夢を見た。夢の中で俺はとても変な人間だった。昔皇子だったという夢の中の俺は、どうやらなんらかの理由で日本に暮らしているらしい。それも一般人として。目と足が不自由な妹も居て、学生として暮らしていた。夢の中にはスザクも居て、スザクは俺の友達として出てきた。俺は学校というものをしらなかったが、夢の中の学校はとても楽しかった。名前は分からないが青い髪の男と一緒に賭けチェスの話をしたり、名前は分からないが金髪の女性(生徒会長らしい)と一緒に生徒会室で書類整理をしたり、名前は分からないがオレンジ色の髪の女性と買い物をしていたりした。起きて、夢だと分かって俺は落胆した自分にびっくりした。ただの夢なのに何を本気で落胆しているのだと。学校なんて一度も行ったことがなかったから、夢の中の学校は俺の頭が作り出した妄想にすぎない。夢の中の友達だって、あんな人達見たこともない。夢の内容は全て虚構、偽りの出来事なのだ。夢の内容は脳と心理的なイメージからできるものらしい。寝る直前に脳に一番イメージが強く残ったものが夢として出てくることが多い、と本では書いてあった。ならあの変な夢も昨日の自分が作り出した架空の世界なのだろう。昨晩は何をしたか思い出してみると、どれも思い出したくないものばかりだった。昨日は散々な日だった。ジノとのことはスザクにバレるし、そのうえ酷い仕置きをされ、体力の限界まで謝罪させられた。言い訳する暇も与えてくれなかったスザクにジノと関係を持った理由を言えたのは2度目の射精の後だった。3ラウンド目に突入しようとしたスザクが再度俺のことを縛ろうとしていた時、射精でお互いに思考が少し落ち着いたであろうタイミングを見計らった。スザクに捨てられたくなかったから練習相手になってもらったと言えば、スザクは信じてくれなかった。確かに信じられるようなことではないだろうが、俺は必死に本当なんだと縋りついた。

『スザクッ・・・信じてくれ・・・本当なんだ・・・』
『信じられないよ、君の言葉なんか。君は嘘つきだからね』
『そんな、俺は今までスザクに嘘をついたことなんてない!お前に嘘はつかない!』
『ッそれが嘘だって言うんだよ!!!』

帰って来てからスザクの様子がおかしいのはすぐに気づいた。言ってることは支離滅裂だし、俺を嘘つきだと最低な人間だと罵った。でもそう言うくせに、捨てたりなんかしないとか、君が好きとか、よく分からない。なんでスザクが急にこんな風になってしまったのか、自分なりに考えてみて一つの結論に至った。戦場というものは経験したことがないが本などで得た知識から、戦場は体力だけではなく精神も傷つけるものなのだろう。EUでの戦いできっと何かあったのだ、だからスザクは少し精神が不安定になってしまっているのだ。見も心も疲れ果てて帰ってきたら、自分の慰み者が他の男と寝ていたなんて知ったら怒り狂うのも分かる。本来ならそこでスザクを癒すのが俺の仕事なのに、俺は目先の目標に捕らわれてスザクのことを考えていなかった。スザクのことを思ってした行動でも、スザクからしたら浮気と同じだ。だから、スザクはいつもと違ったのだ。仕置きをされながらもそう結論付けた俺は、謝罪の気持ちでいっぱいになりながら昨日は眠りに落ちた。眠りに落ちたというよりか、意識を失ってしまったというほうが正しい。だから目を覚ました時、スザクが部屋にいなくて俺はホッとした。

「・・・・・・ん・・・」

窓の外を見ると星が見えた。うっすらと暗い青みを帯びた空に光る星。庭園のライトアップが邪魔をして細かな星は見えなかったが、それでも力強く輝く数個の星が目につく。今は何時で自分は何故ここにいるのだと一瞬だけ考えすぐに思い出す。スザクは居ないのだろうかと、身体が痛いので目だけで辺りを見まわした。部屋の電気は消されていて、この空間に自分以外の人の気配は感じられない。ラウンズはそんなに暇じゃないか、とぼんやりと考えながら窓の外へまた視線をやった。

(どうなるんだ、俺は)

