たぶん、きっとそうたぶん。僕が生きている意味など最初からなくて、それであって生きるということに意味を求めている時点で僕は生きることに疑問を抱いていたのかもしれない。じゃあ生きるって何なのだろうかって、そんなこと、たくさんありすぎて分からない。たくさんありすぎて、たくさん難しすぎて、でも結局幸せを感じると、生きているということはこういうことなのだろうかなんて思ってしまったりもする。でも、だからって、それが僕が人を殺しても良い理由になどならないし、誰かを守るためだからといって許されるべきことでもないし、じゃあ全てが罪なのかと自分に問うてみても、でもでもだっての繰り返しで、そんな自分が心底嫌いだ。僕は気づいていたら生きていた。気づいていたら殺していた。そうなのかもしれない、それだけのことなのかもしれない。でも殺した人々を考えると、見殺しにした人々を考えると、僕がここに居てもいいのか分からなくなって頭がぐるぐるする。僕は生きている。でも僕は人を殺している。人の命を終わらせた僕は、人として命を続けている。

『世界の人々に愛と平和を!愛と平和を!』

つけっぱなしのテレビから流れる、どこかの国のデモ。愛と平和を叫びながら横断幕を掲げている。戦争反対を訴える人々は老若男女さまざまだ。5歳くらいの褐色肌の女の子が純粋な瞳でカメラを見つめている姿がテレビに映し出された。誰かにかけられたと思われる、戦争反対と書かれたプレートを首から下げている。自分の指をくわえながら、それでも横にいる女性の服の裾をしっかりと握っている。ぼうっとその映像を見ていたら、ふと僕の肩に何かが触れる。

「ルルーシュ?」
「………………」

隣にいたルルーシュが僕を見つめていた。その瞳は何か痛みに耐えるように細められていて、僕はなんだか寂しくなる。僕はベッドの上で寝ていた身体を起して、隣で起き上っていたルルーシュの背中をなでる。そうするとルルーシュはそっと目を閉じて僕の肩から手を離した。テレビの明かりだけしかこの部屋に光源はない。だから薄暗い。けれど目は慣れてしまっていて、それもやはり薄暗い部屋の中でルルーシュの姿はまるで景色に溶けてしまいそうなくらいぼんやりとしている。僕はルルーシュがそこにいることを確認するみたいに、ルルーシュを後ろから抱きかかえるようにした。心地よい体温が僕に伝わり胸が愛おしさでいっぱいになる。温かい。

「ルルーシュはあったかいね」
「お前も温かいよ」
「ずっとこうしてたい」
「…そうだな」

ルルーシュは困ったような照れたように呟いて、後頭部を僕の顔に擦り寄せた。ルルーシュに触れるだけで僕は幸せだ。愛おしい存在。ずっと一緒にいたい、離れたくない、そんなことを思ってしまうくらい本当に愛してる。たぶん、愛と平和っていうのは、こんな瞬間のことをいうのかもしれない。でも、愛と平和の定義なんてないだろうし、なによりも僕が愛と平和を望んだり感じてはいけないような気がした。だってそうだろう、僕は戦っている。戦争を行っている。鎮圧という名の人殺しをしている。どちらが正義なんてないし、どちらが悪なんてこともないだろうし、でも、それでも、間違ったものは、悪は滅ぼさなくてはいけないから、だから僕は戦う。だからなんて言葉を使うと、それだけが理由のようにも聞こえるけどもちろんそんなことはなくて。

「もしさ、もし、ここが戦場になったらさ」

僕はルルーシュをきつく抱きしめる。

「僕は戦わなきゃいけないよね」
「何故だ?」
「なんでって、僕が軍人だからだよ」
「軍人だから戦うのか?」
「違うよ。僕は君を守りたいんだよ」

自分でも支離滅裂だと分かっているけど、訂正することはなかった。ルルーシュの濡れた首筋に顔をうずめて、ルルーシュを感じる。僕は軍人であり人間であり騎士であり枢木スザクであり学生であり、人を殺さなければいけないのである。それに何故なんて問いかけをされても僕には分からないし分かってるし、僕が人を殺したことにはかわりはないのだ。

「君を、みんなを守ったら、許してくれるのかな」

たまに、無性に、誰かに許してもらいたくなるときがある。何故だろう、許す許さないの問題ではないというのに。でも誰だってそうだろう。僕は殺した。軍人だから。守りたいから。でも、そのことに、意味はあるのだろうか?

