事切れたシャーリーを目の前に、ルルーシュは狂ったように泣いた。 床を浸蝕する血がルルーシュを手を真っ赤に染める。安らかな顔で目を閉じているシャーリーの腹から流れ出る血。 ギアスといえど死にゆく人を助けることなんてできないというのにルルーシュはシャーリーの死の間際、何度もギアスをかけた。 赤い鳥が何度羽ばたこうとも、シャーリーがもう一度目を開けることはなかった。何故こんなことになってしまったのか、全く分からない。シャーリーはスザクと一緒だったはずなのに、何故ここで死んでいるのだ。目の前の光景が信じられない。死んだ、シャーリーが、死んでしまった。もうシャーリーという人間はこの世に存在しない。もう二度と話すこともできない。ついさっきまで、あんなに元気だったのに。そう思うと、シャーリーが死んでしまったということを再認識させられルルーシュは涙が止まらなかった。

(なんでこんなことに・・・俺は・・・っ!)

作戦は完璧だったはず。一般人も避難させ、ジェレミアはこちらの手に落ち、あとは引き揚げるだけだったのに。シャーリーの腹にある銃で撃たれた傷。銃なんて普通の人間が持っているものではない。だとしたらシャーリーはある程度の武力を持った人間に殺されたということだ。ただひとつ分かっているのは、シャーリーを殺したのは自分の敵だということだ。シャーリーは記憶が戻ったと言っていた、ジェレミアのギアスキャンセラーの力によってシャーリーの記憶はすべて戻った。ルルーシュのギアスも、皇帝のギアスも解かれた状態のシャーリーが邪魔だった者がいた。その人物がシャーリーを殺したに違いない。

(でも・・・結局の原因は・・・俺じゃないのか・・・?)

ルルーシュは呆然と自分の手を見つめる、真っ赤な手についた血を。自分がゼロじゃなければ、シャーリーの父親を殺さなければ、シャーリーを苦しめなければこんなことにならなかったのではないか。スザクが居るからシャーリーは安全だと思わないで、きちんと自分の手で彼女を守っていれば・・・。

「っ・・・う、わぁあああああああああッ!!!」

(俺のせい・・・俺のせいだ!!!シャーリーが死んだのは俺のせいなんだ!!!)

身体が震える。また、選択を間違ってしまった。ユフィの時のように、罪のない人間を手にかけてしまった。その事実に、ルルーシュは半狂乱になり叫んだ。誰もいない空間にルルーシュの声だけが木霊する。自己嫌悪に歯がガチガチと噛み合わなくなる。最低な人間だ、自分は、この世で最も愚かな人間だ。シャーリーの死体を前に、ルルーシュはただ自分を責め続けた。これ以上罪を背負うのは重すぎると思っても、投げ出すことは決して許されない。シャーリーの死を自分の罪として抱えていくことは、あまりにも辛すぎる。止まらない涙が、血と混ざりあう。ルルーシュが両手で顔を覆うと、白い頬にべったりと赤い血が付いた。鼻をつく鉄の匂い。まだ温かさが残るシャーリーの身体がだんだんと冷たくなっていく。自分の手から大切なものがすり抜けていくのをルルーシュは感じた。

(誰が・・・いったい誰がシャーリーを・・・)

ルルーシュは、シャーリーを殺した者に一つだけ心当たりがあった。「ギアス嚮団」。V.V.を領主とするギアス嚮団はルルーシュを狙っていた。どんな理由かは分からないが、ギアスのことやC.C.のことなどに関係するのだろう。ブリタニア皇帝とも繋がっているというギアス嚮団なら、ルルーシュを消すために邪魔になったシャーリーを殺したと考えられないことはない。だとしたら今ここにいるのは危険だ。ジェレミアが寝返ったと分かったなら、ギアス嚮団の刺客がいつ襲いに来るか分からない。逃げなければと頭では分かっているのに、ルルーシュは立ち上がることができなかった。何よりシャーリーをここに放置していくことなんてできない。混乱する頭に、ルルーシュは涙を流すことしかできなかった。すると、何かの音が鼓膜を叩いた。

