"誰もいなくなった"部屋、鏡に映る自分の姿にルル―シュは呆然と立ち尽くした。ビリビリに破かれた服、暴力の痕、そして何よりも目立つ赤く光る左目。震える指先で左目に触れる。手の震えは怯えではなく、怒りからくる震えだった。暫しの間鏡の中の自分を見ていたルルーシュだったが、その口から小さい笑い声が漏れ始める。

「は、はは・・・そういうことか・・・」

誰に言うわけでもなく、いや、自分に言うようにしてルルーシュが自嘲する。渇いた笑い声はだんだんと大きくなっていき、そのうち高笑いをするようにルルーシュは笑い始めた。頭に浮かぶのは今までの全ての記憶。生まれてからブリタニアに反旗を翻し敗北したところまで全て。皇帝の前に突き出されそこから不自然に途切れた記憶、再び紡ぎだされた記憶はルルーシュの自尊心を酷く踏み躙るものであった。数ヶ月間の記憶の中で思い出されるのはあの顔、スザクの笑顔ばかり。さぞ滑稽だったのだろう、堕落したトモダチを見て。そう思うと腸が煮えくりかえるほどの激情がルルーシュの中に沸いた。しかし、それ以上にルルーシュは己の愚かさに笑いが止まらなかった。自分は本当に馬鹿だ。さんざん奪ってきてスザクを信じていた自分が酷く馬鹿らしい。スザクとは違う道を行かねばならないと決めたはずなのに、最後の最後でスザクを求めて、手を振り払われて。記憶を書き換えられていいように使われている自分はまさに弱者だとルルーシュは感じた。目頭がカァっと熱くなり、ルルーシュは溢れ出てきそうなそれを消すように頭を振った。本当は、ナナリーと同じくらい大切な人だった。兄妹2人で送られた日本で出会った初めての友達。あの頃はブリタニア人というだけで近所の子供達に苛められたりもした。枢木家からの扱いだって良くなかった。せめてナナリーだけは守ると誓いながら生きていたあの頃、スザクがいなければとっくに自分は壊れていた。スザクは強い子供だった。心も身体も何もかも強く、ただやはり精神は子供でよく衝突したりもした。けれどあの頃はそれが唯一の幸せで、ずっと三人一緒に居られたらと本当に願ったものだ。だが願いは叶えられることなく、こうして時が過ぎた今はどうだ?関係は熱に溶けた鉄のように歪んでしまった。

「そうか・・・スザク・・・それほどまでに俺が憎かったか・・・!」

憎くて、憎くて、憎くて、恨んでも恨みきれないほどのスザクの感情が想像できる。憎まれるようなことをしてきたのだからそれは仕方がないと思う、だが、これほどまでの扱いを受けるなど思ってもいなかった。中途半端に下げられた己のズボンを見て、ルルーシュの脳裏にあの時の記憶がフラッシュバックした。肌と肌が触れ合う感覚、揺さぶられる身体、漏れる己の吐息、シンクロするように名を呼ぶスザクの声。思い出した途端ぞわぞわと鳥肌が立ち、ルルーシュは喉の奥からせき上がってきたものに口を押さえた。胃液が口内に滲み吐き出しそうになったが喉を絞めるようにしてせき止める。吐き気をぐっと堪えたルルーシュの瞳に一瞬だけ悲しみの色が宿ったがそれはすぐに掻き消された。耳の奥でリフレインするスザクの言葉。好きだと、愛してると、そう囁いてきたスザクのあの言葉も嘘だったのだ。嫌がらせと言うにはレベルが違い過ぎる。

(お前がそこまで俺を憎むのであれば、俺は・・・俺は俺の道を進まなければならない)

今まで消してきた命のためにもルルーシュは立ち止まることは許されないのである。誰にも許されることのない罪を、ルルーシュは償わなければならない。鏡の後ろにあるテーブルに置いてある花瓶が目に止まる。透明な花瓶に活けられているのは、先日スザクが持ってきた真っ赤な薔薇。血のように真っ赤なそれをルルーシュは迷いなく掴むと床へ叩きつけた。床に打ちつけられた薔薇は花弁を可憐に散らしたが、ルルーシュがそれを足で踏みつけると無残にも分裂してその美しさは醜さへと変わっていく。素足で踏んだため薔薇の棘が刺さりルルーシュの足の裏から血が流れたが、その痛みは今は感じられなかった。水だけが入った花瓶を手に取り、ぐちゃぐちゃになった薔薇の上へと水を流す。茎と花弁が潰され奇妙な色を生んでいた薔薇が水に浮き、流される。

「残念だったなスザク、俺はもうお前の思い通りにならない」

花瓶を持つ手を頭上高く上げ、手を離した。重力に逆らうことなく落下した花瓶は落下し、大きな音を立てて砕け散る。細かな破片へと姿を変えた花瓶を冷たい目で見下ろしながらルルーシュはその中から大きめの破片を一つ取った。割れたことによって鋭利さを持ったそれは握っただけで皮膚を切ってしまいそうだ。ルルーシュは手に持った破片でも一番鋭く尖った部分を左目の瞼に押し当てた。先端が瞼に軽く突き刺さり、ぷっくりと血を滲み出させる。

