「兄さん、少し調子に乗りすぎではないですか?」

誰もいない図書室でロロが怒りを孕んだ声でそう言った。そう言われた咲世子は申し訳ありませんと頭を下げつつ、内心溜息をついた。校内放送ではミレイ会長の無事を知らせる放送が流れている。遠くから歓喜と安堵の声が聞こえるなか、ここの空気はロロによって冷たくなったいた。 ゼロであるルルーシュからの命令を受けてルルーシュに成り代わって数日、特に大きな問題は起こしていない。人間関係を円滑に、咲世子が覚えている限りのルルーシュの行動と性格を真似して行動している。さすがに授業をサボるなどの行為は真似するのを躊躇い、きちんと出ているが。とにかく、咲世子は問題なく任務を遂行しているつもりなのだ。しかし、ロロはそう思っていないらしく事あるごとに咲世子に棘のある言葉を投げつける。

「いいですか、あなたが周りの人間に優しくして迷惑するのは兄さんなんですよ?」
「はあ・・・」
「兄さんみたいな人に優しくされたら誰だって変な勘違いを起こしてしまうでしょう!?兄さんが帰ってきたときに兄さんが変な奴らに言い寄られたらどうするつもりなんですか!」
「それは・・・あの・・・ないのではないかと」

最初はゼロに忠実な人間なのかと思っていた咲世子だったが、それが違うことに気づいてしまった。 兄弟(役)だとゼロから聞いていたが、ロロのルルーシュ対する感情は兄弟を超えている気がする。いや超えていると思う。 このやり取りもたった数日しか経ってないというのに何回も繰り返されたものだ。 半分聞き流しつつも咲世子はロロの気が治まるまでじっと耐える。

「女性に優しくするのはいいですけど、相手に勘違いされない程度にしてくださね。あと、男性とは接しないように」
「じゅ、授業もありますし接しないようにするのは無理なのでは・・・」
「咲世子さん!あなたは女性なんです!あなたの男性への接し方は女性のものなんです!そりゃあ兄さんは華奢で危なっかしくて放っておけない所がありますけど、だからって荷物も一人で持てないような人じゃありません!」
「それは・・・」

恐らくロロは昼間のことを言っているのだろう。昼間ルルーシュ(咲世子)がシャーリーに頼まれて学園祭の後始末の荷物を運んでいた時、荷物が重くてなかなか運べないでいたところを同じクラスメイトの男子に助けて貰ったのだ。その時、咲世子はなんて優しい人なんだろうと笑顔でその男子にお礼を言った。その男子と一緒に荷物を倉庫まで運びに行ったのだが、その場面をロロに見られてしまったのだ。

「咲世子さんが笑顔でお礼なんか言うから、あの人絶対に勘違いしましたよ。顔真っ赤にしちゃって、咲世子さん気付かなかったんですか!」
「いえ、あの、まあ」
「兄さんが帰ってきてからあの人が兄さんに付きまとったらどうするんですか!そうなる前に僕が処分しないと・・・」

ロロがポケットに隠してあるナイフに手を伸ばす。本当にやりかねないロロに咲世子は焦ってそれを止めた。 確かにルルーシュの真似をしていると言っても中身は女性だ、物腰だって男性を真似しきることは難しい。 しかしそういうことを考え、体育の時間などは男性のように活躍できるように頑張っている。もともと運動の得意な咲世子だが、ルルーシュが体育を苦手なのを知っていたのである程度抑えた。その行動も、ロロは納得できなかったようだが。気が治まったのかロロが本棚に手をのばし、ある本を手前に倒すとそれを押す。すると、すぐそばの本棚が動き出し鉄の扉がだんだんと現れた。やっと小言が終わったかと咲世子はホッとして肩の力を抜いた。


「とにかく、これからは行動に気を・・・っ」


突然、ロロの言葉が不意に止まる。なぜなら廊下のほうから足音が聞こえてきたからだ。こんな時間に一体誰が、ロロと咲世子は思わず身を構える。耳を澄ませると足音は図書室前で止まり、中に入ってきた。まだ地下施設への隠し扉は開ききってない。このままじゃマズイと思っていると、入ってきた人間が声を上げた。

「ルルーシュ?いるのか?」

名前を呼ばれた咲世子は驚いて眉を顰める。この声は聞き覚えのある声だった、昼間に荷物運びを手伝ってもらったあの男子。 ロロはあの男・・・と低く唸って舌打ちをした。何故あの男子がルルーシュを探しているのか分らないが、探されているのは咲世子だ。 とりあえずこの場は自分が出て足止めをする、と咲世子は言いとロロの制止を無視して声のするほうへと出て行った。

