固く閉ざされた扉を前にジノはため息もでなかった。声をかけるか迷ったが、どうせこの扉に憚られて声はとどかないだろうと諦める。しかし、このまま去るのも寂しく、片手に持った薄い手紙を扉の隙間に挟み込む時に口を開いた。

「ルルーシュ、また、来るから」

何通目になるか分からない手紙には、とてもくだらないことがたくさん書いてある。今日はこんなことがあった、今度はこんな話がしたい、そんな程度。たった一枚の紙にちまちまとした字を書き始めてこれで一週間、返事はまだない。前に挟んでおいた手紙がないところを見ると手紙は一応受け取ってもらえたらしい。本当に受け取ってもらえたのか、もしかしたらルルーシュの心を心配した医師が回収したのかもしれないし、あるいはスザクが持っていってしまったという可能性もある。捨てられるならまだしも他人に読まれたりしたら恥ずかしいなぁと、たいして深く考えずジノはその扉の前から立ち去った。心の傷というのは難しいもので、しかもそれが同性からのレイプ未遂など、ジノにはどう慰めればいいのか分からなかった。安易な慰めは余計にルルーシュを傷つけるかもしれない。何故ルルーシュを守れなかったのだろうと自分を悔やむばかりで、ジノは過信していた己の力に絶望した。いくらナイトメアの操縦がうまくとも、いくら剣術がうまくとも、大事な人を守れなくては意味がないというのに。今まで自分は大きなものばかり守り続けてきて、本当に大切な小さなものは守れなくなってしまったのだろうか。大きなもの、即ちブリタニア皇帝並びにブリタニア帝国。ブリタニアのためにと今まで戦い、人を殺めたとしてもそれは国のため皇帝のためだと自分を抑え込んだ。罪悪感がないわけではない、ただ、死者に足を掴まれたままでは先には進めないのだ。

『何をしているんだお前たちッ!!!』

会議が終わったと同時にスザクと共に会議室を飛び出し、向かったルルーシュの部屋で見た異様な光景。ベッドの上で"一人"狂乱するルルーシュと、周りを囲む兵士たち。ルルーシュの様子とその格好を見れば何をされていたかは一目瞭然だった。ジノは目の前が真っ赤になり、気づいたら兵士達に殴りかかっていた。力の差は歴然としており、スザクが止めてくれなければその兵士達を殺してしまっていただろう。スザクが止めてくれたと言ってもスザクも冷静だったわけではなかった。ジノがまず兵士達に怒りを感じたその前にスザクはルルーシュの身を心配したとそれだけのこと。騒ぎに駆けつけたアーニャは取り乱すことなく冷静に、すぐさま医師を呼んだ。今思い返してみると、ずっと年下のアーニャがしっかりと状況に対応していたというのに自分達は何もできなかったと思う。医師が来る間、ルルーシュはぐちゃぐちゃになってシーツに包まり訳の分からないことを叫びながら泣きつづけていた。怪我をしているのではないかとジノがルルーシュに触れようとした瞬間、弾かれた手。

『触るなッ!!!』

顔は見えなかったものの、はっきりとした拒絶。ルルーシュの黒髪が顔の表情を隠し、その言葉にその場にいた三人はどうすることもできなかった。ルルーシュの荒い呼吸は過呼吸を表していて、連絡を受けた医師が部屋に来てジノ達は部屋を追い出された。ここからは医師の仕事だから邪魔をしてはいけないと思ったが、ルルーシュのことが心配で胸が押しつぶされそうだった。

(顔、見たいな)

ぼんやりと扉を見つめた後、ジノはその場から立ち去った。医師から面会禁止を出されているためルルーシュに会うことはできない。同性のジノなら尚更、ルルーシュは軽い男性恐怖症になってしまったと医師は言っていた。身体の傷は大したことはなく、それよりも心のダメージが大きいため医師以外との面会は禁止だという。ルルーシュの主人であるスザクですら会わせてもらえていないらしい。そのことについてスザクは特に不服を言っていなかったが、医師の様子がおかしいだのどうのとよく分からないことを一人で呟いていた。実を言うと最近スザクの様子がおかしい。まるで何かを危惧しているかのように考え込んでいたり、一番おかしいと思うのは、よく皇帝陛下に謁見しているようだからだ。皇帝陛下と個人で会うことなんかナイトオブワンでもなければあまりないと思う。最初は任務の報告か、それとも任務を任されているのかどちらかかと思ったがどちらも違うらしい。何をしているのだとジノがスザクに尋ねれば、なんでもないよと言われてしまった。

(なんでもないわけないよな、あんな顔して。自分で気づいてるんだか)

