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真っ白なシーツという海の上で滑らかな足が水面を飛ぶ魚のように跳ねていた。ベッドに寝そべる体の、ぱっくりと割れている股の間には、まるで閉じるのを防いでるかのように逞しい肉体が居座っている。その居座る肉体の股間から生えた肉棒は、寝転がる体の尻に根元まで深く食い込んでいた。汗ばんだ肌同士が触れるたびに、言葉にできない痺れが互いの腰に走る。室内の空気は妖艶に染まりきっていた。カーテンの閉められていない窓からこの情事が見えてしまうのではないかと一瞬ルルーシュは不安になったが、ここは地上三十階建てもある高級ホテルの最上階だ。もしこの様子を窓の外から覗くものがあるとすれば、それはきっと真っ黒な空に輝き浮かんでいる満月だけだろう。ベッドサイドに灯る暖かなルームランプだけが、室内の唯一の照明だ。目を凝らさないと互いの顔さえもはっきりと見えないはずなのに、どうしてだろうか、ルルーシュが目線を向ければルキアーノの燃えるような瞳とかち合った。どちらからも視線は外すことなく、それはまるで絡まったコードのように離れない。堪らない、というようにルキアーノは舌舐めずりをした。純白の肌に薄赤の痕がつくほど強くふくらはぎを掴むと、ルキアーノはルルーシュのそこに唇を寄せる。愛おしいというよりは、まるで狩った獲物をいよいよ喰らおうとする獣のようなそれだった。舌のぬめりがそのまま神経を撫でまわすような快楽にルルーシュは思わず目を閉じて声をもらす。震える唇は恐れからではなく与えられる快楽を受け止めきれないだけだ。ルキアーノがルルーシュの中を楽しむように腰を動かせば、先ほど溢れんばかりに注入されたローションがいやらしい音を立てながらシーツをぬらす。ルルーシュは何かに縋りたくて、頭の下の枕を指先が白くなるほど強く掴んだ。最初は身を引き裂かれているかのような痛みを伴った行為だったが、今ではすっかり”その体”に作りこまれてしまっていた。痛みに暴れていた足は今ではルキアーノを抱きしめ、恐ろしさに萎えていたルルーシュのそれは今では未知の快感に勃ち震えている。ルキアーノが亀が歩くような速度で腰を引き抜き、引っかかりが抜けるか抜けないかのところで今度は素早く奥を打った。緩急のつけられた出入りにルルーシュは耐えるかのように首を振り、そのたびに汗でしっとりしたルルーシュの黒髪がパサパサと枕に当たり音を鳴らす。ルキアーノはにたりと笑った。

「随分と”らしく”なってきたじゃないか、なぁ?」
「ぁ…ッン、ぅ…ふ、あぁぁッ!」

返事は元々期待していなかったルキアーノはルルーシュが口を開く前に腰を動かすリズムを少しだけ速くした。ぱつんぱつんと緩やかに肌が音を奏で、その音に上書きするかのようにルルーシュの唇からひっきりなしに嬌声が上がる。あられもない声にルルーシュは何とか唇を結んで声を抑えようとする、けれど、ルキアーノの肉棒が内壁全体を強く擦るものだから我慢することができなかった。ルルーシュの濡れた瞳に生理的な涙が溜まる。ルキアーノはそれを見て体を前に倒すとルルーシュの目元をべろりと舐めてからその柔らかな唇に噛みついた。キス、なんてものではない。まるで呼吸すら食われてしまうのではないかと思うほど野生的なそれをルルーシュが拒否することはなかった。

「フ、ん…ッ」

ルキアーノの喉から微かに声が漏れ、ルルーシュの鼓膜を震わす。性に浸る雄の声だ。ルルーシュの肉体で快楽を得たことによって漏れた声だと思うと、ルルーシュは何故か嬉しくなってしまった。無意識のうちにルルーシュが後ろを締めると、心地よい締め付けにルキアーノが満足そうに喉の奥で笑った。ルルーシュの薄く開かれた唇にルキアーノは舌を捻じ込んだ。ルルーシュの口内に侵入したそれはルルーシュを煽るためだけに口内を舐めまわす。ルルーシュは自分の口の中なのに舌をどこに置いたらいいのか分からずに、まるで怯えた生物のように縮こまった舌を恐る恐るルキアーノの方へと伸ばす。そうすると、あっという間にそれは絡め取られ、ルキアーノから流された唾液が何かの薬のように与えられる。いつもこれだけは苦手だ、ルルーシュは喉の奥を締めて唾液を呑み込まないようにする。しかしそうするのが気に食わないのかルキアーノはより深く唇を重ねてきた。それと同時に、両手でルルーシュの太ももの裏を掴むと乱暴にピストン運動を始める。先ほどまでの焦らした動きではない、快楽を一直線に追っている動き。