「夢は、終わりだ」

破片が瞼を引き裂き、ルルーシュの頬に一筋の血と一緒に透明な涙が一筋落ちる。




医師からの連絡を受けたスザクは救護室の扉を殴るように開いた。スザクに続いてジノとアーニャも救護室に入る。

「ッルルーシュ大丈夫!?」

スザクの大声に、奥の診察台の前に座っていた医師が顔を顰める。数個あるベッドのうちいくつかのカーテンが閉められているところを見ると誰か休んでいるようだったが、スザクは気にしているほど余裕がなかった。医師の前、診察台の上に座るルルーシュが振り返った。その綺麗な顔の左目は四角いガーゼで塞がれている。

「怪我はッ?大丈夫なの!?」

バタバタとルルーシュに近づくとスザクはルルーシュの両頬を包む様にしてじっと見つめた。若干腫れているルルーシュの頬に気が付き唇を噛むが、ルルーシュがスザクの手をそっと外す。

「ああ、大丈夫だ。心配をかけてすまなかった」

何もなかったかのようにニコリとルルーシュは笑う。何処か違和感を覚える笑い方だったが、とりあえずルルーシュが無事だということが分かりスザクはホッとした。ルルーシュの病室に強盗が入ったと聞いた時スザクは心臓が止まるかと思った。幸い部屋から逃げてきたルルーシュを医師が保護し最悪の事態は免れたのだが犯人は逃亡、部屋はぐちゃぐちゃに荒らされた。スザクがその連絡を受けたのは会議が終わったあとのことで、事件が起きてから二時間も過ぎたあとのことだった。

「瞼を切られただけですから目に異常はありません。他の傷もすぐに良くなるでしょう」
「分かりました、ありがとうございます」

医師へ深く礼をするスザクをルルーシュは大袈裟だと笑った。そんなことないとスザクが言いかけたが、その言葉はジノに遮られた。

「まったく、ルルーシュは事件体質だな!」
「じ・・・なんだ?」
「事件に巻き込まれやすい体質だってこと、すごく心配したんだからな」

ジノがルルーシュを後ろからぎゅうと抱きしめる。アーニャも、言葉はないが心配したとでも言うようにルルーシュの隣に座った。ルルーシュは不自然なくらいニコニコ笑っていたが、あまり嬉しそうではなかった。スザクは胸に何か引っかかるものを感じながら、ルルーシュからジノを引き剥がした。代わりに自分の胸にルルーシュを寄せながらスザクがジノを睨むと、おお怖いとジノはおどけてみせる。

「ルルーシュは怪我人なんだから触らないでくれる?」
「そう言ってるお前だって、そんなに強く掴んだらルルーシュが可哀想だろ」
「僕はいいんだよ」
「スザク、それはおかしい。」
「そうだそうだ!独り占めはよくない!」
「独り占めも何も、僕のなんだから別にどうしようが勝手・・・」

言い争いになりかける三人だったが、スザクの腕からするりとルルーシュが離れていったことで会話がピタリと止まる。まるで三人から離れるようにしてルルーシュは医師の傍に立つ。そして笑みを絶やすことなく、己の肩辺りを押さえた。

「すまない、逃げる時に肩をぶつけて痛いんだ」

だから触るな。そう言っているように聞こえ三人は一瞬だけ呆気に取られる。今までにルルーシュがスザクから自分の意志で離れるという所を見たことがなかったため驚いてしまったのだ。しかしルルーシュの肩を押さえる手にジノがハッと気がつく。

「そ、そうか!そうだよな、ごめんな気づかなくて」
「すまないな。」
「いい、気づかなかったジノが悪い。」
「酷いぞアーニャ!」

さっきのは見なかったことにしようとでもしているようなジノの大きな笑い声。誰もルルーシュの行動にはあえて触れず、なかったことにしようとしていた。医師は何も言わずただ黙り、その隣でルルーシュが控えめに笑っている。ただ一人スザクはじっとルルーシュを見ていたが、切りかえるようにして表情を穏やかなものに変える。

「そうだルルーシュ、もう部屋に戻れるよ」
「戻れる?」
「部屋の修理、終わったんだ。ちょうどいい機会だからこのまま部屋に戻ろう?」

ね?とスザクが聞く。ちょうど会議が始まってすぐに部屋の修復が終わったのだ。会議中に連絡を受けたスザクは荷物を移動させておくように命じたためもう荷物は全て部屋に運ばれているだろう。ルルーシュは少し右目を細めて何かを言いかけるように口を開いたがすぐに閉じて、もう一度口を開いた。

