スザクは泣いていた。ルルーシュが死んでしまったからだ。 暗い場所で膝を抱える様にして一人で泣いている。しくしくと小さな声で泣く。 ルルーシュを刺したあの感触が手から離れてくれない。 あの時の彼の苦しげな声が耳から離れてくれない。 彼を記憶している身体の器官を全て止めてしまいたかった。 ルルーシュがもうこの世にいないのだと思うと、心臓が痛いのだ。 泣き続けるスザクに、ふと背後から人影が射す。 ポンと肩を叩かれスザクが振り返るとそこにはカレンが居た。 カレンもその両目から涙を流していたが、顔は何処か晴々としている。 彼女の首から赤いあの機体の起動キーがぶら下がっていた。

「スザク、悲しいのは分かるわ。けれど、彼の残してくれた世界を守るのが私たちの役目でしょう」
「カレン・・・ルルーシュが死んだんだ。もう生きていないだ・・・」
「あなたは今はゼロなんだから、しっかりしてよ。そうじゃなきゃ、ルルーシュだって悲しむわ」
「そうだぞスザク」

声がもう一つ増え、見ればそこにはジノが立っていた。 ジノの後ろにはミレイやリヴァル、ロイドやセシル、黒の騎士団の幹部達まで。 皆はスザクを囲むように寄ってくると、スザクに励ましの言葉をかける。

「確かに先輩が死んでしまったのは悲しいことだけれど、それを引きずっていてはいけないんだ」
「そうよスザク。私たち、ルルーシュが切り開いてくれた未来で生きなくちゃ」

そうなのだろうか、とスザクが呟くと誰かがそうだよ!と力強く背を押す。 ジノとロイドがスザクの腕を掴み立ち上がらせると、カレンが彼方を指差した。 暗い場所なのに遠くにまばゆい光が見える。皆はあれを希望だというように見ているが スザクにはただ眩しいだけの邪魔なものにしか見えなかった。 それどころか、あの光をルルーシュはもう二度と見ることができないのだと思うとさらに涙が湧いて出てきた。 両手で顔を覆い泣きじゃくるスザクを皆が心配そうな目で見つめている。 スザクは個を捨てなくてはいけない。それはルルーシュが残したスザクへの罰だ。 死という贖罪ではなく、正義として生きるという償い。枢木スザクは死んだ、あの時ルルーシュと共に。 そう考えると今生きているのは己ではないと分かり、スザクは少しだけ安心した。

「あいつは死んだ、けれど、世界は死んでいない」

ふと聞き覚えのある声が降ってきて、スザクが振り返るとそこにC.C.が立っていた。 彼女は聖母のような笑みを浮かべ宙に手を伸ばす。か細いその腕は白く、女性らしいすらりとした指が空気を撫でた。 ルルーシュの理解者であった彼女を見つけ、スザクはC.C.をジッと見つめる。

「C.C.、君はルルーシュが死んで悲しくないのかい」
「悲しいさ。悲しくて、身が裂けそうさ。だが、沈んでいてはあいつに笑われるからな」

聖母が一瞬だけ魔女に戻ったようにフンと鼻で笑う。 スザクは、彼女は強いのだなと、そう思った。スザクにはそう考えられないのだ。 何故だか分からない。ただ、死んだあとルルーシュの顔を想像しようとしても、できないのだ。 今まで見てきた彼の顔は思い出せる。笑う顔、怒る顔、悲しむ顔、全て。 しかし新たに思い描こうとすると、どうしても顔に霧がかかって分からなくなる。 だからC.C.が想像したであろうルルーシュはスザクには想像できなかった。 C.C.がスザクに近寄り、肩に手を置く。

「悲しむなスザク、きっとあいつはCの世界で見守っててくれてる」

Cの世界。スザクは反復して呟く。彼女は今なんと言ったのだ? Cの世界と聞きカレンが顔を明るくしてスザクの手を握った。

「そうよ、Cの世界。ルルーシュはCの世界で待っててくれてるのよ」
「待つ・・・?」
「ルルーシュだけじゃない、シャーリーだって」
「ユーフェミア様だって」

だから落ち込むなという、皆の言葉がスザクには何の意味もなかった。 それどころか、そんなことを平然と言う周りが信じられずスザクはカレンの手を鋭く払い除ける。 乾いた音と共にカレンの手が宙に浮き、スザクは気付いたら怒りのまま叫んでいた。

「Cの世界!?君たちは、そんなものを信じているのか!?」
「何を言っているんだ、お前だって見ただろう。その目で」

C.C.はさっきまでの笑みを消し、無表情のまま言った。 Cの世界、人々の無意識的集合体。全ての人の意識があの場所にはあった。 全ての意識があの場所へ吸収されるというのなら、死んだ人々はあの場所に行くと考えるのが普通だ。 スザクは確かにあの場所を見たし、実際にその人々の意思でブリタニア皇帝が消されるのも見た。 Cの世界で世界の願いを見つけ、ルルーシュと共にゼロレクイエムを始めたのだ。 あの場所は、Cの世界は人の願い。生きる者、生きた者たちが帰る場所。 しかし、スザクがCの世界について何か思うことがあるのであればそれは、馬鹿げてる、の一言だ。

