はっきり言うと、スザクは異性からモテる。最初こそイレブンなんかと嫌われてもいたが、そんなことを考えているのは男子だけで時間が経つにつれ女子のほうは気にしなくなっていた。女子生徒曰く、黙っているとかっこよくて喋ると可愛い、らしい。運動神経も抜群でブリタニア軍にも入っているスザクが女子生徒からモテないわけがなかった。だからスザクはよく女子生徒から呼び出される。勿論悪い意味ではなく、良い意味でだ。だから今日も今日とて、授業の終わりに隣のクラスの女子生徒がスザクを呼んだ。ルルーシュと話していたスザクは一旦会話を止め女子生徒の方を向くと、困ったような顔でルルーシュに視線を送る。ルルーシュは嫌なら今すぐここで断ればいいのにと思いながら、行ってこいとスザクに頷くのだ。スザクと女子生徒が出ていくのを見送るルルーシュはムッとしたような顔を隠さないまま席に着いた。もう既に授業は全て終わったため、あとは帰宅するのみだった。今日は久しぶりにスザクがクラブハウスに来ると言っていたから、一緒に帰ろうかと思っていた。ナナリーが会いたがっていたし、ロロはスザクとはあまり仲が良くないがなんだかんだで歓迎はしてくれる。せっかくだから和食でも作ろうかと話していたところだったのに、あの女子生徒のせいでうやむやになってしまった。

(・・・別にあの女子生徒が悪いわけじゃない。何を怒っているんだ俺は)

そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせようとする。だがルルーシュの心の中に溜まっていく雲はなかなか晴れない。ルルーシュとスザクは言葉にすれば恥ずかしいがそういう関係ではある。だからスザクが彼女の告白を受けないとルルーシュは分かっている。分かっているはずなのに、気分は良くない。スザクが女子生徒から呼び出される度に、すまなそうにしながらも女子生徒のほうに必ず行くスザクにイライラする。スザクは悪くない、女子生徒も悪くない。分かっているはずなのに、分かりきれていない自分がいる。これはただの醜い嫉妬だというのに、それを誰かのせいにしたがっている。今頃スザクはあの女子生徒の告白を受けているのだろう。そう思うと苛立ちはどんどん膨れ上がっていった。

(早く帰ってこい、あの馬鹿)

スザクの悪いところは、断ったうえで女子生徒を優しく扱うからだ。一度だけスザクが告白されて断る場面に出くわし影からこっそりと盗み見たことがあるのだが、その時のスザクの態度と言ったら本当に断っているのかと思うほどのものだった。きっと傷つけないように断ろうとしての言葉なのだろうが、君みたいな可愛い子から告白されて本当に嬉しい、なんて普通ならば言わないだろう。だから女子生徒は振られても諦めないし、寧ろスザクを振り向かせようとさらに頑張る。結局は何も変わらないのだ。ルルーシュも告白されることは多いがどれもキチンと断っている。数を重ねすぎて最近では女子生徒も簡単には告白してはこないが。(たまに、物凄い勢いで迫ってくる女子生徒がいるがそういう女性にはギアスで丁重にお帰りいただいている)ルルーシュは机に伏し、隣の席に置いたままのスザクの鞄を見つめた。

(スザクは悪くない、あいつが優しいのは元からだしな)

こんなくだらない嫉妬をしていると思われたくなくて、つい気にしてないようなふりをしてしまう。告白なんてよくあることだろう、とスザクの前では強がってしまうのだが。自分の中の女々しい部分を表には出したくないのだ。だからスザクがたまに外で触れてこようとしたときなどは冷たくあしらってしまう。恥ずかしさから出てきたキツイ言葉もある。こんな調子ではいつかスザクに呆れられてしまうとは思うのだが簡単には直せなかった。租界などで見かけるカップルが、どうしてあんなに至近距離に居られるのだろうと不思議に思う。隣を歩いてればそれでいいと思うのに、彼らは手を繋ぎ腕を組む。男女だからこそ堂々とできる行為なのかもしれないが、男女とかその前に人前でするのは恥ずかしくないのだろうか。そのような光景を見るたびに、スザクもあのようにしたいと思っているのだろうかと考えることがある。スザクの口からはっきりと言われたわけではないのだが、やはり男性ならばあのように密着したいと思うのだろうか。

(・・・馬鹿馬鹿しい)

