「兄さん、大丈夫?」
「ああ・・・しかし、会長も面倒なことをしてくれた」

詰めた襟元を緩くしてルルーシュは息を吐いた。音楽室の隣にある準備室で身をひそめる二人は、廊下を走る足音に耳を澄ませた。時計を確認するとイベントが始まってからまだ10分ほどしか経っておらず、既に息が切れているルルーシュはうんざりしたように頭を掻いた。その首には赤いリボンがチョーカーのように結ばれている。

「どうするの兄さん、あと二時間もあるよ?ずっとここに隠れてるの?」

ロロの首にも縛られているリボン。結び目が少し緩くなっているのを見てルルーシュがロロのそれを結び直しながら言う。

「いや、もう少ししたら移動しよう。ここじゃ誰かが来たら逃げ場がないからな。」
「分かったよ。・・・あっ」

窓の外に視線を向けたロロが声を上げる。どうしたのかと視線を追えば、窓から見える体育館前の道で数人の生徒が走っている。その生徒達を追う黒いマントの男。黒いマントの男は最後尾を走っていた生徒に手を伸ばすと、その首についていたリボンを奪った。リボンを奪われた生徒はそのことに気づくと逃げるのを止め、ポケットから黒のリボンを取り出すと己の首に縛り付けた。リボンの色を赤から黒へと変えたその生徒は、今度は先ほどまで一緒に逃げていた生徒を追い始める。赤いリボンを奪った黒いマントの男は、そのリボンを腕に巻きつけると再び生徒を追う。よく見れば黒いマントの男の腕にはいくつかの赤いリボンが結ばれていて、既に何人かのリボンを奪ってきたのだと分かった。

「吸血鬼祭なんて、こんなの唯の鬼ごっこじゃないか」

吸血鬼祭と題されたイベント。全校生徒強制参加のこのイベントのルールは簡単だ。各部活動から部長を除く2人の"吸血鬼"を選出し、生徒全員の首につけてある赤いリボンを奪っていく。最後までリボンを奪われなかった生徒が優勝だ。リボンを奪われた生徒は奪われた赤いリボンの代わりに黒いリボンをつけ、吸血鬼になる。黒いリボンは吸血鬼の証で、他の吸血鬼と同じように生徒のリボンを奪う側になるのだ。優勝賞品はその生徒が部活に所属していた場合その部の部費を三ヶ月間倍で、無所属だった場合は一日生徒会長の権利が与えられる。殆どの生徒が部に所属しているアッシュフォード学園なので、みな部活のために戦っているのであろう。"吸血鬼"は他の部活の生徒を狙い自分の部活の生徒が残るようにする。生徒会からもジノとスザクが駆り出されており、今頃は学園中を駆け回っていることだろう。ジノとスザクの役割は、各部活の部長を捕まえることだ。各部活の部長のみ首に水色のリボンがつけられている。イベント終了までその水色のリボンを守りきれた部活は、優勝とは別に部費が三ヶ月間20%アップする。部長は他の部の吸血鬼から逃げつつ、ジノとスザクから逃げなければならないのだ。ちなみにジノとスザクは普通の生徒のリボンは奪えないことになっている。しかし、問題はミレイが開始直前に言いだした特別ルールである。

『生徒会メンバーを捕まえた生徒には、そのメンバーを一日自由にできちゃう権をプレゼント〜ッ!』

毎度何かと生徒会メンバーを景品にしたがるミレイの考えがルルーシュには理解できなかった。今日のイベントはさっさと適当な誰かに捕まってしまおうと思っていたルルーシュは憤慨したが、だからと言ってそのルールをミレイが変えるわけがなかった。ミレイ曰く、生徒会メンバーが優勝してしまった時のことを考えていなかったため生徒会メンバーが残らないようにしたという。だったら生徒会メンバーをイベントの裏仕事に回してメンバーを最初から参加させなければいいと思ったが、参加させないという考えにはミレイにはない。開始早々生徒も吸血鬼も関係なく狙われてルルーシュは少ない体力を減らしていた。

「そうだ、僕が兄さんを捕まえちゃえばいいんじゃない?そしたら・・・」
「できればそうしたいが、きっと生徒会メンバー同士では無効だろう」
「ああ、そっか・・・」

残念そうに顔を俯かせたロロにルルーシュはくすりと笑うと立ち上がった。スボンについた埃を払い、廊下に人がいないか確認する。いざとなればロロのギアスを使えばいいがあまり何度もは使えない。残り二時間を効率よく逃げ切るためには外へ出るのがいいとルルーシュは考えた。

「行こうロロ、今なら・・・っ」

歩き出したルルーシュの身体が不意にぐらりと揺れる。咄嗟にロロが身体を支えたので倒れることはなかったが、ルルーシュは片手で米神を押えている。

「っ兄さん」
「すまない・・・ちょっと立ちくらみが」

そう言うルルーシュの顔色は悪い。すぐさま立ちなおしたルルーシュだったが、ロロは心配そうにルルーシュの服を掴んだ。

「朝から顔色が悪いよ、体調よくないんじゃ・・・」
「いや、ただの寝不足だよ。昨日は寝るのが遅かったからな」
「そう?ならいいんだけど・・・」

昨日は夕方から黒の騎士団の会議があり、会議のあとも機体の調整などがあり確かに寝るのが遅かったのだ。ゼロは唯でさえ忙しい身だが、昨日は特に忙しかった。休憩する時間もなく、あちこちから引っ張りだこだったのだ。ヴィンセントの調整のみのロロはゼロの仕事が終わるまで待っていたのだが結局全ての仕事が終わったのは深夜だった。深夜にわざわざ帰るのも危ないと思い、またルルーシュの体力も限界だったためアジトに泊まることになった。しかし学校があるので早朝には起きてクラブハウスに帰らなければならなかったため、寝れたのは4時間程度である。あまり疲れていなかったロロは問題はなかったが、疲れ切っていたルルーシュは3時間では休み切れていなかったのだろう。

