人質が解放されるなか、民衆がルルーシュの死体を見て喜びに沸き上がる。ただ泣きじゃくるナナリーに対しては疑問を抱くものが多かったが、それでも悪の皇帝の死の前には気にならないものだった。知りあいを殺された恨みとしてルルーシュの死体に手を上げようとする者がいたがナナリーが邪魔でそれができない。ある女性が危ないからとナナリーを離そうとしたが、ナナリーは離れようとしなかった。血に染まったルルーシュの正装にしがみついて、まだ温かいルルーシュの身体を抱きしめる。真実に気づいてしまったナナリーはただ涙する。世界の敵になると、人々の憎しみをその細い体にしまいこんで兄がどれだけ苦しんだか。そしてそれに気づかずに、どれほど酷い言葉を兄に投げつけたのか。ダモクレスで兄が鍵を奪った本当の意味も知らず、あの時の自分は兄に対して悪魔のような言葉を。

「ナナリー様、危ないですから!」
「いや、嫌です!お兄様ッお兄様!!!」

死に間際、愛しているという言葉は届いただろうか。いや、あの言葉だけでは足りない。もっと言ってあげればよかった、愛してると、今までよく耐えたと。それなのに最後の最後に本当のことに気づいて、時間はあったはずなのに何もしてあげられなくて。いつも与えてもらう愛ばかりで、兄に愛情を返してあげれなくて。兄の反逆した理由が自分だと分かって、悲しみより早く怒りが沸いた自分が憎い。不意に強い力で押しのけられ、ナナリーは先ほどの女性に抱きかかえられた。

「何をしている貴様達!」

怒号と銃声が響き、ルルーシュに群がっていた民衆が逃げていく。ナナリーを押し退けたのはジェレミアだった。逃げる民衆が並みのように迫り、ナナリーは抱え上げられながらその波に飲み込まれた。手を伸ばし、離してと女性に願っても女性はナナリーを離そうとしなかった。

「はなして!お兄様が、お兄様が!」
「ナナリーッ」

名を呼ばれ、ナナリーは振り返る。涙でぼやけた視界の向こうに、かつてユーフェミアとよくアリエスの離宮を訪ねてきてくれた義姉の姿が見えた。コーネリアは女性からナナリーを受け取ると足の拘束を外す。傷つけないようにゆっくりと地面に下ろすと、コーネリアの腕の中からナナリーは逃げ出そうとした。

「コーネリアお姉さま、お兄様が、みんな違うんです、本当はお兄様は!!!」
「ナナリー落ちつけ!今行ったらお前まで」
「それでも傍に居てあげないと、お兄様が!」

暴れるナナリーを押さえつけるコーネリアの表情は苦い。肩を掴むコーネリアの手の震えに気づき、ナナリーはハッと気がついた。

「お姉さまも、知っていらしたのですか・・・お兄様の・・・」
「許せナナリー。あいつは・・・あいつは大事な弟だが、それとは別に私にも許せないことがある」
「だからって独りで逝かせたというのですか!?」

姉がユーフェミアのことで兄を憎んでいたのを知ってはいたが、だからと言って兄をただ一人悪として見殺しにしたのか。大切な人を奪われたからと、その罪を償わせるために。世界の憎しみを背負うのは自分の役目だったのに、それを奪った兄が酷く憎い。

「お兄様ッ・・・!!!」

もう何もかも分からない。目の前で事切れた兄の顔も、喜びに満ちた民衆の顔も、全てを知っていながら見過ごした姉たちの顔も、全て見たくない。世界はもっと綺麗だと思っていた。目が見えたら兄に苦労をかけずに生きていけると思ったのに、実際はどうだ。目が見えた所で、何かが変わったわけではない。それどころか目に見えるものばかりに気を取られて、本当のことを分かっていなかったではないか。