「Cの世界なんて、僕たちが想像した空間かもしれないじゃないか!本当に人々の意識があの場所に集まってると思うのか!?そんなの、僕たちの空想じゃないか!あれが本当だって、どうやったら思えるんだ!」

言うならば、天国と地獄と同じだ。死後の世界が本当にあるのかどうか、もちろん分からない。 でも天国は暖かい場所で善を成した者が行き、地獄は冷たい場所で悪を成した者が行くと言われている。 誰も行ったことのない場所なのに、本当にあるのかも分からないというのに。 生きる人々の想像が天国と地獄という場所を作ってしまった。 Cの世界も、"生きる人々の想像によってできてしまった場所"だと思うのだ。 あの場所でマリアンヌはスザクに、ユーフェミアと会わせてやろうと思ったのにと言った。 もし、あの場所でスザクがユーフェミアと会ってたとしたら、そのユーフェミアが本物かどうかは分からないのだ。 何故ならユーフェミアはもう死んでしまった存在だからである。何故人々は、死の向こう側に続きがあると思っているのかスザクには理解できない。

「ルルーシュは死んだんだ!ルルーシュが死んだことを、Cの世界という馬鹿げた言い訳で安心なんかするな!!!」

肉体の死と精神の死を別に考えだした奴は、頭がイカれているとスザクは思った。 ルルーシュを埋葬した時の彼の身体の冷たさは、彼の心も死んだことを意味していた。 意識とは脳が作り出すシステム、脳の停止は意識の停止と精神の停止。 停止したものが再び動き出すことは絶対にあり得ないのだ。肉体が死んでいるのだから。 一気にまくし立てたスザクは肩で息をしながら皆を睨む。 さっきまであんなに優しげに手を差し伸べていた皆は冷たい顔をしてスザクを見ていた。 何とか言ったらどうなんだ!とスザクが怒鳴ると、カレンがぽつりと呟く。

「あんたがルルーシュを殺したくせに」

スザクはドキリとして呼吸を止めた。殺したくせに、ルルーシュを。誰が、自分が。 カレンが責めるような目でスザクを射抜くとジノも続けて口を開いた。

「ルルーシュを殺して、自分はのうのうと生きてるんだな」
「違う!僕は生きてない、僕はゼロなんだ!」
「ねぇスザク。それこそ、馬鹿げた言い訳なんじゃないの。あなた、今、呼吸してるじゃない」
「違う違う違う!僕は、皆のために、ゼロとして生きているんだ!僕は、枢木スザクは死んだんだ!」

スザクは髪の毛をぐしゃぐちゃに掻き乱し頭を横に振った。爪が頭皮に食い込む。 ルルーシュは死んだ、Cの世界なんて存在しない、Cの世界にルルーシュはいない。 スザクがルルーシュが死んだあとルルーシュを脳に思い描けなかったのは ルルーシュという人物が死んで、彼の死を理解したスザクの脳がルルーシュの姿を描くのを止めたのだ。 たとえ想像できたとしてもそれはルルーシュではない。スザクの想像した架空のルルーシュなのだ。 皆は自分たちが想像した架空のルルーシュで、ルルーシュに対する罪悪感を消しているのだとスザクが叫ぶ。 しかし皆は聞いていないのか、口を閉ざしただスザクを見つめ始めた。 どうして聞いてくれないのか。ルルーシュに対して謝罪をするべきだ。 スザクの頭の中にそんなことが沸き、何も反応しない皆に冷めていた怒りがまた沸騰する。 いつの間にかスザクの手の中にはナイフが握られていた。それはかつて父を刺したナイフ。 スザクはナイフを振り回し、皆に切先を向けた。

「殺してやる!!!全員、殺してやる!!!」

ぐちゃぐちゃになった思考のままスザクが走りだそうとしたその時、スザクはうなじを誰かに掴まれた。 首の骨をねじるように掴まれ、スザクが振り向くとそこには仮面を脱いだゼロ、自分が居た。

「黙れよ、人殺し。」





電子音に眠りを妨害され、スザクはゆっくりと意識を覚醒させた。 鳴り続ける目覚ましを耳障りだと思いながら、真白な天井をぼーっと眺める。 さっきの出来事が脳に焼き付いていたのだが、時間が経つにつれうっすらと消え始める。 それに反比例したようにスザクは目を覚まし、朝なのだなと理解した。 上半身を起こし、首筋を掻く。嫌な夢を見てしまったなと、小さく欠伸を漏らした。 現実で圧迫された心があのような夢を見せたのか、どうなのか。 夢の中に現れた皆に心の中で謝罪しながら、皆の中にナナリーがいなかったことだけは助かったなとスザクは肺の空気を吐き出した。



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Cの世界って本当にあるの?って考えたら怖い