「なあ、そんなにラウンズというのは忙しいものなのか?」
「はい?」

トントンと苛立ったように机を指先で叩くルルーシュは、不機嫌な態度を隠そうとしないままジノを見る。機嫌の悪いルルーシュには無暗に突っかからないほうがいいと以前からの経験で覚えていたジノは、生徒会室に来てからずっと不機嫌なままのルルーシュに話しかけようとしなかった。だが逆にルルーシュに話しかけられてしまったら返事をする他ない。けれどもそのルルーシュの質問の意味が分からず首を傾げる。ラウンズは忙しいものなのか、とはどういう意味か?恐らく真意としてはその言葉のままなのだろうが、どうしてルルーシュがそれを訊ねてくるのかジノには少々理解できない。いや、理解できないというよりはしたくない。何故なら彼がそういうことを言い出すということは、だいたいにおいてあの彼についてのことなのだから。ジノはええとと言葉を濁しながら、ルルーシュの視線から逃げるように顔を逸らす。

「そ、そりゃあ皇帝の騎士ですからね」
「お前はこんなに暇そうなのに?」
「先輩、苛めですか?」
「お前はこんなに暇そうなのに…」
「二回言わなくてもいいですよ…」

ジノが思わずため息混じりの息を吐くと、ジロリとルルーシュのキツイ視線が突き刺さる。ルルーシュの苛立ちの原因はだいたい分かっているが、それはジノにはどうしようもないことだ。せめてここにもう一人のラウンズ、アーニャがいたらルルーシュも少しは態度を和らげていたかもしれない。けれど彼女は残念だが今日は休みだ、中華連邦の方へ行っている。ルルーシュはジノのことを暇そうなのにと言うが、ジノだって暇なわけではな無い。今日だって偶然に空いた時間ができたから来たのであって、決して暇だったから来たのではない。夜には本国へ戻らなければいけないし、明日はEUの方へも行かなければいけない。だから暇ではないんです、と、ジノに反論できたらよかったのだが。

「何日目ですか?」
「…何がだ」
「誤魔化さなくていいですよ。私が見たのは一週間くらい前が最後だったかな」
「……俺は二週間前だ」
「あっ…ええと」

しまった、墓穴を掘ってしまった。ジノはぶわりと冷や汗が流れそうになる。ジノと彼は"職場"が同じなのだから、ルルーシュよりも彼に会う機会は必然的に多い。ルルーシュの苛立ちようを見ると、二週間全く会っていないどころか連絡すらきていないのだろう。何と声をかければいいか分からずジノが戸惑っていると、ルルーシュはふてくされるように机に伏してしまった。フン、と強気に鼻を鳴らすルルーシュだがその姿は何処か寂しげだ。らしくないルルーシュの姿にジノは少しだけ胸が痛み、そして同時にこんなルルーシュを放っている同僚に少々の怒りを感じた。けれども、本当に仕方ないことなのだ。何故ならラウンズというものは生半可な気持ちでできるものではないのだから。

「連絡できないくらい忙しいってことなんですよ」
「…それくらい分かってる」
「分かってるならそんなに拗ねないでくださいよ?」
「拗ねてなんかいない」
「はぁ…やっぱり先輩をうまく扱えるのはスザクだけか」

スザク、というその名にルルーシュの肩が微かに揺れる。ここ数週間、ルルーシュはスザクとろくに会話ができていない。能力を買われてスザクがラウンズへ昇格した時はルルーシュも嬉しかったが、こんな状況になると分かっていたのならば嬉しいと思わなかったはずだ。アッシュフォード学園の方は特別待遇としてスザクの欠席などの状況はどうにかしているらしいが、ルルーシュとしてはそれが余計にスザクがこちらに帰ってこないことの後押しになっているのではないかとも思ってしまう。ルルーシュだって、スザクがラウンズだということは十分に理解をしている。今までだって忙しいのは分かっていたので、特に気にならなかった。ただ、何も連絡がないと心配にもなるし、顔を見なければ元気なのだろうかと不安にもなる。ラウンズは、危険な仕事だ。いつ殉職したっておかしくない。だからこそ、ルルーシュは怖くなる。今まで一週間、全く連絡がなくても気にならなかった。けれど最近では世界情勢が不安定なためか、各国でテロが頻繁に起こる。小さなそれは地元ブリタニア軍が鎮圧するが、大きなものとなるとやはりナイトオブラウンズが駆り出される。ラウンズ内ではまだ新入りのスザクに功績を重ねさせるために、最近ではテロの鎮圧で毎日スザクは駆り出されている。

