窓ガラスの向こう、群青と漆黒の雑じった空色に満月が浮かんでいる。灯りの消された部屋に月明かりが射しこみ、青白い光が窓から一筋伸びていた。窓際に置かれているベッド、天蓋付きのそれで眠るその人はすやすやと眠っている。清楚な顔つきに似合わずシーツをぐちゃぐちゃに乱し、その端を握りしめながら身体を赤子のように縮めていた。首元の大きく開けられた寝巻きが寝相のせいで両肩にまでずり落ちてしまっている。真白なシーツには真っ黒な髪が散っていて、その人が寝返りを打つたびに髪の毛はパサパサとシーツの上を踊った。ふと、影が射す。窓の外の何かに月光が遮られ、黒髪のその人の身体に影が被った。だが眠っているその人はそれに気づくことなく、また、窓がそっと開いたことにも気付かなかった。何かが迫る。人の形をしたそれが窓の外から部屋へ侵入し、ベッドへとゆっくり近づいていく。一歩、また一歩。微かな足音が室内に響き、人の気配に気づいたその人が目を覚ました。部屋の中に自分以外の気配を感じ、窓の方へと振り返る。誰もいない。子猫が入ってこれるくらいに開けられた窓が夜風に煽られてキィキィと音を鳴らしている。窓はきちんと閉めたはずだったのにと思いながらその窓を寝ながら見つめる。几帳面なその人は寝起きで上手く動かない身体を起こしてベッドから降りた。窓際に近づき、中途半端に開けられていた窓から顔を出す。庭で歌う虫たちの声を聞きながら月を見上げる。なんだか今日の月は赤いように見えるが、気のせいだろうか?気味が悪いと、今度は窓をしっかりと閉めベッドに戻るために振りかえった。その瞬間、目の前にマントを揺らめかせニタリと笑う吸血鬼がそこに居た。

『ッきゃあああああああああ!』


「きゃーっ!怖〜い!」

わざとらしく大げさに悲鳴を上げながら、ミレイは持っていた書類の束でテーブルをバンバンと叩いた。下品にも思える行動だが、他の生徒会メンバーからしたら何故ミレイがここまで一人で盛り上がれるのか理解できなかった。テレビの中では少女が吸血鬼に追い回されているシーンが迫力ある演出によって映し出されている。どうなるのだろうと思わず画面に目が釘付けになるが、美少女がとうとう吸血鬼に捕まってしまったところでミレイ以外の人間は絶句した。首筋に牙を立てられ血を吸われる少女。血を抜かれていると分かるようにカメラワークが美少女の肌へズームアップされる。先ほどまであんなにみずみずしかった肌が、だんだんと乾いていく。老婆のようにしわくちゃになり、少女の皮膚が骨が浮き出るほどにへこんでいく。女性らしい甲高い悲鳴も、喉から絞り出しているかのような汚いうめき声に変わった。骸骨のように顔全体が抉れ、へこんだ瞼のせいで眼球がむき出しになる。まるで出目金の目のようになってしまった少女を、吸血鬼はもう顔になど興味のないように頭を鷲掴む。牙を立てて吸うだけじゃ物足りなくなったのか、画面が切り替わった時には少女の首と胴体は二つに分かれてしまっていた。

「・・・うぇ」
「会長!私これ駄目ですー!」
「に、兄さん大丈夫?」
「ああ・・・」

B級映画のくせにグロテスクなシーンだけは力を入れているようだ。思わず口元を押さえる皆をよそに、ミレイはどうしてよ!と不満げに声を上げた。画面の中では少女の死体から血を貪る吸血鬼と、それを見ている少女の生首が映っている。少女の胴体が打ち上げられた魚のようにバタバタと苦しんでいるその動きに、ルルーシュは我慢できずリモコンの停止ボタンを押した。ピッと機械音が鳴り、画面が青色に変わる。右上に表示された停止という文字に、皆どっと息を吐いた。止まってしまった映画にミレイだけは抗議の声を上げたが、これ以上見ていたら胃の中のものが出て来てしまいそうだ。ソファから立ち上がり閉めていたカーテンを開けると、暗かった部屋にやっとテレビ以外の光が射した。外はもう夕方だ。

「会長!なんでこんなの持って来たんですかー!」
「ええっ!だって素敵じゃない!?」
「素敵じゃありませんよ!ああ、なんか私気持ち悪い・・・」
「俺も・・・」
「ぼ、僕も・・・」

