※いろいろとパラレル
・ロロもナナも実の兄妹
・ギアス無し テロ、植民地、ナンバーズなども無し
・若干R2SE2の内容アリ


副会長のルルーシュ・ランペルージは品行方正で容姿端麗だが、彼に近づくと不幸になる。それがアッシュフォード学園の生徒が入学してまず最初に知る学校の裏ルールであった。新入生などはそれこそ最初は信じなかったがそれも一ヶ月もすれば、信じない者はいなくなっていた。ルールを信じようとしなかった生徒が興味本位でルルーシュに近づくとそれは必ず起こったからだ。ルルーシュと接触したあと必ず不幸に見舞われる。ある人は交通事故に遭ったといい、ある人は家族の誰かが原因不明の病で倒れたり、ある人は絶対に割れる筈のなかったガラスが割れて失明をしかけた。一度だけなら偶然かもしれないと誰もが思うが、一度だけではないから裏ルールができてしまったのだ。ルルーシュと一緒に居れば、外だったら上から植木鉢は降ってくるわ、室内だったら触っても居ない椅子が独りでに壊れるわ、階段だったら見えない何かに足を取られて下に落ちるわ、体育館だったら器具が全て使えなくなるわ。しかしそんな不幸も、ルルーシュから離れればパタリと止むのだ。植木鉢はもちろんガラスも降ってこない。偶然というにはタイミングは全て良すぎた。ルルーシュ自身に問題があるわけではない、ただ運命の悪戯だというのか、とにかく学園の生徒は皆ルルーシュに近づかないようにした。

『不幸が訪れるだなんて、そんないい加減なものを信じるのか君たちは』

教師はくだらないと鼻で笑う者が多かった。しかし授業中に使っていたパソコンがいきなり切れたり、実験をすれば薬品は間違えていないのに爆発が起こったりすると、薄気味悪いとルルーシュを避ける教師も出始める。ルルーシュの数少ない友人達は気にするなと言うが、その友人達もルルーシュの不幸にはよく巻き込まれているから気休め程度の励まししかかけられない。何故そんなルルーシュが副会長かというと、ルルーシュの友人に含まれる生徒会長のミレイがそう決めたからだ。ミレイの右肩には大きな傷がある、ルルーシュの不幸を受けた痕だ。ミレイがルルーシュを生徒会に誘おうとした時、突然割れた教室の窓ガラスによってできた傷。何かがぶつかったわけでもないのに割れた窓ガラス。誰もがミレイの怪我はルルーシュに近寄ったせいだと言ったが、ミレイはそれを真っ向から否定した。

『何が不幸よ。ルルーシュが何をしたって言うの。彼は何もしていないじゃない、私に触れてもいないのに、どうしてルルーシュのせいだと言うの?』

不幸は誰かから影響されて起きるものではない、そう言ってミレイは戸惑うルルーシュを生徒会へと迎え入れた。幸いにも、生徒会のメンバーは皆優しい人間だった。この学園で例の裏ルールを知らない生徒はいないというのに、普通の生徒のようにルル―シュと接してくれた。やはり、生徒会室の電球が割れたり、原因不明のラップ音が聞こえたりと不気味なことは起こった。ルルーシュは学校の裏ルールも自分と居ると不幸になってしまうということを自分でよく理解していたので、優しくしてもらったからこそ生徒会メンバーとあまり会わないようにした。書類仕事も皆が帰ってから一人でやり、行事イベントなどは絶対に表仕事には出ず裏方で人と関わり合いのない業務的な仕事をする。せっかく生徒会に入ったのにルルーシュと会えないと生徒会メンバーは嘆いてくれたが、残念だと思ってくれただけでルルーシュは幸せだと思った。ルルーシュは常に一人だ、誰かといるとその人を傷つけてしまうから。だから休み時間などは図書室の隅で大人しく本を読んだり授業も大事な実験などがある日は自分の不幸のせいで失敗しないようにとわざとサボった。最低限の授業には出て、あとはサボって屋上へ行ったり街へ賭けチェスをしに行ったり。普通に考えたら素行の悪い生徒で進級も考えものだが、ルルーシュのその不幸のことを知っている学園側は黙認するしかなかった。ただ最低限のことをして、何も問題を起こさなければいい。そう考えているのだろう。学園側から何か言われなくてもルルーシュはそのことを感じ取っていたし、寧ろこのような自分を置いてくれるだけでもありがたいのだ。中学の時はあまりに周りの被害が大きすぎて学校には来るなと言われてしまった。アッシュフォード学園の対応は寛大なほうなのだ。