無に近い表情、感情を隠した顔だった。なんの感情を隠しているのかは知らないが、あのままではいつかパンクするのだろうなとジノは思う。ルルーシュのことが効いているのかスザクは最近静かだ。何も言わないし何もしない。任務も、ただ与えられたことのみを淡々と行っている。スザクにはルルーシュのことならば心配だがあまり気にし過ぎると駄目だと言ってみたが耳を素通りさせられてしまった。ジノが少し思うのは、スザクはルルーシュを心配しているのではなく恐れているのではないかということだ。そんな馬鹿なことが、と思うけれどスザクの様子からは恐れが見える時があるのだ。もしかしたらジノの気のせいなのかもしれないが、そう思ってしまうことが最近よくある。それはレイプ未遂事件のあとからのことだ。そういえばルルーシュには何かと事件がついてまわっていることに気づく。侵入者の時にしても被害者はルルーシュだった。事件においての被害者には必ずルルーシュが含まれていた。たった二つの事件だが、ブリタニア宮殿で起こったということが問題である。滅多に無い"宮殿内"での事件、今までこんな短期間で事件が連続して起きるなどなかった。侵入者事件とレイプ未遂事件に関連はないものの、どちらもルルーシュが関わっていると考えると不思議だ。事件を招きやすい体質なのかと思うけれど、そんな体質あってたまるかと考えを捨てた。

「あー・・・・・・」

頭の中を色々なことが巡る。ジノには、知らないことが多すぎるのだ。知らないということがこんなにも辛いことだなんてと、ジノは今までの自分だったら絶対に思わなかっただろうことを思った。ジノは今まで、己の知らないことは全て障害なく知ることができる環境に居た。貴族だからと上流の教育を受け、充実した施設での勉学と身体の鍛練。元々の素質がよかったことも後押しとなり念願のラウンズとなれたのだが、こんなことは今まで一度もなかった。知ろうとしても知れないこと、例えばブリタニア帝国の闇。良くない噂は常に出回っているものだが、その真実を知ろうとしてもなかなか難しい。それが皇帝陛下や皇族に関係することならなおさら。その噂が本当か嘘なのかジノは判断できなかったが、ジノにあるのは揺ぎ無いブリタニアへの忠誠のみなのでその噂に振り回されることはなかった。たとえそれが本当だとしても、だ。

(何も知らないまま考えたってしょうがないか)

結論の出ない思考をジノは放り投げた。結局のところ、自分はどうしたいのだろう。その自問だけを心に残しジノは演習場へ向かった。これからスザクと実践演習があるのだ。新機能を搭載したという機体の調整のためにランスロットと実戦演習を行うのだ。新兵器と呼ぶとなんだか物騒なものに聞こえるが、戦うためのものだから仕方がない。また、普通の演習ではペイント弾を使うのだが今回は実弾を使う。ラウンズにはペイント弾など訓練だからと言って気を抜けるような余裕は与えられないのである。

「って、やばい!時間がっ」

考え事をしながら歩いていたらずいぶんとのんびりしていたようで、開始の時間まであと10分もなかった。遅れてはスザクに何を言われるか分からない、ジノは駆け出した。その頃、ジノが挟んだ手紙はもうなくなっていた。






電気のついていない部屋で絶望に打ちひしがれる。涙が流れる顔をシーツに押し付けて声を殺した。静寂の中に響く自分の泣き声が余計に虚しく、ルルーシュは涙で熱っぽくなった吐息を吐いた。しかし泣いているせいで呼吸はうまくできず、引き攣る呼吸が追い打ちをかける。左目が熱くて手の甲で擦るが余計に熱さが増すだけである。

「・・・っふ・・・うぅっ・・・!」

全て思い出してしまった。偽りの過去偽りの記憶、皇帝に植えつけられた記憶を本物だと信じていた自分。悔しかった、そして、悲しかった。スザクが自分を憎んでいるとルルーシュは知っていた。だから、神根島で手を振り払われた時、自分達の終わりを確信した。放たれた弾丸。完全なる敗北に死を覚悟した。スザクに殺されるのならばと思っていたルルーシュは、まず最初の裏切りを受けることとなる。憎んでいた皇帝に売り払われ、それを引き換えに地位を得たスザク。偽りの記憶はプライドの高いルルーシュの心を破滅させるもので、忌わしい営みの記憶は今もまだ残っている。

(初めての、友達だったんだ)

たとえ敵になっていても、ナナリーのためなら一緒に戦ってくれるとあの時も信じていた。しかし友達というものは時に強いが、壊れる時は脆く儚いのだとしった。当然と言えば当然だ。自分は、ユーフェミアを殺したのだから。たとえその理由がなんであれ殺したことには変わらない、スザクが憎むのも当たり前なのだ。ユーフェミアだけじゃない、今までだって何人もの命を奪ってきた。仮面を被って、力を振りかざして、己の目的のために。ブリタニアを壊すために生きていて、悪いことだと分かっていても止めることはなかった。

(スザク、お前はお前のやり方を行っただけなんだよな。それが、俺への)

ああ、憎い。憎んでも憎んでも果てがない。スザクへの憎悪はどんどんと膨らみ、それに比例して悲しみも大きくなっていった。どうして?というのは今更間違っている、すべての原因は自分にあるのだから。スザクもこのような憎悪を今まで自分に向けてきていたのだろうと思うと、ルルーシュは苦しかった。死に対して人とはまた違う特別な思いがあるスザクにとって、ルルーシュを殺すという選択は行程の最終段階のものだのだろう。憎いからこそすぐにでも消してしまうのではなく最大限に利用してから殺すのだ。今の自分にある利用価値といったら、C.C.しかいない。C.C.をおびき寄せるための餌、それが今の自分。偽りの生活を送り、捕獲者が来るまで泳がされる魚。全て嘘。記憶も過去も言葉も想いも、スザクも周りの人々も。

(どうせ全部嘘なら、嘘なら好きなど言ってほしくなかった・・・!)

