幹部だけではなく下っ端まで集められるなんて、これは何かあると玉城は思っていた。およそ十五畳の大広間にいかつい顔の男達がきっちり正座をして並んでいる光景は威圧感がある。しん、と静まり返っている大広間で皆の視線は上座に座る男へ向けられていた。五厘に刈られた頭と金縁の眼鏡が特徴の男は、神妙な面持ちで正座をする部下達を見下ろす。ひとりひとりの顔を確認するように男の目がゆっくりと移動していく。玉城は慣れない正座に悪戦苦闘しながらも、その男の視線がいつ自分に来るかと内心怖がっていた。大広間の中間の一番左の座布団に玉城は座っている。男の目が玉城の隣に居た男から玉城へと移った。玉城は背をピンと貼り、男の視線を受ける。目が合ったその瞬間、何かゾッとするものを玉城は感じ取った。瞳の暗さだとか、耳に痛いほどの静寂だとか、それらに隠された男の心が伝わってきた気がしたのだ。男と玉城の目が合ったのはほんの一瞬で、すぐに男の目は玉城の後ろの男へと移動していった。長い時間をかけて大広間に居た全員の顔を見終えると男は深く息を吐いた。そしてジッと何かを耐えるように目を瞑っている。誰かが不安げに「組長…」と呟いた。皆、心配そうに上座の男を見守っている。ここにいる者の一部はきっとそれを知っているのだろう。あとの何も知らない者はただ何が起きるかと心を揺らし、ある可能性に怯えている。玉城も、もしかしてとある可能性を考えていた。それは、ここ最近噂されていたことだったので下っ端の玉城の耳にも入っていた。ただそれが本当かどうかは玉城は知らなかったし、本当だとしても自分にはどうしようもないことだと思っていた。上座の男が閉じていた目を開く。それが合図のように、男の口が声を発した。 「来月より、我が組は枢木組の傘下に入ることになった」 その言葉が響いた途端、大広間がざわついた。どういうことだという言葉がざわめきに混じり聞こえてくる。玉城はポカンと口を開けて上座の男を見ることしかできなかった。男の言った言葉の意味が分からなかった。いや、意味は分かるが理解ができなかった。それはつまりどういうことなのかと玉城のあまり良くない頭が必死に答えを出そうとしている。ふいに玉城は肩を叩かれ、後ろを見た。振り返るとそこには焦った顔をした杉山が身を乗り出していた。 「おい玉城!なにボーっとしてんだよ!」 「え?あ、ああ…」 「とうとう、って感じだろ。前から噂はあったらしいけど…。うちみたいな弱小の組がよく傘下に入れたなとは思うけど」 杉山が小声で囁くと玉城は面倒くさそうに頭を掻いた。前の方では幹部の何人かが上座の男に詰め寄っていた。騒ぎを横目に玉城はこっそりと杉山の隣へと移動する。 「でもよ、ここ最近多くねぇか?この前だって海山んとこの組が吸収されたんだろ」 「そうだな。…でも、これで俺達もいよいよじゃないか?」 「あ?何がだよ」 「枢木組は指定に入ってんだろ?俺達も一応構成員ってわけだ」 「だからなんだってんだよ!」 玉城はしびれを切らして怒鳴るように聞き返すが、混乱した状況の大広間では玉城の声はすぐにかき消された。既に正座をしている者など居らず、殆どが立ち上がり様々な意見を上座に向かって飛ばしている。そんな中で座っている杉山と玉城には周りの声など聞こえていなかった。何を言っているのか分からないというように怒る玉城に、杉山は真剣な表情で「だから!」と叫んだ。少し怖気づいているような笑みを浮かべながら、杉山は呟く。 「もう、これで本当に後戻りはできないってことだよ」 小さな呟きだったが、玉城にはその声はしっかりと届いた。玉城の首筋に嫌な汗が流れる。それは、と玉城が視線を杉山に投げかけると杉山はそれに答えるように頷いた。もう逃げることはできない、それを再確認させられたようで玉城は眉を寄せる。周りの喧騒が耳から遠のいていく。玉城は杉山と目を合わせながら、ただ今後の自分達の行く末に不安と期待を抱いた。 両手に紙袋を抱え、帰ってくるなりはぁと溜め息をついた玉城を見てルルーシュは目をぱちくりとさせた。久しぶりに集会に呼び出されたと言ってあんなに意気揚々と出て行った朝の姿とは打って変わって、玉城の顔は疲れ果てているようだった。ドサリと置かれた紙袋の中から見える雑貨にルルーシュは首を傾げながらも、エプロンで手を拭きながら玄関で靴を脱ぐ玉城に近づいた。