やはり、捨てられるのだろうか。スザクは仕置きの間にも俺を捨てないと言ってくれていたが、信じてもいいのだろうか。人の心は変わるものだからスザクの気が変わらないとも言えない。できればスザクの元に居たいと思うけれど、それを許すかどうかはスザクが決めることだ。命の恩人と言っても、スザクからしたら俺なんて助けた命のたったひとつにすぎない。俺にとってスザクが唯一の存在だとしても、スザクにとって俺が唯一の存在とは限らないのだ。まるで片思い、不毛だ。最近思うのは、俺はスザクのことをどういう風に好きなのかということだ。ある種の吊り橋効果ということもあるかもしれないが、昔の俺はスザクと一緒に居るだけで胸の高鳴りが抑えきれなかった。スザクがいなければ俺は死んでいた、そう考えるとスザクという存在がとても大事に思える。慰み者として身体を重ねているが、本来ならば主にこういう思いは抱いてはいけないと思う。仕事は仕事、区切りをつけて。いつか捨てられると分かっているのだからあまり情を移し過ぎてはいけない。主に買われている期間中は、主のことを思うのは当たり前。しかしそれと情が移るのとはまた訳が違う。本当に好きになった時、辛いのは自分なのだから。

(そういえば、ジノは大丈夫だろうか)

光る星の金色を見て、不意にジノを思い出した。すっかり忘れていたがジノはスザクに何か言われたりしただろうか。ラウンズだから顔を合わせる機会もあるだろう、もし自分のせいでジノが責められたりなんかしたらジノに申し訳ない。勝手に誘惑したのはこっちなのにとばっちりを受けてしまうかもしれないジノがとても心配だ。ジノ。スザクのために俺が誘惑した、ほんの数日間だけの練習相手。言葉にすればそれだけの関係だったのに、何故ジノのことを考えると胸が苦しいのだろう。俺をスザクから奪うと言ったジノ、俺を好きだと言ったジノ。彼のその言葉は恐らく本気だなのだろうが、その本気が何処から来るのか全く見当がつかない。さしずめ他人の物ほど欲しくなるだとかそういう気持ちの類だと思いたい。それ以外ジノが俺にかまう理由など見当たらないからだ。だって俺はこんなにも薄汚い男娼なのだ、ラウンズのスリー様が俺なんかを・・・。

『好きなんだ・・・本当に・・・』

耳の奥に残る甘い言葉。もうきっとジノとは会えない、そう思うとチクリと胸が痛む。なんで胸が痛むんだろう、俺はスザクのものなのに、俺が好きなのはスザクなのに。もし、スザクに捨てられたらジノのところにいけばいいのではないか?少しでもそう考えてしまった自分が憎い。確かに慰み者という汚い職業だが、相手が誰でもいいというわけではない。自分なりに、そう、ポリシーがある。スザクに捨てられたからといってジノの元へ行くのは俺の意志に反する。スザクにも悪いだろうし、ジノにも悪いと思うからだ。俺がいることできっと二人の仲は悪くなるだろうし、スザクだって捨てた相手が近くにいたら気分を害すると思う。俺自身も捨てられた主が傍にいる環境は、心が耐えられないと思う。ジノがラウンズである限り、俺はジノの元へはいけない。いくら彼が俺を欲そうと一度スザクという鎖に繋がれた以上、俺は。

『おやすみルルーシュ。また明日』

最後に聞いたジノの言葉は切なさがにじんでいた。あんなに苦しそうに言われたら、最後までじっと見つめられたら、勘違いしてしまう。ジノが本当に俺のことを好きだと、あり得ない勘違いをしてしまうではないか。これ以上、心を乱さないでくれ。スザクさえ居ればよかったのに、いつからこうなってしまったのだろう。あの日、一時的に記憶をなくした日から何かがおかしい。歯車は合っているのに、隙間がぴったりと収まらないような感覚。時折俺を見るスザクの冷たい視線とか、無意識のうちにスザクを恐れてしまう自分とか、全く訳が分からない。以前のように戻れたらいいのに、そうしたら、何も問題もなく俺はスザクに愛される日々を送っていたのに。俺が記憶なんかなくさなければジノとも、出会うことはなかっただろうに。分かっている、ジノのせいにしているということは。ジノが俺の心を乱さなければと言うけれど、勝手に思いつめているのは俺なのだ。他人のせいにするなんていつから俺は心まで汚くなってしまったんだ。スザクのこともきっと俺が悪い。たまの冷たい視線にしたってきっと俺が何かしたからに決まっているのに、スザクに何かがあったと考えて、本当に己の小ささが恥ずかしくてしょうがない。深く考えるな、今やるべきことだけを考えるのだ。悩んでいる暇はない。俺は常に先を見据えていなければならないのだ。

(生きなければならない、俺には生きる理由が・・・・・・理由が?)

