「やだ玉城、あんたいつから犯罪者になっちゃったの!?」
「だっ、こ、これはちげぇっつってんだろ!」
「いや、でも俺達から見たらどうみても怪しい状況にしか・・・」
「だから!困ってるからオメーら呼んだんじゃねぇかよ!」
「あのねぇ、私達を呼ぶ前にまず警察を呼ぶべきなんじゃないの!?」

カレンはできるだけ声を抑えながら下着一枚の玉城を怒ると、玉城のベッドで丸まっている物体を指差した。ゴミと衣服が散らばったワンルームアパートの一室に玉城は現在住んでいる。家賃は安いものの風呂はなく、キッチンとトイレはとても狭い。週に一度洗濯するかしないかの衣服がベッドの周辺にぐしゃぐしゃになって置かれており、小さなテーブルの上には麻雀卓が置かれている。さらにその麻雀卓の上にインスタントのゴミなどが置いてあるから、もう見るだけで悲惨な状況だ。玉城は玄関で顔をしかめるカレンと扇に、じゃあどうすりゃいいんだよ!と逆ギレした。事の発端は12時間前に遡る。いつものように玉城はコンビニ袋を片手にぶら下げてアパートへ帰っている途中だった。時間は朝日が昇るにはまだ少し早い時間で、深夜と言ってもいいだろう。愛用していたZXが先日警察にパクられたばかりだったため徒歩でしか移動手段がなく、深夜の誰も居ない道を玉城はのたのたと歩いていた。フンフンと鼻歌を歌いながらとあるビルの間を通り抜けようとしたら、ふと、道の向こう側から誰かが歩いてくるのが見えた。言っておくと、玉城はこの時酔っていた。なので玉城は、こんな夜に誰だろうかと酔った思考のまま歩いてきたその人物に声をかけた。

「おうおうおう、なんだ兄ちゃん!こんな時間に〜、なにやってんだ!」

弱い外灯の下、俯いて歩いてきたその人物の顔が上がる。男のくせにやけに美人な顔立ちがそこにあったのは分かったが、玉城の記憶はここで終わっていた。気づいたら玉城は自分のアパートへ戻っていて、ベッドで見知らぬ男が眠っていたのだ。二日酔いも一気に冷めた、午後12時のことであった。

「まさか玉城・・・ヤっちゃったんじゃないわよね?」
「ば、ばっか言え!俺が男とヤるわけ・・・ねえ、よな?」
「ッキャー!ちょっとパンツ下ろさないでよ変態!」
「確認だよ確認!・・・大丈夫だ、昨日使った形跡はねぇ」

とりあえず服を着ろと扇はそこらへんに落ちていたスウェットを玉城に渡して、足音をたてないようにそーっとベッドへ近づいた。古びたベッドには確かに誰か眠っている。灰色の布団に包まるようにして眠っているその人物は中性的な顔立ちをしているため、寝顔を見ただけでは女か男か分からない。しかし玉城が言うには昨日の夜に酔っぱらった勢いで道で絡んだ人物だという。けれど、何故その人物が玉城のベッドで寝ているのだろうか。布団を捲ったその下が裸でなければいいがと願いながら扇が足もとの布団を捲ると、まず靴下は履いていた。さらに布団を持ち上げてみると黒のスラックスが見えた。とりあえず下半身に衣服をつけているならセーフだろう、と扇は布団を元の位置に戻した。ベッドの近くに見慣れぬボストンバッグが置かれてあり、きっとそれはベッドで眠る人物のものなのだろう。スウェットを着終った玉城が困惑しながらカレンに尋ねる。

「なぁ俺どうしたらいいんだ?」
「どうすればって・・・あんたが拾ってきたんだからあんたが責任取りなさいよ」
「で、でもよォ・・・」
「ええっと、見た感じはカレンと同い年くらいじゃないか?何にしても未成年を連れ込んだのはちょっとまずいな・・・」

大人びているような寝顔だが、それでも幼さが少しだけあるところを見たら未成年である確率は高い。ただ単に成人はしているが童顔、という線もあるがそれはあまり期待しない方がいいだろう。三人の中に嫌な沈黙が流れ始める。

「・・・私、知ーらない!」
「お、俺もっ」
「あっ、この野郎!逃げるなんてひどいじゃねぇかよ!」

玄関を飛び出して行ったカレンと扇を玉城が追う。錆びた階段をカンカンカンと降りて、玉城が扇の背中を何とか捕まえようとしたが手は宙を切った。厄介事はごめんだというように、自転車に跨り二人は住宅街へ消えて行ってしまった。一体なんのためにあの二人を呼んだのか分からず、玉城は階段を蹴った。頭を掻き部屋に戻ろうと階段を上りながら玉城はどうしようかと考える。これまで酔った勢いで何かを持ち帰ってしまうことは多々あった。工事中と書かれた看板や薬局の前に置かれたマスコット人形など、どうも玉城には持ち帰りグセがあるらしい。違う意味で、女性を持ち帰ってきたことは何度もあったがそんな時はいつも記憶は残っていた。部屋に戻るとベッドに居る男は眠ったままで、あれだけ騒いだのによく起きないなと思いながら玉城は玄関の扉をそっと閉めた。さてどうするかと考えたとき、玉城はふと時計を見た。

