「スザク君、久しぶりだね。高校以来だから五年ぶりかな?」
「そうだね。この前は同窓会行けなくてごめんね。どうしても抜け出せない用事があって…」

嘘だ。その日に用事など僕にはなかった。僕はただ、高校の時の記憶を思い出したくなくて行かなかっただけだ。

「スザク君って音大だったよね?まだ学生してるんだっけ」
「うん。研究生だけどね」
「そっか。この前の同窓会ね、結構人数来てさ。また近いうちに少ない人数でやるかもしれないからその時はスザク君も来てね!」
「ありがとう、考えておくよ」

そう返事をしつつも僕はあまり行く気は無かった。ああ、でも。その少ない人数の中に、彼がいなければ行ってもいいかもしれない。僕がそんなことを思っていると、何かを思い出したかのように彼女はあ!と声を上げた。

「そういえば、スザク君ってルルーシュ君と仲良かったよね?」
「えっ?」
「ほら、昔!いつも一緒に居たじゃん!」
「あ、ああ…うん。だけど最近は会ってないんだ」
「へえ、そうなんだぁ…」

不自然な喋り方になっていなかっただろうか。僕は密かに心臓を緊張させながら平然を装う。最近会っていないというのは、本当だ。最近というより、高校を卒業したあの日からルルーシュとは連絡も取っていない。そう、あの日から。

「あ、じゃあスザク君は知ってたんだ」
「何が?」
「いや、ルルーシュ君に子供がいるって話」
「…え?」

今、彼女は何と言った?ポカンと口を開けたまま呆然としていると、そんな僕の表情を見て彼女は意外だというように笑った。

「あっ、もしかして知らなかった?」
「う、うん…その、子供って?」
「だから、ルルーシュ君の子供だって!」

彼女は少々興奮気味に僕に話し始めた。同窓会があったのは一週間ほどの前のことだ。途中から会場にふらりとやってきたルルーシュは、昔と変わらぬ風貌だったという。昔から女子に人気だったルルーシュはあっという間に女性陣に囲まれたが、ルルーシュは様子を見に寄っただけだと早々に帰ろうとした。女性陣のうちの一人がルルーシュに、何か用事があるのかと聞けばルルーシュはこう答えたそうだ。

「子供、待たせてるから」

昔だったらその言葉を聞いて悲鳴を上げていただろう女性陣達も、ほんの少し年齢を重ねたからか悲鳴を上げることはなく、ただ愕然としたらしい。

「る、ルルーシュ君の子供?」
「ああ」
「いつ結婚したの?」
「いや、してないよ。母親は居ないんだ」
「その、子供って今何歳?」
「この前、五つになったよ」

それを聞いて、あれだけルルーシュに群がっていた女性陣達はすぐにそそくさと散っていったという。ルルーシュはそれを気にする様子も無く、会場を去っていったらしい。

「私、ちょっとショックだったよ。ルルーシュ君ってああいうとこは真面目だと思ってたのに。五歳って言ったら、十八…下手したら十七の時の子供じゃない?ルルーシュ君って遊んでる様子なかったけどさ、もしかしたら高校の時もこっそり遊んでたのかもね。しかも母親居ないってことは逃げられちゃったってことじゃん?いくらあのルルーシュ君でも、流石にみんなちょっと引いてたよ」

違う、ルルーシュはそんな人間じゃない。そう喉まで出かかって、僕は口を閉じた。この五年間、ずっと心の奥に沈めていた記憶がぼんやりと浮上してくる。あの日、あの時、ルルーシュの手を離した瞬間を僕は今でも覚えている。どんよりとした鈍い色の雲から降る雨が傘にぶつかる音がやけに記憶に残っていた。ルルーシュを振り返ることなく走り去ったあの日の僕を、ルルーシュは、どんな気持ちで見ていたのだろうか。