「・・・っ!」

足音が聞こえる。その音にルルーシュが振り返ると、煙でぼやけて見えない向こうに人影が見えた。その影がだんだんと大きくなり、こちらに向かってきていることが分かる。誰だ、敵か?嚮団の刺客がもう来たのか?大きくなる足音にルルーシュは無意識にシャーリーの手を握った。ギアスを使えば乗り切れるかもしれないが、ジェレミアのような能力を持った相手だとしたら勝ち目はない。頭の片隅で、ここで死んで罪を償えばいいのにともう一人の自分が囁く。煙が晴れ、影の人物の姿が見えた。

「兄さん」
「・・・ロ、ロ・・・」

晴れた煙の向こう、そこにはロロが立っていた。こちらに向かうと言っていたが、着いたのだろう。ただ一足遅かった。驚いた表情でルルーシュを見るロロは、傍に倒れるシャーリーを一瞥して顔を真っ青にした。知り合いが死んでいるのだ、驚かないわけがない。

「兄さん、これは・・・」

そう言って近づいてくるロロの顔を見て、ルルーシュはふと気がついた。ギアス嚮団が自分を狙っているのなら、ロロも命を狙われているのではないか?嚮団を裏切ったロロをそのままにしておくはずがない。もしかしたら、ロロも嚮団に殺されてしまう?シャーリーのように、自分のせいでロロも。喪失感で覇気のなかったルルーシュの顔が、みるみるうちに歪む。

「っダメだロロ!早く逃げろ!」
「えっ!?」
「シャーリーがギアス嚮団の奴に殺されたんだ!!きっとまだ近くにいる!」

そう叫んでルルーシュはシャーリーの身体を抱き上げようとする。ルルーシュの言葉にロロはぎょっとした。ロロまでここで失うなんて嫌だと、ルルーシュは一刻もここから逃げ出さなければと思った。しかしシャーリーを持ち上げようとするルルーシュをロロが制止する。

「兄さん落ち着いて!」

パニック状態のルルーシュをロロが止めようとしたが、ロロの言葉はルルーシュに届いていないようだ。ルルーシュは血のついて滑る手になんとか力を入れようとするが、なぜだか力が入らない。ロロがルルーシュの肩を掴み、強く揺さぶった。正気を戻してとロロが言うと、ルルーシュの手がロロの手を掴んだ。突然掴まれた手にロロがビクリと身体を揺らす。ルルーシュはロロの手を強く握り、ロロに縋りつくように言った。

「早くしないとお前も殺される!早く逃げろ!」
「兄さん!ここにはもう誰もいないから!だから落ち着いて!」
「もう嫌だ!これ以上失うのは嫌なんだ!」

記憶を改竄され、ナナリーを奪われ、そのうえ今はカレンまでブリタニアの手に渡っている。そしてシャーリーを失い、これ以上大切なものが自分から離れていくのをルルーシュは見たくなかった。両手でロロの服を掴み、独り言のように呟く。

「シャーリーを殺されて、お前まで失ってしまったら俺はもう・・・」
「っ兄さん!?」

フッとルルーシュの身体から力が抜ける。掴んでいた手が床に落ち、ルルーシュは意識が遠のいていくのが分かった。あとどれだけ奪われればいいのだろうかと、ルルーシュは最後に考えて気絶した。






「・・・ごめんなさい兄さん」

気絶したルルーシュの頬を、ロロはそっと撫でた。気絶して床に倒れたルルーシュをロロは間一髪で受け止め、汚れていない床へとそっと寝かせた。シャーリーを撃ったあと、ルルーシュにバレないうちに死体を消してしまおうと思っていたのにどうやら見つかってしまったらしい。ルルーシュはシャーリーを殺したのはギアス嚮団だと思っているらしいが、それはそれでロロはホッとした。涙と血で汚れたルルーシュの顔を、制服の裾で優しく拭ってやる。シャーリーのところへ戻ってきたとき、泣き叫ぶルルーシュの声を聞いてロロは心臓が止まるかと思った。記憶が戻ったシャーリーにナナリーのことを出され、思わずカッとなってシャーリーを殺してしまった。ギアスを発動させてシャーリーの銃を奪う。時間が再び動き出す前に、彼女の腹に銃を押し付け引き金を引いた。暗殺の時のクセで、殺すのに迷いはなかった。ロロがシャーリーを殺してしまったと気づいたのは、ギアスが解け苦しみながら倒れるシャーリーを見たときだ。自分が殺したのかと、握っていた銃を見つめて漠然と思った。記憶が戻ったのならゼロの邪魔、兄さんの邪魔になるかもしれない。ここで殺しておくのが正解なのだと自分に言い聞かせ、どうしてという表情でこちらを見てくるシャーリーを無視してロロはその場所を離れた。