シャーリー、リヴァル、ロロ。三人とも映画を見ただけのはずなのにぐったりとソファに凭れかかっている。そんな三人の頭を、ミレイは一人ずつ書類で叩いていった。パコンパコンと軽快な音が部屋に響き、カーテンを開けていたため一人それから逃れたルルーシュが戻ってきた。

「えぇい!軟弱者め!ルルーシュを見なさい?全然平気じゃない!」
「平気じゃありませんけどね、俺も」
「えぇー」

ルルちゃんまでそんなこと言うの?とミレイが泣きついてくる。軽くあしらうようにしてミレイの身体を退けると、ルルーシュは俯くロロの隣に座った。やはり顔色が少し悪いようである。

「ロロ、大丈夫か?」
「うん・・・ちょっと。・・・本物よりも映画のほうがグロテスクでちょっとびっくりしちゃった」

最後のほうは小声で、ルルーシュにしか聞こえないようにロロが言った。ロロの言葉の意味が一瞬分からなかったが、すぐに理解した。よく考えれば今まで血も死体も見慣れているロロがこんなもので気持ち悪くなるはずがない。だがどうやらロロはリアルのものよりフェイクのほうがグロテスクだと言った。いや、そうではないとは思うけれど、でもやはり若干人とはズレているロロの感覚ではそう思ったのだろうか。映画だから演出の効果もあるのかもしれないけれど。ロロの背中を撫でてやりながら、空いた手でテーブルの上に置いてあった映画のパッケージを手に取る。

「いったいこんなの何処から持って来たんですか。・・・R18指定入ってるじゃないですか、ロロにこんなもの見せないでくださいよ」
「えっちなシーンじゃなければ大丈夫よ〜。ルルちゃんは過保護ねぇ」
「過保護とかそういう問題じゃなくて、これからの成長に支障があったらどうするんですか」
「ロロならこんな映画に影響されるような子じゃないって、一番分かってるのはルルーシュでしょ?」
「そうですけど・・・」

だからと言ってこんなものを見せられてはたまったもんじゃない。パッケージには真白な肌をした少女が吸血鬼に噛みつかれようとしている写真が大きく載っている。裏側を見ると、あらすじと一緒に出演俳優などの名前がつらつらと書き記されていた。どれも聞いたことのない俳優ばかり。無名の役者ばかりであのクオリティとは、ミレイの掘り出し物なのか。空気を入れ替えようとリヴァルが立ち上がり窓を開けた。涼しい風が吹いてきて、気分も少しだけ和らぐ。それでもまだ皆顔色は悪いままだったが。

「よーし!次のお祭りは吸血鬼祭りに決定!」
「それが目的ですか?」
「そうよ〜、皆にも賛成してもらいたくて見せたんだけど・・・逆効果だったかな?」
「最初から普通に言ってもらえれば賛成でもなんでもしましたよ」

溜息をつくように言えば、ミレイがごめんごめんと笑った。次の企画にぴったりの資料があるからと言って集められたが、まさかあんな映画を見せられるとは思っていなかった。デッキからディスクを取り出してケースに仕舞う。ソファから立ち上がり、デッキのコードを抜いてディスクと一緒に持ち上げる。手伝うよというロロをそのままソファに座らせて、デッキが置いてあった棚へと向かう。片づけをしているルルーシュの後ろではミレイ達が次の企画の本格的な内容を話し合っていた。

「男子が吸血鬼役になって、女子の首につけたリボンを取るっていうのはどうかしら?」
「女子が逃げるだけってのはつまらなくないですか?」
「ゾンビ鬼!あれみたいにすればいいんじゃないですか?」
「あら、それがいいわね!じゃあ最初の吸血鬼役は各部活動から何人かずつ・・・そうだ、生徒会からはスザクとジノを出しましょう!」
「えっ!あの二人に追いかけられたら逃げられないですよ〜!」

確かに、ラウンズ二人に追いかけられたりなんかしたらあっという間に全校生徒は吸血鬼になってしまうのではないだろうか。いやその前に、吸血鬼祭りにするのはもう既に決定事項らしい。ミレイの思いつきはいつものことだが、よりによってなんで吸血鬼祭りなど。何の影響かは知らないが一度決まってしまったことだ、吸血鬼祭りは開催決定なんだろう。吸血鬼などと聞くからコードを束ねながらふとあいつのことを思い出してしまった。琥珀色の髪、紅いのメッシュ、尖った牙。首に噛みつかれた時のことを思い出すと、身体がジンと熱くなってしまう。いけない、思いだすな。そう思っても一度思い出してしまうと連鎖的に記憶が蘇ってしまう。ぶるっと身体が震え、胸の奥がぎゅうと締め付けられた。そういえば、今日は満月の日ではなかっただろうか。

