いっそのこと何もかも話してしまえれば。そう思う時がある。心の中に溜まっている気持ちだとか願いだとかを全て言葉に乗せて伝えてしまいたいと。分かっている、それはただの妄想なんだと。伝えたところで劇的に何かが変わると言うことはないし、だいたい、ソレは受け入れてもらえるものではないのだから。最終的な目的が一致していても、それに至るまでの手段や方法が違っていたら衝突するのは当たり前だ。互いが互いの手段を納得できるわけがない。だから、もどかしい。手を組めばきっとそれは完璧になるのに、選んだ道が違うだけで、手を組むことができなくなる。並んで歩むことすら、できないのだ。恐らく自分達は、遠回りをしていると思う。何故ならお互いに背を向けて逆方向に歩いているというのに、目指す場所が同じだからだ。戻る道を断ち切ってしまったからこそ、もう、進むしか道は無いのだ。もういくら手を伸ばしても、触れ合うことはできないのだ。 「そうそう、そうなんですよ。だから私、全然分からなくって…」 「そうだよなぁ?俺なんていっつも当てられてばっかでさぁ」 「私の時もそうだったわぁ、あの先生はちょっとねぇ」 不自然であり、自然だ。ルルーシュは手の中の携帯を転がして弄びながら、ふとそう思った。生徒会室は暖かな陽気に包まれ、楽しげな会話が空気を震わせている。他愛のない、取りとめも無い、至って普通の会話。しかし、それが今のルルーシュには心地よい。書類整理といいつつも皆、会話に夢中で手は止まっている。ルルーシュは皆の会話に相槌を打ちながら口元に笑みを浮かばせ、しかし話の内容については考えていなかった。今この時の平和を大切にしたい、という気持ちがルルーシュを無意識にそうさせてしまっているのかもしれない。ルルーシュが皆の顔をぐるりと見渡しいると、正面に座るスザクと目が合った。まるで静電気が起きたかのような小さな衝撃にルルーシュは少しだけ目を大きくさせる。スザクも驚いたようで唇がぴくりと動いた。けれど目が合ったのは一瞬のことで、すぐにスザクはルルーシュから視線を外してしまった。 「それで、スザクはどう思う?」 「えっ?ああ、うん。そうだな、僕もあんまり勉強は得意じゃないから…」 「にしたってよ?あの先生の問題の出し方はちょっとやらしいわよねぇ」 「会長、やらしいって…」 「あーら、ちょっと言い方がおかしかったかしら?」 「シャーリー、そうやって言うと会長が調子に乗るだろ?」 「ああん!ルルーシュちゃんったらひどぉい!」 ぶんぶんと頭を振ってミレイが泣き真似をする。それをまたリヴァルが慰める真似をして、ルルーシュはしょうがないというように小さく息を吐いた。ルルーシュの隣でロロも控えめに笑っている。なんてことない日常、なんてことない風景。それだけで、胸が痛くなる。ルルーシュは会話を続ける皆から視線を外し、窓の外を見た。広がる青空は透き通るような爽やかなスカイブルーを何処までも伸ばしている。例えば今この生徒会室の様子を一枚の写真に撮ったとしよう。何も知らない人にその写真を見せてみれば、きっと誰もが言うだろう。楽しそうに会話をしている学生達の写真だね、と。写真に写る一人の生徒がテロリストだと、誰が思うだろうか。写真に写る一人の生徒が帝国の騎士だと、誰が思うだろうか。写真に写る生徒達が記憶を操作された者達だと、誰が思うだろうか。写真に写る二人の生徒が殺し合いをしている者達だと、誰が思うだろうか。 「これだからルルーシュは!これでモテてるんだから不思議だよなぁ。なあスザク?」 「うーん、どうだろうね?ルルーシュがモテるのはいつものことだから…」 「お前までそんなことを言い出すのか…全く」 仮面を貼り付けたままでの会話にはもう慣れてしまった。最初こそ動揺してしまわないかと心配をしていたのだが、いざこうして見るとルルーシュが思っていたよりもスザクとの関わり合いは苦ではなかった。学校では自分はただのルルーシュだ。そう言い聞かせているうちに、本当にそう思うようになってしまったのだろうか。学校の中だけは、ゼロでもなくルルーシュ・ヴィ・ブリタニアでもなく、ルルーシュ・ランペルージとして。スザクも敵ではなく、ただの昔からの友人として。本当ならばもっと警戒をしなくてはいけないのだろう。