「先輩から連絡すればいいじゃないですか、声聞いたら安心するでしょう?」
「…………」
「……繋がらない、とか?」
「…ふん」

スザクは真面目、というか、責任感が強い人間だ。だからこそ一度仕事モードに入ると、ちょっとやそっとじゃこちらに帰ってこない。ルルーシュはそれをよく分かっている。分かっているからこそ、こうして不貞腐れている。ルルーシュはこうしてスザクの居ないところではぽつぽつと不満を漏らすことはあるが、決してスザクの前ではそれを表さない。寧ろ、こちらは全然気にしていないというように振る舞ってしまう。スザクに余計な心配をかけさせないためだ。戦場の恐ろしさは、帰ってくるたびに増えているスザクの身体の傷を見れば分かる。ちょっとしたタイミングがずれるだけで、簡単に命の火が消し飛んでしまうほど、戦場は恐ろしいところなのだ。

「んー…もしかして、この前のナナリーちゃんのことですか?」
「っ…」

この前、ずっと前から約束していたことがあった。最近は体調のよくなったナナリーと一緒に三人で出かけるという約束だ。ナナリーはとても楽しみにしていたようで前日まで服装について悩んでいたりもした。けれども約束の日、スザクは現れなかった。いくら待ってもスザクが訪れることはなく、連絡をしても繋がらない状況。お仕事なんでしょうかね、と少しだけ悲しそうな顔をしたナナリーの表情をルルーシュは忘れることができなかった。結局その日はロロを連れて三人で出掛けた。ロロはスザクがいると必ずと言っていいほど不機嫌になるので当初のメンバーには加えていなかった。ロロは久しぶりの兄妹だけの時間に嬉しそうにしていたが、それでもナナリーの微かな落胆を感じ取っていたのか少しだけ大人しかった。スザクから連絡が来たのは約束の日から三日も過ぎてからのことだった。急に本国で仕事ができてしまって連絡ができなかったとひたすら謝るスザクの声を聞いて、ルルーシュは、しょうがないなと言うしかなかった。仕事ならば仕方のないことなのだ。今回のことでスザクを責めるのは間違っている、ルルーシュはそう自分の中で結論を出していた。ちゃんと埋め合わせをするからというスザクの言葉を聞いたのが最後、今日でほぼ二週間スザクから連絡はない。

「スザクはああ見えて仕事馬鹿ですからねー、連絡忘れちゃうのも無理ないですよ」
「別に俺は、連絡が欲しいとかそういうことではなくて…」

寂しくない、と言えば嘘になる。けれどもそれを表立って言うほど女々しくはなりたくない。けれど正直スザクが約束を取り消すことは今までも何度かあった。最初は忙しいのだなと思った、けれど回数を重ねられるごとに不安ばかりが積もった。スザクを疑うわけではないが、本当にラウンズというのはそんなに忙しいものなのか?と。けれど、まるでそんなオンナみたいな考えを持ってしまう自分に嫌気がさしてルルーシュはそれを考えないようにしていた。ナナリーの件があるまでは。ルルーシュは自分が傷つくのは一向に構わないが、最愛の兄妹であるナナリーを悲しませることは絶対に嫌だった。もしこれがスザクでなければ激怒していたところだろう。

