近所のやつらに声をかけられた。俺は右手に持ったままの木の枝をぷらぷらさせたまま、その三人を見る。ひょろくて長細い同い年のやつと、チビで脚の短いひとつ下のやつと、豚みたいに太ってて背がでかいいっこ上のやつ。一番でかいやつは前に喧嘩をしたことがある。ガキ大将とかなんとかで俺のことを気に食わないとか言ってきたから返り討ちにしてやったら、なんかこれから俺とお前は友達だとか言ってきた変なやつ。

「なあ、お前んちにブリタニア人居るんだろ?」
「いるけど、それがなんだよ」

確かに今俺の家(ちゃんと言うと俺の家の土蔵)にはブリタニアの皇子様と皇女様がいる。最初は皇子だって分かんなくて思いっきり殴っちゃったけど。いけすかない奴だけど悪い奴じゃないし、素直じゃないところもあるけどそれは俺も似たようなもんだから。今日だって帰ったら一緒に遊ぶ約束をしてるから、俺は早く帰りたかった。でもその前に藤堂さんとこの道場に行かなくちゃいけない。俺はこうみえても結構いそがしいんだ。そうしたらチビが俺に恐る恐る聞いてきた。

「怖くないの?」
「なんで?」
「だってブリタニア人なんでしょ?ブリタニア人ってみんな怖いんでしょ?」
「べつに。あいつが怖いとか、ありえないし」

あいつが怖いっていう奴がいたら見てみたいなと俺は笑った。だってあいつは、まあ、俺が強いってこともあるけど、ちょっと押したらすぐに倒れるし、運動だってへたくそで木登りもできない運動オンチなんだから。頭はいいけど、頭がよくても喧嘩には勝てない。喧嘩に勝てないってことは弱いってのと一緒だ。俺が笑ったのを見て、今度はひょろい奴が俺に聞いてくる。

「だってブリタニア人ってみんなでっかくて、力が強くて、そんでもって頭もいいんだろ?」
「あいつはちげーよ。確かに頭はいいかもしれないけど、でっかくないぜ」
「だって教科書のブリタニア人はみんなでかかった」
「あれはおとなだろ?俺んちに居るの、俺と同い年のやつだもん」

びっくりした顔をして、そうなのか?とデブが聞いてくる。俺が頷くと、デブが他の二人と顔を見合わせた。そんなことも知らなかったのかよって思ったけど、知らないのもしょうがないかもしれない。だってあいつは学校行ってないし、外で他のやつらと遊んだりもしない。買い物に行ったり洗濯したり、お母さんみたいな生活してるやつだから皆が知らないのも分かる。

「そいつ強い?」
「全然、すげー弱い!お前らよりも弱いんじゃねーの」
「ブリタニア人なのに?」
「だってあいつの腕、こーんなに細いんだぜ?力だってないし、あいつ俺が殴っても仕返ししてこないんだぜ」

あいつの前では言えないようなことだけど、俺はそう思ってたから堂々と言えてちょっとすっきりした。もう帰っていい?って俺が聞いたら、ガリとチビとデブは三人で何か話してて俺の声が聞こえてないみたいだった。なんの話をしてるのか聞こえなかったけどニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら話してたから、俺は三人を置いてさっさと道場へ向かった。道場に行くと、やっぱり藤堂さんがいた。当たり前なんだけど、藤堂さんは道場の真ん中で神棚に向かって黙祷している。俺はゆっくりと足音を立てないように道場に入ったけど、靴を脱いだ瞬間に藤堂さんはこっちを見ないまま遅いと言った。なんで見てないのに分かったんだろうって思ったけど、それは藤堂さんだからなんだろう。すいませんでしたと適当に言ってから俺は鞄から袴を取り出して道場の隅っこで着替えた。俺が着替えている間、黙祷を終わらせた藤堂さんが俺に聞いてきた。

