精神だけで生きていたれたらどんなに楽だったろう。
身体なんて持つだけ煩わしい。何かを摂取しないと働かない器官、心臓が動く限り摂取は止まらない。
肌の下を通る血、動けと考えると動く四肢、五感、それを感じる脳、全てが鬱陶しい。
目などなければお互いの姿を認識せず、出会うこともなかった。口などなければ意志の交流をすることもなかった。手などなければ触れ合うこともなかった。足などなければ隣を歩くこともなかった。
物事には悲しみがついてくると分かっていながら、何故それと出会うために身体を持たなくてはいけないのだろう? 心があればいい、心だけでいい。心さえあればあとはなにもいらない。精神だけになって、海の底で眠っていられたらどんなによかっただろうか。
誰もいない静かなところで眠りたい。誰の声も届かない海の底で、太陽の光の届かない場所で。
だが身体を持っている限りそれは叶うことはないだろう。眠るのにも酸素が必要なのだ。
ああ、酸素がたくさんあるのに息苦しい。



目を開けるとそこは見知らぬ部屋だった。ぼんやりとする頭で目だけを動かして辺りを見回す。 白とゴールドを基調とした豪華な装飾、とても広い部屋の真ん中にある天蓋付きのキングサイズのベッドに寝ていた。 ゆっくりと身体を起こすと掛けられていた布団がするすると落ちる。何気なく自分の身体を見てみると、全裸だった。特に驚くこともなくじっと空中を見つめた。咽喉が乾いた。心なしか腹も減っている気がする。そんなことを思ったら、くぅ、と腹がなった。細く白い自分の腹を撫でてみる。そしてようやく今の状況に疑問を持った途端、頭に鋭い痛みが走った。頭痛のような痛みかと思いきや頭痛なんて生半可なものではなかった。あまりの痛さに頭を押さえて蹲る。脳みそを素手で引っ掻きまわされているような気持ちの悪い痛み。目の前がチカチカして思わず胃の中のものが逆流してくる。咄嗟に口をおさえて吐き気を我慢すると涙が出てきた。

「っ・・・ぅ・・・っふ・・・!!!」

吐かないように咽喉を締めるとその反動がよけいに気持ち悪い。真っ白な布団にぽたりと涙が落ちた。生理的な涙かと思ったが一滴また一滴と落ちてくる涙は生理的なものなんかじゃないことに気づく。頭が痛い、吐き気がする、涙が出る。突然の身体の異常に混乱した。
苦しい。辛い。なぜ涙がでるんだろう。悲しいわけじゃないのにこんなに涙が流れている。ここはどこだ。ここはいったい何処なんだ。なぜ自分はここにいるんだ。いや、その前に、自分は誰なんだ?
ぐるぐると脳が回る。自分が誰か分からないことに酷い不安感がこみ上げてくる。落ちる涙が止まらず目がうるんで前が見えない。目を擦ると、突然パリン!と何かが割れる音がした。大きな音に思わず身体がビクリと跳ねる。そして顔を上げると、やけに凝ったデザインの扉の向こうに人が立っていた。その人物の足元には砕けたティーカップがあり、さっきの音はこの人物がそれを落としたから鳴ったのかとやけに冷静に判断する。その間にも頭痛は意識を攻撃していたが。

「ル、ルーシュ・・・!?」

茶髪のふわふわした髪、白い正装の男。男はとても驚いたような表情でこちらを見ている。ルルーシュとは誰なんだろうか、聞き覚えのあるような気がする。ルルーシュとはなんだったか思い出そうとすると頭の痛みが強まった。まるで思い出すのを拒否しているようなタイミング。