いつ、何が起こるか分からない。戦況は毎日変わるものなのだ。昨日も昨日とて黒の騎士団とブリタニア軍は租界郊外のゲットーで一戦を交わした。そこにスザクは居たし、ルルーシュも居た。だというのに、今日、まるで何もなかったかのように顔を合わせている。本当に何もなかったかのように。ああ、いっそ本当に何もなかったらよかったのに。戦いの傷はルルーシュの身体にしっかりと残っている。それを隠しながらもルルーシュは、ひたすら、ルルーシュ・ランペルージであり続けた。ルルーシュは、無理をしてまでランペルージになろうとする自分が少し分からなかった。ゼロとして仮面を被ってしまえば割り切れたものを、ルルーシュは、学校に居る時だけはランペルージでいなければいけないと思っている。それは別にスザクに疑われないためにだとかそんな策略ではない。ただルルーシュ自身が、この平和が続くアッシュフォード学園に居る時だけはランペルージで居たいと望んでしまったのだ。それがどれだけ愚かなことか、ルルーシュ自身もよく分かっている。分かっているが、それを曲げることはできなかったのだ。 「あれ、ルルーシュどうしたの?」 「…ああ、スザクか。お前こそどうしたんだ」 時刻はもう夕暮れ時だ。ルルーシュは誰もいない教室の窓際に立ち、何をするわけでもなく外を見つめていた。スザクが入ってきてもルルーシュはそのスタイルを崩さず、スザクをチラリと見てからすぐに視線を窓の外へ持って行った。パタパタと歩くスザクの足音を聞きながら、ルルーシュは腕を組む。スザクは教室の一番後ろの机の中から携帯電話を取り出した。 「携帯忘れちゃって、よかったまだここにあって」 「携帯なんて大切なものを簡単に忘れるなんてな」 「授業中にチラっと見て、そのまま机の中に入れちゃうことってない?」 ハハハと笑いながら、スザクはルルーシュの隣に並んだ。ルルーシュの視線の先を追うようにスザクも窓の外を見つめる。ルルーシュはそんなスザクの横顔を横目で盗み見た。特に意識しているわけでもない、いつも通りのスザクの顔。それが少しだけ怖かったのだ。スザクがもし自分を追い詰めようとしているのなら、このような二人きりのチャンスなどには必ず何かを仕掛けてくるはず。だというのにスザクが復学してから、一度もそういうことがなかった。ゼロについてかまをかけてきたりもしないスザクに変な不安ばかりが膨らんでしまう。何もなさすぎる、普通のスザクだから。まるでまだ何も知らなかった頃のスザクのような行動にルルーシュは密かに心を揺さぶられていた。どうしてそんなに平然としていられるのだと、思わず聞いてしまいそうになる。自分達が今までどれだけ戦ってきて、そして今でも戦場では命を削り合っている存在だというのに。ルルーシュは何となく分かっていた。スザクは復活したゼロは自分だと気付いているということを。気づいていて尚、何もしてこようとしないスザクが不気味だったのだ。 「ここから見る風景」 「…ん?」 「あんまりちゃんと見たことなかったから、何だか新鮮だなぁって」 「去年と似たようなものだと思うんだが?高さが違うだけだろ」 去年使っていた教室は今居る教室の真上にある。なので新鮮だと言っても、高低の差ではないだろうか。ルルーシュがそういうとスザクは苦笑いをしながら肩をすくめた。確かにそうだねと呟いたスザクの一言は、とても寂しそうに聞こえた。ルルーシュは訝しげに眉を顰めたが、何も言えず、同じように景色を眺めることしかできなかった。異様な空間、異様な状況。のはずなのに、空気はやけに穏やかだ。本当に自分はこの男と殺し合いをしているのだろうかと思ってしまうほど、流れる空気は暖かいものだ。心の奥には冷たいものが凍ったまま存在しているはずなのに、そんな冷たさなど感じさせない、この空気はいったい何なのだろうか。 「そういえば明日、今度のイベントの衣装が届くらしいよ」 「今度のことは会長にまかせっきりにしてしまったからな、どんな衣装を用意されていても文句は言えないな」 「また女装だったら嫌だね?」 「フ、まったくだ」 穏やかな会話、穏やかな笑い。まるで昔に戻ったようなそれにルルーシュは何故だか涙が出そうになった。