・行政特区日本成功パラレル
・病んでるルルーシュ

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テレビで流れる映像、ユーフェミアがエリア11で有名な庭園に訪れ花を愛でたというものだった。ふわふわと妖精のように笑うユーフェミアの傍らには必ずスザクが居て、ふたりは時折目を合わせながら幸せそうに花を見ていた。パステルカラーの風景によく馴染む二人は誰から見てもお似合いで、映像の最後のほうでユーフェミアがスザクの騎士服の胸元に花を添えていた。スザクが顔を横に振っている、しかしそれを気にもせずユーフェミアは花を騎士章の隣へ挿した。スザクは添えられた赤いガーベラを見て照れくさそうに笑う。それを見てユーフェミアがさらに微笑んで、それで映像は終わった。画面がパッと変わり、ニュースの司会者席へ画面が戻る。司会者の女性が続いてのニュースは、と言いかけた所でルルーシュはテレビの電源を切った。ブツンと画面が真っ暗になり、その画面に反射したルルーシュの顔は酷く疲れていた。ルルーシュはテレビのリモコンを静かにテーブルの上に置くと、ふらふらと危ない足取りで部屋を出る。廊下の電気は点いていない、ルルーシュが消したのだ。廊下だけではない、クラブハウスの電灯はルルーシュが全て消してしまった。ルルーシュは制服を脱いだだけのワイシャツ姿だ。靴下は脱いでしまい、裸足のルルーシュが踏み出すたびにぺたぺたと足音が響く。真っ暗だが目を凝らせば見えないことはない視界に、ルルーシュは怯むことなく進んでいく。ルルーシュの頭の中には先ほどのテレビの映像のことしかなかった。幸せそうなふたり、幸せそうなスザク、幸せそうなユーフェミア。行政特区日本を成功させたユーフェミアは最近徐々にその支持を高めていった。それに加えスザクの戦闘での功績も認められ、もはや黒の騎士団は過去のものとなってしまった。ルルーシュがずっと欲していた幸せな世界を、ルルーシュが今まで必死になって叶えようとしていたことをユーフェミアは簡単にやってみせたのだ。それは能力だとかセンスだとか、そういうものではない。彼女自身の"存在"が、行政特区日本の成功を成し遂げさせたのだ。

「・・・・・・すざく・・・」

ゼロはもういらない。日本人は殆ど行政特区日本へと行ってしまった。黒の騎士団の幹部達だって、その殆どが。カレンや藤堂らは特区日本には参加しないと言った、このまま日本の解放を目指すと。だが、行政特区日本ができた以上無暗にテロ活動を行うわけにはいかなかった。特区内の日本人はようやく訪れた平和に安堵しているのだ、それを壊すような行為を彼らは批難するだろう。誰も賛同しないテロ活動はするわけにはいかない。ルルーシュは何か案はないかと考えたがどれも駄目だった。そして何も行動を起こさないゼロを藤堂達は見捨て何処かへ去ってしまった。カレンは残ってくれたものの、いつか行政特区日本へ行ってしまうだろうとルルーシュは考えている。先日彼女が行政特区日本への参加書類を教師から貰っていたのを学園で見かけた。きっと彼女なりに考えた結果なのだからルルーシュには何も言えなかった。妥協、その二文字だけが心に浮かんで消えた。

「・・・すざく・・・」

もう何もない、何もできない、何をしても誰かを傷つけることになってしまう。母の死の真相を確かめることはできないけれど、ナナリーが今笑っていられるのなら行政特区もいいのかもしれない。スザクには何度も行政特区日本へ入らないかと誘われた。それをルルーシュは曖昧に断り続けた。スザクはいつも残念そうにするが、悲しんではいなかった。ルルーシュは、せめてナナリーだけでも行政特区に入れてやれればいいなと思っている。そして自分は何処か遠いところへ行ってしまいたいとも思っていた。もう、これ以上スザクをユーフェミアを見て耐えられる自信がないのだ。

「すざく」

好きだった。どうしようもないくらい。だから黒の騎士団に入ってほしかったし、ナナリーの騎士になってほしかった。スザクならきっと受け入れてくれると思っていたのだ。けれど期待は打ち砕かれ、彼は敵となってしまった。倒さなくてはいけない存在だと理解していながらもルルーシュはスザクを殺すどころか生きろとギアスをかけてしまった。それは死という罰を求めていた彼を許してあげたくてかけたギアスだったのだ。己の死で罪を償おうとするなとルルーシュは言いたかった。死にたがりのスザクをどうにかして生きさせてあげたかった。そして、生きる彼の傍に居たかった。

