顔面に水を強く浴びせられ、ルルーシュは目を覚ました。少し鼻に入ってしまった水に咽ながら目を開くと視界が霞んでいた。ズキズキと痛む頭に、ここは何処で自分は何をしていたのか一瞬分からなくなるが、走馬灯のように脳に駆け巡った過去の出来事にルルーシュはハッと顔を上げた。顔をしたたる水が目に入りそうになり、手で擦ろうとしたがそれは不可能だった。手を動かそうとした途端、ビンッと糸が張り詰めるような感覚が腕を伝う。何かが引っ掛かっているようなそんな感覚が腕を押さえている。不思議に顔を上げると、ルルーシュはやっとそこで自分の置かれている状況に気がついた。

「なん、だ・・・これは・・・!」

万歳をするように上げられた両手に見える拘束具。手首と手首を繋ぐ革の手錠、ちょっとやそっとじゃ解けそうにないその手錠は革紐によってパイプへ繋がれている。パイプはまるで四角のように組み立てられてて、底辺にあたる部分にはルルーシュの足が繋がれていた。片足ずつ足首を皮紐で絞められていて、少し足を開いた状態でパイプへ縛られている。異様な光景に思わず後ずさると何かが背中がぶつかった。振り向くと、パイプの隙間を埋めるように張られたフェンスが目に入る。所々塗装の剥げたフェンスにはいくつかの鎖が繋がれていたが、その鎖はどれも途中で切れていた。身体を拘束されているのは分かったが、何故このようなことになっているのか全く分からない。手足を動かしてみても革の紐は切れる気配を一向に見せなかった。それどころか唯一自由な肘と胴体が芋虫のようにうねうねと動くだけで、酷く恰好が悪い。自分の足で立っていなければ吊り上げられた手首が痛む。しかし拘束された足は立ちにくく、少し体勢を変えただけでも手足が引っ張られて痛い。服装は制服のままで、何処も着崩れしていないところが逆に変に見える。混乱しそうになる頭を落ち着かせ、辺りを見回してみた。打ちっぱなしの壁にむき出しのコンクリートの床、まるで建設途中のような部屋だ。しかし置いてあるテーブルやクローゼットはどれも綺麗なものばかりで、黒と白を基調としたシックな装飾である。大きな窓が一つあるようだが、黒いカーテンが引かれていて外の様子は窺えない。ルルーシュの足元にだけ敷かれた絨毯は深紅色をしていて、いつの間にか脱がされた靴が傍らに放置されていた。天井にうっすらと灯る電灯は弱弱しく、部屋の奥まではよく見えない。

「やっとお目覚めかい」
「・・・誰だ」

奥の暗闇から突然呼びかけられ、ルルーシュは静かにその闇を睨んだ。カツカツと足音が聞こえてきて、闇の向こうから誰かが歩いてくる。ルルーシュを拘束したであろう人物に、ルルーシュは息をのんだ。足元からだんだんと姿を現したその人物にルルーシュは眉を潜める。

「お前は・・・」
「どうも初めまして、私はルキアーノ・ブラッドリー」

オレンジ色の髪の若い男。ルルーシュは、自分を襲った人物だとすぐに分かった。意識を失う前にやけに強烈に残ったオレンジ色が目の前の男と同じ色をしていたからだ。ルキアーノの片手に持たれた空のグラス。わざとらしく丁寧な言葉遣いはルルーシュの神経を逆撫でするように不快なものだった。

「ナイトオブラウンズか」
「へえ、よく知ってるねぇ」
「その服装なら誰だって分かるさ」

見覚えのない男だったが、ルルーシュはその男の服装には見覚えはあった。ラウンズの服は嫌というほど見てきている、覚えていないわけがない。ただラウンズということは分かっても男の顔は知らなかった。ラウンズの服を着ているのだからラウンズの人間なのだろうがナンバーまでは分からない。"ブラッドリー"というファミリーネームに聞き覚えのあるような気がしたが、ルキアーノが投げ捨てたグラスの割れた音でその考えは掻き消された。ルキアーノはルルーシュの目の前まで近づくと顔を覗き込むようにしてニヤリと笑った。

「賢いんだな、でもそんな反抗的な態度はよろしくないと思うんだが?」
「フン、人のことを勝手に拘束しておいて何を言っているんだ。ラウンズだからって一般人を拘束する権利なんてないはずだ、早くこれを外せ」

キッとルルーシュがルキアーノを睨むと、ルキアーノはその態度が気に入らなかったのか目をすっと細めるとルルーシュの顎を掴んだ。強く掴んだまま上を向かせるようにすると、ルルーシュが苦しげな声を漏らす。

「そう簡単に罪人を解放すると思ってるのか?」
「罪人・・・だと?」

まさかゼロのことがバレたのだろうか、ルルーシュが思わず不安げな声を出すとルキアーノは何処からかファイルを取り出した。ルルーシュの顎を掴んだまま片手でそのファイルを読み上げる。

「ルルーシュ・ランペルージ、18歳。アッシュフォード学園3年D組在籍、学園内のクラブハウスに居住。家族は監視に弟役が一人。」
「・・・っ」
「記憶が戻っているとの情報はナシ、現在情報局により引き続き監視中・・・なぁ、これはいったいなんだ?」
「・・・は?」

ファイルをぺシぺシとルルーシュの頬にあてながらルキアーノが問う。これは何だと聞かれても、ルルーシュはどう答えればいいのか分からない。なによりこの男の言っている意味がよく分からない。そこまで情報を知っておきながらこれはなんだと聞くのはおかしいのではないのだろうか。何も答えないルルーシュに男は鼻を鳴らすと顎を掴んでいた手を離した。