「どうして戦いなんてあるんだろうね」
「スザク…」
「ごめん、ごめんねルルーシュ、そういう意味じゃないんだ」

涙があふれる。テレビの中の人々が僕を責めるみたいにわあわあと騒いでいる。僕は戦っている、戦っているから終わる戦いがあって、でもそれで始まる戦いであって、戦いが終わってくれない。ずぶずぶと底なし沼に沈んでるみたいで、もがいてるのに僕は人を殺すし戦争は続くしルルーシュを愛しているし。僕から溢れた涙がルルーシュの身体にぽたぽた落ちる。ルルーシュは僕を慰めるように、ルルーシュに回した僕の腕をぎゅっと握ってくれた。愛してる、愛してるんだルルーシュ。

「僕が悪かったのかな」
「違う、お前は悪くない」
「僕は人殺しだ」
「スザクのせいじゃない」
「だって、これは戦争で…っ」

僕は軍人だ、悪は叩かなければいけない。悪とはなんだ。それは僕の敵だ。僕の敵ってなんだ。僕の敵は、誰だ。なんなんだ。敵を倒せ。敵を殲滅しなければ?僕が死ぬ。僕が死ぬのは、何故。戦争だ、戦争なんだ、これは戦い。何をかけた?なんのための?僕はなんのために戦ってなんのために殺したの?分からないことばかりで僕は嗚咽を漏らす。ルルーシュは僕の腕の中でもがいて、僕の方を振り返る。正面からしっかりとルルーシュに抱きしめられた。僕は縋る思いでルルーシュを掻き抱く。ぬるりと濡れた指先が、鉄の匂いをまとっていた。

「ジノが言ってたんだ、怖がるなって。戦いを怖がるなって。僕は怖くないよ、だってこれは戦いなんだから。戦いが終われば平和になるんだ。そうしたらね、ルルーシュといろんなことをするんだ。たくさん話していろんなところに行ったり、海にも行きたいな、きっと綺麗だよ。なんにも考えないで、おいしいものを食べて、一緒に眠るんだ。そんなことを毎日して、そのうち僕たちはおじいちゃんになって、二人でそのまま一緒に死ぬんだ」

想像した幸せな未来を語るたびに笑みと一緒に涙がこぼれる。ルルーシュは何も返事をしないで、じっと僕を抱きしめてくれた。ああ、違うよね、本当はこんなこと、違うんだよね。僕は幸せなんて未来なんて望んではいけないんだよね。僕が居るべきは戦場で僕が死ぬべきは戦場で、でも僕は僕であるためにルルーシュを愛して、愛するために戦わなくてはいけなくて、ああだから、いったい僕は何をしたらいいんだ?戦い続けて死ねばいいの?僕はなんのために僕であるの?僕が僕である理由はあるの?

「スザク、おまえは、わるくないんだ…っ」

ルルーシュの声が泣いている。気づけばルルーシュの両腕は震えていた。ルルーシュが、どうして泣いているの。大丈夫、僕は悪くないよ。だって、悪いのは彼らだったんだ。だってルルーシュが危なかった、だから、しょうがないことなんだ。これは戦いなんだ。戦いであれば、仕方ないことなんだ。僕が人を殺すことは仕方の無いことなんだ。だから、だから、だから、こんな血の匂いで咽びそうな部屋には君は居てはいけないんだ。君を守ることが僕にできるのならば僕はいつでも戦うし、この力で君に平和をもたらすことならばそれが愛だと思うから。

