ルルーシュは知っていた。僅かな幸せでさえも、そんなに長くは続かないことを。心臓の活動をやめたロロの亡骸を目の前に、ルルーシュは何故だか涙がでなかった。ただ空虚に放り出されたような、胸にぽっかりと穴があいたような、そんな気持ちが胸をぎゅうぎゅうと締め付ける。震える指先でロロの心臓の上に手を当てる。鼓動なんてないはずなのに、動いているような振動が指の内側からする。そのまま指をロロの頬へ持っていく。まだ温かさの残るロロの身体だが、ぴくりとも動かない瞼に、それまで止まっていた焦燥感が一気に湧き出た。力なく操縦席にもたれかかるロロの身体を抱きよせる。全体重を自分に乗せるようにして抱き締めても、ロロの腕はルルーシュを抱き返すことはなかった。何度も名前を呼ぶ。

「ロロ!ロロ!ロロ!・・・ッロロ!!!」

(『なあに、兄さん』)

頭の中でリフレインするロロの声。いつもなら名前を呼べばすぐに返事をしてくれたのに、今は、もう。ルルーシュは何度もロロの名前を叫んだ。大声を出したら上空を飛びまわっているブリタニア軍や、今や自分のものではなくなってしまった黒の騎士団達に見つかってしまうかもしれない。冷静に考えていれば、いつものルル―シュなら大声を出すことなんてなかっただろう。しかし、今のルルーシュは普通ではなかった。ロロの死、それを目の前に突きつけられた彼を襲うのは後悔という名の刃。なんでもっと優しくしてやれなかったんだろう、なんでもっと理解してやれなかったんだろう。どうして最後にあんなことを言ってしまったのだろう、どうして彼を信じてあげられなかったのだろう。信じてくれる人がすぐそばに居たのに、どうして自分はそれに気づけなかったのだろう。優しい世界は、こんなにすぐ傍にあったのに。目を閉じなくても思い出せる、色鮮やかな記憶。偽りの関係の上に成り立っていて、しかしそれでも本当と言える大切な思い出たち。あんなことで笑ったな、あんなことで怒ったな、あんなことで笑ったな、あんなことで悲しんだな。思い出せば思い出すほど胸の締め付けはきつくなり、いつしか瞳から大粒の涙がボロボロと零れていた。

『大丈夫、僕だけは何処にも行かない。ずっと兄さんと一緒だから』

あの言葉をもっと、信じていれば。ただの道具だと、殺し損ねただけだと、あんなに酷いことを言ったのに助けてくれたロロは、誰よりも自分のことを信じてくれていたのに。嘘つきな兄だと最後は笑っていた。ロロは本当のことを知りながら、わざとああ言って、死んでしまった。

(嘘だった、全て嘘だったはずなのに、全ては本当になってしまったんだよ、ロロ)

嘘をつきすぎて、どれが嘘か分からなくなってしまった。でも、あの何も知らなかった一年間の記憶は幸せだったというのは嘘じゃない。あの一年間だけじゃない、記憶を取り戻しても、何気ない生活の中での時間は幸せと呼べるものだったんだ。ロロを憎んでいたのが嘘だったのか、ロロを好きだったのが嘘だったのか。大事な弟、嘘だった言葉が本当になってしまった。でも、いくら一人で考えても、いくら一人で口にしても、本当の気持ち全てはロロに伝わっていない。憎しみだけを伝えてしまった。谷底へ突き落すような酷い言葉を。違うんだ、本当に言いたかったのはああいうことではないんだ。

『助けてみせる。たった一人の弟を救う力くらいあるはずだ。俺にだってそのくらいの力は、俺にだって』


(ああ、結局)


人間が同じ人間を救うなど、おこがましかったんだ。救うなどと大それたことを考えたくせに、救うどころか殺してしまったではないか。大事なものほど大切にしようと思うものほど、儚く脆く失いやすい。スザクとの友情、ナナリーとの約束、シャーリーとの想い、今まで大切にしてきたものは全てなくなってしまった。今また一つ、ロロという大切なものを無くしてしまった。大切なものだと気付かなかったままぞんざいに扱ってきた罰なのだろうか。大切にしたいと思うものほど、自分の手をすり抜けていく。どうして自分だけ、どうして世界は平等ではないのだ。そんな言葉が思い浮かんだが、ただの八つ当たりだ。平等なんてものは存在しない。ただ自分に優しくしてほしいだけで、他人を巻き込んで平等などと戯言を言うだけだ。世界が本当に平等であったのなら、ロロの死は平等に悲しまれるべきなのだ。だが実際はどうだ?今、悲しんでいるのは自分だけじゃないか。ロロのことだけじゃない、シャーリーだって、シャーリーが死んで世界中の人々がみんな悲しんだか?そうじゃない、悲しんだのは彼女と関わりがあった、世界人口からみたらごく一部の人間だけ。世界は平等じゃない、それ故に、喜びや悲しみがある。しかしそれすら、もうロロには感じることはできないのだ。彼の人生はもう動くことはないのだから。

『ルルーシュ、この呪われた皇子め!』

ロロを拾ったというV.V.の言葉を思い出す。呪われた皇子、確かにそうなのかもしれない。呪われてでもいなくては、こんな悲劇があっただろうか?いや、でも、呪われたというよりかは呪いを振りまくというほうが正しいと思う。自分は死んでいない、生きている。大切なものは壊れてしまった。ギアスという呪いをかけてしまったのだ。

「すまない・・・俺のせい・・・俺のせいで・・・ッ」

死にたい、そう思っては決していけない。ロロが命をかけて地上へ繋ぎとめてくれたこの命だから、何も為さずに死ぬなど絶対に駄目だ。抱きしめる腕を緩めて、とうとう冷たくなってしまったロロの額へ唇を寄せる。頭を撫でてやるとロロはいつも喜んだ。記憶がない時も、記憶が戻ってからも。柔らかな髪の毛が指の間に馴染む感覚に、ルル―シュは苦笑した。

(慣れてしまうほど、ロロの頭の撫でていたということか)

もう二度とロロと会話できない、そう考えると涙は止まらない。"もう二度と"、それが一番辛い。辛くて苦しくて、死んでしまいたい、でもそれはだめ。

「ロロ・・・お前は・・・おれの・・・――――――」

そのあとの言葉は、涙で上手く言えなかった。そっと目を瞑る。トクトク、聞こえるロロの音。心臓の音ではない、これは。ルルーシュはその音へ静かに耳を傾けた。


確かに聞こえるこの音は、ロロの心が生きているという証拠であった。




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(たとえ心臓が止まっても、お前の心(想い)は生きているよ。おやすみ、あと、ありがとう)