再建されたアッシュフォード学園は、あんな恐ろしいことがなかったようにあの頃のままだった。一度破壊されたはずの建物だと分からないくらい自然に、アッシュフォー学園の校舎は建っている。それを仮面越しに眺めて僕は、あの頃をとても懐かしく感じた。車椅子を握る僕の手にナナリーの手が重なり、皆で花火を見上げる。一緒に花火を上げよう、そんな約束をルルーシュは会長やリヴァルとしたらしい。その約束を果たせと彼に命令されたのか、屋上にふたつの人影が見える。きっと皆には見えないだろうが僕の視力では生憎屋上で動く人影が見えてしまった。オレンジ畑に籠っているだけかと思いきや、あんなところでジェレミア卿やアーニャは彼の意志を皆に伝えようとしている。言葉を発することはできないけれど、僕は明るい空に打ちあがっていく花火を見ていた。誰も僕が、ゼロがここに来ても驚かない。むしろナナリーが来たことのほうに驚いていたようにも思える。ジェレミア卿に解かれたギアス、皆はナナリーのことを思い出した。一時期の間、けれども皆に忘れられていたナナリーはその再会を喜んでいた。でも、何も知らないジノは戸惑っていたようだ。ジノは、私だけが何も知らないみたいだとよく言っている。けれど僕からしてみれば、何も知らないほうが幸せなような気もする。知ってほしくない、というわけではない。ただ真実を知るということは、本当に辛いことなのだ。それが本当だと分かっているからこそ、変えられないからこそ、真実を知るのには勇気が要る。僕が、ルルーシュの真実を知った時だって。

「ス・・・ゼロさん、あなたに見てもらいたいものがあるんです。よかったらクラブハウスに連れて行ってくれませんか」

唐突に、ナナリーが僕にそう言った。僕は驚いてナナリーを見たが、会長はそれはいいわねと言って手を叩いて笑っている。校舎が再建されたのだ、クラブハウスが再建されててもおかしくはない。だがあそこはかつてナナリーとルルーシュが暮らしていた場所でもあるのだ。その場所に行きたいという気持ちは分かるが、あまり僕は行きたくはなかった。いくら同じ場所でも、もうあの場所には誰も居ない。それを思うと言いようのない気持ちが胸の奥から湧いてくるのだ。僕が渋っているとナナリーが願うような瞳で僕を見つめてくる。じっと、何かに気づいてほしいというなそんな瞳で。ナナリーの瞳は、ルルーシュには似ていない。けれど、ユフィとよく似ていると思う。いつだって僕の背を押すような、そんな瞳だ。僕はただ一度だけ頷いて、車いすを押しクラブハウスへ向かった。皆も来るものだと思っていたけれど、何かを察したのか皆は僕とナナリーだけをクラブハウスへ行かせ自分達は新校舎を見に行くと言って行ってしまった。僕とナナリーのふたりきりになり、僕たちはクラブハウスの前まで来た。

「・・・ここがクラブハウスですか?」
「ええ、そうです。以前と全く変わっていません」
「そうですか、私は初めて見ましたが・・・ここが・・・」

二人きりになったからと言って口調を崩すわけにもいかず僕は淡々と答える。ナナリーは何かを考える様にクラブハウスの外観を見つめている。まだクラブハウスに住んでいた時、ナナリーは目が見えなかった。だからナナリーは初めてクラブハウスを見たことになる。今までずっと住んできていたはずなのに、初めて見るというのは複雑な気持ちであろう。僕は車椅子を押し進めてクラブハウスの中へ入った。エントランスをぐるりと見回すナナリーと一緒に僕も辺りを見渡す。本当に何も変わっていない。ただ、床が前よりピカピカで壁だって汚れ一つない。前にシャンパンを盛大に割ってしまった時に作った床の傷など勿論あるわけがなく、やはりどれだけ見た目が同じでも思い出まで再現できるわけがない。けれどナナリーは、よくここでパーティーをしましたねと笑った。見えなくても覚えているものはあるということなのか、僕は何も答えることができなかった。そして僕たちはナナリーとルルーシュが暮らしていたクラブハウスの一角へと向かった。リビングルームとして使われていた部屋の前に到着すると、僕はあれと違和感を感じた。何故ならそこだけ、扉の隣に奇妙な装置があったからだ。他の部屋にこんなものはなかったのにと首を傾げると、ナナリーがその装置に触れた。