「あの子とはうまくやっているのか?」
「あの子って?」
「名前は忘れたが、あの黒髪のブリタニア人の子だ」
「ルルーシュのこと?うん、べつに普通だけど」

なんか今日はあいつのことを聞かれることが多いなって思いながら内帯を締める。藤堂さんの顔を見たらなんか難しそうな顔をしていて、ルルーシュの名前覚えてなかったのが悔しかったのかな?って思った。

「あの子は普段何をしているんだ?」
「洗濯したり買い物したり料理したりしてる」
「洗濯・・・?」
「あいつ自分たちのことは自分たちでやるって言ってて、飯も自分って作ってた」
「・・・そうか、やはりか」

藤堂さんがまだ子供なのになと呟くのを聞いた。何がまだ子供なのになんだろう?って思ったけど俺はさっさと稽古を終わらせたかったから竹刀を持ってきて藤堂さんの前で跳ねた。早くやって早く終りにしてくれって言ったら藤堂さんは俺の頭を木刀でゴチンと叩いた。稽古は焦らずにしっかりとやるものだって説教みたいな小言が始まって、俺はうんざりしながらはいはいと返事をする。それから1時間くらい稽古して、俺は急いで道場を飛び出した。まだ夕方までには余裕があったけど、早く帰ったらその分多くあいつと遊べるから。石段を駆け上って、玄関を開ける。靴を見て父さんの靴がないのを確認してから、俺はバタバタと廊下をかけて風呂場に向かった。稽古と走ってきたので汗だくだったから、風呂に入って真っ先に水を頭からかぶる。遠くでお手伝いさんの、靴をちゃんと揃えてくださいって声が聞こえたけど無視した。



「あれ、ルルーシュは?」
「お兄様なら、さっき外へ出たきり帰ってきてませんけど・・・」
「なんだよあいつ、3人で遊ぼうって約束してたのに!」
「ごめんなさいスザクさん、お兄様どこに行っちゃったんでしょうね」

風呂から出て着替えて土蔵に行くと、ナナリーしかいなかった。ナナリーは見えない目できょろきょろと辺りをうかがっている。せっかく面白いもの持ってきたのにと思いながら俺は土蔵に入ってナナリーの前に座った。先にナナリーに見せてやろうと、俺はナナリーの手におはじきとビー玉をいくつか乗せた。ナナリーは首をかしげて、指先でおはじきとビー玉に触る。これはなんですか?って聞いてくるナナリーにおはじきとビー玉を説明したら喜んでくれた。きっと目が見えてたらおはじきとビー玉の綺麗さとか分かったんだろうけど、ナナリーは目が見えないからおはじきとビー玉がどんな色をしているのか分からない。でもそれでもナナリーはありがとうって言ってくれて、あいつもナナリーくらい素直だったらいいのにと俺は心の中で思った。ルルーシュとナナリーは兄妹のくせに性格は全然似てない。ナナリーの素直さを少しルルーシュに分けるべきだと思う。俺はおはじきはこんな色でビー玉はこんな色だって説明するけど、うまくその綺麗さを伝えることができなかった。ガラスの中に青いぐねぐねとしたやつがあって、それが綺麗なんだけど言葉にしたらどこが綺麗なのか全く分からなかった。きっとこんな時ルルーシュなら、的確な言葉でおはじきとビー玉の綺麗さを伝えることができるんだろうなと思った。

「ルルーシュ帰ってこないし、ふたりで遊ぼうぜ」

ナナリーとふたりで遊ぶってこと、実はあんまりなかったりする。いつもナナリーの傍にはあいつが居たからふたりでってことはあんまりなかった。だいたい俺とあいつとナナリーのさんにんで遊ぶことが多い。それかナナリーが寝てる間に俺とあいつが外で遊ぶかのどっちか。ナナリーは女の子だから、俺はあんまり女の子と遊んだことがなかったから何をすればいいか分からなかったけどナナリーは俺の話すことを本当に楽しそうに聞いてくれるから一緒に居て楽しかった。俺は持ってきたおはじきとビー玉をひとつずつだけ手元に残してあとは全部ナナリーにあげた。両手いっぱいにおはじきとビー玉を持って、じゃらじゃらと音を鳴らして嬉しそうに笑っている。俺はそれを見ながら近くのテーブルに残りのおはじきとビー玉を置いておいた。