「な、なにかな?」
「なんだそこに居たのか、探しちゃったじゃんかよ」

咲世子が出ていくと、そこにはやはり昼間の男子生徒がいた。茶色い髪をした長身の彼は、確かアメフト部に所属している生徒だった。咲世子(ルルーシュ)を見つけた男子生徒は顔を明るくして咲世子に近づく。咲世子はロロがいる位置が見えないように上手く移動し、どうにか男子生徒の注意を引く。 何かの本を探すふりをしながら隠し扉の位置が死角になる本棚に移動する。男子生徒を本棚の奥のほうへ誘導し、扉が再び閉まるまでの少しの間時間稼ぎをすることにした。

「ちょっと調べ物があって・・・何か用?」
「あ、うん・・・ちょっと・・・さ」
「?」

男子生徒はそわそわと落ち着かない様子で咲世子を見た。何かこの男子生徒と約束をしただろうかと思い出してみるが思い当たらない。もしかしたら自分がルルーシュになり替わる前になにか約束でもしたのだろうかと思ったがそういう連絡は受けていない。 咲世子はなんだろうと不思議に思いつつ興味もない適当な本に手を伸ばした。が、本を取ろうと飛ばした手は男性生徒によって掴まれた。

「なっ・・・」
「ルルーシュッ!」

痛いくらいに手首を握られて咲世子が驚いて振り向くと、男子生徒はいつの間にか背後に回っていた。そのまま掴まれた手首を回され、男子生徒と正面に向き合うような態勢にされる。中途半端に触れていた本に手が当たり、本棚から落ちた本が床に落ちる。本棚に押し付けられるように、本棚と男子生徒の間に挟まれ咲世子は呆然と男子生徒を見上げた。図書室のライトを背にした男子生徒は息が荒いように感じられる。自分よりいくつも身長が高く体格もいい男子生徒は咲世子の両肩を掴むと顔を赤くして口を開いた。

「じ、実は俺・・・前からルルーシュのことが・・・!」
「へ!?」

「本気なんだ!だから・・・!」
「ちょ、待っ・・・!」

突然のことに頭がついていかず咲世子は焦って逃げ出そうとするが、肩を掴む男子生徒からは逃げられない。身をよじって抵抗すると、男子生徒は片手を咲世子の後頭部に回してきた。頭を固定され男子生徒のほうを向けさせられると、男子生徒の顔がすぐ目の前にあった。ひっと声が引き攣り両手で男子生徒の胸を押し返すが、アメフト部相手には無駄なことだった。

「ルルーシュ・・・」
「や、やめっ!」

唇と唇の距離が近づく。マスクをかぶってるとは言え知らない男性にキスされるのは嫌だ。まさか本当にロロが言っていたようにこんな事態が起こるとは思っていなかった咲世子は、こんなことならロロの忠告を真面目に聞いていればよかった後悔した。男子生徒の吐息を唇に感じ、咲世子は思わずぎゅっと目を閉じ唇を噤んだ。

「っ・・・・・・・・・?」

いくら待っても唇に感触は来ない。すると押さえられていた男子生徒の手が外され、前で何かが倒れる音がした。恐る恐る目を開けると、そこにはうつぶせに倒れる男子生徒とそれを見つめるロロの姿があった。緊張が解け、つまっていた息を吐きだす。助かった、と咲世子はロロに感謝した。

「だから言ったんです、こんなやつがいるから気をつけろと」
「はい・・・ありがとうございます。助かりました」
「いえ、気にしないでください」

どうやらロロはギアスで時間を止めたあと、手刀で急所を打ったらしい。倒れた男子生徒は起きる気配がない。 ロロが助けてくれると思ってなかったので咲世子は思わず感動してしまったのだが、その後に続いたロロの言葉にすぐさまその感動は取り消された。

「別に中身は咲世子さんだったんでキスくらいさせてもいいかなと思ったんですけどね、やっぱり他から見るとどうしても兄さんが襲われてるように見えてしまったので」

信じられない言葉に身体が固まる。ロロはそんな咲世子を気にせず、男子生徒をずるずると引きずると邪魔にならない位置に移動させた。 早く行きましょう、と男子生徒を放置してロロは隠し扉のほうへと歩き出した。ロロの後姿は「兄さんが帰ってきているときに起こらなくてよかった」というオーラが漂っており、ロロはルルーシュ以外ならどうでもいいのではないかと咲世子は思った。

(このままやっていけるのかしら・・・)

咲世子は今日何度目になるか分からない溜息をついてロロを追いかけた。図書室には無残にも床に倒れたまま放置された男子生徒が残され、彼のポケットには一枚のメモが入っていた。それはロロが彼を移動させた時に入れたメモ、「ルルーシュに近づくな。次は殺す。」というメモだった。彼が起きた時にこのメモを見てどう思うか、それは分からないがきっと彼がルルーシュに近づくことはもうないだろう。


地下施設でルルーシュが帰ってくるという知らせを聞いた時、ロロだけじゃなく咲世子も喜んだ理由をヴィレッタは知らない。




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ロロの嫉妬がかわいい