午前中はレッスンだったけれど、午後は暇だった。そう、暇だった。だから来たんだ。別に誰も咎めてなどいないのに僕はそう言い訳をしながら駅のホームに降り立った。ハァと息を吐くと、僕の息は白さを纏って宙に消える。緩んだマフラーをしっかりと締め直し、僕はビニール傘を片手に改札を抜けた。遠くの空がまだ暗い色をしているのが見え、あの日もこんな雨だったなと僕は傘をさす。都会のど真ん中だというのに、ここの駅前は人気がまばらだ。雨のせいもあるだろうが、この辺りは住宅街なため昼間は人が少ないのだろう。少し電車を乗り換えれば繁華街へ出れるような利便のいい地域だ。僕は駅前から真っすぐ続いているショップの通りを歩きながら、片手に携帯を開いた。地図を見ながら、赤いポイントのついた場所を探す。ただ、暇だったから。だから会いに来たんだ。もう一度、心の中で言い訳をする。けれど心に住むもう一人の冷静な僕は意地悪な問いかけをしてくる。暇だったからって、わざわざ同窓会の幹事の子を探してルルーシュの現住所を聞いたのか?と。素直になれない僕は、もう一人の僕に反論する。そこまでして友達に会いに行くのはそんなにいけないことなのか!と。けれど。

(友達、じゃ、ない)

目の前の横断歩道が赤になり、僕は足を止める。僕とルルーシュは、友達ではなかった。僕はアスファルトに雨が跳ね返るのを見つめながら、昔のことを思い出した。僕達は、恋人同士だった。昔からの幼馴染だった僕たちは、自然と、そんな関係になっていた。下品なことを言ってしまえば僕はルルーシュを抱いていた。あの頃は全ての出来事が何だかくすぐったくて、それでも、子供ながらにそれを幸せだと思っていた。あれから五年、僕はもう二十歳を過ぎて二十三になってしまった。たかが五年、されど五年。もしあれが普通の恋愛だったなら、あんなこともあったなと過去の青春を笑えていたのかもしれない。けれどあの時のことは今の僕には笑い飛ばせるような出来事ではなく、まだ心の奥底に小さなトゲを残したままだ。

『スザク、分かってるだろ。俺達は、もう…』

僕だって分かっていたつもりだ。ずっと一緒にいられたらとは思っていたけれど、でもそれが難しいことくらい、僕にだって分かっていた。ただ僕は面と別れを言われるのが嫌だったのだ。違う大学に行くとは言え、もう会えないということは無いだろうと別れから逃げようとしていた。でも、卒業式の日。涙を浮かべながら抱き合う女子生徒達や、最後だからと言っておおはしゃぎをする男子生徒。その賑わいが遠くに聞こえる校舎裏で、僕はルルーシュに別れを告げられた。はっきりとした言葉ではなかったが、もうこれから会えないだろうというような言葉だった。僕は首を横に何度も振った。嫌だと何度も言った。けれどその度にルルーシュは苦しそうな顔をして、ルルーシュは僕の手を傘を持つ手と一緒にしっかりと握って言ったのだ。

『もう俺達は子供じゃいられないんだぞ…ッ!』

泣きそうに歪められたルルーシュの顔を見た途端、僕は怖くなってルルーシュの手を振り払った。そして、そのまま逃げたのだ。何度も後悔をした。こんな形で別れたくなんてなかった。でも僕は携帯に入っているルルーシュのアドレスデータを眺めるだけで何もすることができなかった。そのうち大学に入ったことで忙しくなり、ルルーシュに連絡をしないままいつの間にか五年が過ぎていた。ルルーシュのほうからも連絡は来なかった。僕とルルーシュは気まずい別れをしてままなのだ。だから先日、同窓会の連絡が来た時も思わず僕は断ってしまった。ルルーシュも来るらしいからさ、という言葉を聞いてしまったからだ。ルルーシュとどんな顔をして会えばいいか分からなかった。今更どうにかなる問題でないことは僕にだって分かった。

(僕はもうルルーシュのことは…)

