「ルルーシュ、大丈夫か?水持って来たけど・・・」

ジノがコップになみなみ注がれた水を差し出すと、ルルーシュはコップを引ったくりすぐにそれを飲み干した。口の中に広がる青臭い味は水によって薄められたが、胃に入ってしまった分を考えるとルルーシュは吐きそうになった。何度飲んでも慣れるものじゃない。というか飲むものではない。あっという間に空になったコップを見て、ジノは苦笑した。

「まさか飲むなんて思わなかったよ」
「・・・俺だって飲むと思ってなかった」
「じゃあなんで・・・」
「それはお前が急に出すからだろ!あれほど出すときは言えって言ったのに!」
「まあまあ怒らないでくれよ、ほら、まだ口についてる」

ジノの親指がルルーシュの口元に残った白濁した液を掬い取る。ジノの指についたそれを見たルルーシュは、さっきの味を思い出してしまい顔を顰めた。咥えるだけでも大変だったというのに、まさか飲んでしまうと自分でも思わなかった。なんとなく射精のタイミングは同じ男として分かってたはずなのに、ジノの息をつめる音を聞いた次の瞬間には口の中に射精されてしまっていた。ちょうど根本まで飲み込んでいた時だったので精液は喉の奥めがけて放たれてしまい、反射的に飲んでしまった。ごくりと飲んで、その次にはまた放たれる。断続的な射精に、口を離すタイミングを掴めなかった。びっくりしたのはルルーシュだけではなくジノも同じで、結局二人ともジノが全部出し切るまで動くことができなかった。ルルーシュの場合は流れ出てくる精液を飲み込むのに必死で動けなかったのだが、ジノの場合、性器を恍惚混じりの顔で咥え精液を飲むルルーシュの姿に見惚れてしまったからだ。質量のなくなったジノの性器がルルーシュの口からぼろんと落ちたのを合図に、二人してパニックになった。口を押さえながら呆然としているルルーシュと、どうしたらいいのか分からずおろおろとルルーシュの顔色を窺うジノ。ルルーシュが目線だけで、水、と言ったのでジノは一杯の水のためだけに部屋を飛び出した。生憎、ジノの部屋に飲み物はなかったのだ。

「でも、慣れてきたんじゃないか?最初はすっごく嫌そうな顔してやってたけど、今は気持ちよさそうだ」
「お前にはそう見えたのか?だとしたら、俺は演技だけは上手になったらしい」
「そんなこと言ってたらダメだって!じゃあもう一回する?」
「いや、今日はもういい。それにもう少ししたらナタリーが来てしまう・・・その前に部屋に戻らないと」

壁に掛けられた時計を見ると針は夕刻を指していた。残念だとジノが落胆の声を上げるとルルーシュはくすりと笑って傍に置いてあったタオルを取った。三日前に初めて会ったというのにルルーシュとジノはまるで昔からの友達のように親しくなった。友達のように、と言ってもやっていることは友達と行うようなものなんかじゃなかったが。今のところ知り合い以上友達未満、そんな言葉が当てはまるような関係だ。陽気な性格のジノと淡白なルルーシュでは性格的に合わなそうかと思ったが、意外と正反対の性格のほうが気があったりするものだ。ルルーシュは股間辺りについた愛液やら精液やらをふき取りながら考えた。あと四日だ。あと四日したらスザクが任務で出かけて一週間になる。あくまで一週間は予定だから、もしかしたら帰るのが延びるかもしれないし短くなる可能性だってある。ジノから聞いた情報によるとテロの鎮圧自体はもうとっくに終わっているが、他のエリアでの外交がなんとかで少し時間がかかっているらしい。ルルーシュはできれば何かもっと他の予定が出来てスザクが帰ってくるまでの時間が延びればいいなと思った。何故ならこの三日間幾度となくジノと交わったが、なかなか慣れを取り戻せないのだ。前戯から射精までにしてもルルーシュは心の中に恐怖が湧いてしまうし、フェラなんて吐き気しか催さない。最初は、何度かやれば感覚を思い出すだろうと思っていたが全くそんな気配はない。もし予定通りスザクが一週間で帰ってきてしまうのなら、絶対に時間は間に合わない。練習するだけ無駄なのかもしれないが、しなければ捨てられてしまう。そう、死活問題なのだ。ルルーシュは拭き終ったタオルを丁寧に畳むと、床に落ちていた自分のシャツを拾った。白いシャツに袖を通すルルーシュを見て、ジノは思いついたように聞いた。