「さあ、早く行こう。誰かが来る前にここを出ないと」
「うん・・・分かったよ」

準備室から出て駆け足で廊下を走る。不安げなロロの視線を背中に受けながらルルーシュは内心ため息をついた。寝るのが遅かったからというのもあるが、本当は理由はもう1つある。昨日は満月の日だったのだ。いつもならばルキアーノが訪れる満月の夜だったのだが、実はここ数週間ルキアーノと会っていない。黒の騎士団の活動が忙しくクラブハウスに帰れていないというのが理由だ。朝に今日はルキアーノが来るなと直観しても、その日は会議があったりしてクラブハウスに帰れなかったり、帰ってもルキアーノが帰ってしまった後だったりしてすれ違ってしまうのだ。何故クラブハウスにいなかったルルーシュがルキアーノが来たのか分かるかというと、ルルーシュの部屋の窓の横の外壁にある跡がつけられているからだ。鋭利な刃物でコンクリートを削ったような荒い跡。血を吸えなかったというルキアーノの怒りを表しているような跡だ。最初はそれを見て、自分の思い通りにならなくて苛立っている子供みたいだなと笑って済ませていた。だが、日に日に酷くなっていくその跡に身の危険を感じるほどになってしまった。平面だったそこは10センチほど削られてしまい、大きさも最初は野球ボールくらいのものだったのに今はサッカーボールの大きさにまで広がってしまった。ボコボコと突き出るコンクリートに残る血の跡。わざとつけたのか、それとも殴って付いたのか分からないがそれほどまでにルキアーノが怒っているということを感じた。ルキアーノの中に流れる吸血鬼の血が憤慨しているのだ。

(次に会った時に、殺されるかもしれないな)

ルルーシュの脳裏にあの時の、初めて血を吸われた夜のことが思い出された。打たれる肌に流れる血、腕を刺したナイフに反射したルキアーノの狂った笑み。再びあのような拷問をされるかもしれないと思うと恐怖に心が震えあがる。相手がヒトならばこんな風に恐れたりしなかっただろう、しかし、相手は吸血鬼なのだ。己の中に生まれてしまったルキアーノに対する怯えはルルーシュの心を追い詰めていく。

(会長もなんでこんな時に吸血鬼祭だなんて)

今のルルーシュとって吸血鬼というワードは毒だ。以前から決まっていたこととは言え、よりによって吸血鬼だなんて。吸血鬼と聞くとルキアーノのことを連想してしまい、ルルーシュはイベントが近づくにつれ気が沈んでいっていた。そんなルルーシュを生徒会メンバーは参加したくない故の気の沈みだと勘違いした。リヴァルが冗談で、ルルーシュも吸血鬼役をするか?と言った時、ルルーシュは顔を青ざめさせて叫んだ

『い、嫌だ!絶対、吸血鬼なんて!』

怯えを瞳に走らせながら大声で拒絶したルルーシュに、その場にいた生徒会メンバーは唖然とした。ルルーシュは反射的に言ってしまったようで、すぐに冷静さを装ったがあまり意味はなかった。尋常ではないほどルルーシュが嫌がるので深く追求せずにその場は流したが、生徒会のメンバーの全員がルルーシュが吸血鬼のことになると怯えるということに気づいていた。ホラーものが苦手というわけでもないルルーシュが、吸血鬼という架空の存在に何故怯えるのかは分からなかった。しかし初めて見るルルーシュの弱い部分に誰もが、そこは触れてはいけない所なのだと口を噤んだ。ミレイは吸血鬼祭の変更も考えたがその時には既に準備が進み過ぎていて後に戻れなかったのである。

「あっ!ルルーシュ君っ!」
「っ!?」

階段を下ろうとしたその時、下から上がってきた数人の女子生徒と鉢合ってしまった。下りかけていた足を引き上げて踵を返すが女子の方が一足早い。女子生徒がルルーシュの腕を掴もうと手を伸ばす。指先がルルーシュの制服に触れ、女子生徒はそこでピタリと動きを止めた。途端にピタリとやんだ足音にルルーシュが振り返ると、女子生徒たちが中途半端な体勢で停止しておりロロの目が赤く光っていた。

「ロロッ」
「僕が止めておくから今のうちに逃げてっ」
「分かった、すまない!」

ロロを犠牲にするようで気分が悪いがここで逃げなければ自分の身がどうなるか分からない。ルルーシュは走り出すと廊下の反対側にある階段に向かった。下から足音が聞こえているのを見ると、女子生徒の声を聞いて誰かがやってきたのだろう。ルルーシュは迷うことなく上の階へ上る。ルルーシュの後ろ姿が見えなくなるとロロは近くの教室に入りギアスを解いた。

「あれっ!?」
「ルルーシュくんは!?」
「消えちゃった・・・!?」

扉越しに聞こえる女子生徒達の声に笑いを堪えながらも、ロロはルルーシュと離れてしまったことを残念に思った。イベントが終わるまで一緒に逃げようと考えていたのに、思わぬ邪魔が入ってしまった。

「兄さん・・・大丈夫かなぁ・・・」

首のリボンを弄りながら、体力の無い兄のことを心配した。






『お知らせですっ!シャーリー・フェネットさんがたった今捕まりましたーっ!捕まえたのは・・・』

「ん?」

学校内放送にしてはボリュームの大きいそれにルキアーノは足を止めた。学校裏の門から入ったルキアーノは当てもなく歩いていたのだが、人通りのない校舎裏に来てしまった。ルルーシュに会いに学園へ来てみたはいいものの、これはいったいなんなのだろう。学校というものに通ったことのなかったルキアーノには、生徒たちが何をしているのか見てもさっぱり分からなかった。子供のように駆け回る生徒とそれを追う黒いマントを着た生徒。黒いマントの生徒という格好もおかしかったが、普通の生徒が全員首にリボンを巻き付けているのもおかしかった。学校へ行けばとりあえずルルーシュに会えるだろうと考えていたルキアーノだったがこんな状態では探すのに苦労しそうだ。早くルルーシュに会いたい、とそこでルキアーノは思考と止める。

(何故ルルーシュに会いたいんだ?血なら、別に他のヒトでもいいはずだろう。なのに何故、私は・・・)