「・・・・・・さん・・・兄さん、大丈夫?」
「えっ・・・」

いつの間にかぼーっとしていたらしい、ロロが心配そうにこちらを覗きこんでいた。考え込んでいたせいで片手にコード、もう片方にディスクケースという変な恰好のまま立ち尽くしていた。ハッと気がついて周りを見回す。ミレイ達は会話に夢中で、こちらの様子には気づいていないようだった。

「顔色が悪いけど・・・」
「ああ、ちょっと・・・気分が悪くて・・・」

気分が悪いというよりかは、気持ちが高揚して落ち着かないだけだ。分かってるのか分かってないのか、ロロは不安げな表情を浮かべると制服の裾を引っ張ってきた。

「ね、今日はもう帰ろう?」
「・・・そうだな、帰ろうか」

例の事件があった後から、ロロはやけに体調などを気遣ってくれる。あの時近くに居たのに気づけなかったという罪悪感から来るものかもしれないが、ロロに心配されるのは嫌ではなかった。皆、口には出さないが間接的に気遣ってくれているのだなと思う時がある。暴行のことは一部の人間しか知らない、知らないからこそ余計に気を使ってくれる。ルルーシュ自身は、あの時のことはあまり気にしていない。気にしていないというより、その後に起こっていることのほうにしか頭が回らない。未だに腕に残る電流の傷、首の傷はすぐに消えていた。拷問の痕はなかなか消えなかったがある程度時間が経てばどれも薄くなってきている。ただやはりナイフで刺された二の腕の傷は完全に消えることはない。

「あの、兄さんの体調が悪いみたいなので今日は先に帰らせていただきますね」
「えっ・・・あ・・・そう・・・。もしかして映画のせい?ごめんなさい、気分悪くしちゃったかしら・・・」
「会長のせいじゃないですよ、今日はちょっと朝から調子が悪かっただけですから」
「そう、なら、いいんだけど・・・」

しゅんとするミレイに気にしないでほしいという意味で笑い掛けたが、ミレイの顔は晴れなかった。空気が重くなる前にロロが二人分の鞄を掴み、簡単な挨拶をするとそのまま2人で生徒会室を後にした。突き刺さるような視線を扉が閉まる最後まで背中に受け、心苦しさに胸が痛くなる。

(本当のことが言えたなら・・・)

あの事件の真相を言えたならどんなに楽か。しかし言ったとしても信じてもらえないだろうし、あまり状況は変わらないと思う。それにあの存在を他の人に知らせるのはなんだか気が引けた。別に秘密にしたいとかそういうわけではない。ただ他の人に知られてしまい、その人があいつの餌食になってしまうことを恐れているのだ。







基本的にルルーシュの夜は早い。黒の騎士団の活動がない限りは、夜更かしなどせずにやることをやったらさっさと寝てしまう。最近は中華連邦への内部調査の報告待ちで、それ以外のデータ整理などは全て終わらせてしまったため手持ち沙汰に時間を潰している。だから今日もルルーシュは仕事もそこそこにベッドの中に入った。電気を消した部屋は薄暗く、しかし月光のおかげで何も見えないとまではいかない。風呂上りに着た大きめのシャツは身体の汗を吸って少しだけへたっていた。あまり服を着こんで眠るタイプではないので下半身は下着以外何も履いていない。立ち上がったら尾てい骨あたりまでシャツが隠してくれるからそれで充分だと思ったからだ。チクチクと時計の針の音が耳につく。目を瞑ってみるがなかなか眠れない。ちらりと時計を確認してみたら、ベッドに入ってもう二時間は経っていた。眠くないから寝れないのかもしれないが、それでも二時間もベッドの中で無駄な時間を過ごしてしまった。いつもなら眠くなくても三十分ほどあれば寝れるのに。開きっぱなしのカーテンの外に見える夜空を睨むように見つめた。

(別に、待ってるわけじゃない。ただ寝れないだけだ・・・)