「ああ、分かった」

やっと戻れるんだなと言いながらルルーシュが医師の方をチラリと見る。すると医師はそれを感じ取ったようにしてルルーシュを一瞥すると、スザクの方を向いた。

「目の怪我についてなのですが、傷が深いので毎日消毒しに来てもらえますか?」

それを聞いたスザクは表情を硬くした。ジノとアーニャも心配の意味で表情を硬くしたが、スザクは二人とは違う意味だ。

「毎日・・・ですか?」
「ええ、毎日」
「・・・それは自分ではできないのですか?」
「特殊な薬ですので持ち出しが禁止なんですよ」

机の上に広がるカルテを眺めながら言う医師の言葉に納得できないというようにスザクは黙ってしまう。ルルーシュはその長い前髪で表情を隠していて、おかしな空気が流れ始める。ピリピリとし始めた空気にジノがそれをかき消すようにわざと大声をだす。

「ほらスザク、大人しく言うこと聞いておけって!ルル―シュ、早く怪我治るといいな!」

バシンと強い力でジノに背中を叩かれスザクがよろめく。不服そうなスザクだったが仕方がないというようにため息をついた。ルルーシュをまるで外に出したくないとでもいうようなスザクの言動にジノは内心苦笑する。スザクのルルーシュへの束縛は明らかであり、滅多に他人とルルーシュを会わせたがらない。以前侵入者騒ぎのあとルルーシュの診察のたびにスザクはその場に必ず同席した。同席できない時は、診察は必ず医師一人で行わせるという徹底ぶり。周りは慰み者という下等な存在を周りに見せないためだと思っている者が多いが、ジノやアーニャはそれは違うと知っていた。ルルーシュは医師と何か話したあとスザクの隣へ移動した。もう行ってもいいということらしく、ルルーシュがスザクのマントの端をきゅっと握る。ルルーシュがスザクのマントを掴むのは一種の癖であり、言葉で言わない代わりに行動で示すルルーシュの特殊な表現であった。スザクは医師に軽く会釈をすると、そのまま救護室を出て行った。残されたジノとアーニャは互いに顔を見合わせたが、ジノは首をすくめアーニャは携帯を取り出しただけだった。






部屋に入るや否やスザクに背後から抱きしめられルルーシュは息が止まった。スザクはルルーシュを抱きしめながら新しくなった扉のパネルを器用に操作しロックをかける。ピッという電子音を耳にして、まさか記憶が戻ったのがバレたのではないかとルルーシュは小さな不安を心に宿す。しかし今までの中で不自然な行動はなかったはずだ。記憶が戻る前と若干言動に変化があっても、それは言い訳すればどうにでもなる。ルルーシュは平常心を装いつつも肩を掴むスザクの手の甲に触れた。

「スザク・・・肩・・・痛いんだが・・・」
「・・・・・・・・・ッ」

遠まわしに離してほしいとルルーシュはスザクに言ったつもりだが、スザクはルルーシュを抱きしめる力を強くする。身体を潰す気かと思うくらい強く抱きしめられルルーシュの肺から酸素が押し出された。苦しいとスザクの手を掴んでも力は弱まらず、そのまま前方へ押すように身体を移動させられるとルルーシュは久し振りのベッドの上に突き飛ばされた。痛いほど背中を押され、片目がガーゼで塞がれているためバランス感覚が掴めないルルーシュはそのまま柔らかなベッドに沈む。埃など一つもたたない。優しく抱きしめたかと思えば乱暴に突き飛ばしてきたスザクの行動が理解できず振り返ろうとしたが、その前にスザクがベッドに上がってきて押し倒されたような体勢になってしまった。真上にある照明のせいでスザクの顔がよく見えないが、逆光で暗くなったスザクの目は真剣なものである。どうしたんだと言う前に頬に触れられルルーシュは反射的に身体を揺らした。

「どうしたの?」
「い、いや・・・なんでもない・・・」

怯えを悟られないように振舞うが、スザクの目が見透かすように見つめてくる。真正面にあるスザクの顔を見たくないと思うがここで視線を逸らしたら記憶のことを疑われるかもしれないと、ルルーシュはスザクを見つめ返した。静寂が部屋を漂う、たまに擦れるシーツの音が二人の耳に大きく聞こえる。

「お前こそどうしたんだ?こんな、急に」

誘うような演技をしながらルルーシュが微笑むと、スザクが悲しげに目を伏せた。何故そこで目を伏せるのかが理解できず、しかし今さら訂正もできないのでルルーシュは口を閉じる。再び静寂が部屋に戻り、どうしたものかとルルーシュはスザクを見上げたまま考えた。できることならば早くここを脱出したいがナナリーのことがある、あまり迂闊に行動はできない。かと言ってうかうかしていたら再起の時を逃してしまう。記憶が戻ってないと演技をするのはかまわないがそれがいつまで持つかも分からない。C.C.は(大胆不敵にも)こちらに接触してきてくれたようだが、あの件があった限りもう一度タイミング良く来るとは限らないだろう。まずは現状把握と外との連絡だなと作戦段階の最初を考えていたルルーシュだったが、不意に近づいたスザクの顔に目を見開いた。鼻先が触れ合うほどの至近距離でスザクの瞳が揺れている。思考がストップし、心臓がドクドクと鳴る。キスされるのかと身を固くしたが、重なるか重ならないかの所でスザクの唇は止まっている。互いの吐息が混じり合うような近さで、気恥かしさにルルーシュは顔が赤くなりそうだった。