「いっ・・・た・・・!」

反射的に声が出てしまう。誰もいいからこの痛みを止めてくれ。そう思っていたら扉に立っていた人物が焦るようにこちらに近づいてきた。中途半端に開けられていた扉がバタンと閉まる。割れたティーカップには目もくれず走るものだから、破片を蹴ってしまったようだ。男はベッドの傍に立つと怪訝な目で自分を見た。見た、よりか睨んでいるというほうが近いかもしれない。男を見上げると視線が合った。視線が合った瞬間、体中に言葉にできない何かが駆け巡ったがそれがなんなのかは分からなかった。男のさっきまでの驚いた表情は消えていて、その顔には表情がなくなっていた。無表情。いきなり失礼なやつだと、さっきから頭の片隅で冷静に考えている自分がいることに気づく。なぜそう思える?彼は誰だ?自分は彼を知っている?思い出そうとすれば思い出そうとするほど、痛みは増した。何も考えられないほどの痛みに身体がぐらりと傾く。倒れる、と思ったがいつまでたっても身体に布団の感触は来なかった。かわりに抱きとめられているような肌の暖かさを感じる。

「・・・大丈夫?」

戸惑うような声が降ってくる。支えてくれたのだろうか、男に身体を抱きしめられていた。心配する声が懐かしいと思うが、何が懐かしいのかはやはり分からなかった。だが彼に触れるのが何となく怖かった。

「う・・・痛い・・・頭が・・・痛い・・・!」
「大丈夫、ゆっくり息を吸って。身体の力を抜くんだ」

痛みから逃げたいがまま彼の言葉通りに身体の力を抜く。深呼吸をするように息を吸って、吐く。吸って吐いて吸って吐いてと何度か繰り返していくうちに痛みが治まってきた。まだ若干痛みはあるが我慢できないほどではなくなった頭痛にホッとする。必死に深呼吸している間、男は背中を撫でていてくれた。知らないはずなのに知っているような気がする彼は、心配そうな目でこちらを見ていた。もう大丈夫だと身体を離そうとしたが、身体に力が入らなかった。

「まだ動いちゃ駄目だ」
「でも・・・」
「っそんな身体で逃げようとしても無駄だって何で分からないんだよ!」

いきなり怒鳴ったかと思うと男は痛いほど手首を握ってきた。何故彼が怒鳴ったのか分らないが、彼はとても怒っているようだ。握られた手首が引っ張られて上半身の全てを男に預ける態勢になってしまう。至近距離にある彼の顔はすごい剣幕だったが、不思議と怖くなかった。むしろ、威嚇する犬みたいだなと、ぼうっと思った。

「あの・・・」
「何?言っておくけどもう黒の騎士団は・・・」
「お前、誰だ?」

空気がピシリと凍った。いけない質問だったのだろうかと男を見ると、彼は目を見開いてこちらを凝視していた。彼は自分のこと知っているみたいだから、知っている人物からあなたは誰なんて聞かれてショックだったのだろうか。でも自分は彼のことを知らないのだからしょうがない。

「覚えて・・・ないの?」
「すまない・・・俺は誰なんだ?なんでここにいるんだ?ここはどこなんだ?」
「・・・」

無言のまま顔を逸らされる。そのまま沈黙が流れた。何も答えない彼に苛立ってしまう、何故教えてくれないのか。彼は自分のことを知っているはずなのに・・・混乱しているのだろうか?落ち着いて彼の顔をよく見てみる。揺れる茶髪に整った顔、エメラルドのような瞳色。 見覚えはあるのだが名前が出てこない。知っているはずなのに彼がどんな人物だったか思い出せない。一向に答えない男に痺れを切らし、掴まれていた手を振りほどいた。


「教えてくれないのならいい、他のやつに聞く」


いつの間にか身体はすっかり言うことを聞けるようになっていた。目が完全に覚めた身体を起こし、ベッドから降りた。男がハッと気がつき腕を伸ばしてくるが、その腕が届く前にベッドから離れる。床のひんやりとした感覚が懐かしい、思えば自分は今全裸だ。このまま外に出たら変態扱いだと思い辺りを見回すと、窓際のテーブルに一枚のワイシャツが無造作に置いてあった。これは自分のだ、そう直感的に思いそれに手を伸ばす。