好きじゃない。もうルルーシュとのことは過去のことなのだ。そう割り切っているつもりでも、ルルーシュの子供と聞いた時は心臓が止まるかと思った。ルルーシュに子供だなんて、想像もつかなかった。あともう十年ほどしてからなら素直に受け入れられたかもしれない。けれど子供の年齢から考えて、ルルーシュがまだ未成年だった時にできた子供だと分かってしまうと酷く動揺してしまうのだ。ルルーシュは僕に抱かれてはいたが、女性経験は皆無と言っていいほどだった。それどころか変な所で潔癖で、そのようなことはちゃんと手順を踏まないと駄目だとまでも言っていた。あれは確か高校二年の頃だ。同じクラスのちょっと不登校気味だった女子生徒が妊娠をして学校を辞めたことがあった。子供の父親は他の高校の不良だった。しかし不良は女子生徒が妊娠したと分かると、違う女を作って地元を逃げるように去ったらしい。結局、子供はその女子生徒が一人で育てるということになった。ルルーシュはその女子生徒の行為について密かに怒っていた。学生のうちから軽はずみな性行為で子供を作ったうえ一人で子供を育てるなんて無謀すぎる、と。きちんと家庭が作られていないと子供が可哀想だともルルーシュは言っていた。ルルーシュには両親が居なかった。だからこそ、ルルーシュは怒っていたのかもしれない。けれどそんなことは僕達の学校だけではなく他の学校でもよくあることだったので、僕はそんなに気にはしていなかった。ただルルーシュは真面目だなとしか、思っていなかった。そのルルーシュに子供、しかも母親はいない。結婚もしておらず子供の母親も居ないということは、ルルーシュもあの女子生徒のように母親に逃げられたのだろうか。あんなにあの女子生徒の行動を非難していたルルーシュが、あの女子生徒と同じような境遇に陥っている。それだけで僕は心の中が掻き乱される。僕の知っているルルーシュはそんなことをしない。ルルーシュはちょっと不真面目な部分はあるがしっかりとケジメはつける人間で、軽はずみに女性と寝て子供をつくってしまう人ではないはずだ。そう、僕の知っているルルーシュは…。

「あのう」
「…っえ?」
「信号、青ですけど…」
「あっ、すいません…」

考え事をして信号が青になったことにも気付かなかったらしい。中年の女性は僕の顔を見て不審そうに顔を顰めてからさっさと横断歩道を渡っていった。僕は小さく深呼吸してから再び歩き出した。ぱしゃぱしゃと雨の音が卒業式の日の音とシンクロして、さまざまな思いが込み上げてくる。もう、思い出にすればいいのに僕はこうしてルルーシュに会いに来てしまった。会って確かめたかった、ルルーシュが今どうしているのかを。それでどうするということは考えていない。考えていないが僕は自分を抑えることができなかったのだ。高校時代の友達から以前ルルーシュについての噂を聞いたことがあった。ルルーシュは大学で経済を学んでいたのだが、程なくして大学を辞めてしまったということだ。辞めた理由は分からなかったが職に就いたというわけではないらしく、あのルルーシュが中退なんてなとその時の友達は驚いた様子だった。その話を聞いた時はルルーシュに何かあったのではないかと、表には出さなかったが心配をした。ルルーシュには両親は居ないが妹が一人いる。ただその妹は病弱で、視力が弱く車椅子で生活をしている。施設に預けられたままの妹のこれからの将来のためにとルルーシュは最初は大金のかかる大学への進学ではなくて就職を希望していた。しかし妹に何か説得されたらしく、結局ルルーシュは特待生で大学へ入学することになった。けれど学費は免除と言えど、妹の施設費や治療費をルルーシュは稼がなくてはいけない。だから僕はルルーシュが大学を辞めたと聞いた時、妹になにかあったのではないかと思ったのだ。しかしそれでも僕はルルーシュに連絡を取ろうとしなかった。取れなかった。怖かったのだ、拒絶されるのが。だから僕は。