真に受けていた過去の自分が馬鹿馬鹿しい。スザクは、好きだと言いながら心の中では死んでしまえと思っていたに違いない。あれは全部演技だったのだ。こうして傷つくことを予想してしていてスザクはああいう行動をしてきたのだと思うと、胸が張り裂けそうだ。同じ男に性行為を求めさせるような、そんな記憶あまりにも酷過ぎる。

(どうする、これから・・・)

ギアスと記憶を取り戻したあの時はあまりのショックに錯乱してしまった。医師が来てスザク達が出ていったあと、大丈夫だからと近寄ってきた医師に思わず掛けてしまったギアス。

『放っておいてくれ!もう、誰とも会いたくないんだ!』

ギアスが暴走していたことに気づいたが、もう医師にギアスをかけたあとだった。医師は分かったとそれだけを言って部屋を出て行った。あれから誰も部屋に来てはいない。おそらく医師が何かをして部屋に誰もいれないようにしているのだろうが、かえって都合が良い。この暴走したギアスでは人と会うことは危険すぎるのだ。軽はずみな言葉でもそれは命令となってしまい、その人物の意思を捻じ曲げる。そう、ユーフェミアの時のように。幸い食べ物や飲み物は部屋にあったのでなんとかなかった。しかし、もうそれもあと数日で尽きるだろう。これからどうするかを考えた時に、まず気になるのがナナリーのことだった。ナナリーは無事なのか、それが一番重要だ。V.V.とやらに攫われたナナリーは今も無事なのだろうか?まさか、殺されたりなどしていたら。しかし皇帝のことを考えると、きっとナナリーは無事なのだろう。

(俺が記憶を取り戻した時、ナナリーは使える。きっとナナリーは無事だ、恐らくブリタニアの何処かに・・・)

下手に動いたらナナリーに危害が及ぶ。しかし今の日本の現状や黒の騎士団の状態など、知らなければいけないことはたくさんある。記憶を取り戻した以上ここに留まることはできない、ゼロなのだから。だがしかしナナリーを取られていては行動することができなかった。ここから自分がいなくなれば記憶が戻ったということになり、ナナリーがどうなるか分からない。しかもここは言わば敵の本拠地、ブリタニアの中枢なのだ。下手に通信機器を使えば足を取られてしまう。

(医師の行動に、きっとスザクは気付いている・・・)

ギアスについて知っているスザクなら、医師の行動に疑問を持つだろう。今はまだ何も起きていないがきっとそれも時間の問題。スザクが動く前にこちらが先手を取らなければ、また・・・。

「っ!」

扉の向こうで微かな物音が聞こえた。おそらく人の足音、しかもこの部屋の前で止まっている。もしかしてスザクなのだろうか?ルルーシュはシーツをぎゅっと握りながら息を殺した。扉にはロックをかけているが、特別なパスがある場合そのロックは無効だ。ベッドから降り扉の前まで行くとその無機質な素材に耳を当てる。扉越しの音が明確に聞こえる。人数は一人のようで、話し声などは聞こえない。一人ということはスザクという可能性が大きくなる。部屋に入ってこられる前にベッドに戻らねばと耳を離そうとしたら、扉から軽い震動が伝わってきた。何か、そうまるで軽いものを扉に擦りつけているような。そして、次に聞こえてきた声にルルーシュは身体が固まった。

『ルルーシュ、また、来るから』

叫びそうになった自分の口を両手で押さえる。ジノだ。だとしたらさっきの振動は・・・。ルルーシュは扉の向こうの気配が無くなるまで待つと、手動で少しだけ扉を開いた。扉と壁に隙間ができた途端に床に何かがストンと落ちる。その、長細く薄っぺらい封筒を手に取ると扉を閉め再びロックをかけた。手の中の封筒を見つめながらベッドまで移動すると、脇にあった円型のライトをつけた。白い光がベッドの周りだけを明るく照らす。宛て名も差出人もないこの手紙はジノからのものだった。最初に気づいたのは本当に偶然で、扉にロックをかけるときに間違えて開いてしまった時に発見した。多い時は日に何度も挟まっている手紙。内容は長くないものの、全てジノの手書きであった。サイドボードに積まれている白い封筒の束、ジノからの手紙は全部読んでいた。封を丁寧に開いて封筒から手紙を取り出す。紙で指を切らないように注意しながら、二つ折にされた手紙をルルーシュは開いた。文字数にしたらほんの5行程度だったが、ルルーシュの心を解すには十分だった。今回も内容はとても気楽なもので、昨日アーニャが作ったブルーベリーパイを食べたら何故か辛かったということが書いてあった。真っ青なブルーベリーパイを食べて、その辛さに真っ赤になるジノを思い浮かべる。口が緩み、さっきまでの苦しみが少しだけ和らいだ。

「ジノ・・・」

本当ならば会うことのなかった人物、ジノ。偽りの記憶の自分が起こしたイレギュラーによって出会ってしまった人。ジノのことを思うと、別の胸の痛みが起こることに気づいていた。それは偽りの記憶の時にも感じていた想い、抱いてはいけない想い。スザクと身体を重ねた記憶を思い出すと嫌悪感しか沸かないのに、ジノとのことを思い出しても何故か平気であった。こうして手紙を書いてくれる気遣いと、文面から読み取れるジノの優しさがルルーシュの心をじわじわと侵食してく。愛おしいと思うのだ、ジノが。