「んっ、んっぅう!あっ、あっ、んっぅ!」

唇を食べられている間でもルルーシュは声がおさえられない。枕に縋っていた手は今度はルキアーノの両肩を押すように叩いている。解放を望むそのルルーシュの手の動きだが、膝はまるでルキアーノをしっかりと抱きとめるかのように彼の肉体を挟んでいた。ルキアーノはわざとリップ音を鳴らしながら唇を離すと、そのままルルーシュの耳元で囁く。

「こんなになっちまうほど、私のは美味いのか?いやらしい奴め」
「っは、ぁ…っぁ…ぅうっん!」
「ぐちゃぐちゃにしてやるよ…ッ、ルルーシュ…!」

それが合図かのように、ルキアーノはルルーシュを強く抱きとめながら、力強くその肉欲をルルーシュの熟した蕾に突き入れる。二人の体重を支える大きなベッドが鈍い音をたてて軋む。ルルーシュの身体はか細い、ルキアーノが本気で折ろうとすれば骨など簡単に折れてしまいそうだ。ルルーシュも己の身体の貧弱さは知っていたので、いつも抱かれるたびにその激しさに自分の身体は壊れてしまうのではないかと思う。けれどもルルーシュの身体は細いながらもルキアーノの欲望を全て受け止め、そして同時に快楽も得ていた。その行為に愛があるのかと問われれば話はまた別になるのであるが。

「いっ、ぅっん、ふぁっ…あぁあッ!」

ルルーシュの腰がその熱から逃げるかのようにベッドの上を逃げずり回る。ルキアーノはそのたびにルルーシュの腰を両手で捕まえ、ルルーシュの身体を引きずり込むようにして肉棒で奥をえぐった。いやいやというようにルルーシュは悲鳴のような喘ぎ声をこぼすが、本当の拒絶ではない。ルキアーノの胸を押していたルルーシュの手は既にルキアーノの背中に回って、母を求める子供のように縋っていた。ルキアーノは腰を動かし続けながらルルーシュの股間に手を伸ばした。ルキアーノのものがルルーシュの熱い中に入ってから一度も触れていなかった。ルキアーノの固い指先がルルーシュのその先端に触れる。触っていなかったにも関わらず、ルルーシュのそれは快楽に震え先端からは解き放たれることを今かと待ちわびる欲の涙が溢れだしていた。ルキアーノはわざと、根元にある玉から先端までを弄ぶかのように指を滑らせる。指を少し離せば名残惜しそうな粘りっけのある糸が、つう、と棒と指の間に垂れた。

「っは…」

ルキアーノは組み敷いているルルーシュの肉体に夢中になりそうな自分に思わず眉をひそめる。これまでたくさんの女を抱いてきた。極上の女から、無様な女まで。けれども、今まで抱いてきた女とルルーシュはまるで違った。性別、身体の仕組みから違うので同じなわけがないとは思うがそういうことではない。何故だろう、ルルーシュを見ているとルキアーノは酷く自分の中の何かが掻き乱される。それがとても気持ちが悪く、それを掻き消すように抱いてはみるが消えるわけもなくむしろ少しずつ大きくなっていっている気がする。ルキアーノが悪戯にルルーシュの棒をしごく。強く握らず、ほんの少しだけ力を加えて、はしたない音を立てながらルルーシュのそれは愛撫されていた。ルルーシュはカッと目を見開き両肩をすくめながらルキアーノにぴったりと身を寄せる。本人の意に反して、ルルーシュの腰がビクンビクンと大きく揺れた。