「あれっ?おかしいな…」

携帯の地図を見ながら歩いていたのだが、気づけば僕はすっかり道に迷っていた。小さい画面の地図は見づらく僕は足を止めて辺りを見回す。通りから少し入った場所だがいくつもの家が立ち並んでいる。教えてもらった住所はこのあたりの筈だ。ルルーシュはどうやらマンションに住んでいるらしく僕はうろうろと歩きまわりマンションを探すが、どうにも見つからない。そういえば僕は昔から方向音痴だったことを思い出した。暫く歩きまわっていたが考え事をしたせいか疲れてしまい、僕はすぐ近くにあった公園で休むことにした。公園の中央にある屋根つきのベンチに腰を下ろし、僕は深いため息をつく。僕は何をしているのだろうか。こんな所まで来てルルーシュを探して、そのくせ迷うだなんて。いつもこうだ。僕は、いつも大切な所で前に進めない。そう考えると何だか気分が落ち込み泣きたくなった。再度溜め息を吐いて俯かせていた顔を上げたら、ふと、滑り台の下に誰かが居ることに気がついた。透明な合羽を着て、滑りたいの下にある砂場にしゃがんでいる。見た目からしてまだ子供だ、それも幼稚園生くらいだろう。こんな雨の日なのにと僕は辺りを見たが親らしき人物の姿は見えない。ここの近くに住む子供なのだろうかと僕がなんとなくその子を見ていると、その子は立ち上がり走り出そうとした。しかし砂に足を取られたのかそのままうつ伏せにべちゃりと転んでしまったのだ。思い切り転んでからピクリとも動かない子供に僕は驚いて立ち上がった。傘をさし急いでその子供へ駆け寄り、小さな身体を抱き起こす。

「だっ大丈夫!?」

子供は女の子だった。長いライトグリーンの髪と幼い頬に泥がついており、不機嫌そうに眉を寄せている。口の中に泥が入ったのだろうか、僕はポケットからハンカチを取り少女の顔を拭いてあげる。一通り泥を拭いてやると、少女は子供とは思えないほど冷めた視線で僕を見上げた。

「怪我とかしてない?こんな雨の日に遊んでちゃ危ないよ?
「…おまえ、ロリコンか?」
「…はっ?」

舌っ足らずな口から吐き出された鋭い言葉に僕は思わず自分の耳を疑った。ロリコン、という単語が聞こえた気がする。いやいやしかしこんな小さな女の子がそんな言葉を知っているわけがない。

「ざんねんだったな。わたしはお前なんかにはだまされないぞロリコン」
「い、いやいや違うって!」

僕の耳は正しかったようだ。少女に強く睨まれて僕は慌てて違うと両手を振る。しかし少女は両腕を組み、足先をパタパタと上下させ疑いの眼差しを僕に向ける。

「じゃあなんでこんな時間にこんなところにいるんだ。おまえはあれか、にーとか」
「違うよ!僕はまだ学生だし、ここで休んでただけで…」
「それで、わたしみたいな子供をねらっていたんだな。やっぱりおまえはロリコンだな」
「だから違うって!」

こんな小さな女の子にからかわれ僕は大人げなく大声を上げる。妙な誤解はやめてよと強く言おうとしたその時、背後で水を蹴る足音が聞こえた。僕は振り返り、その姿を見上げる。

「C.C.!お前また勝手に出歩い、て………」

僕は思わず立ち上がった。心臓が早鐘を打つ。目の前の人物から目が離せない、離せるわけがない。まるで五年前、あの時のように傘をさしたルルーシュがそこに居たのだから。僕の横に立っていた少女がルルーシュの元へ駆け寄りスラックスを握る。ルルーシュは目を見開いたまま僕を見つめていた。

「ス、…ザク?」
「…ルルーシュ」

五年ぶりだというのにルルーシュは変わっていなかった。若干伸びたような気がする黒髪に、透き通った紫の瞳。幼さを残していた顔はすっかり大人の顔へと変わっていたが、それがより一層ルルーシュの整った顔を際立たせていた。呆然と見つめ合ったまま僕達が動けずにいると、ルルーシュのスラックスを掴んでいた少女がムッとしたままぐいいぐいとルルーシュを引っ張る。