「ま、まずい!!!」

すっかり忘れていたが今日は2時から集金の回収を頼まれていた。時計は午後1時30分を指しており、玉城は慌ててバスルームに飛び込んだ。スウェットを脱ぎ捨てて5分でシャワーを済ませると、壁に掛けてあったスーツに着替える。この前も遅刻したばかりだというのに今回もまた遅刻などしたら、そう考えただけで背筋がゾッとする。財布と携帯をポケットに突っ込み、玄関で革靴を履く。ベッドの男のことは気になるが、今は自分の身が一番だ。玉城は郵便受けにあった新聞の一部を破り取り、マジックで書き置きを残すことにした。起きたら勝手に帰ってくれて構わないという旨を書いて靴箱の上に置くと玉城は玄関を飛び出した。今ならまだ走れば間に合うだろうということばかり考え、鍵をかけることもすっかり忘れて。




「ったくよォ、なんだってんだ畜生!」

道に転がっていた空き缶を蹴ると、飽き缶は民家の塀に当たりまた玉城の足元にまで転がってきた。夕刻を過ぎた時間だがまだ外は明るく、空には茜色が広がっている。玉城はゆっくりとした歩調でアパートへ帰っている途中だった。玉城が何故こんなにも苛々しているかというと、話はまた4時間ほど前に遡る。玉城が事務所に行くと事務所内がいつも以上に騒然としていた。駆け回る上司達に何があったのかと聞けば、お前は邪魔だからさっさと集金に行って来いと袋を投げつけられた。仕方なく同僚の杉山と一緒に集金回収という名の取り立てをしに行ったのだが、また相手が面倒な奴ばかりだった。ケバい化粧の女に泣かれたり、ゴツいオカマにキレられたり、それでも何とか金は回収した。そうして苦労してまた事務所に戻れば、労いの言葉など無く袋を渡したらさっさと出て行けと言われた。自分達はこんなにも頑張ったのにそういう態度はなんなんだ!と玉城はキレかけたが、下っ端の自分達がキレても仕方がないと怒りを抑えながら事務所を後にした。

『これじゃ俺たち、いつか鉄砲玉で終わるんじゃないか?』
『馬鹿言え!俺は、絶対にのし上がってやるからな!いつか、玉城組を作ってやる!!!』
『はぁ、それはあと何十年かかる夢なんだか』

玉城はスーツのポケットに入れっぱなしだった煙草を取り出した。火をつけながら、いつになればこの状況から脱出できるのだろうかと漠然と考える。玉城が今の組に出入りするようになったのは、17歳の頃からだった。元々素行の悪かった玉城は高校に入学したものの問題ばかりを起こし謹慎を何度も受けた。ある時、先輩から手伝いを頼まれた。言われた場所に行って金を持ってくるだけだというので引き受けたら、報酬として3万を貰った。こんな簡単に金が貰えるなんてと、玉城はそのうちその"バイト"にのめり込み気づいたら組織の中に居た。いつ自分が構成員となってしまったのか、はっきりと覚えていない。自分はヤクザなんだと気づいても玉城に不安はなかった。それどころか、もっと偉くなってやると逆に自信がついた。同じ高校であった扇やナオト、その妹のカレンなどは玉城のことを心配したが勢いづいた玉城を止めることはできなかった。いつか自分の組を持てるようなスゴイ奴になってやると夢を抱き、もう3年経った。いや、"まだ"3年なのかもしれない。3年経っても玉城の位置は変わらなかった。いつまでも下っ端、組織の中の便利な雑用係。そんなことくらい自分では分かっていたが、それでも諦めたくはなかった。たとえ自分がいる組がこの地域でも一番弱い組だと分かっていても。そんなことを考えていたらあっという間にアパートについてしまい、玉城が階段を上がっていると誰かが降りてきた。顔を上げてみると、降りて来たのは大家のオバさんだった。ゲッと玉城が顔をしかめたのと同時に大家と目が合う。玉城は実は今家賃を三ヶ月ほど滞納している。最初の一ヶ月は待っていてくれたものの最近では週に一度は玄関の戸を叩いてくるようになってきてしまった。居留守を使ったりしてなんとか大家と会わないようにしていたのだが、こんなところでバッタリ会ってしまうとは。

