カノンが入室した時、激しい布ずれの音が部屋に絶えず響いていた。は、は、と短い息遣いも同時に聞こえ、ああこんなことなら呼ばれた時間より前に来るのではなかったと小さく後悔した。扉を開けたらすぐに目に入ってくるベッドの上で行われている行為を邪魔しないよう、カノンは何も言わず出ていこうとした。

「待ち、なさい・・・すぐに、終わる、から、ね」
「・・・はい、分かりました」

シュナイゼルに止められては出ていくことはできなかった。カノンは扉を背にしベッドの上の光景から目を逸らさず、シュナイゼルに組み敷かれ声もなく咽び泣くルルーシュを見る。ルルーシュの口は大きく開いているが、そこから彼の声が出ることはない。酸素が通り過ぎる時に鈍い意味のない音が漏れるが、それは綺麗とは言えないものだ。見た目に似合わず人並みの運動ができるシュナイゼルと、見た目通りに運動のできないルルーシュの"取っ組み合い"のようなそれはとても激しい。ルルーシュがバタバタと手をシーツの上で振り回している。抵抗しているようにも見えるが、その手がシュナイゼルを押しのけることはない。ただ、与えられるものを逃がす様に暴れさせているようにも見えた。カノンが無表情にそれを見ていると、ふと、ルルーシュと目が合った。ルルーシュは一瞬だけ目を見開き、すぐに顔を逸らしてしまう。あ、とカノンが思う前にシュナイゼルがくすりと笑った。

「カノンに見られるのが恥ずかしいのかい?」
「・・・!・・・!!!」
「嘘はいけないよ、ルルーシュ」
「!!!、!、ーッ!!!」

悪趣味、とカノンは心の中で舌を出した。そうやってルルーシュの羞恥を煽るのはカノンにとってどうでもいいことなのだが、自分が使われるのはあまりいい気分ではなかった。けれど口出しなどできるわけもなく、抗議したいとも思わずカノンはただそこで行為が終わるのを待った。暫くして、ベッドの軋む音が一層激しくなったかと思えばパタリと止んだ。ルルーシュの脚がシュナイゼルの肩にかかった状態でピンと天井に向かって緊張したようにぶるぶると震えていて、3秒ほどしてから糸が切れたかのようにカクンとシーツの上へ落ちた。二人分の荒い呼吸がカノンの耳を通り抜ける。ルルーシュに覆いかぶさったままのシュナイゼルがむくりと起き上って、やっと終りかとカノンは安堵の息を小さく漏らした。自分の身なりだけを整えたシュナイゼルがベッドから降りる。四肢をベッドの上に放り出してボーっと宙を見ているルルーシュの耳元でシュナイゼルが何か耳打ちをした。途端、ルルーシュの顔がくしゃりと歪みその顔を枕へと埋めてしまった。何を言われたのかカノンにはもちろん聞こえなかったが、ルルーシュの様子を見る限りあまり良い言葉ではなかったのだろう。シュナイゼルはいつものように優しく笑うとベッドを離れ、カノンの方へ歩いてきた。カノンが頭を下げるとそれを手で制止する。

「殿下、間も無く会議が・・・」
「ああ、分かっているよ。全く、あのお方は時間にだけはうるさいから困るね」
「・・・そう、ですね」
「ふふ、カノン。君はルルーシュの始末を手伝ってあげなさい。あの方の相手は私だけで十分だよ」

最初からそのつもりでこの部屋に呼んだくせに。とは口に出さず、カノンは分かりましたとだけ言った。シュナイゼルが出ていき、扉が閉まるまで頭を下げていたカノンは扉の向こうの気配が遠のいたのを確認してから頭を上げた。誰に向けてかも分からないため息をついてからカノンはまずベッドの方へと近づいた。未だに全裸のまま枕に顔を埋めて肩を震わせているルルーシュを見て、ベッドには上がらずベッドの横でしゃがんだ。

