「なあスザク、俺は酷いことをしているか?」

天蓋付きの豪華なベッドの上でルルーシュが僕に聞く。せっかくの皇帝の衣装を着崩して僕の太股に額をあてているルルーシュに僕は答えた。

「うん。とても酷いことをしているよ。みんなを権力で押さえつけてる。最低な行為だ」
「そうか、それはよかった」

僕が答えてあげるとルルーシュは哀しげな目で僕を見上げた。痩せた首筋に触れるけれどルルーシュは何も反応しない。ルルーシュは僕から目線を逸らして窓の外を見始めた。それにつられて僕も窓の外を見ると、大きな月が空に浮かんでいた。クレーターがはっきりと分かるくらい大きな月。電気をつけていないこの部屋にとって月の光は眩し過ぎるほど輝いていた。黄色い月の光が青白く部屋を照らす、不思議だ。僕は胡坐をかいていた足を解いて両足を伸ばすように広げる。足くびにルルーシュの手が触れたけれどそれに気づいたのは僕だけだった。

「時間がないんだ。もっと、もっと人を悲しませなければいけない」
「そうだね、ゼロレクイエムのためにも君はみんなを傷つけなければいけない」

でも傷ついているのはみんなだけじゃなくて君もだよ、とは言えなかった。ルルーシュは今どんなことを考えているのだろうと瞳を覗けば、その目は近い未来のことしか見ていなかった。僕は、僕を見てほしかったけれど今更言えるわけがない。ゼロレクイエムまで、あと一週間を切っていた。

(ルルーシュが僕の隣から消えるまで、あと一週間か)

ダモクレスで死んだとされた僕はゼロレクイエムのためにルルーシュの私室で身を潜めている。これは誰も知らない僕たちだけの秘密。ロイドさん達にはゼロレクイエムの一部しか教えていないし、僕の死も偶然起こってしまったイレギュラーと思われているだろう。僕が生きていると知っているのは、ルルーシュだけだった。ただ一人C.C.という女も居るが、あれはカウントされるべき人間ではないから無視をする。日々、悪逆皇帝としての公務をこなしこの部屋に帰ってくるルルーシュの話を僕はこうしていつも聞いてあげる。ルルーシュは外ではいつも冷たい仮面をかぶっているけれど、この部屋に入るとただのルルーシュになる。人の痛みを敏感に感じ取って、人の死を永久に悲しむ、そういう人間になる。

「俺はみんなを傷つける、そのために俺はお前を使わなければならない。お前はそれを許してくれるか?」
「許さないよ。絶対に、僕はルルーシュを許さない」
「そうだ、それでいいんだスザク。お前は俺を許すな」

ルルーシュが嬉しそうに笑う。僕は何も返事をすることができず、会話が途切れた。しんと静かな部屋には空調の微かな音しか聞こえない。たまにルルーシュが身をずらして起こす布ずれの音がやけに生々しく聞こえた。 僕は思う、どうしてルルーシュは他人のためにしか頑張れないのだろうと。自分の幸せを願わないのだろうか?他人の幸福を祈るばかり自分の傷に気づいていないのだろうか?ルルーシュに聞いてみたい気もするが、きっとこう返される。俺にはそんな資格がないから、と。確かにルルーシュはゼロとしてたくさんの人々を殺してきた。幸せになる資格は確かにないと思う。

(他人を殺したのに幸せになる資格なんてあってはならない。けれど)

それは他人が決めることであって、己が己の幸せを願うのはいいのではないだろうか?自分の幸せを自分で願って何が悪いのだ。たとえそれが他者から軽蔑されることでも、自分は自分でしかないのだから。だが、ルルーシュは願うことすらしない。自分を自分と思っていないのではないのだろうか。思えば昔からルルーシュは他人のことばかり気にしていた。子供のころもナナリーを守ることに必死で、自分が近所の子供達に暴力を振るわれても何もしない。仕返しもしなければ悔しがったりもしない。この暴力を受けるのがナナリーでなくてよかったと、安心しているだけだった。僕はそんなルルーシュが不思議でしょうがなかったし、なんで自分のことを気にしないのだろうと疑問に思った。子供のころにそう思っていた疑問は年月が経ち、ルルーシュとまた再会するころにはすっかり忘れてしまっていたが。だがまた最近、そう思うようになった。ゼロレクイエムによりルルーシュの命が短くなっているからなのだろう。ルルーシュの命はあと一週間で消えてしまう、僕の手によって。

「・・・スザク、ゼロレクイエムはちゃんと成功するだろうか」

ルルーシュがぽつりと漏らす。とても不安げな声、僕はルルーシュを見る。ルルーシュが赤ん坊のようにベッドのシーツをぎゅうと握りしめていた。

「ゼロレクイエムで世界の憎しみはちゃんと消えると思うか?」
「大丈夫だよ。君は今、世界中の敵なんだ。君を憎まない人間なんているわけがないよ」
「本当か?本当にそう思うか?」
「ああ。ナナリーですら、君を憎んでいる。ナナリーより優しい人間なんて、いないだろう?」