「ねえルルーシュ、キスしてよ」
「なっ・・・」
「早く」

強請るように額をくっつけてくるスザクにルルーシュは心の中で、何を考えているんだこいつは!、と憤慨した。キスなど女性にだってしたことがないというのに(ナナリーへのキスは唇では無いのでノーカウントである)それをしろというのか。本当のルルーシュならばそんなことできるかと一蹴するが、今は状況が違う。記憶を改竄された自分だったらどうするか?そんなこと考えなくても分かることだ。だが、頭では理解しているがすぐさま行動に移せるわけがない。ルルーシュは目を泳がせながら唇を噤んだ。不審に思われる前にしなければいけない、けれど、しかし。無意識にシーツを握るルルーシュの手をスザクが上からそっと握った。どうやら覚悟を決めなくてはならないようだ。ルルーシュはぎゅっと目を閉じると顔を少しだけベッドから浮き上がらせた。そして間も無く重なる唇。柔らかな唇同士が重なるそれが恥ずかしくて死んでしまいたい。時間にしたら一秒も無かっただろう、ルルーシュはすぐに顔を離した。悔しさに涙が出そうになり顔を背けて、赤に染まった顔をさらに染め上げる。もういいだろとルルーシュがスザクの胸板を押し返すと、スザクは手を握っていた手を離しその手でルルーシュの顎を掴んだ。ぐいとスザクの方へ強制的に顔を向けさせられ、次の瞬間には唇が深く重なっていた。

「〜〜〜!!!」

突然のことに叫びそうになったルルーシュだったが、その叫びさえ吸い込まれしまう熱い接吻。思わずスザクの両肩に手をかけて押し返すが、ルルーシュのか弱い力では焼け石に水であった。何もかもを奪うような口づけは初めてのはずなのに身体は受け入れている。たとえ本当の記憶が初めてだとしても、書き換えられた記憶の中では経験済みのこと。記憶がいくら書き換えられていようと身体は変わることはない。書き換えられた記憶の際に慣らされてしまったおかげで、ルルーシュは自分の記憶と身体の反応のギャップに驚愕していた。クチクチと唇と唇の間から音がする。歯を食いしばって耐えていたのだが、鼻で呼吸をするということを忘れてしまったルルーシュは酸素を求めるあまり口を開いてしまう。その隙をスザクが見逃すはずがなく、あっという間に侵入してきた舌にルルーシュは翻弄されていった。

「ぅっ・・・んっ・・・ふっ・・・!」
「っは・・・ルルーシュ・・・」

鼻から抜けるような自分の声に耳を塞ぎたいと思う。けれどルルーシュの両手は耐えるようにスザクの服を握っている。時折名前を呼ばれ背筋にゾクリと鳥肌が立つ。低く囁くスザクの声が脳に熱を宿す。こんな反応本当は違うのに、そう思うのにルルーシュの身体は確実に昂っていっている。恨んでいるくせに、いや、恨んでいるからか。こんな恥をかかせるようなことをするのは。ぬるぬるとした舌の感触が口内を暴れまわる。縮こまったルルーシュの舌を巻きこむようにして、唾液を混ぜるスザクの舌に何故か吐き気は催さなかった。それどころか気持いいと感じてしまっているのは、今まで受けてきた"性的行為"のせいだろう。

「も、やめ・・・っぅん・・・!」
「逃げないで、ちゃんと、こっち見て」

そう言われゆるゆると瞳を開くといつの間にか涙が溢れていて、視界がぼやけていた。スザクの手がルルーシュの右目に溜まる涙を掬う。ガーゼの貼り付けられた左目を撫でてから再び口づけを再開した。激し過ぎる口づけに脳が酸欠でクラクラしてきてルルーシュは泣いた。頭脳が今起きていることに対応しきれずパンクしてしまい、何も考えられないままスザクに縋りつく。何故スザクがこんなことをするのか理解できない。恨んでいるのなら、憎んでいるのなら口づけなど、こんな情熱的な口づけなどして欲しくない。きっとこれもスザクの復讐のうちなのだと考えると、怒りと悲しみが混ぜ合わさり言葉にならなかった。そのうち抵抗する力もなくなったルルーシュは、スザクの唇が離れたころにはぐったりとベッドに身を預けていた。はあはあと息を乱してスザクを見上げるルルーシュにスザクはその黒髪に唇を寄せる。シャツの隙間から手を差し込み肌を撫でてきたスザクの手に、ルルーシュは思わず声を引き攣らせる。足の指先まで力が入るくらい全身が硬直して、スザクはそんなルルーシュを見て訊ねる。