(しかし、ジノの中の俺は"俺"ではない。偽りのルルーシュなんだ)

ジノが好きだと囁いたのは、今の自分ではないのだ。慰み者のルルーシュに好意を寄せていたのであり、人殺しのルルーシュには好意など寄せるはずがない。そんなジノを今も騙し続けてしまっているのだ、ジノの好きだったルルーシュはもういないのに。

(どうしてなんだろうな、なんで、好きになってしまったんだろう)

叶わない想いは持つべきではないと思うのに、ジノに対する思いは積もっていくばかり。ぽたりと手紙に涙が落ちて、文字が滲んだ。ゴシゴシと目を擦っても涙腺が壊れたように止まらない。泣いてもどうしようもないのだ、泣いてもこの状況が変わるわけではない。泣くくらいなら行動をしなければ、結果を残さなければ過程で踏みにじってきた命を無駄にすることになってしまう。ルルーシュは手紙を折ると再び封筒の中に戻した。束ねてきた封筒の中にそれを仕舞い再びベッドに潜り込んだ。目を瞑り、考える。ナナリーを危険を曝さずにこの状況を打破する方法を。

(果物の礼、ちゃんと言いたかったな)






「あれっ、スザクは?」
「えっ、ご一緒ではなかったんですか?」

時間が迫っていると慌ててパイロットスーツに着替え演習場に向かったジノだったが、そこにはランスロットとトリスタンだけが待機しており肝心のスザクがいなかった。

「時間間違っては・・・」
「ないですよ。おかしいですね、遅刻するような子じゃないのに・・・」

セシルが不安げに入口を見つめる。スザクを"子"扱いだなんて面白いなとジノは思いつつ、スザクは何処に居るのだろうと考える。朝に会った時はきちんと演習のことは覚えていたようだったし、前の任務が押しているのだろうか。今日のスザクの予定はと考えて、スザクは今日はこの演習しか予定がないことに気がつく。

「まったく何処にいるんだかねぇ、ランスロットの調整もあるっていうのに」

ずれた眼鏡を直しながらロイドが言う。ジノは携帯を取り出しスザクに電話をかけてみたが、コール音が続くだけでスザクはでなかった。まあ待っていれば来るかそれとも連絡がくるだろうと、ジノは演習後に行うはずだったトリスタンの新機能についての説明を受けることにした。時間にして30分は経っただろうか、スザクはまだ来ない。説明も終わってしまい、本当にあとはスザクが来るのを待つだけなのだ。

「もぉ、早くしないと時間なくなっちゃうよ。ここ次使うっていうのに・・・」

不機嫌にブチブチと言い出したロイドをセシルが宥める。その様子を見ていたジノは立ち上がり、入口へ向かう。

「あっ、ヴァインベルグ卿どちらに?」
「探してくるよ。ここで待ってるなら探していた方がいいからさ」
「でもヴァインベルグ卿にそんなことさせるわけには・・・」
「そうだねぇ、じゃあちょっと探してきてくれます?あ、入れ違いになったらちゃあんと連絡入れますから〜」
「ロイドさん!」

全く見ていて飽きない二人だ。ジノは笑いそうなのを堪えながら演習場を出て行った。


「っはー、どこに居るんだスザクは?これじゃあ本当に時間がなくなってしまうじゃないか」

宮殿内を探してみたがスザクは見つからなかった。兵士達に聞いて見ても三時間前にラウンジに居たとか朝に廊下で見たなど、それじゃあ今どこに居るなど分かるわけがない。一時間前にエントランスで見かけたという情報が今の時間に近い情報だ。といってもエントランスホールから行ける場所は多い。外出はしていないのは確認済なので確実に宮殿内にいるはずなのだが。

「まったく、猫じゃないんだからウロウロしないでほしいな」

あと探していないところはあったかなと考えてみて、ジノは一つ行っていないところがあるじゃないかと手を叩いた。スザクの部屋は侵入者事件のせいで修理中で、代わりの部屋がスザクには用意された。といっても荷物が置いてあるだけでほとんどスザクはそこへは帰っていない。今はルルーシュはあんな状態だが、その前はスザクはあの部屋に帰っていたのだ。スザクの代わりの部屋はルルーシュの病室だとすっかり思い込んでいたがよく考えてみると違う。ルルーシュの病室に入れない今スザクが帰れる場所と言ったらあの部屋しかないだろう。ジノはエントランスホールを抜け、ルルーシュの病室近くにあるスザクの代わりの部屋へと向かった。


「スザク〜居るか〜?」

ジノが扉の前に立つと、扉が勝手に開いた。少しだけびっくりして後ずさるが、部屋の中を恐る恐る覗いてみる。人影の見えない部屋にハズレだったかとため息を吐く。そのままなんとなく部屋に入ってみると、その散乱した荷物達に眉を寄せた。