ここ数週間ルルーシュに会えずイライラする自分に気づいてルキアーノは戸惑っていた。今まで誰かに固執するということがなかったルキアーノにとってルルーシュという存在は特別になりつつある。吸血鬼という秘密を知っているからという理由だけでは済まされない気持ちがルキアーノの中に生まれつつあった。だが、まだはっきりとは分からないその気持ちが胸に痞えてルキアーノは苛立つのだ。ルルーシュに会えず、ルルーシュの血が喰らえず、仕方がなく適当な女を代用にした。ラウンズという地位だけで女は捨てるほど沸いてくる。ルキアーノがたとえ乱暴な言葉を吐いたとしても、女はそれをクールだと言って褒めてくる。気に入られたいという欲望が隠れきれていない女ほどルキアーノは嫌いだった。だが血に飢える己の欲求には叶わず、さまざまな女の血を喰らった。血を吸ったあと抱いてしまえばどの女も血を吸われたことを綺麗に忘れてしまうのだ。そして吸血鬼の催淫効果だと知らずに、また抱いてとすり寄ってくる女。ルキアーノは、以前の自分ならきっと迷わず抱いたのだろうなと思う。ルルーシュに会えなかった間、代わりに血を吸った女たち。その女たちの誰とも、たった一度きりの関係だ。もう一度吸いたいと思わないし抱きたいとも思わない。確かに女の血は美味だ、しかし、どの女もルルーシュの魅力には勝てない。柔らかな女の胸よりもルルーシュの細い体を抱きたいと思うようになっている己に、それは初めて血を喰らったのがルルーシュだからだと無理矢理自分を納得させるが、自分で自分を誤魔化すのにも限界がある。

「・・・クソッ」

自分が何をしたいのか分からず、ルキアーノは地面を蹴った。その間にも放送は流れつづけ、何気なしにルキアーノはそれに耳を傾ける。ルルーシュに対する自分の気持ちが分からなかった。

『残り時間はあと一時間!生徒会メンバーであと捕まっていないのは副会長のルルーシュ・ランペルージのみ!あのルルーシュ・ランペルージを一日自由にできちゃう権利が欲しい女子生徒諸君!最後まで諦めないでね〜!』

「・・・ルルーシュ?」

放送で流れた思わぬ名前にルキアーノは驚く。ルルーシュとは、あのルルーシュだろうか。それに捕まっていないだの一日自由にできちゃう権だの、言ってる意味がよく分からない。どういうことだろうと放送に再び耳を傾けようとしたが、ブツンとマイクの切れる音がして放送は終わってしまった。一体なんなのだろう。

「捕まえる?ルルーシュを、自由にできる・・・・・・ん?」

どういう意味なのか考えようとしたルキアーノだったが、微かに聞こえる話し声に気がついた。周りにはヒトはいないはずなのにと近くを見回してみると、その声は雑木林の中から聞こえてきていた。木の陰に隠れルキアーノが顔を覗かせると、そこには二人の男子生徒が気だるそうに木に凭れかかって座っていた。一人は携帯を操作し、もう一人は気だるそうに眼を瞑っている。

「あーあ、シャーリーさんも捕まっちゃったんじゃもうやる気でないよなぁ」
「だな。だいたい、俺達美術部がどう頑張ってもスポーツ系の部活に勝てるわけないっつうの」
「シャーリーさん捕まえられたら絵のモデル頼みたかったのに・・・ちくしょー」
「アーニャさんは写真部の奴らが捕まえちまったし、俺たちもアーニャさんにしとけばよかったなぁ」

何やら二人して愚痴を垂れている。会話の内容はやはりよく分からなかった。気にせず立ち去ろうとしたルキアーノだったがふと思いつく。ここの生徒ならば今何が起きてるのか知ってるはずだ。そしてルルーシュの居場所も分かるかもしれない。ルキアーノはニヤリと笑うと身を隠すのを止め男子生徒に近づいた。ガサガサと植物の揺れる音に気づいた男子生徒がルキアーノの方を見て誰だという顔をしたが、ルキアーノの身につけているその服を見て目を見開いた。

「おい、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「ラ、ラウンズ・・・!?」
「嘘だろ・・・なんでこんなところに・・・」

座っていた腰を上げて驚く男子生徒の前に行くとルキアーノは腕を組み尋ねる。

「いったいこれは何の騒ぎなんだ?何かの行事なのか?」
「へっ、いや、あの・・・」
「イ、イベントなんです。学校の、その、吸血鬼祭で・・・」
「吸血鬼ィ?」

その単語にルキアーノが顔を顰める。不機嫌にさせてしまったのかと男子生徒は慌てて説明をした。

「恒例の生徒会主催の行事なんです、それで今回は吸血鬼祭で・・・えっと、まあ鬼ごっこみたいなものです」
「ふうん・・・さっき放送でルルーシュがどうとか言ってたが、あれはなんだ」
「ああ、あれは生徒会メンバーを捕まえればその人を一日自由にできる権利が貰えるんです。それで生徒会メンバーで残ってるのが副会長のルルーシュ・ランペルーだけで・・・」
「あの、ラウンズの方が学校に何かご用でしょうか?」

男子生徒の一人が顔をきらめかせてルキアーノに聞く。間近で見るラウンズに興奮しているのだろう、何処からか取り出したスケッチブックに鉛筆を走らせている。生徒の説明を聞いてようやくルキアーノは今学園で何をしているのか理解する。そして、自由にできる権利というものが気になった。捕まえれば自由にできるという、ルルーシュを。

「ルルーシュは何処にいるんだ」
「副会長に何かご用でしたか?でしたら先生に言って呼び出してもらいますが」
「いや、いいんだ。一つ聞きたい、ルルーシュを捕まえたらルルーシュを一日自由にできるんだな?」
「え?あ、はい・・・けど、捕まえたら生徒会室に連れて行って会長の認証を貰わないといけないんです。」
「そうか、分かった。」

聞きたいことは十分に聞けたとルキアーノは踵を返そうとしたがスケッチブックに何かを書いていた男子生徒が呼びとめる。

「あ、待ってください!あの少しでいいから絵のモデルに・・・!」
「断る」
「ほんの十分、いや、五分でいいんです!」
「ルルーシュを探さなければならないんだ、そんな時間はない」

しかし滅多にお目にかかれないラウンズを描きたいと男子生徒は懇願する。ラウンズをモデルに絵を描けたら学校からの評価も上がるだろうし、部の評判も良くなるはずだ。なんとかルキアーノを引き留めようと男子生徒はある提案をした。

「僕たちも副会長探すの手伝いますから、だからお願いします!」
「手伝う?」
「一人で探すよりも三人で探した方が見つかりますよ!」

くだらないとルキアーノは無視して去ろうとしたが、その言葉に少し考える。確かに一人で探すよりも効率は良いし、なによりルキアーノは学校内の構造が分かっていない。地図などあるはずがなく、場所も分からないのにふらふらしていてもルルーシュは見つからないだろう。学校内のことに詳しい生徒に案内してもらうのがいいはずだ。絵のモデルということについてはどうでもいい。そうと決めたらルキアーノは男子生徒達の方へ向いた。