「どうして、おまえは」

ルルーシュがスザクの生を願い、今、彼の隣にいるのは誰だ。スザクがユーフェミアの騎士となったと聞いた時、ルルーシュは目の前が真っ暗になり、現実を信じたくなかった。ユーフェミアはルルーシュの初恋の人物だった、だからこそスザクがユーフェミアの騎士となったことが悲しかった。ナナリーの騎士になってくれと言おうと思っていた直前のことで、あの時言っていればとルルーシュは何度も後悔した。そして色々な事が起き今のルルーシュに残されたものは手のひらに収まるくらいの小さな幸せと、身を包むような大きな絶望だけだ。

「おれを、おいて、ゆふぃのとこに」

ここ最近会う人全員に痩せたと言われるようになった。そんなこと気付かなかったルルーシュが昨日久しぶりに体重計に乗ったら、以前に見た数字よりも十の位が一つ下がっていた。確かに最近はあまり食欲もなく一日一食、それか食べなかったりしていたから痩せるのも当然だ。外で運動もしないから肌はどんどんと白くなり、顔色は悪くなる一方である。休息をとろうにも、眠ると夢を見てしまうからルルーシュは寝ることを拒んだ。夢の中ではいつもスザクが出てきて幸せな時間を過ごすのだけれども、夢の最後に必ずスザクはユーフェミアと一緒に何処かへ行ってしまうのだ。スザクとユーフェミア、二人は平和の象徴のようだ。二人を取り巻く世界はいつも優しくて、スザクの隣に居れるユーフェミアがルルーシュは羨ましかった。できることなら自分もその中に入れてほしい、そう思う。だが。

(俺は汚い、俺は人殺しなんだ、俺は卑怯で卑劣で最低な人間なんだ)

スザクとユーフェミアが白ならばルルーシュは自分を黒だと思った。正反対の、交わってはいけない色。白は黒が僅かでも混じってしまうと汚れてしまう。汚してはいけない、あの二人を。離れなくてはいけない、あの二人から。

(好きなんだスザクが、でも、俺はダメなんだ、だってスザクにはユフィがいるから、俺はいらないんだ)

あの二人を見るのが辛い。あの二人が眩し過ぎて、己の汚さを確認させられてしまって苦しい。スザクが好きなのに、スザクはユーフェミアのもので、それをスザクも嫌がっていない。ユーフェミアからスザクを奪うことなどできない。スザクはきっと今が幸せなのだ、その幸せを壊すことなどできない。自分ひとりが悲しんでそれで済むのなら我慢しよう、ルルーシュはずっとそう思いながら過ごしてきた。しかし、最近そのことにも疲れてしまった。同じクラスメイトなのにスザクが学園に来ないし、ユーフェミアとばかり一緒にいる。(いや、彼は彼女の騎士なのだからそれは当り前のことなのだ)スザクに会いたいと思うけれど、いつも電話を握るだけで終わってしまう。そして幸せそうに笑う二人を想像し、ひとり部屋で涙を流すのだ。胸を焦がすこの感情が嫉妬なのか悲しみなのか怒りなのかルルーシュには分からない。けれど、ただ苦しかった。

「おれは、いらないのか?おれは、もう、なあすざく、おれはもういらないのか?」

今までやってきたことはなんだったのだろう。皆、あんなにゼロを求めていたのに今じゃ誰もゼロを望んではいない。無視される、拒絶される存在。世界のゼロへの拒絶は、ルルーシュ自身の否定でもあった。スザクが好きで、ナナリーを守りたくて、母の死の真相を知りたくて、それだけだったのに。もう何もかもわからない。呼吸するのが辛い。スザクとユーフェミアの姿を見たくない。自分のものにならないのなら、そこに自分が入れないのなら、全てを忘れてしまいたい。

「すざく、おれは我慢するから、だから、せめて、ななりーだけは、ななりーだけでもそこにいれてやってくれないか」

ナナリーは彼女達と同じように白の存在だ。黒の存在(自分)は消えるから、だからナナリーだけでも幸せにしてくれないだろうか。あのふたりならきっとナナリーを大切にしてくれる、そう思えるから。だから、邪魔な自分は消えるから、黒は消えるから、ナナリーだけでも。ああ、でも本当は。

(ナナリーと離れたくないスザクと一緒にいたいユフィともう一度話がしたい俺も幸せになりたい!!!)

