放課後、前だったらスザクと一緒に帰宅していた時間。ルルーシュは学校の2階の廊下を一人で歩いていた。 日もくれてきたためか廊下には誰も居らず、いつもなら聞こえるオーケストラ部の練習する楽器の音も聞こえない。 テストが近くなると部活が休みになる、というのは誰でも知っていることだ。 今日はチェスの代打ちのアルバイトが急きょ中止になってしまい放課後はフリーだった。 早く帰ってナナリーと過ごそうと思っていたルルーシュだったが、午後の授業全てを屋上で寝過ごしてしまい起きたのがつい先ほどだった。 目を開き、見えた空の色が青空じゃなかったことがこれほどまでに怖かったことなんてない。 慌てて帰ろうとしたが、そこでルルーシュはナナリーが今日は検査入院で夜はいなかったのだと思いだした。 なんだか自分が馬鹿らしく思え、ルルーシュはのんびりと帰ることにした。 荷物は全て教室に置きっぱなしにしたため教室に向かっている最中だった。 携帯こそ持って行ったものの、誰からも連絡は入っていなかった。 他の友人はいつものサボりに慣れて連絡をしてこなかったのだろう。

(・・・前なら、スザクは)

以前のスザクなら、サボりだと分かっていても必ず電話でもメールでも連絡をくれた。 そして最後まで授業をサボった時は放課後に迎えに来てくれた。 いつも屋上にいるのだから連絡しなくても大丈夫だと言ったルルーシュにスザクはこう言った。

『いつ何が起きるか分からないんだから。いつも、はそんなに長く続かないんだよ。だから、ルルが何処にいるのかちゃんと確かめたいんだ』

ルルーシュは携帯をぎゅうと握り閉めた。分かっている、それは"前"のスザクであって"今"のスザクではないのだ。 ルルーシュが何処へ行こうが、今のスザクは何の心配もしない。ただ、"友達"が何処かでサボっていると思うだけなのだ。 前のスザクがしたことを今のスザクに求める気はない。ないからこそ、胸が痛かった。 こうなるとは思っていなかったが、あの時決断したのは確かに自分なのだ。 たとえスザクが忘れたままだとしても、生きているだけで嬉しいと思うべきだ。 やはり、スザクは忘れたままのほうがよいのではないだろうか。 あのまま続いていたとしても、いつか限界は来る。世間の目や性別という壁は、大きいのだ。 スザクがこのまま忘れたままならば、友達としてスザクの幸せを見守ることができる。 本当にスザクを想っているならば、我慢をするべきなのではないだろうか。

「・・・、あ」

ふと、窓の外を見たルルーシュは昇降口から離れたひと気のない花壇に立つ少女を見つけた。 最近スザクとずっと一緒にいる女子生徒だ。名前をなんと言ったか、思いだせない。 周りの生徒は皆、スザクとあの女子生徒が付き合っているという。しかし、スザク曰くただの友達らしい。 あの女子生徒がスザクのことを好きなのは見て分かった。スザクもそれを知っているはずなのに、二人に進展はなかった。 喜ぶべきことなのか、それとも、応援してやるべきなのか。ルルーシュは足を止め、なんとなくその女子生徒を見ていた。 女子生徒の近くにもう一人生徒がいる。確か、あの生徒は隣のクラスの女子生徒だったような気がする。 セミロングの黒髪に大きな眼鏡、ケティという名前だった気する。いつも本ばかり読んでいる彼女はクラスから若干浮いた存在だった。 あの女子生徒とケティが一緒にいるなんて、友達同士だったのだろうかと見ていると突然女子生徒がケティを突き飛ばした。

「!」

ケティが何も植えられていない花壇の上に尻もちをつく。女子生徒はケティに何かを言ってるようだがここからでは聞こえなかった。 ルルーシュがもしかして、と思っていると女子生徒はケティの持っていた本を奪うとそれを二つに破いてしまった。 古い本だったのか、本は簡単に破けケティが泣いているのが見える。ルルーシュが驚いていると、女子生徒は泣いているケティに花壇の土を蹴り上げまた何かを言った。 ケティは立ち上がるとバラバラになった本を掻き集め、走り去って行ってしまった。 いつもの女子生徒の面影はなく、花壇でケティを虐げていた彼女が別人に見えた。 イジメ、その言葉がルルーシュの頭に思い浮かぶ。 二面性というには酷過ぎるだろうと、ルルーシュが眉を寄せると女子生徒が昇降口の方へ走って行った。 つい目で追うと、ルルーシュは息を止めた。彼女が走って行ったその元に、スザクが居た。

(スザク・・・)