ルルーシュは気持ちを入れ替えるように大きく深呼吸をした。どうも心が弱気になっているような気がする。スザクとの関係に不安を感じていないといえば嘘になるが、疑ってばかりはいけない。ルルーシュはもともと他人とのコミュニケーションの築き方を知らなかった。皇族の中では甘い顔をしていたらすぐに周りに喰われてしまう。異国の地へ送られた時も友達などできなかった、できるわけがなかった。友人というものの作り方を知らなかったルルーシュに初めての友人ができたのは、今思うと奇跡なのかもしれない。普通の子供ならばルルーシュとは友達になろうとは思わなかったはずだ。いつしかルルーシュの特別な存在になっていったスザクは友達という枠を超えた。ルルーシュは今まで何度も告白はされてきたが、その誰とも付き合ったことはない。だから付き合うという行為もスザクが初めてだ。スザクは以前に何度かそういう関係になった人たちは居たと聞いた。付き合うという形になってからルルーシュは急に不安に襲われる時がある。例えばスザクからプレゼントを貰ったりしたら、スザクにどう返すことが恋人として一般的にベストな行動なのか。プレゼントなのだから礼を言うだけで何も返さなくていいのか、それとも自分もプレゼントされたものと同じくらいの値段のものを返すべきか。本やインターネットなどから情報を集めてみるものの、明確は答えというものはない。今まで経験したことのないことだからこそ怖いと思う部分もあるし、嬉しいと思う部分もある。素直にスザクに聞けばいいと思うが、無知だと思われるのではないかと聞くのが嫌だ。聞かないままぐるぐると自分の中で答えを探しても、そんなのは見つからないと知っているはずなのに。






「ごめんね、先にお風呂借りちゃって」
「いや、いいさ。それより服は大丈夫だったか?」
「うん。お茶だったから、染みにはなってないよ」

そうか、とルルーシュはホッとしたように呟いた。夕食を食べ終わり片付ける際にロロが日本茶の入っていたコップをスザクの方へ倒してしまったのだ。服を洗うついでに風呂にも入って来いとルルーシュはスザクをバスルームへと追いやった。風呂に入ってしまうということは今日は泊まるということになるのだろう。スザクはルルーシュの替えの服を着ているのだが体格の差からか、ルルーシュが着たら腕などには少し余裕がある服がスザクにはぴったりだった。ルルーシュはベッドに腰かけて雑誌を開いていたがスザクが戻ってくるまでは1ページも読んでいなかった。スザクが泊まるならば寝床を用意しなければいけないなどを考えていたら手が止まっていたのだ。とりあえずスザクの服が染みにならなくて良かったとルルーシュはこっそりと安堵の息を吐いた。首にかけた白いタオルで髪を拭きながらスザクがルルーシュの隣に腰かける。スザクの体重でベッドが沈み、ルルーシュは心臓が締まったように肩を微かに震わせた。いつもより明らかに近い距離は、ここがルルーシュの部屋で二人以外誰もいないからだろう。オンとオフの差がはっきりと分かってしまうとなんだか気恥かしい。動揺を悟られぬようルルーシュが雑誌をめくると、スザクが手に何か持っているのを見つけた。小さな袋のようなもの。

「なんだそれは?」
「ああ、えっと放課後の女の子がくれたんだ。クッキーだってさ」
「・・・ふうん」
「ポケットに入ってたから濡れちゃったかと思ったけど大丈夫そうだね」

安心したようにスザクが笑い、ルルーシュはなんだか面白くなかった。女子生徒から貰ったクッキーが無事でそんなに嬉しいのか。スザクが袋を開くとバターの香りが漂ってくる。いくつか入っているそれをスザクが取り出してみせると、何処かの店に売っていそうなほど形の綺麗なクッキーだった。手作りとは思えないほどの完成度に思わずルルーシュは驚いてしまうが、見た目だけ繕っているのだろうと心の中で毒づく。スザクがクッキーを口の中に入れて味わう。どんなリアクションをするのか気になるが、気になっていると思われたくないのでルルーシュはあえて視線を雑誌に落とす。んー、と声を漏らすスザクを横目でチラチラと盗み見るとスザクが口を開いた。

「ね、ルルーシュこれ美味しいよ!ルルーシュも食べてみなよ」

にこりと笑いルルーシュの前にクッキーが差し出される。ルルーシュは微かに眼を見開きスザクを凝視した。

(俺に食べろというのか!?お前に好意を抱く女性がお前に向けて作ったものを、俺が食べるのか!?)