「ここには、お前が記憶喪失と偽っている可能性があるという情報が書かれている。お前は一体何の罪を犯した?」
「意味が分からないな、俺はただの学生だ」
「しらばっくれても無駄なんだよ、枢木スザクがお前を監視しているの分かってるんだ」
「スザクが・・・?」

(まさかスザクの差し金か・・・?しかしだとしたらおかしい、この男は何も知らない)

スザクが監視していると知りながらその理由をしらないというルキアーノ。ルキアーノはルルーシュを罪人だというが、その罪を知らないなんて。まるでパズルピースを持っていながらもそのパズルがなんなのか知らないようだ。言葉を詰まらせたルルーシュにルキアーノは持っていたファイルを投げ捨てると懐から一本のナイフを取り出した。光るその刃にギョッとするルルーシュを見てルキアーノはとても楽しそうに笑う。

「まぁお前がどんな罪を犯していようがどうでもいい、ようは記憶が戻っているかいないかを確認すればいいのだから」
「っちょっと待ってくれ、本当に身に覚えがないんだ!なにかの間違いじゃないのか?」

なんて横暴な、と思いながらルルーシュは何も知らないふりをした。だいたい、本当に記憶が戻っていなかったらどうするつもりなのだ。生憎記憶は戻ってしまっているが、もし記憶が戻る前にこのようなことが起きていたらそれこそ記憶を戻してしまう刺激になってしまうだろう。ルキアーノはルルーシュのその言葉に動揺することもなく、その刃をルルーシュの頬に突きつけた。

「お前が本当に記憶がないとしても、それは大して問題じゃない。だたお前は「自分は記憶が戻ってる」とただその一言をいえばいいんだ」
「ふざけるな!そんなの、嘘の自白じゃないか!」
「真実だろうが嘘だろうが関係ないんだよ。枢木スザクの目の前にお前を突きだすのが目的なんだからな」
「っ・・・!」

ルキアーノのナイフがルルーシュの頬に一線を描いた。浅い切り傷だったが、そこから生ぬるい血が一筋流れ落ちる。ルルーシュの傷口から流れる血に、ルキアーノは己の中の何かが酷く高揚するのが分かった。こうやってヒト一人を目の前にしてじっくりと殺すのはやはり楽しい。この前の兵士は結局殺してしまったが、最後まで喚くだけであまり楽しくはなかった。切りつけられたというのにルルーシュの瞳は光を失っておらず、力強くルキアーノを見ている。プライドの高い人間ほど、折るのは楽しい。

「自分の獲物を取られて、枢木スザクはどうなると思う?奴はやけにお前に熱心みたいだからなァ」

ケタケタ笑うルキアーノに、ルルーシュはそういうことかと気抜けした。ルルーシュの考えが当たっていれば、ルキアーノがルルーシュのことを詳しく知らないのも分かる。まったくくだらないとルルーシュは吐き捨てるように呟いた。

「・・・スザクへの当てつけか」
「なんだと?」
「お前の私怨のために、俺を使うなと言っているんだ。お前のそれはどうせ自己満足でしかないんだぞ」

ナンバーズは風当たりが悪いと知っていたが、まさかラウンズの中でもスザクをよく思っていない人物がいるとは思っていなかった。実力を重視しているからこそ、他のブリタニア人を差し置いてラウンズ入りしたスザクに嫉妬する気持ちは分からなくはないが、このような卑怯な手段を使ってスザクに嫌がらせをしようなど子供の考えだ。ルルーシュの言葉に、ルキアーノは目の前が真っ赤になるほどの怒りに蝕まれるのが分かった。侮辱された、そう頭が理解すると同時にルキアーノの左手はルルーシュの頬を力強く殴っていた。

「ッ!」
「何を知ったような口を聞いているんだ、偉そうに。いいか?お前の命は今私が握っているようなものなんだぞ?」

そう言って再びルルーシュの頬を殴る。殴られた方へと首が曲ったルルーシュは反射的に瞑ったが、再度開かれた瞳は光を失うことなく揺らめいている。殴られた際に口の中を切ったのか、ルルーシュの口の端から血が滲んでいた。殴られた頬の筋肉が内部で熱を持ち始める、腫れるのも時間の問題だろう。だが屈しないとでもいうようにルルーシュは口の中に溜まった血を床へ吐き捨てた。

「ラウンズ様はどうやら暴力が好きみたいだな。一般市民に手を上げるなんて、所詮あの皇帝に仕える程度の騎士だ」

脅しに屈することのないルルーシュに、ルキアーノは自分の中の加虐心がむくむくと膨らむのが分かった。どうやらルルーシュというヒトはただのヒトではないらしい。この状況で反抗するなど、一般人ならまずしない。それでも自分はただの一般市民だと言うルルーシュはとても怪しい。ブリタニア人のくせに皇帝を見下した言葉も何もかもが普通とは違う。枢木スザクへの嫌がらせのために攫っただけの存在だった筈が、ルルーシュという存在はルキアーノの興味を完全に引いてしまった。無駄なことを言わなければ最低限痛めつけるだけにしてやろうと思っていたのにとルキアーノは持っていたナイフの切先をルルーシュの襟元へ引っかける。

「どうやら少し分からせてやらないといけないようだな?自分の立場ってやつを、なっ!」

語尾を強くすると共にルキアーノのナイフが上から下へ一直線にルルーシュの衣類を切り裂いた。布をナイフで切るなど簡単なことではないはずなのに、ルキアーノは巧みに刃を利用しルルーシュの制服を二つに分けてしまった。もともとボタンさえ外せば前が開く制服なのにボタンをつけたまま無理矢理に引き千切ったせいで制服の生地は汚く破れボタンも飛んでしまった。中のワイシャツも巻き込んで、ルキアーノのナイフはルルーシュの肌に傷をつけることなく衣服だけを裂く。あまりに一瞬の出来事でルルーシュは何が起こったのか分からなかったが、外気に触れた肌の感触で服が破られたことだけは分かった。