不幸を招くルルーシュを皆は疫病神と呼んだ。




バリンと大きな音を立てて割れたコップに、ルルーシュはまたかと顔を上げた。誰もいない生徒会室、もうとっくにみんなは帰っていて窓の外には夕陽が射している。ミレイが置いていってくれた書類仕事をしていたところ、テーブルの中央に置いていたはずのコップがいつの間にか床に落ちて割れていた。ルルーシュが先ほど時計を確認した時には確かに目の前にあったコップが、今は遠く離れた反対側のテーブルの下で粉々に砕けている。テーブルを揺らしたわけでもなく、場所を移動させたわけでもないのに。何故と疑問に思うのはもう何度も思い過ぎて、ルルーシュはしぶしぶ重い腰を上げた。割れたコップの中には何も入っていなかったが、破片を残しておくと誰かが怪我をするかもしれない。

(せっかく今日は珍しく何もなかったというのに・・・)

今日は本当に珍しく何も起きていなかった。ルルーシュが今日の一日の授業のほとんどを屋上で過ごしたから人との接触がなかったからでもあるが、それを抜いても日常でよく起こっていた不可解な不幸が今日は何も起きていなかった。朝はきちんと家の扉は開いたし、昼は屋上に居ても雨は降らなかったし、夕方生徒会室に行く時もすれ違った誰かが怪我をすることもなかった。だから、今日はもしかしたら稀にある運のいい日かもしれないとルル―シュは思っていたのだが、どうやら運のいい日などありはしないだようだ。

(いや、しかしコップが割れた程度ならまだ軽いほうか)

砕け散ったガラスの破片を、ハンカチを使ってそっと集める。まずは手で取れるものだけ取ってコミ箱へ捨てた。何かが割れるということはしょっちゅうだったから生徒会室の隅には箒と塵取りが常備されている。それを使って細かい破片を取っていると、突然ピリッとした痛みがルルーシュの右手に走った。何かと思い見てみると、手の甲に5センチほどの赤い線。右手は箒を持っていた手でガラスの破片には触っていないのに、ルルーシュの手の甲にはガラスで切ったような切り傷ができていた。だらりと流れ出す血に、思わず悲しくなる。

(こんなこと、いつまで続くんだ・・・)

ルルーシュは己の不幸を呼び寄せる体質に自覚があった。いつからか、ルルーシュの周りにはよくないことばかり起こっている。それはルルーシュの母、マリアンヌの死を皮切りに始まった。当時ブリタニアと緊迫状態だった日本へ弟のロロと妹のナナリーと一緒に送られ、日本では歓迎されるはずもなく暗殺されかけそうになる。マリアンヌの後ろ盾だったアッシュフォード家に助けられるものの、暗殺未遂のせいでナナリーは目と足を、ロロは心臓に大きな障害を抱えることになった。日本は危なすぎるとルルーシュがブリタニア戻ろうとしたところ、自分達は既に死んだ者とされていたことが分かった。日本へ行く途中にテロリストの襲撃に遭い死亡、そんなニュースがルルーシュ達がブリタニアを出た直後に流れたのだという。ルルーシュはブリタニアが自分達を邪魔と思い、公式には死亡を見せかけて日本で暗殺をさせるつもりだったのだと考えた。ルルーシュは名前も帰る場所も失い、唯一の肉親であるナナリーとロロも思い障害を患ってしまった。アッシュフォード学園はマリアンヌとの個人的な繋がりがあり、過去の恩義でルルーシュ達を引き取ることになる。それからルルーシュはルルーシュ・ランペルージとして生きることとなった。手の傷を押さえながらルルーシュはふと思い出した。

(そうだ、明日はロロが一時退院する日だったじゃないか。家の片づけをしておかないと・・・)