ふと既視感が脳を過る。以前にも同じようなことを考えなかっただろうか?"生きる理由"、何かあった気がする。なんだったかなと思いだそうとしたら、急に頭痛が走った。この痛みは前にも感じたことがある。最近、昔のことを思い出そうとすると頭痛がするのだ。まるで何か見えない力が思い出すのを拒んでいるような、そんな痛み。またかと思いながらも俺は急に不安になった。なんだろうこの気持ち、俺は何か重大なことを忘れているのではないだろうか。何かがあったはずなのに、記憶にベールがかかっているようにはっきりと思いだせない。思い出そうとすると強まる頭痛。その向こうに何かがあると分かっているのに、分からない。

(俺はなんのために生きていたんだ?)

漠然とした深憂が心を貫いた。必死に生きてきた、なんのために?今までの人生が無意味なものだったのかもしれないという恐怖に、ベッドの上で身体を縮まらせた。一寸先も闇になったような、生きるということ自体への疑問。何かのためにと生きてきたつもりだったが、その何かが分からない。頭痛は酷くなるばかりで、冷たい枕の布に額を擦りつけた。苦しい、辛い、寂しい。そんな思いが心を支配した。温かさが欲しい、一人は嫌だ、誰か。涙目になりそうな目を閉じて、ここに居ない部屋の主を思い浮かべる。

「・・・・・・すざく・・・」

名前を呟いてみても、虚しさが膨らむだけだった。




あれから数日が経つ。二人きりにならないようにうまく逃げていたつもりだったが、とうとうスザクはジノに捉まってしまった。スザクとジノはあれからほとんど会話をしていない。したとしても仕事上の会話だけだ。ジノは以前のようにスザクにフレンドリーに話しかけなかったし、スザクもジノに近寄らないようにしていた。お互いの間に透明な壁ができているのを本人達だけではなく周りも感じていた。喧嘩でもしたのかとアーニャが問いかけても、二人とも無言のままだ。アーニャからしたらスザクとジノとはよく任務が一緒になるため二人の仲が悪くなるのは周りの空気を悪くして、仕事もやりにくい。他のラウンズもあの温厚なスザクがジノに対して冷たい態度をとっていることに驚いているし、あの陽気なジノが最近どうも暗いということに心配している。時が解決してくれるだろうと周りは今のところ見守っている状態だが、二人の仲はまるで一触即発の状態だった。

「ジノ、僕これから書類仕事があるんだけど」
「どうせまた自分の部屋でやるつもりなんだろ?」

スザクが二の腕を掴むジノの手を振り払えば、ジノはあっさりと手を離した。片手には書類の束を抱え、スザクはジッとジノを睨む。一人きりの所を狙われてしまえば逃げられる筈がなかった。ここはラウンズの部屋に続く廊下で、部屋まであともう少しというところでスザクはジノに捕まった。さっきまでラウンジにいたはずのジノが後ろに居て、後をつけてきたのかとスザクは舌打ちをした。それほどまでにルルーシュのことが気になるのだろうか。スザクが行く手を阻むように立ちふさがるジノを冷たく睨むが、ジノは臆することなく腕を組んだ。

「書類仕事なんてどこでやろうが僕の勝手だろ」
「お前の部屋、ってのが私には気に入らないんだよな」

空のような蒼い瞳がスザクを見据えている。探るような言い方、ルルーシュが部屋に居ると知ってての言葉だろう。あと数歩で部屋の扉にたどり着くというのにジノが居ては部屋の扉を開けることもできない。スザクはジノが何を言いたいのか分かっていたが、なかなか核心をつかないジノにイライラした。