「ど・・・どうも・・・」

玉城が軽く会釈すると、大家はにっこりと笑った。いつもしかめっ面をして玉城を睨んでいた顔が笑顔になり、大家が玉城の肩をバンバンと叩く。

「いやぁ玉城さん!家賃、やっと払ってくれて嬉しいわぁ!」
「・・・へっ!?いや、あの」

大家は何を言っているのだろうか?何かの勘違いではないかと玉城が戸惑っていると、大家は持っていた封筒の中身を玉城に見せながら一人で喋り続ける。

「三ヶ月分ちゃんと頂いたからね、もう私、今度払ってくれなかったら追い出すところだったわ」
「あの、その金・・・」
「ん?玉城さんの家賃ですよ?」
「えっ!?」
「ああそれと、あの子、名前はなんて言ったかしらね?随分と美人さんじゃないの!玉城さんには似てないわぁ〜、親戚って言っても顔まではやっぱり似ないのね?フフフ、あらやだ、もうこんな時間じゃないの。それじゃ、あとで煮物持っていくからちゃんと居なさいよね」

大家は言いたいことだけ言うとさっさと階段を降りていってしまった。玉城は暫し呆然としながら、階段の途中で停止していた。大家の持っていた封筒には確かに現金が入っていたが、玉城の家にあんな大金あるはずがない。しかし大家は玉城があの金を払ったと思っている。誰があの金を?それに、大家の言っていた"あの子"とは?そこでやっと玉城は、家に残してきたあの男の存在を思い出した。急いで階段を駆け上がり玉城が玄関の扉を開けると、飛び込んできた部屋の中の風景に唖然とした。確か、部屋を出る前は部屋の中は衣服が散乱しているような酷い状況だったと思う。けれど今、玉城の目に映る部屋は汚いどころかまるで他人の部屋のように綺麗に片づけられていた。口をあんぐりと開け玉城が玄関で立ち尽くしていると、ひょいと奥から誰かが出てきた。

「早いな、もう帰ってきたのか」

何処から引っ張り出してきたのか、高校時代に家庭の授業で玉城が作ったエプロンをつけた男が居た。黒髪に紫の瞳をした男はベッドで寝ていた男に間違いなく、玉城は思わず男を指差した。

「お、お、おま、お、お前、俺のベッドで寝てた奴だろ!な、な、なんでそんな格好、じゃなくて、つーか、俺の部屋に!」
「・・・覚えてないのか?」

男が少し目を見開き玉城に訊ねると、玉城はうっと言葉を詰まらせた。覚えていないというか、昨日の夜に会ったことは覚えているのだが何で自分の部屋に居るかまでは覚えていない。とりあえず玉城が部屋に上がると、玉城は更に驚いた。溜まっていた洗濯物は全てベランダに干されていて、しわくちゃだったベッドはきちんとベッドメイクされている。部屋にゴミなどは一つもなく、あると言えば部屋の隅に大きなゴミ袋が二つほどあるだけだ。テーブルの上にあった麻雀卓は壁に立てかけられ、牌は箱に全て仕舞われている。ずっと捨てていなかった煙草の吸殻さえもなく、玉城は愕然としながらスーツを脱いだ。玉城はとりあえず男を手まねき座らせると、テーブルを挟んだ反対側に自分も座った。

「あーっとだな・・・とりあえず聞いておくけど、お前昨日の夜の奴だよな?」
「ああ、そうだが」
「名前は?」
「ルルーシュだ」
「ゲッ・・・ブリタニア人かよ・・・あー、それで、なんで俺の部屋に居るんだ?」
「はぁ・・・そうか、覚えていないのか」
「だっ・・・しょうがねぇじゃねぇかよ、あん時は酔ってて、こー、なんつーか・・・とにかくお前に会ったことは覚えてっけど何でお前が俺の部屋にいるかまでは覚えてねぇんだよ」

つまりは酒で記憶が飛んだということだ。ルルーシュと男は名乗ったが玉城にはそんな名前聞き覚えがなかった。酔ってて覚えていないと開き直った玉城は改めてルルーシュを見た。ルルーシュという名から日本人ではないのは分かるが、寝顔を見た時はブリタニア人だとは分からなかった。黒髪だからてっきり日本人とばかり、というよりブリタニア人だとは思わなかった。けれどこうして見ると鼻は少し高めに見えるし睫毛もピンと伸びていて、どうりで日本人にしては美人だと思った。紫の瞳は硝子玉のように透き通っていて、ジッと見ていたら酔ってしまいそうだ。それで何で俺のベッドで寝てたんだ?と玉城がルルーシュに尋ねると、ルルーシュは視線を逸らし目を伏せた。自分の身を抱くように腕を掴んで苦しげな表情を浮かべたあとルルーシュが覚えていないなんて、と小さく呟く。