「っだ、ダメだ!ここから出るな!」

男が咎めるように言うがその声を無視してシャツを着る。肌になじむその感覚にも覚えがあった。そのまま扉へ向かおうとするが、後ろから男に二の腕を掴まれて止められる。痕がつくんじゃないかと思うほど強く掴まれ、なにをするんだと振りかえった。

「なんでだ、お前は教えてくれないんだろ?」
「それはそうだけど・・・とにかくベッドに戻れ、そんな格好でうろうろされたら困る」

最後の言葉がやけに頭にカチンと来る。たしかに全裸にシャツ一枚という格好は可笑しいものだから男の言っていることは正しいのだが、それとはまた別な理由で頭に怒りが沸いた。なにが?と自分で思う前に反射的に言葉が出ていた。


「それはお前がこれ一枚しか服をくれないからだろスザク!」


気づいたら出ていた言葉に自分でも驚いた。それは男も同じようで呆気にとられたように口をぽかんと開けている。今のは口が勝手に、と言おうとしたがその前に不思議な感覚が脳を打った。自分は何をしていたのだろう、服がこれしかもらえないのはこれしか必要ないからと彼が言ったからじゃなかっただろうか。だんだんと思いだされる記憶に呆然と男を見つめる。

「ルルーシュ・・・君は・・・」

そう呟いた男の服。ブリタニアの正装とさっきは思ったが、この服はナイトオブラウンズの服じゃないか。ブリタニア人なら知ってて当たり前のことなのに忘れていたなんて。そしてここはこの男の部屋で、そこの扉を出たら廊下だ。一つのことを思い出すと連鎖的に思い出される記憶。でも自分は・・いや"俺"は廊下には出てはいけない。廊下に出てはいけないんじゃなくてこの男の部屋から出てはいけないのだ。そして「男」じゃない、彼の名前は確か・・・。

「あ・・・ス、ザク?」

思い出した、彼の名前はスザク。枢木スザク、ナイトオブラウンズのセブン。唐突に思い出される記憶は不自然なほどスラスラと蘇った。抵抗していた腕を下ろしスザクを見る。思い出した今、彼に反抗することなどできるわけがなかった。反抗したら痛い目に遭うことも思い出したのだ。抵抗しないと分かったのかスザクはそのまま腕を引っ張ってベッドの上に俺を放り投げた。スザクのすることには反抗せず従う、そう身体が覚えていた。さっきスザクに言ってしまった乱暴な言葉。反抗した分だけお仕置きされる、とベッドの上を這いずりまわった。隠れる様に布団に潜ろうとしたが、その前にスザクがベッドに上がってきて俺の髪の毛を鷲掴みにして持ち上げた。

「ぁうっ!」
「思い出したの?ルルーシュ」
「い、痛い・・・!思い出した・・・思い出したから・・・っ!」

"ルルーシュ"それは俺の名前。ファミリーネームのない、だたのルルーシュ。ファミリーネームは、スザクにこの部屋に連れてこられた時にはなくなっていた。ここの部屋ではスザクの言うことが絶対。逆らったら酷いお仕置き。自分の役目はスザクのサポートをすること。サポートとは仕事の手伝いとか身の回りの世話という意味ではなくて・・・。

「そう、思い出したのならきちんと言ってみなよ。その口でさ・・・」

試すような口調のスザクが空いた手で俺の顎を掴む。冷たいスザクの視線は、いつもと違った。本気で怒っているのか?スザクが本気で怒っているところなんか見たことない。ここに来た時、敬語じゃなくてもいい、友達みたいに接してと頭のおかしいこと言っていたのを覚えているが、今のスザクはあの時ほほ笑んだスザクとは違う気がした。顎を押えられた状態ではうまく口が開かないのに、と思っても口にはしない。ぶるぶると力を入れて口を開いた。