おかえりと言いながら上から見下ろすと、玉城が顔を上げてただいまと力ない声で答えた。これはそうとう疲れているようだ。いや、疲れているというよりも、落胆しているような?ともかく、玉城はそのままフラフラと覚束ない足取りでベッドまで行くと倒れこむようにベッドに伏してしまった。 「おい、しわになるからスーツは脱げ」 「あ〜…」 「聞いてるのか?」 「…わーってるよ」 玉城うつ伏せになったまま、もそもそとスーツを脱いでベッドの上に置く。重症か?とルルーシュは思いながらスーツを拾い上げてハンガーに引っ掛けた。何かあったのかと聞くのが野暮なほど明らかに何かあったような玉城をどうするべきかとルルーシュは考える。慰めると言っても何があったのか知らないし、かと言って放置したまま機嫌を悪くさせるのも嫌だ。しかし、何かあったのかと聞いてほしそうで聞いてほしくないようなオーラを放っている玉城にはそう簡単には触れられなかった。ルルーシュは少し考えて、キッチンへと戻った。解凍途中だった、三日前作ったカレーを鍋で温める。こういう時は無暗に聞き出すよりも自分から話すのを待った方が、玉城の場合良いのだ。くるくると鍋の中でお玉を回してから、付け合わせの野菜でも切るかと冷蔵庫を開ける。しかし野菜室は寂しい状況で、付け合わせになりそうな野菜はなかった。ルルーシュは諦めてさっさとカレーをよそると、二人分のそれをテーブルに置いた。コトン、と食器の置かれた音を耳にした玉城が顔を上げる。ルルーシュが床に座ってカレーを一人で食べ始めると、玉城は無言のまま同じようにテーブルの前に座ってスプーンに手を伸ばした。 「………」 「………」 無言のまま、食器の擦れる音だけが部屋に響く。重い空気ではないのだが、なんとなく気まずい。たまに、玉城がこういう風になるのはルルーシュは知っていた。でもだいたい理由がどうでもいいことだったりするので、ルルーシュはあまり心配していない。前なんて、パチンコで大負けしたのが沈んでいた理由だったのだから。なので今回もどうせその類だろうとルルーシュは思っている。しかし、集会に呼び出されたあとだということだけが少し気になっていた。下っ端とは言え、玉城は"下っ端をまとめる"役割にまでなっている。ある意味、重要な立場の玉城だが組の集会にまでは普通呼ばれないだろう。だが今回は玉城だけではなく、組の殆どの人間が呼び出されたという。何かがあったことは間違いがなかった。組で何かあったとすれば、パチンコの時と同じようには扱ってはいけないはずだ。ルルーシュは食べていたスプーンを止めた。喉が渇いた。水でも飲もうかと立ち上がろうとしたルルーシュだったが、玉城がカレーに視線を落としたままルルーシュの名を呼んだ。 「なあ、ルルーシュ」 「なんだ?」 「お前、××行くっつったらついてきてくれるか?」 「…は?」 中腰のまま、ルルーシュは首を傾げた。××とは、ここから電車を乗り継いで二時間ほどの場所だ。観光地として有名で、自然が多くまた神社や寺などの日本建築が今でも残っていて和の町として親しまれている。どうして突然××なんてとルルーシュが何も言わないまま玉城を凝視すると、玉城はスプーンを空になった皿の上に投げ出した。 「今度よォ、行くんだよ。××」 「どうして、またそんな」 「…うちの組が、でけぇとこの傘下に入ることになったんだよ」 ふてくされたように、言い捨てる。ルルーシュは驚いて、中腰のままだった姿勢をすぐに戻した。傘下に入ることとなったというのは吸収されたということだろうか?言うのもなんだが、玉城の組はヤクザというよりチンピラのようなことばかりをしている弱小組だ。そんな組を傘下に入れても、なんの得にもならないような気がする。しかし傘下に入ることとなったのはもう決定事項らしい。ルルーシュが眉を寄せると、玉城はそれでよぉと言ってスプーンを指先で遊んだ。 「今度、そこの組んとこ挨拶行くんだと。それで俺もついて来いって、上が…」 「お前が?」 「なぁ、俺そんな挨拶なんてしたことねぇしよォ。ついてくるだけでいいって言われたけど、粗相はすんなよって脅されてよお…」 俺はどうしたらいいんだ!と玉城は涙目で叫んで机に突っ伏した。