は残っていた昨夜の監視映像を全てチェックした。

「それじゃあ、お先に失礼します。今日は0時からでいいんですよね?」
「あ、ああ。すまないな、時間を早めてもらって」
「いいですよ、藤堂さんにはいつもお世話になってますから」

藤堂はそんなルルーシュの言葉を聞くたびに、まだ若いのにと何度も思ってしまう。憐れみだとか同情とかでは断じてない、けれど、ルルーシュほどの人材がこのような場所で留まってはいけないと思うのだ。ルルーシュより幾つも年上の藤堂はこの道を選んだことに後悔はしていない。ルルーシュの立場はまだ派遣に近いアルバイトというような形ではあるが、彼がこのほかにもいくつか仕事を持っていることは知っている。できることなら、どれか一つの安定した職に就いて昼夜が逆転した生活から脱出してもらいたいとは思う。でもそれは全て藤堂の意見であって最初から最後まで決めるのはルルーシュだ、口出しすることはできない。しかし。

「じゃ、失礼しま・・・」
「待ちなさい、ちょっと」

出て行こうとしたルルーシュを藤堂は止め手招きした。開きかけた扉を閉めてルルーシュは首をかしげながらも藤堂に近づく。何ですか?と大人しく自分の前に立つルルーシュの肩を下に押してしゃがませた。椅子に座る藤堂の腹あたりまで視界が下がったルルーシュは何なのだろうかと訝しげに藤堂を見上げる。すると、ルルーシュの肩を掴んでいた藤堂の大きな手がルルーシュの頭のてっぺんに乗せられた。ぽんぽんと軽く叩くようにしてから髪の毛を弱く掻き回した藤堂に、一瞬何をしているのか分からなかったがすぐにそれが頭を撫でられているのだと分かった。ルルーシュは顔に火がついたようにボッと赤くなって飛び起きる様に立ち上がって身を引いた。いつもとらしからぬ藤堂の行動に藤堂さんはいったいどうしてしまったんだと思いながら乱れた髪の毛を乱暴に直す。

「な、な、何してるんですか藤堂さん!」
「あ・・・ああ、いや。たまには苦労を労うべきかと思ってな」
「だからって頭撫でられても、子供じゃないんだから嬉しくありませんよ・・・」

恥ずかしそうに頬を染めたままルルーシュが視線を逸らす。子供じゃないんだからと言うが藤堂にとってルルーシュは同僚というよりは自分の子供というような感じに近かったせいか、つい子供扱いをしてしまうときがある。勿論、年齢的に見てもルルーシュはまだ成人もしていない子供なのだが。成人していないから子供、と決めつけているわけではないが、やはりたまに取り乱すところなどみると彼にも若い部分があるのだと安心するのだ。満足げに笑みを浮かべる藤堂を一瞥してからルルーシュはもう行きますねと、そそくさと出て行った。よほど恥ずかしかったのか出ていくまでルルーシュの耳は赤かった。一人になった警備室で藤堂はそろそろ自分もロビーに立つかと腰を上げる。まだ警備服にも着替えていなかったことに気づきロッカーを開けると、モニターについさっき出て行ったルルーシュが映っていた。ロビーから裏口に向かって小走りする私服のルルーシュは、警備服を着こんで仕事をするルルーシュとは別人のようにただの青年だった。