「引けッ、今はここを引くんだッ!」

兄を横抱きに抱え警備用に配置されていたKMFに乗り込むジェレミアの姿がナナリーの目に飛び込んでくる。このままだと、もう二度と兄に会えなくなってしまう。直感的に感じナナリーは手を伸ばすが、動かない足は使い物にならない。地面を這ってでも兄に近づきたくてナナリーは兄を呼び続けた。もうその声に答えてくれるあの優しい声はないというのに。ジェレミアが一度だけナナリーの方へ向く。何処か清々しい表情の中に悲しみが浮かんでいた。

「あ・・・ああ・・・!」

連れて行かないで、そう訴えるナナリーの瞳に、ジェレミアはふいと視線をそらした。そしてそのままKMFに乗り込んでしまう。間もなく発進したKMFに続き、ブリタニア兵士達が撤退していく。遠ざかる兄の死体が乗ったKMFはブリタニア軍のKMFにしては珍しい真っ黒な機体で、まるで墓場に向かう棺桶のようだった。もしかしたら兄はこうなることを予想してあえてあの黒色のKMFを用意したのかもしれないと、ナナリーは思考の止まった脳の片隅で思った。

「やった、やったぞ!ルルーシュが死んだ!死んだぞ!」
「もう自由だ!俺達は自由なんだ!」
「ああ、ありがとう神様!私たちの願いが届いたのよ!」
「死んだ!死んだんだ!」
「ゼロ!やっぱり、俺達を助けてくれるのはゼロなんだ!」


「「「ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!」」」


悪の皇帝をこの世から消し去った英雄の名を民衆が叫ぶ。あの仮面の中が誰なのかナナリーには分かったが、今はどうでもよかった。兄を消し去った英雄の名を聞きたくないと耳を塞ぐが、肌を通過して民衆の声はナナリーの鼓膜に届いてしまう。今の自分の気持ちが世界の皆にそのまま届けばいいのに、そう思うが人間は繋がり合っていないのだ。ふと、兄に向けて発した言葉が蘇る。人間じゃない。あの言葉は、今の自分達に向けるべきものだとナナリーは失った世界に再び瞳を閉じた。







「似合わないな」
「・・・人の着替え中に入ってこないでほしいんだけど」
「いいじゃないか、あいつは今忙しくて構ってくれないんだ」
「だからって僕のところに来なくなっていいじゃないか」
「どうせあと少しで最後なんだ、お前とも話しておこうかと思ってな」

そう言ってソファーに座ったC.C.を、スザクは怪訝な瞳で見ながらゼロのマントを羽織った。まさか自分がこの衣装を着る日が来るとはと思ったが、鏡の中の自分は先ほどC.C.が言っていたようにこの衣装は似合っていない。それでもこれからはこれをずっと着ていかなければならないから。

「お前はまだ、ルルーシュを恨んでいるか?」

鏡越しにC.C.と目が合う。テーブルに置いてあったゼロの仮面を手の中で転がすC.C.の言葉にスザクは少しだけ考えてから言う。

「恨んでいるよ。でも、ゼロレクイエムをする決意がルルーシュのケジメなら僕はルルーシュを許さなくてはいけない」
「ルルーシュがケジメをつけるから、お前はルルーシュを許すというんだな」
「ルルーシュは今までに人を殺し過ぎたんだ、罪のない人々を」
「それはお前も同じだろう。ああ、お前は軍人だったからな、そうしなければいけなかったのか」

やけに棘のある言い方に、スザクはため息をついて振り返る。C.C.は涼しい顔をしていたが、スザクの苦い顔を見てクスリと笑った。からかっているのだろうか、だとしたら嫌な女だ。

「君は何を言いたいのさ、僕にルルーシュを責める権利はないって言いたいのかい」
「いや、そういうわけじゃないさ。あいつは責められて当然のことをしてきたからな。本人だって分かっているようだしな」
「だったら何で・・・」

スッとC.C.が立ち上がり仮面をソファーへ投げ捨てるとスザクへ近づく。そして目の前で立ち止まると、手を伸ばした。突然のことにスザクは思わず一歩下がるが、C.C.の手はわざとらしくスザクの頬を掠めて降下しマントの襟を掴んだ。不自然に歪んでいたそれを直す。向き合うような体勢になって気まずい雰囲気をスザクは感じたが、C.C.は全く気にしていないようだった。