「…先輩、元気だしてくださいよ」
「……」

隣に座っているジノからポンポンと慰められるように肩を叩かれる。それだけで涙が出そうになってしまったルルーシュはキツク瞼を閉じた。スザクに触れたのはいつが最後だったろうかと思い出してみると、胸が締め付けられるような時間を実感させられる。ルルーシュとスザクは、公にはしてないものの、そういう関係でもある。ただ、ルルーシュにはそれが不安だ。全ての想いがこちらからの一方通行のような気がしていた。そもそもこういう関係になったきっかけだった、今考えてみたら成り行きだったのかもしれない。好きだと、伝えてみたがそれ以上をルルーシュは望んていなかった。そうしたらスザクは、じゃあ付き合おうかと言ってきた。戸惑いもせずに、だ。まるでそれが自然だというようにスザクが言って来たものだからルルーシュは少し驚いたことを覚えている。だが、そういう関係になって何が変わったのかと考えてみても大きく変わった部分などはなかった。身体の触れ合いは勿論増えたものの、愛を囁き合ったことなど滅多になかった。やはりスザクは忙しかったのだ、ラウンズの仕事が。自分ばかりがスザクのことを考えているように思えて、虚しさばかりがルルーシュの心を苛む。そして、そんなことを考えてしまう女々しい自分が嫌になり、その悪循環がぐるぐるを続いている。できることならばドライに割り切っていたい。子供みたいに駄々をこねないで、仕方ないことは仕方ないのだと思っていたい。そう考えれば考えるほど、深みにはまっていってるのだけれども。

「私なら先輩にこんな思いさせないのに、ね」
「…?」

ぽつりと呟いたジノの言葉にルルーシュがそっと顔を上げる。ルルーシュが見れば、ジノはうっかり言ってしまったというように少し焦っていた。慰めてくれているのだろうかとルルーシュは思わず笑みがこぼれた。

「お前だってラウンズじゃないか」
「そ、それでも俺はちゃんと連絡しますよ。それも毎日」
「はは、お前からのラブコールだと相手は大変そうだな。お前は意外としつこいからな」
「ひどいなぁ先輩…」

ジノに今のところそのような関係の人物がいるとルルーシュは聞いたことがなかったが、もしできたとしたらきっとジノは相手をとても大切にしそうだなとなんとなく思った。ジノの明るい性格もあるが、こうしてこんなくだらない話ですら嫌がらずに聞いてくれるジノだから、きっとおしゃべり好きの女性なんかは嬉しいだろう。やはり相性というものがあるのだろうかとルルーシュは今度は顔を横にしてもう一度机に伏す。スザクと相性はいいのだろうかと考えてみて、あまりよくないかもしれないという思いがすぐに浮かんできた。子供のころなどは喧嘩ばかりして、意見が合ったことなど滅多になかった。頭で考えるよりまず身体が先に動くスザクと頭で考えてばかりで身体を動かそうとしないルルーシュじゃ相性が合うということは難しかったのだ。時間が経ち、お互いに変わった部分はある。けれども根本的な所は変わっていないように思えた。スザクは、きっと考えることが苦手なのだと思う。立ち止って考えるよりも、前へ進まなければという気持ちがスザクを常に動かしているはずだ。それに比べてルルーシュはどちらかと言えば一度進んでは立ち止まり、また進んでは立ち止りを繰り返している。こんなにも考え方や行動が違うのだから相性がいいとは思えない。スザクには、行動性がありしかし思考が柔軟でスザクを支えることのできるような人物、そう、例えば。

「ああ、そういえばユーフェミア様が近々こちらにいらっしゃるって先輩聞きました?」
「…ユフィが?」
「はい、だからもしかしたらその時に一緒にスザクも帰ってくるんじゃないですかね?」

きっとそうですよ、と笑うジノとは対照的にルルーシュの顔は暗いままだ。スザクはナイトオブラウンズで皇帝の騎士であるが、ユーフェミアの護衛をよく担当している。ラウンズになる前はスザクはユーフェミアの騎士だった。何があったのかは知らないがある時突然スザクはユーフェミアの騎士を辞め、そして間もなくしてナイトオブラウンズになった。ラウンズになったからと言ってユーフェミアと親交が無くなるわけでもないので、スザクは未だにかつて彼女の騎士だった時のように彼女を守っている。ユーフェミアにまだ新しい騎士が就いていないというもあるのだろう。ユーフェミアのような人物ならスザクと相性がいいのだろうなと、ルルーシュは胸が痛んだ。義理の妹である彼女に嫉妬をしていないと言えば、嘘になる。けれど二人がそのような関係でないと知っているから少しだけ安心はできるのだ。でも、とルルーシュが唇を噛みそうになった時、不意にジノの手がルルーシュの頭を撫でた。ルルーシュは目だけでジノを見上げる。まるでペットを愛でるかのような手つきにルルーシュはムッとしながら、それでもなんとなく心地が良かったので手は払わなかった。