そんな玉城を見てルルーシュは、脱力してしまった。組が吸収されて落ち込んでいるのかと思っていたが、やはり玉城は玉城だった。つまり今度その組に挨拶に行くのが怖いということなのだろう。珍しく心配して損をしたとルルーシュはこめかみに指を当てた。 「あのな、それくらいで怖気づいてどうするんだ」 「ルルーシュには分かんねぇんだよ!あの〜なんつーか、変な緊張感っていうのか?ああ言うのって俺、苦手なんだよ…」 確かに、玉城には公式の場など無縁だったため緊張するのも仕方ないだろう。礼儀作法のれも知らないと思われる玉城をよく連れて行く気になったなとルルーシュは思った。玉城は机に突っ伏して、どうせ俺なんか駄目なやつなんだとわんわん嘆いている。大の大人が何を泣き言を言っているんだとルルーシュは呆れてしまった。食べ終わった皿を手に取りルルーシュは立ち上がる。放っておけばすぐに機嫌なんて直るだろうと、シンクに食器を下ろして洗いはじめる。水道の流れる音に混じって、ぶつぶつと独り言のような玉城の声が部屋に響く。呟く内容と言ったら、どうせヘマやらかして指を切られるんだ、とか、機嫌損ねてコンクート詰めにされるんだ、とか、突拍子もないことばかりだ。なかなか止まない泣き言に、ルルーシュはわざと大きなため息をついた。 「お前だったら大丈夫だろう?」 「…は、?」 玉城が顔を上げる。ルルーシュは洗い物を続けながら更に言う。 「お前の上司だって何も考えずにお前を連れて行こうと思ったわけじゃないはずだ。お前なら大丈夫だと思って連れて行くことにしたはずだろう?」 「で、でもよ…ちゃんとしねぇとどうなるか分かってんだろうなって言われたしよぉ」 「それだけ、お前に期待してるってことだろ?大丈夫、お前ならできるよ」 玉城はいざという時には力を発揮する男だ。ルルーシュの言葉は安易な励ましかもしれないが、玉城には十分効果があったようだった。さっきまで沈んでいた玉城の顔がルルーシュの言葉に感動し、嬉しそうにニヤけている。そうかな?なんて、あっさりとその言葉に乗せられた玉城をルルーシュは見えないところでフッと笑った。玉城は両腕を上げて背伸びをする。 「…ま、俺様が本気だしゃあこんくらい楽勝ってもんだよな!」 「まったく、調子の良い奴だ」 ルルーシュは苦笑いしながらも、機嫌の直った玉城を見て少しだけホッとした。いつも馬鹿みたいに騒ぐ玉城が静かに黙っていたり沈んでいる姿を見るのは苦手だ。明るさを貰っている、というわけではないが、玉城の元気がないと何だかこちらも張り合いがないのだ。玉城は気合を入れるように両手を叩き、帰ってきたきり放置されていた紙袋に手を伸ばした。中から取り出したのは一般的なマナー本。上司にでも貰ったのだろうかそれを開き玉城は真剣に読み始める。洗い物を終えたルルーシュはそんな玉城の姿を見て、これはスーツもきちんと洗っておいた方がいいかもしれないと思いハンガーにかかってあるスーツを手に取った。クリーニングに出してもいいが、あまり金は使いたくない。綺麗にできるところは自分で直してしまおうと、ルルーシュはスーツをベッドに広げて痛んだところやほつれたところを探す。玉城の後ろでルルーシュがスーツを弄っていると、玉城は思い出したように声を漏らして振り返った。 「ああ、そうだ。それでよ、××行くのにルルーシュも来てくれよ」 「いや、俺は別に…」 「えぇ!?いーじゃねぇかよ!どうせ残ってたって家に引きこもってるだけなんだろ?」 「う…」 図星を突かれ、反論の言葉もでない。ルルーシュは日頃から買い物など以外ではあまりに外に出ない。たまにふらっといなくなる時もあるが、いつも夜には帰ってくる。玉城は両手を合わせてルルーシュに頼み込んだ。 「頼むよ、ルルーシュが居てくれたら何とかなりそうな気がすんだ!」 「俺が行ったからと言って、俺は何もしないぞ」 「分かってるつーの!ついてきてくれるだけでいいから、頼むよ!」 縋るように玉城に抱きつかれルルーシュはその頭を叩く。本気を出したら楽勝、ではなかったのか?ルルーシュは少しだけ悩んだ後、まあついていくだけならいいかと了解した。返事を聞いて玉城はそうこなくてはと喜んだが、ルルーシュは何故そんなにも玉城が嬉しそうなのか理解できない。 