「分かった。ただし、捕まえるのは私だからな」
「はい!分かりました!」
「やっべー、ラウンズと一緒に行動できるんだぜ・・・すげえよ」
「サボっててよかったな俺達!」

嬉しそうにする男子生徒を置いてルキアーノは歩きだす。急いでついてきた男子生徒達に、おかしな奴らだと思いながらもこうして誰かと"協力"するのは初めてだとルキアーノは思った。今までなら力でねじ伏せて逆らうなら殺して、それだけだった。ルルーシュと接するようになってから、自分の中で少しずつ何かが変わっていっているのがルキアーノには分かった。

『最近、変わったね。そっちのほうが私はいいと思うよ』

つい先日、モニカに突然言われた言葉だ。ラウンジでルルーシュに会えないことに苛々していた時だったので、いいと思うというモニカの言葉がルキアーノには理解できなかった。

『何のことだ?』

ルキアーノが聞き返してもモニカはほほ笑むばかりで、結局それがなんだったのかは教えてもらえなかった。同じような言葉をノネットにも言われていたルキアーノにとってもしかして自分はからかわれているのかとも思ったが、不思議と嫌な気分にはならなかった。昔なら、自分を馬鹿にしたやつは女であろうと容赦しなかったのに。

「どうかしましたか?」

男子生徒の声にルキアーノはハッと我に返る。いつの間にか考え込んで歩みを止めてしまっていたらしい。

「・・・いや、なんでもない」







真っ暗だ。何も見えない。ここはどこだろう、不思議と不安じゃない。ふと、誰かいる、近くに。腕を掴まれて、引っ張られて、全身を包む温かさ。抱き締められてる。そして、どうしようもないくらいの熱い口付け。息ができない。酸素が欲しくて、口を開ける。更に深くなる。境目がなくなってしまうのではないだろうか。熱い、あつい、きもちいい。水音がする、ぴちゃぴちゃと、いやらしい音がする。腰を高く上げられて、侵入してきたそれに背筋がゾクゾクと震えた。濡れる、揺れる、突かれて。誰の喘ぎ声?誰の息遣い?自分のだ、この声は、浅ましい、女のように善がる、汚らしい。汚いのに、触るのは誰?白い服が見える。正装、ブリタニアの、皇帝の狗。円卓の。裸なのは自分だけ。股をぐいと広げられ、圧し掛かられる。揺さぶりが激しくなる。擦られる、全身が敏感になって、限界が近づく。きもちいい、きもちいい、しぬ、くるしくて、目の前が真っ赤に染まって、熱が弾けた。はあはあという二つの荒い息。圧し掛かっていた身体が離れていき、宙を彷徨っていた視線を初めてそちらに向けると、夕焼けの海のような綺麗なオレンジ色が浮かんでいた。

『お前の大切なものはなんだ――――――?』


「っは・・・!」

全身が硬直し、ルルーシュは目を覚ました。首筋が濡れている、汗だ。一瞬だけ、宙に放り出されたかのように自分の思考が掴めなかったが、すぐに思い出す。

「ゆ・・・め・・・」

頭で理解するよりも口が勝手に動いていた。そして言葉で発してから、さっきのあれが夢だったのだと分かる。先ほどの暗闇はあるわけがなく、目の前に広がるのはただ青空のみ。手すりの近くに寝そべっていたルルーシュはゆっくりと身体を起こした。目を擦り、心臓に手を当てる。ドクドクと激しく血を送る心臓は、夢に影響されてなのかなかなか鎮まらない。落ちつけ、落ち着くんだ、そう自分に言い聞かせて深呼吸をする。すうと息を吸い、ふうと吐く。それを何度か繰り返していくうちにルルーシュの心臓は落ち着きを取り戻した。額にかいた汗を拭い、そしてようやくルルーシュはここが何処で今がどんな状況なのかを思い出した。

(そうだ、時間・・・っ)

携帯を取り出して時間を確認する。祭終了まであと三十分だった。ここへ来たのが確か終了一時間前だったから、ならば思ったよりも寝てはいなかった。屋上に降り注ぐ麗らかな日差しに誘われてうっかり眠ってしまったルルーシュだったが、寝過ごさなくてよかったなと安堵する。そして寝ている間に誰かに捕まらなくてよかったとも思う。屋上は追い詰められたら逃げ場がない。ほんの一時しのぎで屋上へ出たのに、結局長居をしてしまった。

「は・・・っ・・・」

ジンと身体が熱を持っている。何故あんな夢見てしまったのだろうか。一人で処理をすることなどなく、ルキアーノと寝たのも随分前になってしまったので性的欲求が高まっているのか。

(いや、だからって、なんであいつとの)

自分は健全な人間であるはずだ。本来ならばあんな屈辱的な行為を認めてはならない。なのに、性的欲求が高まったからといって何故あんな夢を見なければならないのだ。静まったはずの鼓動がまた再び速くなりそうなのを抑え、ルルーシュは両手で顔を覆った。

(そうだ。別に俺があいつのことを気にする必要はないんだ。今までだって、確かな約束などしてない。俺は、被害者なんだ)

ルルーシュとルキアーノを繋ぐ確かなモノはない。確かなモノはないが、互いに、透明な糸で繋がれているような気持ち。ルルーシュはルキアーノを受け入れてはならない。彼はラウンズなのだ。ゼロであるルルーシュの敵、憎きブリタニア皇帝の騎士。全てを知ってるルルーシュにとって、何も知らないルキアーノは怖かった。ルキアーノに知られたらどうなるだろう。捕まって、皇帝の前に突き出されてしまうだろうか。

(その時は・・・)

顔を覆う手の、左手だけを外す。そのまま左手で今はコンタクトに隠された赤い瞳の眠る瞼へ触れた。瞼の下に存在する眼球の形を確かめる。いざとなればギアスがある。だから・・・だから、バレてしまうその日までただのルルーシュでいよう。ルキアーノだって今は関係を持っているが、きっといつかなくなる時がくる。吸血鬼だと気づいてからまだ長くは経っていない、きっともっと時が経てば他のヒトに興味が移るだろう。今だけ、そう、きっと今だけ。ルルーシュは一度大きく深呼吸すると立ち上がった。ルキアーノのことは考えても仕方がない、今はイベント中なのだ。あと三十分逃げ切ればルルーシュの勝ちだ。予定していたルートを行けば確実に逃げ切れる。これが終わったら絶対ミレイに文句を言ってやろうと、ルルーシュは屋上の扉を開けた。

