チカチカと15階からゆっくり点滅してくるエレベーターのパネルを見つめながら僕は早く来い早く来いとその場で足を上下させた。どうして家で仕上げようと思っていた明日の企画書をデスクの上に忘れてきてしまったのだろうか。僕がそれに気づいたときは電車の本数も少なくなってくる午前12時の頃だった。会社へ行くのに電車には乗れるけれど帰りは終電に間に合わないだろうと僕はプライベートでしか使わないバイクで会社まで来た。駐輪場へバイクを停めてから社員パスで裏口から入った僕は、しんと静まり帰ったロビーを見て不気味さに背筋を震わせた。僕の務める会社は菓子食品の製造と販売をする会社だ。本社の企画部勤めの僕は日々新しい商品を考えるのに苦闘している。今まで僕の企画で売り出されたお菓子は全く売れてないことから、次こそは頑張らねばと思っていた。そんな矢先に企画書を会社に置き忘れるなんてことをしてしまい縁起が悪い。僕が足を上下させる足音だけがロビーに響き渡る。僕はいつも遅くとも10時には会社を出ていてそして朝も9時頃に出勤するので、こんな誰も居ない会社の風景は初めて見た。中小企業のビルが立ち並ぶ地域だからか外の喧騒もロビーに居るのにうっすらとしか聞こえなかった。

(こんな日に限ってロイドさんもセシルさんも居ないし・・・ジノかリヴァルにでもついてきてもらえばよかった・・・!)

会社にはいつも4階の開発部のロイドさんやセシルさんが夜中だろうと朝だろうとお菓子の研究をしている。開発部の隣の仮眠室に殆ど住んでいるというようなロイドさんなのだが、今日に限って明後日に支社で開発部の会議があるからとセシルさんと一緒に出張中なのだ。こんな大きなビルに今は僕一人しかいないと思うと、僕は意味もなくエレベーターのボタンをカチカチと何度も押した。正直に言うと僕は怖がりである。ホラー映画など一人で見れないタイプだ。今だって、もし暗がりから何かが出てきたりしたらと想像してしまう。幽霊を信じなければいいと言われたことがあるが僕は幽霊を信じる信じないではなく、出てきたら怖いと思う人間なので幽霊が実在しようとしまいとそれに似た何かが出てきたら怖いのだ。三基あるエレベーターのうち二基は1から15まであるランプのうち1階を点灯させていたが、どちらも休止中のランプが点いていた。本当ならばエレベーターなど使わずに階段を上っていけば速いのだろうが階段は非常灯しか点いておらずしかも企画部の階は8階なので、そんな暗い中で階段を一人で8階まで上る勇気は僕にはなかった。ポーン、という軽快な音と共にエレベーターが到着する。音もなく開いたエレベーターの中には当然誰も居らず、僕はエレベーターに飛び乗ると8階を押した。

(・・・けど、エレベーターに一人ってのも・・・怖い・・・かも・・・)

真っ白な小さな個室、いつもなら気にならない空間なのに怖がっているせいか何だか圧迫感を感じる。これでもし誰も居ない階に止まったら怖いよなぁなどと想像しながら僕はランプを見ていたが、もちろん止まるわけがなく無事に8階に着いた。扉が開いた途端、僕はうげっと顔を引き攣らせた。通り慣れた廊下は真っ暗で、青い非常灯が弱々しく光っている。目を凝らさなければ先の見えないような暗闇に、明るいエレベーターから降りるのを躊躇った。ものすごく、怖い。しかしこんなところで立ち止まっているわけにもいかず僕は意を決してエレベーターを降りた。こうなればさっさと企画書を取って帰ろう。早足で廊下を歩き企画部の扉を社員パスで開いた。いくつもあるデスクの中から僕のデスクへ向かうと企画書はデスクの上に無造作に置かれていた。ファイルにも入れられていないバラバラな紙を掻き集めてすぐさま企画部を出る。ちゃんと社員パスで鍵を閉めてから、僕はホッとしてエレベーターに向かった。歩きながら企画書の枚数を数える。20枚全てちゃんとあった。よかった、これで帰れると顔を上げた僕はあれ?と首を傾げた。

(エレベーターのランプ・・・15階に停まってる?)