「な、スザクのも飲んだことあるんだろ?私のとスザクの、味はどうだった?」
「・・・ジノ、お前がラウンズのスリーじゃなきゃ殴っていたところだったよ」

ルルーシュがぎろりとジノを睨む。しかしそんな睨みが効くはずもなく、ジノはニコニコしながらルルーシュの返事を待っている。無神経な質問に、本当にジノはラウンズなのだろうかとルルーシュは頭が痛くなった。ジノはとにかく、いいように言えばマイペース、悪いように言えば自己中心的だった。初めて抱かれた時は(確かに無理やりにでもしてほしいと言ったのは自分だったが)抜かずに2回、体位を変えてもう2回された。連続的な絶頂は2回が限度だったルルーシュにとって攻め地獄と呼べるようなセックスだった。まさか4度も出されるとは思ってなかったし、というか4度も出せるとは思っていなかった。溜まってたんだとジノは言ったがルルーシュは溜まっていたというレベルではないだろうと思う。まあそこまではいい、問題はそこからだ。気づけばもうすぐ夕食の時間で、ナタリーが来てしまうからとルルーシュはジノと別れスザクの部屋に戻った。ふらつく身体をジノに支えてもらいながら部屋の前までついてきてもらい、それじゃあと扉を閉めた。ルルーシュからしたらもうジノとはそれっきりで、明日からは違う兵を引っかけるつもりだった。ラウンズだと分かった以上関わりを持つわけにはいかないし、変に好意を持たれてしまったようだったから警戒したのだ。しかし、夕食が終わり食器も回収されあとは寝るだけだというときに部屋の扉がノックされた。ルルーシュはてっきりナタリーかと思ったのだが、ノックが続くだけで声もしなければ扉も開かれない。ただ、トントン、とノックだけ。不審に思いながらもルルーシュが扉の鍵を開けると、次の瞬間ルルーシュは何か大きな物体に抱きしめられていた。目の前に広がる金髪、ジノだった。ジノは部屋に誰も来なくなるまで時間を待ってルルーシュを迎えに来たのだという。ジノの行動がルルーシュには理解できなかったが、さあさあと言葉巧みに部屋を連れ出されルルーシュはジノの部屋へと連れ込まれてしまった。ルルーシュは朝になるまでジノの部屋に居た、つまり、朝まで身体を貪られてしまったのだ。それからジノは暇さえあればルルーシュをスザクの部屋から連れ出し自分の部屋で抱いた。誰かに見つかってしまうからやめろと嫌がっていたルルーシュも、何度も連れ出されてしまえば不安より諦めのほうが大きくなってしまい、たった二日目にしてとうとうジノに反抗することをやめた。

「自分の精液と他人の精液を比べることなんてないからさぁ、なあ、教えてくれよ」
「・・・はぁ」

ルルーシュは記憶を探り嫌々思い出したくない味を思い出した。言わなければ帰してくれなさそうだからだ。ジノものはさっき飲んだからすぐに思い出せたが、スザクのはどんなものだったろうかと思いだすのに少し時間がかかる。

「スザクのは、苦い。お前のも苦いけど少ししょっぱい。あとはスザクは量は普通だが濃い気がする、お前は量は多いが濃さはスザクのほうが上だな。それだけだ。」
「ふーん・・・」
「答えてやったのにその反応はどうかと思うんだが?」

乱れた髪を鏡を見て整えルルーシュがジノを一瞥すると、ジノはベッドから降りて着替えているところだった。スザクも鍛えられている肉体だと思うが、ジノのほうが身長や体格は上だ。ジノはスキンシップが好きなようで、ジノに抱きつかれるとルルーシュは大型犬が飛びついてきたような感覚になる。別にルルーシュはジノが嫌いというわけではない。練習台にもなってくれるし、慰み者のルルーシュを見下したりもしない。普通、男娼だと言えば大抵の人間は嫌な顔をするか厭らしい目で見下してくるかだ。そういうのには慣れていたし、男娼は胸を張って言える職業でもないから当たり前だ。でもジノは違った。ジノは男娼と分かっていながらも普通に接してくれたのだ。話を聞く限りジノは偏見を持たないタイプらしい。自分より身分の低い兵などにも、気軽に声をかけているようだ。そういうところは好感が持てるし、少し自己中心的なところに目をつむればいい奴だ。ルルーシュは時計を気にしながら扉まで行くと壁のパネルに触れた。ここは鍵式ではなくてカードキー式の扉なので、開けるのにはカードキーまたはパスが必要なのだ。ゲスト用のパスを教えてもらったルルーシュはそのパスを打ち込む。