「おい、るるーしゅ?」
「っ、あ、ああ。なんだC.C.」
「しりあいなのか?」

ルルーシュは困ったように少女へ視線をずらす。僕はそれでハッと我に返ったかのように背筋を伸ばした。何か言わなくては、そう思うのに言葉が出てこない。言いたいことや聞きたいことがたくさんありすぎて、まず何を言えばいいのか分からない。僕が口をぱくぱくとさせていると、ルルーシュは僕の方を見て、肩から力を抜いた。

「…とりあえず、うち来るか?」



公園から少し離れたマンションは僕が何度か通り過ぎたところだった。2LDKの室内は相変わらずルルーシュらしいシンプルな部屋だった。ルルーシュが作っていたピザを食べて満足したのか、あのC.C.という少女は隣の部屋でぐっすりと眠っている。僕はソファに座り、窓を叩く雨を眺めているとテーブルにコーヒーが置かれた。僕の正面にルルーシュが座り、僕は視線を窓からルルーシュへと移した。

「悪かったな、C.C.が世話かけたみたいで」
「ううん。…その、久しぶり…だね」
「ああ、そうだな。卒業してからだから五年ぶりか?」

口元にかすかな笑みを浮かべルルーシュはコーヒーを飲む。僕はマグカップに口をつけながらも、そわそわと落ち着かなかった。久しぶりに会ったから緊張しているということもあったが、何よりも少し気まずい。あんな別れをした手前、どうルルーシュに接していいのか分からなかった。そんな僕とは対称的にルルーシュは落ち着いた態度だ。僕はカップを手の中でずるずると回しながらルルーシュに問う。

「この前の同窓会来たんだってね」
「少ししか居なかったけどな。お前は居なかったな」
「う、うん。ちょっと色々忙しくて…」
「一流のプレイヤー様は休む暇も無いか」

そんなんじゃないって、と僕が言うとルルーシュはクツクツと楽しげに笑う。このやり取りがまるで昔のようで僕は胸の奥が少しだけ痛んだ。はぁと息を吐いてから、僕は隣の部屋に通じる扉を見た。

「あの子、ルルーシュの子供なんだって?」
「ん、まあな」
「知らなかったよ、僕。ルルーシュに子供がいたなんて」
「まあ、お前には言わなくてもいいと思ったからな」
「…そっか」

もう僕との関係は過去のことだからということだろうか。なんとなく寂しさを感じ、僕は目を伏せた。熱いコーヒーを一口飲み、苦いそれを舌で感じる。ルルーシュに子供が居ると信じられなかった僕だったが、これだけ見せつけられてしまえばもう認めざるを得なかった。先ほども、ピザが食べたいと強請っていたらしいあの少女にルルーシュはわざわざ手作りでピザを作ってあげていた。べたべたと口の周りを汚す少女の口を、文句を言いつつも拭う姿は親そのものだ。もうあの時のように、ただの子供だったルルーシュではないのだ。そう理解した途端僕は何故か涙が込み上げてきそうになった。僕は何を期待していたのだろう。何かの間違いであってほしいとでも思っていたのだろうか。もう僕だって子供じゃない。現実くらい受け止められるはずだろう。僕は涙を堪え、ごまかすように笑った。

「そ、それにしてもあの子…C.C.ちゃんだっけ?面白い名前だね」
「C.C.というのはただの愛称。あだ名みたいなものだよ。ちゃんと名前はあるからな」
「あ、そうなんだ。でも性格はさすがルルーシュに似てるね。顔はあんまり似てないけど…」
「そりゃあ、血が繋がってないんだから顔は似ないさ」

ハハハと笑ったルルーシュに僕もそっかとハハハと笑う。しかし、あれと笑いを止めた。今自然に流そうとしてしまったが、ルルーシュは、血がつながってないと言わなかっただろうか?僕は三秒ほど停止してから、バッとルルーシュの顔を見た。