「この服はな」
「ん?」

突然口を開いたC.C.にスザクが少し驚く。C.C.の手が愛おしそうにゼロの衣装を撫でるのを見て、スザクは目を細めた。

「あいつがゼロであった時、いつも傍に存在したものだ。この服はあいつの喜びも悲しみも全て知っている。」
「・・・無機質に、意志はないよ」
「そうだろうな。でも、私には今この服が悲しんでいるように見えるよ」

本来の主から新しい主へと渡されたこのゼロの衣装。ゼロの衣装はいくつかサイズ違いの予備があるものの、ルルーシュはいつもこれを着ていたという。一年前のものとは少しデザインの違うこれ。そうだろう、何故なら以前のゼロの衣装はスザクがブリタニアで処分してしまったのだから。悲しんでいるよう見えるというC.C.の言葉がスザクには理解できなかったがC.C.は構わず言葉を続ける。

「お前が言うように意志はない、けれど、想いはあると思うんだ。誰よりも近くであいつのことを感じていたのはゼロという仮面を形成する物たちだったと私は思うよ」

よし、と小さく呟いてC.C.が衣装から手を離す。スカーフまでキチンと綺麗に直されていて、スザクは流石ずっと一緒にいただけのことはあるのだなと思った。C.C.はジッとスザクを見てから、言葉とは正反対にふわりと笑った。

「最後に話して分かったよ。やはりお前はあいつの剣で、傷つけるだけの存在なのだと。」
「・・・どういうことさ」
「剣は他人を傷つけるだけではなくて、時には自分をも傷つけるということさ」
「君は最後の最後までよく分からない人だね」
「ああそうさ、私は魔女だからな」

くるりと踵を返しそのまま部屋を出て行こうとするC.C.をスザクは止めなかった。あと数時間もすれば、あの時が来る。C.C.がどうするのかは知らないが、きっともう会うことはないのだろう。ルルーシュという存在で繋がっていたようなものだったから、そのルルーシュが消えればC.C.との繋がりも消えると思ったからだ。カプセルの中から出てきた彼女を見た時、綺麗な人だと思った。でも暫くして彼女の本性を知って汚い女だと思って、そしてまた時間が空いて今、自分は彼女を"ただの女性"だと思う。ルル―シュに力を与えルルーシュの共犯者となったC.C.。彼女が何を知って何を思っているのか、やはりスザクには分かるわけがなかった。後ろ姿を見ていたスザクだったが、C.C.が扉の直前でピタリと止まった。何をするわけでもなくただ扉の前で立つ彼女にどうかしたのかと声をかければ、C.C.は振り返らずに言った。

「お前に、最後に一つだけ魔女からプレゼントをやろう。お前の知りたかった全てだ。」
「? なにを言って」
「そうだな、あいつが逝った時にでもお前に贈るよ。その時は、ちゃんと喜べよスザク。」







パチパチと燃え盛る炎の中に、一つまた一つと物を投げ捨てていく。夜の空にもくもくと黒煙が上がる。周りに光がないため、この炎だけが手元を照らす唯一の光だ。ルルーシュは小さな鞄から次々と物を出していく。私物はクラブハウスに置いてきたものは全てフレイヤによってけし飛んでしまったが、蜃気楼の中に置いていたものは無事だったのだ。この小さな鞄はルルーシュがずっと大切に持っていたもの。中には、可愛らしい花のコサージュや綺麗な色をしたアクセサリーなどが入っている。全部、ナナリーに渡そうと思ってルルーシュが持っていたものだ。街で偶然見かけて買った物だったり、ルルーシュ自身が作った物だったり。ルルーシュは手の中に転がる時計を見てひとり呟く。

「ああ、これは確か会長が時計を注文するからといって一緒に頼んで作ってもらったものだったな。」

円盤の周りに小さな石が散りばめられているそれは、今では珍しいねじまき式の時計だ。デザインから何までルルーシュが決めて、革のベルトもきちんとナナリーの腕に合わせたのだ。円盤の中央に翡翠の小さな石を入れたのはルルーシュなりの気遣いのつもりだった。これを見た時にナナリーは気付くだろうかと思っていたのだ。