「一時的な部屋だからって、荷物くらい片付けろよなぁ」

あちこちにある段ボールと重ねられた衣服。ベッドなどその機能を果たしておらず書類やらなんやらがバラバラと散らばっていた。足の踏み場はあるものの見ていてあまり良いと思えない部屋だ。奥のシャワールームにいないかと覗いてみるが誰もいない。ここにいないのだったらもう本当に何処居るのか分からない。ランスロットの調整は諦めてもらい、アーニャあたりにでも代役をしてもらおうかと諦めかけたその時、テーブルの上に置いてある段ボールが目に入った。開きっぱなしの段ボールの中にはアルバムが何冊か重ねられてある。

「アルバムか・・・」

よくある荷物だとその前を通り過ぎようとしたが、足を止める。数秒考えて、ジノはニヤリと笑った。もしかしたら話の笑いになるような写真があるかもしれない。余計な好奇心だと思うがそう思ってしまったらジノは自分の行動を止められなかった。一番上にあった一冊のアルバムを取り出す。勝手に見てごめんなさいと誰に言うわけでもなく呟いてから重いアルバムをテーブルの空いたスペースに置いた。置いた状態で表紙を開く。薄い紙の次にいくつか写真の貼られたページが出てきた。写っているものは、当たり前だがスザクが多い。一般兵時代の写真から始まったアルバムはとても興味深いものばかりだった。キャンプ場のような所での集合写真や射撃場で銃を構えるスザクの写真。ページが進むごとに写真の中のスザクは成長していき、アルバムの中ほどまで来たときジノは、へぇ、と声を漏らした。

「そうか、スザクは学校に通っていたんだったな」

黒い制服に身を包むスザクの姿があった。それまでの写真はどれもあまり笑っていないものばかりだったのだが、制服を着たスザクの写真はどれも笑っているものばかりであった。

「お、アーサーだ」

オレンジ色の髪の女性とアーサーを洗うスザクの写真。アーサーを抱える女性とそのアーサーに手を噛まれているスザク。写真の中のスザクは恰好を制服だけにとどまらず、猫のきぐるみやヘンテコなピエロの衣装、女装写真まであった。

「あっはっは!こんな楽しいことをしていたのかスザクは!」

ひとしきり大笑いしたあと息を整え、次のページを捲った。途端、ジノの表情が固まる。いくつかある写真のある人物の顔が黒マーカーで塗りつぶされていたからだ。憎しみをこめるようにグシャグシャと顔を塗りつぶし、マーカーはその人物の身体全体をも潰している。身長や服の色からして男性だということが分かるが、それ以外の部分は全く分からない。

「なんだこれは・・・」

スザクがやったのだろうか?しかしあのスザクがこのような陰湿な行為をするとは思わない。しかもその黒く塗りつぶされた人物の隣には必ずスザクが居るのだ。嫌いな人物なら何故隣でスザクは笑っている?

(喧嘩した友達・・・とか?)

喧嘩くらいでこんなことはしないだろうなと思いながらもそれしか思い浮かばない。また次のページをめくると、一ページの半分を使った大きな集合写真が貼ってあった。写真のふちには「アッシュフォード学園生徒会」と記されている。その集合写真にも黒塗りの人物は写っていた。同じ生徒会の人間だったのかと思うと同時にその人物の顔が見てみたくなる。写真を透かせば見えるだろうか?と思ったが、よく見れば黒いマーカーは写真を挟むビニールの上から描かれていた。

(写真を貼った後に塗りつぶした・・・?)

首をかしげつつ、ならばビニールを剥がせば顔が見れるじゃないかと気づく。ページの左端に手を書けると爪にビニールが引っ掛かった。見てみたいと思ったが、なんだか見るのはいけないような気がする。塗り潰すほどの相手などスザクも知られたくないだろう。できれば、人の闇を掘り返すようなことはしたくない。ジノは引っかけていた爪を離した。

(別に見たところで私が満足するだけだしな)

気にしないようにしようとさっさとページを捲る。次のページからユーフェミア皇女殿下との写真がぽつぽつと増えてきた。恋仲だったとは聞いていなかったが、写真を見る限り二人はまるで恋人同士だ。ユーフェミア皇女殿下はゼロに殺されたと聞いた。ブリタニアに反旗を翻したテロリスト。黒の騎士団の存在を聞いた時は、エリア11でしか活動していないちっぽけなテロリスト軍団がブリタニアを壊すことなどできるものかと鼻で笑った記憶がある。しかしゼロの力は強大で、ブラックリベリオン時にはラウンズにも出撃命令が出かかった。

(まあ結局ゼロは捕まって処刑されたから、もう関係はないか)

後半のほうは空白のページで写真が貼られていなかった。他のアルバムも見ようかと思ったが、演習の時間がなくなってしまうのでやめた。最後にパラパラとアルバムを捲っていると、赤髪の女性が目につく。

「おっ、この子好み・・・って、何を言ってるんだ私は」

ルルーシュという心に決めた人物がいるというのに他の女性に興味を示してしまうなんて。反省しつつ今度こそアルバムを閉じようとしたが、その赤髪の女性の隣に写っていた黒塗りの男に目が行った。赤い女性と並んで本棚の前に立つ写真。後半に行くにつれ塗り方が雑になっているため、肌の色が分かるほど線の間隔が空いている。それでもやはりどんな顔なのかははっきり分からない。しかし、顔に描かれた黒い線の隙間から見えた紫の瞳にジノは息を止めた。見覚えのある紫の瞳、この色は。