煌々と輝いている満月に、あいつを期待して眠れないわけではないと心の中で言い訳をする。誰も、待っているのかと聞いているわけでもないのに言い訳をしてしまうところを考えてみると、本当は待っているのかもしれない。でもそれを認めてしまうのは屈辱的で、決してあいつを待っているわけではないのだと自分に言い聞かせた。時計の針が11時を指す。"いつもなら"、そろそろだ。今日は来たとしても絶対に入れてやるものか、そう決心しながら布団を頭からかぶる。身体を縮まらせて寝たふりを決め込む。本当に寝てしまえればどんなにいいことか。

コンコン

突然の窓を叩く音に肩を震わせた。来た。続けざまにガラスを叩く音がする。窓に背を向けている状態なので確認はできないが、きっとあいつだ。前神経を集中させて寝たふりを続ける。止まないノック音を聞き流しながら、早く帰ってくれと祈った。だんだんと荒っぽくなる打音に、ロロが不審に思って様子を見に来たりしたらどうしようかと焦燥感が強くなる。

(諦めてくれ・・・っ)

ぎゅっと目を瞑る力を強くして耐えていると、鳴り響いていたノック音がピタリと止んだ。しんと辺りが静まり、ゆるゆると目を開ける。居なくなったのか?あいつの性格にしては諦めるのが早いなと、でもこれで今日はもう眠れると思い肩の力を抜いた。しかしその時、金具が軋む音、まるで窓が開いたような音が微かに聞こえた。ドキリと心臓が止まる。

(なんで・・・)

窓には鍵がかけてあったはずだから開かないはずだ。鍵のかけ忘れはありえないし、外から鍵を開けることも不可能。混乱しそうになる頭脳を落ち着かせて冷静に考えてみる。そうだ、ただの聞き間違いかもしれない。あまりに考え過ぎて幻聴が聞こえてしまったという可能性もあるはずだ。もう一度確認するために耳を澄ませた。ほら、やはり何も聞こえないじゃないか。気を張り過ぎてしまったのだろう、きっと。だが次に聞こえてきたのは窓の音ではなく、誰かが床を歩く足音だった。

「っ・・・!」

部屋の中に人の気配を感じた。誰かがいる、確かにそこに。布団を静かに手繰り寄せて耐えるように握る。ドクドクと自分の心音が聞こえるほどうるさい。目を開いたまま固まっていると、ふと床に影が射した。人の形をしたそれを捉えた瞬間、勢いよく起き上がる。バサリと布団がめくれ、窓の方を見ると目に飛び込んできたのは変わらぬ部屋の風景だった。

「・・・っは・・・」
(誰も、いない・・・?)

人の気配はしたはずなのに、そこには誰もいない。窓が少し開いているだけで、あとは電気を消す前と変わっていなかった。夜風が吹くたびにカーテンがふわりと浮く。部屋を見回してみるが人影はない。ならさっき見えた影はなんだったのだろうか。不安になりながらも入り込んでくる夜風の冷たさに、そっとベッドから降りた。ひんやりとした床の温度を足の裏で感じ、ぺたぺたと窓際へ近づく。外を確認するのも怖くて素早く窓を閉じた。ほっと息をついて、不意に既視感が頭の隅に生じる。つい最近このような状況を見たような気がするのだが、なんだっただろうか。思い出そうとして考えてみたらすぐに分かった。昼間生徒会室で見た映画の展開にそっくりなのだ。あの映画の中の少女と同じ行動をまさに今自分はしている。そう気づいてしまったら、急に背筋がゾッとした。だとしたら、今振り向いたらそこには?ごくりと唾を飲み込み、思わず一歩後ずさった。すると踵に何かがぶつかる。トンと軽い衝撃だったが、人の足のようなそれ。ハッとして振り返ろうとしたが、それは後ろから伸びてきた腕によって阻止されてしまった。

「っんむぅっ!?」

背後から口を塞がれ、それと同時に両目も手で覆われる。何事かと思い顔に掛かる手を引き剥がそうとするが、手袋のような感触を掴むだけで退かすことはできなかった。顔を両手で押さえられたようなそんな体勢になって、そのまま後ろに引っ張られてしまえば足が縺れるのはしょうがない。二歩三歩と床を蹴り体勢を立て直そうとしたが失敗に終わり、そのままベッドへと押し倒された。ぼすんとベッドにダイブすると、ベッドが大きく軋んだ。目をふさがれた状態でベッドに押し倒されるというのはちょっとしたアトラクションのように怖かった。