「や、待っ…ひ、ぅっああぁぁあッ!」

ルルーシュの制止の声も空しく、しごかれたそれから白濁した液が飛び出した。二度、三度に分けて放たれるそれを、もっと搾り取るかのようにルキアーノが根元から先端までじっくりと愛撫する。その間もルキアーノは腰を打つのを止めない。ルルーシュのそれが放たれた瞬間、食いちぎりそうなほど孔は締まりルキアーノのものを引きずり込もうとしてきた。快楽の頂に突き上げられてもなお、後ろを突かれ続けルルーシュはひっきりなしに喘ぎ声を上げた。ルキアーノを抱きしめる腕が、肌を傷つけるのではないかと思うほど強くなる。ルルーシュは両太ももでルキアーノをぎゅうと締め付けると、全て出しきった頃に脱力してベッドに沈んだ。ルキアーノはルルーシュが達したことなどお構いなしに、そのか細い身体に強く腰を打ちつける。されるがままに揺さぶられているルルーシュはバクバクと速く脈打つ心臓の鼓動を感じながら目を瞑っている。ルキアーノは暫く好き勝手にルルーシュの身体を蹂躙した。何度か体位を変えたりしてわざとルルーシュの中に放つのを延ばしたりしては、振動に声を漏らすルルーシュの反応を楽しんだ。ルルーシュをうつ伏せにして尻だけを高く上げさせると、そのまま獣のようにルキアーノはルルーシュを喰った。滑らかなルルーシュの尻たぶを撫でてから破裂音が響くほどの強さで叩く。するとルルーシュの腰が痛みなのか快感なのかは分からないが大きく跳ねるのでそれが愉快だった。真っ白だった尻がほんのり赤くなるまで叩いたあと、そろそろ限界かとルキアーノはルルーシュに覆いかぶさるように身を前へ倒すと、ルルーシュの後頭部を鷲掴みにして枕へ押しつけた。口元を枕に沈まされてうまく呼吸ができないルルーシュは手をバタバタさせるが、ルキアーノの肉体に身体全体を抑えつけられているためうまく抵抗することができない。

「っぐ、んぅううっ!」
「…ッ、く、出すぞ…」」
「んっんんぅ!ふ、んぅうう…ッ!」

腰骨を壊してしまいそうなほどの振動のあと、ルキアーノの腰が最深に押し付けられたままぴたりと止まる。その瞬間、ルルーシュは体内にほとばしる熱い液を感じた。嫌でも感じてしまう射精による脈打ちにルルーシュは眉を寄せる。ルキアーノは種付けでもするかのように出ている間も何度かぐいぐいと奥にそれを追いやるように腰を押す。ルルーシュの後頭部を押さえていた手をルキアーノが退けると、ルルーシュは急いで顔を上げて十分にできなかった呼吸を喘ぐようにする。

「はぁっ…、んん…ッ、ふッ…」

ルキアーノの腰が最後にぶるりと震え、ゆっくりと引き抜かれる。欲望を放ってすっかり萎えたルキアーノの太いものが抜け落ちると、ルルーシュのそこからルキアーノの種がぼたぼたと零れ落ちた。シーツを汚すそれは生臭い雄の匂いを漂わせ、ルキアーノは満足そうにそれをすくい取るように指を突っ込む。内壁に塗りつけるようにぐちゃぐちゃとわざと中を掻きまわして指を引き抜くと、もう限界とでもいうように腰だけが高く上げられていたルルーシュの身体が横に倒れた。ルルーシュはずるずるとベッドの上で仰向けになると、手足を投げ出してぜえぜえと呼吸をする。ぼんやりとした紫の瞳がルキアーノを見ればルキアーノはベッドから降り不敵な笑みを浮かべ、サイドテーブルに畳まれていた純白のバスローブを身にまとった。柔らかなタオル地の紐を結んでから、ルキアーノはまるで陸に打ち上げられてしまった魚のようなルルーシュを横抱きにした。ルルーシュは逞しい腕に抱かれるのが何故か心地よく、目を瞑る。ルキアーノはそのままルルーシュをバスルームに連れて行くと、既に湯のはられたバスタブにルルーシュをやや乱暴に入れた。そして自分はそのままシャワーを浴び始める。ルルーシュの身体はルキアーノの液で汚れたまま湯に突っ込まれたので、バスタブの中に熱で固まってしまったルキアーノの性が水中に浮かんでいる。ルルーシュはのろのろと手を動かして、自分の中に溜まっているルキアーノのそれを掻き出した。その間にルキアーノはシャワーを浴びながら、バスルーム内にある電子パネルを操作してベッドメイクを注文していた。最初は情事のあとのベッドをすぐに他人に片付けられるなんて恥ずかしいと思っていたルルーシュだったが今ではもう慣れてしまった。最初こそ酷いものだった。情事のあとルルーシュやベッドの始末さえしようとしないルキアーノは自分だけさっさとシャワーを浴びるとベッドメイクでベッドを元通りにするとすぐに寝てしまっていた。なのでルルーシュは最初ルキアーノがシャワーに入っている間、ベッドメイクをしにきたホテルマンの目から逃げるように部屋の隅で汚れたシーツに包まってルキアーノがバスルームから出るのを待っていた。相変わらず始末はしないものの、一緒にバスルームまで連れていってくれるようにはなったのだ贅沢など言えない。精液は熱で固まる、なのでルルーシュはできるだけ早く自分の中のそれを掻きださなくてはいけなかった。この前、あまりにも疲れてそのままバスタブの中でまどろんでいたら尻の中の液体が粘着物のように変わってしまって、全てを綺麗にするのに手間がかかったのだ。ルルーシュがぎこちない手つきで処理をしている間に早々と身体を洗い終わったルキアーノは何も言わないままバスルームから出て行ってしまった。