スザクが乗ってきたエレベーターのランプが2階を照らしていたのだ。僕が8階まで乗って来たのだからエレベーターは当然8階に停まっているはずなのだが、何故かエレベーターは15階を灯している。今このビルには僕しかいないはずなのに、何故エレベーターが僕より上の階を指しているのだろうか?ゾワワッと悪寒が走り僕は固まった。まさかこれが心霊現象というやつなのか?いや、ただのエレベーターの故障かもしれないし、それか僕のあとに僕みたいに忘れ物をして誰か来たのかもしれない。しかし、僕がエレベーターを降りたのはついさっきでほんの5分程度だ。その間に誰かが来て、しかも最上階である15階に行ったとは考えにくい。

(まさか、本当に幽霊・・・?)

いや、そんなわけがない。きっとただの故障だろう。僕は怖い妄想を首を横に振って払い、エレベーターを呼ぶために下を指す矢印のボタンに手を伸ばした。しかし、僕がボタンに触れる前にエレベーターは動きだした。びっくりして見上げると15に停まっていたランプが14、13と下がってきている。僕はボタンを押していないのにどうして動くのだ。緊張しすぎて額から冷や汗がたらりと流れる。どんどんと降りてくるエレベーターにまさかこの階で停まったりしないだろうかと僕は嫌な予感がした。そして、僕の嫌な予感はだいたい当たるのだ。ランプが9を光らせた5秒後、到着の音が一足先に鳴り響く。今すぐ逃げ出したかったけれど情けないことに怖くて足が動かない。着いたエレベーターの中には何が居るのだ?バクバクと心臓が飛び出すのではないかと思うほど鼓動を打っている。口を開けたまま扉から目を離せない。そして開いたエレベーターの中に黒い人影を見た瞬間、僕は大声を上げて腰を抜かした。

「っうわあああああッ!!!」
「わァっ!?」

持っていた企画書がバラバラになり床に散らばった。ごめんなさいごめんなさい、と何故か謝りながら僕は両腕で顔を覆う。しかし、僕の叫び声かぶったもう一つの声にん?と思考を止めた。恐る恐る腕の隙間からエレベーターを見ると、懐中電灯を持った男の人が驚いた様子で僕を見下ろしていた。

「・・・だ、大丈夫ですか?」

黒い髪に白い肌は幽霊に居そうなものだが、その声はハッキリと僕の耳に伝わってきた。手を差し伸べるその人の姿を見た瞬間、この人は幽霊じゃないと僕は顔を覆っていた腕をばたりと床におろした。本当にびっくりした、本当に心臓が止まるかと思った。気が抜けた身体は情けないことに手伝って貰わないと立ち上がれないほどだった。僕はその人の手を掴み立ち上がると、改めて彼に向き合った。僕を引き上げたその手で紺色の帽子をくいと持ち上げたその人の姿を見て僕は安心した。

「け、警備員さんですか?」
「ええ、そうですけど。失礼ですが社員の方ですか?パスを見せていただけますか?」
「あ、はい・・・これです」

僕が社員パスを渡すと警備員さんはそれを確認してからありがとうございますと僕にそれを返した。この会社の警備員さんの顔はだいたい知ってると思ってたけれど僕はこの人の顔を見たことがなかった。昼間にロビーに駐在してくれてる警備員さんは藤堂さんという、言ってしまえばオジさんなのだがこの人はかなり若く見える。もしかしたら僕と近い歳じゃないだろうか。