「それに最近帰ってきても部屋にばかり居るじゃないか。そんなに部屋に帰りたくなるほどの何かでもあるのか?」
「・・・あのさぁ」

遠まわしにつつくような言い方にうんざりする。スザクはわざと大きくため息をついて持っていた書類を抱えなおした。

「ハッキリ言ってくれないかな?ルルーシュのこと気になるんでしょ?」
「へぇ、隠さないんだ?」
「別に今までも隠してたつもりはないよ。君たちが気づかなかっただけじゃないか。」

フンと視線を逸らしたスザクによく言うとジノは思った。隠していなかったなら何故わざわざメイドにまで口止めをさせているのか、何故ルルーシュを部屋から一歩も出さないのか。それに、自分の部屋に住ませているのなら周りに一言くらい伝えてもいいはずだ。ラウンズの部屋に一般人が居るなんて誰も思わないだろうし、万が一のことがあったら対処もできない。

「ああ、そうだ。僕がEUに行ってる間ルルーシュの相手してくれてたんだってね?ごめんねルルーシュが迷惑かけちゃって」

思い出したかのように言ったスザクの言葉に思わずジノは肩を揺らした。バレているとは分かっていたが直接言われるとどうも気が引ける。スザクにしてみればジノはルルーシュの浮気相手ということになるのだから、ルルーシュとそういう関係を持ってしまったことに少しだけ罪悪感を感じていた。だがしかし、それ以上にルルーシュのことが頭から離れないのだ。冷笑するスザクは、ルルーシュを所有するという気持ちからか堂々としている。

「ルルーシュにはちゃんと仕置きをしておいたから、もうジノに迷惑はかけないよ」
「仕置きだなんて、ルルーシュはお前のことを思って・・・」
「そんな言い訳信じないよ。ルルーシュは嘘つきだからね、また僕を裏切ろうとしている」
「裏切る・・・?ルルーシュはそんな人間じゃない」

スザクの言っていることが理解できないとジノは思わず反論した。あれほどまでにスザクを思っているルルーシュがスザクに嘘をついたり裏切ったりなんかしないはずだ。ルルーシュのスザクへの思いは、いくらジノが誘ってもルルーシュがそれを受け入れなかったことでよく分かっている。なのに裏切ろうとしているというスザクが信じられない。だがジノの言葉にスザクは吐き捨てるように言葉を紡いだ。

「ハッ、やっぱり君は騙されてるよ。あれは本当のルルーシュじゃない」
「なんだって?」
「ルルーシュは本当はもっとずるくて、嘘つきで、人を踏み躙るような人間なんだ」
「お前、何言って・・・」

どんどんとスザクの口から出てくるルルーシュを蔑むような言葉にジノは唖然とする。何かのスイッチが入ってしまったかのようにスザクの言葉は止まらず、だんだんとスザクの口調が荒くなってきているのが分かった。あまりにルルーシュのことを悪く言うスザクにジノも自分の機嫌が急降下するのが分かる。ただでさえお互いに気まずい雰囲気が続いていて苛立っていたというのに、こんなことを言われてはさすがのジノも怒りを隠せなかった。

「スザク、それは本気で言っているのか?本気だったら私は怒るぞ」
「だって本当のことだもの。どうせルルーシュのこと気になってるのは、もう一度抱きたいからなんでしょう?」
「そうじゃない!私はただルルーシュのことが・・・好きなだけだ」
「好き・・・だって?」

スザクがピタリと止まった。まるで疑うような目でジノを見るスザクに、ジノは一旦呼吸を置いてから口を開いた。はっきり言っておかなければならない。

「そうだ。私はルルーシュのことが好きだ。」

スザクの目を真っ直ぐ見て言った言葉は、スザクに衝撃を与えた。好きだという、ルルーシュを、ジノが。冗談かと思ったがジノの目は本気で、スザクは頭に血が昇るのが分かった。ルルーシュを取られてしまう、パッと思い浮かんだそのことにスザクは気付いたら手を振り上げていた。バシンと破裂音を鳴らして頬を叩かれたジノは一歩も動くことはなかったが、叩かれたことに驚いて目を見開いていた。