足音に水音が加わる。ルルーシュの瞳から流れる涙が廊下に落ちる音だ。唇が震え、ルルーシュは虚ろな目を伏せた。人殺しの自分が幸せなど願ってはいけないのに。ズキンと頭痛が走り、ルルーシュはひとつ咳をした。

(薬を飲まなくては、残りはあと何錠あった?あれがなければ寝れないのに)

階段の手前にさしかかり、ルルーシュは手すりを握った。ゆっくりと一段ずつ下りる、足が思うように動いてくれない。ふと、ルルーシュが階段の脇にあるハンガーラックを見るとそこに一つの帽子がかかっていた。あの時、学園際に来たユーフェミアが変装に被っていた帽子、飛ばされたままだったものをミレイが届けてくれたのだ。そしてその帽子を見た瞬間、ルルーシュの脳に激しいフラッシュバッグが起きる。ユーフェミア、スザク、行政特区日本、騎士、黒の騎士団、ナナリー、仮面、裏切り。記憶が逆流しているようなそんな激しい映像が瞼の裏を通り過ぎる。両手で頭を押さえルルーシュは何故だか分からないが泣きじゃくった。涙が止まらず、身体の震えが激しくなる。身体がぐらつき、気づいた時にはルルーシュの片足は階段を踏み外していた。ガクンと身体が傾き、階段に叩きつけられる。間もなくルルーシュの身体は何度かバウンドしながら階段を転げ落ちていった。段の角であちこちをぶつけ、床へと投げ出されたルルーシュは最後に床に強く後頭部を打ちつけた。口の中を切ってしまったのか、口内に血の味がじんわりと広がった。身体への激しい衝撃にルルーシの思考は停止した。目を開き、何も考えずにただ目の前にある景色を見つめる。ぼんやりと床に目を移すと、ルルーシュの口の端から漏れた血が少量ではあるが床を汚していた。

「あ・・・、・・・・」

起き上がると、身体中が悲鳴を上げた。全身打撲でもしてしまったのだろうか。ルルーシュは痛む身体に眉を顰めながら、ワイシャツの袖で床の血をふき取った。真っ白だったワイシャツに赤い模様ができる。頬骨が異様に熱く、そっと指で触れてみると腫れていた。後頭部にも触ってみると小さなコブができている。どうしよう、とルルーシュが思ったのはそれだけだ。以前なら落ちたことに理不尽な怒りや悲しみを覚えたかもしれないが、今は何も感じない。今のルルーシュを揺れ動かすものは、そんなものではないのだ。ルルーシュは痛む足を叱咤して立ち上がらせると、よろよろとリビングへ向かった。手当だけでもしておかなければならない。歩く速度は亀より遅いのではないかと思うくらいだったが、今のルルーシュにはそれが精いっぱいだ。歩いているうちにだんだんとさっきのことが蘇ってくる。

「すざく、あいたい、すざく」

無意識のうちに零れる言葉。そしてその言葉に、もう一人の自分が否定する。そんなことは言ってはいけない、スザクはユーフェミアのもので、そして二人は白なのだから黒の自分が傍に居てはいけないのだと。好きだという気持ちと好きになってはいけないという自己抑制がぶつかり合う。それがルルーシュに深い悲しみをもたらすのだ。

「・・・っはぁ、・・・う・・・」

呼吸が荒い。咳がだんだんと出てきてルルーシュは傍にあったチェストに手をついた。咳が大きくなり、呼吸をするたびに喉がヒュウヒュウと鳴る。涙のせいの咳なのか、身体の不調のせいの咳なのか分からない。けれど咽る苦しさにルルーシュはとうとう、チェストの上に飾ってあった物を巻き込んで床に倒れた。クロスが引っ張られ、上に乗っていた花瓶や写真立てなどが床に落ちる。バリンとガラスの割れる音が甲高く響き、ルルーシュの咳き込む音と混じった。身体を丸めて咳をするルルーシュは自分の身体を守るように抱きしめた。

(スザク、好きなのに、おれじゃ駄目なんだよな、すざく、すざく)

涙で滲んだ視界に、割れた写真立てが映る。生徒会の皆で取った写真、車いすのナナリーの横に膝をついているルルーシュの後ろにスザクが立っていた。ルルーシュは写真に手を伸ばし、スザクが映っている部分に触れた。途端、指先に感じる痛み。割れた写真立てのガラスが指に刺さったのだ。ぷっくりと血が浮かび、ルルーシュが少し指をずらすとルルーシュの血が写真のスザクを汚した。こんな汚い血でスザクを。