「俺にあんなことをしておいて・・・」
「え、えええェェェッ!?ちょっ、ま、マジかよ!?」
「冗談だ」

さらりとルルーシュが言って、身を乗り出して絶叫しかけた玉城はその言葉にドッと息を吐いた。心臓に悪い冗談だ。さっきの表情は何処へ行ったのかルルーシュはケロリとしている。ベッドで眠っていたからもしかしてという可能性を密かに抱いていた玉城はホッとして腰を下ろした。玉城の驚きようが面白かったのかルルーシュがクスリと笑う。馬鹿にされたように見えて玉城はムッとしたが、何だか馬鹿らしくなってしまい大きくため息をついた。

「お前なぁ、そういう冗談はやめろよ」
「お前が本当に覚えていないか確認したかったんだ。お前が、うちに来るかって言って来たんだろう」
「俺が?」
「まぁ、覚えてないなら仕方ないけどな」

ルルーシュが言うには、ちょっとした事情で住んでいたところから出てきたのだが行く当てがなく困っているのだという。昨日の夜にファミレスで寝ていたところを追い出されてしまい、ふらふらと住宅街を歩いていたらルルーシュは酔った玉城に声を掛けられた。絡んできた玉城にルルーシュが行く当てがなくて困ってると言うと自分の所にくればいいと言って玉城に無理矢理アパートに連れ込まれたらしい。気が済むまでここに居ればいいとルルーシュに言ったあと電池が切れたように玉城は床に寝てしまったので、ルルーシュは仕方なくベッドで眠った。それが玉城が失くした記憶の出来事らしく、自分のことながらなんて馬鹿なことをしたのだと玉城は呆れてしまった。ということはつまり、玉城はいつの間にか同居人を作ってしまったというわけだ。ちなみに先ほど大家が訪ねて来たらしく、あまりにもうるさかったためルルーシュが家賃を支払ってしまったらしい。いくらここの家賃が安いとはいえ三ヶ月分は少々金額があるというのに、何故ルルーシュはそんな大金を持っていたのか。大家に玉城との関係を聞かれ一緒に住むことになった親戚と答えたらしく、大家が顔が似てないなどと言っていたのはそのせいだろう。

「ここに住むっつったって、そんなこと言われてもよぉ・・・」

困ったように玉城は頭を掻く。ここに居ればいいと言ったのは自分らしいのだが、酔った時の約束など責任が持てない。行く当てがないのは分かるけれど、見ず知らずの男を養うほど余裕も無い。困ったなあと玉城が漏らすと、ルルーシュはその玉城の表情を見て身につけていたエプロンを外した。丁寧にそれを畳みながら口元だけを笑ってみせる。

「・・・分かってる、酔いの戯言だったんだろう?そんなに困らなくてもいいさ、一晩泊めてもらえただけでも助かった」
「お、おい・・・」
「無理を言ってすまなかったな。俺が払った家賃は、一泊分の代金とでも思っておいてくれ」

ルルーシュは立ち上がるとボストンバッグを肩にかける。そのまま玄関へ向かおうとするルルーシュの足を思わず掴んで引き留めた。なんだか追い出したかのように思えて後味が悪い。足を掴まれたルルーシュは驚いて玉城を見下ろした。

「お前行く当てないんだろ?何処行くんだよ」
「さあな、また何処かのファミレスにでも行って追い出されるかな」
「笑いごとじゃねぇだろ!なんの事情があるかは知らねぇけど、お前まだ未成年だろ?家に戻ったほうがいいんじゃねぇの?」

一応、大人として忠告はしておかなければならない。しかし、玉城がそう言うとルルーシュは黙り込んでしまった。沈黙が数秒流れ、怒らせてしまったかと玉城が焦るとルルーシュが小さな声で言った。

「・・・あそこには戻りたくない」

さっきの、冗談を言った時のような嘘の表情ではなくルルーシュの顔は悲しげに歪んでいた。何かを抱え込んでいるようなそんな顔に玉城はハッとする。よほど家に戻りたくない事情があるのか、ふと玉城は昔の子供のころを思い出した。誰もいない家、冷たい夕飯と真っ暗な夜。過去の出来事がフラッシュバッグのように蘇り、玉城はルルーシュの足を掴んでいた力を強くした。ルルーシュはまるで口が滑ったとでもいうように顔を玉城からそむけると玄関へ向かおうとする。玉城は立ち上がりルルーシュのボストンバッグを奪うと、それを自分のベッドへ投げた。ボスン、と軽い音を立ててベッドに落ちたボストンバッグをルルーシュが驚いて振り返り見る。玉城は照れくさそうに視線をぐるりと回した後、ルルーシュの肩を叩いた。