「あのう、警備員さんは昼間はいませんよね?」
「えっ?」
「いや、うちの警備員って藤堂さんだけだと思ってたから・・・」
「ああ、俺は夜間だけの警備で、アルバイトみたいなものですから。夜に2回だけ見回りをするんです」
「そうなんですか・・・」

夜だけってのも大変そうだなぁなんて僕が思っていると警備員さんが不意にしゃがみ込んだ。床に散らばった企画書を拾い集めだした警備員さんにハッとして僕も企画書を拾う。なんにせよ僕は警備員さんに驚いて腰を抜かしたというわけか、恥ずかし過ぎる。恥ずかしさに顔が赤くなりそうで僕はそれを誤魔化す様に乱暴に企画書を拾い集めた。ふと、警備員さんが企画書のある一枚をじーっと見ている。それは新しいクリームクッキーのパッケージイラストが描かれた紙だった。絵の下手な僕が描いたセンスのないそれはお世辞にも上手いとは言えないものだ。

「それ下手でしょう?僕が描いたんです」
「あなたが?」
「はい。僕、企画部なんですけどそれ一応次の新商品っていうか・・・えっとこれなんですけど」

本当は企画書はあんまり人に見せちゃいけないんだけど、僕は持っていた企画書を警備員さんに見せてみた。僕が考えていた新商品は苺のクリームクッキーだ。女の子は苺が好きだという僕の偏見と、あと僕がクッキーがなんとなく食べたかったからという個人的理由でクリームクッキーにしてみた。でもそれだけでは似たような商品が他社にもうちの会社にもあり、あともう少し何か工夫が必要だと思っている。とりあえず甘いものに甘いものを足しておけばお菓子としてはいいかな、なんて思って、ストロベリークリームを薄くて丸いバニラクッキーで挟んだものをミルクチョコレートでコーティングするということを企画書には書いておいた。苺とチョコは合いそうだからこれはちょっと自信があったりして、僕は企画書を見る警備員さんの顔を見つめた。警備員さんはパラパラと企画書をめくって目を通すと、口元だけ笑わせて企画書を僕に返した。

「ど、どうですか?」
「はい、美味しそうだと思いますよ。ただ・・・」
「ただ?」
「なんか苺クリームのクッキーのお菓子って他にもありますよね?なんか、似てるかなぁって」

グサ、と胸を刺された気分だった。正直図星だったからだ。僕は項垂れてやっぱりそうですよねと呟く。いくらチョコレートで誤魔化したって似たようなものがあると消費者には分かってしまうのか。落ち込む僕に追い打ちをかける様に警備員さんが言葉を続ける。

「それに苺にクッキーにチョコじゃ、それの何を売りにしたいのかちょっと分かりにくい気がしますね」
「えっと・・・一応、上から言われてるのは苺のお菓子ってことなんです」
「そうなんですか。苺のお菓子ってもう色々と種類がありますからね、もっと新しい感じの・・・って、俺が言うことじゃないですよね。すいません」
「いえ・・・いいんです本当のことですから・・・」

ただの警備員さんに言われるのだ、きっと企画部長のミレイさんに見せたらもっと酷いことを言われるだろう。それに苺菓子はマンネリに陥りやすいことは僕も思っていた。やっぱりこの案は没かなと僕はため息が漏れそうになる。僕が企画書を束ねて立ち上がると警備員さんがエレベーターの扉を開けてくれた。一緒にエレベーターの中に乗り込んでから1階のボタンを押す。扉が閉まってからなんとなく沈黙が流れて、気まずいなんて思った僕は警備員さんの首にかかっているネームプレートを見た。

「えっと、ランペルージさん?」
「あ、はい。確か、枢木さん・・・でしたよね?」
「敬語じゃなくていいですよ、ランペルージさんってもしかして僕と歳近くないですか?」

僕がなんとなくそう聞いてみたら、なんとランペルージさんは僕と同い年だった。僕はてっきり僕より少し年上だと思っていたかびっくりしてしまった。ランペルージさんも僕と同い年だとは思っていなかったらしく、僕を年下だと思っていたらしい。僕は童顔だから年下に見られるのはよくあることなので気にしないのだがランペルージさんはごめんなさいと言った。