「あ、あああ・・・うあああァァァッ!!!」

ぐしゃりと写真を握り潰す。掌にガラスが刺さったが気にしなかった。ルルーシュは泣き叫び、ガチガチと歯を鳴らす。

(消えたい、消えてしまいたい、もう、辛い、これ以上苦しみたくない、だれか、だれかたすけてくれ)

呼吸の間隔がだんだんと短くなる。過呼吸。酸素が欲しくて必死に息を吸うが、そうするとさらに苦しくなる。落ちつかなければと分かっているのに身体は言うことを聞いてくれず呼吸は激しさを増すばかり。目の奥がくらくらし、終わりのない呼吸をしているようでルルーシュは自分ではどうしようもないことに喘ぎのような声をこぼした。そして突然、玄関の扉が開かれた。

「っ先輩!」

聞き覚えのある声にルルーシュがそちらへ視線を向ける。そこには息を切らしたジノが立っていた。開け放たれたままの扉の向こうに雨が降っているのが見える。ジノはルルーシュに駆け寄るとルルーシュの身体を抱き起した。ジノの大きな手がルルーシュの口元を覆う。

「先輩、落ち着いて、ゆっくり呼吸して」
「はっ、ぁ、っあ、じ、のッ、っ・・・?」

ジノの身体が濡れている。この雨の中、傘もささずに来てくれたのだろうか。ルルーシュはジノに背中を撫でられながら、その声に合わせて呼吸を調節していく。喉が引き攣り、咳こむとジノはぎゅうと抱きしめてくれた。ジノの温かさにルルーシュは涙がさらに溢れ出た。ジノはナイトオブラウンズのスリーで、ユーフェミアの護衛に合わせてエリア11に来た男だった。スザクと友人だという彼もまたユーフェミアの厚意でアッシュフォード学園に入学してきたのだ。ジノが入学したのが二ヶ月ほど前、同じく生徒会に入ってきたジノと知り合ったのは同じくらいの時期だった。

「先輩、大丈夫?ゆっくりでいいから、深呼吸してみて?」
「っは・・・あ・・・う・・・」

ジノの言葉にルルーシュは口を大きくあけて深呼吸する。ジノの声だけに集中して何度か深呼吸をしていくと、呼吸が落ち着いてきた。過呼吸で痺れてしまった手でルルーシュが口元を覆っていたジノの手を掴んだ。ジノの手にルルーシュの血が付く。

「ジノ・・・っもう・・・い、いから・・・」
「っ先輩怪我してる、これはどうしたの?」
「・・・っ、ものを落して、それで」
「本当?自分でやったんじゃないよね?」

ルルーシュは頷いて傍に散乱しているガラスを指差した。ジノはルルーシュが自分で自分を傷つけたのではないかと危惧していたが、違っていたようで安心した。しかし、握り潰された写真に眉を寄せる。ジノが入る前の生徒会の写真。握りつぶされた写真の近くにもう一つ割れた写真立てがあり、そこにはジノが入ってからの生徒会の写真があった。ジノは唇を噛んでルルーシュを抱きしめた。ジノはルルーシュがスザクを好きなことを知っている、唯一の人物だ。

「先輩・・・悲しまないで・・・俺がいるから・・・」
「ジ、ノ・・・」

ジノの泣きそうな声にルルーシュはその金髪を見つめた。年下の彼はルルーシュより身体が大きくて、抱きつぶされそうだと頭の片隅で思う。こうやって抱きしめてくれるのがスザクであればどんなによかったことか。ルルーシュはジノの服を縋るように掴んだ。

「なあ・・・教えてくれよジノ・・・。俺はなんなんだ?おれはあいつにとってなんなんだ?」
「・・・先輩・・・それは・・・」
「やっぱり、おれはいらないのか?おれはいちゃいけないのか?おれなんて、みんなを不幸にするばかりだから、ゆふぃのように、まっしろじゃないから、だから・・・」
「もういい!もういいから・・・ッ!」

それ以上自分を責めるようなこと言わないでくれとジノはルルーシュの顔を自分の胸に押し付けた。ルルーシュは抵抗せず、ジノの心臓の音を耳にしながら静かに目を閉じた。やはり目を瞑ると浮かぶのはスザクのことばかりで、この孤独感はどうしたら消えてくれるのだろうとルルーシュは熱っぽい息をひとつ吐いた。




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病んでるるーしゅ。ジノのこういう位置が好き