「スるの、嫌?」
「ッ・・・い、・・・やじゃ・・・あっ!」

スザクの手がルルーシュの胸の頂を抓んだ。不意打ちの痺れにルルーシュの腰が跳ね上がる。記憶が戻ってるとバレてはいけないと必死にセックスになれたルルーシュを演じようとするが、頭の中はパニック状態だ。弄られるもどかしさに身体がビクビクと震え、目が熱くなる。両手で顔を隠そうとするが逆にその手を取られてしまい一つにまとめて頭上で押さえつけられてしまう。たくしあげられたシャツが口元に溜まり、ルルーシュの吐息を吸収している。与えられる微かな刺激さえも感じ取ってしまいルルーシュの視線が宙を彷徨う。自分が今何をしているの分からなくなる。全てを委ねてしまおうかと身体から力が抜けかけたその時、スザクの手がルルーシュの左目のガーゼを剥ぎ取った。医療用のテーピングテープが取れ、ルルーシュの左瞼が晒される。

「あっ!」
「・・・・・・ほんとにあるね、傷」

どういう意味で言ったのか、スザクの言葉にドキリとする。取るなと訴えてみるものの、スザクはガーゼを投げてしまった。そしてルルーシュの左瞼の傷を観察するように見つめる。ルルーシュの長い睫毛の何ミリか上から眉間に向って一直線の切り傷。瘡蓋になりきっていないその傷は確かに瞼の傷にしては深すぎる。一歩間違えれば眼球まで傷つけてしまっていたのではないだろうか。スザクは徐にその傷口を舐めた。苦い味が舌に響き、消毒液の味だと唾を吐いた。

「いやだスザクッ・・・傷っいたい、から・・・!」

傷口を舌でえぐるようにされてルルーシュが痛みに咽ぶ。気を緩めてしまえば開いてしまいそうな左目に注意しながらも、スザクからの愛撫に耐える。片目だけ瞑るというのは意外と疲れるもので、強い刺激の時などは瞼の力が緩んでしまう。しかし、今ここで瞼を開いたらそこで終わりなのだ。この左瞼の下には赤く光る瞳が眠っているのだから。必死に我慢するルルーシュを攻め立てるスザクはそれを分かっているかのように行為を激しくする。そして長い前戯のあと、スザクの性器がルルーシュの窄まりに押しあてられる。

「ルルーシュ・・・左目、見せて・・・?」
「なっ、ひっ・・・っあああァァァッ!!!」

ルルーシュが聞き返す前にスザクの性器が深く突き刺さった。息つく暇もなく律動が開始され、早いスピードで揺さぶられながらもルルーシュは左目だけは開かないように堪えた。たとえスザクの指が左目尻に添えられて、瞼の下を確認しようとしても抵抗した。目まぐるしい快楽の中でぐんぐんと上がる体温。左目だけは絶対にと、シーツに後頭部をすりつけて疼きを発散させるルルーシュをスザクは泣きそうな目で見つめた。スザクがより激しく腰を動かすと、ルルーシュは歯をくいしばって顎をくんと上げた。

「ルルーシュッ・・・見せてよ・・・ッ・・・お願いだから・・・っ!」
「い、やだッ・・・んぅっ・・・ひッあああっ!」

うわごとのように繰り返すスザクに、ルルーシュの頭の片隅で哀感が灯る。左目を見ようとするスザクの目的は明らかだ。そしてこの行為は、確認するためだけに行っている拷問のようなもの。そう考えるべきなのに、ルルーシュの心は嵐のように悲しみで荒れていた。

(どうして、そんなに悲しそうなんだ?どうして、そんな、泣きそうな声をしているんだッ)

お前が泣くような行為ではないだろうと叫びたいが、ルルーシュの口から出るのは拒絶の言葉とはしたない喘ぎだけだ。そのうちスザクの性器が膨張するのが感じられ、自分でも分からないままルルーシュは射精していた。とてつもない脱力感のあとルルーシュの身体の上にスザクの身体が落ちてくる。圧し掛かるようにして抱きしめられ、ルルーシュは冷めていく熱の中で瞳を閉じた。スザクが何を考えているのか分からず、スザクの荒い呼吸を感じながら疲労感がどっと押し寄せる。急速に落ちていく意識に抗えず、ルルーシュは気絶した。