「ち、血が繋がってないってどういうこと?」
「そのままの意味だが、どうかしたか?」

何かおかしなことを言ったか?とルルーシュが小首を傾げる。僕はカップを置き、前のめりになりながらルルーシュに詰め寄る。

「だってあの子ルルーシュの子供だって…!」
「確かにC.C.は俺の子供だが、俺はC.C.の親をやっているだけであって別にあいつと血縁関係はないぞ」

さらりと衝撃的な発言をしたルルーシュに僕は愕然としてしまった。ソファにドスンと座り、口をマヌケそうに開いたままルルーシュを見つめる。いったいどういうことなんだ、全く話が見えてこない。あの子はルルーシュの子供じゃなかったのか?親をやっているだけとはどういう意味なんだ?僕は訳が分からず、ただルルーシュの顔を見つめることしかできなかった。ルルーシュはコーヒーをゆっくりと飲み、空になったカップをテーブルに置いた。そして、やれやれといったように溜め息をついた。

「どうやらお前は何か勘違いをしてるみたいだな」

ルルーシュはそれから淡々と話し始めた。あの少女は、ルルーシュがかつて居た孤児院で友人だった人の子供らしい。幼いころからルルーシュと同じように孤児院で過ごしていた彼女に子供ができたと分かったのはルルーシュが高校を卒業してからすぐのことだった。ルルーシュはそれを聞いて最初は嬉しかった。これで彼女にもやっと本当の家族ができたのだと思ったのだ。彼女も子供ができることを嬉しがっていたという。それからルルーシュは度々彼女に連絡を取るようになった。ルルーシュより一つ下だった彼女はルルーシュにとって妹のような存在だったのだ。ルルーシュは大学に行くため地元を離れてしまったが、よく電話をして様子を聞いていたらしい。子供が生まれたら婚約するんだ、と電話があったのを最後にルルーシュは彼女を連絡が繋がらなくなった。何度電話をしても出ず、何かあったのではないかとルルーシュは心配したが臨月が近づいていたということもあり、きっと出産準備で忙しいのだろうとルルーシュは思っていた。そして出産予定日まであと三日となったある日、彼女は死んだ。夫となるはずだった男に刺されたのだ。実は男は彼女が子供を産むことを反対していたらしい。それどころか、婚約すらする気などなかったそうだ。男は重度の麻薬中毒者だった。彼女は出産の直前に男と口論となり、そして、包丁で胸を一突きされ死亡した。男は彼女を殺したあと、麻薬の幻覚でも見たのかそのまま近くの駅ビルの屋上から飛び降りて死んだ。ルルーシュがその知らせを聞いて駆けつけた頃には、彼女の顔には白い布がかけられていた。ルルーシュは自分がもっとちゃんと話を聞いてあげていればこんなことにはならなかったと酷く後悔をした。彼女と一番関わっていたのはルルーシュだった。彼女には友達がいなかった。孤児院の出ということで学校に馴染めず彼女はいつも一人だったのだ。もしかしたら彼女は密かにルルーシュに助けを求めるサインを示していたかもしれない。彼女を殺した男はもうこの世にいないということを知っていたルルーシュはやりきれない思いでいっぱいだった。そして、彼女の胎内に居た赤ん坊は奇跡的に助かり無事この世に生を受けた。ただ赤ん坊の母親も父親も、もうこの世には居ない。彼女には身寄りが無く、また父親の男のほうの家族は赤ん坊は受け取らないと言ってきた。男は麻薬のことで家族と揉めて勘当させられていたらしい。赤ん坊だけ押し付けられても困ると言って来た男の家族に、ルルーシュは怒りを通り越して悲しみを覚えた。誰もこの子を、家族として見てなどいない。ルルーシュはあどけない顔で眠る赤ん坊を見て、赤ん坊を自分の子として引き取ることを決めたそうだ。死んだ彼女の思いを遂げるために、彼女の子供には悲しい思いをさせないと誓って。そして、ルルーシュは大学を辞めた。それからルルーシュはバイトで溜めた資金で株を買い、今では株の売買で生計を立てているそうだ。