「よっし、じゃあ一週間後だからな。向こうまでは下の奴が車出してくれるっつーから!」 向こうには3日ほど滞在予定のため、ホテルに泊まることになるらしい。ホテルは上が用意してくれるということは、交通費も宿泊代もかからないということか。もしこれが自費だったら玉城は自分を連れて行っただろうか?などとルルーシュは思いながらも、久しぶりの遠出に少しだけ期待した。玉城は再び熱心に本を読んでいるが、どうせあと数分もしたらその本は床に投げ出されることになるのだろう。ルルーシュはベッドの上に広げたスーツを拾い上げ、ほつれたところを縫い合わせることにした。この前探してようやく見つけた玉城の中学校時代の裁縫箱を手に取る。玉城の背中のほうを見るようにベッドに座り、ルルーシュはふと壁にかかったカレンダーに目をやった。 (あれから、二か月…か…) 玉城の家に居候してから、もう二か月が経とうとしている。玉城に少しでも怪しまれたらすぐにでも去ろうと思っていたルルーシュにとって、二か月という時間は予想外だった。性格なのか、それとも聞かないようにしているのか、玉城はルルーシュの過去についてまったく訊ねてこようとしない。家に居候させる身なら色々と聞く権利はあると思うのに、玉城はルルーシュについて聞こうとしてこなかった。家出人をちょっと住まわせている、という気分なのだろうか。ちょっと住まわせているにしては二か月は長すぎる期間だ。ルルーシュは未だに不思議に思うことがある。どうして、玉城は自分みたいな正体不明なやつを住まわせてくれるのだろうか?と。普通、常識的に考えたらありえないことだろう。最初は、勝手にここに住んで勝手に生活してればいいということかとも思った。けれど、今の生活はルルーシュが想像していたそれとはかけ離れたものだ。ただ住んでいるところを与えている、だけではなく殆ど同居というものに近い。お互いに互いの生活に干渉し合っていて、特に玉城などはルルーシュが居なくては掃除もまともにできない。ヤクザの中でも下っ端の、社会的にはよくいる人間。そのはずなのに、どうして玉城だけは他の人とは違うと思ってしまう。 (ヤクザとは、もう関わらないと思っていたのにな…) ルルーシュの脳裏に、昔の出来事が思い出される。夏で、真夜中だった。和室に倒れる男、血が点々と廊下へ続いている。薄暗い廊下には、二人しかいなかった。震える手でナイフを握っていた彼の手は真っ赤だった。呆然としている彼の手からナイフを奪って、言った。大丈夫だと。裏庭の水場で彼の服を洗い、何事もなかったかのように彼だけを部屋に返した。夏だと言うのに夜風が冷たく、その中で部屋に帰る彼を見ながら、血濡れたナイフを握っていた。 (…いけない。もう、忘れろ) ルルーシュは軽く頭を振って、頭に浮かんだそれを頭の中から消す。あれが全ての原因だったとは言え、忌々しい記憶は思い出さない方が良い。もう二度と関わらないようにしようと決めて出てきたのだ。玉城がヤクザだったことは予定外だったが、玉城のような下っ端ならそんなにヤクザとは関わらなくて済むだろう。酔った玉城を迎えに行った時に玉城の組の若手に顔を見られたが、その若手達だって玉城より下にいる連中だ。顔くらい見せたって何も分かりはしないだろう。そもそも玉城の組自体がそれほど力を持った組ではないため、同じヤクザでもきっと"アレ"とは繋がりなどないはずだ。けれどだからと言って油断はしてはいけない。 (いつまで…) ここには、いつまで居ることができるだろう?同じところに居続けるのは危険かもしれない。いざとなったら、もう少し離れた土地へ行こう。住む場所や生活手段は、またそこで考えればいい。…だが。ルルーシュは縫う手を止めた。果たして自分は、ここから"出ていけるだろうか?"。何もない穏やかな生活から、自ら出て行くことなんてできるのだろうか。ルルーシュはちらりと玉城を盗み見る。活字は苦手なのか、いつの間にかテーブルに伏して寝てしまっていた。ルルーシュは縫物をする手を止め、ベッドの端に追いやられていたタオルケットをそっと玉城の肩へかける。今はまだ、近い未来のことは考えたくない。穏やかな生活が思い出となった時に後悔をしたくないからだ。何もなければ、このままの生活を続けていられるかもしれない。