「んっ、んー!っは、おま、んぅっ」

目隠しはそのままで口を押さえていた手が外されたが、すぐさま手とは違う何かで口を塞がれる。むにむにと柔らかいそれの正体がすぐさま分かり、またその人物が誰かというのも分かった。名前を呼んで止めさせようとしたが、口内に侵入してきた舌に意識が飛びそうになった。叫びそうになる喉を押さえて歯を食いしばる。好き勝手にさせまいと顔を左右に振って抵抗した。

「・・・チッ」

舌打ちが聞こえた。ぐいと額の辺りに体重を掛けられそのせいで顎が上を向く。深くなった唇の繋がりに息苦しさを感じていると、歯に何か固いものが当たった。なんだろうと思う前に、尖ったそれを前歯と八重歯を削るようにして擦りつけてくる。歯と歯がぶつかる不快感に、ぞわぞわと鳥肌が立った。しかしここで口を開いてしまえば終わりだと分かっているので意地でも口は開かない。早く離れろと空いた両手で肩を押し返すが、股の間に蠢いた相手の膝の刺激に腰が跳ねた。

「あっ!は、むぅっ!!!」
(ひ、卑怯だ!)

急所に刺激を受け、つい声が出てしまった。口が開いたその一瞬の隙を見逃さなかったらしく、あっという間に舌が侵攻してくる。顔の骨を押しつけてくるように口づけを深くするものだから、呼吸まで吸い取られてしまいそうになる。鼻で息をするのも忘れ必死に口の隙間から酸素を吸う。その度に舌がどんどん奥まで入ってきて、喉に届けと言わんばかりに舌を深く入れられた。侵入と後退を繰り返しつつ、膝の裏でくにくにと股間へ刺激を送られる。いつしか抵抗していたはずの両手は相手の服を掴んでいて、舌を絡めとられる気持ちよさに声が漏れる。

「・・・ふっ・・・ぅ」

どれくらいそうしていただろうか。唇が離れていった頃にはすっかり身体の力が抜けていた。荒くなった息を整えることも忘れ、ようやく息苦しさから解放された口で酸素を取り込む。ひゅうと喉がなって咳こみそうになったが、喉の違和感ごと飲み込んだ。未だに目を覆う手は外されない。はっきりとその姿を見たわけではないので、その姿が見たくて手を外そうとしたがやはり手袋を掴むだけだ。くいと頭を横へずらされシャツを乱暴に肌蹴させられると、無防備な左首筋が曝け出される。両足の間にねじ込まれた胴体のせいで足が閉じれず、バタバタとつま先が宙を蹴った。はぁはぁと獣のような息遣いを耳元で感じゾクゾクする。耳たぶの辺りから首筋まで、ナメクジが這うように舌が濡らす。首筋のある一点にさしかかると、その部分を唇で食む様に咥えられた。まるで消毒をするかのように丹念に肌を舐める。猫が水を飲む様な水音が嫌でも耳につく。クる、そう思った次の瞬間、皮膚に激痛が走った。

「うぁっ・・・!!!」

首筋というものは、意外と他の部分より痛みを感じやすい。腕や足など、日常で怪我をする部分で感じる痛みとは全く違う。普段あまり怪我のすることのない部分だからこそ痛みの伝わり方が違うのだろうか。牙が肉を裂く痛みに全身が硬直する。額に汗が滲み出て、開きっぱなしの口から喘ぎとも取れる声が次々と零れた。この痛みがずっと続くわけではないことを今までに経験してきたので、苦痛から逃れるために早く来い早く来いと頭の中で繰り返す。そして傷口を吸い込まれたとほぼ同じ時に、身体中の血がざわめいた。後頭部をガツンと殴られたような衝撃に目が霞む。熱した鉄球を身体の中に埋め込まれたかのように熱い。なのに意識はふわふわと雲の上にいるような気分だ。まるで麻薬だ。

「は、・・・ん・・・」

じゅるじゅると血を吸われる音を聞きながら、血管に駆け巡るような快楽に悶える。目を塞ぐ手と瞼の間にできた空間が蒸れて少し湿る。つま先をピンと立てながら、うなじ辺りに冷たいものを感じた。血を吸うスピードがいつもより早い。くらくらし始めた思考にこれはマズイと、首元に顔を埋めるその人物の頭を叩いた。

「も、だめだ・・・っ・・・やめ、ろっ!」
「いてっ」

震える手で髪の毛を引っ張る。聞こえているはずなのにやめようとしないことに腹が立ち、遠慮なしにベシベシと頭を殴った。非力とは言え人並みの力はある。手首の骨でわざと頭蓋骨を叩くようにして殴り続ければ、首筋から唇が離された。身体全体に感じていた重みが退いていき、目隠しをしていた手もやっと外される。電気をつけていないため開いても眩しくはなかったが、しばらくの間目を瞑っていたため慣れさせる意味で何度か瞬きをする。ふうふうと息を吐きながら、目の前の人物の名を恨めしそうに呼んだ。

