例えば、本当に、例えばの話。例えば、偶然にも、不幸にも、俺が事故か病で死んでしまったとしよう。この大事な時期に、だ。ゼロレクイエムを途中で投げ出した状態で、死んでしまったとしよう。そうしたら世界はどうなるか?まず、喜ぶだろう。そして、二度とあんな恐ろしいことが起こらないようにと世界は一丸となって平和に向かって歩むだろう。それなら、それでいい。ゼロレクイエムの目的の一つはそれなのだが。だがしかし、スザクはどうなる?ゼロにもなれず、枢木スザクは死んだままで。実は生きていたと戻っても、悪逆皇帝に仕えていたということで酷い扱いを受けるだろう。それなら、ゼロとして世界へ舞い戻る?たいした”奇跡”も起こしていないゼロを、誰が相手にするだろうか?スザクはきっと、生きられないはずだ。最悪は自殺か?いや、でも、生きろというギアスはかなり強力だ。ジェレミアに泣きつかない限りは、自分では死ねないだろう。まあ、俺が死んだらギアスは解かせるつもりだが。俺が怖れているのは、恐らく、自分勝手な執着。

「ルルーシュ、舌出して」
「またか、苦いんだよ、それ」
「ほら、いいから。べーって」

伸ばし過ぎて、震える舌の上に乗せられる錠剤。ただの、睡眠薬だ。うまく寝れない時はよく使う。うまく寝れない時、と言うが、ここ最近じゃ毎日のように使っているのだが。俺の舌に錠剤が乗って、次にスザクの舌がそこに触れる。唾液で溶かし合って、触れ合って、そのままベッドになだれ込む。安っぽい、愛し合い方。たまにふと思い出して、おかしくて笑ってしまうことがある。だって、殺し合おうとしていたのだから、俺たちは。なのにこの変わりようは?元の鞘に収まったで済まされていいものなのか?まあ、元に戻るまでは、相当な苦労があったわけだが。俺が仰向けで、その上にスザクが乗るといういつものスタイル。触れ合うことを覚えたての子供みたいに抱き合うのは、正直嫌いではない。首に手を回して深くして、もっと、と強請ったら与えられる愛情。とても気持ちがいいから、俺はなかなか自分からじゃ抜け出せない。俺のことを上辺だけで知ってる奴が、こんな俺を見たら驚くだろう。こんなの”ルルーシュ”じゃないみたいだ、と。俺は人間だ。人間は適度な愛情が必要だ。俺は、枯渇していたから。カラカラに乾いて、それはもう、永遠に続く砂漠のように。だから、潤いが欲しいんだ。砂漠が海になるくらいの、潤い。言ってしまえば、愛が。

「ン、明日・・・早いだろ」
「・・・分かってるけど、放したくない」
「お前は、全く・・・本当に・・・」

今の俺は、だらしのない顔をしているだろう。困っているようなふりして、嬉しがっている、オンナみたいな顔。でも明日早いのは本当。困っているのも、少しだけ本当。だから口づけだけ。頭を抱える様に、抱えられる様にして。額から顎まで、余す所なく。リップ音をいちいち立てるのも煩わしくて、いっそのこともう二度と離さないで唇を繋げたままだったら楽なのに。吐息が近くで聞こえるだけで幸せだと思えるなんて末期だ。でも死ぬなら、末期のままでいいだろう。ただ、下唇を食むように噛まれて、ムカついたから全力を振り絞って体勢を変え、スザクの上に乗ってやる。形勢逆転とでもいう様に俺が舌を軽く噛んでやれば、すぐに俺の目線はベッドシーツから天井に逆戻り。よくもやったなと、ごろごろごろごろ、ベッドの上で回転運動。でもそのうち飽きてしまって、結局横に並ぶいつもの体勢で落ちついた。100に近い密着度で、スザクに後ろから抱えられるような体勢。俺は、さっきのじゃれあいで疲れてしまった腕を頑張って伸ばして、照明を落とした。フッと暗くなる空間。スザクの唇が俺の耳元に触れた。

「ねえ」
「こら、耳元で喋るな」
「ん・・・明日、いつ起こせばいい?」
「お前が俺より早く起きれるのか?」
「ううん、自信ないなぁ」

ふふふと笑う吐息が鼓膜を震わす。思わず笑ってしまい、クスクス笑い合う。穏やか過ぎて、笑ってしまう。こんな人殺しの俺達が笑いあえてしまうなんて、この世界はかなりイカレテいるらしい。いや、こんな世界にしたのは俺達だった。ああ、そうか。変に、納得。少しの間、もしかしたら結構の間、触れ合って囁き合って、そのうち睡眠薬の効果が現れ始めた。二人で一錠だから、効果はあまり無いはずなのに。思考がぼんやりとする。スザクもきっと、ぼんやりしている。何か二人でしゃべっているつもりなのだが、何を言っているのかよく分かってない。二人とも。寝ぼけたような状態?でも、これくらいがいいだろう。俺は最後の力を振り絞って、スザクの腕の中で体勢を変える。向き合う様にして、挨拶のように深いキスをしてから、眠りの波に二人で飲まれた。