「ッ何するんだ!」
「ルルーシュを好きだって!?そんなの許さない!ルルーシュは僕のものだ、誰にも渡すものか!」

バサバサとスザクの持っていた書類が廊下に散らばる。スザクがジノの胸倉を掴んで引き上げるが、ジノの手もスザクの胸倉を掴んでいた。どうしても身長の差でジノのほうが有利になってしまうが、それでもスザクは服が破けるかと思うほどジノの服を強く掴む。怒りに我を忘れているスザクに煽られるようジノもまた怒りに目の前が真っ赤になった。突然叩かれたかと思えばルルーシュは渡さないと言われ酷く腹が立つ。

「たとえスザクのものだろうが、私がルルーシュを好きだということは変わらない!」
「変わらない?ルルーシュのことなにも知らないくせによくそんなことが言えるね!?」
「ああ知らないさ!知らないからなんだというんだ!」

取っ組み合うようにして言い争うと、ジノがスザクを壁に叩きつけた。胸倉を掴んだまま壁につり上げると、息が苦しくなったスザクが呻く。つま先立ちで辛いはずなのに、スザクはジノを睨むのをやめなかった。それどころか何も知らないと言ったジノに笑いが止まらないというようにクツクツと笑い声を上げる。

「ッ何がおかしい!」
「本当に何も知らないんだね!君が本当のルルーシュのことを知ったら、幻滅するだろうなぁ」
「なんだと・・・?」

さも愉快というように笑うスザクにジノは胸倉を掴んでいた手を離した。スザクもジノを掴む手を離し、二人の間に若干の距離ができる。乱れた襟元を直しながらスザクはジノを憐れむような目で一瞥した。記憶を改竄されたルルーシュしか知らないジノ、本当のルルーシュのことを知ったらどんな顔をするか。スザクは知っている、ルルーシュの過去も今も。ゼロとして反逆の頂点に君臨していたゼロをただのルルーシュに引きずり落としたのはスザクなのだから。スザクは何も知らないジノが可哀想で、また、滑稽だった。本当のルルーシュを知ったジノはきっとルルーシュを軽蔑する。しかし、本当のことを教えてやった方がジノのためではないか?あんな人殺しを好いてしまったジノの目を覚まさせてやらなければ。本当のルルーシュを知ったうえで愛せるのは自分しかいない、スザクはジノと向き合い口を開いた。

「教えてあげるよ、ルルーシュはね・・・」

そう言いかけた言葉は、突然響き渡ったガラスの割れた音とルルーシュの叫び声で遮られた。



いつの間に眠ってしまっていたのか、ルルーシュはベッドの上で目を覚ました。朝に一度起きてスザクと会話したのは覚えているが、スザクが部屋を出て行ってからの記憶がない。二度寝なんて不健康なことをしてしまったなとルルーシュはベッドから出た。新しく与えられたシャツが寝汗でへたっている。シャワーでも浴びようかと、その前にルルーシュは近くにあったコップを手にとって水を一口飲んだ。一息ついて足元を見ると黒い下着が目に入る。ついこの前、スザクから新しく与えられた衣類だ。仕置きでシャツを破ってしまったからと、新調したシャツと一緒に貰った。ルルーシュは別に下着など行為をするときに邪魔だからいいと思ったが、せっかくくれたものを返すわけにもいかずなんとなくそのまま履いてる。最初は窮屈だと思ったそれだったが履きなれると意外といいものだ。だから今はワイシャツ一枚と黒いビキニという格好だ。

(昨日もしなかったな・・・)

窓に映った自分の姿を見て考える。仕置きをされてから、ルルーシュはスザクとセックスをしていなかった。一緒に寝ることはあっても本当に純粋にただ寝るだけで、スザクはルルーシュに一切手を出さない。前までは、毎日とはいかないが身体を重ねていたのに最近のスザクはそういう行為をしようとも言ってこない。やはりジノとのことが原因なのだろうかとルルーシュは頭を悩ませた。スザクがしたくないのなら別にしなくてもいいが、こう長く間をあけられるルルーシュの身体に問題が出て来てしまうのだ。あれほどまでに強烈な快楽を毎日味わってきたのに急にそれがなくなってしまうと、身体が物足りないと感じてしまう。適度に自慰をしてみるものの、やはり一人じゃ寂しい。だからと言ってこちらから誘うのもどうかと思うし、向こうがしたくないのに無理やりさせるのはいけないと思う。