ロロとナナリーは現在治療のため病院で入院をしている。できれば学校へ行かせてやりたいと思っているのだが、二人の身体がなかなか良くならないのだ。週に何度か病院へと見舞いに行くのがルルーシュの楽しみである。できれば毎日でも行ってやりたいくらいなのだが、不幸を招く自分が病院に何度も言ったら周りに被害がでないとも限らないのであまり頻繁には行けない。先月あたりから調子のいいと言っていたロロが一時帰宅を貰えたとの連絡が入ったのは先週のことである。ナナリーは残念ながら足の調子がまだ悪いからと帰宅の許しは貰えなかった。ロロとナナリーはアッシュフォード家の気遣いで同じ病室に入院している。ロロだけ帰るというのはナナリーが寂しがるのではないかとロロとルルーシュは思ったがナナリーはいいんですと笑った。

『私の代わりに、いっぱいお兄様とお話ししてきて下さいね』

ナナリーの可愛らしい笑顔がルルーシュの胸を締め付けた。ルルーシュは時々思うのだ、ナナリーとロロのことももしかしたら自分のせいなのではないのかと。暗殺未遂の時だって、逃げる計画は完璧だったのに不幸が重なりナナリーとロロを傷つける結果となってしまった。病院からナナリーとロロの病態が悪くなったと連絡が来るたびに、ルルーシュは傍にいてやりたいという気持ちを必死で抑えて代わりにミレイに病院へ行ってもらう。自分が言ったら絶対に状況が悪くなる、そう思っているからだ。ルルーシュがいかないと必ずと言っていいほど病態は回復する。一番傍に居てやりたいときに傍にいてやれないことがルルーシュは辛かった。

(今日はもう・・・帰るか・・・)

暗いことを考えていたら気分が悪くなってしまった。書類はあと少し残っているが、明日授業をサボってやればいいだろう。ルルーシュはガラスの破片を完全に片付けると棚にあった救急箱を取り出した。保健室にはやはり行けないから手当は自分でしなければならないのだ。ルルーシュはよく怪我をする。今は制服に隠れている身体にはいくつもの傷痕があることを知っているのは、今のところ生徒会長のミレイしかいない。ルルーシュの招く不幸はルルーシュ自身をも脅かす。どうせ不幸が訪れるのなら周りは関係ないから自分だけにその不幸が降りかかればいいのに、そう思い救急箱の蓋を開けたルルーシュは絶句した。救急箱の中に入っていた消毒液や薬の瓶が全て割れていたのだ。絆創膏やカーゼなどもビリビリに破かれている。

「なんで・・・」

この救急箱はつい昨日新しく変えたばかりなのだ。前に使っていた救急箱はいつの間にか棚から落ちていて壊れてしまっていたため、誰かに気づかれる前にルルーシュがこっそり買い替えたのだ。買い替えてから誰も救急箱を使っていないはずだ、なのに救急箱の中身は全て壊れている。生徒会のメンバーしか使わない救急箱はこの生徒会室に置いてあり、生徒会メンバーが居ない時は鍵が掛かっている生徒会室に誰か入って救急箱の中を荒らしたとは考えにくい。だとしたら、いきついた答えにルルーシュは顔をくしゃりと歪ませた。これも、自分のせいなのだと。

「もう・・・嫌だ・・・」

ぐちゃぐちゃになった救急箱を持ったまま棚の前で立ち尽くす。思わず漏れた苦しみの言葉は、誰にも聞かれることなく室内に響いて消えた。目頭がカァっと熱くなってきていることに気づいて、涙を飲み込もうと我慢する。ふるふると震えだした両手で救急箱を握りしめ、誰にもぶつけられない悲しみにルルーシュは目を瞑った。その時である、生徒会室の扉が突然開いた。

「あれっ」

声に驚いてルルーシュが振り返ると、そこにはふわふわとした茶色い髪の男が立っていた。着ているものはここの制服だがその男の顔にルル―シュは見覚えがなかった。自分のクラス以外の生徒の顔などろくに覚えていなかったから違うクラスの生徒だろうか。茶色い髪の男は手に小さな学生鞄を持ったまま、驚いた様子で辺りを見回している。

「おかしいな、ここじゃなかったのかな・・・」

独り言をもらすその男の目にルルーシュが映る。ルルーシュが居たことに気づいていなかった男は、ルルーシュを見た途端にうわっと声を上げた。男のリアクションに眉を顰めながら、生徒会室になんのようなのだろうとルルーシュはその男の方へ身体を向けた。

「あの、何か用ですか?」
「いや・・・あの、職員室ってどこですか?」
「・・・職員室は隣の棟の一階ですけど」
「え!ああ、そっか・・・」

職員室の場所も知らないのかとルルーシュが男を怪しげな目で見ると、その目に気づいたのか男はあははと苦笑した。こんな放課後まで残っているのなら何処かの部活の生徒なのだろうか。

