ロイドさんに渡すものがあったのにロイドさんが見当たらなくて、何処に居るんだろうと探していたら彼は格納庫に籠っていた。ランスロットの下に潜り込んだロイドさんを見て僕は少しだけ驚く。ロイドさんはランスロットの開発に関わる人だが、どちらかというとシステムの計算などをする人で実際に機械をいじったりする人ではないと思っていたからだ。僕がロイドさんを呼ぶとロイドさんは不機嫌そうな顔をしながら機体の下からヌッと這い出てきた。ロイドさんは白衣だけじゃなく顔も真っ黒にしてて、でも眼鏡は汚れていなかった。僕がロイドさんが実際にランスロットをいじってるの初めて見たかもしれないですと言ったらロイドさんは近くにあったタオルで顔を拭きながらこう漏らした。

「確かに僕はどっちかっていうと中身を作る側だからね。でも、気になるところは自分でやるんだ。他人になんか任せておけないからね。まあ、たまにやるとこんなことになっちゃうだけどさ」

こんなことということは何かトラブルがあったのだろうか。僕は僕自身の機体ということもあり気になってランスロットの下を覗いて見たが、配線がぐちゃぐちゃとあったり色々な扉が開いてるだけで何が起こっているのか分からなかった。何処か壊れたんですか?と僕が聞いてみたらロイドさんは説明をするのが面倒だという顔をしたあと溜息をついた。

「君に言っても分かってもらえるかどうか・・・。簡単に言うと、糸だよ」
「糸?」
「そ、繋がっていた重要な糸が切れちゃったの。これが上手くくっつかなくてねぇ、一度切れちゃったら繋げるのは大変なんだよ」

そう言ってロイドさんはまたランスロットの下に潜っていった。僕はしゃがんでロイドさんの行動を見てみたが、やっぱり何をしているのか分からなかった。ただ、赤い配線に熱をあててもう一つの赤い配線と繋げようとしているのは分かった。はんだ付けのようにはいかないみたいで、何度も何度も熱を押し当てては配線をつなげようとしている。繋げるだけなら簡単なのでは?と思った僕の思考を読み取ったのかロイドさんが呟く。

「一本の糸に見えるけどね、中には色々詰まってるんだよ。だから全部元通りにするのは相当難しいね」

そう言ったきりロイドさんは黙ってしまい、僕が話しかけても何も返事をしてくれなくなった。集中すると話が聞けない人だと分かっていたので、僕は邪魔しないようにそっと格納庫を後にした。糸が切れただけで機体が動かなくなってしまうかもしれないと考えると、糸一本でも重要なものなんだなと思った。そしてロイドさんに渡すはずだった書類を渡しそびれたことに気づいたのは格納庫を出ていってから随分経ってからだった。



「んで、番号変わったからそいつに連絡しようと思ったらそいつのアドレスも番号も変わってて繋がんなかったんだよ。結構前の友達だったし何度かしか連絡取ってなかったからしょうがないかもしれないけどさぁ、そういうのって寂しいと思わねぇ?俺はずーっとこの連絡先で繋がるって思ってたのに実はもう繋がってなかったって思うと、向こうにとって俺は別に切れてもいい存在だってのかなぁってね」

女子は居ない、代わりに生徒会室には生徒会メンバーの男子だけが集まっていた。女性陣は今度行うイベントの衣装合わせだとか言って何処かへ行ってしまった。男性陣の衣装はまた後で、なんて言われたので僕たちは時間を持て余していた。そのうちリヴァルの愚痴が始まり、僕はは訴えかけてくるように机を叩くリヴァルにただ頷きながら話を聞いていた。僕の隣でジノもリヴァルの愚痴を聞いていたが、テーブルの反対側に座るルルーシュとロロはあまり話を聞いていないようだ。相変わらずロロはルルーシュの隣にぴったりくっついて、時折ルルーシュを見ながらもじもじと顔を俯かせている。ルルーシュはなんだか難しい本を読んでいてリヴァルの話は右から左へとスルーしているようだ。