そんなことを期待しながらも、ルルーシュには大きな不安があった。何も、なければ。 「旅行でも行くの?」 「いや、旅行というわけではないんだが…少し××までな」 「ふうん、そうなの。お土産は食べ物でいいわよ、お兄ちゃんの分もそれでいいから」 「…土産って言っても、観光ではないんだが」 「知ってるわよ。玉城のことでしょ。でも××って言ったらいいところじゃない?滅多に行けないんだからさ」 そんな会話をカレンとした二日後の朝、玉城のアパートの下に黒いバンが止まっていた。荷物は玉城もルルーシュも、少しだけ大きい鞄ひとつのみだった。バンから二人の男が出てきて、おはようございます!と威勢の良い挨拶する。どちらもルルーシュには見覚えのある二人であり、二人のうち一人は以前酔いつぶれた玉城をアパートに連れて行く時に車を出してくれた男だった。雑用係としてこの二人もついていくらしく、今回の挨拶とやらはよほど重要なのだなとルルーシュは今更ながらに思った。後部座席に乗ったルルーシュは眠いから寝かせてくれと三列目のシートに腰を下ろし、睡眠の邪魔をしないように玉城は二列目のシートに座った。助手席と運転席に若手の男らが乗り込むと、車にエンジンがかかる。 「水島さん達は午後から来るらしいです。それまで俺らは様子とか雰囲気を見て来いって」 「あぁ?雰囲気っつったって、んなの分かるかよ!」 朝から元気の良い玉城とは対照的に、朝の弱いルルーシュはぼーっとしながらそんな会話を聞いていた。鞄を枕にして横になりながら、一時間は寝れるなと瞼を閉じる。車が走り出す揺れを感じながらルルーシュは眠りに落ちようとしていた。そんな時、玉城が景気付けに叫んだ。 「さーて、それじゃあ枢木組に乗り込むとするかぁ!」 その瞬間、ルルーシュは一気に眠気が吹き飛んだ。玉城の言った言葉に自分の耳を疑う。 「く、枢木組だって!?」 「っうわ!なんだよルルーシュ、いきなりビビらせんなよ!」 突然起き上がったルルーシュに玉城が驚く。そんなことはどうでもいいとルルーシュは身を乗り出して玉城に問う。 「お前の組は枢木組の傘下に入ることになったのか!?」 「あれ?俺、言ってなかったか?」 「言ってない!」 「る、ルルーシュさんどうしたんですか?」 玉城の胸倉を掴んでガクガクと揺さぶるルルーシュを助手席の若手が心配そうに見守る。ルルーシュの顔は血の気が引いており真っ青だ。大きな組とは言っていたものの、枢木組だなんて聞いていない。聞かなかった自分も悪いが、どうして気付かなかった?とルルーシュは考えを巡らせる。そこで、これから行く目的地の場所のことを思い出した。ルルーシュは助手席の男を睨むように見て問いかける。 「枢木組の本拠地は○○だっただろう!?」 「え、ええ…よくご存じですね。確か、先月××に移動したらしいですよ。××には枢木組の組長の神社がありますからね、これから全国に広げてくためにも地元に戻って来たんじゃないですかね」 確かに、枢木組は昔××に拠点を置いていた。しかし、11年前に○○へ移動したはずだった。最初××と聞いた時に、もう少し注意しておくべきだったとルルーシュは後悔した。もうそこに枢木組はないと思い込んでいたせいで、自らを危険に晒そうとしている。玉城の胸倉を掴んだままルルーシュは唖然とする。固まってしまったルルーシュに玉城は冷や汗を流しながらも、どうしたんだ?と首を傾げた。 「…下りる」 「は?」 「やはり俺は行かない!ここで下ろしてくれ!」 鞄を掴み扉を開けようとするルルーシュにぎょっとして玉城はルルーシュの腕を掴んだ。助手席の男も腕を伸ばし、ルルーシュを押さえる。二列目のシートまで跨って来たルルーシュは放せと暴れた。急にどうしたんだと玉城は焦ったが、ここまで来て帰るだなんて言わせない。 「んだよ急に!おい、暴れるなって!」 「うるさい!俺は行かない!」 「どうしたんですかルルーシュさん!お、落ち着いて!」 ルルーシュの右手を玉城が、左手を助手席の男がそれぞれ掴む。ただでさえ非力なルルーシュが大人二人の腕力に勝てるはずもなく、ジタバタと足を振る。運転する男はこのまま運転を続けてもいいのだろうかとチラチラ後部座席へ視線をやる。車が走り出してまだ数分しか経っていないため、引き返せると言えば引き返せるのだが。 