「ルキアーノ・・・ッ!」
「ごきげんようルルーシュ、それとご馳走様」

口元についた血を舐めとりながら、ルキアーノがニヤリと笑う。この部屋に侵入してきてこのようなことをする人物はルキアーノ一人しかいなかったので途中からは抵抗もあまりしなかったが、これで別人だったら恐ろしい。見下すような笑みが気に入らず、腹の上に跨るようにいるルキアーノを退かしたかったが身体に力が入らない。それよりも、じんじんと籠る熱がもどかしくて膝をすり合わせた。

「どう、やって・・・入ってきた・・・」
「どうやってって、普通にさ。それより、寝たふりは酷いと思うんだが?」
「お前なんかに付き合ってられるか・・・っ」
「つれないなァ」

おどけてみせるルキアーノの顔面を殴ってやりたい。毎回吸われる身にもなってほしい。あの事件の次の満月の日、ルキアーノは現れた。あの時も今回と同じようにいきなり部屋に入ってきて、無理やり血を吸われてしまった。ルキアーノがもう一度来ると予感はしていたが、言葉もなしに襲いかかってくるものだからパニックに陥りそうになったのを覚えている。それからなんだかんだでルキアーノはここに訪れ、血を吸っては帰っていく。吸血鬼として覚醒したのなら違う人間を選べばいいのに、わざわざここに来る意味が分からない。ルキアーノ曰く、美味いから、だそうだ。それ以上でも以下でもない、ただ美味いからここに来ていると。

「っ・・・さわるな!」
「大人しくしてろよ、どうせ治まらないんだろう?」
「くっ・・・」

布の上からでも分かるくらい下半身が反応していた。下着のわきから手を入れられて握られると腰が跳ねる。血を吸われた後に起こる性的興奮、それだけがいつも嫌だった。血を吸われる苦痛を紛らわすための催淫効果だが、それは血を吸い終わった後にも続く。普通男なら抱こうとも思わないはずなのに、ルキアーノは違った。自然と身体を重ねてきて、流れのままに抱く。同性に抱かれるなんて屈辱的であるが、血を吸われた後では逃げることもできないのだ。ルキアーノがそのまま放置して帰ってくれるのが一番ベストだが、何もしないで帰る気などさらさらないようだ。

「綺麗な満月なんだから、楽しもうじゃないか」
「楽しいのは・・・お前・・・だけ、だっ!」

ルキアーノが来るのは、満月の日に限ったことではない。満月は多くても月に2回、普通なら1回しかこない。ルキアーノが来るのは、本当に不定期なのだ。連続してくる日もあれば、二週間空けてきた時もある。不定期ゆえに行動に気をつけなければいけない。黒の騎士団の活動でクラブハウスを不在にする日などは注意しなくてはいけないのだ。しかし、朝起きて、ああ今日は来るなと直観的に感じることが多いので今のところゼロのことがバレそうになったことはない。そんな不安定な訪問をするルキアーノが、必ず満月の日には来ることをルルーシュは知っていた。満月の日は吸血鬼の血が最も騒ぐ時だ。最も騒ぐ時だからこそ来るのだろうがあまり嬉しくない。何故なら、満月の日は激しいのだ。

「ん、は・・・ぁ・・・!」
「ルルーシュ・・・」

恋人のように甘く名前を囁かれる。そんな声で呼ぶなと言いたいのに、もっと呼んでほしいと心では思っているのは何故だ。お互いに言葉にはしないが、惹かれあっているのは分かっていた。言葉にしてしまうと後戻りができなくなるから、口にしないだけだと思う。今はまだ一線を引いている。しかしその一線がいつかなくなってしまう日が来るような気がするのだ。ルキアーノがマントと手袋を脱ぎ捨てて床へ捨てる。性急にシャツを首まで捲り上げると、胸の頂を口に含まれた。恍惚に鳴きながら、もうどうにでもなれとルキアーノの背中に手を回す。まぐわいながらもルキアーノから目が離せない。ふと、あの映画のワンシーンが頭をよぎる。生首だけになってしまった少女と死体の血を吸う吸血鬼。いつかああやって血を全部吸われ殺されてしまう時が、来るのだろうか。