さっきまでの情事がなかったかのように綺麗にされたベッドをちらりと見てからルキアーノはワゴンに置かれていたワインボトルを手に取って、曇り一つないワイングラスにそれを注いだ。真っ赤なワインが注がれたグラスを片手に、租界全てが見降ろせそうな窓辺に立った。身の丈を優に超え、幅も数メートルほどあるこの窓ガラスはあまりにも汚れが無く、部屋の照明に反射した自分の顔が映っていなければガラスなどないのではないかと思ってしまうほどだろう。租界には光が瞬き、繁栄している街が広がる。しかし環状線の向こう側を見れば明かりなど全く見えないゲットーが広がっていた。この街の何処かに、ゼロはいるのだろうか。ルキアーノはぼんやりと考える。ゼロの捜索、という名目で来ているもののルキアーノはゼロを見たことがない。もちろん画像や動画など、メディアに出回っているゼロは見たことがある。けれど直接この目で、目の前で、ゼロを見たことはなかった。だいたいゼロがこの街に居たとしても、あの格好で出歩いているわけがない。誰も知らないその仮面の下の素顔を晒して、どうどうと何処かの道を歩いているのだ。そう思うと、何だか馬鹿馬鹿しい。ゼロを捕まえたところでその場で殺していいわけでもないし、正直ゼロが消えたのがゼロの何かしらの策の一つだったとしても、こそこそと動き回っている牙を持たない反逆者にルキアーノは興奮などしない。結局、ルキアーノがこのエリア11で得たものと言えば、記憶喪失の青年一人だけなのだろう。

(ただの拾い猫のつもりだったんだがなぁ)

ルキアーノは自分でも驚くほどだった。もう既にホテルを二度ほど変えているが、ここまでルルーシュと一緒に行動を共にすると思ってはいなかった。記憶喪失だというルルーシュを別にどうしようなどとか考えてはいない。その身を痛めつけて弄ぼうとも、その身元を調べて本来の居るべき場所に返してやろうとも、そんなことは考えてもいない。ただルルーシュのあの瞳がルキアーノの頭から離れないのだ。ひょんなことから身体を貪るようなこともしてはいるが、それとこれとはまた話が違う。あくまであれは代価、ルキアーノの欲望を暴走させないためのものだ。ルルーシュを抱いたからといって喧嘩や暴力を止めないというわけではないが、それでも戦場に行って他人の命を無残に散らせないことに対してのストレスは少なくとも緩和されている。ふと、ルキアーノがガラスに反射した部屋の景色を見るといつの間にかルルーシュはバスルームから出てベッドの上に転がっていた。何をするわけでもなく、ベッドの端に横たわって天井を見上げている。

(ああしていると、まるで人形みたいな奴だ)

ルルーシュは、ルキアーノから見ても整った顔立ちをした人間だった。美しいという言葉を人間には使いたくはないが、たまにルルーシュが見せる表情に思わずそう感じてしまいそうになる。ルキアーノはワイングラスを持ったままベッドの傍にある一人用のソファに腰掛けた。ルルーシュはルキアーノ方をちらりと見ると、そのまま体勢を横にしてシーツの波を見ている。何か思いに耽っているような、そんな顔だ。ルルーシュが記憶を取り戻すといったような兆候は見られなかった。医者に見せれば対処の一つや二つあるのだろうが、医者に見せる気など全くないのでルキアーノにはどうすることもできない。別にルキアーノはルルーシュが記憶を取り戻そうがこのまま取り戻さないでいようがどちらでも構わない。ただ、たまに思う。記憶を失う前のルルーシュは、いったいどのような人物だったのだろうと。よく記憶喪失になると、人格が全く違うものになると聞いたことがある。もしルルーシュがそうだとしたら、記憶を失う前のルルーシュはこんなにおとなしい性格ではなく乱暴な人間だったのだろうか。それはそれで面白そうだとは思うが、何だか興味はわかない。