「お、れは・・・ルルーシュ・・・ッ・・・ナイトオブセブン、スザクの慰み者・・・です・・・っ!」


そう言った途端、掴まれていた髪と顎がパッと放される。重力に逆らうことなく身体はベッドに沈んだ。無理やり上を向かされ喋ったせいで、伸びきっていた咽喉が急に戻り思いきり咽た。シーツに顔をうずめゼエゼエと息をする。スザクは何も言うことなくベッドから降りると、そのまま部屋を出て行ってしまった。たぶん「用意」をしてくるのだろう、俺を仕置きする用意を。 ゲホ、と最後に大きく咳をして起き上がった。こうして思い出してから部屋を見てみると、別にいつもの風景だった。あんなに混乱していた自分が馬鹿みたいだと、スザクの前であんな姿を晒してしまったことに後悔した。息を整えてベッドから出る。うじうじしたって、やってしまったものはしょうがない。せめてスザクの機嫌を少しでもよくするために見た目だけでも整えておこう、自分は慰み者なのだから。スザクの性的欲求を解消するのが自分の仕事だ。せめて身体を綺麗にしておこうと、部屋の奥に備え付けられてあるシャワールームへ行こうと足を踏み出したら、足の裏に刺すような痛みを感じた。思わず足を上げると、床に血が付いている。誰の血だと思う前に床に血の染みがもう1つ増えた。どうやらスザクがそのままにしたティーカップの破片を踏んでしまったらしい。血はルルーシュの足の裏から流れていた。

「くそ・・・っ」

迂闊だったと舌打ちをして、足の裏に刺さったままの小さな破片を抜く。ピリッとした痛みが足の裏に蔓延る。生憎、掃除道具はこの部屋にはない。掃除はいつもラウンズのメイドが2日に1回来て清掃していくのだ。スザクが連絡をすればすぐにでもメイドが飛んでくると思うが、はたして機嫌の悪いスザクがそんなことをするかは分からない。スザクは靴を履いているからいいものの、自分は裸足だ。裸足というよりはいつも全裸に近い格好だからガラスなんて散らばってると危なくてしょうがない。スザクはベッドの上に限らず抱くのに場所を選ばない。もちろんこの部屋の中でのみの話だが、スザクが希望すれば立ったままや窓に手をついて行為に及ぶこともあるし、床や机の上ですることもある。床でする時は主にスザクに余裕がない時なのだが、さっきの様子を見ると余裕なんてものはなさそうだ。もしこのあとスザクが戻ってきたときに床で抱かれたりなんかしたら、身体のあちこちに破片が刺さるだろう。それを想像するとぞっとした。痛いのは時には気持ちいいが、血が出るのは嫌だ。さてどうしようと考え、行きついた考えに溜息をついた。その場にしゃがんで床に目を凝らす。幸いそんなに細かい破片はなさそうだ。手を傷つけないようにそっと床を払う。手で破片を集める様に床を掃く。一か所に集めたら何かで覆っておけばいいかと思いながら手を動かした。ふと、そういえば何故自分はあんな状態になってしまったんだろうと首をかしげる。記憶の混乱なんて普通なら起きないはずなのに。目覚める前のことを思い出そうと考えてみる。そして答えはすぐに出てきた。 確か、昨日ベッドでスザクに抱かれている最中に、無理な体位で行為をしたせいでバランスを崩し、頭から床に落ちたのだ。もしかしたらそれで記憶が錯乱したのかもしれない。それなら昨日は達しないまま行為が終わってしまったはずである。

(もしかしてスザクが怒っていたのは昨日中途半端に終わってしまったからだったのか?)

頭から落ちて次の日まで起きない上にお前は誰だなんて言われたらさすがのスザクでも怒るのだろう。それは悪いことをしてしまったなと思いながら、集めた破片の上に近くにあったプラスチックのケースを被せておいた。取り残しがないかよく確認してから、傷ついた足を庇いながらシャワールームへ向かった。さっきの部屋とまではいかないが、それでも豪華なシャワールーム。ワイシャツを脱ぎ丁寧に畳んで置いておく。バスタブへ入りカーテンを閉め、シャワーのコックを捻るとちょうどいい温度のお湯が身体中に降り注いだ。まず足の裏の傷を洗ってから身体を洗う。昨日あんな形で終わらせてしまった分、今日は頑張らなくてはいけないと丁寧に身体を洗った。仕置きとスザクが言っていたのを思い出し憂鬱だと一人項垂れる。せめて以前みたいに3日間動けなくなるほど酷くされなければいいが。名の知らない花のいい香りがするボディーソープを身体にまんべんなく垂らし、全身が泡だらけになるまで洗う。そしてシャワーで泡を流しているとき、何となくスザクの言っていた言葉が気になった。