「最初は大変だったが、流石にもう慣れ……って、どうしてお前が泣いてるんだよ」

僕はルルーシュに言われ始めて自分が泣いていることに気付いた。ぼたぼたと流れる涙を慌てて拭うも、涙は止まらない。ルルーシュの話も悲しかったが、何よりどうしてそんなに辛かったことをルルーシュは何も言ってくれなかったのだろうと思ってしまったのだ。可哀想、というと同情と思われるかもしれない。けれど子供を育てると決めた時、大学を辞めた時、ルルーシュはどんなことを思ったのだろうかと考えるだけで胸が痛くなった。泣きたいのはルルーシュのほうだろうと思うのに僕の涙腺は馬鹿になってしまった。ずるずると鼻をすすっているとルルーシュが僕の隣に座り、ティッシュで目元を拭いてくれた。

「ほら、泣くなよ。俺が泣かせたみたいじゃないか」

まるで子供をあやす様に優しい声でルルーシュが囁く。本当にお父さんのようだなと思いながら、気づけば僕はルルーシュの手を掴んでいた。痛いほどの力でルルーシュの手を掴むとルルーシュは驚いたように身を引いた。僕は鼻を大きくすすってから、ルルーシュの目を見つめた。

「どうして僕に相談してくれなかったの?」
「…お前に迷惑はかけられないだろう」

ばつの悪そうにルルーシュが僕の視線から逃げる。僕は逃がさないというようにルルーシュの手を引っ張った。

「っそれは、僕と別れたから?」
「…ッ」

ルルーシュの肩が跳ねる。図星なのかどうなのかは分からないが、ルルーシュが今日初めて見せた動揺に僕は目を細めた。僕はずっと聞きたいと思っていたことがある。ルルーシュはもう僕のことが好きではなくなったのか、ということだ。ルルーシュが僕を嫌いになったなら僕もルルーシュを諦めることができる。しかし、もしルルーシュがまだ僕のことを好いていてくれたのなら。

「ルルーシュ、僕はまだ君と…別れたつもりはないからね」
「ッスザク、お前いい加減に…ッン!?」

五月蠅い口を黙らせるように塞ぐとルルーシュは顔を赤くして抵抗した。暴れる手を押さえつけ、そのままソファにルルーシュの身体を押し倒す。五年ぶりのルルーシュとの口付けに僕は抑えがきかなくなった。それまでずっと閉じ込めていた気持ちが爆発したかのようにどんどん流れ出てくる。何度も何度も唇に喰らいつけばルルーシュは激しく胸を上下させた。ルルーシュは、綺麗になった。五年前も綺麗だったけれど、今は更に綺麗になった。漏れる吐息の熱さやルルーシュが発する声に僕が夢中になりかけていると、頭を強く叩かれた。唇を一旦離し、僕は両手でルルーシュの顔を包む。何?と切羽詰まった声で問えばルルーシュはさっきの僕みたいにボロリと涙を零した。

「スザクッ、言っただろう!俺達はもう子供じゃ居られないって…!」
「うん、そうだね。僕達はもう子供じゃない」
「だったら、分かってるだろう!?こんな関係は続けられないってことが!」

ルルーシュのその言葉に、僕はようやくあの時のルルーシュの気持ちが分かった気がした。僕達はこれから社会へ出ていかなければならない。そうしたら、男同士と言う関係を続けていくのは難しいとルルーシュは考えたに違いない。同性愛は広く認識されているとはいえ世間体はまだまだ厳しい。僕の自惚れではなかったら、もしかしたらルルーシュは僕の未来のことを考えて別れを切り出したのではないだろうか。そうだとしたらルルーシュは馬鹿だ。僕は再びルルーシュの唇を塞ぎ、ルルーシュを抱き締めた。

「ルルーシュ、僕達はもう昔みたいに子供じゃ居られないんだね」
「…っああ、だからスザクもう…ッ」
「うん、だから僕も大人になるよ。あの時、ちゃんと言えなかったことが言えるように」