「男のくせにずいぶんと細いな」

手袋をつけたままのルキアーノの手がルルーシュの腹の部分を撫でた。嫌悪感にぞわりと鳥肌が立ち、その手から逃げるようにルルーシュは身体を捻る。しかし拘束されている以上ルキアーノの手から逃げられるはずもなく、ルルーシュの肋骨部分をルキアーノは強く掴んだ。外側からとはまた違う鈍い痛みにルルーシュは顔を歪ませる。

「くっ・・・!」
「肋骨は、ヒトの骨の部分で一番きれいな形をしていると思わないか?」

片手で骨の部分を掴みながら空いたもう片方の手にナイフを握り、ルキアーノは晒されたルルーシュの肌をゆっくりを傷つけていく。ほんの数ミリ刃を刺し込んで首元から切り傷をつけていく。浅いとは言えど肌を裂く痛みはルルーシュの脳へ苦痛をもたらす。いっそのことひと思いにやってほしいと思うほどゆっくり、亀が地を這うスピードで肌を伝う刃。刃が通ったあとには赤い血が流れ出し、重力に逆らうことなく肌の上を流れていく。ルキアーノの刃がやっとルルーシュの腰辺りにまで来たときには、ルルーシュの額には汗がびっしりと浮かんでいた。

「痛いか?辛いか?やめてほしいか?」
「こんなことをしてなんになるというんだ!俺は何も知らないと言っているだろう!」
「分からない奴だな、記憶が戻ってると、ただそれを言えばいいだけなのに」

なかなか自白の言葉を口にしないルルーシュに、ルキアーノはそうでなくてはと舌なめずりをする。簡単にそれを言われちゃ楽しみがない、最後の最後でルルーシュの口から言わせるのが楽しいのだ。その高貴に満ちたアメジストの瞳が、いつ恐怖と苦痛で戦慄くのか。ルキアーノはナイフを持ち直すと、一旦ルルーシュから離れた。離れていったルキアーノにホッとしたのかルルーシュの肩から力が抜ける。離れて全体を見てみるとまだ傷つけた部分はほんの一部でしかなかった。ルルーシュの頬はようやく腫れだしたがあまり見ていて痛々しくない。胸の傷も血が固まりだしてしまい、せっかくなのだから用意した道具を全部使ってやろうと、ルキアーノは部屋の隅に置いてあったカートを持ってきた。銀のトレイに置かれた道具の全てが拷問器具であり、中には針山のような首輪まである。さまざまな形をしたナイフは全てルキアーノの私物だ。

「悪趣味だな」

トレイに並べられた拷問器具を見て、ルルーシュは思ったことをそのまま口にした。相手に苦痛を与えるだけの物、一方的に相手を虐げる道具はまるでブリタニアを表しているようだ。ルルーシュの口の悪さに慣れてしまったのかルキアーノは特に何も言わずカートの手すりに掛けられていた黒い鞭を手に取った。束ねられていた紐の部分を解くと、長さ3mほどの鞭が姿を現す。乗馬に使うものとは違い、柄の部分から伸びる細い紐は蛇のように揺れている。丸まっていた部分を伸ばすようにルキアーノが鞭を撓らせれば、破裂音のような音が部屋に鳴り響いた。これ見よがしに目の前で二度三度鞭を振ってからルキアーノはルルーシュに向って鞭を振り上げた。

「っあああッ!」

続けざまに鞭を振るえばルルーシュの肌に蚯蚓腫れの様な赤い線が描かれる。それがあまりにも楽しくてルキアーノは笑い声を上げながら鞭を振るい続けた。

「ハハ、ハハハッ!」
「うぅっ・・・いっ・・・ぐッ・・・アァッ!」

拘束されたルルーシュの両手が耐えるようにパイプを掴んでいる。焼けるような痛みは想像以上のものだ。神経を苛む痛みにルルーシュは歯を食いしばった。口から洩れそうになる悲鳴を飲み込むように唇を噛むと、強く噛み過ぎた唇から血が流れる。ルキアーノは打たれる度に仰け反るルルーシュの身体を玩具のように足蹴りにすると、トドメといわんばかりに大きく腕を振り上げた。空気を裂く音が聞こえた次の瞬間、振り下ろされた鞭の先がルルーシュの胸を強く打つ。肌を打たれたとは思えないほどの強い音がルルーシュの耳に届き、その痛みに思わずルルーシュは絶叫した。華麗な手つきで鞭を手元に収めたルキアーノは、息を乱し痛みに震えるルルーシュをじっくりと観察した。

「だいぶ綺麗になってきたなぁ?」

あまりに強く打ちすぎたのか、鞭が弾いた場所に血が浮き出ている。しかしつい一刻前までは傷一つなかったルルーシュの肌に綺麗な模様が咲いていることに、ルキアーノの心は歓喜で満たされた。血の浮き出ていない鞭の痕をナイフでつつくとルルーシュの身体が刺激に震える。顔を項垂れさせながらも呪うようにルキアーノを睨むルルーシュの米神から流れる汗が顎を伝い床へ落ちた。