「先輩も大変だね、遠距離恋愛みたい」
「からかってるのか?だったらやめてくれ」
「からかってないですよ。ねえ先輩、だったら私と浮気してみません?」

耳が悪くなっただろうか、ルルーシュは自分の耳を疑う。変な単語が聞こえてきた気がするのだが。ルルーシュはのろりと顔を上げ、眉を寄せた。なんだって?と聞き返す間もなく、ジノの片手がルルーシュの右頬を包むように触れてくる。ジノの目がスッと細くなり、囁くみたいに小さな声でどうですか?と訊ねてきた。

「…ジノ、俺は今機嫌が悪い。そういう冗談は余所でやってくれ」
「ええ?割と本気なんですけど」
「くだらない」

ジノの手を払いのけ、ルルーシュは立ち上がる。不愉快だ、とそのまま生徒会室を出て行こうとしたのだが、後ろからジノに強く腕を引かれた。突然のことに驚いたルルーシュは後ろによろけ倒れそうになるが、ルルーシュの細い身体はジノの厚い胸に抱きとめられてしまった。胸に手を回され後ろから抱え込むようにされてしまい、ルルーシュは心臓が跳ね上がる。

「は、離せ!」
「私だったら絶対に寂しい思いはさせません、ルルーシュ様」

いつものような明るい声なんかではない、鼓膜を貫き脳を震わせるような低く甘い声がジノの口から紡がれる。悪寒にも似た痺れが一瞬にして背筋から駆け上ってきて、ルルーシュは顔をカァッと赤くさせた。冗談にしてはたちの悪すぎるそれに怒りを覚えながら両腕をバタバタと暴れされる。身長差のせいでつま先立ちになってしまったルルーシュの足が攣りそうにふるふると震えていた。

「や、めてくれ…っ」
「スザクから好きって言ってもらったことないでしょう?」
「……っ!」
「私なら、何度でも言いますよ。不安にさせない。愛してますよ」

その言葉を聞いた途端、ルルーシュはカッとなってジノの腕の中から飛び出した。振り向きざまに大きく腕を振り上げ、ジノの頬を引っ叩く。一瞬の出来事にジノが呆然と目を見開き、ルルーシュは溢れそうな涙を堪えて生徒会室を飛び出した。人の多い廊下を一目散に駆け、ひと気の少ない階まで駆け下りてトイレに駆け込む。振り返らずそのまま一番奥の個室へ飛び込んで、ルルーシュは強く扉を閉めた。小さなトイレに扉が閉まった音が微かに響く。

「っはあぁ、っはぁ、っはぁ…!」

バクバクと早鐘を打つ心臓を抑え込みながら、ルルーシュはそのまま扉に背を預けてずるずるとしゃがみ込む。息が苦しい。走りはあまり得意ではないのに。静かなトイレにルルーシュの息遣いだけが木霊する。ぐしゃぐしゃと髪を掻き毟ったあと、ルルーシュは歯を食いしばった。突然のことが頭が混乱している、けれど、ショックを受けたことは確かだ。それは何に?ジノの行動に?いや、ジノの、言葉に。ずっと目を瞑ってきたことを言い当てられた、それがルルーシュの心を突き刺していた。

『スザクから好きって言ってもらったことないでしょう?』

そんなことはない。そう言えたらよかった。けれどルルーシュは言葉を失ってしまった。スザクに好きだと言われたことがあっただろうかと。そんなの当たり前すぎて今まで考えたことがなかった。記憶を探る、そんなことはないはずだと必死に。けれども、どの思い出を探してもそのワードは出てこない。いつもスザクの口から出てくるのは、当たり障りのない容姿の褒め言葉。好きだと、ましてや、愛してるなど言われたことがなかった。

「…っ、ぅ…!」

ルルーシュは熱くなる目元を塞ぐように顔を両手で覆う。抱きしめられたジノの腕の感覚が身体から離れてくれない。あの腕がジノでなかったら、どれだけ良かったことだろう。抱きしめる腕がジノだと分かっても、胸が熱くなってしまった自分がルルーシュは恥ずかしかった。まるでこれじゃ誰でもいいようではないか。違う、そう精一杯否定する。けれど一人ぼっちの心では否定も弱かった。酷く動揺したままの心が締めあげられてるかのように苦しい。無性に、今すぐに。