「っはぁ〜・・・しょうがねぇなぁ、この玉城様が面倒みてやるよ!」






「ルルーシュもすっかり玉城の家に馴染んじゃって、まるでお母さんね」
「俺はあいつを産んだ覚えはないぞ、それに本当の母親に失礼だろ」
「あら知らなかった?玉城、お母さん居ないのよ」

カレンの言葉にルルーシュはお茶を飲んでいた手を止めた。カレンの顔を見るが平然とした様子でカレンはテレビ画面を眺めている。それは知らなかったなとルルーシュは呟き、視線を逸らした。鍋に煮込んでいるカレーがクツクツと音を鳴らしていて、あと1時間ほど煮込めば完成だ。ベッドに寝転がるカレンが訪ねて来たのは物を届けにきただけだったはずなのに、カレーを作っていると知れば出来上がるまで待つわと言って部屋に押し入られた。ルルーシュは部屋の主ではないから拒否もできなかったし、元々多めに作ったからあとでカレンや扇に差し入れようと思っていたから寧ろ手間が省けてよかった。けれど玉城の部屋には時間を潰せるようなものはなく、ゴミ置き場で拾ってきたというテレビをつけても大した番組はやっていなかった。それでも沈黙が流れるのは気まずいからと一応ニュース番組は流したままにしてある。海外カルト教団の日本支部で何か事件があったとアナウンサーが伝えている。カレンは黙ってしまったルルーシュを一瞥してからリモコンを手に取った。

「お母さんだけじゃないわ、あいつんちは父親も居ないの」
「・・・それは離婚か、それとも死別か?」
「お母さんは病死、お父さんは新しい女とどっかに行っちゃったって。えーっと私が11歳だったから・・・あいつが18歳の頃の話ね」
「そうだったのか、家族の話をしなかったから知らなかった」
「家族の話しないのはあんたもでしょ。でも玉城の性格だから聞けばきっと教えてくれるわよ」

カレンはチャンネルを適当に回してからテレビの電源を切った。ベッドから起き上がり窓に近づくとカレンは窓の外を覗きこんだ。窓の外は外灯が見えるほど暗くなっている。昼間に出かけて行った玉城は予定ではもう帰ってくるはずなのだが、何処で道草を食っているのだかまだ帰ってこない。

「まあ、だからとかじゃないけどルルーシュには感謝してるわ」
「えっ?」
「あんたが来る前はろくな生活してなかったのよ、玉城。でもあんたがここに住む様になってからは、なんていうのかしら?生活力がついたっていうか」

カレンはそう言って部屋を見渡した。掃除しても三日後には元通りになってしまっていた玉城の部屋は今では清潔感を保っている。カップ麺などのゴミなんて見当たるわけもなく、キッチンには調理器具が揃った。ビールと弁当の残りしか入っていなかった冷蔵庫には人並みの食材が並び、洗濯物は溜まることなど無かった。全てルルーシュが勝手にやったことなのだが玉城は怒るどころか逆に感謝し、家のことは全てルルーシュに任せてしまっている状態だ。

「不思議ね、一か月前までは赤の他人だったのに。普通の人なら知り合ったばかりのやつに、家のことなんか任せないわよ」
「それは玉城が単純だからだろ」
「ふふ、それもあるわね」

カレンが笑みをこぼすと、ピピピと電子音が鳴り響いた。テーブルの上に置いてあったカレンの携帯が震えており、ルルーシュがそれを手に取りカレンに投げるとカレンは表示された着信名にゲッと顔を歪ませた。

「お兄ちゃんからだ、この時間だと・・・嫌な予感がするわね」

恐る恐るといったようにカレンが電話に出ると、ルルーシュにも聞こえるくらいの声が携帯から聞こえてきた。

『お〜い、カレンか〜?』
「・・・お兄ちゃん?まさかとは思うけど、今飲んでないよね?」
『ンー?なんで分かったんだ〜?ほうら、玉城と扇も一緒だぞ〜』
『おいカレンッ、お前はなぁ、いつも俺のこと馬鹿にするけどなぁ俺はやればできるって・・・』
『あーお前らはもういいから大人しくしてろ!もしもしカレンか?』
「扇さん?今何処に居るんですか?」
『それがナオトと玉城に捕まって・・・駅前の居酒屋にいるんだが、悪いけど迎えに来てもらえるか?二人とも歩けるような状態じゃなくて・・・』