「車乗っておいてそりゃねえだろ!」 「うるさい!お前が言わなかったのが悪いんだ!この、馬鹿玉城!」 「な、なんだとォ〜!」 毛を逆立てた猫のようにルルーシュが玉城を睨む。下ろせと大声で叫ぶルルーシュの声は車の外にまで漏れていた。通行人が車を振り返り見てることに気づき、玉城はルルーシュの口を塞ぐ。変なことを叫ぶなと玉城はルルーシュを押さえつけたが、この光景は傍から見たら怪しい光景にしか見えない。未成年の青年をスーツの大人達が車の中で押さえつけていると言う物騒な光景に、通行人が更に顔を驚かせている。 「ん、ぐ、うーーー!!!」 「ああ、クソッ!おい、そこのガムテ取れ!」 「は、はい!」 らちが明かないと、玉城はガムテープでルルーシュの手足を巻き始めた。両腕は肘で曲げて後ろで組むようにして、足は膝を曲げた状態で太股から欠伸にかけて巻きつける。ルルーシュは必死になって抵抗するが、助手席の男がルルーシュの両腕を掴んでいて思う様に動けなかった。不器用な手つきで玉城はルルーシュの身体を縛り終え、あっという間にルルーシュはぐるぐる巻きにされてしまった。縛られている間、自由だったルルーシュの口は罵詈雑言を吐き続けていた。玉城はシートにルルーシュを寝かし腹に跨った。フッフッフッと三文悪役のような笑みを浮かべ、その手には粗品で貰った袋から開けたばかりの手ぬぐいが。ルルーシュの顔が思わず引き攣る。 「ルルーシュさんよォ、暫く大人しくしてもらおうか」 「や、やめ…」 「今更助けを呼んでもおせぇんだよ!はーっはっはっ!」 「玉城さん、楽しそうっすね…」 すっかり悪役になりきっている玉城は、至極楽しそうな笑みを浮かべて手ぬぐいでルルーシュの口を塞いだ。上唇と下唇の間で手ぬぐいを挟むようにさせ、頭の後ろでキツク縛る。力加減がうまくできない玉城のせいでルルーシュは苦しさに呻く。生まれて初めての猿轡を経験して、開ききった顎の痛さに涙が滲む。いつも高飛車なルルーシュが自分の下で涙目になりながら呻いている姿を見て玉城は更に高笑いした。 「どーだ!ざまあみろ!」 「玉城さん、目的が変わってるっす」 助手席の男が苦笑いすると、突然車のスピードが緩んだ。そのまま速度落としながら路肩に止まってしまう。どうしたんだと思えば、運転席の窓を誰かが叩いた。運転席の男は窓を開けると、軽く礼をする。 「カレンさん、おはようございます」 「見慣れた車だと思ったら、やっぱりアンタたちだったんだ。これから行くの?」 「はい。玉城さん、カレンさんですよ」 そこにいたのはカレンだった。手に通学鞄を持っているところをみたら、これから学校なのだろう。今からの時間では走っても遅刻だが。そんなカレンを見て、玉城はゲッと顔をしかめる。ルルーシュに馬乗りになっている玉城は、とても嫌な予感がした。というより、この状況を見られたら非常にマズイ。カレンの位置からではちょうど運転席のシートと重なってルルーシュの姿は見えないようだった。 「アンタたちも大変ね、玉城なんかの世話して」 「いえ、玉城さんの助けになるんだったら俺達なんでもしますから」 「ほんと、そういうところ玉城に見習ってほしいわ…あれ?」 運転席の男と談笑するカレンはふと、後部座席を見てそこに玉城しかいないことに首を傾げた。 「ねえ、ルルーシュは?」 「えっ!えーっと、あの、ルルーシュさんは…その…」 助手席の男がしどろもどろになる。玉城はサッと顔を逸らしてカレンを目を合わせないようにした。明らかに動揺している二人に、カレンの目が細まる。何か隠しているの?とカレンが聞けば、裏返った声で何も!と言われた。じとりとカレンが見つめていると、何処からか呻くような声が聞こえた。 「んー、んー!」 「…ん?何この声」 「あっ!馬鹿、喋…!」 車内でカレンに助けを求めるルルーシュの声だった。玉城が席を押さえつけるような行動をしたことをカレンは見逃さなかった。怪しい。ハッとカレンの視線に気づいた玉城が振り返る。恐ろしいほどの満面の笑みを浮かべたカレンと恐ろしいほど冷や汗を流す玉城は数秒間見つめ合った。そしてその刹那、素早くカレンが後部座席のドアを開けた。カレンの目に飛び込んできたのは、両手両足を縛られ口には猿轡をされている涙目のルルーシュとその上に乗る玉城の姿だった。