「ルルーシュ・・・」

ピクリとも動かないルルーシュにスザクは気絶したことに気づいた。無理をさせてしまったかもしれないと思うが、どうしても止めることができなかった。一線を引くようなルルーシュの態度や偶然にしてはよすぎる左目の怪我。それだけならまだ勘違いの範囲で収められていた。だが、不自然な強盗の話や周りの証言がスザクの考える可能性を強めている。ルルーシュの記憶が戻っているという可能性。あくまで可能性であり確定ではない。だが、可能性のうちに確かめなければならない。だからあえてこのタイミングでルルーシュを抱いた。記憶が戻っているのなら、拒絶されると思ったからだ。結果から言えば、記憶が戻っている可能性は"高い"ということだけ。左目の確認はできなかったが、セックスについて強い拒絶はされなかった。ルルーシュがいくら演技が上手かろうがスザクにはそれを見破れる絶対の自信があった。先ほどの行為で、ルルーシュには確かに演技が混ざっていた。しかし、"演技ではない部分"もあったのだ。全て演技ならまだしも、一部だけというのはたちが悪い。五分五分というものは一番やっかいで、はっきりとした判断は下せない。

「君は・・・僕を嫌う・・・?」

両目を閉じるルルーシュの首筋を撫でる。嫌われてもいい、自分は決めたのだ。スザクはそう自分に言い聞かせながら、あの日のことを思い出した。あの日、C.C.がルルーシュに会いにブリタニア宮殿に侵入してきた日のことを。






「止まれッ」

銃の安全装置を外し、両手でしっかりと固定しながらスザクはその背中に向けて銃口を合わせた。この状況に合わないくらい爽やかな風が吹き抜け、周りの木々がざわめく。黄緑色の長髪を宙に舞いあがらせながらその人物は振り返った。銃に怯えることなく、その冷静な瞳でスザクを見据えている。

「お前か、枢木スザク」

追ってくるとはしつこい男だ、とC.C.は腕を組んだ。近くの樹木に背中を預けて空を見上げたC.C.から目を離さず、スザクは銃に指をかけたまま問う。

「ルルーシュを取り戻しに来たのか」
「あいつが捕まったままだと色々と面倒だからな」
「皇帝はお前を探している、こんなところに現われてどういうつもりだ」
「知っている。しかし私の目的はシャルルではない、あいつなのだからシャルルは関係ない」

あくまでルルーシュが目的なのだというC.C.にスザクは舌打ちをする。たとえC.C.にそのつもりがなくとも、ここに現れてもらっては困るのだ。C.C.が見つかってしまたったら、ルルーシュが"処分"されてしまう。皇帝がC.C.の気配を感じる前にC.C.には消えてもらわないといけない。本当はこのまま逃がしてやりたいと思うが、このまま逃がしてしまったら次は何をしてくるか分からない。確かにC.C.が捕まってしまいルルーシュが処分されてしまうのは怖いが、それ以上にルルーシュの記憶が戻ってしまうのが一番恐ろしかった。だから、どうにかしてルルーシュに近寄らせないようにしなければならない。脅してでもだ。しかし実際にはC.C.は銃などでは怯えなど見せることなく、寧ろいつでも撃てというように無防備に立っている。

「もうルルーシュの前に現れるな」
「それはお前が言う台詞なのか?」
「黙れッ!ルルーシュは渡さない・・・!」

独占欲をむき出しにしたスザクにC.C.は鼻でフンと笑うとスザクを睨んだ。

「渡さない?お前のものでもないのに、何を言っているんだ」
「違う、ルルーシュは僕のものだ。誰にも渡さない。」
「以前から思っていたが、お前は自分のことばかりであいつのことを考えていないのだな」
「なんだとッ!」

ガチャリと銃が音を立てて揺れる。侮辱された怒りがスザクの脳を焦がす。やっと手に入ったルルーシュを奪おうとする魔女が憎くてたまらない。スザクは鋭い目つきでC.C.を睨むが、射るような視線すら受け流すようにC.C.は語る。

「シャルルに書き換えられたルルーシュを自分のいいようにして、何になるんだ?」
「たとえ記憶が違っても、ルルーシュはルルーシュだ」
「違うな。お前の愛したルルーシュは"ゼロ"であるルルーシュだろう」

偽りの記憶を持ったルルーシュから愛されて、愛してもそれはなんの価値もない。心からの、本当のルルーシュではないと意味がない。スザクは記憶を書き換えたことを大した問題としていなかったせいで、そのことが頭から抜け落ちていた。いや、抜け落ちていたというよりは考えないようにしていたというほうが正しい。スザクは本当はそのことに最初から気づいてはいたが、自分で否定することができなかったのだ。

「あいつが憎いか?」
「ああ憎いよ、ユフィを殺して、みんなも巻き込んで、本当に殺してやりたいくらいね・・・」
「じゃあ何故殺さないんだ?」
「僕が、ルルーシュを愛してるからだよ」
「矛盾だな。お前は、ルルーシュが好きなのか?嫌いなのか?」

瞳を真っ直ぐに見てC.C.に問われ、スザクは答えられなかった。好きか嫌いかなどという言葉で解決できる問題ではない。そう言い訳してみるものの、実際にはスザクにもよく分かってはいなかった。愛しているのは確かだが憎んでいるのも確かなのである。正反対の想いが二つ同時に存在している己の心をスザクはよく理解できていない。C.C.はやっぱりなと漏らしながらため息をついた。