「あっ!」
「副会長!」
「っ!?」

開けた扉の向こう、階段の中間の踊り場に二人の男子生徒が居た。予想外の人物にルルーシュは驚き、階段を上って来た男子生徒達を見て急いで扉を閉めた。ルールにより扉の鍵を閉めたり物で塞いではいけないので扉をそのままにルルーシュは柱の陰に隠れた。屋上への出入り口はあの扉一つしかない。どうするとルルーシュは必死に考えるが、それには時間が足りかなった。バンと強い音で扉が開かれ二人の男子生徒が屋上に入ってくる。辺りを見回しルルーシュが居ないことに首を傾げる男子生徒をルルーシュは影で隠れ見る。

「あれっ?確かに居たはずなのに・・・」
「どうすんだよ、あと三十分しかないぞ!」
「分かってるって!くそ〜」

一人の男子生徒が柱に近づいてくる。ルルーシュは慌てて違う柱に移動しようとしたが、突然ルルーシュの携帯が鳴りだした。ピピピという電子音が辺りに鳴り響き男子生徒達が一斉に振り向く。

(しまった・・・!)

「おい、なんか音が・・・」

柱の裏を男子生徒が覗こうとし、ルルーシュは駆け出した。扉の裏をぐるりと一周し、そのまま出口へ向かおうとするがもう一人の男子生徒が立ちはだかる。ルルーシュは足を止め、踵を返した。背後に迫る男子生徒から逃げようとするも、屋上の一番端へと追い詰められてしまう。手すりを背に男子生徒達を睨むが、左右から逃げ道を塞ぐように近づく男子生徒達には効果がない。

「お前たち、美術部だな?俺なんか捕まえても意味はないぞ!」
「まあまあ、許してよ副会長。手伝う約束しちゃったからさぁ、俺達。」
「おい俺が見張ってるから呼んできてくれよ」
「おう、分かった」

一人の男子生徒が屋上の出口へと向かう。会話から、誰に頼まれて捕まえに来たのだと分かった。協力して捕まえることは違反ではないので文句は言えないが、頼んだ奴の顔が見てみたい。最近の女性は、いや、アッシュフォード学園の女子生徒は手段は問わないのだろうか。絶体絶命の状態にルルーシュはチラリと視線を後方へやった。ルルーシュもただ成す術もなく追い詰められたわけではない。屋上のこちら側は下がちょうど別校舎の屋上で、下に降りれるようになっているのだ。降りれるようになっているといっても梯子がついているわけではない。"飛び降りても平気な"ということである。事前に、屋上で逃げ場がなくなったらここから飛び降りるというルートを作っていたのだ。高さは5mほど。男子生徒の一人が見ていない今がチャンスだ。だが・・・。

(思ったよりも・・・高い・・・)

たかが5m、イベント前に見て確認した時は平気だと思った。しかしそれは下から見た高さであり、実際に見た高さではなかったのだ。下から見上げた印象と上から見下ろす印象は違う。高所恐怖症というわけではないが、飛び降りるとなると足がすくむ。だが逃げられる時は今しかない。気づかれないように、手すりを握っていた手を逆にする。

「あっ!」
「ん?」

ルルーシュはわざとらしく男子生徒の後ろを見て声を上げた。ルルーシュにつられ男子生徒が後ろを向く。その隙をルルーシュは見逃さなかった。出っ張っている部分に足をかけ素早く手すりに登る。跨り、よしこのまま勢いで飛び下りれば。しかし不意に背中に何かがぶつかり、ルルーシュの身体は予定とは違い宙へと投げ出された。それは、ルルーシュが逃げようとしたのを見つけた男子生徒が捕まえようと、勢い余ってルルーシュの背中を押してしまった結果である。

「えっ・・・?」

何が起こったのか分からず、見える不自然な景色にルルーシュは呆然と下を見下ろす。時間の流れが遅く感じ、ゆっくりと身体が反転するのが分かった。落ちる。そう理解した時にはルルーシュの身体は落下していた。重力に引き寄せられるように、耳元で風を切る音がする。男子生徒が身を乗り出して手を伸ばしているのが見えたが、それを掴むには距離が遠すぎる。声も出せないままルルーシュは来る衝撃に身を構えた。受け身なんて分からない。

(ナナリーッ・・・!)

ぎゅっと目を閉じ、最愛の妹の名を心の中で叫ぶ。そしてルルーシュの身体に伝わったのは、コンクリートに激突する痛みではなく柔らかな温かさだった。地面に触れることなくルルーシュの身体はそこで停止する。ルルーシュを支える二本の腕が、誰かに受け止められたのが分かった。おずおず目を開く。まず目に飛び込んできたのは青空、そして。

「捕まえた」

ルルーシュが今最も会いたくなかった男。子供が玩具を見つけたような笑みを浮かべ、口が三日月を描いていた。

「ル・・・キ、アーノ・・・」





「おっかしいわねぇ、真っ先にルルーシュが捕まると思ってたのに」
「ルルーシュは体力ないけど頭がいいからなぁ、きっとうまくやってるんですよ会長」

窓際に設置した特別席に座るミレイは目下で駆けていく生徒達を眺めながら手に持ったペンをくるくると回す。その傍では捕まってしまった生徒会メンバーが捕獲済みというプレートを首から下げて椅子に座っていた。捕まった順に右からアーニャ、リヴァル、ロロ、シャーリーだ。開始10分もしないうちに捕まったアーニャは携帯と一緒に手にいくつかの写真を持っている。どれも、写っているのはルルーシュばかり。アーニャがルルーシュに興味があるという噂を聞きつけた写真部の生徒が、ルルーシュの写真を上げるから捕まってほしいとアーニャに交渉してきたのだ。アーニャは拒否することなくその交渉に乗りアーニャはルルーシュの写真を、写真部の生徒はアーニャを一日自由にできる権を手に入れた。ある意味の作戦勝ちである。自由にできる権の使い道を写真部の生徒は、アーニャの一日の行動を写真に撮らせてもらうことに使うそうだ。