一瞬の沈黙のあと、カレンはカァッと頭に血を上らせた。 「何してんのよ玉城ィィィ!!!」 「やっ、ヤベ!おい、車出せ!」 「えっ!?」 「いいから早く出せ!」 車内に乗り込んできそうなカレンを見て玉城は運転席の男に叫ぶ。運転席の男は慌てて車を発進させた。カレンが逃がすかというように車の扉を掴んでいる。ルルーシュに何してんのよ!と叫びながらカレンは鬼のような形相で玉城を睨んだ。車と並行して走るカレンの手を引き剥がそうと玉城はもっとスピードを上げろと怒鳴った。 「っあ!この…!きゃあッ!」 ぶうんとマフラーが轟音を鳴らし、車のスピードがぐんと上がった。急に速くなった車のスピードにカレンは思わず手を離してしまった。こけそうになるが、何とか体勢を持ち直す。玉城は開きっぱなしのドアから顔を覗かせた。 「待ちなさいよ玉城ー!!!」 ぶんぶんと鞄を回してカレンが後ろを走って来ている。だが車のスピードに人の足が敵う筈もなく、カレンの姿はどんどんと遠ざかって行った。玉城はドアを閉め、どっと息を吐く。車のスピードの通常に戻り、嵐が過ぎ去ったようだ。姿が見えなくなる直前のカレンの「帰ってきたら覚悟しなさいよ」という叫びが、玉城には恐ろしくてしょうがなかった。 「うぐ、む、ぐ」 「はぁーっ、ったく。お前のせいだかんな!」 何かを訴えているルルーシュの頭を、玉城が軽く叩く。こんなことするお前が悪いんだろと言いたかったが、ルルーシュの言葉は全て手拭いに吸収されてしまった。こんな状態のルルーシュを目立つところには寝かせておけないなと、玉城はルルーシュを持ち上げ、後部座席へと落とした。どすん!と車体が揺れる。後部座席に仰向けの状態で収まったルルーシュはキッと玉城を睨んだ。 「着くまでそこで大人しくしてろよ〜」 玉城は身を乗り出しルルーシュにひらひらと手を振ったあと、身を引っ込めた。寝転がるルルーシュからは玉城の後頭部しか見えない。どうにか拘束を解けないかとルルーシュはもぞもぞと身を捩じらせるが、何重にも巻かれたガムテープは切れない。暫く頑張ってみたルルーシュだったが、そうそうに体力の限界を感じて諦めた。フーフーと息をしながら、目元に浮かんだままの涙をシートに擦りつけて拭う。どうして、こんなことに。そんなことを思いながら、ルルーシュは瞼を閉じた。 「…い、おい、ルルーシュ?」 「ん…」 ルルーシュが目を開けると、玉城が顔を覗き込んでいた。二列目のシートを前に移動させ、足下にしゃがんでいる玉城を見てルルーシュは意識を覚醒させた。いつの間にか眠ってしまっていたようで、車は停止していた。目だけで外を見るがやはり空しか見えない。どうやら助手席と運転席の男は居ないようだ。暑さでじっとりと汗を掻いてしまい不快感に眉を寄せていると、玉城がタオルでルルーシュの額の汗を優しく拭った。 「今、途中のパーキングエリアだからあとまだ一時間はかかるな」 「…う、ぐ」 ルルーシュは顎を突き出し、猿轡を外せと主張する。玉城はウッと申し訳なさそうな顔をしてから、首を横に振った。外したらその途端怒られるとでも思っているのだろうか?もうここまで来てしまったのだから帰るとは言わないが、こんな仕打ちをしたことにルルーシュは非常に腹を立てていた。帰ると言わないからとりあえずこの口のものを外せ、ルルーシュはそういう意味で顎を突き出すがやはり言葉にしないと玉城には伝わらなかった。 「…なあ、ルルーシュ」 不意に、落ち着いた玉城の声が降ってくる。ルルーシュは玉城の顔を見て驚いた。どうしてそんな悲しげな顔をしているのだろうか。玉城の掌がルルーシュの乱れた髪を撫でる。 「そんなに××に行くのが嫌か?」 「………」 ルルーシュは思わず目を逸らす。嫌かと聞かれれば、嫌だ。もう、二度と関わらないと決めていたから。視線を逸らしたルルーシュを見て、玉城は唇を軽く噛む。 「それは、枢木組となんか関係あんのか?」 「っ…」 ルルーシュの肩が揺れる。当りだ。ルルーシュは玉城を見上げてから、少しだけ頷いた。玉城の組が枢木組の傘下に入ったということは、それは玉城が枢木組の人間になったということでもある。直系ではないだろうが、大きく見るとそういうことになるだろう。 「…枢木組のやつらと昔なんかあったのか?」 