「ルルーシュ、来い」

ルキアーノがそう告げると、ルルーシュは少し間を置いたあと身体を起こしてベッドから降りた。ひたひたと裸足のまま床を歩きルキアーノの前まで来る。ルキアーノはルルーシュの腕を強く引くと、自分の太ももの上にまたがらせるようにルルーシュを座らせた。ルルーシュは不思議そうな顔をして顔を傾ける。ルルーシュの少し開かれた唇をルキアーノは指先で撫で、そして自分が飲んでいたワイングラスを差し出した。ルルーシュはグラスの中身を嗅ぐと、鼻をついたアルコールの匂いにくしゃりと顔をゆがませる。嫌だ、とルルーシュが頭を振るがルキアーノはルルーシュの口元にぐいぐいとグラスを押しつけた。

「酒も飲めないガキか?」

ルルーシュの正確な年齢はルキアーノには分からない。顔立ちは幼く未成年にも見えるが、しかし青年していても顔が幼い者はいる。ルルーシュは少し困った顔をした後、意を決したようにワイングラスを持った。恐る恐る一口にも満たない量を口の中に流し込み、すぐにグラスをルキアーノにつき返した。味を感じないようにすぐさま喉の奥に流し込んで、ルルーシュはこれでいいかとでもいうようにルキアーノをじとりと見た。このルキアーノに反抗するようなルルーシュの瞳がルキアーノは気にいっていた。戦場でルキアーノにこのような目を向けてくるものはいなかった。向けていたとしても、すぐにルキアーノの力に恐れて許しを乞うような弱者の目に変わる。ルルーシュはぼんやりはしているが、その瞳の光の強さは出会ったときから変わっていなかった。ルルーシュは弱い。力も無ければ地位も名誉も無いし、なにより記憶すらない。だというのにルルーシュのその瞳だけは決して弱くなかった。ルキアーノはグラスの中に残っていた一口分のワインを一気に口に含むと、ルルーシュの後頭部を引き寄せ唇を重ねた。ルルーシュの唇を無理矢理割ると、その隙間にワインを流し込む。ルルーシュはびっくりしてルキアーノの肩を叩くが、ルキアーノがそれを止めるわけがない。ルルーシュがむせないようにルキアーノが器用に舌や唇を使ってワインを流し込むと、するするとルルーシュの喉の奥にワインが吸い込まれていく。ルルーシュはぎゅっと目を瞑ってルキアーノから与えられたワインを懸命に飲んだ。一口分のワインをようやく全て流し込んだ頃にはルルーシュはぐったりとルキアーノに身を預けていた。

「…酒は、いやだ」

身体が覚えている、と良く言うがこの様子だとルルーシュは記憶を失う前もあまり酒は好まなかったようだ。ルキアーノは身を寄せるルルーシュの腰を掴むと、ソファの背もたれに身体を預けた。ルルーシュのしっとりと濡れている髪の毛の先を指で遊びながらふとこの前の出来事を思い出す。ホテルを移動する際にルルーシュとはぐれてしまったあの時、ルルーシュは誰かに追いかけられたと言って酷く怯えていた。ルルーシュの名を呼んだというその人物が誰かは分からないがあの時のルルーシュの怯えようは尋常ではなかった。あの時はあのルルーシュの瞳の強い光が濁っていたほどだ。リフレインの売人だろうと、あの時は適当なことを言ったが、リフレインの売人が租界の中心地で堂々とそのような乱暴なことをするだろうか。どうにも怪しい。ルルーシュはただのブリタニア人では無いのではないだろうか。ゲットーのあのような場所でリフレイン漬けにされていたくらいだ、貴族の玩具かとも思ったが、どうにもしっくりこない。お前は何者だ、そうルルーシュに聞ければいいのだが、本人が覚えていないのだからどうしようもない。