(いや、そんなはずはない。ルルーシュは学校には通っていなかったはずだ)

ありえないと頭を横に振ってみるが、紫の瞳がやけに目について離れない。紫の瞳に黒髪、肌の色も何処か似ている気がする。少し考えてジノは写真の上に被さっているビニールに手をかけた。確認するだけ、そう自分に言い聞かせながらゆっくりビニールを剥がしている。思っていたよりも大きな音を立てながらビニールが剥がれていく。下半身から黒塗りがゆっくりと取れていく。胸のあたりまでビニールが剥がれてきたところで、一旦手を止めた。見てしまってもいいのだろうかと改めて自分に問う。見てはいけないと本能が訴えている。このビニールを剥がして、黒塗りの下を見てはだめだと。じっと写真を見つめ考えた後、ジノは一気にそのビニールを剥がした。ベリベリと悲鳴を上げながらビニールは剥がれ、そして現れた黒塗りの下の顔にジノは驚愕した。

「・・・・・・ル、ルーシュ・・・?」

そんな馬鹿な。自分の目を疑うが、その写真には確かにルルーシュが写っていた。急いで他のページのビニールも剥がして確認する。黒塗りの人物を確認してみたが、どれもルルーシュであった。その中でもひと際印象に残った、スザクと隣り合わせで笑っている写真。

「どういう・・・ことなんだ・・・」

そう呟いた瞬間、アルバムが勢いよく閉じられた。手を挟みそうになり身を引くと、そこでジノは目の前にスザクが立っていることに気づいた。いつの間に部屋に入ってきたのだろうか、スザクはアルバムのほうをじっと見つめた後ジノに視線を移した。射抜くような冷たい瞳がジノを見つめる。

「何、してるの?」

その低音の声にジノは思わずビクリと肩を揺らした。ええっと、と視線を泳がして答える。

「いや、ほら、演習!来ないから、探しに来たんだ」
「ふぅん。だからって、人のもの漁るのはどうかと思うんだけど」
「うっ、いや、あの・・・ごめん・・・」

非は完全にこちらにあるのでジノは謝ることしかできない。頭を下げるジノをスザクは冷ややかな目で見て、問う。

「・・・何か、見た?」
「えっ?」
「写真だよ。"何か"・・・見た?」

スザクの指す何かはきっと、黒塗りの人物・・・ルルーシュのことを指しているのだろう。見たとは正直に言えず、ジノは顔をあげてわざとらしく笑った。

「ごめん、お前の女装写真見ちゃったんだ」
「・・・」
「あ!あとは、綺麗な女の子写ってたよな!赤い髪の!あの子は好みかな〜・・・な〜・・・んて・・・」

我ながら苦しい言い訳だなと思い、だんだんと声のボリュームが下がっていく。項垂れてしまったジノをスザクは睨むと、大きくため息をついた。

「いいよ別に。昔の写真だしね」
「ごめんな〜でも女装写真は面白かったぞ」
「生徒会のイベントだったんだよ。ほら、演習行かなくちゃいけないんでしょ、行こうよ」

フォローしようとするジノの言葉を聞き流しながらスザクは部屋を出て行ってしまった。置いてくなよと言いながらジノもその後を追う。早歩きで廊下を歩くスザクの隣につくとジノは考え始めた。

(どういうことなんだ?あの写真に写ってたのはルルーシュだ。でも、ルルーシュは学校には行っていないはず・・・)

他人の空似というにはあまりにも似すぎている。体型から骨格まで、あの写真の中の人物は確かにルルーシュなのだ。

(スザクの通っていた学校の写真に写っているルルーシュ・・・)

考えながら歩いていると、ルルーシュの病室に近づいていることに気づいた。スザクのあの部屋に行くにはルルーシュの病室の前を通るのだ。さっきはスザクを探す事ばかり考えていたから素通りしてしまったが。スザクの前であまり部屋を凝視するのも気まずいので部屋の前を通り過ぎる時にわざと前を向く。しかしやはり様子は気になってしまい、目だけ扉へ移すと今日挟んでおいた手紙がもうなくなっていることに気づいた。

「そういえばさ」

突然スザクが話し出す。通り過ぎたルルーシュの部屋から視線をすぐ外してスザクを見下ろした。

「やっぱり、ルルーシュもう暫くは出て来れないって」
「そうか・・・」
「でもね、"医者が僕だけは会ってもいいって言ったから"近いうちに会いに行こうと思うんだ」
「医者が?」
「うん。まだいつかは決めてないけど・・・きっともうそんなに時間がないと思うから」
「え?ごめん、最後なんて言ったんだ?」
「ううん、なんでもないよ。たいしたことじゃないから」

たいしたことじゃないと言われても、何だか気になる。しかし深く聞くのもおかしいと思うので、ジノはそうかと呟いた。演習場へ近づいた時、ふとあることを思い出してジノはスザクに聞いた。

「そういえばお前、どこに居たんだよ。もうかなりの遅刻だぞ」
「ごめん、ちょっと用事があって・・・抜けられなかったんだよ」
「用事って、任務なかったんだろ?何処行ってたんだよ」
「・・・皇帝陛下に謁見してたんだよ」
「お前・・・またかよ」