(そういえば、さっきスザクは黒の騎士団と言っていたが・・・)

『っそんな身体で逃げようとしても無駄だって何で分からないんだよ!』
『何?言っておくけどもう黒の騎士団は・・・』

あの時のスザクは少しおかしかった。黒の騎士団なんて聞いたことないし、そんな言葉知らない。それにスザクは自分が逃げようとしている勘違いしていたらしい。確かに逃げ出したいと思ったことはは何度もあったが、ストリートチルドレンだった自分が身体を売ることには慣れていたし、こんな豪華な所で顔も整ってる男に抱かれるのは嫌ではなかった。部屋から出れないこと以外は待遇は上級だ。求めれば何でも与えてもらえる。スザクの好みなのか服はいつも一着しか与えてもらえないが。真っ白なワイシャツ一枚のみで、シャツが汚れたり破けたりしたら新しいワイシャツが与えられる。慰み者の分際で物を要求することはしてはいけないと分かっていたが、それでも今までショーケース越しにしか見れなかった本などを手にすることができるならばと何度も本を頼んだ。今やスザクの部屋の半分は本で埋め尽くされている。ラウンズの図書室というか資料室のようなところから持ってきているとスザクは言っていたが、どうせならその部屋に連れてって欲しいと思った。しかしスザクは決して俺を部屋から出そうとしなかった。例え冗談でも出たいなどと言ったら物凄いプレイをされてしまう。別に今の状態が不満というわけではないので、部屋を出たいと最近は言わなくなっていた。スザクは俺が他人と接触をするのを極端に嫌がってるようにも思えた。食事や服、本などを持ってくるのはいつもスザクだったし、スザクが誰かを部屋に呼んだことはない。だから俺はここでスザク以外に知ってる人物といえば、いつも清掃に来る金髪の若いメイドのナタリーくらいだ。スザクが戦闘で長期いない時などはナタリーが食事などを持ってきてくれる。本当はメイドと話すなと言われていたが、たまにはスザク以外の人間とも話したいという個人の欲求は抑えられなかった。スザクがいない時、ナタリーが掃除に来る時、この二つがナタリーと会話をでき息抜きできる時間だ。会話と言っても、昨日の食事はどうだったとか今日は天気だいいだのそんな他愛のない話だ。よく考えれば、ここに来てからスザクとナタリー以外の人間に会ったことがない。それほどまでにスザクは自分を束縛していたいのかと、少し嬉しかった。スザクが愛してくれてれば自分は生きていられる。食事と寝る場所があれば生きていけるが、ここを放り出されたらきっとまた生きるのに苦労するだろう。身体についた泡をすべて洗い落し、シャワーを止めた。手を伸ばして大きいバスタオルを取る、柔らかいそれで身体を拭きながら昔のことを思い出していた。