「ジノ、それじゃあ・・・」

あとは開錠キーを押すだけとなった時、パネルを触るルルーシュの手にジノの手が覆いかぶさった。びっくりして首だけ振り向くといつの間にかジノが後ろにいてルルーシュはジノと扉に挟まれるようになってしまっていた。ジノの両手は、片手でルルーシュの手を覆い、空いた方の手でルルーシュの身体を抱きしめている。手だけじゃなく全身を覆われているような気持ちになり、ルルーシュはドキドキと胸の鼓動が速くなるのを感じた。ジノの顔がルルーシュの首筋に埋められる。後ろから抱きしめられているためジノの表情は見えないが、さっきまでの明るい雰囲気とは違い今のジノは真剣な空気を出している。

「なあルルーシュ、考えてくれた?」
「ジノ、何度も言うように俺はお前に買われることはできない」
「そんなこと言わないでさ、私のものになってくれよ・・・好きなんだ・・・本当に・・・」
「ジノ・・・」

ルルーシュは、またかと心の中で溜息をついた。ジノは別れ際になると毎回自分のものになってくれとルルーシュに言うのだ。最初の時にジノには買われることがでないないとはっきり言ったのだが、ジノは諦めなかった。ルルーシュはてっきりスザクへの対抗意識から自分のことを買いたいと言っているのだと思っていたが、違うらしい。面と向かって好きだと言われたのは昨日のことだ。まだ知り合って間もないというのにそんなことを言ってきたジノが信じられなかったが、ジノは本気だった。

「ジノ、お前のことは嫌いじゃない。でも俺はスザクに買われた以上、スザクが俺を捨てない限りスザクから離れることはできないんだ」
「じゃあスザクに私たちの関係バラしたら、スザクはルルーシュを捨てるか?」

抱きしめられる力がぐっと強まる。きっとジノの発言は冗談じゃない、ああ時間がないというのにまた面倒なことになりそうだ。早くしないとナタリーが誰もいないスザクの部屋に来てしまう、抜け出したとバレたらスザクに報告が行ってしまうだろう。ジノがこうやってルルーシュに愛を囁くのは、ある意味こうして時間稼ぎをしてルルーシュが部屋を抜け出しているとスザクにバレてしまえばいいと思っているのだろう。

「さあ?それはどうだろうな。もしかしたら、鎖にでもつながれて監禁されるかもしれないな」

バレたからと言ってスザクがルルーシュを必ず捨てるということはない。もしかしたら怒られるだけかもしれないし、何も言われないかもしれないし、スザクが嫉妬深ければもう部屋から出れないように工夫をされるかもしれない。捨てられるというのは数ある可能性の中のたった1つにしかすぎないのだ。ジノだってそんなことくらい分かっていた。分かっていても言わずにはいれなかったのだ。二人の間に沈黙が流れる。その間にもルルーシュを抱きしめるジノの腕の力は強まっていった。子供をあやすようにルルーシュがジノの頭を撫でる。ジノのほうが、年下だと聞いた時はびっくりした。

「ジノ、もう時間が・・・」

ルルーシュが言うと、ふっとジノの腕の力が抜かれた。ジノだって酷ではない、口では言っても実際にスザクにバラすことはできないのだ。ルルーシュの身に危険が及ぶと知っているから。ジノは抱いていた腕を離し、かわりにルルーシュの肩を持つとくるりと自分の方へと身体を向けさせた。

「分かったよ。今日は諦める」

"今日は"ということは明日はどうなんだろう。そう思っていると、ルルーシュはジノにキスされていた。帰り際のキスも恒例となっている。それは情事の時のような淫靡なものではなく、純粋な愛を伝えるようなキスだった。唇を割られ口内に侵入してきた舌をルルーシュは受け止める。キスは唯一拒否反応の出ない行為だった。生暖かい舌を絡め合わせるというだけで、切なく温かな気持ちが胸に沁みこむ。あとちょっと、もう少しだけ、そんな風に思ってしまう。そんな本能の甘い誘いを何とか振り切り、ルルーシュは唇を離した。