ナナリーという名を出せば、ルルーシュはそうだよなと安堵の息を吐いた。ルルーシュは不安なのだろう、自分が消えたあとの世界のことが。自分が消えてちゃんと憎しみの連鎖が断ち切られるのか、自分の死で皆が新しい道へと進めるのか。ルルーシュの計画に狂いがなければ、ゼロレクイエムのあとの世界は新たな希望の光を見つけ出し良い方向へと向かうだろう。けれど、そこにルルーシュはいない。ようやくできた平和で優しい世界に、それを一番に望んだルルーシュはいないのだ。もし僕がルルーシュだったら、それは嫌だと思うだろう。せっかく自分がたくさん頑張ったのに結果を貰えないなんてあまりにも悲し過ぎる。ルルーシュは、きっとそんなことにも気付いていないのだろう。自分が幸せな世界に入れる筈がないと最初から思い込んでいるはずだ。

「・・・ルルーシュ」
「ん・・・」

僕は上半身を屈めてルルーシュに口づけをした。ルルーシュは抵抗せずにそれを受け入れる。舌でルルーシュの下唇を開かせば簡単に口内に侵入することができた。ぐっと体重をかけて重なりを深くする、けれど、何故か虚しさだけが心の中に増えていく。恋人同士のような行為なのに僕たちの間にそのような甘いものはなく、ただ無心に互いの唇を貪り合っていた。僕がルルーシュに求め、ルルーシュがそれに答える。ただそれだけのこと。ルルーシュが自ら求めるようなことはしない。ルルーシュが己に求めるのは痛みだけだ。僕はそれが悲しくて唇を重ねる。僕に与えるという言い訳をつくって、ルルーシュにも安らぎを感じてほしかった。それにルルーシュが気づいているのかいないのかは、分からない。

「・・・、は・・・」

唇を離すとルルーシュが苦しそうに声を漏らす。口づけしたあとのルルーシュ顔は少し赤くて、目も潤んでいて、ルルーシュがちゃんと生きているんだなと実感できる。いつもルルーシュは何処か禁欲的に周りを見ているから、本当に生きているのかと馬鹿なことを考えてしまう時があったりする。口づけをすることで、ルルーシュの生を感じる。そして僕だけが安心するのだ。

「・・・抱くか?」

ルルーシュが子供のように純粋に僕に訊ねる。身体を起こそうとするルルーシュを止め、僕は首を横に振った。

「今日はいい」

ルルーシュと身体を重ねることはあるが、あまり最近はしていない。ルルーシュの身体は麻薬のようで、一度味わってしまったらもう一度欲しいと思ってしまうのだ。しかしそれでは駄目だ、ルルーシュはいなくなってしまうのだから。最初にルルーシュを抱いたのはいつだったろうかと思いだそうとしたがやめた。今更、昔の事を思い出してもしょうがない。ルルーシュはまだ不安そうな顔をしている。ゼロレクイエムが近づいているのだ、不安だらけだと思う。他人に対してばかりの不安で押しつぶされそうなルルーシュを、僕は見守ることしかできない。

「ルルーシュ、大丈夫だよ。君の死を嘆く人なんて、この世には存在しないから」
「ああ・・・」

僕はルルーシュの望む言葉だけをルルーシュに囁く。ルルーシュが安心して逝けるよう、僕の本心を隠して。ゼロレクイエムによってルルーシュという存在は世界中の憎悪をその身に抱きしめて消えていく。その後には、何も残らない。ただルルーシュという人物が行ってきた嘘の悪事が記録されていくだけだ。ルルーシュは本当の想いを残さずに消えていってしまう。いくら僕がルルーシュの想いをかき集めて大事にしまっていても、それは僕が目を離した隙に淡雪のように消えてしまうのだろう。

「ルルーシュ」

ルルーシュの髪に触れると、その柔らかな黒髪を撫でた。あやす様に、心配するなというように、僕はルルーシュの頭を撫でる。そうするとルルーシュはいつも目を閉じて僕だけを感じてくれる。ルルーシュの不安の種を除くのが、今の僕の役目。世界中の憎しみを背負うルルーシュのために、僕は今日もいつもの呪文を唱えるのだ。

「君が死んだら、みんな喜ぶよ」

ルルーシュは本当に嬉しいという顔で、ありがとうと呟いた。ルルーシュを安心させるこの呪文は僕の心を緩やかに締め付けていくけれど、その痛みすら僕にとってルルーシュを感じる素材でしかなかった。




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イエスマンなスザク