「僕は君を愛したいだけなのにね」

ルルーシュが好きだ。好きで好きでしょうがない。この細い体も黒い髪も美しい瞳も、少しひねくれていてそれでも本当は優しくて誰よりも強いその心も。ぜんぶぜんぶ大好きなんだ。だから君を思えば戦いなんて怖くない、君のために戦いたい。と言って、戦う理由を君にするのはずるいことだろうか?戦う理由に君を使えば僕の心が許されるからって、君を人殺しの理由になんて、本当はしたくない。けどしたい。したくない、いや、本当のことなんだ、違う、嘘だ、僕は。だって、愛してるから、分からない。分からない、自分がなんでああしたのか。気づけば?カッとなって?違う。僕が一番分かる。あの時、僕は冷静だった。冷静に、人を、殺した。それは?僕が軍人だから?違うだろう?なんでだか笑いがこみ上げる。笑うことなんかじゃないって分かってる、でもどうしてか笑いが止まらない。たぶん僕自身への嘲笑だ。僕は力がある、それは権力という意味でも、肉体的な意味でも。だから、僕が刃物を使えば、どうなるか向こうだって分かっていただろう。一瞬にしてあげたのはただの情けでもない、あれは戦いだったからだ。だから一瞬にしてあげた、けれど、それでももしかしたらのために、更に刺した。メッタ刺しだ。体中の血液が流れ出たのではないかと思った。でもああしなければ安心しなかった、安心した、これで僕の”勝ち”なんだ!僕の勝ち!僕が戦いに勝ったんだ!これで!これで!!!

「ははっ、ははは、ハハハハハハハハッ!」

僕は涙を流しながら大声で笑った。たくさん笑って、笑って、笑って、そのうち笑いがくしゃりと崩れて、子供のように声をあげて泣いた。僕は人殺しだ。人を殺すことに慣れてしまった。慣れたくなんかないそれに慣れてしまった。僕は戦いすぎた、たくさんの命を奪い過ぎた。僕はもう壊れているんだ。平和のために戦って、平和のために僕は壊れた。でも壊れていると自覚があったから平気だって何故か思っていて、本当に壊れていて、おかしいって自分でワードとしては記憶しているのに、僕の身体は僕の気持ちを置いていって、勝手に動いてしまう。だってそれがいつもだったから。敵がいる、敵は倒さなければいけない、倒して僕が勝たなければいけない、そうしなければ、僕が負けるから。僕が負けると大切なものがなくなる。僕の命、僕が守った平和、僕を支える愛。負けたら全部なくなる。

「こわかったんだ」

ひとしきり大声で泣いたあと、僕はぽつりと呟いた。ルルーシュに抱きしめられたままベッドに仰向けに寝転がって、ルルーシュを僕の胸の上に寝かせるように乗せる。ルルーシュは僕の胸板にぴったりと右耳を当てながら、静かに僕の話を聞いていた。時折、僕の髪の毛を撫でるルルーシュの掌が、痛いほど優しい。

「君がいなくなるんじゃないかって」

僕は分からなくなってしまった。いろんな理由があったはずなのに、全部ぐちゃぐちゃになってそのうち醜い自分だけが残ってしまった。僕は戦いたくなんかない。でも戦わなければいけない、いや、戦うと決めた、決めたのは自分なのだ。でも戦場に出るたびに自分が分からなくなって、何度も何度も人を殺さなければいけなくて、でもその道を決めたのは自分で。殺したくない、でも、戦うことを選らんだのは自分だ。自分が選んだ道は正しかったのか?それすらも疑問に抱かなくなってしまい、今ではただ、敵は倒さなければいけないということだけが頭にあったのだ。ルルーシュが危ないって、そう思った時には、僕はそいつを殺さなければいけないと思った。実際にルルーシュが危なかったかなんて今となっては分からない。でも相手は確実にただの一般人だった。本当はだた道を聞かれていただけかもしれないし、それとも金を出せと脅されていたかもしれない。でもとにかく僕はルルーシュを守らなければ、という気持ちの前に、僕の敵を倒さなければと思ってしまったのだ。それは僕のルルーシュに対する愛などではなく、僕の本能だ。倒すために刃物を使って、地面に引き倒して、何度も何度も身体を刺した。やめてくれと叫ぶ相手を無視して、早く息の根を止めなければと必死に刃物を振るった。相手が苦しげに手を伸ばしてくるたびにその手が僕の首を絞め殺すのではないかと怖くなって、不安を振り払うようにして相手を殺した。だから、ルルーシュの必死の止める声も聞こえなくて、ハッと気付いた時には僕は見知らぬ人の上に馬乗りになって血の海の真ん中に居た。僕は自分が何をしてしまったのか分からなかった。だから茫然と死体を見つめて、ルルーシュの方へ振り返った。噴出した血がルルーシュにもかかっていて、その白い頬に血が付着していた。血に濡れた僕をルルーシュは今にも泣き出しそうな目で見つめていて、僕は胸がぎゅっと締めつけられて息ができなかった。