夢世界。合わせ鏡のように、無限に思える。

スッと、目が覚めた。何か夢を見ていたような気がするのだが、覚えていない。悲しい夢だったような、そうじゃなかったような。バクバクと速まる心臓の鼓動を深呼吸で落ちつかせながら、そっとベッドから抜け出た。腹に回されていたスザクの腕は簡単に解けた。近くのテーブルにあるビンを取り、グラスに水を注ぐ。ぬるいそれだけど、俺の心を落ち着かせるには十分だ。ベッドに戻る気になれず、そのままソファへと沈んだ。夢の余韻に浸るように、ボーっと部屋の景色を見つめる。例えば、本当に、例えばの話。俺が、今、ここで死んだら。誰が一番悲しむだろうかと考えて、スザクだろうな、と思う。でも、ナナリーかもしれない。どっちだろうか?そろそろ死んだ後のことを考えるのは、気分が落ち込んでしまうからやめたほうがいいはずなのに、考えは止められない。俺は、他人が思っているほど、冷静じゃない。俺は、他人が思っているほど、大人じゃない。俺が最初から被っていたのは仮面でも何でもなく、くだらない自尊心だったんだ。

(スザクがまだ俺を憎んでいたとして、俺に何ができるかが一番の問題だ)

額に手をあてて考える。分かっている。現実は、そんな簡単なものじゃないと。酷い馴れ合いでも心は癒される。これは、本当に俺の我儘。人を好きになると言うのは、どういう気持ちなのか分からなかった、俺への罰。本当に好きなんだよ。だから求めたし、殺し合った。でも結局スザクは俺が死ぬと決まってからでしか、俺の元へは来てくれなかった。本当は憎いんだろう?スザク。人の心は簡単で難しい。俺は、人の心を玩んできたから、そのつけが、回ってきたんだ。今更幸せになりたいとは言わないけれど、でもせめて、死ぬ前までは、このくだらない馴れ合いを続けさせてほしい。触れ合う喜び。本当に、それだけでいいんだ。一人じゃなければ、いいんだ。

(・・・銃)

目に入ったのは、俺がいつも懐に忍ばせている護身用の銃。気づいたらそれを手に取っていた。固いそれに触れた途端、急に切ない気持ちが膨れ上がった。俺が死んで、スザクはどうなる。ゼロになって、枢木スザクを無くすというのがあいつの望みか?違うだろう。罪を許してほしいだけなのに、俺が、勝手に。俺はふらふらと立ち上がり、ベッドの近くまで行く。うつ伏せで、顔だけ横に向けた状態でスザクは眠っている。穏やかな寝顔。銃を、両手で握った。

(このまま・・・ここで・・・)

このままここで二人とも死ねば、俺達は救われるのではないか。震える手が、銃口をスザクの頭へ向ける。

「・・・は、はぁッ、は、はァ・・・!」

呼吸が乱れる。ここで引き金を引いて、寝たままだから、きっと、すぐに逝ける。痛みは、一瞬だけだから。それならいいだろうか。引き金に指をかける。大丈夫、お前が逝ったら俺もすぐに逝くから。でも、本当に、俺は。指に力が入る。終りだ、と、思って、目に入る、スザクの、緩んだ口元。幸せそうに、眠り。

(―――スザク)

ボロ、と涙が落ちた。俺は殺せない。もう、スザクを殺すことができない。なんて弱い人間だろう。人殺しのくせに、人を好きになることを知ってしまった、大馬鹿者。堪らず、俺は銃を投げ捨てた。ガシャン!と大きな音がして、スザクが目を開く。

「ん・・・ルルーシュ?」
「・・・スザクッ!」

ベッドに飛び込んで、スザクにしがみつく。温かい体温は生きている証拠。遠慮なくスザクの服で涙を拭くと、焦った声が振ってきた。

「ど、どうしたの?泣いてるの?」

撫でてくる優しい手の感触に、涙がぶわっと溢れ出た。もっと欲しいけど、求めてはいけない物。俺は赤ん坊のようにスザクにぎゅうと抱きついた。すぐに抱き返す腕は逞しい。

「なんでも、ない・・・怖い夢を見ただけだ」
「本当?大丈夫?」
「ああ・・・もう、平気だ」

そう言って、口付ける。そうしたらまた始まる安い馴れ合い。こうしていられるのはもうあと少ししかないから、今のうちに触れておこう。なんて、貧乏性。でもこう言うのが、幸せだったりするのかもしれない。




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情緒不安定ルルーシュ
文章の一部から、ルルーシュの夢へ飛べます。