「あれ、先輩まだ捕まってないの?」

扉が開き、若干息を切らせたジノが生徒会室に入ってくる。その後に続いてスザクも来て、二人の手にはいくつかのリボンが握られている。ジノは疲れたと叫びながらソファにダイブした。肩からかけていた黒いマントが揺れる。長身のジノには少し短かったそれだが、とてもジノに似合っていた。ジノと同じマントを羽織るスザクが自分のマントを外そうとするとミレイがそれを止める。

「だめよ、イベント終了までつけてなさい」
「はぁ、でもこれ結構暑くて・・・」
「イベントなんだから!そうよ、暑いからってラウンズのマントで代用しちゃだめでしょ!」

ミレイが頬を膨らませ怒る。だがスザクは言葉の意味が分からず、きょとんとしているとミレイがスザクの額を突いた。

「あくまで、"吸血鬼祭"なんだから、吸血鬼の格好しなきゃだめでしょう?そりゃあラウンズのマントのほうがいつも来てるから楽だろうけど!」
「あの・・・なんのことですか?どういう意味か分からないんですけど・・・」

スザクが申し訳なさそうに言うと、ミレイはパチパチと目を瞬かせた。ミレイの言っていることが理解できないのはスザクだけではなく、この生徒会室にいる者でミレイを除く全員が言葉の意味を理解していないだろう。

「あれ?スザクじゃなかったの?じゃあジノ!勝手にラウンズのマントにしないの!」
「いや、私・・・じゃなかった、俺でもないですよ」
「あっれぇ〜?おかしいなぁ」

でも確かに見たのよね、そうミレイが呟く。一体何のことかとシャーリーが尋ねれば、ミレイは窓の外を指さした。

「見たのよ、そこで。チラッとしか見えなかったんだけど、私はてっきりスザクかジノかと・・・」
「僕じゃないですよ、ラウンズの服は政庁にあってここには。ジノもそうだよね?」
「ああ、そうだ。アーニャじゃないのか?」
「いや、アーニャはずっとここに居たわ。そうよね?」

アーニャがこくりと頷く。ならばミレイが見たラウンズとは誰だ。今回のイベントは最初に決めた吸血鬼役のみ仮装しているので、普通の生徒がラウンズの真似をして仮装したとは考えにくい。それならば、とそこでスザクが思い出す。

「そうだ、そのマントの色は何色だったんですか?ラウンズはナンバーによってマントの色が違うから・・・」
「色?う〜ん、なんだったかしらねぇ・・・」
「俺が緑でアーニャがピンク、スザクは青」
「うぅん、違うわ、もっとこう・・・明るい色で・・・」

頭を抱えてミレイは記憶を探る。窓越しに見た、校舎の影を横切ったラウンズのマント。ぼんやりと不確かな記憶になりかけていたそれだったが、ミレイはその色を思い出した。

「そうよ、オレンジ!オレンジ色だったわ」
「オレンジ?」
「オレンジっていうと・・・確か・・・」
「・・・」

オレンジ色のマントは誰だったか、思いだしスザクとジノとアーニャは顔を見合わせた。オレンジ色のマントと言えばあの人物しかいない。だがその人物は・・・。と、そこでミレイ達は扉の向こう側から聞こえてきた声に気づいた。抵抗するような声、それと二つの足音。バタバタと足早に生徒会室に近づいてくるその音にミレイは嬉しそうに顔をぱぁっと明るくした。声はよく聞こえないがきっとルルーシュだ。時計を見れば終了時刻まであと10分。ギリギリだ。ミレイはいそいそとマイクを片手に準備し、扉が開くのを待ち構える。一体どんな人物がルルーシュを捕まえたのだろうと皆の視線が扉へ集まり、間もなく扉が開かれた。それと同時にミレイはマイクをオンにする。

「お知らせでーす!たった今副会長のルルーシュ・ランペルージが捕まりま・・・し・・・」

マイクがハウリングを起こすほどの声で意気揚揚と叫んだミレイだったが、開いた扉に立つその人物達を見て思わず言葉が止まってしまった。そこにはルキアーノとルルーシュが居た。

「は、離せっ!」
「うるさいなぁ」

ルルーシュの手首を掴み生徒会室に入ってきたルキアーノは辺りを見回した。そして一番奥に居たミレイを見つけると、ミレイの前まで近づきルルーシュを見せつけるように前へ出す。ルルーシュ手は掴まれたままなので、後ろ手に突き出されるようになってしまいルルーシュは関節の痛みに顔を歪めた。ぽかんと口をあけてルキアーノを見上げるミレイの手からマイクが落ち、机の角に当たってマイクの電源が抜けた。きっと放送を聞いていた生徒はいきなり中断された放送にどうしたのかと思っているだろう。ルキアーノがもう一度ルルーシュをぐいと押してミレイに見せる。

「ルルーシュを捕まえたぞ、これでルルーシュを自由にできる権利が貰えるんだな?」
「え・・・あの・・・そう、ですが、あなたは」
「私はナイトオブテン、ルキアーノブラッドリー」
「離せと言ってるだろルキアーノッ!」
「さっそくだがその権利、使わせてもらう」

ルキアーノはそう言ってくるりと身を翻し、ルルーシュを連れて扉へ向かう。だが扉の直前でルキアーノの前にスザクが立ちはだかった。遮るように片手を上げてスザクがルキアーノを睨む。なんでこの男がここにいるのだ。

「ブラッドリー卿、何故ここに!」
「私が何処にいようが勝手だろう」
「ですがっ、何故ルルーシュを!」
「私はルルーシュに用があるんだ。邪魔をするな」

射抜かんばかりのルキアーノの眼光にスザクが一瞬だけ怯む。しかしそのスザクの前にさらにジノが割り込んで道を塞ぎ、その横にアーニャが立った。

「ブラッドリー卿、ルルーシュは私たちの友人なんだ。無理やり連れて行かれるところを見せられては、止めないわけにはいかない」
「フン、学生気取りのお坊ちゃまが何を言う。私はちゃあんとルールに従っているじゃないか」
「でも、ルルーシュが嫌がってる。離して。」