「ほら、お兄ちゃん帰るわよ!ちゃんと立って!」
「おい玉城も起きろ、帰るぞ」

カレンとルルーシュはそれぞれ肩にナオトと玉城を担ぎながら居酒屋を出た。しかしナオトと玉城はよほど飲んだのか足もとがふらついていて支えていないと立てない状況だ。ルルーシュが居酒屋に来て驚いたのは、てっきり居るのはナオトと玉城と扇の三人だけだと思っていたのだが他にも10人ほど見知らぬ男達が居たことだ。いずれも見た目からしてチンピラ風の玉城と似たような風貌をした男達ばかりで、聞けば玉城の出入りしている組に最近入ってきた者達だという。いわゆる玉城の舎弟というものらしいのだが、ルルーシュはそれに少し驚いてしまった。能力的にも立場的にも低い位置に居る玉城がこんなにも慕われているとは思っていなかったのだ。今日居酒屋に集まったのも、何やら組でトラブルがあり下っ端達のストレスが限界まで溜まったため玉城が発散のために居酒屋に連れて来てくれたらしい。玉城は我儘なところがあるがそれ以上に、なんだかんだ世話を焼いてくれるような奴なのだろう。

「すんませんルルーシュさん、玉城さんの世話は俺らがやんなきゃなんねぇってのに」
「いいんだ、それにさん付けはやめてくれ」
「いえいえ!玉城さんのお知り合いなら、ルルーシュさんも俺らの兄貴みたいなもんですから!」
「それはちょっと違うんじゃ・・・まあ、いい」

舎弟のうちの一人がアパートまで玉城とルルーシュを送っていくと言ったのでルルーシュはそれに甘えることにした。黒のワゴン車の後部座席に玉城を押し入れてルルーシュは助手席に乗った。ルルーシュが窓を開けてそれじゃあ失礼しますと言うと、後ろに並んでいた舎弟達が一斉にお辞儀をした。一般人からの視線が痛く、ルルーシュは出してくれた運転する舎弟を急かし車を出した。駅から玉城までのアパートは歩けば20分ほどかかるが車では5分ほどで着く。玉城のひとりごとのような寝言が後部座席から聞こえてきて、五月蠅いとルルーシュは持っていたタオルを玉城に投げつけた。顔に命中したそれを玉城が何を勘違いしているのか両手で揉んでいる。全く恥ずかしい奴だとルルーシュが漏らすと、運転する舎弟がチラチラとルルーシュを見た。

「・・・なんだ、俺の顔に何かついてるか?」
「あっ、いえ・・・その、ルルーシュさんのこと見覚えがあるような気がして」
「俺に?」
「勘違いかもしれないんですけど・・・なーんかどっかで見たことがあるような・・・。ルルーシュさんって何かモデルとかやってたりしますか?」
「・・・いや、生憎だがそんなことはやったことないな」
「そっか・・・ですよね・・・じゃあやっぱ俺の勘違いですかね」

はははと笑う舎弟にルルーシュは密かに顔を苦くしながら窓の外を眺めた。あながち間違ってはいないのだが、それを今言うことはできない。そう思っていると車はゆっくりと速度を落とし、アパートの前に停車した。部屋まで運ぶのを手伝いましょうかという舎弟の誘いを断りルルーシュは玉城を肩を組むようにして車から引っ張り出した。玉城さんによろしく伝えておいてくださいと言って去って行った車のナンバーを消えるまで眺めてから、ルルーシュは玉城の頬をバチンと叩いた。

「玉城起きろ、階段くらい上れるだろ」
「ん〜ん・・・あぁ?ルルーシュかぁ?」
「そうだ俺だ、寝ぼけていないでさっさと上がるぞ」
「ルルーシュかぁ、そうか、お前はルルーシュかぁ」
「・・・クソ、これだから酔っぱらいは嫌いなんだ」

ルルーシュは舌打ちをしてから階段を上り始めた。一歩ずつゆっくりとしか上がれないのは体格差があるためルルーシュでは玉城を完全に支えきれないからだ。身長は玉城の方が高いがそれでもルルーシュと比べたらそんなに大差はない。しかし、玉城は見かけによらず筋肉があり肩幅もあるため華奢なルルーシュが引きずるには少々重い。やっとの思いで階段を上りきったころにはルルーシュの額には汗が浮かんでいた。床にずり落ちそうな玉城を何度も抱えなおしながら部屋に入ると、もう限界だというようにルルーシュは玉城を床に放り投げた。べしゃり、という効果音が似合いそうな感じで玉城が玄関すぐの床にうつ伏せになっている。後ろでに玄関の鍵を閉めてからルルーシュは足で玉城の尻を蹴った。