「僕はルルーシュを愛しているけど、けど、ルルーシュがやってきたことは憎いんだ」

だから、現状を維持することが今のスザクにできることであった。C.C.は暫し無言のままスザクを見つめていたが、空に視線を戻した。髪の毛先を遊びながら呟く。

「いつか時は来る。その時に、お前はどうするんだ?このままではあいつを傷つけるだけだ」
「それは・・・・・・」
「そこで終わりだと諦めるなんて、言うんじゃないだろうな?」
「僕は・・・・・・」

銃を下ろしスザクは拳を握る。いつかの終わりの時まで、どうするつもりか。その考えから逃げてきていたスザクにとって答えを出すのは難しすぎるものだ。愛と憎しみの雑じり合う心をどうしていったらいいのか、見当もつかない。何も言えないスザクにC.C.は静かに告げた。

「あいつを大事に思うのなら、お前に足りないものは信じることだ」
「信じる?ルルーシュ・・・?」
「そうだ。そして、許すことだ。」

許す。その言葉を思いついた事などなかった。許してしまったら、奪ってきた命はどうなる?許してそれで罪が消えるなんて、そんなこと"許してはいけない"。

「そんなこと僕には・・・!」
「できないというのか?なら、お前はルルーシュを愛す資格はない」
「ッ・・・!」

冷たく言い放ったC.C.の言葉がスザクの胸に突き刺さる。お前にそんなこと言われたくないと反論したいのに、何故か反論できなかった。それは図星だからなのか、悔しさがこみ上げてきたスザクは唇を強く噛む。さわさわとした木々の声と鳥の鳴き声が辺りに響き渡る。C.C.がそっと人差し指を出すと、そこに真白な小鳥が止まった。チョンチョンとC.C.の指先を移動して小首を傾げる。

「・・・許すということは、罪を全て無効にするということではない。罪を認めてやり、償いを助けるということだ。あいつなりの償いを・・・お前は受け入れられるか?」
「・・・ルルーシュなりの・・・償い・・・」

反復して呟く。ルルーシュなりの償いというのは、どう意味なのだろう。ルルーシュは罪を償おうとして何かをしているのだろうか。ルルーシュの償いとは何かを聞こうとしたその時、後方からいくつかの足音が聞こえた。振り返ると木の間から兵士達が銃を持ってこちらにやってくるではないか。兵士達の足音に驚いて小鳥が飛び立つ。C.C.は面倒だなと独り言を言ってくるりと踵を返した。去ろうとするC.C.にスザクはハッとする。

「ッ待て!」

手を伸ばすがもちろん無意味で、C.C.は最後に振りかえるとハッキリとした声で言った。

「信じろ、そして、許せ。そうしたら、ルルーシュもお前を・・・」

ひときわ大きな風が吹き、C.C.の言葉の最後が掻き消される。突風で待った木の葉に反射的に眼を瞑ってしまい、次に目を開いた時にはC.C.はその姿を消していた。人間じゃないみたいだと呆然と誰もいなくなった空間を見つめていると、兵士達が追い付いてきたようだ。

「枢木卿!お怪我は?」
「・・・いや、大丈夫だ」
「侵入者は何処に?」
「・・・見失った。しかしまだこのあたりにいるかもしれない、捜索しろ」
「イエス、マイロード!」

威勢良く散って行った兵士達の後ろ姿を見ながら、きっともうC.C.はここにはいないなと思う。再び一人になり、スザクはC.C.の言葉を深く胸に留めた。もし、自分にそれができるとするならば・・・。目を瞑りじっと考える。C.C.が現れたということは、時間がないのだろう。ならば、今が決める時なのかもしれない。スザクは目を開くと歩きだした。そして歩きながら考える。自分にできること、自分がするべきこと。答えは殆ど、決まっているようなものだ。





「それじゃあ、ナナリーは無事なんだな?」
『ああ、ただやはり記憶が書き換えられている。自分が皇女だということと、お前のことは覚えていないようだ』
「そうか・・・。いや、今はそちらのほうが好都合だ。咲世子を向かわせて護衛についてもらおう」

救護室に近い小さな通信室でルルーシュは、パソコン画面の向こうのC.C.を見た。映像は荒いが音声はなんとか聞き取れる。室内の扉の前には虚ろな目をした通信兵が立っており、赤い色に縁取られた目がじっとルルーシュのことを待っている。ルルーシュはペンをくるくると回しながら、ナナリーの無事を安心した。以前暮らしていたようにアッシュフォード学園のクラブハウスに新たな家政婦と共に住んでいるらしい。家政婦が監視者というところで間違いないだろう。状況は良いとは言えない。黒の騎士団全く機能しておらず、幹部達はなんとか逃げきれたものの矯正エリアとなったエリア11ではいつ見つかるか分からない。