「じゃあ生徒会長ってどこにいるか分かりますか?」
「生徒会長はもう帰りましたよ。何か用ですか?」
「いや、生徒会長にも挨拶をしなくちゃいけなかったから・・・」

どうしよう困ったなと頭を掻く男。違和感を感じる男の言動に首を傾げながらもルルーシュはあの、と声をかけた。

「何か伝言があれば伝えますけど」
「えっ・・・君は?」
「・・・副会長です。副会長のルルーシュ・ランペルージ」

良くも悪くも名前の知れ渡っている自分を知らない男にルルーシュは不信感ばかりが積もった。生徒のくせに職員室の場所は知らないし、副会長の名前も知らない。もしかしたら生徒の名を語る不審者かと思ったが、次の男の発言でそういうことかとルルーシュは納得した。

「そうだったんですか。あの、僕明日からここに入学することになった枢木スザクです」
「転校生?・・・ああ、あの」

何日か前に学園に転校生が来るとミレイから聞いたような気がする。同じ学年だというからルルーシュに連絡がいったのだろうが、たとえ転校生が来ようともあまり関係ないなと思っていたのですっかり忘れていた。転校生なら学校のことを知らなくて当然だなとルルーシュは安堵した。これで不審者だったりしたら自分だけで対応しきれる自信がない。

「書類を届けに来たんですけど、職員室の場所が分からなくって」
「職員室なら昇降口のすぐ横から行けますけど・・・」
「えぇっ!そうだったの?あはは、僕、方向音痴で・・・」

だからって隣の棟のしかも生徒会室に入ってくるなんて、ルルーシュは思わずくすりと笑ってしまった。恥ずかしいのか顔を赤くするスザクは、気さくで話しやすいタイプだ。これなら転校生でもきっと苛められたりしないだろうとルルーシュは心の中でホッとする。しかしこの男も今はこうして自分と話してくれるが、暫くしたら話す事などなくなるのだろう。あのことを知ってしまえば・・・。

「あの、ランぺルージさん・・・だっけ?」
「ルルーシュでいいですよ」
「そう?じゃあルルーシュ、よかったら職員室まで連れてってくれないかな?」
「え・・・」
「なんだか場所を教えてもらっても無事にたどり着ける気がしなくて・・・」

案内してもらえると助かるんだけどなとスザクが笑う。しかしスザクの提案にルルーシュは身を固くした。連れて行くということは一緒に行動するということになる。誰かと一緒に行動をするなんて、また相手を自分の不幸に巻き込んでしまう。どうせあと数日もすれば避けられるのだと分かっていても、目の前で嫌われるのは嫌だし傷つけるのも嫌だ。にこにこと笑うスザクを前にルルーシュは顔を俯かせた。

「・・・ごめん、それはちょっとできない」
「へ、どうして?」
「それは・・・」

どうしてと聞かれても答えることができない。ルルーシュは返す言葉を探すがどういえばいいのか分からず、そのまま黙ってしまった。二人きりの生徒会室に沈黙が流れる。普通の生徒ならば変に思ってそのまま退室するのにスザクは退室どころか何も言わずにルルーシュを見ている。事情があると察してくれと思うがスザクはルルーシュの答えを待っている。抱えていた救急箱を強く抱き、ルルーシュはぽつりと言った。


「俺は・・・疫病神だから・・・」


ルルーシュの言った言葉の意味が分からなくスザクは目を逸らすルルーシュにスッと目を細めた。

「それってどういう・・・」

スザクが聞き返そうとしたその時、ルルーシュの後ろの棚がぐらりと揺れた。パキンパキンと棚の足の部分から何かが飛ぶ音が聞こえ、ルルーシュが振り返るとまさに棚がこちらに向かって倒れようとしているではないか。棚は木製で、釘でしっかりと止めてあったはずだ。なのにルルーシュの足元には普通なら取れる筈のない棚の足部分を止める釘が転がっていた。ルルーシュは咄嗟に逃げようとしたが、足が動かない。何でと自分の足元を見ると、棚の下の影から白い手が伸びていた。