「ここのテーブルにルルーシュのぶん置いとくな。でもあいつ約束破ったからいっこずつしかやんない!あとのはナナリーにあげるから!」

あいつが居たらおはじきを飛ばして遊んだりもできたのにその予定を無しにされたお返しに俺はナナリーにだけたくさんのおはじきをビー玉をあげることにした。ナナリーはクスクス笑ってるけど、でもきっとあいつが帰ってきたら自分の分もちょっとあげちゃうんだろうなって思う。俺はそこでふと、テーブルの上に1枚の写真があるのを見つけた。綺麗な庭で白いベンチに座ってるルルーシュとナナリーとあと知らない黒髪の女の人。でも俺はその女の人の顔を見て、この人はルルーシュ達のお母さんだと分かった。写真の中でナナリーは目を開いてこっちを見ていた。ルルーシュと似た綺麗な紫色の瞳だった。ルルーシュはいつも来ているような服ではなく、ちゃんとした恰好をしていた。皇子様って感じの服に、ナナリーもドレスを着ていた。ブリタニアにいたころの写真なんだろうけど、こんなものをルルーシュが持っていたなんて初めて知った。

「ナナリー、この・・・」
「?どうしましたか」
「あ、いや、やっぱなんでもない」

俺はナナリーにこの写真のことを聞こうかと思ったけど、今のナナリーにこの写真を渡しても見れないことに気付いたから言葉を取り消した。少しの間写真をじーっと見つめて、俺はなんとなくナナリーにブリタニアにいたころのルルーシュのことを聞いた。本当はお母さんはどんな人だったのかって聞こうかと思ったけど、ルルーシュとナナリーのお母さんは死んでしまったということを知っていたからルルーシュのことを聞くことにした。ナナリーは思い出すようにうーん、と唸る。

「お兄様は、本国に居た時はよくチェスをしてたんですよ」
「チェス?」
「日本で言う将棋みたいなものだって、お兄様が言ってました。お兄様はチェスが強くて、他の兄妹の中でも特に強かったんですよ」
「へえ、そうなんだ。あいつそういうの得意そうだもんな」

前にルルーシュと将棋で勝負したことがある。ルルーシュは将棋は初めてだって言ってたから俺がルールを教えたら、あいつは始めて二回目で俺に勝ってしまった。将棋ならちょっと勝てるかもなんて思ってたから俺は悔しくて、あれ以来ルルーシュと将棋はしてない。ナナリーがブリタニアでのことを話している間、俺はなんとなくそういえば気付かなかったけどルルーシュ達はふたりだけで日本に来たんだよなと思った。ブリタニアは海を挟んで遠くにあるらしい。地図で見たら近いように見えたけど、先生はすっごく遠いんだって言っていた。うちんちから学校までの道のりを何万回往復してもまだ足りないくらいだって言っていた。そんな遠いところにルルーシュたちは兄妹ふたりだけで来ている。生まれた家とかから離れてここで生活してるってのは、正直すごいと思う。もし俺がブリタニアで同じように生活しろって言われたら、きっとできないと思う。

「ナナリー、日本にいて怖くない?」
「いえ、怖くないですよ」
「でもブリタニアに住んでたのに、いきなり日本に来て不安じゃなかったのか?」
「最初はちょっぴり怖かったけど、でもお兄様が居たから」
「ルルーシュが?」