両親とエリア11に住んでいた自分は、ある日両親が不慮の事故に遭い家族を失ってしまった。しかも父親が借金の保証人になっていたらしく、財産の全てを奪われた。知り合いを頼ろうにも誰も助けてくれなかった。本国にいる親戚だって、両親が死んだ時は遺産目当てで自分を引き取ろうとしたが借金があると分かった瞬間誰も連絡をよこさなくなった。同い年の子供はみな学校へ通っているのに、学校にいく金なんて到底なかった。路地裏で、同じように家族や財産など全てを失った人々と路上で過ごす毎日。体力がないため力仕事は貰えなかったが、幸いブリタニア人ということと顔だけはよかったので通りすがる金持ちに身体を売って生活することができた。貴族に囲われては、奥方にバレて逃げ出す。その繰り返しで17歳まで生き延びてきた。エリア11ではテロなどは日常茶飯事で、自分もいつか巻き添えをくらって死ぬんだろうなと考えていたのだがまさにそうだった。ちょうど住み家にしていたゲットーがブラックリベリオンが起こったせいで崩壊したのだ。同じようにストリートチルドレンだった友人は皆死んだ。世話をしてくれていた優しい大人たちも死んだ。自分も降ってきた瓦礫に挟まれ死んだと思っていたのだが、次に目が覚めた時は綺麗な病院のベッドの上だった。幸運にも、枢木スザクという軍人が自分を助けてくれたのだと聞かされた。テレビや新聞なんて見てなかった俺は枢木スザクがどんな人物なのかも知らないで、きっと何処にでもいる一般兵だと思っていた。一般兵でもブリタニア軍人なら少しはお金があるかなと思い、礼を言うときに彼を誘惑してみようかと思っていたのだが俺が誘惑する前に枢木スザクは俺を買いたいと言った。聞けば枢木スザクはナイトオブラウンズらしく、今まで売ってきた中でも最上級の相手だった。こうしてブリタニア宮殿にあるラウンズの施設、スザクの部屋で俺は生活することになったのだ。ここに連れてこられた時は睡眠薬で眠らされて連れてこられたので、俺の知っているブリタニア本国はこの部屋と窓から見える景色しかない。けれど生きていけるならどこでもよかったし、知りたいと思わなかった。スザクは俺をとても優しく抱いてくれる。今まで優しく抱いてもらったことなんてなかった俺はすぐにスザクが好きになった。慰み者なんてすぐに替えられてしまうだろうと思っていたがスザクは俺を捨てようとしなかった。初めて大事にされて、もっとスザクが好きになった。大好きなスザクに抱かれて、大好きな本も読める。明日の寝どこの心配もしなくていい。俺は十分すぎるほど今が幸せなのだ。


シャワールームから出ると、ベッドにスザクが座っていた。お仕置きがもう始まるのかと思ったが、どうやら違うらしい。深刻な顔をしてスザクは何か考えているようだった。今までスザクがそんな顔しているところを見たことがなかったので心配になってスザクに近づいた。

「スザク・・・?どうしたんだ?」
「ッ!ルルーシュ・・・」
「なんだよそんなに驚いて。・・・あの・・・昨日のこと、怒ってるか?」

スザクの横に座り、恐る恐る昨日のことを聞いてみた。もし怒っているのなら謝りたい。スザクは俺のほうを向いて、もうこっちを向いた時にはさっきの深刻な顔は消えていた。てっきり怒っていると即答されるかと思った、だがしかしスザクはきょとんとして俺を見ていた。

「・・・昨日のことって?」
「だから、セックスを途中で放り投げたことだよ」
「セッ・・・!?」

ぼんっとスザクの顔が真っ赤になった。何かおかしいことを言っただろうかと不安になり、スザクに詰め寄った。

「昨日のことは悪かった、イってもないのにスザクを放り出してしまうなんて・・・」
「いや、あの」
「その代り、今日は俺のこと好きにしていいから・・・俺の嫌いな玩具も使っていいから」
「っ!?」

腰に巻いていたバスタオルを外す。スザクの太ももに跨るようによじ登った。いつもならスザクは喜んで俺を押し倒してくるというのに、今日のスザクは何もしてこない。顔を真っ赤にさせるといい変な言動といい、今日のスザクは何か変だと思った。身体を硬直させ吃驚した真っ赤な表情で俺を見てくるスザクは口をぱくぱくとさせている。なんだか初々しい反応だなと思いながらも、スザクとは何度も身体を重ねているから初々しい反応というのはなんだか奇妙だった。身体をしならせてスザクに寄り掛かると、スザクがおどおどと俺の腰に手を回してくる。スザクはこんな抱き方をする男だったかなと思いながら俺は耳元で"いつものように"甘い誘い言葉を囁いた。