「下衆が・・・ッ!」
「まだそんなこと言える元気があるのか、これはこれは・・・それならまだ我慢できるよなッ!」
「ッあああァァァ!?」

それまで触りもしなかったルルーシュの腕を、服ごとルキアーノのナイフが突き立てた。右の二の腕に感じる激痛にルルーシュが恐る恐る見上げると、刃の埋め込まれたナイフの柄が見えた。刺されたと理解する前にそのナイフは引き抜かれ、空いた傷口から大量の血が流れ出る。ルキアーノは傷口がよく見えるようにわざわざ布を引き裂いて肌を露出させた。しかし押さえていなければ傷口を隠してしまう制服の固い布にイラついたのか、ワイシャツ部分だけを残しルルーシュから制服を上着を剥ぎ取った。どうせ脱がせるのだったら最初から脱がせてくれれば制服が傷つかなかったのにと、痛みから逃避するためにルルーシュは息を吐いた。袖のボタンを外していたせいで肘までずり下がったワイシャツの袖部分がルルーシュの額に触れる。まだ傷の付いていないルルーシュの白い腕に、ルキアーノは目が釘付けになった。

「傷一つないとはまさにこのことか?」
「俺に・・・さ、わるな・・・!」

ルキアーノの手を振りほどくように肘を揺らしたルルーシュに、ルキアーノはある物を思い出す。そういえばまだあれを使っていなかった。ルキアーノはナイフをトレイに置き代わりに両手に余るほどの箱を取り出す。ブリタニア軍の研究施設から拝借したものだったが、まだ実験段階のものなのでヒトには使うなと言われているものだ。箱を開けると中には太いペンライトのような筒状の装置と、その横に長方形のバッテリーのようなものが5本並べてあった。装置を取り出すと、円になっている筒の上に太い金属の突起が飛び出している。箱に書いてある通りにバッテリーを中へ差し込み横についているボタンを押すと、バチリと火花が見えるほどの電流が流れた。あまりに強いその電流にルキアーノは思わず持っていた手を離しそうになったが、電流は一度きりのようでボタンを押してみても電流は流れない。バッテリーを取り出すとバッテリーの下部に先ほどまでなかった黄色のラインが着いていて、なるほど、とルキアーノは使用済みのバッテリーをトレイの上へ投げ捨てた。その様子を見ていたルルーシュは呆然としながらも、これから起こるかもしれない恐怖に唇が震えた。ルルーシュの視線に気づいたのかルキアーノが振り返ると、その口が三日月を描く。

「見てるだけで恐ろしくなったのか、最初の威勢はどうしたんだか。」
「や・・・やめろ・・・」

新しいバッテリーを差し込みながら近づいてきたルキアーノにルルーシュは首を振るが、その行動はルキアーノを煽るだけである。冷たい金属の部分を左手首の少し下あたりに押し付けられ、ルルーシュはいつボタンが押されるか分からない状況に怯えと不安が入り混じる。表面上は冷静さを保つふりをしながらも痛みと恐ろしさに耐えるルルーシュの姿はルキアーノを酷く興奮させた。滴る汗も、流れる血も、全てが美しい。そしてルキアーノは何の前触れもなくそのボタンを押した。

「ッぃ―――――――!!!!!!」

その衝撃は、ルルーシュの全身を貫いた。金属が触れた部分から強い電気が流れ全身を駆け巡った。目の前が真っ白になり内側から刺されたような痛みに声も出ない。一瞬の出来事だったがそれでも硬直した身体から一気に力が抜けた。舌が痺れているようにヒリヒリする。半開きになった口から唾液が落ちてもそれを気にしていられるほどの余裕はなかった。立てていた膝が折れガクンと身体が落ちるが、それを阻止するように吊り上げられた腕が痛む。増した手首の痛みに立ち上がらなければと思うが、膝が笑って立つことができない。犬のように口で呼吸するルルーシュを見て、ルキアーノは背筋に言葉にできない悦楽を感じた。

「ヒャハハハッ!たった一回でこれとはすごい威力だな!」
「っはぁ・・・ぐ・・・は・・・ぅあ・・・・」

金属を押し当てていた部分が、まるで炎に焼かれたように軽く爛れていた。白かった肌が若干茶色く焦げているのが可笑しくて、ルキアーノはその部分を抉るようにして引っ掻いた。

「っぐぁ・・・あああっ・・・!」
「せっかくの白い肌だったのに、汚れてしまったなぁ、勿体ない」

悪びれもなくそう言うとルキアーノは使用済みのバッテリーを新しいものと交換した。バッテリーは残り3本ある。それを見たルルーシュは何かを言いたそうに口をパクパクとさせていたが喉が痺れてうまくしゃべれないらしい。全て使ってしまったらルルーシュは死んでしまうかもしれない。それは困るなと思いながらルキアーノは今度は右手首の下あたりに金属部分を押し当てた。

「死んだら困るし、電流はこれで終わりにしてやるよ」
「あ・・・もう・・・や・・・め・・・」
「気ぃ失うなよ?ルルーシュ!」

名前を呼ぶと同時にボタンを押す。バチィッと電気の弾ける音がして、ルルーシュの身体が大きく跳ねた。手足をピンと伸ばして目を見開いたルルーシュだったが、電流が流れ終わった途端フッと意識を失ってしまった。完全に脱力して動かないルルーシュに死んでしまったのかとルキアーノは焦ったが、微かに聞こえる呼吸がルルーシュが生きていることを表している。殺してしまったら元もこうもないなと思いながら装置を箱へ仕舞った。気絶したルルーシュを起こすため、一度置いた鞭をもう一度持つ。鞭というものはあまり使わないが、これは意外と楽しいかもしれない。そろそろ折れる頃合いかなと思いながらルキアーノは無情にも気絶したルルーシュの頬を鞭で叩いた。頬を叩かれ、ルルーシュの瞳がゆっくりと開く。開き着る前にもう一度ルルーシュの腹のあたりを鞭で叩けば、ルルーシュが力なく呻いた。