お兄様がいたから怖くなかったですと笑顔でナナリーが言った。俺は一瞬だけ呆然としてしまったけれど、そっかと納得した。確かに兄妹がいると知らないとこに居ても不安じゃないか、と。それにナナリーは妹だから何か困ったことがあればルルーシュが助けてくれるから、だったら怖くないよなと俺はなるほどと思う。そう話をしているうちに、いつの間にか外がオレンジ色に染まっていた。そろそろ帰らなきゃ夕飯の時間に間に合わないなと思いつつ、まだルルーシュが帰ってきてないことに気づく。俺がここに来てから結構経ったと思うんだけど、ルルーシュはまだ帰ってこない。ナナリーを一人にして帰るのもなんだか可哀そうで困ったと思っていると、いつの間にかナナリーは静かに車椅子の上で寝ていた。たくさん話したから疲れたのかもしれないと思って、俺は部屋の隅に寄せられていた毛布をナナリーに車椅子の上からかけた。ナナリーの寝顔はまるで天使みたいで可愛いと思う。今まで見てきたどの女の子よりもナナリーは可愛いと言える自信がある。これで家に帰れるなと俺は思ったけど、もしナナリーが起きた時にまだルルーシュがいなかったらどうしようかと思った。時計を見て、まだ夕飯までの時間があることを確認する。家に帰る前にルルーシュを探しに行こうと、俺は土蔵を出た。もしかして迷子にでもなってんじゃないかって思って、まずは商店街のほうに行ってみようかと俺は土蔵の横をぐるりと通った。蔵の裏に抜け道があるからそこから行けば近道だと思いながら土蔵の裏に出た時、俺はびっくりして思わずうわっと声をあげた。壁に背をぴったりくっつけて体育座りしてるルルーシュがそこに居たからだ。誰だろうってびっくりしたけど俺はそれがルルーシュだって分かって肩の力を抜いた。こんなところに居たのかと思って俺はルルーシュの肩を揺すった。

「おいルルーシュ!こんなところで何してんだよ、遊ぶって約束しただろ!」
「・・・・・・」
「ルルーシュ?おい聞いてんのかよッ!」

俺を無視するみたいに黙ったまんまのルルーシュがムカついて無理やり腕を引っ張った。急に引っ張られたことにびっくりしたのか、ルルーシュが俺の方をバッと向いた。その顔を見た途端、俺は思わず口をポカンと開けて固まってしまう。眉を寄せて、俺はルルーシュに聞く。

「・・・なに泣いてんだよ」

ルルーシュの頬っぺたに涙のあとがあって、ルルーシュの目もとは濡れていた。俺がそう言ったらルルーシュは俺が掴んでいた腕を振りほどいてゴシゴシと顔を拭いた。よく見たらルルーシュの白い服は泥とか土の茶色で汚れていて、ルルーシュの膝には擦り傷があった。俺は驚きを通り越して、なんでルルーシュはこんな格好をしてるんだ?と怪しむようにルルーシュを見下ろす。ルルーシュはぷいと俺から目を逸らしている。

「別に、なんでもない」
「なんでもなくないだろ、怪我してんじゃんかよ」
「転んだんだ」
「転んだ?ふん、かっこわる!」

俺がそう言ってもルルーシュは何も言ってこなかった。いつもなら嫌味のひとつやふたつ返してくるのに。それきりルルーシュが黙ってしまい、俺は気まずくなった。どうしようかと頭の中で考えて、とりあえずルルーシュの膝の傷が痛そうだったからルルーシュを置いて家に救急箱を取りに戻った。俺が戻るとルルーシュはさっきと同じ態勢で座ったままだった。俺が持ってきた救急箱を見て、ルルーシュがグッと眉を寄せた。なんかもう一回泣きそうな顔をしたから、俺はそんなに傷が痛いのかと焦ってルルーシュの擦りむいた膝を引っ張って消毒液をかけた。

「お前、鈍くさすぎるだろ」
「・・・スザクだってよく転ぶじゃないか」
「それはどうでもいいだろ。だいたい、なんで戻ってこなかったんだよ。ここに居たってしょうがないだろ」