『ルルーシュ、声抑えないと、聞こえちゃうよ?』

仕置きの時のことを思い出してしまい思わず腰がジンとした。欲求不満なのだろうか、記憶だけで感じてしまうなど。思い出さないようにするとさらにあの時の記憶が蘇った。体内に感じる熱い性器と触れ合った肌の鼓動。頭からつま先まで見られているような、翠の瞳が身体を射抜く。軋むベッドの音も、他人のような自分の喘ぎ声も、全てが興奮を掻き立てる材料だった。

(・・・・・・くそっ・・・)

ルルーシュは少し膨らんだ自分の下着を見つめて心の中で舌打ちをした。これじゃあ本当に浅ましい淫乱男娼だ。一人で処理をするのは寂しいが、こればかりは仕方がない。どうせシャワーを浴びるのだからバスルームで出してしまおうと、ルルーシュはバスルームへと足を向けた。だが。

コンッ

「・・・ん?」

何かガラスを弾くような音がして足を止める。なんの音だろうと思う前にカンッと再び音が鳴った。窓の方から鳴る音に振り向くが、窓には何の変化もない。気のせいだろうかと思っていると、窓ガラスに小石が当たるのが見えた。誰かが外から窓に向けて石を投げている。悪戯だろうか、今までにこんなことはなかったが嫌な悪戯だと思いながら窓へ近づいた。豪華なカーテンの陰に隠れるようにして窓の外を覗き見る。ここは二階だから、わざわざ地上から投げているのだろう。

「・・・誰もいない・・・?」

誰が投げているのかその顔を拝んでやろうと窓の外を見たのだが、そこには誰もいなかった。美しい庭園が広がるだけで辺りには誰もいない 確かに見たのに何かの勘違いだったのかと身を乗り出して外を見ようとしたその時、上から黒い何かが現れ振り子のように窓ガラスへぶつかった。

「ッうわああっ!!!」

窓ガラスが粉々に砕け、破片がルルーシュに降り注いだ。咄嗟に腕で顔を隠したが、身体のあちこちに細かいガラスが刺さってしまった。窓を突き破って侵入してきた何かにぶつかってルルーシュは床へ倒れた。窓ガラスが割れたというのに警報機は作動しない。いったい何が起こったのだと混乱する頭に頭痛が走った。昔を思い出そうとすると起こる頭痛が何故今起こるのだと、タイミングの悪さに泣きたくなる。刺さったガラスの破片の痛みにルルーシュが悲鳴を上げていると、ルルーシュの目に黒いブーツが目に入った。視線を上げると、そこには黄緑色の髪の女が立っていた。

「・・・っ・・・だ、れ・・・」

先ほど窓を破って侵入してきた人物がこの女だと分かり、ルルーシュの心臓がドクドクと強く脈打ち始める。見知らぬ女は腰まであろう長い髪を揺らしながらルルーシュを見ていた。まるでその目がマリアのような優しい目で、戸惑ってしまう。だがその優しい目とは裏腹に女の片手には銃が握られていた。殺される、瞬時にそう思いルルーシュは起き上がって後ずさりした。恐怖とは違う何かがルルーシュの脳を凍らせる。知らない女のはずなのに、知っているような。そう考えるとやはり頭痛が邪魔をして思い出せなかった。誰だと問いかけたルルーシュの言葉に女は一瞬だけ目を見開いたが、すぐにスッと目を細めた。逃げるルルーシュを追い詰めるように一歩ずつ近づいてくる。だんだんと逃げ場をなくされて、ついにルルーシュの背中がベッドのふちに当たった。

「あっ・・・あ・・・やめ・・・殺さないで・・・!」

手を振りまわして拒絶するが、ガタガタと震える身体がうまく動いてくれない。怖さに声もでないルルーシュが女を見つめていると、目の前まで迫ってきた女が目線を合わせるようにしゃがんだ。ルルーシュと同じくらい白い女の手が伸びてきて、思わず目を瞑ってしまう。先ほどからドンドンと扉を叩く音とスザクの声がする。助けを求めたいが、喉が言葉を発してくれなかった。