もう二度と感じることのできないものだと思っていたのに、こんな仮初の上で感じることになるなんて。そう思ったのだ。 (…スザクは、) どういうつもりなのだろうか。こうやって笑いあっていても、その表情の裏ではこんな自分を嘲笑っているのだろうか?しかし、それならばわざわざ慣れ合うような行動をスザクを起こさないはずだ。これも何かの作戦か、それともただの気まぐれなのか。どちらにせよ今のルルーシュには何も対抗する術がない。今はランペルージなのだから、ランペルージでなければいけないのだから。ルルーシュがキュッと指先に力を入れたその時、スザクの携帯が震える。それは着信だったようで、スザクはルルーシュにちょっとごめんと断ってから電話に出た。 「…はい、そうですか。分かりました、では今から…」 ルルーシュと話していた時とは声色の違う、真面目なスザクの声。固いその声色を聞いてルルーシュは、ゼロを責めるスザクを思い出した。スザクがゼロを責める時、いつもこのような固い声を出す。いつもの柔らかな声とは正反対のそれはルルーシュの心に深く突き刺さり、いつも息ができなくなりそうになる。普段柔らかな声を聞いているからこそ、だとは思うのだが。スザクは電話を切り、すまなそうに眉を下げた。 「ごめん、これから軍の方に戻らなきゃいけなくなっちゃった」 「何故謝る必要があるんだ?ナイトオブラウンズだってそんなに暇なものじゃないだろう」 「うん、そうなんだけどね…」 名残惜しそうなスザクの表情にルルーシュは胸が締め付けられる。ああ、だから何でそんな表情をするのだ。ルルーシュは動揺が顔に出そうなことに焦り、いいから行って来いとスザクの背を押そうとした。しかし、そのルルーシュの手はスザクによって掴まれてしまった。パシンと音が鳴るほど速い速度で掴まれた手首にルルーシュは驚いて肩を揺らした。思わず息が止まり、掴まれた己の手を凝視してしまう。ルルーシュが恐る恐る視線を上げれば、真剣な眼差しのスザクと視線がぶつかった。 「スザク…?」 鼓動が速くなりそうなのを抑え込み、ルルーシュは首を少し傾ける。ここに来てようやく何かをするつもりなのだろうか。けれどもスザクはルルーシュの手を掴んだまま何も喋らず、ただジッとルルーシュを見つめている。深い緑色の瞳からルルーシュは逃げることができなかった。まるでそれに囚われてしまったかのように、目線を外すこともできない。スザクはルルーシュの手を掴んだまま、何かを言うように口を開く。しかし唇から言葉が紡がれることは無く、結局、ふるふると震えた唇は閉じてしまった。スザクはルルーシュの手を離し、一歩後ずさる。一度俯いてから、顔を上げて微笑んだ。 「行ってくるね」 その表情に、ルルーシュはハッとする。出口へ小走りで向かうスザクの背を呆然と見つめていたが、ルルーシュはスザクが出て行く直前、声を上げた。 「スザク!」 スザクが足を止め、振り返る。何だというように首を傾げたスザクに、ルルーシュは先ほど掴まれた手首を押さえる。思わず呼び止めてしまった自分の行動にルルーシュは皮膚に爪を立てる。ルルーシュはゆるゆると揺れる瞳を彷徨わせた。口の中が急速に乾いて、舌がもつれそうになる。温かい空気が冷たいものに変わりそうな雰囲気に、ルルーシュは肩を下げ少し俯きながらもスザクの目を見た。 「…また明日、な」 なんてことのないただの挨拶。だというのにルルーシュの心臓は早鐘を打っていた。皮膚に立てていた爪が更に食い込む。口調は穏やかだというのにルルーシュの顔は必死の形相を浮かべていた。スザクは少しだけ目を見開いたあと、柔らかく微笑んだ。 「うん、また明日」 走り去るスザクの足音を聞きながら、ルルーシュはその場に座り込んでいた。じんわりと浮かんだ汗が額から顎に伝わり、床に落ちる。ルルーシュは胸のあたりを押さえて唇を噛んだ。分かっているはずだ、もう元には戻れないと。分かっているからこそ、この茶番が胸の傷に酷く沁みる。この場所だけでも守りたいという気持ちは、スザクにもあったようだ。それとも、まさかスザクも自分と同じように、心のどこかで後悔でもしているのだろうか。引き金を引いてしまったことを。だから、スザクもこの場所でだけはナイトオブラウンズではない、ただの枢木スザクになろうとしていたのだろうか。