いつから居たのかは知らないが、怪我をしたからといってどうしてこんな蔵の裏に居たのだろうか。少し歩けば入口があるんだから帰ってくればよかったのに。俺がそう言ったらルルーシュは、また泣きそうな顔をした。

「先にスザクが来たから戻れなかったんだ」
「は?いみ分かんないし」
「ナナリーに知られたくなかったから。スザク、すぐ言うだろ」

つまり、ルルーシュはこう言いたいらしい。怪我したことをナナリーに知られたくなかったから俺が来る前に手当てして着替えをしようと思ったのに俺が来てしまったから蔵に入れなくなったと。確かにもしルルーシュが怪我をした状態で帰ってきたら俺はびっくりして、どうしたんだよその怪我!ってナナリーの前で叫んでただろう。でも、でも。

「だからってずっとここに居たのか?馬鹿じゃないのか?」
「・・・君よりかは馬鹿じゃない」
「いいや、俺より馬鹿だ!傷ってほっといたらバイキンが増えるんだぞ!?」

前に藤堂さんに言われたことを思い出して俺はルルーシュに怒った。ルルーシュは何か言いたげに俺を見ていたけど、俺の言うことが正しいって分かってるのは反論はしてこなかった。俺は救急箱にあったガーゼをルルーシュの膝に押しつけて入っていた包帯でぐるぐる巻きにした。絆創膏じゃルルーシュの膝の傷は入りきらなかったからガーゼを乗っけたけど、うまく包帯は巻けなかった。よし、これで大丈夫だろうと俺は思ったけどルルーシュの傷は膝だけじゃなかった。よく見たら腕とか肘とかに赤い痣があって、どこかに強くぶつけたみたいに腫れていた。ぶつけたのか?って俺が聞くと、転んだ時に木の根っこで打ったってルルーシュは言った。俺は救急箱から湿布を出した、けどハサミがなかったからちょうどいい大きさには切れなかった。面倒だから大きい一枚をべたっと貼る。ルルーシュの頬と腕に大きな湿布が貼ってあるさまは不格好でかっこわるい。もうちょっとちゃんとできればよかったんだけど、不器用だからうまくできなかった。俺が湿布が取れないように紙のテープでべたべたと端っこを留めていたらルルーシュが呟いた。

「ここに居た時、ナナリーとスザクの話し声が聞こえてた。ナナリーは楽しそうに笑ってたけど、何をしたんだ?」
「なんだ、聞こえてたのかよ。おはじきとビー玉持ってきたんだけど、お前の分はちょっとだかんな。あと全部ナナリーにあげたから」
「おはじき?ああ、あの硝子の玩具のことか」
「すっげー綺麗なんだぜ!でも、お前が来ないからほとんどナナリーにあげちゃったからな!」
「そうか、ナナリーが喜んでたならそれでいい・・・」

ホッとしたようにルルーシュが笑うもんだから、俺はムッときた。お前の分はちょっとしかないんだぞって言ってもルルーシュが全く悔しがらないからだ。僕の分も取っておいてくれればよかったのにってルルーシュが悔しがる予定だったのに、ルルーシュはナナリーが喜んだなら俺の分もあげてもよかったなんて言い出した。ルルーシュが悔しがらなくちゃ意味がないのに、なんで逆にそうやってルルーシュは笑うんだ!そう思うと俺はだんだんムカムカしてきた。だいたい、怪我してるのにこんなとこに一人でじっとしてるなんて頭がおかしいんじゃないのか。それに俺と遊ぶ約束をしてたのに、すっぽかして!傷の手当てが終わって、ルルーシュが立ち上がろうとしたらルルーシュの右足がガクンって折れた。そのまま壁に頭をうちそうになって俺は慌ててルルーシュを支えた。まるでぐるぐる回ったあとみたいにルルーシュがふらふらしてて、見たらルルーシュの足首が真っ赤に腫れていた。