「こんどその人に会ったらまた連絡先聞いてみればいいんじゃないですか?」
「えぇーっ、なんかそれもなぁ。向こうから切られたのにもう一回聞くのもなんだか空気読めない奴みたいじゃない?」
「そうなのかスザク?」
「え?うん、まあ、どうだろうね」
「つーか、もしかしたら電話壊したとかそういうこともあるから切られたってわけじゃないかもしれないけどね。ただ・・・」
「ただ?」
「会長に番号変わりましたって送ったのに、宛先不明で帰ってきたときはショックで死ぬかと思ったね」
「え!」
「会長曰く送り忘れらしいけど、もしかして俺いらない奴だって思われてたんじゃないかって思うと不安で不安で・・・!!!」

僕はなんだ結局会長さんのことだったのかとちょっと笑ってしまった。きっとリヴァルにとってはとても重要なことだったのだろう、僕が笑ったことに気づいたリヴァルが涙目のままキッと睨んできた。どうせスザクには分からない気持ちだ!なんて叫んでリヴァルは泣き真似をしながら突っ伏してしまった。分からない気持ちだと言われてしまえば、分からない気持ちだった。送り忘れられたことが悲しかったのか、それとも会長に送った時に返ってきたことが悲しかったのか。おいおいと泣き真似を続けるリヴァルに、ルルーシュが徐に本を閉じた。てっきり聞いていないものだと思っていたのだがルルーシュは聞いていたようだ。

「いちいち携帯のメモリーくらいで女々しい奴だな」
「そうは言いますけどねルルーシュさん。俺にとっちゃあ地味に、いや、とーっても重要なことなんですよ!」

机を何度も叩いてリヴァルが熱弁する。それを見ながら僕は、ルルーシュはもしリヴァルみたいな状況になっても傷つかないんだろうなと思った。きっとルルーシュのことだから、繋がらなくなったメモリーはすぐに消してしまうんだろう。何で繋がらないんだとか深く考えないで、きっと、向こうとの連絡手段がひとつ消えたんだとそう思うだけなんだろう。だからルルーシュはリヴァルの体験をなんてことないことだと思っているんだと思う。僕は徐に携帯を取り出してみる。アドレス帳を開いてみると、自分で思っていたより登録件数が増えていた。百数件あるこのメモリーのうち、いくつがちゃんと繋がるものなんだろうか。




ルルーシュの部屋に泊まった僕は、同じベッドで眠るルルーシュの呻き声で目を覚ました。僕は外側を向いてルルーシュは壁側を向いて寝ていて、ぴったりとくっついた背中がくすぐったい。なんで一つのベッドに眠っているのか?と聞かれたらそれは僕とルルーシュがそういう関係でもあるからだ。ただ妙なことに僕たちの関係ははっきりとしていない。だって僕達がこうして一緒のベッドに入るようになったのは一年前が初めてで、この前が久し振りだったから。う、う、という呻き声がルルーシュから発せられていると分からなかった僕は最初何かネズミでも迷い込んだのかと勘違いした。でも声は僕の真後ろからしていて、僕は起き上がってルルーシュの方を見た。ルルーシュは、いつも思うけど赤ん坊のように眠る。身体を横向きにして両手を胸の前あたりに置く。身体を少し丸めて、足は延ばさずに少し折れてる。胎内の赤ん坊のような体勢で眠るルルーシュの口はうっすらと開いて、そこから声はしていた。呻き声、というよりは魘されているのだろうか。ルルーシュの表情は苦しげで、目尻に光るものが見える。

「ルルーシュ、大丈夫?、ルルーシュ?」
「っ・・・は・・・・・・ス、ザク?」

肩を揺らしてルルーシュを起こすと、ルルーシュはぼんやりとした目で僕を見上げてきた。心なしか頬が赤く見える、僕はルルーシュの目元に溜まったそれを指の背でそっとふき取った。ルルーシュは僕がふき取ったそれに気づいたのか、バッと手の甲で目を隠してしまう。隠さなくたっていいのにと思いながらも、僕はルルーシュの身体をこちらへ向けさせた。

「魘されてたけど、悪い夢でも見た?」
「・・・ああ、とても悪い夢を」

ルルーシュの声が震えている。そんなに怖い夢を見たのだろうか。僕がルルーシュを抱きめようとしたら、身体ごとサッと後ろに避けられた。表情では心配そうな顔をしつつ、僕は心の中で驚いた。ルルーシュは僕から視線を逸らしてシーツを見つめている。唇がふるふると揺れていて、目元にはまたそれが浮かんでいた。どんな夢だった?と聞こうと思っていたけど、今の反応で何となく分かった。きっと夢には僕が出てきて、僕に酷いことでもされたのだろう。僕は少し距離を取るようにしてもう一度横になると、ルルーシュの腰を抱くように手をまわした。