「・・・思い出せルルーシュ、お前は」

女の手がルルーシュの頬に触れ、その瞬間脳を裂くようなフラッシュバックがルルーシュを襲った。

「っああああああぁぁぁァァァッッッ!!!」







ルルーシュの叫び声を聞いて、ジノとスザクは一斉に振り返った。今の音はなんだ?音はスザクの部屋から聞こえた。窓の割れる音に加えルルーシュの叫び声。考えるより早く身体が先に動いて、スザクはジノを押しのけて自分の部屋へと向かった。走り出したスザクを追うようにジノも後をついていく。ポケットから鍵を取り出して扉の鍵を開く。部屋で何かがあったのだろうかとスザクがドアノブに触れた瞬間、バチッとした衝撃が手を刺した。

「痛っ・・・」

思わず手をひいてドアノブを凝視する。まるで静電気が増したような痛みだった。扉の向こうからは物音がしていて、部屋で何かが起こっているのは分かった。中にはルルーシュがいるというのに、一体何があったのだ。スザクは再びドアノブを掴もうとしたが、やはりドアノブに触れると刺したような痛みが起こる。

「なにやってるんだよスザク!早く中に・・・っ!?」

扉を開けようとしないスザクを押しのけてジノがノブを握ったが、ジノもスザクと同じように手をひっこめた。なんだこれはというような顔をしたジノにスザクは君も同じなのかと顔を顰めた。鍵を開けた時はこんな衝撃はなかったのに、部屋に入るのを拒んでいるかのようだ。扉を叩いて中のルルーシュへ呼びかける。

「ルルーシュ!どうしたのルルーシュ!」

しかしスザクがいくら扉を叩いても返事はなかった。部屋の中の物音は聞こえるのに返事がないことを不審に思っていると、微かに声が聞こえた。

『あっ・・・あ・・・やめ・・・殺さないで・・・!』

"殺さないで"物騒な言葉に思わずスザクとジノは顔を見合わせた。これはただ事ではない。スザクは扉を叩いてルルーシュを呼び続けた。ドアノブに触れようと何度も挑戦してみても、握り続けると増す痛みはまるで指を生きたまま切られているかのような激痛だ。ルルーシュが大変なことになっているというのに何もできないなんてと二人が唇を噛んでいると、扉の向こうから悲痛な叫び声が聞こえた。

『っああああああぁぁぁァァァッッッ!!!』

胸を裂くようなルルーシュの声。その声を聞いて、さらに扉を叩こうとしたスザクの手をジノが止めた。止められた手にスザクがジノに向かって吠える。

「なんで!」
「スザク、扉を破る!手伝え!」

こうなったら強硬手段に出るしかないと、スザクとジノは扉から距離をおくとタイミングを合わせて扉へ体当たりした。流石にラウンズの部屋の扉は一度だけで壊れるほど軟ではない。何度も何度も扉へぶつかり、4度目にしてとうとう扉は金具を捻じ曲げさせて壊れた。バァンと大きな音を立てて倒れた扉を踏んでスザクとジノが部屋に入ると、そこには信じられない光景が目に映った。

「ッルルーシュ!」

割れた窓ガラス、所々から血を流しながら身体を震えさせ狂ったように叫ぶルルーシュ、そのルルーシュの目の前にしゃがむ女。女は扉を打ち破ってきたスザク達を見ると、ルルーシュに触れていた手をパッと離して立ち上がると割れていない窓ガラスを破って外へ飛び降りた。女が手を離した途端にフラリと床に倒れたルルーシュに、ジノは真っ先にルルーシュの元へと駆け寄った。

「おいルルーシュ!しっかりしろ!」
「う・・・あ・・・あぁ・・・っ!!!」
「ジノ!ルルーシュを!」
「おいスザク!」

スザクは割れた窓へ近寄り胸元から銃を取りだすと、逃げる女に続いて飛び降りてしまった。ジノは飛び降りてしまったスザクを止めるが、既に姿は見えなくなっていた。あの女のことは気になるが今はルルーシュの方が心配だとジノはルルーシュを抱き起す。あの女のことはスザクに任せればいいかとジノは震えるルルーシュの顔を軽く叩いた。

「ルルーシュ!こっちを見ろ!」
「や・・・だ・・・俺は・・・あああっ!!!」

見開かれた目は何も映していない。ぐらぐらと揺れる瞳にジノはぎゅっとルルーシュを抱きしめた。錯乱状態のルルーシュは全てを拒絶するかのように暴れるが、ジノは自分の腕の中に抑え込むかのようにルルーシュを抱いた。何処か傷つけられたりでもしたのだろうかとルルーシュの身体を見たが、ガラスの傷以外何も見当たらない。注射針の痕もなく、薬物を投与されたのではないと分かる。突然のことにパニックになってしまったというわりにはルルーシュの様子はおかし過ぎる。物音を聞いたのか、数人の兵士たちが部屋に駆けつけてきた。