「捻挫してるじゃねーかよ」
「・・・っ」
「もしかして帰ってこなかった本当の理由ってそれなんじゃねーの?」
「・・・違う」
「ふーん・・・あっそ」

ルルーシュと肩を組むようにして歩くと、ルルーシュがよたよたと爺さんみたいに足を動かす。一歩一歩が遅くて、時間をかけて蔵の入り口まで行くと眠っているナナリーの姿がすぐ飛び込んできた。ルルーシュは眠っているナナリーを見てハッとしたように前に進もうとする。でもルルーシュの足がうまく動かなくて、俺は小声で暴れるなよ!って言ってからルルーシュを玄関に下ろした。蔵の裏に置いてきたままの救急箱を取ってくるまで動くなよ!と俺は言って急いで蔵の裏まで走って、それでまた走って蔵の入り口まで戻った。ルルーシュは動いてはいなかったけど、ナナリーの車椅子に手を伸ばしてずれた毛布をかけなおそうとしていた。俺はルルーシュの右足に触って、最後の湿布をそこに貼った。俺が足に湿布を貼ってる間、ルルーシュはずっとナナリーを見ていた。どれだけナナリーのことが好きなんだよって思いながら、俺は小声でルルーシュに言う。

「ルルーシュってちょっと変だよな」
「・・・変ってなんだよ」
「自分が怪我してんのにナナリーのことばっか考えてるって感じ。それ、おかしいよ・・・」

もうちょっと、こう、なんて言えばいいのか分かんないけど。気持ちがうまく言葉にできなくて俺が黙ると、ルルーシュはごめんとだけ呟いた。ルルーシュの右足首にも湿布を貼り終わって、そろそろ夕飯の時間だと気付いた俺は立ち上がった。明日また湿布持ってくるからと俺が言うとルルーシュはありがとうって言って、すまなそうに眉を下げた。いつもみたいに偉そうにしてくれればいいのに、こういうときのルルーシュは苦手だ。なんだか胸がもやもやして気持ち悪くて、俺は逃げるように蔵を出た。だからルルーシュがあのあと、蔵でもう一度泣いていたとしても俺には分からなかった。








電子音で目を覚ます、携帯が震えていて僕は手探りでそれを止めた。画面を見るとアーニャからのメールだった。昔の夢を見た。僕は身体を起こして頭を掻く。昔の自分はとても不器用で、でも純粋だったなぁなんて思いながら欠伸をする。アッシュフォード学園の制服を着たまま寝てしまっていたようで、服に若干のしわがついてしまった。靴を脱いでいたのがせめてもの救いだななんて思いながら僕は洗面所へ行って蛇口を捻る。流れ出す冷たい水を両手ですくいながら、夢で見た昔の出来事を思い出していた。あとから分かった話だったのだが、ルルーシュが怪我をしていたのは本当は転んだのではなく僕に声をかけてきたあの三人にやられたものだったらしい。あの三人は僕がルルーシュは弱いと言ったから、ルルーシュが仕返しをしてこないと分かったからルルーシュを虐げたようだった。それを知って僕はあの三人の顔面を何度も殴って、二度とルルーシュに手を出すなと言った記憶がある。子供ながら、なんて解決法だろうと思う。

(もし、僕がルルーシュを弱いと言っていなければ)

僕がルルーシュのことを軽く他人に話していなければ、ルルーシュはあの日怪我をすることはなかったんだろう。昔の僕はやっぱり子供で、周りの敏感な対応とかルルーシュの些細な反応とかを全く分かっていなかったような気がする。子供の時の自分を悔しがるなんて不毛なことだが。目を閉じて、顔に冷水を浴びせる。瞼を閉じたらすぐに浮かんできた、子供のころのルルーシュ。あの時、泣いていたのはどんな気持ちからだったんだろう。異国の地で、見ず知らずの子供に苛められた悔しさから?抵抗もせずにされるがままに暴力を受けていた自分に対しての虚しさから?それとも、ナナリーが無事であればと思う自己犠牲の気持ちから?どれにしてもルルーシュはやはり、おかしい子供だった。顔を拭いて鏡を見る。あの時の状況が今もし起こったなら傷の手当てだけじゃなくて抱きしめてキスをしてあげることくらいはできると思うけど、ルルーシュの反応は昔と変わらないのだろう。