「ランペルージさんって大人っぽいから年上だと思ってましたよ」
「同い年なんだからルルーシュでいいよ」
「じゃあ僕もスザクでいいよ」

急に親近感がわいて思わず笑い合った所でエレベーターは1階に到着した。僕がエレベーターを降りるとルルーシュはエレベーターから降りずにそのまま扉を開くボタンを押していた。降りないの?と聞けばまだ見回りが終わってないからとルルーシュは言う。もしかして見送りをしてくれたのだろうかと思うと勤務中なのに申し訳なかった。時計を見るとすっかり終電も終わる時刻を過ぎていて、僕はそれじゃあと裏口へ向かおうとした。けれど、ふと手に持つ企画書とさっきのルルーシュの言葉を思い出し足を止める。

「あ、あのルルーシュ。ルルーシュは苺のお菓子だったらどんなのがいいと思う?」

どうせ企画書はやり直しなのだ、誰かの意見を聞いたほうがいいだろう。僕がルルーシュに問うとルルーシュは迷うように黙ってから口を開いた。

「さっきの・・・さっきの菓子なら、クッキーはチョコ味の方が俺はいいと思うな」
「え?でも、さっきのお菓子は似たようなやつがあるって・・・」
「そんなこと気にしていたら、殆どの菓子は類似品が既に出てるだろう?」
「そ、そっか・・・」

確かにルルーシュの言うことは一理ある。まだ仕事があるからこれで、とルルーシュがエレベーターのボタンを押した。僕は頷き扉が閉まるのを待っていると、閉まる直前にルルーシュが言った。

「それに、俺はさっきの菓子は好きだよ」

ふわ、と微笑んだルルーシュの顔が一瞬だけ見えて扉はしまった。どんどん上の階に上がっていくエレベーターランプを僕は思わず呆然と見上げた。駄目出しはされたけど嫌いじゃないと言ってもらえた。今まで僕は自分が考えた菓子を褒めてもらったことがあまりなかったので何だか嬉しい。さっきまでもう駄目かもしれないと思っていた気持ちが萎んでいき、僕は意気揚揚と裏口へ向かった。 もしかしたらどうにかなるかもしれない。なんて、褒められてすっかり有頂天になった僕はバイクに跨ると自宅アパートを目指してエンジンをかけた。




結局徹夜で企画書を仕上げたため睡眠の時間が取れなかった僕は半分目を閉じかけたまま出勤した。いつもならぐらぐらとした電車の揺れを不快に思っていたのに今日ばかりは睡眠を促すものでしかなかった。覚束ない足取りで会社のガラス張りの回転ドアを通ると、入口のすぐ横にいた藤堂さんと目が合った。おはようございますと舌足らずな口調で挨拶をすると、藤堂さんはいつものような厳しい表情ではなく僕を見てクスリと笑った。どうして笑うんだろうかと思っていると藤堂さんが、警備員は幽霊じゃないんだぞと耳打ちしてきた。その言葉の意味は明らかに昨日の夜のことで僕は驚いて何で知ってるんですか!叫んでしまった。僕はすっかり忘れていたがこの会社にはちゃんと防犯カメラがあったのだ。藤堂さんは昨日の夜の防犯カメラの映像を見直した際に、8階で僕がルルーシュに驚いて腰を抜かす場面を見つけたのだという。あんな場面を見られてしまっただなんてと僕は肩を落として逃げるようにエレベーターに乗った。

「あら、スザクくんこれいいじゃない!」

午後の会議で企画書を出すとミレイさんがそう声を上げた。カクカクと頭が何度も落ちそうになっていた僕はその一言に顔を上げて、え?と首を傾げた。ミレイさんは僕の企画書を皆に見せると、スザクくんもやればできるじゃないのと笑っている。