「…前に」
「ん?」
「前にも、こんなことがあった気がする」
「…いつ?」
「…わからない、でも…」

ルルーシュの手が微かに震える。ルルーシュの”こんなこと”が何を指しているのかルキアーノには分からなかったが、ルルーシュが思い出すのを恐れているのは分かった。よほど辛い過去でもあったのだろうか、記憶を失ってしまいたいと思うほど。ルキアーノは分かっていた、ルルーシュが自分から記憶を思い出そうとしていないことを。何度訊ねても、分からない、覚えていないというばかりで思い出そうとルルーシュはしていない。それでルルーシュが良いというのならルキアーノは何も問い詰めないし、ルキアーノだって思い出すべきだなんて思ってはいない。ルルーシュがしたいようにすればいいと思うし、自分だって自分のしたいようにする。それだけなのだ。ならば今くらいはルルーシュを飼うことくらい楽しんだっていいだろう。ルルーシュがどのような人物だったかは関係がない。今、この時、このルルーシュを飼っているのは他の誰でもない”ルキアーノ・ブラッドリー”なのだから。




いい加減、ちゃんとした報告をしろという電話がうるさかったのでルキアーノはルルーシュが寝ている間にホテルを抜け政庁へ来ていた。報告と言っても、ルキアーノに報告することなど何もない。だいたい、ろくな情報も与えないままエリア11に送りこんだというのに見つけろという方が無理な話なのではないだろうか?ゼロなど適当に泳がせておけばいいものの、まるでブリタニア側にとってゼロが必要な者であるみたいではないか。ブリタニアの、皇帝の考えていることは全くもって分からない。もちろん、戦場で人殺しさえできればルキアーノは構わないのだが。政庁の長ったらしい廊下を歩く、久しぶりに身に纏ったラウンズのマントは嫌いではない。そうだ、今度この格好をルルーシュに見せてみようか。ルキアーノはルルーシュに何も説明していないことに気がついた。エリア11に何をしに来たかさえルルーシュは知らないだろう。いや、もしかしたら日頃の行いを見て気が付いているだろうか。そうも思ったが、ルキアーノが日頃していることと言ったら喧嘩や暴力やセックスばかりだ。そんなルキアーノがラウンズだと知ったらルルーシュは驚くだろうか?驚くルルーシュの顔を想像するだけで何だか楽しい気分になってきた。思わずこぼれそうな笑みを押さえていると、ふと廊下の向こう側から気に食わない顔が近づいてくるのが見えた。向こうも気がついたのか顔を少し顰めてこちらを緩やかに睨んでいる。距離があと一メートルとなった時、互いに足を止めた。

「これはこれは、裏切りの枢木卿…いや、ナイトオブセブンと言ったほうがいいかな」
「ブラッドリー卿、あなたもエリア11に来ていたのですね」
「ええ、つまらない場所ですなエリア11は。…おっと、元は枢木卿の故郷でしたか。もっとも最早、昔の話でしょうがね」

ルキアーノの言葉に枢木卿は一瞬睨んできたが、すぐにくだらないとでもいうように軽いため息をついた。その澄ましたような枢木卿の顔がルキアーノはいつも気に食わない。ナンバーズのくせにラウンズに、しかもナンバーは自分より上ときた。まったくもって気に食わない。ルキアーノは腕を組んで鼻を鳴らした。

「まぁ、いいさ。ゼロが消えた今、エリア11も静かになったもんだ」
「…ブラッドリー卿もゼロを探しに?」
「今や殆どのラウンズがエリア11に集められているさ、ゼロを殺してもいいというのなら私ももっと協力的になれるのになァ」
「………」

枢木卿の目は軽蔑を通り越して呆れているようにも見える。本当につまらない奴だ、ルキアーノはそう思う。ルキアーノはそのまま枢木卿の横を通り抜けそのまま去ろうとした。しかし数歩歩いたところで枢木卿に呼び止められルキアーノは振り返る。枢木卿は先ほどとは少し違った表情、少し戸惑いや不安のような表情を浮かべていた。

「なんだ?」
「ルキアーノ卿は租界の街を毎日歩き回っていると聞きましたが、それは本当ですか?」
「だとしたら?」

ルキアーノがゼロを探さずに租界を遊び回っているという噂でもたっているのだろうか。間違いでは無いが、まさか説教でもしようというのだろうか?ルキアーノは枢木卿を軽く睨むが、どうやら枢木卿はそういうことではないらしい。何か言いにくそうに視線を少しうろうろさせてから、枢木卿が口を開く。