「・・・・・・も、行くから」
「分かった、おやすみルルーシュ。また明日」
「ああ、おやすみ・・・」

パネルを叩くと扉が小さな音を立てて開いた。廊下に顔を出して誰もいないか確認する。この時間は誰もここを通らないようだ。ルルーシュは振り返らずに部屋を出た。部屋から出たらすぐさま扉が閉まる音がし、ルルーシュはホッと息をつく。部屋を出る時に背中に感じた痛いほどのジノ視線は、行かないでほしいと言っていた。それに引き留められそうになっている自分にも薄々気付き始めてしまう。やはりもうジノには関わらないほうがいい気がしてきた、これ以上彼といたら・・・。

「ほだされてしまいそうだ・・・」

誰に言うわけでもなく呟いたルルーシュの言葉は、広い廊下に響くことなく消えた。




正直、サボりすぎていたと自分でも思う。ルルーシュには暇ができたからといって会いに行っていたが、本当は暇なんて無理矢理にでも作らなければないのだ。これがもしルルーシュが時間も関係なくいつでも会える存在だったら仕事をちゃんとやってから会いに行っていた。だが、ルルーシュにも自分にも時間がないのだ。タイムリミットの時計は隠されていて、いつ時間切れになってしまうのか分からない状態だ。タイムリミットが来る前にルルーシュをどうにか手に入れたいと思っているのに、なかなかルルーシュは落ちてくれない。スザクが帰ってくる前にどうにかしたい、だから仕事もそこそこにルルーシュに会いに行ってしまうのだ。仕事は、ちゃんとやるべきだ。皇帝に忠誠を誓っている以上、お給料を貰っている以上。仕事に手抜きはしてないつもりだ、手をつけた仕事はきちんと片づける。ただ手をつけるまでがどうしても気が引けてしまう、書類仕事の場合は。資料を読んで、紙にペンを走らせて、印を押して、それの繰り返しだ。書類と戦うよりも敵と戦う方がいいのだ。だから、だから。

「な〜、もう勘弁してくれよ〜・・・」
「駄目です。これ以上書類を溜められたら困りますので」
「頼むよ、10分だけでいいから休憩・・・」
「無理ですね。ヴァインベルグ卿の本日のノルマを達成するには休憩なしでやってもらわないと終わりません」

きっぱりと言われてしまいジノは唸りながら机に突っ伏した。あまりにも書類仕事をサボっていたのが、ノネットにバレてしまったのだ。ナンバーがいくら下であろうとノネットは仕事には厳しい。任務から戻ってきたノネットが兵士からジノのサボりを聞きつけ、早朝からジノを叩き起すと監視を何人も付けて仕事部屋に押し込めたのだ。この時ばかりはジノも、私の方がナンバーは上なんだがと言いたくなった。ノネットはご丁寧にジノと関わり合いのない仕事に忠実な兵士を選び見張りにつけた。そのせいでジノがいくら抜け出そうとして兵士にお願いしてみても、願いはバッサリと排除されてしまう。朝からこの部屋に閉じ込められ、もうすぐ昼だ。朝起きたらまず一番にルルーシュにおはようを言おうと思っていたジノは出鼻をくじかれてしまった。そういうわけで今日はまだ一度もルルーシュの顔を見ていない。せめて今日はいけないという伝言だけでもと思ったが、それすらできない。ルルーシュの存在を知っているのは自分と一部の人間しかいないのだ。

「こういう時不便だよな・・・まったく」
「何をぶつぶつおっしゃっているのですか。まだ書類はたくさんありますよ。」

ドンと更に書類を積み上げられる。久々に泣きたくなったわ、とふざけて言ってみるも書類が減ることはない。どうせならさっさと終わらせてしまおう、それから会いに行っても遅くはないかとジノは手放していたペンを再び取った。集中して真面目にやれば仕事は早いほうなのだ。あと2時間で終わらせる、と心に誓う。やっと真面目に仕事をし始めたジノを見て見張りの女性兵士は安堵した。