「逆にこうやってシンプルなのも受けがいいのよねぇ、最近凝ってるものばっかりで普通のがなかったりするのよね!」
「は、はぁ・・・」
「えー!私のは没ですかミレイさん!」
「部長とお呼び、ジノくん。うーん、ジノくんのもいいんだけどねー」

あなたのお菓子はどうしても値段が高くなっちゃうのよね、とミレイさんがジノに苦笑する。いつもジノは材料費とか手間とか考えずに豪華なお菓子ばかり考えてくるから、贅沢シリーズとしてジノのアイデアは開発部へ通されている。今回僕が提出したのは、ルルーシュの意見を取り入れた苺クリームのチョコクッキーだ。ルルーシュの言葉を思い出しながら苺がちゃんとメインだと分かるように工夫して、なおかつ今までの商品と似ているけれど違うというところを作ってみた。僕は襲いくる睡魔と闘いながらミレイさんの答えを待っているとミレイさんがバンと机を叩いた。今回はスザクくんの案で行きましょう!という言葉に僕は一気に眠気が吹き飛んだ。僕の案が初めてミレイさんに通ったのだ。僕はつい立ち上がりありがとうございますとミレイさんに頭を下げる。隣に座っていたジノが今回はスザクに持っていかれたかなんて言いながら僕の背を叩いた。僕は嬉しくて顔をニコニコとさせていると、ミレイさんが僕の企画書の一番後ろにあった紙を見た。

「あら、これは?」
「あっ!それは間違いって言うか、没ネタのやつです。紛れ込んじゃったのかな」

ミレイさんが持っているのは僕がルルーシュに見せた企画書の一部だった。あらそうなのと言いながらミレイさんはその企画書を見て笑う。

「これ没にしてよかったわねー、これ提出されたら私確実に却下してたわよ」
「は、ははは・・・」

危なかった、と僕は心の中で安堵した。昨日まではそれをミレイさんに提出する気が満々だったから、アドバイスをくれたルルーシュに感謝しなければ。たぶん今回の案もルルーシュの意見が無かったらいつものように没にされていただろう。企画書を会社に忘れていってよかった、なんて思いながら僕はミレイさんから企画書を受け取った。新製品を作るのにプロジェクトとしてメンバーを選んでおいてと言われた僕はジノとアーニャにそれを頼むことにした。一応僕がリーダーということらしく、忙しい日々が始まった。




もう帰るかななんて思い始めた午後11頃、セシルさんが僕のところに来た。みんな帰ってしまった企画部で僕のデスクだけ明かりが点いていて、セシルさんは僕に小さな箱をくれた。もしかしてと思って箱を開けてみるとそこには僕がイメージしたお菓子が入っていた。

「まだ試作品第一号だけど、できたからスザク君にってロイドさんが」
「あ、ありがとうございます!」

僕が考えたお菓子がこうして形としてできたことに僕は感動した。さっそく一つ食べてみようと思った僕だったが、手を止めて箱を閉めた。この試作品はまずルルーシュに食べてもらいたい、そう思ったのだ。ルルーシュのおかげで案が通ったわけだし、あれから一度も会っていなかったからお礼も言いたい。セシルさんが開発部に戻っていってから僕は時計を確認した。ルルーシュは午前一時に見回りをしに来るはずだ。

「・・・よし」

僕はワイシャツの腕をまくってパソコンのキーボードを叩いた。ルルーシュが来るまで仕事をしよう、と自分にノルマを与えることにする。二時間なんてあっという間だろうと思いながら僕は中途半端に止めていた書類を書きはじめる。パソコンを操作しながらふと、そういえばルルーシュはどうしてうちの会社の警備なんてしているのだろうと思った。夜間だけの仕事ということは昼間は別に仕事をしているのか、それとも夜の警備のバイトだけで生活しているのだろうか。同い年なのに僕は正社員、ルルーシュは夜間警備のバイト。同い年なのに差があるななんて思うけれどきっとルルーシュにも事情があるのだろう。それに昼間は別の仕事をしているかもしれない。けど、しているとしたらどんな仕事だろうか?普通のサラリーマンというより、何か人とは違うような仕事をしていそうなイメージがある。