それはとても悲しいことでとても滑稽だということを分かっていながら、同じように仮面をつけるつもりか。馬鹿だな、スザクは。そんなことをしたって、もう。…いや。 「馬鹿なのは…俺の方か」 ルルーシュの呟きをかき消すように、今度はルルーシュの携帯が鳴る。見れば、今夜リフレイン密売組織へ奇襲をかける作戦のことについてのメールだった。ルルーシュはそれを流し読みしてから携帯を仕舞う。立ち上がり両手で前髪を掻き上げて目を瞑った。ここと、そこでは違うのだ。だから。 「また明日…か」 いっそのこと明日なんて来なければいいのに。 ブリタニア兵の乗っていたナイトメアを一機、潰した。上から数台のナイトメアで飛び乗って圧死させたのだ。本来ならば殺すつもりはなかった。目的だけ遂行して、さっさと引き上げる予定だった。しかし予想外のポイントに一機ナイトメアが居たため、已む無く殺した。そう、已む無く。黒の騎士団の中で誰もそのことについて心に残している者など居ないだろう。顔も見えなかった相手、ただナイトメアという”玩具”を壊しただけのつもりの者が多いのだから。正義のためのそれであっても人殺しは人殺しだ。それを分かっていてルルーシュはそれを行っている。いや、分かっているつもりでいる。いつまでも本当はケジメをつけられずにいるのを隠しているだけだ。人殺しじゃないと否定したい自分と、それは事実だから仕方ないと受け入れる自分が心の中で衝突し合う。ナイトメアは、便利な玩具だ。人を殺す感覚が伝わってこない。ただ固いそれを操作するだけで、簡単に人が殺せてしまうのだから。 「っ…は、ァ…!」 朝から目眩がする。照明は明るさを保ったままなのに、視界は暗くなったり眩しくなったりを繰り返している。酸素は十分すぎるほどあるというのに息苦しくてしょうがない。ルルーシュは座ったまま身を守るように小さく丸まった。静かすぎる倉庫、倉庫と言ってもただの教室。生徒会室の隣にある、資料やこれまで使った学校の備品を置いておく部屋。廊下側からはいつも鍵がかけられていて、生徒会室に入らないとこの部屋には入れない。今は授業中、生徒会室に来る人間もいない。そして何よりここには、あの監視カメラがない。今更カメラに映ったとしてももうあの場所に居るものは掌握しているため特に障害にはならない。けれども、何故だか隠れたかった。弱い自分を見せたくなかった。今日は特別おかしいだけだ。日頃の疲れがたまって限界がきてしまったのだろう。少し休めば、大丈夫。また人を殺せるようになる。だからそれまで。 「…ルルーシュ?」 「っ!?」 降って来た声に、ルルーシュは顔を上げた。幻覚かと思ったが、そこにはスザクが居た。スザクは座りこんだルルーシュを見て少し驚いた顔をして駆け寄ってくる。どうかしたの?という優しい声に、ルルーシュは指先が震えた。 「どうして、お前が?」 「僕、今学校に来たばっかりなんだ。途中から授業に行くのも迷惑かと思って、生徒会室で待ってようと思ったらここの扉が開いてて…」 「そう、か…」 ルルーシュは無意識のうちに肺いっぱいに吸い込んでいた空気を吐き、横に座っている状態から膝を立て抱える様な体勢に変えた。スザクはルルーシュの横に腰を下ろし、埃っぽい部屋にケホと小さな咳をする。 「サボり?」 「…まあ、そんなところだ」 「せっかく学校に来てるのに授業に出ないなんて勿体ないよ」 「いいだろう、たまには」 「君の場合、たまにじゃないから言ってるんだよ」 それもそうだなとルルーシュが思わず笑えば、スザクもつられたように笑い声を漏らす。物が溢れかえる教室の中で、肩が触れ合うほどの距離で座り笑い合う。まるで隠れ家で遊ぶ子供のような気分だ。ハハハと乾いた笑い声がだんだんと止んでいき、静寂が訪れる。空気の流れる音が聞こえるのではないかと思うほどの静けさの中、ルルーシュは心許無げに指先を弄る。何か話したほうがいいのだろうかと柄にもなく戸惑っていると、じぃっと突き刺さる様なスザクの視線を感じた。ルルーシュがスザクの方を見れば、スザクはルルーシュの顔のある一点を凝視している。 「ルルーシュ、唇切れてる」 「は?」 