「ミレイさんがつけてくれたんです、私達が住んでいた部屋に誰も入れないように」
「それは、何故?」
「ゼロさん、いえ、スザクさんも見ていただければ分かると思います」

僕の名を呼んだナナリーに思わず身体が強張る。僕の動揺を余所にナナリーは装置に触れて扉に掛けられていたロックを解除した。途端、扉が静かに開く。そして僕は飛び込んできた風景に思わず目を見開いた。新しく作られた部屋のはずなのに、そこはまるで以前から誰かが住んでいたかのように家具が揃えられて、しかもその家具全てが見覚えのあるものだった。何度もこの風景を僕は見てきた。テーブルの上のティーセットだって、サイドテーブルの写真立てだって、全て昔ルルーシュとナナリーがここに住んでいた時と同じだ。驚く僕を促す様にナナリーが車いすを操縦モードに切り替えて自ら部屋の中に入っていく。僕はその後ろを呆然とついていった。そして部屋に踏み入れた瞬間、鼻をかすめた匂いにまた驚いた。先ほどの廊下とはまるで空気が違う、ここは、あの頃と同じ匂いがする。驚きで何も言えない僕を一瞥してからナナリーはサイドテーブルの写真立てを取った。

「ここにあるものの半分は本物ですが、もう半分は偽物です」
「どういう意味・・・ですか」
「ミレイさんが協力してくださったんです。あの頃のお兄様を忘れないように、家具など以前と変わらぬものをそろえていただきました」
「っしかし、この食器やその写真は・・・!」
「これは私が本国へ持ち帰っていたものと、それと・・・お兄様の遺品をここへ移動してきたのです」
「・・・!」

ルルーシュの遺品、そういえばルルーシュが死んでから彼の私物は何処へやったのか考えたことがなかった。気がつけばなくなっていたからジェレミアかC.C.が何処かへ保管しているのだろうと思っていたのだがまさかここへ移動させられていたとは。ナナリーは手の中の写真をジッと見つめている。その写真は生徒会のメンバーが映っている写真だがナナリーの姿はない。その代わり、ロロやジノやアーニャが映っている。新生徒会の写真の隣には旧生徒会の写真が飾られておりそこにはちゃんとナナリーが映っていた。

「私はここに居た時、目が見えませんでした。ですからこの風景が本当に昔のままなのか分かりません。でも、なんとなく分かるんです。私がここに座って、そして手をのばせば・・・ほら、テーブルの中心に手がつく。私のイメージと実際の部屋の様子が全く違わない。でも、この窓辺にある花瓶は私は知りません。きっと私が居ない間・・・ロロさんとお兄様が住んでいた間に置かれたものだと思います。ここは私のいた場所と言うより、お兄様が存在していた場所なんでしょうね・・・」

ナナリーがそう呟いて空のティーカップを掌に握っている。それはよくルルーシュが愛用していたものだ。ちょっとだけ持ち手が面白い形をしていて、ナナリーは手の感触でそれを覚えていたのだろう。俯くナナリーの背を見て僕はその肩に手を伸ばそうとしたが、小さな肩が微かに震えているのを見て手を止めた。ナナリーが悲しみを含んだ声で僕を見ないまま言う。

「暫く、ひとりにしていただけますか・・・?」
「・・・分かりました」
「人は払ってあります、よろしかったら他の場所も見てきてください。ただしその重い仮面とマントは外して行ってくださいね」