「ブリタニア人のくせによく外を出歩けるな!ブリタニア人は日本人のテキだって分かってるくせに、ばっかじゃねーの!」
「おいブリキ野郎!ここは日本だ!ブリタニアに帰れ!」
「そうだそうだ!お前らなんか日本に来るな!」

ガツンと腹を蹴られて、胃の中のものが出そうになる。けれどルルーシュはぐっと唇を噛んで耐えた。何も反応をするな、相手を煽るだけだ。何も感じていないという風に振る舞え、そうすれば早く終わる。ルルーシュはそう自分に言い聞かせながら、身体を丸めて降ってくる足や拳を我慢した。洗濯を干しに行った帰りだった。今日はスザクと遊ぶという約束をしていたから早く帰ろうと、裏道を通ったのが間違いだったのだろうか。見ず知らずの年の近い子供に囲まれて、気づけばルルーシュは地面に倒れていた。靴の裏でこめかみをぐりぐりと踏み躙られる。肉体の痛みなら我慢できる。けど。

「枢木の言う通りだ、こいつ本当に弱いんだな」
「本当だな、何されても仕返ししねーってスザクが言ってたもんな」

図体のでかい奴と身長の小さい奴がそう言いながら笑っている。スザクの名前が三人の口から出るたびに、ルルーシュは目にじんわりと涙が溜まった。分かっている、この暴力はスザクが指示したものではないのだと。ただスザクから自分のことを聞いたこの三人が勝手にやっていることなんだと。分かっているのにどうしても胸の痛みは止まらなかった。自分の知らないところでスザクが自分の悪口を言っているのかもしれない。そう思うとルルーシュは悲しくてしょうがなかった。スザクがそんなことをする人間じゃないと知っているのに、信じきれない自分がいる。彼を信じたいと思っているのに、本心では信じきれない。もっと素直になれたら、いいのだけれど。

「なんか言えよ!つまんねーな!」

木の棒のようなもので右足を思い切り叩かれた。ルルーシュは悲鳴をあげそうになったが喉の奥でその声を殺し、ひたすら我慢する。そのうち、何も反応しないのがつまらくなったのか三人は笑いながら去って行った。残されたルルーシュは起き上がりボロボロになった自分の姿を見て苦笑したつもりだったが、うまく笑うことはできなかった。木に手をついてゆっくりと立ち上がると、叩かれた右足に激痛が走った。腫れた自分の右足は、その部分だけ太ったかのように膨らんでいる。ルルーシュはゆっくりと一歩ずつ進みながら土蔵まで戻った。蔵の裏まで来た時、ルルーシュの耳にナナリーとスザクの笑い声が聞こえてきた。そっと蔵の壁に耳をあててみると、楽しげな話し声が聞こえる。なんの話をしているのか、スザクが何か言うたびにナナリーは笑っている。ふたりが笑っている、そう理解した瞬間、両足の力が抜けてルルーシュはずるずると壁に背を預けながら地面に座り込んだ。なんでもないことなのに急に涙が溢れ出してきて、ルルーシュは声を殺して泣いた。ただナナリーが笑っていられるのであれば、そう思うのに、その笑い声の中に自分も入りたいと思ってしまう。そんなことを考えてしまった自分が情けなくて、虚しくて、苦しくて、ただ涙を流し続けた。きっと今自分が欲しいのは、大丈夫だよの一言であると思いながらルルーシュは自分の腕に顔を伏せた。





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誰も悪くない、ただタイミングが悪かっただけだ。