「お疲れさま、ルルーシュ。起きれるかしら?」

カノンが優しく問いかけると、少しの間を置いてルルーシュが首を横に振った。そう、と小さく返事をしてカノンは傍にあった白のブランケットをルルーシュの身体にかけてやる。今の彼は一人にしてあげたほうが良いのだろうと思うが、時間が経つと後始末はし難いものになる。心の整理がついても、後処理をしているうちにまた思い出すなんて場合もあるのだ。彼には悪いが今は自分の仕事をさせてもらおうと、カノンはルルーシュの肩をポンと叩いてバスルームへ向かった。相変わらず豪華なバスルームだがあまり備品は揃っていない。カノンは昨夜掃除したばかりのバスタブに栓をすると湯を張るために右の蛇口を捻った。勢いよく流れ出てくるお湯の温度を加減させてから、洗面台で浅い容器に温い水を入れてタオルを濡らす。それからルルーシュの元へ戻ろうとしたが、足を止める。少し考えてからカノンはハンドタオル程の小さなそれを冷たい水に浸して絞ったものを持った。そしてバスルームを出たカノンがベッドへ戻るとルルーシュは起き上がっていた。苦い顔をするルルーシュは不自然に太ももに手を置いている。

「ルルーシュ」

カノンが名を呼ぶと、ルルーシュがカノンを見上げる。真っ赤な瞳と紫の瞳に射抜かれ、カノンは背筋にジンとした何かを感じる。口を開きかけたルルーシュは中途半端に歯を見せた状態で戸惑うようにカノンを見た。ルルーシュの言いたいことは何となく分かる。カノンはベッドのすぐ隣にある小さなテーブルに微温湯の入った容器を置くと、冷やした小さなタオルの方をルルーシュに手渡した。カノンは微温湯につけてあったタオルを絞り、ルルーシュの身体を拭き始める。ルルーシュは恥ずかしいのか、それともこんな姿を見られて悔しいのか顔を伏せカノンの渡したタオルで目元を押さえている。しかしカノンにとって、こんなとこは別に気まずいものでも何でもないので手は休むことはなかった。汗で濡れた胸や背を拭いてやりながら、カノンは独り言のようにルルーシュに話しかける。

「せっかくベッドメイキングしたのに、またやらなくちゃいけないわね。別にルルーシュのことを責めてるわけじゃないのよ、殿下が悪いんだから。やることだけやって、始末をしない人にはきっと分からない苦労なのよね。きっと。」

そうカノンは言うが本当にそう思っているわけではない。この部屋には監視カメラはもちろん盗聴器も付いているのだ、この声が誰かに聞かれていることくらいカノンには分かっている。分かっているうえで言っているのだから、カノンもあまり性格は良くない。勿論そのことはルルーシュも分かっていた。 ルルーシュはすっかり体温で温くなってしまったタオルから顔を離してカノンの方へ振り返る。カノンを見るそのルルーシュの瞳は憐れみに近いような悲しい瞳だった。カノンは、ふ、と鼻で笑ってからルルーシュの瞳を覗き込んだ。

「大変ね、貴方も私も」

あの人の遊びに付き合わされて、カノンは声に出さず唇だけでそう言った。ルルーシュは一瞬だけ呆けた顔をしたが、微かに頷いて苦笑いをした。さて、と空気を変える様にカノンは拭き終ったタオルを容器に入れるとルルーシュの手を引いた。

「やっぱり拭くだけじゃ駄目ね。バスルームに行きましょう、立てる?」

カノンがルルーシュの両腕を掴む様にして引き上げれば、ルルーシュは顔を硬直させベッドに戻るように身体を引く。まるでベッドから離れたくないというようなルルーシュの行動にカノンが首を傾げるとルルーシュの下半身を見て、ああそうだったと納得した。ぎゅうと太股を閉じているルルーシュの足は何かを耐える様に震えている。白いシーツにじわりと広がったシミを見て、カノンはあの人はいったい何がしたいんだと呆れてしまった。ルルーシュが腹を壊してしまうかもしれないからちゃんとコンドームは付けるようにカノンは一応シュナイゼルに言ってはいる。けれどそれをシュナイゼルが一度も守ったことなど無かった。ベッドの近くの引き出しにはカノンが用意したコンドームがちゃんと仕舞ってある。けれどその数は一向に減る気配を見せなかった。こうなったらルルーシュ自身からシュナイゼルに頼んでもらおうかとも思ったが、ルルーシュがそんなことできるわけがないのでカノンは少々諦め気味だ。