「ひっ・・・!」

真白な手がルルーシュの両足首をしっかりと掴んでいる。棚の下に人が入るスペースなど、いやその前にこの部屋に他に人などいないはず。だとしたらこの手はいったい何なのだ。フッと顔に影が射し、ルル―シュが顔を上げる。棚が倒れる瞬間であった。棚の上に置いてあった筆記用具の入った箱が開くのが見え、中にはいくつものハサミやコンパスなどが入っているのを思い出し、ルルーシュは悲鳴をあげることも忘れギュッと目を瞑った。持っていた救急箱から手を離し顔を覆う。

「危ないッ!!!」

真横から聞こえてきたスザクの声と共に、ルルーシュは身体に衝撃を感じた。ドンッと何かがぶつかった振動を肩に感じ、そのままルルーシュの身体は横へと飛んだ。自分の身体を温かい何かが包んでいると感じ、ルルーシュの身体はそのまま床へと倒れこんだ。ゴロゴロと床の上を何回転かし、遠くの方でガシャンと棚の倒れる音を聞く。一瞬の出来事に頭がついていかず、ルルーシュはしばらくしてから恐る恐る目を開けた。

「・・・っ!」
「だ、大丈夫!?」

目の前いっぱいに広がるスザクの顔。思わずびっくりして身体を仰け反らせると、そこでルルーシュは今どんな状況になっているのか理解した。スザクに身体を抱きかかえられて床に倒れている。ルルーシュを守るようにスザクの腕がすっぽりとルルーシュの身体を包んでいた。さっき感じた温かさの正体はこれだったのかとルルーシュは呆然とスザクを見た。助けられたのだと分かり、どうしてと思うと当時にまさかとルル―シュはサッと顔を青くした。

「お、お前こそ大丈夫なのかッ?怪我は!何処か怪我はしてないか!?」

スザクの下敷きになっているような体勢だが、ルルーシュはスザクの顔を掴んで問いかけた。揺さぶりながら必死に怪我はないかと聞いてくるルルーシュを錯乱しているのだと勘違いしたのかスザクは頬に触れていたルルーシュの左手をぎゅっと握る。

「僕は大丈夫だから、ね?」

ニコッとルルーシュを安心させるように笑ったスザクにルル―シュは怪我はしてないのだなとホッとした。だが、ルルーシュの頬にぺたりと落ちてきた雫にルルーシュは息が止まった。頬についた雫を震え始めた左手で触り、見る。真赤に染まった指先はその雫が血だと表していた。それは枢木スザクの首筋から流れ、顎を伝って落ちてきた血だと分かりルルーシュは絶望へ突き落された。また巻き込んでしまった。

「血、が・・・!」
「ちょっと首の後ろが切れただけだから大丈夫だよ」

痛くないからと言うスザクだったが、首の後ろなどもし深く切っていれば死にいたることもあるではないか。ルルーシュのすぐ隣に落ちていたハサミを発見し、その刃にべったりと血が付いているのを見つけてしまいルルーシュは泣きそうになり顔を両手で覆った。また自分の招いた不幸で誰かを傷つけてしまった、もしかしたら殺してしまうことだったかもしれない。そう思うと申し訳なくて涙が堪えられないのだ。いつもなら我慢できていた涙だったのに、先ほどの救急箱のことやその前に考えていたことで精神が追い詰められていた。初対面の人間の前で泣いてしまうなど恥ずかしいが、それでも涙はルルーシュの手の間を通り抜けて床へと落ちた。

「どっどうしたの?どこか痛いの?」

泣きだしてしまったルルーシュにスザクが慌てる。怪我をしたのかと心配するスザクにルルーシュは弱弱しく首を振った。

「違うんだ・・・あれは・・・俺のせいなんだ・・・っ」
「何を言ってるのさ、棚が倒れたのはきっと金具が緩んでたんだよ」
「そうじゃない・・・俺は、俺といると災いが起こってしまうんだ・・・!」

ルルーシュの言葉にスザクが目を見開く。まさかそんなことがと思っているであろうスザクにルルーシュはそのまま言葉を続けた。

「これだけじゃない、今までだって・・・何度も・・・」
「そんな、偶然だよ」
「偶然じゃないんだ!俺といるとみんな不幸になる、俺がいたら誰かが傷つく!だから、みんな俺を、疫病神・・・って・・・っ」