「さぁ、そろそろ言う気になったか?」

ルキアーノは鞭を持ったまま空いた手でルルーシュの前髪を鷲掴みにした。目が合うように髪を引っ張るとルルーシュのその瞳に思わず、へぇ、と感心したように呟いた。ルルーシュの瞳は、光を失っていない。

「根性あるな」
「外道、が・・・お前なんか・・・死んでしまえ・・・ッ!」

てっきり怯えて懇願するのかと思いきや、ルルーシュは責苦に負けることなくルキアーノを始めと同じように睨んでいた。ここまで来て抵抗するとは思っておらず、ルキアーノは驚いた。拷問慣れしているのかとも思ったが、この細い身体が拷問に慣れているとは思えない。死ぬかもしれない拷問に耐えきれるほどの何かがあるのだろうか?ルキアーノは絶対に外そうと思わなかった自分の手袋を外した。いつもなら手が汚れるからと手袋は外さないようにしていたのだが、ルルーシュに直接触れたいと思ったのだ。ルルーシュの胸板を触ると、腫れた凹凸の感触が分かる。心臓部分に手を当てれば鼓動の音が分かるほどルルーシュの心臓は力強く血を全身に送り出している。拷問に屈しないルルーシュを不思議に思いながら、ルキアーノはルルーシュの身体のあちこちにつくその傷に爪を立てて強く引っ掻いた。爪の間に皮膚が入るのも構わずガリガリと傷口を抉れば、ルルーシュは必死に口を噤んでいるのが見える。

「何故言わないんだ?言ってしまえば楽になるというのに」
「ッく・・・あ・・・うぅ・・・!」
「私には分からないな・・・ルルーシュ、何がお前をそこまでさせる?」
「い゛ぁ・・・あァッ・・・!」

語りかけながらルキアーノが傷を引っ掻いたせいで、ルルーシュの身体は真っ赤に染まってしまった。固まりかけていた傷口も爪で引っ掻かれたことによって血がまた噴き出している。ルキアーノの手も血で真っ赤に染まってしまい、その血の赤にルキアーノはくらりとした。何故だろう、ルルーシュの血を見ると興奮に我を忘れてしまいそうになる。今までだって血を見たら興奮はしたが、こんなに興奮したのは初めてかもしれない。無意識のうちに唇を舐めたら、尖った八重歯に舌が当たった。見るも無残なその傷に、ふと、トレイの上に置いてあったナイフを拭くために用意してあった消毒代わりのアルコールボトルが目に入る。ルルーシュの身体は血で汚れてしまっていて洗い流したいと思っていたところだ。アルコールボトルを手に取ったルキアーノにルルーシュはまさかと顔を引き攣らせたが、ルキアーノは満面の笑みを浮かべるとボトルの蓋を開いてアルコールをルルーシュの身体へと浴びせた。頭からアルコールをかぶったルルーシュは、アルコールが傷口に触れた瞬間、身を裂く痛みが脳で爆発した。

「ああああ゛あ゛あ゛ァァァァァアアア!!!」

むき出しの傷口にアルコールが沁みる。消毒とは言っても、その刺激はあまりも辛すぎた。口の中に酒が入るのも構わず大声を上げて痛みを逃がそうと暴れる。勿論拘束されたままの手足が解放されることはなく、ガチャガチャと拘束具に繋がれたパイプが揺れる音が虚しく鳴る。行き場のない痛みを発散させるかのように叫び続けるルルーシュがあまりにも美しくてルキアーノは心臓が高鳴るのが分かった。暴れていたルルーシュだったが、数分もすると苦痛の頂点を通り過ぎたのか四肢をだらりと垂らしながら荒く呼吸をしている。ルルーシュが呼吸を落ち着かせている間、ルキアーノは用意していたタオルでアルコールで濡れたルルーシュの身体を拭いた。髪の毛にまでかかってしまったアルコールの臭いが辺りに立ち込める。吸うだけでもよってしまいそうなその臭いに、そういえばあのアルコールは度数の高い酒だったなとルキアーノは今更ながらに思い出した。きっとルルーシュはとても痛かっただろう、それまでの責めを嘘のようにルキアーノはやさしくルルーシュを拭いた。

「・・・はぁ・・・っ・・・はぁ・・・」

突然優しい手つきになったルキアーノを不審に思いながらもルルーシュはされるがままに身を任せた。もう抵抗する体力も残っておらず、気を抜いたら倒れてしまいそうなのだ。タオルの柔軟な部分が傷口に添えられる。血とアルコールだけを拭き傷口を刺激しないようにするが、傷を深くしすぎたのか血が止まらない。それでもめげずに何度か傷を押えたりしてルキアーノはルルーシュの身体を拭き終えた。トレイの上にタオルを置いたルキアーノは窓際へ移動するとカーテンを開いた。やはりアルコール臭が気になってしょうがない。空気を入れ替えるために窓を開けると夜風が部屋に舞い込んできた。少しばかり寒かったがルルーシュは、鼻をついていたアルコールの臭いが薄れて少しだけホッとする。ルキアーノは窓際に腰かけると胸元からナイフを取り出し、手の中で遊んだ。

「全く信じられないな、ここまでされて言わないなんて」
「・・・誰が、言うか・・・嘘の供述など・・・」
「でもお前が何かの罪を犯したことは確かなんだ、記憶がなくたってそれは変わらないんだぞ」
「だから知らないと何回言わせれば気が済むんだ・・・!」