「初めからそうしていただいていたらよろしかったんですよ。それと、これからは他人の書類を勝手に持ち出さないようお願いしますね」

女性兵士の言っている書類とは、ジノがルルーシュに会いに行くために最初に使ったスザクの書類のことだ。すっかりルルーシュばかりに気を取られスザクの書類をそのまま廊下に放置してしまったのだ。重要な書類じゃなかったうえにすぐに通りかかった兵士に拾われたからよかったものの、もしあれが重要な書類だったらなくなったじゃすまされない。持ち出したのだから責任を持たなくてはいけませんよと女性兵士の小言がジノの耳を通過する。返事していたら時間がもったいないんだよとジノは必死にペンを走らせる。聞いていないことが分かったのが女性兵士は小言を言うのを止めた。

「真面目にやっているようですから、私はこの書類を枢木卿へ届けに行ってきますね」

数枚の書類を手にし、女性兵士はジノに言った。真面目にやっているようだからとはどういう意味だと思いながらも女性兵士の言葉に、ペンが止まる。書類をスザクに届けにいく?ジノは顔を上げると首をかしげた。

「スザクって帰ってくるの三日後じゃないのか?」
「何を仰ってるんですか、つい先ほど戻られましたよ。今は自室にてヴァインベルグ卿と同じように書類仕事をしていますが」
「なんだって!?」

ジノが勢いよく立ち上がり、椅子がガタンと倒れた。突然大声を出したジノに女性兵士はびっくりして目を見開く。スザクが帰ってきているだと?しかも今は自室で書類仕事中?ジノは考えるより早く、女性兵士の持っていたスザクの書類を奪った。

「私が届けに行ってくる!」
「ちょっ、ヴァインベルグ卿!」

制止する見張りを振り切って走り出す。ジノが本気を出したら見張り兵なんか太刀打ちできるわけがない。長い廊下を駆け抜けるジノは、くしゃくしゃになった書類を気にも留めずルルーシュのことだけを頭に思い浮かべていた。いつの間にスザクは帰ってきていたのだろう、昨日まではあと3日くらいはかかると聞いていたのに。朝起きてすぐに確認すればよかったとジノは後悔した。しかし、行ってどうするんだと頭の隅でもう一人の自分が冷静に問いかけてくる。分からない、分からないが気づいたらこうしていた。スザクが帰ってきてしまったということは、もうルルーシュと会うことができないということだ。ジノだってずっとここにいるわけじゃないし(今回はたまたまトリスタンの修理で書類整理に回されていただけであった)、スザクがここにいない時にタイミングよく自分がここに来れるかどうかも分からない。本当に、今回は運がよかっただけなのだ。トリスタンを破損させて書類整理に回されていなかったら、あの噂を聞かなければ、会いに行っていなければ、ルルーシュと会うことはなかっただろう。ジノはもう自分ではどうしようもないくらいにルルーシュという人間のことを好きになってしまっていた。身体だけの関係と言えばそれまでだろう。でもジノはルルーシュが時折見せる寂しげな表情と、無意識な言葉に惹かれてしまった。ルルーシュの過去を全て知っているわけじゃないし、出会ってまだ時間もそんなに経っていない。でも好きになってしまったのだ。過去の闇とかスザクとの関係とか、高い壁はいくつもある。ルルーシュの全てを知っていなくて、いくつも障害があって。それだというのに好きになってしまうのが、人間の本能なのではないだろうか。ルルーシュを手に入れたい、ルルーシュが好きだ。そんな気持ちが今のジノを走らせていた。スザクにルルーシュを取られる、というのはおかしいだろう。だってルルーシュはもう既にスザクのものなのだから。

(それでも、私は・・・・!)

ジノの長い足では先ほどの部屋からスザクの部屋まであっという間だった。常人なら走っても5分はかかるところを、ジノは2分で着いて見せた。全く乱れてない息を整え、扉の前に立つ。この扉の向こうに、スザクとルルーシュが居る。2人が同じ空間にいると考えただけで、下さない嫉妬が灯ってしまう。本当に馬鹿だ、そう思いながらジノは扉を叩いた。最初は遠慮気味に2度、次は強めに3度。なかなか出てこないスザクを不審に思いながらジノはノックを続けた。