「全く、世話が焼けるやつだ」
「ルル〜シュ〜、靴脱がせてくれえ〜」
「分かった、分かったからとりあえず起きてくれ」

子供か、とルルーシュは頭が痛くなった。赤ん坊のように手足をバタつかせる玉城は起き上がる気配がなく、ルルーシュは仕方なく玉城に馬乗りになると蹴られないように慎重に靴を脱がせる。こうなればさっさと寝てもらうのが一番だろうとルルーシュは玉城の両腕を引っ張って無理やり立たせた。ぼーっとしている玉城の目は半分だけ開いていて、ルルーシュの正面に立つとぺたぺたとルルーシュの顔を触った。ルルーシュか?ルルーシュか?などと意味の分からない言動を繰り返す。もう真面目に相手をする気にもなれずルルーシュは玉城のスーツを脱がせた。あとで皺になるのも面倒だと、シャツとズボンも脱がせトランクス一丁にさせる。玉城がカレーが食べたいというから作ったのだが今日は食べれそうにもない。カレーならば日持ちするからいいかと自分を納得させながらルルーシュは玉城の手を引いてベッドまで連れて行った。

「玉城もう今日は寝・・・ッうわっ!?」

ベッドの布団をめくっていたルルーシュは急に後ろからドンと強く押され、ベッドに顔を突っ込んだ。身体全体に感じる重量に玉城が倒れ込んで来たのだと分かり、ルルーシュは玉城に押し倒されるような体勢になりながら顔だけを背後へ向けた。おい!と怒鳴ってみるが玉城の反応はなく、ルルーシュのうなじに顔を埋めて唸っている。生暖かい息が耳元を通っていくのが気持ち悪くルルーシュは玉城の下でもがくが、うつぶせの状態で押し倒されているのでなかなか脱出できない。肺が押しつぶされるような圧迫感と先ほどまで玉城を担いでいた疲れが出てきてしまったのか、ルルーシュは早々に脱出を諦めた。しかしせめて玉城をベッドに上げなければと、ルルーシュはほふく前進のようにシーツを両手で掴んで玉城ごと身体をベッドの上に登らせた。足だけがベッドの外にあった状態だったためすぐに移動はできたが、玉城は退いてくれる気はないようだ。どうにかして玉城を退かすことはできないだろうかとルルーシュが考えていると、不意に玉城の両手がルルーシュのシャツの中に滑り込んできた。冷たい手にルルーシュがぎゃあと叫ぶ。

「馬鹿っなにしてるんだ!」
「おいルルーシュ〜お前本当に男なのかァ〜?男のくせにこんなほっそい身体しやがってよぉ〜・・・本当はおっぱいついてんじゃねぇのか!?」
「ばっ、どこ触ってるんだこの・・・っ!」

玉城の腕を放そうとするのだが、脇から抱える様に手を突っ込まれているため上手く抵抗ができない。大きな手がルルーシュの平べったい胸を撫でる感触にルルーシュはぞわぞわと鳥肌が立った。無いな無いなと呟きながらルルーシュの胸を揉む玉城は、じれったくなったのかルルーシュのシャツのボタンを器用に開いて脱がせようとしてきた。そうはさせるかとルルーシュが咄嗟に腕を締めてシャツを肘の部分で止めるが、それでも肩口は大きく露出してしまった。玉城の手が胸から離れ、ルルーシュはシャツを着直そうとしたがその前に玉城の腕が今度はルルーシュのスボンにかかった。サッと血の気が引いてルルーシュは振り向き玉城の顔をパンと叩いた。

「いい加減にしろ酔っぱらいが!」
「痛ってぇ〜なにすんだよォ!」
「それはこっちの台詞だ!」

玉城が頬を押さえながら起き上った瞬間を見計らいルルーシュはうつ伏せの状態からぐるりと仰向けに身体を回転させた。玉城がルルーシュの腰の部分に座っているため逃げることはできなかったが苦しかったうつ伏せの状態を変えられてルルーシュは息を吐く。痛みで酔いがさめたかとルルーシュは玉城を見上げたが、その顔はまだ虚ろだ。一体どれだけの量を飲んだのだと、もうルルーシュは呆れるしかなかった。カチャカチャとルルーシュのベルトにまだ手をかけている玉城はルルーシュのズボンのチャックを下ろす所まで手を進めたが、その途端にピタリと手を止めてしまった。

「・・・眠みぃ」
「うわっ、ちょ・・・!」

今度は正面から圧し掛かられるようにルルーシュは玉城に潰された。ルルーシュの背に腕を回し抱き枕のようにルルーシュを抱きしめた玉城はそのまま目を瞑ってしまう。こんな状態で寝るんじゃないだろうなとルルーシュは慌てて玉城の頭を叩いたが、既に玉城は夢の世界へ旅立ってしまったようだった。ぐーぐーと呑気な寝息がルルーシュの耳のすぐそばで聞こえる。くすぐったいそれにルルーシュは肩を竦めるが、ルルーシュが動くたびに玉城は腕の力を強くしてくる。こうなればもう逃げることなど不可能で、ルルーシュは大きくため息をついてから枕もとのリモコンに手を伸ばした。もうこれは諦めるしかないだろうと、部屋の照明をリモコンで消す。いつもルルーシュは床に布団を敷いて寝ていたため久し振りのベッドの感触は嬉しかったが、玉城に抱えられながらという状況は嬉しくなかった。