「…………」 ルルーシュの目が無意識のうちに細まる。何かあったのか、なんてものではない。過去のことを思い出しそうになりルルーシュが目を閉じようとしたら、玉城がルルーシュの前髪を掻き上げた。 「ルルーシュ、別に××に行ったってお前も枢木組のとこ挨拶行くわけじゃねぇんだから、組のやつらだって地元ばっかに縄張ってるわけじゃねぇと思うし」 枢木組は全国にその名が知れ渡っている日本でも有数の暴力団だ。各地に支部を設けるほどその規模は大きく、玉城のいうように地元ばかりに構成員は蔓延っていないだろう。でも、やはり本部のあるその場所へ行くのには抵抗があった。もし見つかったら、そう思うとルルーシュは怖いのだ。また、あの世界に戻らなければならないのかと。せっかく穏やかな生活を、人を騙さないで生きていけると思ったのに。ルルーシュが何かに耐えるように猿轡を噛んでいることに気づいた玉城は、小さく息を吐いてから言った。 「なぁ、俺がなんで今回お前連れて行こうと思ったか分かるか?俺が不安だったものあっけど、お前、家ばっか閉じこもってるから外に出してやりたかったんだよ」 玉城の思わぬ言葉に、ルルーシュは目を微かに見開く。どういうことだ?というように玉城を見上げれば、玉城は少し照れくさそうに口元を緩めた。 「あー…ほら、なんつうかさ。何だかんだ、お前に世話になっちまってるし。でもたまにお前、ぼーっとしてたりすっからさ。たまにはどっか遠いとこでも行って、気晴らしになればって思ったんだよ」 照れ隠しに玉城がルルーシュの頭を再び撫でる。ルルーシュは玉城の言葉が信じられず、ただ玉城を見上げることしかできなかった。わざわざ、気を遣っての誘いだったなんて全く気がつかなかった。いや、それより玉城がそんなことを考えているとは思ってもいなかった。世話になっているというのはこちらの台詞だとルルーシュは思うが、縛られた口では何も言えない。玉城が、引きこもってばかりの自分に気を遣って誘ってくれたことだというのに帰るだなんてみっともなく叫んだ己がルルーシュは恥ずかしくてしょうがなかった。そしてそれと同時に、気づかなかった玉城の優しさに心がジンと温まる。 「まあ、組のこと前に言っておかなかった俺も悪いけどよ…。向こう着いたら、どっか観光できる場所でも行こうぜ。ルルーシュは枢木組と関係あるとこ行かなくていいからよ。な?」 言い聞かせるような玉城の声に、ルルーシュはコクリと頷いた。それを聞いてしまったらもう、行かないなんて言えるわけがなかった。頷いたルルーシュを見て玉城は安心したように笑った。その笑みにつられて、ルルーシュも微笑む。ルルーシュは玉城のことを少々、誤解していたようだった。玉城は何も考えていないただの馬鹿なんかではなかった。もっと、人の大切なところを見ている男なのだ。偶然の出会いだが、玉城という男に会えたことは幸運だったのかもしれないとルルーシュは思った。 「あ、ルルーシュさん起きたんですね」 ひょいと、助手席に乗っていた男が開けられたままのドアから顔を覗かせた。手にか缶コーヒーを二本持っており、それを玉城に渡す。 「玉城さん、もうルルーシュさんのそれ外してもいいんじゃないですか?痛そうですよ?」 「ん、んっ!」 そうだ、それを忘れていた。ルルーシュは主張するように、また顎を突き出す。さっきの会話のあとだ、外してくれるだろう。そう思っていたルルーシュの期待は、見事に裏切られた。玉城は数秒考えたあと、ヤダ、と言ってニヤリと笑った。びっくりしたのはルルーシュだけではない、助手席に座っていた男もだ。 「えぇ!なんでですか?」 「…だってよ、これ、面白くねぇか?」 「はぁ?」 ぷぷぷと口元を押さえて玉城がルルーシュを指差す。 「あのルルーシュがよ、こんな格好で車ん中転がってんだぜ?」 「そ、それはそうですけど…」 「面白れぇから、着くまでこのままにしておこうぜ!」 「ん゛!?ん、んー!!!」 さっきまでの、あの優しさは何処へ行ったのか?玉城はひとしきり笑うとさっさと座席を戻して再び席に座ってしまった。玉城の後頭部をルルーシュは恨めしそうに睨む。やはりこの男は、ただの馬鹿かもしれない。 -------------------- ムードクラッシャー・玉城 |