ルルーシュの額に僕の額をあてる。ルルーシュは少し驚いたように目を開いた。

「僕はこれからもずっとルルーシュのことが好きだよ。あの時言えなくてごめんね、ルルーシュ」

あの時僕はちゃんと伝えるべきだった。これから大人になっても僕がルルーシュのことを好きな気持ちは変わらないと。五年間という遠回りをしてしまったけれど、今からでも遅くないはずだ。だってそうでなければ、ルルーシュはこんな泣きそうな顔をするわけがない。

「この…馬鹿スザク…ッ!」

ルルーシュの震える指先が僕の服をぎゅうと掴む。ルルーシュはお父さんなのに、まるで子供みたいに縋りついてくる。僕はルルーシュの頭を抱いて、空白だった五年分の体温を感じた。窓の外はいつの間にか雨が上がっていて、あの日のようなどんよりとした空は窓の外に広がっていなかった。



「言っておくが、俺はC.C.の父親を辞めるつもりはないからな。よって、お前とは正式には付き合えない」
「えっ、ちょ、なにそれ!?」

ようやくルルーシュとよりを戻せたと思っていた僕は予想外のルルーシュの発言に驚いた。ルルーシュは当たり前だろうというような顔をしていたが僕は納得ができない。ルルーシュがC.C.の父親である前にルルーシュは僕の恋人であるのだからそれはおかしいのではないか。どうしてなの?と僕がルルーシュの手を握ろうとしたら僕の手をルルーシュは叩いた。

「C.C.の教育に悪いことはしないと決めてるんだ」
「別に恋愛は悪いことではないと思うよ」
「お前との場合は普通ではないだろ!特殊なんだ、特殊!」

あくまで素直に付き合うと認めないらしい。そんなぁと僕が肩を落とすと、ルルーシュはぷいと顔を背けてしまった。せっかく以前のようにルルーシュに触れることができると思ったのにあんまりではないか。これじゃさっきの告白はなんだったのだろうか。僕が溜め息をつくと、ルルーシュが僕の指を弱く握った。

「…ま、まぁ、少しくらいなら…その、…」

ルルーシュがカァッと顔を赤くしてぽつりぽつりと漏らす。さっきまで沈み切っていた僕の気持ちはあっという間に急上昇し、嬉しさのあまり僕はルルーシュに抱きつこうとした。しかし、僕が大きく広げた両腕は宙を抱き、僕はそのまま勢い余ってソファから落ちた。僕を避けるように突然ルルーシュが立ち上がったためだ。額を床に打ち付け僕がのた打ち回っていると、ぺたぺたと小さな足音が聞こえてきた。

「おいるるーしゅ、へんなやつがいるぞ」
「C.C.…ちゃん…?」
「ちゃんづけするな、きもちわるい男だなロリコンめ」

いつの間に起きて来たのか、C.C.が僕のことを冷たい目で見下ろしていた。黄色いよく分からないキャラクターのぬいぐるみを片手に持ち、C.C.は僕が座っていたソファに座った。C.C.が来たから僕から逃げたのかルルーシュは立ち上がったまま顔の赤みを誤魔化すように咳払いをした。C.C.はそんなルルーシュを怪訝に見上げながらも、両足をばたばたと動かした。

「るるーしゅ、みずをくれ」
「お前水くらい自分で…っ、ま、まあいいか…」

顔の赤みが取れなかったのかルルーシュは逃げるようにキッチンへと走っていった。僕は起き上がり床に座りながらそんなルルーシュの背中を見送る。五年経っても変わらないルルーシュの性格に思わず鼻の下が伸びそうになる。すると、横からC.C.にぬいぐるみで思い切り殴られた。

「にやけるな、きもちわるい」
「い、痛いよ…」
「ふん。るるーしゅをねらおうとしたってむだだからな」
「えっ!?」

鋭い指摘に思わずドキリとする。まさかこんな小さな子にあっさりと見破られては、お許しを頂けた早々ルルーシュに怒られてしまう。何のことかなと僕が誤魔化していると、C.C.は五歳児にぴったりな可愛らしい笑みを浮かべた。

「るるーしゅはわたしのお父さんだからな」




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スザクは楽器の講師をしつつ音楽活動もしてる音大生、という設定。 しかし設定が全く活かせてない!