「スザク…っ」

会いたいと、スザクに言えたらどれだけよかっただろうか。自分は手を伸ばすことも許されない。ルルーシュは唇を噛んだ。



トントンと控えめなノックに誰だろうかと首を傾げたルルーシュだったが、開いた扉の向こう側に立っていた人物に心臓が止まりそうになった。

「スザク…」
「夜遅くにごめん、もしかして寝てた?」
「いや、本を読んでたよ」
「そっか。その、入ってもいい?」
「ああ、入れよ」

久しぶりに見たスザクはいつの間に切ったのだろうか、少しだけ髪の毛がすっきりとしていた。風呂もまだだったルルーシュは制服の上着を脱いだだけの状態だ。数個ボタンの空けられたワイシャツと黒のスラックスは昼間と同じままだ。スザクは着替えて来たのか軍服ではなく私服だった。スザクを招き入れたルルーシュは、ベッドの上に開きっぱなしにしてあった本を本棚へ仕舞う。一番上の段に本を差し込みながら、どきどきと鳴りそうな胸を抑え込む。スザクがこうして突然来るのはよくあることなので驚いてはいない。ただ、ここ数週間連絡もなかったので、どう接していいのか分からなかったのだ。何を話そうかと頭の中で思考を巡らせる。色々と聞きたいこともあるし、話したいこともある。けれどもしかしたらスザクは疲れているかもしれない。ならばあまり話しをしないでスザクを休ませてあげたほうがいいのだろうか。ルルーシュがそう考えていると、不意に後ろから腕が伸びてきた。気づいた時にはルルーシュはスザクに抱きしめられていた。驚いたルルーシュは身体を反転させてスザクの方を見る。すぐに近づいて来たスザクの顔はルルーシュの白い首元に吸いついてきた。ぬるりとした舌の感触にルルーシュは肩を震わす。

「っおい、待て…急に…」
「うん…ごめん、なんか久しぶりで我慢できない」
「な……ッン、ぅ」

喰らいつかれた唇に、脳を揺さぶられたような衝撃にルルーシュが震える。待てというようにルルーシュがスザクの胸を叩くが、その手はスザクの手に絡め取られてしまう。本棚に押し付けられるように顔を押しつけられ、ルルーシュの呼吸は全て奪われる。ぐいぐいと押し込んでくるスザクの舌が怖くなってしまい、舌を伸ばせずにいるとルルーシュはそのままベッドに勢いよく押し倒された。部屋の外に聞こえたのではないかと思うほどの大きな音でベッドがどすんと揺れる。少々乱暴な手つきで暴かれていく肌にルルーシュの喉が引き攣る。肌に唇を押しあてながらスザクがくすくす笑う。

「可愛いね、ルルーシュ」
「…ッ」

また、だ。また見た目のこと。這いまわる手の熱さに魘されるようにルルーシュは目を閉じて顎を上げる。綺麗だとか可愛いだとか、そんな言葉ばかり。気にしないようにしていた、ジノとのあの時の記憶が蘇りそうになる。敏感な場所を弄られながらもルルーシュの心は何処か冷めていた。それどころか、身体が熱くなればなるほど、気持ちばかりが冷めていく。手を伸ばせば触れられる距離で居るのにスザクが遠い。久しぶりに会ったのに、言葉もなしにすぐにこんな行為は寂しすぎる。色々と話したいことがあった。本国はどうだったんだとか、怪我はしなかったのかだとか、会えなかった間の不安を消してほしかった。

「スザ、ク……っ」
「気持ちいい?相変わらずルルーシュって白いよね」

ぎゅうぎゅうと一緒に握られるそれに背筋が震える。こんな身体の快楽よりも、言葉が欲しい。ルルーシュは手を伸ばしてスザクの髪に触れるが、やんわりと外されシーツに押し返されてしまった。中枢を解かすような熱に、じんわりと涙が浮かんでくる。こんな行為早く終わればいい。今はとにかく話しがしたい。何で連絡しないんだって少しだけ素直になって怒ってやりたい。なのにスザクの手はねちっこく身体の中を暴れ回る。こっちの言葉が全て届いていない、想いすら気づいていない。

(なあ、本当に俺のことが)