『……る、るーしゅ…』

ようやく絞り出した声は酷く情けないものだった。震える僕の声にルルーシュは僕の腕を掴むとその場から逃げるように走り出した。引っ張られながら走る僕が地面に足をつけるたびに、ぽたぽたと血が滴り落ちて地面に赤い印をつけていたのを覚えている。ここが何処だかも、ぼうっとルルーシュに引っ張られたまま走っていた僕には分からない。でも部屋に入った瞬間にルルーシュは扉をロックして、血濡れた僕の服を無理矢理剥がすように脱がした。汚れを消そうとするかのように、泣きそうな顔で血にまみれた僕の顔を自分の服でふき取る。でもそうしているうちにルルーシュの手も真っ赤になって、ルルーシュも僕と同じくらい血に染まってしまって、僕はもういいんだというようにルルーシュの腕を掴んでベッドに二人で倒れこんだ。ベッドサイドに置いてあったテレビのリモコンに手がぶつかって、それが床に落ちた瞬間にテレビのスイッチが入った。テレビの音声なんか耳に入ってこないくらい僕たちはお互いの血を拭い合った。真っ白だったシーツが血を吸って赤くなり、血の味のするキスを何度もした。

「スザク、お前は戦いすぎたんだ」

だから、自分を責めるな。そう言ってルルーシュは僕の手をぎゅっと握った。指に貼りついていた固まった血液が剥がれてシーツに落ちる。僕は戦い過ぎたのだろうか。戦って、戦って、そんなに何が欲しかったんだろう。僕はただ自分の決めた道を進みたかっただけだ。そのはずなのに、僕の心は、人を殺すことに耐えられなくなった。耐えられなくなったのに平気なふりをして戦いを続けて、自分でも気付かないうちに僕の精神は壊れていた。ボロボロでぐちゃぐちゃでデコボコで歪な僕は、何が正しかったのかも分からないまま、戦場で感じた命の尊さを違う意味で捉えてしまって、日常生活の中でも無意識に敵を探していた。いつか決壊する、心のどこかに残っていた正常な僕は思っていた。でも思っていたからといって、今更なにかをどうにかすることなどできるわけもなかった。僕はもう完全に、壊れてしまっていたのだ。

「…あいしてる」

泣き過ぎて掠れた僕の声が部屋の空気を震わして宙に消える。ルルーシュのことを愛したいのに色々なものが僕を邪魔する。愛するために戦ってきたはずでもあったのに、どうしてなのだろう。このまま、何も考えないで、ただルルーシュを愛せていたらどれだけ幸せだったのだろう。どれだけ幸せなことで、そのまま死ねたら、きっと僕は世界一の幸せ者になれるはずだ。点いたままのテレビが戦争根絶を訴える人々を流し続ける。世界の願いは同じであり違っている。戦争は悪ではない、戦争は善でもない。戦争はただの殺し合いだ。僕は戦争によって心をずっと殺し合っていたんだ。今更気付いたとしてもとっくに遅くて、僕は苦しくて苦しくて涙止まらなかった。愛してる、愛してるんだルルーシュ。君を愛せたら僕は何も怖くない。イカレてしまうことだって恐ろしくないんだ。だって戦いで壊れてしまった僕が望んでいたものは。

「愛と平和なんだよ、ルルーシュ」





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心がズタズタになっても、望むものはみんな一緒。