「見舞いというのは、どういう風にすればいいものなんだ?」

さっきまで何か考える様に黙っていたルキアーノが突然そんなことを言い出すものだから、マリーカは口をぽかんと開けて驚いた。見舞いというのは、あの見舞いのことだろうか?一般的に見舞いと言えば怪我や病気の人物の元へ行き慰める行為だとマリーカは認識している。冷血無情と囁かれるルキアーノの口からそんな言葉が飛び出すとは思わず一瞬思考が停止してしまった。それは隣に居たリーライナも同じようで、傾けていたティーポッドはカップから紅茶が溢れていても平行にならない。なんだその顔はと言いたげにルキアーノの眉が寄せられたのに気づいて、マリーカは慌てて聞き返した。

「お、お見舞いですか?」
「見舞いだが?」
「ええと、それはルキアーノ様がどなたかに・・・?」
「病人には見舞いに行くものだとナイトオブトゥエルブが言っていたが、違うのか」

さらりと、なんの疑いもなしにルキアーノがそう言う。合っていると言えば合っている。だがしかし、それをルキアーノに言うのは間違っているのではないだろうか?マリーカもリーライナもそう思いながらそっとお互いにアイコンタクトを取った。ルキアーノがどうして見舞いだとかを言い出したのかは知らないけれど、重要なのはあのルキアーノがもしかして今、他人のために何かをしようとしているのではないか?ということだった。今までルキアーノは他人を執拗に追い詰めたり命を奪うことはよくあったが、誰かを機にかけるという行動は全くとってこなかった。それは直属の部下であるヴァルキリエ隊の少女達にも例外ではないが、けれどそれには彼女たちは納得してルキアーノに従っているため問題ではない。さてなんと答えればいいものなのか、マリーカは困った。そもそも見舞いというものに定義やルールはないような気がする。しかしルキアーノにとってはそもそも"見舞い"というものが何をするものなのかが分かっていないようだ。

「あの、どなたかがご病気になられたのですか?でしたらルキアーノ様がわざわざ行かれなくても私達が代わりに・・・」
「いや、お前たちは知らない奴だ。いいから見舞いというのはどうやって行うものなのか教えろ」

イラついた、しかし、恐ろしさはない声でルキアーノが促す。てっきり仕事上での親交がある貴族達の中で誰かが病気をし、見舞いに行くべきだとナイトオブワンやナイトオブナインにでも言われたと思っていたが違うようだ。ルキアーノが誰に対して見舞いをしたいと思っているのかマリーカとリーライナは知らない。だが、親愛なる上司の願いとならば最高の形を答えてあげたい。たとえ、どうして見舞いをルキアーノがするのか?とか見舞いなんてルキアーノには似合わないと心の中で思っていても彼女たちはそれを口には出さないのだ。個人の疑問はあとでいくらでも悩めばいいとマリーカとリーライナは無理やり自分たちを納得させ、ルキアーノの方を向くと胸を叩いた。

「お任せくださいルキアーノ様、私達が完璧なお見舞いの方法をお教えします!」
「ルキアーノ様のお見舞い、必ずや私達が最高のものにしてみせましょう!」

声高らかにそう叫んだ二人の心の中には、どうせまた女性関係だろうという僅かな呆れと安心があった。けれどそれが大きく外れていることに気づけるはずもない。張り切る二人を目にしてルキアーノは、とりあえずこれで先ず一歩進んだかと密かに肩を下ろした。こんなことを気兼ねなく聞けるのは彼女達しかいなかったのでルキアーノは正直ホッとしていた。もしナイトオブナインなどにでも聞いてみろ、指差され腹を抱えながら笑うに決まっている。見舞いにはまず準備が必要ですと言ってマリーカとリーライナが慌ただしくルキアーノの目の前を走りまわっている。そんな姿を眺めながらルキアーノは先ほどのことを思い出していた。

(どうして私がわざわざ・・・面倒だ)