何かを話す二人はとても楽しそうだ。女子生徒の雰囲気がガラリと変わり、ふわふわとした動きをしている。 さっきまでのトゲトゲしい彼女は一体何処へ隠れたのやら、ルルーシュは女子生徒の本性を見てしまった気がした。 スザクは女子生徒と話しながら照れくさそうに笑っている。スザクがさっきの出来事を知っているわけがない。 女性には表の裏の顔があると言うが、あれはたちが悪すぎる。 あんな女性がスザクと付き合うこととなったら・・・。ルルーシュは胸に痛みを感じた。 スザクに伝えるべきなのだろうか、しかし今の自分が言っても信じてもらえるかどうか分からない。 スザクだけじゃない、周りだって信じないだろう。いつもおしとやかで優しいあの女子生徒が、実はあんな性格だと。 逆に嘘つきだと言われてしまう可能性だってある。でも、スザク。ルルーシュは無意識のうちに拳をぎゅっと握っていた。 笑っているスザク、その隣にいるのは自分ではない。あの女子生徒だ。 今の自分はスザクにとってただの、トモダチ、でしかないのだ。

「っせーんぱい!」
「うわっ!?」

突然背中にドンと強い衝撃を感じルルーシュは思わず声を上げた。びっくりして振り向けば、そこには金色の大型犬が一匹。 きっと彼に尻尾があったのなら、飛んで行ってしまうのではないかと思うほどそれを振っていただろう。

「ジノ!」
「先輩、なにしてるんですかこんなところで?」

後輩のジノが嬉しそうに立っていた。ぎゅうと後ろから抱きつかれ、体格差に身体がよろけそうになる。 窓ガラスに顔を押し付けられるのではないかというほど近づいてしまい、ルルーシュはジノの腕の中でくるりと体勢を変えた。 窓を背にするようにしてジノの方を向き、その憎たらしいほど笑顔の顔をぐいぐいと押してやる。

「それはこっちの台詞だ!お前、もう帰ったんじゃなかったのか?」
「ちょ、押さないでくださいよ! うーん、帰りたかったんですけどねぇ、これが・・・」

ジノが苦笑しながら片手にぴらぴらと紙を揺らしている。細長く小さなそれは、学生ならば見覚えのある紙だ。 ルルーシュはサッとそれを奪いそこに書いてあるものを見てみた。五教科のテスト点数、学年平均、学年順位の記されたそれ。 そして、そこに書かれたあまりの数字にルルーシュは己の目を疑った

「お前・・・なんなんだこの点数は!?」
「あはは・・・まあ、なんなんでしょうね?」
「クッ・・・お前が馬鹿だということは知っていたがまさかこれほどまでとは・・・!」
「ちょ、先輩それ地味に酷くないですか?」
「酷いのはお前の点数の方だ!それにこの順位!下から数える方が速いとはどういうことなんだ!?」

目もあてられないとは、こういうことを言うのではないのだろうか。 ジノのテスト結果はあまりにも酷過ぎて、本当ならば上位に君臨できるがあえて点数を落として中間で留まっているルルーシュにとって信じられないものだった。 そういえば以前にも通信簿の内容を聞いたことがあったが、体育以外は見事に2だった気がする。 2でも単位は貰えるが、このままではマズイのではないのだろうか。

「ジノ、お前はまだ一年なんだからこれから頑張れ」
「えぇー、俺あんまり勉強は・・・」
「大丈夫だ!お前ならきっとできる!」
「そう言われても〜」
「このままじゃ確実に不味いだろう!?」
「うーん・・・・・・、あ、そうだ!じゃあ先輩が勉強教えてくださいよ!」
「・・・俺が?」

いきなりのジノの提案にルルーシュは怪訝にジノを見上げる。 ジノはいいことを思いついたと喜んでいるようだったが、ルルーシュはあまり嬉しくはなかった。 別にジノに教えるのが嫌なわけではない。ただ、以前はスザクによく勉強を教えていたなと思い出してしまったのだ。 チラリと窓の外を見ると、スザクと女子生徒はまだ話しているようだった。 もしかしたらこのあと二人で勉強するのかもしれないなと、ルルーシュは胸が締め付けられる。 急に大人しくなってしまったルルーシュにジノが首をかしげ、不安げな顔をする。

「先輩?もしかして、嫌ですか?」
「・・・いや、そういうわけじゃないんだ。ただ前のことを思い出してしまって」
「前のこと?」
「・・・ジノには関係ないことさ」

ルルーシュは俯き、制服の胸の部分を握りしめた。ジノはそんなルルーシュの様子に悲しげに眉を寄せる。ジノの両手がルルーシュの腰に回されそのまま抱きしめられる。ジノのこういったスキンシップには慣れてしまってルルーシュは何も言わずにそのままでいた。