「全く・・・仕方ない奴だ」

ルルーシュはそう呟き、暑苦しい玉城の体温を感じながら目を閉じた。





次の日、カレンの悲鳴で玉城は目を覚ました。なんだなんだと飛び起きてみれば、カレンがこちらを見てわなわなと震えあがっている。どうしたんだ?と玉城が聞けば、次の瞬間カレンの拳が飛んできた。

「玉城の馬鹿!最低!信じらんない!確かに最近ルルーシュが居るから風俗行ってないってことは知ってたけど!」
「おい!変なこと大声で言うんじゃねぇよ馬鹿!」
「だからって、ルルーシュに手出すなんて!!!」

カレンが玉城の後ろを指差し、玉城はえ?とそちらへ顔を向けた。そしてそこで眠るルルーシュの存在に気づき、凍りついた。何故ルルーシュが自分と同じベッドに?いやその前に、ルルーシュの格好は何だ?シャツはボタンが全て外され、辛うじて腕に引っ掛かっているものの上半身はほぼ裸だ。下半身を見てみればベルトとボタンは取れていて、太ももあたりまでズボンが下がっている。そして加えて玉城の今の格好は下着一枚だ。この状況から予想される出来事に、玉城はまさかと顔を青くした。嘘だろ!?と叫びベッドから飛び降りた玉城だったが、カレンに後ろ頭を叩かれた。

「昨日あんたが酔い潰れて、帰りはルルーシュにまかせちゃったから心配で見に来たらこんなことになってるなんて・・・!」
「ハッ!?昨日!?なんだよそれ、俺知らねぇぞ!」
「あんた酔うとすぐに記憶なくなるの、いい加減に自覚しなさいよ馬鹿!」

馬鹿馬鹿馬鹿!と何度もカレンは玉城を叩く。玉城は全く身に覚えのない出来事に、しかし目の前に広がる光景に混乱しながらただ戸惑うしかできなかった。ちょっと五月蠅いよと飛び込んできた大家まで参加し始めて、しばらくこの混乱は治まらなかった。そんなやり取りも知らず、ルルーシュはただのんびりと夢の中を彷徨っていたのであった。




「玉城さん、男前になってますけどなんかありました?」
「ああ?何かありましたじゃねぇよ、ったくよォ・・・」
「ははは、昨日かなり酔ってましたもんね。ルルーシュさんに怒られましたか?」
「あ?なんでルルーシュのこと知ってんだよ?」
「えぇ!覚えてないんですか?昨日居酒屋で写メ見せてくれたじゃないですか、俺の嫁さんだって」
「あぁ?嫁!?」
「炊事から掃除まで全部やってくれて、あいつが女だったら俺の嫁にしてた、いや、もう俺の嫁だ〜って・・・」
「・・・全っ然、覚えてねぇ」
「だと思いましたよ。・・・それより、上からのアレ聞きました?」
「あ?おお、なんだっけ、宗教の・・・その〜名前は忘れちまったけど、教祖サマがいなくなったんだって?」
「ギアス嚮団ですよギアス嚮団。元はブリタニアの宗教団体らしいですけど、日本にも支部があるらしくて、その日本支部でギアス嚮団の象徴とされてた教祖サマがいなくなちゃったんですってよ」
「へぇ、それとうちの組がなんの関係があるんだっつー話だよなあ?」
「・・・なんでも、組長がその宗教にハマりこんじまったらしいッス」
「・・・マジかよ?」
「教祖サマってのが居なくなったのが一か月前の話らしいんですけど、それが分かったのがつい一昨日あたりなんですよ。それで、もう組長慌てちゃって。だから、教祖サマを見つけ出してこいって」
「あ〜あ、だからか。つったってよぉ、見たことない奴探せって言われてもなぁ」
「教祖サマってのはいつも顔隠して現れるってんで誰も本当の顔見たことないんすよ。でも、えっと確か、肌が白くて黒髪で細身のブリタニア人の男らしいっすよ」
「あぁ〜ん?んなもん、言われたって分かるわけねぇだろ」
「ですよねー・・・あ、でもこの特徴ってルルーシュさんに似てますよね。ルルーシュさんのことだったりして?」
「ははは、面白い冗談言うなお前!」
「ははは、なんちゃって。そんなわけないですよね」
「さー、俺らも仕事戻ろうぜ。教祖サマより今は集金回収のほうが俺達にゃ重要だ」
「はい!玉城さん!」






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玉城は兄貴肌だけどルルーシュには頼っちゃう。