(あんなに美人なんだからモデルとかだったら売れそうなのにな)

キーボードを打つ手がだんだんと遅くなる。ここ最近仕事詰めで寝ていなかったから夜遅くになってくるとだんだん眠くなってきてしまう。でもルルーシュに試作品を食べてもらいたいから帰るわけにはいかないし、ああでも眠いな。背筋がだんだんと曲がってきて僕はデスクに腕を枕にして伏せる。少し目を瞑るだけ、少し休むだけ、少しだけ、少しだけ。そう思いながら僕は目を瞑った。



ふわ、と肩に何かがかかる感触と人の気配で僕は目を覚ました。瞼をパチパチとさせて、ここは何処だと寝ぼけた思考で身体を起こすとすぐ後ろで息遣いが聞こえた。誰だろうと振り返り、目に飛び込んできたルルーシュの顔に僕はびっくりしてうわぁっと声を上げて立ち上がった。肩にかかっていた白色の膝掛けが床に落ちて、ルルーシュがそれを拾い上げる。どうやら僕はすっかり眠ってしまっていたようだ。

「仕事疲れがたまってるんじゃないか?机で寝るなんて」

時計を見ればもう午前1時を回っていて、僕は恥ずかしさに頭を掻いた。膝掛けはルルーシュのものなのだろうか、気遣いをさせてしまった。久し振りに会ったルルーシュは当たり前だけど前に会った時と変わらず、僕は隣のデスクの椅子を引っ張ってきてルルーシュの前に置いた。ちょっと見てほしいものがあるんだと言ったらルルーシュは椅子に座ってれた。仕事中だからあまり邪魔はしたくないのだけれど、どうせ誰も見ていないからこのくらいいいだろう。僕はデスクの一番上の引出しにしまっておいた試作品の箱を取り出してルルーシュに渡した。ルルーシュは正体不明の箱に首を傾げて僕を見る。

「これはなんだ?」
「僕が考えたお菓子の初めての試作品だよ」
「ということは、この前の企画は通ったのか?」
「うん、ルルーシュのおかげだよ。だから試作品をまずルルーシュに食べてもらいたかったんだ」

ルルーシュは驚いたように微かに目を見開いてから箱を開けた。チョコレートクッキーに苺のクリームが挟まったものだ。ルルーシュがバニラよりチョコレートのほうがいいんじゃないかと言っていたからそれを取り入れてみたらミレイさんの好みに合ったようだ。しかしルルーシュは考えたのはお前なんだからお前がまずは食べたほうがと躊躇ってしまう。そういう考えもありだけれど僕はまずルルーシュに食べてもらいたいと思ったのだ。早く早くと言ってもなかなかルルーシュはそれを口に運んでくれなかったから、僕は箱からクッキーをつまむとそれをルルーシュの口元に運んだ。少々乱暴だけれどクッキーを押しつけるように唇へ押しあてると、ルルーシュはおずおずと口を開いてそれを食べてくれた。僕はもぐもぐと口を動かすルルーシュの顔をじっと見つめ、その表情を見逃さないようにする。今更、不味かったらどうしようなんて不安になるけれどもう食べてしまったのだからしょうがない。ルルーシュの喉がごくりと動いて飲み込んだのを見た僕は、恐る恐るどう?と尋ねる。ルルーシュはあの時エレベーターの扉が閉まる直前に見せてくれた微笑みを僕にもう一度向けてくれた。