また皇帝陛下に謁見していたらしい。スザクから申し出たわけではないよなと思ったが、ならば皇帝陛下からの呼び出しなのだろうか。あの皇帝陛下がワン以外、個人的に呼ぶなんて何かあるのだろうか。皇帝陛下と謁見していたのなら文句は言えない。しかし連絡くらいくれてもいいのではないかとジノがスザクに言うと。

「大事な話なんだ。すごく、大事な・・・」

そう言ったきり黙ってしまった。だからその大事な話とは一体なんのことなのだと聞きたい。口を閉ざした以上語ることはないということなのだろうか。ジノもそのまま口を閉じ、そのあとは演習場につくまで二人は無言のままだった。





(条件は全てクリア・・・あとは、運・・・だな)

ブリタニア兵の服に身を包み、ルルーシュは鏡の前で深呼吸した。今まで何度かブリタニア兵の軍服は着てきたが、今回はどうしても自分に合うサイズが容易できなかった。しかし着ていて不自然でなければこの際サイズなど気にしていられない。鏡に映る自分の顔に眉が寄る。左目は赤く光ったままだ。

(予定通りだと、あと一時間に皇帝の間で皇族達との謁見が始まるはずだ)

植民地エリアへの総督就任についてのことらしい。できればその謁見が始まる前に、何とかして皇帝に会わなければならない。会って、あの男にギアスを。

(成功率は限りなく低い・・・しかし、これしか方法は無い。ナナリーのためだ。)

皇帝を抑えてしまえばあとはこちらの思い通りだ。常人ならば考えつかないことだろう。脱出よりも攻撃を優先させなければならない理由がルルーシュにあるため、本来ならばこのような成功率の低い作戦はしたくなかった。

(失敗したら・・・)

腰のポケットに入れたナイフを触る。刺し違えてでも殺すか、或いは、また記憶を書きかえられてしまう前に自分で死ぬか。死ぬことは別に怖くはなかった。これ以上、失うものがないからだ。用意を済ませ最低限のものだけを持つと、テーブルに置いてあった封筒を掴んだ。

(ジノ・・・)

紙とペンはあったけれど封筒がなかったのでジノからの手紙の封筒を代用させてもらったこれは、ルルーシュが書いたジノへの手紙だった。もうここに戻ることは、いや、もう二度とジノとは会うことがないだろう。手紙には、ギアスやゼロのことなどは書ける筈がなかったので、今の自分は以前の自分とは違うとのことだけは説明しておいた。あとは素直に自分の気持ちを書いたつもりである。さよならが言えない代わりにせめて手紙をと書いたものの、いざとなるとこれを置いていくのはなんだかいけないような気がしてきた。好きならば、好きだからこそ何も伝えないほうがいいのではないのか。ジノの中の思い出として終わらせてあげたほうがいいのではないのだろうか。そんな不安を抱えつつ、どうせ最後なのだからとルルーシュは決断した。時計を見る、もう時間がない。扉の前で気配を探りながら、ほんの少しだけ愛着の湧いた病室を見回す。思い出すのは、意外と幸せな記憶だった。何も知らなかった自分は、何も知らないジノと笑い合った。スザクやアーニャも交えて、それこそ、本当の友のように。記憶を振り払うようにして、ルルーシュは扉を開けた。誰も居ない廊下、この時間帯は兵士達は演習場に居るはずだ。人通りの多いところに病室を置くわけもなく、この廊下はあまり人が通らない。扉が閉まり、ルルーシュはジノがそうしてくれたように手紙を扉と壁の間に挟んだ。ポツンと目立つそれがジノではなく他の人に渡ったらどうしようかと思ったが、きっとこの手紙はジノに渡ると信じてルルーシュは振りかえった。深く帽子を被り、歩き出したルルーシュだったがその足はすぐに止まった。何故なら、すぐそこの曲がり角から片足がポツンと出ていたからだ。誰かいる、そう認識する前にルルーシュはその曲がり角に立つ人物を捉えた。

「・・・!!!」

目を見開きルルーシュは驚いた。息が止まり、身体が硬直する。何故、居るのだ?確か今日は遠征に行って帰るのは明日だったはず。だから今日を選らんだのに。呆然とするルルーシュを見て、その人物はゆっくりと笑った。

「何処に行くの?ルルーシュ」
「ス、ザク・・・!」

見つかった、よりによってスザクに。どうする?と考える前にスザクの足が動いたのを見て、ルルーシュはスザクとは反対方向に走り出した。しかし走り出したルルーシュの前に、影に潜んでいた数人の兵士達が立ちはだかる。兵士達に銃を向けられルルーシュは足を止めることを余儀なくされる。兵士達の顔には目を覆うマスクのようなものがされており、ルルーシュはそこで自分が罠に嵌められたことに気づいた。