そもそもどうして見舞いなどという話になったのか、まず話は昨日まで戻る。昨日、いつものようにルキアーノがアッシュフォード学園へ向かうとルルーシュが居なかった。いつもならば美術部員たちが無理やりにでもルルーシュを連れてくるはずなのに、どうしてルルーシュはいないのだとルキアーノがハンスに尋ねると彼はすまなそうに頭を下げてきた。この前の一件でルルーシュが体調を崩したらしく風邪をひいて寝込んでしまっているという。この前の一件というのは、本当につい先日のことだ。そういえばあの時は水を大量に飲ませたり吐かせたりを繰り返したような気もするし、帰りにはルルーシュの足つきが怪しかったような気もする。せっかく自分が来ているのに体調を崩すなんて、とルキアーノは怒りを覚えそのまま昨日は政庁へ帰ってきた。ルルーシュに会えなかった苛立ちを抱えながら一晩を過ごし、そしてさっきふと思ったのだ。もし、本当にもしかしてという僅かな可能性の話なのだが。ルルーシュが体調を崩したのは自分のせいなのではないか?と。しかしルキアーノはすぐに違うと自分で否定した。ルルーシュには確かに拷問紛いのことをしたり血を喰らったり身体を抱いたりはしたが、そんな"程度"でヒトは倒れるはずではない。拷問と言ってもルキアーノにしてみれば10段階中の2段階程度のことしかしていないし、血だって自分なりにはそんなには喰らわなかった。抱いたと言ってもたった一回の挿入だけだったし、いつもに比べれば負担は少ない方だ。自分は悪くない、そう納得したのだがどうにも腹の奥がムズムズとする。ラウンジのソファに座りながら渋い顔をしてルキアーノは考え込んでいた。そんなとき、ふと声を変えられた。のんびりとした口調はいつも苛々とさせるが、掴みどころのない人物。

「ブラッドリー卿、そんなに床を睨んでいたら床が怯えてしまいますよ」

ルキアーノが顔を上げると、ナイトオブトゥエルブのモニカがほほ笑んでいた。何故かその両手に紅茶とクッキーの箱を持っており、よいしょとルキアーノの向かいのソファに座る。何の用だとルキアーノは言葉無しに睨む。常人ならば即座に血の気が引くであろう睨みにもモニカは一切引くことはなく、それどころかのんびりと紅茶を一口飲んだ。これだからナイトオブトゥエルブは苦手だ、そうルキアーノが思っているとモニカがクッキーの箱からクッキーを一枚取り出してパキンと二つに割った。

「何か悩み事でも?」
「・・・別に、大したことではない」
「大したことでなくても、悩みはあるということですよね?」
「・・・・・・・・・」
「そんなに怖い顔をしないで、ただの世間話ですから」

モニカがクッキーを草食動物のように静かに食べる。ルキアーノはフンと顔を背けながらも、なんだか最近ナイトオブトゥエルブに限らず皆がよく話しかけてくるような気がすると疑問に思っていた。時期からしたら、ちょうどルルーシュと出会ってから暫くしてからのことなのだがなんだというのだ。ルキアーノが黙っているにも関わらずモニカはひとり言のようにこれおいしいですよなどと話しかけてくる。その行動がまるで懐かない動物を懐かせようと頑張っている姿にも見え、ルキアーノは少々腹が立つ。全く、煩わしくてしょうがない。ルキアーノは無視を決め込もうとしたが、そこで先ほど自分が考えた"不安"を思い出した。ルルーシュが自分のせいで体調を崩したのではないかという、ルキアーノの中では限りなく0に近いそれ。しかし自分で0と判断してもむず痒さが取れず、確認のために他人に聞いておくべきか。ルキアーノは少し迷った後、ぶっきらぼうな口調でモニカに尋ねた。名前から性別まですべて伏せ、とある人物としてルルーシュの話をした。一応ルルーシュにこの前したことも含ませつつ、その人物が体調を崩した原因は何だと思うか聞いてみた。すると、モニカはきょとんとしてすぐに答えた。

「それは、ブラッドリー卿のそれが原因としか私は考えられないですね」

まさかの答えにルキアーノは愕然とし、また、ああやはりかと心のどこかで思っていたことに目を伏せた。ルキアーノとて、一応はヒトとして生きてきたつもりだった。僅かながらの常識はあるがそれを認めたくないだけだ。ルルーシュが自分のせいで体調を崩したのだと"普通"ならば思うことを、ルキアーノはどうしても素直に受け入れられなかった。普通。それがどうしてもルキアーノにとって難しい。そのことでルルーシュに情けない弱音を吐いてしまったばかりだというのに。そうか、と呟いたまま黙り込んでしまったルキアーノを見てモニカが何かを察知したようにクッキーを食べる手を止めた。