「スザク?私だ、ジノだ。書類を持って来たのだが・・・っ」


思わず、息が止まった。聞こえてしまったのだ、扉の向こうの声が。


『あっ、やっ、すざくっ!やあっ、んぅっ、ひぁっ!!!』
『ルルーシュ、声抑えないと、聞こえちゃうよ?』
『んぅっ、だっ、て、すざくがっ、あああっ!』

だがジノは聞こえてきた声に、それこそ心臓が止まるかと思った。だが心臓は止まるどころかドクドクと早いリズムで血を送り出した。考えなくても分かる、喘ぎ声。中で2人が何をしているかなんて、考えたくなかった。ノックする手が止まってしまい、余計にその声が聞こえてしまう。耳を澄まさなければ聞こえない声だが、扉の前に立つジノにはしっかりと聞こえていた。変なことじゃない、だってルルーシュはスザクの慰み者なのだからこういうことをして当たり前なのだ。そう冷静に判断しようにも、それ以上の激情がふつふつとわき上がるのが分かった。先ほどとは比べ物にならないほどの嫉妬、ルルーシュを抱くスザクへ対しての。

『も、もう・・・だめっ・・・あぅっ!!!』
『ほら、いいよ、イきなよ、ほら!』

ひときわ大きな高い声がジノの鼓膜を打った。途端にぱたりと止む喘ぎ声。絶頂、したのだろう。息遣いまでは聞こえないはずなのに、ジノの耳には聞こえる筈のないルルーシュの射精したあとの息遣いが聞こえた。それは記憶の中のルルーシュの息遣いであって、実際の音ではない。スザクの声も聞こえないところを考えると、スザクも射精したのだろう、ルルーシュの中へ。ジノが呆然と立ち尽くしていると、扉が開いた。キィと音を立てて開かれた扉の向こうにはスザクが上着を着崩した状態で立っていた。

「やあジノ。ごめん、ちょっと電話しててさ」
「あ、あぁ・・・そう、なのか」
「うん。あ、書類ってそれ?」

顔は笑っているが、スザクの目は笑っていなかった。底冷えするような視線に思わずたじろいでしまう。スザクはジノの持っていた書類を貰うとそれに簡単に目を通した。扉の位置からでは丁度ベッドの位置が見えない。いや、見えなくてよかったかもしれない。だが鼻を突く独特の臭いまでは誤魔化せなかった。

「わざわざありがとうね、それじゃ」

うるさいくらいに扉を強く閉められた。閉められたすぐあとにガチャリという鍵を閉める音。ジノは今、スザクの本性を垣間見た気がした。空になった両手、目の前には閉められた扉。スザクの異常な態度にジノは直感した。ルルーシュとのことがスザクにバレていると。何故だ?証拠は一切残さなかった。誰かに見られたわけでもないし、まさかルルーシュが自分から言うはずもない。まさかカメラでも仕掛けていたのだろうか?いくら考えたところで真実が分かるわけではない。ジノはこれ以上この場に居たくなくて、早足にその場を去った。着た道を早歩きで歩きながら考える。きっとスザクはわざとあの声を自分に聞かせたのだろう。見せつけというよりかは、釘を刺すつもりで。スザクの目が言っていた。"ルルーシュは自分のものだ"と。あの目は、個人的に囲っている男娼へ向ける感情を超えている。きっとスザクとルルーシュの間には、何か底知れない"何か"がある。それは自分が到底知ることのできないことなんだろう。

(イライラする)

目の前で獲物を取られた獣のように、ジノの瞳はスザクの冷えた瞳とは逆に煮え滾るマグマのように熱く怒りを宿していた。さっきまではルルーシュのことだけを考えていたのに、今はもうスザクに対する嫉妬しか出てこない。ルルーシュを、私のルルーシュを、違う私のじゃない、スザクのルルーシュ、だからこそ。ジノは怒りをぶつけるがまま、壁を1度だけ強く殴った。かなりの力で殴ったが、そんなことでかける壁ではなく寧ろ力を吸収してビクともしない壁に、余計イラついた。いつもなら八つ当たりなんて嫌な行為だと思っていたのに。殴った際に擦りむけた手から血が流れる。少量だったが、その血はゆっくりと拳を流れ落ちて絨毯に落ちた。真赤な絨毯だったから落ちても見た目には変わらなかったが。だが落ちた血を見て、ジノは決意した。バレたならバレたで好都合、こうなったら正々堂々と奪い取らせてもらう。流れ出た血を乱暴に服で拭く。真っ白なラウンズの服に、赤い模様が咲いた。