扉の前での攻防に他の生徒会メンバーは何も言えずただその光景を見守る。ロロは携帯を握りながらギアスを発動すべきか迷っていた。ラウンズがルルーシュを連れ去る理由などゼロのことしかない。まさかバレたのだろうか、だとしたら、ロロはルルーシュを守るべくギアスを発動させるべきだ。だがしかしここでは人が多すぎる。ラウンズが4人もいるなかでギアスなど使えない。しかしこのままではルルーシュが。ロロはルルーシュをじっと見つめ、その視線に気づいたルルーシュが振り返った。視線だけでギアスを使うなと言われ、ロロは小さく頷く。ルルーシュはそれを確認してもう一度前を向くと、手首を掴むルキアーノの手を外そうと手を振り払おうとする。けれどルルーシュがいくら頑張ってもルキアーノの手は外れず、ルルーシュは自棄になりながらも身体を仰け反らせた。

「おいっ!離せッ!」
「暴れるなよ」
「だったら離せばいいだろう!」
「嫌だね」
「お前・・・っ!?」

唐突に、ルキアーノがルルーシュの手首を掴んでいた手を引っ張り上げた。魚が釣られるかのようにぐいと上へと引っ張られ、背伸びをしても届かないほどの位置まで上げられかける。つま先立ちでなんとか耐えようとするもルルーシュはバランスを崩し、ルキアーノの胸板へと倒れ込んだ。それを待っていたルキアーノは掴んでいた手を肩まで下ろし、空いていた手でルルーシュの肩を掴んだ。向かい合うようにしてルルーシュの瞳をルキアーノが覗きこむ。そして獣のよに低く吠えた。

「どれだけ会わなかったと思ってるんだ?ルルーシュ、お前は私を飢え死にさせたいのか?」
「別に俺でなくてもいいだろ!」
「ああ、そうだ。けれど、それは私が決めることだ」
「っこっちの都合も考えろといつも言ってるだろう!だいたいお前は、いつもそうやって・・・!」

声を荒げたルルーシュがはっと言葉を止める。恐る恐る周りを見渡すと、痛いほどの視線がルルーシュに注がれていた。まるで痴話喧嘩にも聞こえる内容にスザクが眉を顰める。

「ルルーシュ、知り合いだったの?」
「いや・・・その・・・」

スザクがジノの隣、アーニャとの間に一歩踏み出してきた。恐ろしいほどのスザクの目にルルーシュは思わず顔を逸らす。記憶が戻っていると知っているくせに手を出してこないスザクに、追及されなければいくらでも逃げ切れると思っていた。けれど、あまりにも不自然な所を見せすぎるとそれは命取りとなる。普通の学生がラウンズとの関わりはないはずだ。けれどさっきの会話の内容を聞かれた以上知らないとは言えない。どうするべきかと悩みルルーシュは黙ってしまった。何も言わないルルーシュからスザクは視線をルキアーノへと移す。

「ブラッドリー卿、ルルーシュとはどういった関係で?」
「お前に教える義務はない」
「いえ、あります。ルルーシュは僕の・・・僕の"友人"ですから」

友人、その言葉にルルーシュが肩を震わす。そっとルルーシュがスザクを盗み見ると、スザクと目が合ってしまった。互いに探るような視線を交わしたがそれはほんの刹那で、ルルーシュのほうからすぐに視線を外した。スザクの言葉が嘘偽りだと分かっていて、何故この場で友人だからと言ってルキアーノを足止めしようとしているのかルルーシュには分からない。ルキアーノにギアスを使って操らせてるとでも思っているのか、いや、それはない。だとしたら、ゼロであったルルーシュにラウンズとの関わりを持たせたくないのか。しかしだとしたらジノやアーニャを入学させるわけがなく、それも違うだろう。ならば何故、とルルーシュが顔を上げるとルキアーノの冷たい瞳が降ってきた。ぞわ、と背筋に走る刺激。

(なんで、そんな目・・・)

無表情に近い、悲しみと怒りが混じった瞳。感じる冷たさの奥に隠れる何か得体のしれない感情のような熱。ルキアーノとルルーシュが見つめ合っていたのはほんの3秒ほどだった。ルキアーノが肩を掴んでいた手を離し、ルルーシュの後頭部へと移動させると鷲掴みにする。頭蓋骨を締められるような感覚に気づいたルルーシュが抵抗するが、その抵抗を押さえつけルキアーノはスザクを見てニヤリと笑った。

「ルルーシュと私がどんな関係か・・・だったな。教えてやるよ、こういうことさ」

ルキアーノはそう言うが早いか、ルルーシュの頭を自分のほうへ引き寄せるとその唇に噛み付いた。まさかの出来事にスザクだけでなく、その場にいた全員が固まる。ルルーシュは必死に手足をバタつかせルキアーノの唇から逃げようとした。だがルキアーノは自分のマントにルルーシュの身体を隠すようにすっぽりと包むと更に口づけを深くした。

「ん、んぅっ・・・!!!」

スザクやジノ、他の皆も居る前でこのようなことをされルルーシュは顔を真っ赤する。冷静に対処しようにも今のルルーシュの頭の中はパニック状態のようにぐちゃぐちゃだ。ガリッと唇の端を噛まれ、ルルーシュのそこから少量の血が滲み出る。それをペロペロとルキアーノの舌が舐めると、ルルーシュは胸の奥がざわめいた。舐められた、それだけでクラクラと目眩がする。微量の催淫効果が流れ出しているのだ。抗議の声を上げようとしてルルーシュが口を開くと、言葉を発する前にルキアーノの舌が侵入してきた。ぬるんとしたそれに舌を絡めとられ、ガツンと殴られたような強い痺れをうなじに感じた。

「ん・・・むぅ、あっ・・・はっ・・・ぅん・・・っ!」

静まりかえった生徒会室にルルーシュの声だけが響く。激しい羞恥がルルーシュのプライドを焼き尽くし、唇が離れる頃にはルルーシュはぐったりとルキアーノの肩に寄りかかっていた。恥ずかしさに顔が上げれずルルーシュがブルブルと震える。これはイレギュラーどころの話ではない。ただの屈辱だ。ルキアーノはそんなルルーシュを満足げに見て、皆の顔を見回した。呆気にとられて立ち尽くす者、顔面を蒼白する者、歯を食いしばりルキアーノを睨む者。その中でもスザクの、まるで鬼のような怒りの形相にルキアーノは心の中で笑いが止まらなかった。ルルーシュを友人だと言った時のスザクの顔と言ったら、ただの友人では収まりきれないような感情が零れだしていた。そしてルルーシュの動揺。二人の間にルキアーノが知らない何かがあるのを確信し、それと同時に言いようのない不快感が生まれた。自分が知らないルルーシュがそこに居るような気がして、気づけば挑発するようなキスをスザクに見せつけていた。やってしまったとは思ったが、ルルーシュの血を舐めた途端そんな考えは何処かへ飛んだ。久しぶりのルルーシュの血。それだけでルキアーノの心は歓喜に震え上がった。やはりルルーシュでないと満足できない。