ここで仮面を外すのは、と僕は困ったが震えるナナリーの背が痛々しく仮面をテーブルの上に置いた。畳んだマントの上に仮面を置き直して、クリアになった視界で部屋を見渡す。こんなにそのまま再現されると、僕は心が動揺して仕方がない。考えたいことがあるのだろうと僕はそのままリビングルームを出た。誰も居ない廊下を歩きながら、あのリビングルームでナナリーは何を思うのだろうかと考える。ナナリーは、ルルーシュが死んでから自らの足で人生を歩んでいる。それまでずっとルルーシュに守られるだけの存在だった彼女が一人でちゃんと道を進めていると知ったらきっとルルーシュは喜ぶであろう。けれど、ナナリーにもう家族はいない。父であるシャルルや母であるマリアンヌ、そして兄であるルルーシュ。全てこの世から消え去ってしまったのだ。義理の兄弟達でさえ、生きているものは少ない。ルルーシュが皇帝になって貴族階級が撤廃され、皇族達はその地位を追われた。そして帝都ペンドラゴンに落とされたフレイヤによってその殆どは死亡してしまったのだ。帝都ペンドラゴンにフレイヤを落としたナナリーは、そのことをよく分かっている。自ら消した命の数も多いことを理解しながら彼女は進んでいるのだ。久々にマスクを外したまま出歩くと落ち着かないものだが、それより僕は次々に飛び込んでくる懐かしい景色に心が揺さぶられていた。キッチンルームへ行く、よくルルーシュはあそこで料理をしていた。僕と再会してから間もなくクラブハウスに招待されて、それでルルーシュは料理を作ってくれた。

『ほら、和食なんて久しぶりだろう?味付けはオリジナルだが、間違ってはいないだろう』

誰も居ないキッチンにルルーシュの姿が見えたような気がして、僕は頭を振る。頭の中に響いたルルーシュの声に、僕は何を考えているのだろうかと拳を握った。ここには誰も居ない、ここはあの時の本当の場所じゃない。分かっているはずなのにどうしても懐かしくて、胸が痛い。ずっと居たら何かが壊れてしまいそうで僕はキッチンから逃げるように出ると次にバスルームへ行った。洗濯機を眺め、ここでもよくルルーシュは洗濯をしていたなと思い出す。空の浴槽に足を入れて中でしゃがんでみると、ひんやりとした冷たさが服を通り抜けて肌に伝わってくる。僕がここでこうしていて、ルルーシュは僕の脱いだ服を拾っては洗濯機の中に投げ入れていた。

『脱いだものはすぐに洗濯機に入れろと言ってるだろう』

バスタブに肘をついて、洗濯機を眺める。うっすらとルルーシュの姿が浮かび上がり僕の服を洗濯機に入れていた。僕は持ち帰って自分で洗濯するからいいと言っているのにルルーシュは汚れはすぐに落とさないと染みになると言って聞かなかったっけ。でも僕はそれより、僕が全裸の横でルルーシュが何でもないように洗濯をしているのが恥ずかしくてそれでよく騒いだりした。ここで身体を合わせたこともあった。思わず口元が緩んだことにハッと気がついた僕は急いでバスタブから出た。僕は何を思い出しているのだろう。居ないルルーシュの姿を見たりして、思い出に浸っていたとでもいうのだろうか。僕は個を捨てなければいけないのに、ルルーシュは僕が殺したのに。僕は怖くなってバスルームを出た。廊下を進み歩きながら片手で頭を押さえる。幸せなときの記憶ばかりが蘇って頭が痛い。違う、もうあの幸せな時間は戻ってこない。ここにもうルルーシュはいない、なのに。正体のわからない気持ちが胸の奥をじわじわと侵食してくる。僕は自分に冷静になれと言い聞かせるように唇を噛んだ。

(あの頃はまだ僕は何も知らなかった、ルルーシュがゼロなんて思いもしなかったっけ)