「美味しいよ、スザク」




フンフーン、と鼻歌を歌いながらデスクに座ると後ろのデスクのジノがニヤニヤとした顔で肩を組んできた。

「なんだスザク、ご機嫌じゃないか」
「うん、まあね。あ、そうだ試作品が昨日届いたんだけど食べてみてよ」
「お、サンキュー」

良い出来なんじゃないかというジノにそうでしょと僕は満面の笑みを浮かべた。ニコニコと笑いが止まらずにいると、逆に不気味に見えたのかジノがクッキーを食べながら僕の顔を訝しげに見ている。でも笑みを止めることができなかった。ルルーシュに美味しいと言ってもらえたことが嬉しくて、これから頑張ろうという気持ちがどんどん沸き上がってくる。今まで誰かに僕の考えたお菓子が好きだって言ってもらったことがなかったけれどルルーシュは僕のお菓子が好きだと言ってくれた。そう言ってくれたルルーシュのためにもこのお菓子を絶対に完成させようと思ったのだ。

「さて今日も仕事するぞー!」
「なんだよスザク、いつもならやる気なんてないのに」
「誤解されるような言い方しないでよジノ。・・・実はある人が僕のお菓子を褒めてくれてさ」
「へえ?」
「その人のためにも頑張らなきゃなって思ったんだよ」

ちょっと照れくさい言葉かもしれないけどこれが僕の本心だ。ジノはぽかんと口をあけて唖然という表情を浮かべた後、にやりと口元をやらしく歪ませた。ジノはにやにやというように笑いながら僕を見てくる。どうしたんだ急にと思っているとジノが僕の鼻先に人差し指を突きつけた。

「そうか〜スザクにも春が来たのか」
「・・・は?」
「おーい!みんなースザクに好きな奴ができたぞー!」
「ちょ、わ、な、何言ってるのさ!!!」

とんでもないことを叫び出したジノの口を僕は両手で押さえ込む。周りのみんながざわざわとして僕たちの方を向いている。なんでもない!なんでもないから!と僕は手をぶんぶんと振ってごまかした。ジノの頬に一発かましてやりたいと思いながらジノの口から手を離すとジノはけらけら笑った。ジノは物凄い勘違いをしているのだと僕は言い聞かせるがジノは聞く耳を持ってくれない。

「変なこと言わないでよジノ!その人はただの友達で・・・」
「でもスザクのあの顔は友達のためにっていう顔じゃなかったけどなぁ」
「ジ・ノ・!」

ジノの首を締めながらガクガク揺さぶってやると、サボらないの!とミレイさんに書類で頭を叩かれてしまった。でもジノがと僕が言い訳をしようとするとミレイさんに二発目を食らってしまったので僕はしぶしぶ自分のデスクに座りなおした。せっかくやる気を出したところなのに変なことを言われてしまって仕事ができるような状態じゃなくなってしまった。僕はデスクに肘をついて冷静に考えてみる。確かに僕はルルーシュのために頑張ろうと思ったけれどそれはルルーシュが僕のお菓子が好きだと言ってくれて嬉しかったからであって、やましい気持ちなど断じてない。

(ただ僕はルルーシュのあの微笑みがもう一回見たいと思っただけで・・・・・・って)

待て。それじゃまるで僕が本当にルルーシュのことが好きみたいじゃないか。かぁっと頬に血が集まり顔が真っ赤になる。わああと頭を抱えてデスクに突っ伏した。好きなのかもなんて思い始めたら、ルルーシュの顔がどんどんと頭に浮かんでくる。どうしよう、そんな気は全然なかったはずなのに。僕はもそもそと胸ポケットから携帯を取り出してメモリーナンバーの一番最後を呼び出す。昨日交換したルルーシュの電話番号とメールアドレス。子供じゃあるまいし、こんなただのデータを見るだけで身体が緊張してしまうなんて。僕は机の上に残っていた試作品の箱を見て、はぁとため息をついた。どうやら僕はルルーシュからアイデアだけではなくもっとやっかいなものを受け取ってしまっていたようだった。



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たぶん藤堂さんとルルーシュは仕事仲間