言葉にすればするほど胸が痛くなり、ルルーシュはそれきり言葉を発するのをやめた。愕然とするスザクの下ですすり泣くルルーシュは止まない涙に息を詰まらせた。ガタガタと震えるルルーシュの身体をさすってやりながらスザクは真剣な顔つきでルルーシュを見下ろす。ルルーシュを助ける時に投げた自分の鞄についていた、お守りが真っ二つに引き千切れていることにスザクは気付いていた。スザクはしばらく考えたあと、泣きづつけるルルーシュの頭を優しく撫でた。髪の毛に触れたスザクの手にルルーシュがビクリと身体を揺らす。

「ルルーシュは疫病神なんかじゃないよ」
「で、も・・・」

震える声で否定するルルーシュの顔を覆っていた手をスザクはゆっくり外した。現れたルルーシュの顔は涙の跡が酷かったが、それでも綺麗だった。ルルーシュの長い睫毛についた涙の雫を人差し指で掬い取り、スザクはジッとルルーシュの顔の"右後ろ"を睨んだ。

「悪いのはルルーシュじゃない。ルルーシュに憑いてる"ソレ"だよ」

ソレとは何だとルルーシュがスザクを見ると、スザクの視線が痛いほど自分の後ろへと注がれているのに気づいた。床に押し倒されているような状態なのでルルーシュの後ろは床だ。床に何かがあるのだろうかとスザクの視線を追ってルルーシュが目を動かすと、ルルーシュの目に飛び込んできたのは藁のように細い無数の小さい手だった。

「なっ・・・!?」

床とルルーシュとの間に出来た影から伸び出る白い手。ルルーシュの脳裏に先ほど棚の下で見たあの白い手を思い出したが、今見える手はさっきの手より何倍も細く、まるで赤子のような手だ。何十本もある腕がわらわらとひしめいている。鎌を持つ手もあれば何も持たずに宙を掴む手もある。どの手も大きさは二ミリから五ミリ程度で、大量の腕は遠くから見ると何か蟻のような虫が集まっているようにも見えた。ゾワゾワと背筋に悪寒を感じ、ルルーシュは思わずスザクにしがみついた。ルルーシュを支えながらスザクはその手達を観察するように見つめる。

「酷い怨念の塊だ、さっきの棚はこいつらのせいだ」
「そんな・・・何なんだこれは・・・!」
「悪霊だよ、低級だけどタチが悪い。一つ一つは弱いけど、集まると実体になることもあるんだ」
「悪霊って・・・幽霊なのかッ!?」
「うーん・・・幽霊とはちょっと違うかな。それよりも、早く消さなきゃ。どんどん大きくなっていってる」

ルルーシュが再びその手を見ると、先ほどより本数は少なくなっていたが一本一本の手のサイズが大きくなっていた。自分の背後から伸びる腕がルルーシュの髪をじわじわと侵す。肌にまで触れてきそうなその手にルルーシュは恐怖で動けなかった。スザクは手から目を離さないようにし、手探りで自分のポケットからある物を取り出した。経文と呼ばれるそれを見て、普通の人間なら持ち歩いていないだろう経文を何故スザクが持っているのか謎に思う。経文と一緒にブレスレットのような大きさの数珠も取り出し、それを手首にかけるとスザクは経文を開いた。一枚に繋がった紙がバラバラと落ちる。ルルーシュの頭から肩にかけてを紙で被すと、スザクは小さく息を吐いた。

「な、にをするんだ・・・?」
「ルルーシュはじっとしてて、これくらいだったら僕でも消せるから」
「消せるって・・・お前一体・・・」
「僕の実家は枢木神社、大丈夫、御祓いは何回もしてきたから」

そう言うとスザクは訳の分からない言葉をぶつぶつと唱え始めた。発音からして中国に由来する漢字というものの発音なのだろうが、日本語のできるルルーシュでもスザクがなんと言っているか分からなかった。言われた通りにじっとしていると、ルルーシュの視界の端を白いものが何度も横切った。見てみると先ほどまで元気よく動いていた手たちが苦しそうにもがいている。生きたまま焼かれた人間のようにバタバタと暴れるその様にルルーシュは冷や水を全身に浴びたかのような寒さを感じた。

「〜〜〜・・・ルルーシュ、目瞑って?」

呪文のような言葉を一旦止めてスザクがルルーシュに言った。言われたままにルルーシュは目を瞑ると、頭を撫でられたような気がした。目を瞑っているので確認はできなかったが、頭を撫でられたような感覚は確かにあった。頭を撫でられた、それだけでルルーシュはさっきまで感じていた恐ろしさが和らいだ気がする。できるだけ身体の力を抜いてスザクの言葉を耳にしながら待つ。だんだんと身体が軽くなっていくような感じがして、瞼の向こうが一瞬パッと明るくなったのが分かった。