『おい、本当にいいのか?』
「なにがだ?まずは俺がここから脱出しないと意味がないだろう。黒の騎士団のこともある、早急に進めなければならない」

机に両肘をついてルルーシュは目を伏せる。記憶を取り戻した以上、ゆっくりしている時間はないのである。今までしてきたことや、ナナリーのことを考えると道は引き返せない。後戻りできる道は存在しないのだ。C.C.は眉を顰めてそうではないと首を振った。

『枢木スザクのことだ』
「何故スザクが出てくるんだ」
『今は一緒に居るのだろう、向こうはずいぶんとご熱心なようだが』

クスクスと小悪魔のような笑みを浮かべたC.C.に、何故知っているんだとルルーシュは驚いたが、そういえばC.C.が侵入してきたときに後を追ったのはスザクだったことを思い出した。あの時に接触したのならばつじつまは合う。

「ああ、今も熱心に俺を恨んでくれているよ。」
『・・・そうか』
「記憶のことは、疑っているようだがまだ確信に至っていない。もう暫くは大丈夫だ」
『本当か?お前、ちゃんと見てるのか?』

まるでちゃんと見てないとでも言うようなC.C.の言い方にルルーシュは片眉を上げながら笑って見せる。

「正直、分からないよ。あいつが何を考えているのか」

記憶が戻ってから何日か経ったが、スザクの考えが全く分からなかった。嫌がらせのようにベタベタしてくる日もあれば、友達のように普通に話をするだけの日もあったり、統一性がない。記憶が戻っているか疑っているのは確かだが、はっきりとした行動をしないのだ。今までのなかで一番はっきりした行動は、初日のあのベッドの上でのことが一番であろう。一番最初が一番というのも、なんだか変だとは思うが。

「俺を憎んでいるのなら、いっそのこと下働きのような記憶してくれればよかったのに」

慰み者なんて、心が折れてしまいそうだとルルーシュの口からこぼれた弱音。記憶を取り戻しスザクと生活をし始めてから、ルルーシュはスザクのことが分からなくなった。恨んでいるはずなのに優しくしてきたり、わざと身体に触れてきたり。しかし時には乱暴にあつかったりして、どっちつかずという状態だ。

『あのね、ルルーシュ。君が"思い出しても"、僕は君のことを好きだよ』

『この気持ちは嘘じゃないんだ。だから、もし、その時が来ても僕が君を好きだってことだけは覚えててほしいんだ』

記憶が戻る前、スザクが言っていた言葉だ。ふと思い出したこの言葉に、ルルーシュは今悩まされている。ただの演技上の戯言だとすればそれで終わりなのだが、ルルーシュはどうしてもこの言葉が頭から離れなかった。わざわざ記憶が戻る前に言ったというこの言葉はどんな意味なのか。好きとは一体なんのことなのか、はっきりとは分からない。けれどふとした時に頭を撫でるスザクのあの大きな手は暖かく、ルルーシュの胸を締め付ける。胸の痛みは今までの、悲しみや怒りの痛みではなかった。言葉を選ぶのなら、切ないという言葉が一番よく当てはまるような気がする。ただのスザクの気まぐれだとしたらあの行為に意味はないけれど。しかし。

「考えたって、どうしようもないさ。・・・作戦は予定通り行うぞ、時間を間違えるなよ」

なんいせよここにはもういれないのだ。スザクとも、もうきちんと一対一は話せることもないだろう。決意に似た諦めの表情のルルーシュにC.C.は高飛車な笑みで口を開いた。

「そんな迷っているという顔で言われても、作戦が成功するとは思えないがな」
「なっ、俺は迷ってなんか・・・」

ルルーシュが反論する前にパソコンの通信モニターは切られてしまった。一方的な我儘女だなと毒づきながらも、迷っているというC.C.の言葉にギクリとしたのは事実だ。スザクとの生活は、まるで昔に戻ったようだった。普通に話しをして普通に接して。慰み者という立場なため、スキンシップを求められる時もあるがスザクは無理やりはしない。記憶が戻っていないと思わせるためにも性行為については譲歩しているつもりだが、慣れるものではない気がした。

(でも、俺は・・・)

ルルーシュは勘違いして行けないと自分に言い聞かせるように眼を瞑った。神根島で銃を向け会ったあの時を思い出す。殺意と憎悪に満ちたスザクの顔を思い出し、やはりスザクは恨んでいるのだと決めてしまうのだ。ふうと息をついてルルーシュは立ち上がった。目の虚ろな通信兵の前を通り、誰もいないことを確認して部屋を出る。スザクの部屋に戻りながら、もうここに入れるのもあと少しなのかとぼんやり考える。スザクの部屋に着き、部屋主が居ない部屋でベッドに倒れ込んだ。シーツに染みついたスザクの匂いが鼻を掠める。ルルーシュはその瞬間、何故か涙が出そうになり、堪えるためにベッドへ額を押しつけた。

「・・・スザク」

呟いた名前の切なさを心に抱きながら、最後の時が近づいて来ていることをルルーシュは感じた。