まだ言わないのか、そろそろ言わないと表に出れないような身体にしてしまいそうなのだがなぁとルキアーノが窓際から降りたその時だった。

ドクン

「っ!?」

突然、激しい動機がルキアーノの胸を襲った。さっきまでの胸の高鳴りとは違い、まるで全身の血が逆流しているかのような不快感。ドクドクと心臓の音がやけに大きく聞こえ、胸の苦しさにルキアーノはその場に蹲って胸を掻き毟った。持っていたナイフが床に落ち、カランと音を立てる。ルルーシュはいきなり倒れたルキアーノに驚いて思わず声をかけた。

「おい、どうしたんだ!?」
「っぐ・・・あああァァァ・・・・!!!」

問いかけに返事をする余裕もなくルキアーノは叫んだ。身体が軋む、この痛みはなんだ。床に爪を立てていた自分の手が目に入り、ルキアーノは驚愕した。爪がまるで獣のように伸びている。両手を見てみると自分の爪が鋭く伸びていて、突然の変化に目を剥く。爪が伸びるとともに唇の両脇に何かが当たっているのに気づいた。落ちたナイフに顔が映り、ルキアーノは驚いた。牙が生えている。ナイフを手に取り、反射を利用して己の顔を見てみると、なんと八重歯が大きく成長し獅子の牙のようになっていた。口を開けば、他の歯も鋭利さを増しているような気がした。自分の身に何が起こったのか分からずうろたえるルキアーノを見て、ルルーシュはハッと気づいた。

「おいお前!たしかブラッドリーと言ったな?」
「・・・っそうだ!それがどうした!」

五月蠅いとでも言うようにルキアーノが返事をする。ルルーシュはルキアーノの急激な変化やブラッドリーというファミリーネームにあることを思い出した。最初にブラッドリーと聞いた時に聞き覚えのある名前だと思ったが、彼の変化とそのファミリーネームを考えればすぐに分かることだった。今だに胸の苦しみに苛まれているのか、ルキアーノは床を這いながら突然変異してしまった己の身体に困惑している。

「その昔、ヨーロッパの地方に吸血鬼の血を引く一族が居たと聞いている。北南戦争時にその一族は滅んだと聞いていたのだが、まさかお前が・・・」
「吸血鬼・・・だって・・・!?何を馬鹿なッ!」

吸血鬼だなんて架空の生き物だ。御伽噺の中での怪物でしかない。南北戦争とはブリタニア建国に関わる戦争であり、皇歴元年に滅んだとされる一族ならば自分がここに生きている筈がない。しかし吸血鬼という言葉にルキアーノは嫌な予感を感じた。昔から自分は異端者だと感じていただけに、血を見ると興奮するということも、もしかしたらという可能性がある。だが自分がヒトではないなど信じたくなく、ルキアーノは否定するように床を叩いた。だが、のた打ち回るルキアーノにルルーシュは冷静に言葉を紡ぐ。

「昔、何かの文献で読んだことがある。吸血鬼は生まれてからある一定の満月を過ぎるまでにヒトの血を吸わないと、身を焼く苦しみを味わいながら死ぬと・・・。吸血鬼の一族の頭首の名前は確か、ヴラド・ブラッドリー・・・ルキアーノ、お前は吸血鬼の末裔だ」

まさか、そんな、信じられない。満月という言葉を聞いてルキアーノを後ろを振り返った。今日は、満月である。ルルーシュの言っていることが本当であって、もしその一定の満月を過ぎるまでというのが今日までであったら・・・?

「う、嘘だ・・・!死ぬ!?この・・・私が・・・!?」
「・・・っそうだ、お前、家族はどうした?」
「家族など私が子供の時にとっくに・・・」
「そうか・・・きっとお前の親はある程度お前が成長したら言うつもりだったのだろう」

吸血鬼の血縁のことを、そう言ったきりルルーシュは黙ってしまった。目の前の男が吸血鬼であろうと、命はあと僅かしかないのだろう。まさかブリタニア宮殿に居たころに読んだ文献がこのような所で役に立つだなんて、皮肉なものだ。ルキアーノは突きつけられた死という文字に混乱した。今までだって戦闘では負けることはなかった、いつも虐げる側にいて、生命の危機なんて感じたことがなかった。お前の大事なものはなんだと問いかけて残酷に人の命を奪ってきた。誰だって自分を殺すことなどできない、そう思っていた。それなのに吸血鬼の宿命ということだけで、血を吸っていない、たったそれだけのことで自分は死んでしまうのか?

(嫌だ死にたくない・・・こんなところで死んでたまるか・・・!!!)

『ある一定の満月を過ぎるまでにヒトの血を吸わないと・・・』

不意に先ほどのルルーシュの言葉が蘇る。ヒトの血を吸わないと、ということは、吸えば助かるのではないだろうか?窓の外に輝く満月はまだ光を放っている。胸を焼く痛みは増しているが、この痛みもヒトの血を吸ったなら治まるということではないのか。ヒトの血、瞬時にルキアーノの目がルルーシュを射抜いた。すぐそこに居るじゃないか、ヒトが。ルキアーノはふらりと立ち上がった。クツクツと笑いだしたルキアーノにルルーシュが首を傾げる。

「何が、おかしいんだ」
「・・・フフ、ハハハ・・・私が吸血鬼なのだとして、ヒトの血を吸わなければ死ぬというのだな?」
「・・・そうだ」
「だったら、お前の血をもらおうじゃないか」
「・・・っ!?」

ルキアーノの瞳が赤く光っている。ルルーシュはその瞳に背筋がゾッとし、やめろと叫んだ。逃げることのできないルルーシュはゆっくりと近づいてくるルキアーノを拒絶することしかできない。