「ごめんね先輩、嫌なこと・・・思い出させちゃった?」
「嫌なことじゃないさ。けど、あまり今は思い出したくなかったかな」
「そっか・・・」

子供をあやす父親のようにジノがルルーシュを抱きしめたまま左右にゆっくり動く。 ルルーシュがジノを見上げると、ジノは窓の外を見ていた。視線を追えば、スザク達を見ているのだと分かる。 しまった、と思う前にジノが口を開いた。

「スザク達のこと見てたの?」
「別に、たまたま見つけただけだ」
「ふうん・・・そっか。俺、あの女子あんまり好きじゃないなぁ」
「そうなのか?お前好みの子だと思っていたが?」

ルルーシュがふざけたように鼻でフッと笑うと、ジノが頬を膨らませた。

「違いますよ。俺はああいうのはタイプじゃないんです」
「へえ・・・」
「それにあの子なんか、あんまり性格良くなさそう」
「どうしてだ?」
「俺の直感、です」

直感と言えど、確かに当たっているなとルルーシュは思った。 クスリとルルーシュが笑えばジノもつられて笑う。ルルーシュは大げさにジノの胸板をパンと叩くと、ジノの腕を軽く引いた。

「それじゃあ、行くか」
「えっ、何処にですか?」

ルルーシュはジノの持っていた鞄を指し、さっきの紙をひらひらと見せる。

「勉強、するんだろ?」
「っいいんですか!?」
「ああ、こうなったらとことん扱いてやる」
「やったー!」

勉強は苦手だと言っていたくせに喜ぶなんておかしな奴だとルルーシュは苦笑した。 まだこの時間なら図書室が空いているだろう。いや、ジノのことだからきっと騒いでしまう。 ルルーシュは少し考えてから自分の荷物の存在に気がつく。

「それじゃあ、俺の教室でやろう。ちょうど荷物を置いたままにしてたから今から行くところだったんだ」
「先輩の教室?わあ、ラッキーだなあ!」
「フッ、教室なんてどこも変わらないだろう?」
「先輩が勉強してる教室ってだけで価値が違うんですよ!」
「そう・・・か?」

ジノの興奮するポイントが掴めず、ルルーシュは首を傾げたまま歩きだした。 横にくっついて歩くジノを連れて自分の教室へ向かう。 ふと、最後になんとなく窓の方を向くとルルーシュは微かに目を見開いた。 あの女子生徒がこちらを見ていたのだ。まるで蛇が睨んでいるかのような鋭い目。 背筋にぞわりと冷たい何かが走る。まさか、ずっと見ていたことがバレていたのだろうか。

「先輩?どうしたんですか?」
「っいや、なんでもない。・・・早く行こう」

ルルーシュは窓から目を逸らし、急ぐように足を速めた。 あの目は人を呪うような目だ。あの女子生徒は一体なんなのだろう。 例えるならばメデューサだなと、ルルーシュは小さく呟いた。




スザクは見上げた校舎の窓に見慣れた二人を見つけ思わず、あ、と声を漏らした。話の途中だったのにいきなり目線を上に上げたスザクに首をかしげた女子生徒はスザクが見ている方向を見てみる。校舎の二階の窓に、遠くからでもハッキリと見えるほど印象の強い二人。

「ルルーシュ君とジノ君?」
「そうだね、あの二人あんなところで何してるんだろう?」

ルルーシュは窓に背を向けているため顔は見えないが、ジノは窓をルル―シュを挟むように立っているので顔が見える。にこにこと花が飛んできそうなほどの笑顔だ。スザクは、ジノは後輩なのでよく知っているがルルーシュとは最近仲がよくなったばかりだ。なので最初、ルルーシュとジノが知り合いだということにはとても驚いた。接点の無さそうな二人だし、部活に入っていないルルーシュは放課後はさっさと帰ってしまうから後輩のジノと会う時間などないように思えたからだ。ジノはルルーシュのことをいたく気に入っているようでよくルルーシュのことを聞かれる。しかしスザクもルルーシュのことはそんなにまだ知らないので、逆にジノからルルーシュのことを知ってしまうほどだ。 知ると言っても、体育が苦手だとか苺が好きだとかそんな簡単なプロフィール程度だったが。

「仲良いよねあの二人、この前だってジノってばルルーシュの話ばっかりして」
「スザク君はルルーシュ君とはあんまり仲良くないんだ?」
「うん。最近ちょっと話す様になったけど・・・普通かな」