再会して嬉しかったけど距離を置くべきだと僕はルルーシュに言った。でもルルーシュはそれを聞いてくれなくて皆の前で僕のことを友達だって堂々と言ったりして、それで生徒会に僕は入ったのだった。軍に居た時には経験なんてできなかった幸せで楽しい時間。ユフィが僕を学校に行かせてくれるチャンスを作ってくれなければルルーシュ達とも会えなかったのだろう。僕はあの頃幸せだった、幸せだったけれど心のどこかで誰かが僕を罰することを望んでいた。父を殺した罪を自分の死で償えれば、そう思っていたりもした。でもそれは違うんだって気づいたりして、僕は辛い道を歩んでいた。その中で僕とルルーシュは、身体を合わせていた。僕とルルーシュは、たぶん恋人同士だった。たぶんというのは確証がなかったからだ。告白は一応した、けれどはっきりとした返事をもらったことはない。でもルルーシュは僕を求めていてくれたし、僕もルルーシュを求めていた。ルルーシュと初めて再開したのがシンジュクゲットー、二度目の再会はこのアッシュフォード学園。二度目に再会した時、既にルルーシュはギアスを持っていたのだろう。戦う、決意を。そして僕は何も知らずにルルーシュを抱いていた。僕は深く考えていなかったんだ。ルルーシュがどれ程のことを考えていたのか、自分のことだけで精いっぱいでルルーシュが何を思っていたのか理解していなかった。いつの間にか僕たちの間に亀裂が入って、僕たちは敵対する立場にいた。

(色々なこと・・・本当に、色々なことがあった)

いつの間にか僕とルルーシュは手を取り合って、そしてゼロレクイエムという計画を成し遂げた。それしか道がなかったというわけではない、けれど、僕とルルーシュの望む形が一致したのがこの計画だったのだ。僕は僕であってはいけない、そのはずなのに僕はここにいる。クラブハウスにゼロは全く関係ないのに、僕はどうしてこんなにも懐かしみながらここを歩いているのだろう?ナナリーも分かっているはずなのに僕にこれを見せたがっていた。どうして?僕はもうスザクでいてはいけないのに、どうしてこんな光景を見せるのか。できることなら思い出したくないのに、ルルーシュを。そこでふと僕はある部屋の前に辿り着いた。思わず足が止まり、扉を凝視する。

(ルルーシュの・・・部屋・・・)

僕の足はいつの間にかルルーシュの部屋へと向かっていたようだった。扉の前で立ち尽くし、心臓がだんだんと速く脈打ち始める。この部屋の向こうも、かつてと同じように再現されているのだろうか。分からない、でも、扉の隣に装置はある。誰も入れないように鍵のかけられたルルーシュの部屋、ここには何度も来た。ルルーシュが僕の勉強を見てくれた時、ルルーシュが風邪をひいて寝込んだとき、ただ僕がルルーシュに会いたくて来たとき。この部屋の扉を何度ノックしただろう?そのたびにルルーシュはいつもと変わらぬ声で、スザクか?と扉越しから訪ねてくるのだ。たまにノックしないで入ると着替え中だったりして、怒られたりして。そんなことを考えているうちに僕の手は扉をロックする装置に触れていた。ダメだ、この扉を開けてはいけない。そう頭の中でもう一人の自分が叫んでいる。この扉の向こうに入ってしまったら僕は確実に・・・。ダメだ、ダメなのに、手が止まらない。僕は震える指でロックを解除した。ピピ、と電子音のあと扉がゆっくりと開く。自動でパッとついた部屋の明かりに僕は心臓がドクンと大きく鳴った。変わらない、ルルーシュの部屋だ。ふらふらと何かに操られるかのように僕の足がルルーシュの部屋に入る。背後で扉が閉まり、僕は自分の耳で心臓の鼓動が聞こえるのが分かった。瞬きするのも忘れるくらい、その光景を見つめる。ベッドの位置、机の位置、クローゼットだって、何も変わっていない。まるでその部屋はつい先ほどまで誰かがいたように自然に存在していて、埃など見当たらなかった。よろよろと机に近づき、その椅子に座ってみる。懐かしい固さ、それだけで僕は何故か目がカァっと熱くなる。ルルーシュの部屋だ。