「立てそうには・・・ないわね」

カノンがそう言うとルルーシュが顔を俯かせてしまう。きっとこれからしてもらうことが恥ずかしいのだろう。前回も、前々回も同じことをしたから恥ずかしがることはないのにとカノンは思ったがそうは思えないのがルルーシュだろう。

(いや、でも、ルルーシュじゃなくても誰だってこれは恥ずかしいかしらね)

カノンは何も言わずベッドに上がると、ルルーシュにかかっていたブランケットを肩に移動させる。拭いて綺麗になった脚を割り、そこを眼下に曝した。




「お湯、熱かったら言ってね」

カノンはルルーシュが頷いたのを見てから、バスタブを区切るカーテンを引いた。ちゃぷんと水の揺れる音がバスルームに響き渡る。カノンはカーテンを背にしてルルーシュを待つことにした。時折バシャバシャと聞こえるお湯の音にカノンはカーテンの向こうで肩に湯をかけるルルーシュを想像する。シュナイゼルに出されたものをベッドの上で掻き出してからここに来るまでルルーシュは黙ったままだった。彼は今、声が出ないのだから黙るのは当たり前なのだがそうではない。カノンと目を合わせないようにしながら抱きあげられたルルーシュは飼われたペットのように大人しかった。いつまでこんなことが続くのだろうかと、唐突にカノンは思う。この状態がいつまでも続くとは思わないが、変わるとしたら何が変わるのだろうか。場所が変わるのか、誰かが変わるのか。

(状勢は・・・最悪、ね。あの子にとっては。)

黒の騎士団は日本を守るためだけに今は動いている。確かに日本はブリタニアからの支配を逃れたが、その日本を立て直すのは非常に難しい。誰がトップに立つかという問題から始まり、日本に住み続けるブリアニア人をどうするかという問題まで。黒の騎士団のトップであるゼロを国の長にするべきだという日本人の声は多かったが、黒の騎士団の人間はそれに応えられるわけがないだろう。ゼロは先の戦闘で床に伏していると国民に伝えているようだが、いつゼロはもういない存在かと国民に言うつもりなのか。黒の騎士団は戦う力は一つにまとまっているようだが、それ以外のこととなるとやはり黒の騎士団の中で派閥ができてしまうようだ。今の黒の騎士団のリーダーである扇要を日本のトップに立たせるべきだという者たちや国民の中から選挙で決めるべきだと言う者たち、むしろそういう存在はいらないという者たち。なかなか問題解決は見えてこないようであった。たまにゼロならばこのくらいの問題など簡単に解決していたという者がいる。今の黒の騎士団はその力がないのだと。

(それは、違うわ。黒の騎士団達が普通なの。あの子が異常なだけ)

異常を才能と勘違いした民衆がゼロに何を求めているのか、カノンには分かりたくない。全ては、こう言っては悪いように聞こえるが、ルルーシュが悪いのだ。ルルーシュの持つ全てが、周りを引き込みこのような状況にさせてしまった。ブリタニア皇室の血の定めなのか、どうかのか。けれど、やはり思ってしまう。まだ未成年のこんな子供に世界はかき回されていたのだな、と。そんなことをカノンが考えていると不意にカーテンが少し開く音がした。カノンが振り返ると、僅かに開いたカーテンの隙間から白いルルーシュの手が伸びてきてカノンの手を掴んだ。肘までカーテンの向こう側に引き込まれてしまう。少しだけバランスを崩したカノンが何か用なのかと思っていると、掌に慣れた感触を感じた。カノンはすぐに手のひらに感覚を集中させ、ルルーシュが書く文字を読み取る。