好きなのか?聞けたら、どんなにいいことだろう。そんな勇気持ち合わせてなどいないけれど。女々しいと、嫌うだろうか。らしくないと、笑われるだろうか。そのくらいルルーシュ自身にも分かっている。いつもの自分らしくない、こんな考えはおかしいのだと。

『愛してますよ』

ジノの囁きが頭の中に響く。違う、あんな上辺だけの言葉はいらない。いらないと分かっているのに、その言葉が欲しくてたまらない。スザクに求めてしまいたくなる。両手を伸ばして強請ったら与えられるのかも分からない言葉。心が不安定に揺れてしまう。これ以上、一人にしないでくれと叫べたらいいのに、こんなに傍に居るくせに何も言うことができない。心が離れてしまいそうになる前に、早く繋ぎとめてくれないだろうか。そうしなければ、自分は。ルルーシュが喘ぎを噛み殺したその瞬間、部屋の中に電子音が鳴り響く。スザクもルルーシュも二人して驚き、顔を見合わせる。ピピピ、と目覚まし時計のようなそれはスザクが脱ぎ捨てた上着の中から鳴っている。スザクはルルーシュに小さく謝ってからベッドを下りる。この状況でも出るのかとルルーシュは上半身を起き上がらせ、シーツを手繰り寄せた。はあはあと荒い息を落ち着かせながら、床に放り出された上着を探るスザクの背中を見つめる。スザクは上着から携帯電話を取り出すとそれに出た。

「もしもし………あ、はい……」

肩と耳で携帯を挟みながらスザクが身形を整えていく。ぼうっとそれを見ていたルルーシュだったが、まさかと嫌な予感がした。サァッと身体の熱が引いていく。でももしかして、なんてほんの微かな希望を望んでみる。通話が終り、携帯を仕舞ったスザクがすまなそうに振り返る。

「ルルーシュごめん、これから政庁に戻らなきゃ」

上からの呼び出しか、またテロの鎮圧か。ルルーシュがコクリと頷くと、スザクは急いで脱いでいた服を着始める。せっかくの再会も、ほんの十数分で終わってしまった。こんな中途半端な行為で、会話もできず。着替えるスザクの背中が遠い。スザク、そう呼ぼうとしても口が動かなかった。やはり、こんなものなのだろうか、自分達は。会いたいと願って、連絡を待ち続けて、幾度も挫けそうになり、それでやっと会えたと思ったらすぐに身体を求められて。バタバタと出て行こうとするスザクを、いつの間にかルルーシュは呼び止めていた。

「スザク!」
「っん?」

スザクは振り返り、どうかしたのかと目をぱちぱちさせる。あまりに純粋なその顔に、ルルーシュは言おうとしていた言葉が全て喉の奥で止まってしまった。その、と言いだそうとした途端、再び鳴り響く携帯電話。わたわたと携帯を取り出しながら、ごめんねと言ってスザクは出て行こうとする。ルルーシュは手繰り寄せたままのシーツをきつく握り締めた。

「いってこい、スザク」

ルルーシュのぎこちない笑みにスザクが一瞬だけ眉を顰める。けれども急かすような携帯電話の音に背中を押され、スザクはそのまま部屋を出て行った。静かに閉まった扉を見てから、スッとルルーシュは笑みを消す。見下ろせば、酷く汚い格好なままの自分が見えた。ぐちゃぐちゃにされたままの身体は、強い刺激を受けたまま放っておかれて寂しそうに震えている。ルルーシュの太股にぼたりと雫が落ちる。

(お前の恋人は俺じゃないのか?)



ジノがトリスタンから降りると、格納庫の隅で疲れたように座っているスザクが見えた。随分久しぶりだなと思いながら近づいてみると、何やら携帯を見つめている。ジノは気配を消すようにそうっとスザクの背後に回り、携帯を覗きこむ。画面に映っていたのは微かに微笑んでいるルルーシュの姿で、なるほどねとジノは頷いてしまった。

「会ってあげればいいのに、スザクも馬鹿だよなぁ」
「うわっ、じ、ジノ!?」

突然声を掛けたのが悪かったのかスザクは思い切り驚いて携帯を落としそうになる。スザクの手の中でころころと踊っている携帯をジノがひょいと取り上げる。ぽちぽちと携帯をすれば出てくるのはルルーシュの写真ばかり。