「やめろ!吸血鬼は主に異性の血を食料として吸うんだぞ!」
「この状況で男も女も言ってられないだろう?」
「だからと言って俺の血を吸うなんて・・・!」

ルルーシュの目の前まで迫ったルキアーノは、ルルーシュの頬を掴むとアメジストの目を真っ直ぐに見つめた。鼻と鼻が触れ合いそうな距離まで近づき、ルキアーノが囁く。

「ルルーシュ、お前に会ったときから私はお前の何かに惹かれていたんだよ」
「なに・・・っ?」
「お前の肌の下を流れる血を想像しただけで、興奮してしまうんだ。これは何かの運命だと思わないか?」
「くだらない・・・!」
「お前にとってくだらなくても、私には重要なことだ」

抵抗するルルーシュの腕を押さえつけ、ルキアーノはルルーシュの首筋を曝した。首筋には何の傷跡もまだつけておらず、先走って傷つけなくてよかったと自分で自分を褒めたくなる。すうっとルルーシュの首筋をなぞると、ちょうど血管の浮き出ているところを発見した。ここだ。ルルーシュは必死に抗うものの、体力を消耗している上に拘束されている状態では成すすべはなかった。血を吸われるなんて想像もできないことで、ルキアーノの心音とシンクロするようにルルーシュの心臓も早鐘を打ち始めた。ルキアーノの舌がルルーシュの首筋を舐める。ルキアーノはルルーシュの耳元に自分の唇と近づけると、問い掛けた。

「ルルーシュ、"お前の大事なものは何だ?"」

言い終るか終らないか、ルキアーノはルルーシュのそこへと噛み付いた。皮膚の裂ける痛みがルルーシュを襲い、突き破った皮膚から血が流れ出たのをルキアーノは感じた。ぐっさりと刺さった牙の間からルルーシュの血がルキアーノの口内へと流れる。口いっぱいに広がったルルーシュの血液に、ルキアーノは感激した。血というものはこれほどまでに美味いものだったのか、そう思ってしまうほどにルルーシュの血はルキアーノを唸らせた。触れた舌が熱い、しかし血は甘く、また喉の渇きを一瞬にして潤す。ぢゅうと音がするほど吸えば、血はどんどんと出てくる。もっと、もっと欲しい。ルキアーノはこれまでの分を取り戻すかのようにルルーシュの血を吸った。

「っは・・・あ・・・んぅ・・・!?」

ルキアーノに血を吸われルルーシュは愕然としていた。血を吸われ始めた途端、背筋がゾクゾクとし、腰に熱が灯り始めたのだ。快楽と呼べるその感覚は血を吸われるたびに増大し、思わず艶めかしい声がルルーシュの口から奏でられる。身体がガクガクと震え、足に力が入らなくなる。恥ずかしい声に口を閉じようとするが、不意に襲う快感が抑えきれない。

(なんだこれは・・・まさかあれは本当だったのか・・・?)

ルルーシュの呼んだ文献には、吸血鬼に吸われた者がどうなるかという記述もあった。それは、吸われた相手は吸われている最中に性的快楽を感じるというものであった。吸血鬼は主に人間でいう男性が多い。となれば吸われる相手は必然的に女性ということになる。女性を相手にするには相手を性的興奮で混乱させその隙に血を吸う方法があるとあったが、まさかその催淫効果が男性にまで効くなど思っていなかったのだ。同じ男に、しかもこんな方法で感じさせられてしまうなどルルーシュにとって羞恥の極みである。

「や・・・んぁ・・・ひぁっ・・・!」

ルキアーノの舌が肌を舐めると、ルルーシュの身体がのけ反った。思わず首をすくめてしまいそうになるルルーシュの顔をルキアーノが掴み、その口に指を突っ込む。ルキアーノの太い指を入れられて口の閉じれなくなったルルーシュは声を抑えることができなくなる。ダメだと分かっていながらもルルーシュはルキアーノの髪に頬を摺り寄せた。近くで感じる体温がやけに気持いい。そうなるとルキアーノの耳元にルルーシュの口が近づくわけで、ルキアーノは至近距離で聞かされるルルーシュの喘ぎのような声に気分が盛り上がる。一度口を離して首筋の傷を見ると、二つの穴から止まることなく血が流れつづけている。ルルーシュの胸に垂れ落ちてしまった血を勿体ないと追うようにして舌を這わせた。

「はぅ・・・んむ・・・ふぁああっ」

ルルーシュの胸の頂に舌が当たると、ルルーシュはビクンと身体を大きく揺らした。力の入らない足を何度も立て直しているルルーシュが可哀想に見え、ルキアーノはルルーシュの手首とパイプをつなぐ革紐をナイフで切った。革の手錠はそのままなので手は動かないままだが、それでもずっと吊り上げられていた腕が下りただけでもルルーシュにとっては楽だ。今なら目につけているコンタクトを外しルキアーノにギアスをかけられるが、それを考えられるほど今のルルーシュの思考は冷静ではなかった。下ろされた腕を知らず知らずの間にルキアーノの首に絡めていた。足の拘束も解かれ、床へと押し倒される。ルルーシュの細い身体に圧し掛かりながら血を啜るルキアーノは胃を満たす血液に、いつの間にか胸の苦しさがなくなっていることに気づいた。だが胸の苦しさは消えても欲求は治まらず、じゅるじゅるとルルーシュの血を貪り続ける。陸揚げされた魚のようにビクビクと身体を痙攣させ悶え苦しむルルーシュは目の前がぐらつくのが分かった。拷問であれだけ血を流したというのにそのうえ血を吸われているのだ、ルルーシュの体内の血液は急激に少なくなっている。貧血、その二文字が頭に浮かぶ。これ以上吸われたら命の危険がある、やめさせなければと思うが。