("どうしてシュナイゼルに仕えているんだ?")
「あら、いきなりどうしたの?」
("いいから")
「そうね、そう聞かれると困っちゃうわね。あの人のために働くのが当たり前だったのよね。それより、自分のお兄さんを名前呼びはあまり関心しないわね」

カノンがはぐらかそうとすると、手首の部分をルルーシュに抓られてしまった。あまり痛くないそれに、カノンは宥めるようにごめんさいねと軽く謝る。しかし、今までルルーシュがそんなことを聞いたことがなかったのでカノンは内心驚いていた。ルルーシュにも考えることがあるのだろうが、その意図が分からない。

("カノンほどの才能なら、シュナイゼル以外にも就けただろう。どうしてシュナイゼルなんだ")
「あら、それは褒めてくれてるのかしら?・・・・・・ふふ、照れなくていいのよ」
("照れてない")
「はいはい、そうね。照れてないわね」

カーテンの向こうでルルーシュが不機嫌になるのがカノンに感じ取れた。あまりからかうのは彼を傷つけてしまうなと、カノンは仕方ないというように息を吐いてから口を開いた。

「私って、ほら、他の人と違うでしょう。だから、あまり好かれなくてね。頭は良かったんだけど、なかなか周りに馴染めなかったのよ。」

幼いころより自分の性癖に自覚があったカノンはそれを隠そうとは思わなかった。他人と違うことを恥ずかしいと思わなかったのだ。しかし、いくら本人がそう思っていても周りの目は厳しい。一時、周りに馴染もうと努力した時もあったがすぐにやめてしまった。カノンは、頭がいい。だから苦労する道を選択しなかった。孤立する代わりに自分が自分らしく生きれる道を選んだのだ。母も父も嘆いた。だがカノンは道を曲げなかった。軍の辺境の部署で、自分と似たような仲間達と国のためにカノンは尽くしてきていた。そんな時だった、シュナイゼルがカノンの前に現れたのは。カノンの才能を見抜いたシュナイゼルはカノンを引き抜き直属の部下とした。シュナイゼルを一目見た時にカノンは、この男は危ないと直感的に分かった。だが、今まで認めてもらえなかった素の自分の力を評価してもらえ、君は君らしく私の元で働いてくれと言われたことに、カノンはシュナイゼルについていくことを決めた。

「そんなことで、って思われるかもしれないわね。あの人が危ないことしてるの私は分かってたわ、でも、別によかったの。あの人が何をしてようが、私はあの人のために働くって決めちゃったんだもの。それに・・・」

カノンは一呼吸置いて、悪戯っぽく笑った。

「あの人、美形じゃない?私、美形には弱いのよ」

カノンがくすくす笑うと、ルルーシュも笑うかのようにカノンの手を緩く掴んだ。カノンはこのことはあまり誰かに話したことはなかったけれど、ルルーシュにならば抵抗はなかった。それどころか、聞いてほしいと思ってしまった。ルルーシュの過去を一方的に知っているカノンの心がフェアじゃないと思い言わせてしまったのかもしれなが、自分という人間をルルーシュに知ってほしかったのだ。冷静なもう一人のカノンが、そんなこと言ったところで何が変わるのかと冷たく問うが、もう言ってしまったものはしょうがない。カノンがそう思っていると手のひらに感じていたルルーシュの温かさが離れ、腕の幅しか開いてなかったカーテンが内側から大きく開かれた。バスタブの中で膝立ちになり、右手にカーテンと左手に淵を握るルルーシュと目が合う。突然どうしたのかと思えば、ルルーシュの口が開く。

『ありがとう』

音にはならない声だったが、カノンには確かに聞こえた。ありがとうとはどういう意味かと一瞬分からなくなるほどカノンの心は乱れた。話してくれてありがとう、という意味なのだと分かった時にはカノンの心の中を通り過ぎた嵐は治まっていたが。カノンは濡れたルルーシュの前髪を払い、微笑んだ。そして言った言葉の最後はルルーシュを指しているということは、カノンだけしか知らない。

「どういたしまして。私、綺麗なものが好きなのよ」




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サラっとしたカノンさん