「ヴァインベルグ卿!どうかされましたか?」
「侵入者だ!相手は逃げたが、今枢木卿が追っている。お前たちも追え!」
「しかし、その方は・・・」
「この人は私が医務室へ連れて行く、お前達は枢木卿の援護に回れ」
「イエス、マイロード!」

敬礼をして出て行った兵士たちを見送り、ジノは着ていたラウンズのマントでルルーシュを包んだ。怪我の手当をしなければならない、それに薬物だって針の痕はないがもしかしたら錠剤の可能性もある。とにかくルルーシュをここには置いておけず、ジノは叫び疲れたのかぐったりとするルルーシュを抱き上げた。母音だけを口から漏らし、時折何かを言っているようなそぶりをみせるがうまく聞き取れない。ジノの大きすぎるマントはルルーシュの身体をすっぽりと覆った。じんわりと滲んできた血の色に眉を潜ませながら、ジノはルルーシュを抱え部屋を出た。

「ルルーシュ・・・なんでこんな・・・っ」

駆け足で医務室へ向かうジノを通りすがる兵士たちが驚いた目で振り返る。なにかあったのかと問いかけられても返事をすることなくジノは足を急がせた。なるべく揺らさないようにして走るが、やはり振動は抑えきれない。走るたびに上下するルルーシュは苦悶の表情を浮かべている。やっと久しぶりに会えたというのに、こんな形で会いたくなどなかった。ジノが奥歯を噛み締めると、ルルーシュの目がゆるゆるとジノの方を向いた。

「ジ、ノ・・・」
「っルルーシュ、大丈夫か?いま医務室に向かってるからもう少し我慢してくれ!」
「う・・・ぁ・・・ナナ、リー・・・」
「・・・ッ?」

聞き覚えのない名前を呟いて、ルルーシュは目を閉じてしまった。気を失ってしまったのだろうか呼びかけてもピクリとも動かない。ジノはルルーシュが見も知らない女の名前を呟いたことに嫉妬しながらも、そのルルーシュの瞳から涙が流れたことに胸が締め付けられた。目元に溜まった涙が頬を伝い、ジノのマントを濡らす。これ以上ルルーシュの顔を見ていられなくて、ジノはマントの余った襟部分でそっとルルーシュの顔を隠した。

(ルルーシュ、君はいったい・・・)

あの侵入者はルルーシュを狙っていた。わざわざスザクがいないタイミングで部屋に侵入したのはそういうことなのだろう。あの侵入者が何故ルルーシュを狙っていたかは分からないが、スザクはあの侵入者に心当たりがあるようだった。部屋に入って侵入者の顔を見たとき、スザクの顔が固まっていた。お前は、と無意識のうちに漏らしたスザクのことばをジノは聞き逃していなかった。ルルーシュを狙う侵入者、錯乱したルルーシュ、何かを知っているスザク。

『教えてあげるよ、ルルーシュはね・・・』

あの時スザクが言いかけた言葉、あの後にはなんと続くはずだったのだろう。スザクはルルーシュの過去を知っているというのに、ジノは何も知らない自分が悔しかった。ルルーシュを抱く手に力が入る。ルルーシュのことが好きなのに、好きだという思いだけじゃダメだという現実が憎い。自分には知らない何かがルルーシュとスザクにはある。果たして、それを知れるのだろうか?知ってしまってもいいのだろうか?

(・・・私らしくないな)

暗くなりそうな思考をジノは振り切る。感傷に浸るくらいなら行動した方がいい。知る前から恐れていてどうするのだ、後悔ならばあとからでもできる。スザクとルルーシュがいるステージへ上がれないのなら、そこまで這い上がればいい。同じラインに立って初めてスザクからルルーシュを奪うことができるだろう。何も分からないまま力任せに奪い取るなんて絶対に嫌だ。今頃侵入者を追っているのであろうスザクへの宣戦布告を胸にしまい、ジノは医務室の扉を開いた。