「端っこのほう、赤くなってるよ」 つい唇に触れて確認してみるが、そっちじゃないもっと下だの場所が分からない。なかなか場所を特定できないルルーシュに痺れを切らしたのか、スザクがルルーシュの指先を掴んで傷口に触れさせる。ルルーシュは指先にぬるついた感覚と唇に少し鋭い痛みを感じて眉を顰めた。どうやら無意識のうちに唇を噛んでいた所が切れてしまったようだ。 「血、出てる」 「噛んでしまったみたいだ」 「痛い?」 「いや…」 忘れているのか、指を掴む手を離さないスザクにルルーシュは恥ずかしくて視線を逸らす。気にし出すと唇の痛みは何だか大きくなり、舌で傷口を舐める。チロチロと舌先で傷口を拭えば微かな鉄の味が舌の上に広がる。薬はあっただろうかとルルーシュが思案していると、突然、スザクに両肩を掴まれた。骨格を掴む様な強い手にルルーシュが肩を跳ねさせスザクを見る。何だよ、そうルルーシュが言う前にスザクの唇はルルーシュの唇の傷に触れていた。 「な…ッ、っん…」 猫が毛繕いをするようにスザクの舌がルルーシュの傷を舐める。驚いたルルーシュが顔を引いても、それを追うようにスザクは顔を近づける。ルルーシュは抵抗も忘れひたすら顔を反らしていたが、ぐいぐいと迫ってくるスザクにバランスを崩して後ろへ倒れ込んだ。必然的にスザクがルルーシュの上に圧し掛かるようになり、いつの間にかスザクの唇はルルーシュの傷口から唇全体へと移動していた。啄ばむ様な口付けにルルーシュは苦しげに眉を寄せる。スザクの体重で圧迫された肺が酸素を求め、ルルーシュの胸が上下する。女性のようにふっくらとした唇でもないのに、スザクは必死にルルーシュの唇を食む。 「…ッ、ふ、ン…!」 久しぶりのそれにルルーシュは息が上がりそうになる。隙間を埋めるような口付けなのに性的なものは一切感じられなかった。それどころか子供が甘えを乞うているような、透明な口付け。慰め合うように唇を重ねていたが、ルルーシュは背中に走った痛みに我に返った。スザクの後ろ髪を鷲掴み、無理やり引き剥がす。背中の痛みは、昨夜の戦闘で打ち付けた傷の痛みだった。ルルーシュは涙目になった瞳でスザクを睨んだ。 「何をするんだ!俺達は…!」 勢いでそこまで言って、ルルーシュは言葉が出なかった。俺達は、その後に続く言葉がすぐに出てこなかったのだ。俺達は、男同士だろう?違う。俺達は、友達だろう?…違う。俺達は、敵同士。だろう。それが分かった途端、ルルーシュは涙が溢れそうになった。何が悲しくて涙が出るのか分からない。言葉にできない感情が胸の中で暴れていた。息苦しさは増し、ルルーシュは顔を横に背けた。未だルルーシュの上に乗るスザクに顔を見られぬように。 「違うよ、ルルーシュ」 スザクのその一言に、ルルーシュは息を止める。恐る恐る視線を上げて見れば、スザクもまた苦しげな表情をしていた。ルルーシュは呆然とスザクを見上げ、自分の顔のすぐ隣で立てられている両腕に触れた。 「スザク…なあ俺には分からない。どれが本物で、どれが嘘なのか」 「僕にだって分からないよ。特に、君のことが」 「俺はただ…ッ、ただ、お前と!」 感極まってルルーシュの瞳からとうとう涙がこぼれ落ちた。まるで真珠のネックレスが切れてしまったように、ぼろぼろと雫のような涙が白い肌を滑り落ちる。喉が引きつり、上手く言葉を紡げないルルーシュの瞳にスザクは口付ける。たったそれだけのこと。それだけのことなのに、ルルーシュの胸は酷く締め付けられた。ただ互いに、この場所では嘘をつきたくなかったのかもしれない。この場所でだけ、心を開きたいと思ったのかもしれない。しかしそれは今まで重ねてきてしまった罪のせいで素直にできないことなのだ。そして、例え素直になれたとしても。何も。変わらないことなのだ。刻みを止めない時間のようにもう戻ることのできない絆を、今更どうして求めているのか。ルルーシュは唇を寄せてくるスザクの頭を掻き抱いた。こんなことでしか心を通わすことができなくなった自分達がとても可哀想に思えたのだ。ここを離れ、互いに手の届かない場所に行けば、殺し合わなければいけないのに。いつだって、こんなにも穏やかな平和を壊すのは。 (俺だ) ---------------- 最初で最後の人であってほしい。 |