「・・・ルルー・・・シュ・・・?」

口が勝手にルルーシュを呼ぶ。勿論、返事はない。でも、僕の目にはルルーシュが映っていた。ベッドに腰かけて雑誌を読んでいる。部屋に二人きりの時、ルルーシュはたまきだらしない格好をする。ワイシャツはちゃんと着ているのに下は下着姿だとか、そんな格好だ。僕はそんなとき目のやり場に困って、ルルーシュに下を履くように言う。けれど今ちょうど洗濯してしまって着るものがないんだとルルーシュは言うのだ。ズボンくらいあるはずだろうと僕は問うけれど、これから出かける用事もないのにちゃんとしたものを履いて洗濯ものを増やすくらいなら履かないほうがいいと言う。ルルーシュなりの節約なんだろうけど、でも僕は本当に困ったんだ。ルルーシュの綺麗な足がふらふらと動くたびに視線がそちらにばかり向かってしまって。

『・・・なんだスザク、俺の足ばかり見て。・・・っなんだと言ってるだろう!そんなに見るな!・・・ック!分かった、履けばいいんだろう?まったくしょうがないやつだ』

幻覚のルルーシュがベッドから降りてクローゼットに向かう。僕が後を追うようにしてその背を追い掛けたらルルーシュの姿はクローゼットに吸い込まれるように消えてしまった。記憶と今が重なって見える。僕はクローゼットに手をかけてそれを開いた。てっきり中には何も入っていないと思っていた僕は、そこに並べられたルルーシュの衣服に心臓が止まるかと思った。手を伸ばし触れる、アッシュフォード学園の制服。ハンガーにかかったそれを恐る恐る取る。軽いそれはいつもルルーシュが着ていたもので、本当に、ついこの間まで着ていたはずだった。目がどんどん熱くなる。喉の奥がムズムズとして、視界がぼやけた。これを着るルルーシュはもういない。なのにどうして。

「・・・ッルルーシュ・・・!!!」

僕の中でせき止められていた感情が一気に崩れ、僕は制服を掻き抱いて泣いた。顔をうずめるとルルーシュの匂いがするそれは、まるでルルーシュが僕の腕の中にいるのではないかと錯覚してしまう。僕はクローゼットにあった衣服を全て引っ張り出して、その服を抱きしめた。ここにいないルルーシュが、ここにいたという証拠が欲しくて何度も何度もその匂いを嗅ぐ。その度に僕の目からは涙が溢れて服を濡らしていった。馬鹿みたいに大声を出して泣く。もしかしたら、いや、きっとナナリーにも聞こえてしまっているかもしれない。でも僕は涙を止めることができなかった。床に崩れ落ちて、蹲るようにして僕は泣いた。僕は、ルルーシュがいないということを、いなかったということにしようとしていた。ただ過去に存在していたのは悪逆皇帝ルルーシュだけだと、そう信じこもうとしていたのだ。だってそうでなければ、こんなに苦しい気持ちをいつまでも抱えていなきゃいけないのだから。でも僕の意志は弱く、こんなちっぽけな物に簡単に揺れ動かされてしまう。

(怖い、ルルーシュがいないのが、怖い)

漠然とした不安が足もとから急速に上がってくる。僕がどんなに泣いてもルルーシュが死んだという事実は変わらない。こんな行為はただ過去の記憶に浸っているだけだ。でも、それでも、僕は今、後悔している。どうしてルルーシュを死なせてしまったのだろうかと。僕は僕を許してほしかった。父を殺した罪を、そのうえに重ねてきた色々な罪を全て。許してほしくて、そして、ゼロレクイエムで僕は罪を許された。・・・つもりでいたのかもしれない。実際に僕を許したのは、ルルーシュだけだ。世界は僕を許しているのか?そんなこと、分かるわけがない。でもルルーシュは僕を許していて、償いとして僕にゼロという役割の残した。死という罰を望んでいた僕にとっては一番辛い、生きるという償い。