「ルルーシュ」
「っ!」

自分のすぐ後ろで名前を呼ばれ、ルルーシュが振り返る。冷笑するスザクがそこには立っていた。やはり記憶が戻ってことにスザクは気付いていたのだ。

「俺を騙したな・・・ッ!」
「・・・もう、"ごっこ"は終わりなんだよルルーシュ」

見下すように言われた言葉に、ルルーシュは腰のポケットに手を伸ばした。ナイフの柄を掴み、引き抜き様にスザクへと刃を向けるがあっさりとかわされる。だが、かわされることは想定の範囲内でスザクが避けた際に出来た隙が狙いだった。身体を軽くひねったスザクの脇を走り出す。逃げなければ。しかし、ルルーシュが走り抜けるより早くスザクの手がルルーシュの腕を掴んだ。

(読まれていた!?)
「くそッ!」

ルルーシュは掴んできたスザクの手目がけてナイフを振り上げるが、逆にその手を取られてしまう。捻るように手を引っ張り上げられ、ルルーシュの手からナイフが落ちる。

「ぐっ・・・!離せッ!」
「また僕を裏切りつもりなんだね、ルルーシュは」

スザクはそう言うと、ルルーシュの腕を後ろに回して手錠をかけた。ガチャリと不吉な音が聞こえ、手首に感じた冷たい感触にルルーシュが暴れる。蹴り上げてきたルルーシュの足をスザクはそのまま払うと、ルルーシュを床へと押し付けた。馬乗りになるようにして、用意していた黒い布でルルーシュの目を塞ぐ。視界を奪われたルルーシュはギアス対策かと舌打ちをした。そのまま無理矢理立ち上がらせられ、見えない目に足もとがふらつく。腕を掴む手はきっとスザクの手なのだろう。

「また俺を皇帝に売るのかスザクッ!」
「売るんじゃない。もう、終わりなんだよ」

はぐらかそうとするスザクにルルーシュは非難の言葉を投げつけたが、頬を殴られ言葉を止められた。口の中を切ってしまったようで、口内に血の味が広がる。しかし怯むことなくルルーシュは口を開いた。

「そうやって、俺をまた売り払って、今度は何だ!?ラウンズという地位だけじゃ足りないのかお前はッ!」
「ッそうやって君は、何も分かっていないんだよ!」

冷静だったスザクの声が急に荒くなる。ルルーシュはぐいと襟首を掴まれ吊り上げられる。壁にダンと叩きつけられ、肺の中の空気が口から漏れた。

「っうぁ・・・!」
「僕が・・・俺が、君に裏切られて、どれだけ苦しんだのか分かるか!?」

ルルーシュはつま先立ちになるまで持ち上げられ、呼吸ができなくなる。後ろ手にかけられた手錠のせいでスザクの手を払うことができず、ルルーシュはふるふると震える足を叱咤して立たせた。ガクガクと揺さぶられ、意識が霞んできたその時だ。

「ッなにしてるんだスザク!!!」

空気を裂くような大声。この数日間ずっと聞き焦がれていたその声にルルーシュは反射的に声をあげた。

「ジノ!」

見えない目で必死にジノを探す。声のする方へ顔を向けるとジノがルルーシュの名を呼んだ。助けてと言いかけたルルーシュの口をスザクの手が塞ぐ。顔を左右に振って抵抗するルルーシュだったが、首筋に叩くような衝撃を感じ意識が急速に落ちていった。カクンと力の抜けたルルーシュの身体をスザクが抱き止める。ぐったりと己の腕の中で意識を失うルルーシュを悲しげに見つめ、小さく呟いた。

「ごめん」

ジノは、目の前の光景が信じられずに立ち尽くしていた。銃を構える兵士達を引き連れたスザクと拘束されたルルーシュ。言い争う声が聞こえたので来てみれば、この状況は一体何なのだ。ジノが駆け寄ろうとすると銃を構えた兵士達がジノの行く手を阻む。邪魔だと退かそうとしたが銃を向けられ動きが止まる。

「お止めくださいヴァインベルグ卿、任務中です」
「任務だって!?これのどこが任務なんだ!」

吠えるジノにスザクはルルーシュを抱きながら静かに答えた。

「皇帝陛下直属のご命令だ。」
「皇帝陛下の・・・っ!?一体なんの意味が!」
「それは君には関係のないことだよ、ジノ、邪魔をしないでほしい」

銃を構える兵士達の後ろに立つスザクをジノは睨み付けた。皇帝陛下の命令だとしても、こんなのおかしい。ルルーシュが何をしたというのだ。スザクの嘲笑うような視線とジノの力強い視線が絡み合い、それはスザクの方から解かれた。くるりと後ろを向いて歩きだしたスザクをジノは追おうとするが兵士達が邪魔をする。

「退けッ!」

兵士の一人を突き飛ばし無理矢理通ろうとしたジノに兵士達が焦る。スザクは振り返らないまま兵士達へ命令した。

「誰であろうと邪魔は許されない、ヴァインベルグ卿を拘束しろ」
「イエス、マイロード」
「なっ・・・!おい、スザク!」

周りにいた兵士達に一斉に飛びかかられ、ジノはルルーシュのように手錠で拘束されてしまった。何故ラウンズの自分がこのような扱いを受けなければいけないのか。暴れるジノを数人がかりで兵士達が押さえつける。

「任務が終わるまで拘束しておけ」
「イエス、マイロード」
「スザク!ルルーシュを、どうするつもりなんだッ!」

抑えつけられながらもジノが叫んだ。ジノの言葉にスザクは足をピタリと止めると振り返り、無表情のまま言った。

「処刑だよ」