「これは音声機能がないからナナリーの目が見えるようになったら渡そうと思っていたけど、もう、いらないな」

少し値が張った覚えがあったがルルーシュは構わずそれを炎の中へと投げ入れる。時計は火の中でゆっくりと溶け、歪な形へ変化させながら燃えていく。次にルルーシュは鞄の中からネックレスを取り出した。大きなアメジストのネックレスは、その石の中に小さな気泡が入っていて太陽に透かすととても綺麗なのだ。

「これは、中華連邦で買ったんだったかな。あの時はゼロの衣装しか持ってきてなくて、カレンに頼んで買ってきてもらったんだよな」

移動中の車の中で一瞬だけ通り過ぎた雑貨屋、店前に並べられていたどのネックレスよりもそれが目に留まったのだ。恥を忍んでこっそりとカレンに頼んだ記憶がある。その時のカレンの表情といったら、仕方ないわねと言いながらも顔は笑顔だった。

「太陽に透かさないと分からないからナナリーの目が見えるようになったら渡そうとおもっていたけど、もう、いらないな」

そのネックレスもルルーシュは炎の中へと投げ入れる。ネックレスは金属部分を溶かしアメジストを黒ずませた。灰の中へと沈んでいくそれを勿体ないとも思わず、ルルーシュはどんどん物を出していく。どれもナナリーに渡そうと思っていたものだった。とうとう鞄の中身も空となり、ルルーシュは最後に鞄を炎の中へ入れた。あっという間に燃える鞄を見つめ、火が消えるまでじっとそこに立ち尽くす。

「せっかくナナリーの目が見えるようになったのに、俺はナナリーに何も与えることができない」

悪の皇帝となった今、捕虜のナナリーに個人的に物をプレゼントなどと言っている場合ではなくなってしまった。ずっと願っていた、せめてナナリーの目が見えるようになりますようにと。目は回復の余地があると医者が言っていて、だから、目だけは絶対に見えるようになると信じていた。そして目が見えるようになった時のためにナナリーの周りを優しい世界にしてあげたかった。目は、時に意志すら捻じ曲げる。見たそのものが本当とは限らないのに、人はそれを本当だと勘違いしてしまう時がある。それは他人だけに言えることではなく、ルルーシュもそうだった。

「いや、今の俺からじゃナナリーは何も貰いたくないだろう。ナナリーはもう俺を兄とは思ってくれていないんだろうな。」

ナナリーを苦しませたくないと思ってした行動だったが、結局今もナナリーを苦しませている。自分には兄である資格も、人として生きていく資格もない。気がつけば朝日が空に昇り始めていた。霞みがかった水色の空を見上げながら、そうだ、とルルーシュは思いついた。

「俺が死んだあとの優しい世界だったら、ナナリーは喜んでくれるだろうか」

いいことを思いついたとルルーシュは嬉しそうに笑った。そうと決めたのなら、幸せな世界を作るためにもっと準備をしなければ。まずは世界からもっと憎まれるために、この前反抗してきた貴族達を皆殺しにしよう。あの貴族はブリタニア人から支持があった貴族だから、殺せば皇帝への憎しみは更に増えるだろう。人々が皇帝を憎む姿を想像し、ルルーシュはゾクゾクと背筋に震えを感じた。空を仰ぎ、恍惚の笑みを浮かべて謳う。

「世界よ、もっと憎め。お前たちが憎しみを増やす分だけ優しい世界はやってくる」

そして幸せな未来は自分にとっても幸せな死に繋がる。ルルーシュは気分良く、その場を立ち去った。燃え尽きた大量の灰が風に吹かれて空中に舞う。ルルーシュは瞳から流れた液体を邪魔だと思いながら、それを乱暴に裾で拭った。





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C.C.はルルーシュの記憶をストックしてて、ルルーシュが死んだらその記憶をスザクにプレゼントすればいい。