「はァ、ん・・・ああァっ、くぅ・・・!」

ルキアーノの身体を挟むようにして足がきゅっと閉じてしまう。白い喉を見せつけ背中と床に隙間ができそうなほどに身体を仰け反らせたルルーシュの瞳に窓の外の月が映った。ビルの隙間を縫うように、大きな満月がこちらを見ている。クレーターがこの目で確認できるくらい大きな月が二つにブレ始め、最後に、唇にルキアーノのそれが重なったような気がしたがハッキリとしないままルルーシュの意識は闇へと落ちた。





「本当になんて謝罪したらいいのか・・・軍の人間が同じブリタニア人にこんなこと・・・」
「いいんだジノ、相手は処分されたのだろう?そんなに落ち込むな」
「でも、先輩に申し訳なくて・・・」

背もたれを上げた状態のベッドの上でルルーシュはため息をついた。渡された見舞い品を抱えながら、顔を俯かせて落ち込んでいるジノから窓の外へと視線をずらした。あれから3日が経つ。気づいたら見知らぬ裏路地に居て、ブリタニア軍兵士に身体を揺さぶられて目が覚めた。夜だったのにいつの間にか朝になっていて、浮浪者と間違えられて起こされたようだった。しかしルルーシュの暴行された痕に兵士達は顔を見合せ、何を考えたのか数人がかりでルルーシュを襲おうとしたのだ。腐った兵士達にルルーシュは失望しながらギアスをかけた。去れとその一言でよかった、よかったのにルルーシュの口はとんでもないことを言ってしまった。

『俺を暴行したのはお前たちだ、すぐに俺を助け軍へ自首しろ』

ギアスをかけられた兵士たちはルルーシュの命令通り、暴行の罪をかぶった。傷ついたルルーシュを抱えながらすぐ近くの政庁へ出頭した兵士達を出迎えたのは、なんとスザクだった。スザクは急に連絡の取れなくなったルルーシュを探して、たまたま政庁に寄ったところだったという。出頭した兵士達はすぐさま拘束され、ルルーシュは病院へと搬送された。ブリタニア兵士が一般人を襲ったというニュースは、残念だが流れることはなかった。ブリタニア兵士が同じブリタニア人を襲ったなど他の市民し知れ渡れば混迷を招いてしまうかもしれない。それを恐れたブリタニア軍が事実を隠ぺいし、事件を裏で片付けたのだ。そのことに腹を立てて怒ったのは、ルルーシュ本人ではなくルルーシュの周りの人物だった。ルルーシュにしてみれば表立った報道はされないほうがよかったから安堵したが、周りの人々はそうはいかない。何故事実を公表しないのだと怒った生徒会のメンバーだったが、権力の下にはどうすることもできず、ラウンズだというのに何もできなかったとジノは毎日病室を訪れてはルルーシュに謝罪した。やはり同じ軍の人間の失態に、ジノを含めアーニャやスザクもルルーシュへ謝罪の言葉を口にした。同じ組織の者達が自分の身近な人間に危害を加えたなど、当人たちが悪くなくてもやはり連鎖的に罪悪感を感じてしまう。

「やはり今からでも上に掛け合って事実を公表するように・・・!」
「ジノ、やめてくれ。同じ男に襲われただなんて世間に知られたら、恥ずかしくてもう外を歩けないじゃないか」

ルルーシュの身体にはただの暴力の痕の他に、性的暴行の痕があった。ルルーシュは全く覚えていないのだが、そういうことが起こってしまったらしい。デリケートな問題だからこそ触れないで欲しいとルルーシュがジノに告げると、ジノは静かに頷いた。ジノの何かをしたいという気持ちは嬉しかったが、その心遣いを押しのけてしまうほど心に残る人物が居た。目を瞑れば鮮明に思い出される記憶、月光の下で見上げたルキアーノの顔が今でも脳裏に焼き付いて離れなかった。ついルキアーノを庇うような行動をしてしまったが、ルルーシュは何故庇ってしまったのか自分でも分からなかった。あんな拷問をされ、そのうえ性的行為までされてしまったのだ。性的行為の件は自分にも非があったような気がしてならないが、それでもルルーシュを攫ったルキアーノに罪はある。ルキアーノことを言ってしまおうかと思い掛けるが、いつもその考えは中断されてしまう。ルルーシュは窓に映った自分の顔を見て、唇のラインをなぞった。唇に噛み痕がある、ルルーシュが自分で噛んだものとは違うそれが誰につけられたのか。

(ルキアーノ・ブラッドリー・・・か・・・)

厄介なやつと接触してしまったかもしれない。あまり個人的にラウンズに関わりたくはないというのに、何故こうも自分は運が悪いのだとたまに思う。もし記憶の件を疑ったルキアーノが探りを入れてきたらどうしようかと思ったが、それは杞憂だなとルルーシュは不安の種を心の中で揉み消した。きっともうルキアーノはルルーシュの記憶のことなんてどうでもいいだろう。なんとなく予感がするのだ。ルキアーノが再び自分に会いに来るという、そんな予感が。その時に今度は血を吸われないように逃げ切れるかなんてギャンブルのように考えてしまうのは、ルキアーノがルルーシュに興味を持ったと同じようにルルーシュもルキアーノに興味を持ったせいだろう。ルキアーノが吸血鬼だと知るのはこの世でルルーシュとルキアーノ本人しかいないだろう。秘密の共有と言えるほど甘い関係ではないが、それでも見えない何かで二人が繋がってしまったのは確かである。ルルーシュは唇の傷を押さえながら、あの時の恐怖と快楽を思い出すためにそっと目を瞑った。