「・・・そういうわけだ、邪魔をしないでくれよな?」
「ブラッドリー卿あなたは・・・ッ!!!」

今にも食ってかかってきそうなスザクを鼻で笑い、ルキアーノは立ちはだかるラウンズ三人をぐいと押しのけた。ルルーシュは何かを言いたそうにルキアーノを見たが結局なにも言わず拳を握る。そしてルキアーノはルルーシュを胸に抱えたまま生徒会室を出て行った。生徒会室に残された人間は今起こった出来事に愕然と扉を見つめ、間もなく祭終了のチャイムが鳴った。





「はッ・・・ぅ・・・ふっ・・・」

クラブハウスの、ルルーシュの部屋に入った途端ベッドの上に押し倒されルルーシュは微かな喘ぎを洩らす。部屋に着くまで二人は無言だった。唇を重ね合わせたままルキアーノの手が乱暴にルルーシュの服を剥いでいく。制服を開いてワイシャツに手をかけると、ボタンを外すのも煩わしいとそれを力任せに引き千切る。弾けたボタンが床に落ちて転がった。

「や、め・・・っ!」

唇が離れ、ルルーシュは息苦しさにもがく。赤子の手を捻るより簡単にルルーシュを押さえ込むと、ルキアーノは馬乗りになって性急にルルーシュの首筋を晒した。日焼けを知らない真白な肌に思わず舌舐めずりをする。つうと指先で首筋をなぞればこれから起きるであろうことにルルーシュが唇を震えさせる。

「待ち焦がれていたよ、ルルーシュ」
「あんなことをしてどうしてくれるんだ・・・もう皆に会わせる顔がない・・・ッ」
「じゃあ会わなければいい」
「何を馬鹿なことを」
「私は本気だよルルーシュ」
「っ・・・」

逃げられないことを知っているルルーシュは真白なシーツをぎゅっと握りしめた。ルキアーノの顔を見ないように横を向き、観念したように力を抜く。するなら早くしろとでも言うようなルルーシュの態度だったが、気に障ることなくその行動に甘えてルキアーノがそっと首筋に唇を寄せた。まずは軽く触れるだけのキス、そして次に消毒するように肌を口に含む。舌で念入りにそこを舐めてからチュ、と音を立てて唇を離す。口を軽く開いて、八重歯を押しあてる。直前にチラリとルルーシュの顔を見てルキアーノは柔らかなそこへ牙を立てた。

「ぐっ・・・ぅぁ・・・」

鈍い痛みがルルーシュの全身に広がる。額に汗が浮かび、痛みに耐えるように唇を噛んだ。破られた肌から溢れ出す血液にむしゃぶりつくルキアーノは、口の中に広がる味に抑えが効かなくなった。もっと欲しいと吸い上げる。そして時間が経つにつれ催淫効果がルルーシュを蝕み、ルルーシュの苦悶だった顔を快楽の混じる悦楽の顔へと変えていった。屋上で見た夢と同じようなことにルルーシュは無意識のうちにルキアーノの頭を掻き抱く。それに答えるかのようにルキアーノはルルーシュの下半身へと手を伸ばした。

「あ・・・ぁ・・・っ」

久しぶりだからと、その言葉で片付けられればいいが、ルルーシュのそこはすでにゆるりと勃起している。つま先をピクピク痙攣させ、太ももを擦り合わせる淫靡な光景にルキアーノの喉が鳴った。牙を抜き、噛み傷を塞ぐ。ルキアーノが少し舐めるだけで噛み付いた痕はすうっと消えていった。吸血鬼の技というものなのかどうかのか、ルルーシュの首筋は傷一つない状態へと戻る。体中に染み渡るルルーシュの血液にルキアーノは息を荒げた。気持がいい。

「ルキアーノ・・・ッ・・・も・・・う・・・っ」

ルルーシュの声に、ルキアーノが身体を起こす。眼球に涙を溜めたルルーシュがルキアーノを見ていた。ルルーシュの頬に右手をあてるとその刺激すら快楽なのか、小さく声を上げる。ルキアーノは親指でルルーシュの下唇を開かせた。

「これから丸一日は私の好きなようにさせてもらうからな」
「そんな・・・勝手に・・・っ」
「勝手じゃない、勝ち取った権利だ」

ルキアーノが空いた左手でルルーシュのズボンへと手を入れる。窮屈そうに昂るそれをチャックの間から出してやり、じれったいほど弱くしごく。弱弱しい刺激にルルーシュが熱を逃がそうと頭を左右に振る。パサパサと黒髪がシーツに舞う様子を眺め、ルキアーノは弱く握っていたそれを前触れもなく強く握った。

「あ゛ッ、う・・・!」

潰されるような痛みが快感へ変換される。そのまま軽く爪を立てながらルルーシュの性器を乱暴に嬲る。腰が浮くほど感じるルルーシュはどんどん高まっていく熱に涙を零した。

「あっ、あっ、いっ、たい・・・うぅっ、あっ!」
「まずはこれまでの空白を埋めようじゃないか?なあ、ルルーシュ」
「いや、だッ・・・ひっ・・・っあ・・・!」

迫りくるモノに熱い吐息をこぼしながら、ルルーシュな涙でぼやけた視界でルキアーノを見上げた。この行為になんの意味があるのかまでは分からない。ただの性的欲求を処理するだけの行為だけかもしれないし、ルキアーノの支配心を満足させるだけの行為かもしれない。何でもいい、けれど、酷く楽しそうなルキアーノの顔に混じる切なさをどう理解すればいいのか。固執してくるルキアーノを嫌と思っていない己にルルーシュは、もしかしたらと泣きそうに顔を歪めた。やはり好きだというのか、ルキアーノを。

「ルルーシュ・・・」
「は、んッ・・・ぅあああッ!!!」

ルルーシュが考えられたのはそこまでで、搾り取るように手を狭めて先端を抉ったルキアーノの手にルルーシュは射精した。