ジノ達は何を話しているのだろうか、とスザクは窓を見つめる。正直言うと、スザクにはあまりルルーシュの記憶がなかった。同じクラスメイトだということは分かるが、入学してから今までを思い出してみてもあまりルルーシュの姿が思い出せないのだ。ある時、ルルーシュがじっとスザクを見ていたことからスザクはルルーシュの存在に気がついた。最初は気のせいかと思っていたのだが、明らかにずっと見てくるものだから何だか気味が悪くスザクは思い切ってルルーシュに尋ねてみたのだ。するとルルーシュがいきなり泣き出してしまい、それから色々あって友達になることになった。休み時間にたまに話をしたり授業で同じグループになったりと、変わったことといえばその程度だった。ただのクラスメイト、そのはずなのに。

「うわっ・・・ねえスザク君、あれ、ジノ君」
「えっ?」
「ルルーシュ君のこと抱きしめてない?」
「あ、本当だ」

人より視力がかなり良いスザクはジノの手がルルーシュの腰に回されているのがしっかりと見えた。ジノは困ったような顔をしている。ジノはスキンシップが多いとは知っているが、何故あんなに困ったような顔をしているのだろうか。ジノの腕の中にすっぽりと収まるルルーシュに、心臓が一度ズキリと痛んだ。

「いくら友達同士でも・・・まさかルルーシュ君とジノ君ってそういう関係だったりして?」

女子生徒がからかうように言う。明らかに冗談なのに、スザクは女子生徒の言葉に胸が苦しくなった。いや、そんなことあるわけないじゃないか。だって二人は友達で、それに男同士なのだから。いくらジノがルルーシュのことを気に入ってようが、こんな身近にホモセクシャルがいるわけがない。そう思うのに、スザクは女子生徒に言葉を返せなかった。抱きあうように見えるルルーシュとジノから目が離せず呆然と見上げていると、くいと手を引かれた。

「ちょっとスザク君?どうしたの?」

すこし頬を膨らせて怒ったような顔をする彼女。今はこの子と会話をしているのだったと、スザクは窓から目を離し女子生徒のほうを向いた。ごめんねと言うと女子生徒はわざとらしく腕を組んでスザクの顔を覗き込んでくる。

「もう、冗談なのに!ジノ君がルルーシュ君とそんな関係だったら、とか思ってショックだった?」
「え、いや・・・まあ」
「ふふふ、そんなわけじゃない!もう、スザク君ったら」

くすくす笑う女子生徒にスザクも苦笑いを返す。ジノがルルーシュとそういう関係であったらショックを受けるというよりは、ルルーシュがジノとそういう関係だったのほうがショックが大きい自分にスザクは戸惑っていた。仲の良い後輩のジノがホモセクシャルでショックを受けるのは分かるが、あまり仲の良くないルルーシュがホモセクシャルだと分かってショックの受けるのは何故だろう。ルルーシュは確かに中性的な顔立ちをしているし、身長は高いもののあまり筋肉のついていない身体はとても細い。言葉遣いは荒いが、彼が見せる優しい笑顔はスザクも好きであった。だからと言って彼がホモセクシャルであるとは限らないのに。ただ、一つスザクが気になるのはたまに彼がスザクを見て悲しげな顔をすることだ。死んだ友達に似ていると言われていたのでそのことを思い出しているのかと最初は思っていたが、最近はそうと思えなくなってきた。ルルーシュの顔は失った悲しみというより、手の届かないような寂しさからくる悲しみのような気がするからだ。

(って、ちょっと待て僕。ルル―シュは友達だぞ?)

あまり仲の良くない友達のはずなのに、何故ルルーシュのことをこんなにも 考えていたのだろう。普通、友達のそんな細かい所まで覚えているであろうか?しかも仲良くなったばかりの友達なのに。なんだか胸に何かがつかえるような、心がもやもやする。脳裏に浮かぶのはさっき見た、抱き合うようなルルーシュとジノ。あんなのただの、いつものジノのスキンシップなはずなのに。スザクは無意識のうちにシャツの上から、ちょうど胸の位置にある正体不明のリングを握りしめた。

「スザク君、図書館行くんでしょ?早く行こう?」

女子生徒に腕を引かれ、スザクは引っ張られるようにして歩きだした。急ぎ足の彼女に慌てながらも、ちらりともう一度だけ校舎の窓を見る。そこには既にルルーシュもジノも居らず、誰もいない廊下が見えただけだった。




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日記に置いていた小話にちょっとだけ加筆。
女子生徒は裏で怖い感じ。もやもやスザク。
一緒に置いていた挿絵は→