「返してよジノ!」
「先輩に連絡ひとつしない男にこれを見る権利はありませえ〜ん」
「な…、何で知ってるのさ!」

赤くなったり青くなったり、スザクの顔色は忙しそうだ。ジノはざまあみろというように鼻をならしてからスザクに向かって携帯を投げた。携帯を受け取ったスザクはすぐさま携帯を仕舞い、ジノを睨む。おお怖いとジノはおどけてみせるが、少しくらい責められるべきだろうと内心思っていた。近くにあった木箱に腰掛けジノは腕を組むとスザクに訊ねた。

「だいたい、来週ユーフェミア様と一緒に帰ってくるんじゃなかったのか?」
「僕だけ先に帰って来れそうだったから来たんだよ。また呼び出されちゃったけどね」
「お前も真面目だよなぁ。どうせこっちじゃそんな大した任務ないんだから無視すればいいのに」
「そうはいかないよ。いつ何があるか分からないんだからさ」
「…ふうん」

仕事馬鹿なのは変わってないんだな、と思わずジノは呟く。スザクはいつだってそうだった。自分の時間は全て仕事の時間だとでもいうように、いつ何時でも呼び出されればすぐに来る。命令に背くことも無く力を発揮するため、ラウンズの中でも一番使いやすい人間だと周りから思われているのを知っているのだろうか。仕事熱心なのはいいが、それで大切な人をおざなりにしてはいけないだろうとジノは内心思う。寂しげなルルーシュの姿を思い出し、思わずジノはムッとする。それを知ってか知らずか、スザクは溜め息をつく。

「スザクも馬鹿だよなぁ、先輩放っておいてさ」
「しょうがないじゃないか、仕事なんだから。それにルルーシュだってそのくらい分かってくれてるよ」
「仕事…ねえ。スザクは会いたいとか思わないわけ?」
「え?いや、あんまり…」

予想外のスザクの言葉にジノは驚いた。ルルーシュはあんなに会いたがっていたというのにスザクはあんまりだなんて。どうしてだよと詰め寄りたい気持ちを抑え、ジノはできるだけ平然を装う。

「どうしてなんだよ?先輩寂しがってるよ?」
「ルルーシュが寂しがる?まさか、そんなわけないじゃないか」
「へ?」
「ルルーシュは強いから…僕なんかと会わなくても平気だよ。きっと」

冗談かと思ったがスザクの目を見ればそれが本気の言葉だとすぐに分かった。まさか本当のそう思っているのであろうか。ジノは思わず唖然としてスザクの顔を凝視してしまった。そんなジノの視線に気づかないスザクはそのまま苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。

「今日だって会いに行って、僕はすごく嬉しかったんだけどルルーシュはあんまり嬉しそうじゃなかったし。出てく時、呼び止めてくれたから引き止めてくれるかななんて思ってたんだけど…全然」

ああ成程とジノは納得した。スザクは酷い勘違いをしている。ルルーシュがスザクの前で平気な態度を取るのは、本当に平気だからではない。それに気付かないスザクではないだろうと思っていたのだが、どうやらジノはスザクを買いかぶりすぎていたようだ。

「ふうん…そっか…」

ジノは思わずこぼれそうになった笑みを口の中で噛み殺す。スザクは気づいていない、ルルーシュとの繋がりの糸が今にも切れそうになっていることを。ここで、友人ならば警告してあげるのがいいだろう。けれど、スザクがそういうつもりでいるのならば。

「不倫、いや、やっぱり浮気かな」
「…ん?ジノ今なんて言ったの?」
「ああ、いやなんでもない。ただの独り言」

にこりとジノは笑う。訝しげな顔をするスザクの顔を一瞥してからジノは髪を掻き上げた。お互いに互いのことばかりを考えすぎて盲目になっているのか。それともスザクがただの仕事馬鹿なのか。またはルルーシュがただの情緒不安定なのか。何にせよ流れてきたタイミングを手にとらないわけがない。ブザーが鳴り響き、低い音と共にランスロットが格納庫の奥から姿を現す。行かなきゃと時計を気にし出したスザクの肩をジノは叩いた。

「スザク、しっかり仕事頑張って来いよ」



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君は強いから僕がいなくても平気でしょというルートに繋がりそう。