「約束、破っちゃった・・・もう殺しちゃいけないって言われてたのにな・・・」

もしルルーシュが、シャーリーを殺したのがロロだとバレたらどうなるだろう。ルルーシュは軽蔑するだろうか?怒り、罵り、自分を捨てるだろうか。そう考えるとロロは恐ろしくてたまらなかった。ルルーシュに嫌われるのは嫌だ、捨てられたくない。だってルルーシュは未来をくれると約束してくれた。自分を弟だと言ってくれた。そんなルルーシュを、自分は愛してしまったのだ。シャーリーなんかよりも枢木スザクなんかよりも、他の誰より一番ルルーシュを愛しているのだ。ルルーシュの髪を撫で、慈しむ様に語りかける。

「でもね、この人が悪いんだよ・・・仲間になりたいなんて、兄さんを守りたいなんて言うから」

アッシュフォード学園のイベントで強制的にカップルになったうえ、記憶を取り戻しルルーシュの味方になりたいといったシャーリー。ルルーシュの孤独を分かってくれたシャーリーは優しい人間だ。ルルーシュなら彼女の清い願いを受け入れていたかもしれない。だがしかし、ロロにとってシャーリーは邪魔な存在でしかなかった。以前からルルーシュに靡く女だと思っていた。ルルーシュは自分の兄(もの)なのに、中華連邦から帰ってきたときだってルルーシュは様子がおかしいシャーリーにすぐ駆け寄った。せっかく久しぶりに会えたというのに、シャーリーがそれを邪魔した。シャーリーだけじゃない、ルルーシュに近づく女をロロは嫌っていた。ミレイだって普段は呑気な性格だが、最後の最後でルルーシュを狙っていた。ロロはルルーシュが自分以外の人間に興味を持っていることが嫌だった。自分だけを見てほしい、自分だけを大切にしてほしい。そんな欲望がロロを支配していた。醜いと自分でも思う。悪魔のような思考で私利私欲のためだけにシャーリーを殺した。シャーリーの大切な人がルルーシュだったように、きっとルルーシュの"大切な人達"の中にシャーリーは入っていただろう。もし自分と会う前にシャーリーがルルーシュと会っていたら、ルルーシュの孤独を理解して罪を許したシャーリーをルルーシュは愛しただろう。

(そんなことだめ、だって兄さんは僕のものなんだから)

ロロはルルーシュを横抱きにして立ち上がった。テロと勘違いした警官隊がそろそろ突入してくる頃だろう。その前に、屋上にあるヘリへ向かわなければいけない。しかし、シャーリーの死体をこのまま置いておくわけにはいかない。できれば何処か見つからない場所に隠し、シャーリーを"行方不明"という状態にしたい。シャーリーがここで死んだとバレたら勘のいい枢木スザクが何か行動を起こしてくるかもしれない。枢木スザクが何かするのはルルーシュにとってもゼロにとっても問題となるだろう。ロロは少し迷ってから携帯を取り出した。屋上で待機させてるヘリに連絡をする。名も知らない構成員に人が一人入りそうなくらい大きな袋を持ってくるように頼んだ。目覚めないルルーシュの額にキスをして、ロロはそこから立ち去った。


(兄さんは孤独なんかじゃない。僕がいる。)


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シャーリーはギアスキャラの中でC.C.と同じくらい
ルルーシュのことをよく分かってくれたいい子T-T