そう言いたい衝動を心の中に抑え込み、ルルーシュは視線をスザクからクッキーへと移動させる。鼻先に突きつけられるようにして丸いクッキーが一枚。スザクの親指を人差し指に挟まれたそれはとてもいい匂いがする。これが何の変哲もないただのクッキーだったら簡単に食べていただろう。戸惑うルルーシュにスザクは首をかしげルルーシュの下唇にクッキーを押しつける。

「食べないの?」

スザクのこれはきっと純粋な好意からだろう。適当な嘘で拒絶しても良いのだが、ここで食べなかったら女子生徒のことを気にしていると思われるかもしれない。ルルーシュがしぶしぶ唇を開くとするりとクッキーが口の中に押し込まれた。クッキーは不味くはない、寧ろ美味しい。これで硬かったり生だったりしたら文句の一つでも言ってやろうと思っていたのに、ルルーシュが想像していた以上に味はしっかりとしていた。押しこまれたクッキーを食べ終えたルルーシュをスザクは見てどうだった?と訊ねる。どうだったと聞かれても美味しかったとしか言いようがない。が、それをさらりと言えるほどルルーシュは素直ではなかった。

「普通だな。ただ、俺にはちょっとバターが強すぎるかもな」

ルルーシュは、素直に褒められないのかと我ながら思った。そっか、とスザクは残りのクッキーを食べ始める。さくさくと軽い音をルルーシュはじわじわ沸いてきた怒りを抑えながら聞き流す。

(別に今ここで食べなくなっていいじゃないか。俺が隣にいるっていうのに。そりゃ、貰い物でしかも食べ物だから早く食べるべきだとは思うがよりによってこのタイミングで食べなくてもいいだろう。俺が興味ないという風に見せているからなのか?俺が雑誌を読んでいるからなのか?)

さくさくさく、と音は続く。ルルーシュは雑誌の紙が痛んでしまうのかと思うほど乱暴にページを捲った。 スザクの口が塞がれているので必然的に沈黙が流れる。いつもなら穏やかな沈黙のはずなのに、ルルーシュから流される明らかな不機嫌なオーラに空気が凍り付く。スザクは気付いているのかいないのかたまにルルーシュをちらりと見てクッキーを食べ続けている。

(いつまで食べてるつもりなんだ。やっぱり俺が雑誌を読んでいるから、暇だから食べているのか?でも俺が今雑誌を読むのを止めてもお前は食べるのをやめないだろう。お前のことが好きな女性から貰ったものだからな、食べないわけにはいかないだろうな。でも、もし貰ったものが食べ物じゃなくて物だったとしたらスザクはそれを受け取るのか?時計だったとして、それをはめて学校へ行くのか?アクセサリーだったとして、それをつけて学校へ行くのか?だいたいスザクは女性に優し過ぎるんだ。少しくらいキツク言わなくては、お前が告白を断ったのも無駄になってしまうんだぞ。俺が気にしてないとでも思ってるのか。そりゃ俺は気にしてないふりをしてるから、そう思われても仕方ないかもしれないが。でも、だとしても、少しくらい自分からそう思ってくれたっていいんじゃないのか。スザクの馬鹿、天然、食いしん坊!そんなにクッキーが食べたいなら俺が嫌って言うほど作ってやる!!!)

ルルーシュがページの端が歪むほどギュッと紙を握る。ルルーシュの表情は非常にクールで何も感じていないという風に見えるが、今のルルーシュの心の中は激しい怒りの風が吹きまわっている。スザクは袋の中のクッキーを取り出し、最後の一枚のそれを持ったままルルーシュの方を向いて恐る恐る尋ねる。

「あの・・・ルルーシュ、何か、怒ってる?」
「怒る?どうして俺が」
「いや、なんか・・・」
「何処からどう見ても怒ってないだろう」

ルルーシュは冷静に言っているつもりだが、声に孕んでいる怒りが隠しきれていない。スザクは一瞬だけ困ったように目を伏せ、すぐに仕方ないなぁとルルーシュの横へ擦り寄った。ルルーシュは腹を抱いてくるスザクの腕の逞しさに絆されそうになりながらも、現実では口に出せない言葉を心の中で吐き続けた。




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怒ったり泣いたりすると心の中ですごくおしゃべりになる話。
スザクはルルーシュの性格を分かったうえでやってる愉快犯。