「・・・もういいよ、目開けて」
「・・・は・・・っ・・・」

ルルーシュが目を開くと、もう手は無くなっていた。精神が洗われたかのように清々しく、ルルーシュは気付いたらまた涙を流していた。その涙に枢木スザクは今度は驚くことなく、ルルーシュの肩を叩いてやりながら経文を畳んだ。床に寝ていたままだったルルーシュの身体をスザクが引っ張り起こすとルルーシュは手で涙を拭いた。

「あ、ありがとう・・・なんだかよく分からないけど、身体が軽くなった気がする」
「そう、よかった。・・・でも、ルルーシュ、もしかして君は憑かれやすい体質なのかもしれない」
「なに・・・?」
「今祓ったばかりだというのに、君を狙って霊が集まりだしてる・・・。君の身体から、何か禍々しいものを感じるんだ」

宙を見回すスザクの顔つきは険しい。ルルーシュも辺りを見回してみるが、ルルーシュには何も見えなかった。霊などルルーシュは生まれてこのかた信じたことがなかったので、スザクの言っていることが本当かどうかは分からない。しかしあまりにも真剣すぎるそのスザクの目に只ならぬものを感じた。

「何か憑かれるような心当たりとかない?最近何かを壊したりしたとか、心霊スポットに行ったとか・・・」
「いや、何も・・・」
「そっか・・・。あのね、さっきも言ったとおりルルーシュが言っている災いはルルーシュのせいじゃないよ。さっき祓ったのはたまたま憑いてた霊だったみたいだけど、どうやらルルーシュの体には不幸を招く何かが憑いてるみたいだ」
「なっ・・・それは祓えないのか?」

不安げに瞳を揺らすルルーシュにスザクは唇を噛んで首を縦に振った。スザクは今までもいくつもの怨霊を見てきたが、ルルーシュの身体につく何かの正体が分からないのだ。ただルルーシュ背中辺りに黒い靄のようなものが見えるだけで、ルルーシュに憑くものの正体までは分からなかった。

「そんな・・・俺は何かに憑かれているというのか・・・?そのせいで皆は・・・」

憑かれているのは分かったが、それが分かったところでルルーシュは不幸を招いたのは自分だという考えは変わらなかった。霊のせいだと分かってしまい、そちらのほうがルルーシュにとって余計に苦しかった。

「ルルーシュのせいじゃないって、悪いのはルルーシュに憑いてる何かなんだから」
「でも俺が憑かれてさえいなければ、周りに不幸を呼ぶことなどなかった・・・やっぱり俺は疫病神なんだ・・・!」
「ッルルーシュ!」

自分のせいだと責めるルルーシュの名をスザクが怒鳴るように呼んだ。マイナス方向へ沈んでいたルルーシュの思考がその怒鳴り声によってピタリと止まる。ついでに身体の動きも止まった。何で怒っているのかとルルーシュがスザクの顔を見ると、スザクの顔は怒りというよりかは悲しみで歪んでいた。

(どうしてお前がそんな顔するんだ・・・?)

他人のことなのに、まるで自分のことのように悲しそうな顔をしているスザクからルルーシュは目が離せなかった。ルルーシュのバイオレットの瞳とスザクの翡翠の瞳が絡み合う。見つめあったままスザクはルルーシュの手を包むように握った。

「枢木・・・」
「スザクって呼んで、ルルーシュ。」
「す、ざく・・・」
「うん」

異国の名前に上手く発音できないルルーシュの呼んだスザクという声に、スザクは心地よさを感じる。スザクの手を握り返すルルーシュの小さな手は氷のように冷たい。掌の体温を分けてあげるようにスザクはルルーシュの手を握りなおした。


「僕がなんとかする、僕が絶対に祓ってあげるから」


ルルーシュの目を真っ直ぐに見て告げたスザクの言葉に、ルルーシュの背後の靄がざわついて宙に燃え上がった。





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嫌われ者ルルーシュ+R2SE2の枢木の里なスザク=この結果
スザクとルルーシュに憑く霊との壮大なバトルが今始ま・・・!・・・らなかった。