「ただの夢だよ、忘れればいい」

ルルーシュは頷いてまた目を閉じた。僕はルルーシュが寝るまでじっとその顔を見つめる。忘れればいい、本当に。何もかも忘れてしまえればいいのにと思う。過去も今も未来だって何も考えずにいれたら。そうは思っても無理なのは分かっているのだけれど。スースーと寝息が聞こえてきてルルーシュが眠ったのを確認してから僕はルルーシュを抱き寄せた。ルルーシュが起きていたら抱き締めさせてもらえないから。温かい息が首筋にあたる心地よさに、涙が出そうになる。

「どうして、こうなっちゃったのかな」

僕が悪いんだ、と言ったらルルーシュはそんなことないって言ってくれただろう。以前までは。一年前に同じように僕らはここで眠っていた。でも一年前の僕らと今の僕らは全く違う。僕は後悔しているし、どうしてもっと違う選択肢を選ぶことができなかったのだろうと思っている。でも僕がルルーシュにしたことは取り返しのつかないことだし、ルルーシュが僕にしたことも取り返しのつかないことだ。だから前のような関係には戻れないのは、理解しているつもりだ。でも、やっぱりどうしても悔しいと思うときがある。前だったら、前だったらって、何度も思ってしまう。こうして抱き寄せてもルルーシュは怯えなかったし、二人きりになっても気まずくならない。昔のように戻りたいと僕は今も願っている。けど、それは無理なことなのだ。時間が進んでいる限り元に戻るということはないし、やってきたことがなくなるわけでもない。

「ルルーシュ・・・」

ルルーシュの細い身体を精一杯抱き締める。分かってる、関係を断ち切ったのは僕の方からだ。もう二度と繋げないように酷く切ってしまったのだ。ルルーシュと繋がること、共有することを拒絶したのに僕は再びルルーシュと繋がりたいと望んでいる。ルルーシュがそれをどう思っているのかは知らないけれど、僕に怯えているということは何となく感じ取れた。また、繋がりを作っても切られると思っているのだろうか。また、酷い裏切りを受けると思っているのだろうか。そんなの僕だって同じだ。僕だっていつルルーシュから断ち切られるか分からないのに、それでも繋がりたいと思っているのに。繋がっていないと、またルルーシュを遠いところへ行かせてしまいそうで怖い。ルルーシュは僕のものではないけれど、それがとても怖いのだ。

「今でも好きって言ったら、君は怒るかな」

僕は呟いて、ルルーシュの瞼に唇を寄せた。少しまだそこは湿っていた。




僕がまたロイドさんを探しに格納庫に行くと、ロイドさんは上機嫌でランスロットを撫でていた。この前会った時とは大違いの表情に、修理がうまくいったことを理解した僕はロイドさんに書類を渡した。

「トラブルは解消されたみたいですね」
「うん、ほんとよかったよォ。あのままじゃ1ミリだって動かなかったしね」
「糸がうまく繋がったんですね」
「ううん、結局あの糸は諦めたよ」
「えっ」

僕はてっきりあの糸が繋がったものだと思っていたからびっくりした。ロイドさんは書類に目を通しながら、あの糸はもう繋がらないから捨てて違う糸を通したと言う。あんなに頑張っていたのにあの糸を諦めてしまったのかと思うと、なんだか胸の奥が重くなった。だって、切れたとしても絶対にロイドさんならまた繋げられると思ったからだ。

「どうして諦めちゃったんですか?絶対に繋がらないってわけじゃなかったんでしょう?」
「時間をかければね、元に戻るけどそれでもやっぱり全部は元通りってわけにはいかないんだよ。残念だけど。僕言わなかったっけ?相当難しいって」
「っでも」
「本当に残念だよ。あの糸は相性がよかったからねぇ。相性がよかった分切れちゃった時にもう一回繋がらなかったんだろうけど。同じものを繋げる糸でも、やっぱり違いがあるからねぇ。前みたいに、って都合よくはならなかったよ」

ロイドさんの言葉を聞きながら僕は呆然とランスロットを見上げた。悠然とその場に存在している機体は光に反射して煌めいている。固くて無機質なそれが、僕は今とても恨めしかった。




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繋がりは強いけど、簡単に切れてしまうよ。