「人を探しているんです」
「人を?」
「…友人、なんです。この前のパレードの日に大通りで見かけたのですが見失ってしまって、ブラッドリー卿なら見かけていないかと」
「人…ねえ」

人と言われても、租界に来てからたくさんの人とすれ違っている。いちいちどんな人物がいたかなんて覚えてなどいない。しかし枢木卿の顔はどこか切羽詰まっているようで、ルキアーノは心当たりはなかったがわざと考えているふりをしてみる。

「さあ、歩き回ってはいるが…どうだかなぁ?」
「黒い髪で、身長は私と同じくらいかそれより少し上で、紫の瞳の男性なのですが、何処かで見かけませんでしたか?」
「…紫の、瞳?」

ルキアーノはぴたりと笑みを止めた。その条件に合う男性は、恐らくこの租界に何人もいるだろう。だがルキアーノの身近にその特徴にぴったり合う男がいる。年頃も、よく見てみればこの男と同じくらいではないだろうか?ルキアーノの反応に枢木卿は少し目を細めてルキアーノを見つめる。ルキアーノは考える、枢木卿が言っている人物がルルーシュだとは限らない。ただ条件が揃っただけではないだろうか?しかし何かが引っかかる。枢木卿はこの前のパレード日にその男を見かけたと言っていた、ちょうどその日ルルーシュは誰かに追いかけられたと言っていた。確か茶髪の、日本人か中国人。枢木卿の見た目とも合う。ただの偶然、なのだろうか?ルキアーノは少し考えたあと首を横に振った。

「残念だが、見ていないな」
「そうですか…呼びとめてしまいすみません、では」
「ああ、ちょっと待て。その男、なんという名だ?」

去ろうとしていた枢木卿の足がぴたりと止まる。枢木卿は少し迷ったあと、小さな声でポツリと呟いた。

「彼の名前は、ルルーシュです」
「ルルーシュ…」
「もし見つけたら私に連絡を。…では」

枢木卿は逃げるようにルキアーノを置いて去って行った。ルキアーノはその背中を見つめながら、枢木卿が告げた名前を何度も頭の中で繰り返していた。ルルーシュ。黒髪で紫の瞳の男。まるで、あのルルーシュではないか。もし枢木卿が探している男がルルーシュだとしたら、ルルーシュが記憶喪失になっているのを彼は知らない。そして枢木卿のこともルルーシュは覚えていない。

(どういうことだ?)

枢木卿の探すルルーシュとルキアーノの知るルルーシュ。その人物が同一人物だという可能性は高い。だがしかし不可解な点が多い。ルルーシュはリフレイン漬けにされていたところをルキアーノが見つけた。枢木卿の友人だとして、何故ルルーシュがそのような場所であんな状態になっていたのか。枢木卿はパレードの日にルルーシュを見かけたと言っていたが、ルルーシュ走らない男に追われたと言っていた。この矛盾はどういうことだ?ルキアーノは先ほど似た特徴の男を知りながら見ていないと枢木卿に告げた。それは、ただ何となく、ルルーシュのことを口にしたくないと思ったからだ。たとえそれが枢木卿が探している彼の友人だったとしてもだ。もちろん、もしかしたら名前と特徴の一致した別人なのかもしれない。しかしそうだったとしても、何故かルルーシュの事を言うのは嫌だとルキアーノは思った。もしかしたらルルーシュを”取られてしまう”と、一瞬そんなことが思考をよぎったのだ。

「…ルルーシュ、か」

不思議な男だ。ただの拾った猫だと思っていたのに、いつの間にかルキアーノの心にルルーシュという存在が居座っている。ルルーシュとのこの関係、生活がいつまでも続くなんて思ってはいない。でもこの状態が何故だかルキアーノは気にいっていた。だから、この状態を壊すかもしれない枢木卿にルルーシュの存在をつい隠してしまった。もし、枢木卿がルルーシュを見つけた時に責められるだろうか?知っていたのに隠していたことを、彼の友人の身を女代わりとして抱いていたことを。それはそれで面白いかもしれない。

「ははは、ハハハハッ!」

思わずルキアーノは声を上げて笑った。ゼロなんかよりも、よっぽどこちらのほうが面白い。ルキアーノの笑い声は廊下に響き、まるで空気に隠れるかのように消えた。






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逃げるるーしゅ。