「どうして?どうして僕だけを・・・?ルルーシュ・・・君も生きるべきだった!!!」

明日がほしかったのはルルーシュだったのに、どうしてルルーシュは居ないのだろう?これは僕のエゴだ。僕はルルーシュを愛していて、そのうえで、僕はルルーシュを殺した。その人生を終わらせるということを十分に理解していたはずなのに、僕は後悔している。たくさん苦しんだからとか そんなんじゃない。僕たちの犯してきた罪は一生をかけても償いきれるものではないし、そもそも罪は償って消えるものなのではないのだから。でも、だからこそ、一生続く責苦を僕たちは味わうべきだ。なのに、ルルーシュは世界のためにその身を捨てた。ずるい、ずるいよ。どうしてルルーシュはいつも僕を置いて行ってしまうのだろう?僕は。

「君の傍に居れるなら、何でもよかった・・・!死だって選べたし、ゼロにだってなった!でも、どうして君はいつも僕の道とは別の方に行ってしまう・・・?ねえルルーシュ・・・僕は、笑っててほしかっただけのに・・・どうして、こんな・・・!!!」

憎み合ってて、愛し合っていた。矛盾した気持ちばかりを僕たちはぶつけあって、僕たちはなんなのだろう?って悩んだりもした。僕たちは、本当は出会うべできではなかったのかもしれない。そうしたら、こんな辛い思いなど抱えることはなかった。そう何度ルルーシュに言っただろう?その度にルルーシュは言葉を詰まらせていたけど、あの時、ゼロレクイエムの前の最後の日だけはルルーシュはハッキリと僕に言った。

「俺たちが出会わなければ、今はなかったかもしれない。でも、出会っても先へ進めないという選択肢があったはずだ。俺たちは、自分で選んでここまで来たんだろう。その結果が悪くなったとしてもスザク、俺はお前に出会ったことを後悔したくない」

もうすぐ死ぬっていうのに、ルルーシュは笑ってそう言った。ルルーシュは満足かもしれないがそれを聞かされて残された身にもなってほしい。泣き疲れた僕はルルーシュの服の中で横になりながら呆然と天井を見つめる。空虚な心はぽっかりと穴があいたように寒く、寂しい。ルルーシュがいなくなってから実感することのなかった孤独を、今初めて実感する。これが寂しいという気持ちなのかと、僕は腫れた瞼を閉じた。ルルーシュはよく僕の頭を撫でてくれた。ほら、今だって目を閉じるだけですぐに想像できる。ルルーシュの綺麗な手が僕の髪を撫でる。ルルーシュは僕の髪の毛が好きで、ふわふわしてるとよく言っていた。僕はルルーシュのストレートな髪の毛が羨ましかったけれど、ルルーシュが好きだと言ってくれるなら自分の髪だって好きになれた。

「よく頑張ったな、辛かっただろう。今は休んでもいい・・・でも、もう少しだけ頑張ってくれ。もう少しだけ・・・」

ルルーシュが僕の頭を抱えて、そう言っている。幻覚と幻聴のルルーシュなのに、とてもリアルだ。本当にここにいるんじゃないかなんて思って瞳を開いて見るけれど、勿論、この部屋には僕以外誰も居ない。でも、この部屋にいると自分の中の時間が逆行したようだ。ルルーシュの遺品で溢れているこの部屋、部屋の主が再びここを訪れることはない。残された物たちは主の記憶を持ったまま、ここに存在し続けるのだろう。ここだけではない、このクラブハウス全体がきっと。本当の時はフレイヤの光に飲み込まれて消えてしまったはずなのに、ここの存在自体が偽物なのにどうしてか胸の苦しみは止まらない。ルルーシュ、もう少しってどれくらいだろう?あと5年?10年?30年?まだまだ長いはずなのにあと少しだけなんて、やっぱりルルーシュは嘘つきだ。でもそんな嘘でも嬉しくて、僕はそのままルルーシュの匂いを肺に溜めながらもう一度静かに泣いた。会いたい、そう呟いたけれど声が掠れて上手く発音はできなかった。



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新しいクラブハウスには開かずの部屋があるらしい。彼を知る人以外は入ってはいけない部屋らしい。