「ブラッドリー卿は、それでどうするんですか?」
「・・・何がだ?」
「その人が倒れてしまって、ブラッドリー卿はどうしたいと思ってるんですか?」

モニカの瞳がルキアーノをジッと見つめる。ただの世間話だといったくせに、やけに真剣な眼差しで見てくるモニカに思わずルキアーノは考えた。ルルーシュが自分のせいで倒れた、それで、どうする?どうするもなにも、どうすればいいのか分からない。胸に燻ぶる気持ちがルルーシュに対する心配なのか申し訳なさなのか、いや、そんなことを感じるほど自分は落ちてはない。けれど、だからと言って何もしないでいると苛々もする。こんな時はどうしたら、こんな時"普通"ならどうするのか?

「・・・普通は、どうするんだ?」
「えっ?そうですね。普通なら・・・・・・そうです、お見舞いですね」
「見舞い?」

いいことを思いついたというようにモニカがパチパチ手をたたく。しかしルキアーノは見舞いという単語に首を傾げた。見舞いとは一体なんのことなのだろうか。そんなルキアーノを置いていくようにモニカがどんどん話を進める。

「そうですお見舞いに行きましょう。花束とささやかなプレゼントを持って。いい考えです。ブラッドリー卿、私はお見舞いに行くことを勧めますよ」
「おい、見舞いというのは・・・」
「ああ、もうこんな時間。それじゃあ私はこれで失礼しますね、それでは」

詳しく聞こうと思ったのだが、まるで逃げるように去ってしまったモニカの背中をルキアーノを見ることしかできなかった。そして私室へと戻ったルキアーノはそこにいたマリーカとリーライナに尋ね、話は冒頭へと続いたわけだ。

(普通、か)

ルルーシュを手に入れるためにはある程度の"普通"が必要だとルキアーノは考えている。しかしどこからが普通でどこからが異端なのか、その区切りも分かっていないのに普通になろうとするなんておかしな話だ。ルキアーノはふと自分の手を見る。この下に流れる血液、そして身体を構成する細胞はヒトではない。吸血鬼のそれなのだ。よく考えていなかったが、もしかすると自分は他のヒトとは別の場所に生きるべき生き物ではないのだろうか?人間社会に溶け込んで生きていて、自分の正体も分からなかったから今までそんなこと思いもしなかったのだが。吸血鬼とヒトの違い、それは異端と普通の違いでもあるのだろうか。




『本当に大丈夫?やっぱり僕だけでも帰ったほうが・・・』
「いや、大丈夫だ。俺のことは気にしないでくれ。今はお前だけが頼りなんだ」
『・・・うん、分かったよ。でも、終わっらすぐに帰るからね。それまで無理しちゃダメからね』
「はは、分かったよ。それじゃ」

名残惜しそうなロロの声を耳にしながらルルーシュは電話を切ると大きく咳き込んだ。無理に止めていたせいか咳はしばらく止まらず、涙目になりかけたころやっと治まった。小声で喋ったとしてもやはり声の掠れはロロに届いてしまっていただろうか。はあと息を吐いてみても身体のだるさは取れず、ルルーシュは再びベッドの中に潜り込んだ。きちんと布団をかけなければいけないと分かっているものの、体温が熱いせいでどうしてもかける気になれない。薄いタオルケットをひっぱり出してきて腹には掛けておいたが、布と身体との間にすぐ汗を掻いてしまって気持ち悪かった。

(ロロを中華連邦に行かせておいてよかったな・・・)

もしロロが居たら朝から晩までつきっきりで看病してくれそうだが、きっと窮屈すぎて余計に体調を崩していただろう。ルルーシュはそんなことを思いながら目を瞑った。急な発熱はあの件があった翌日の朝に起こった。就寝前に少し喉に違和感を感じていたのだが、それはきっと水の吐き過ぎで荒れたのだろうと思ってそのまま寝てしまった。朝起きてベッドから降りようとした瞬間、足に力が入らなくてそのまま床に倒れてしまってそこで体調の異変に気付いたのだ。額を思い切り床にぶつけて悶絶しているところを物音を聞いて駆けつけたロロに助けられた。ロロはルルーシュの身体に触れた途端びっくりしてルルーシュを抱えるようにベッドに戻した。

「どうしたの兄さん、すごい熱だよ!?」

体温計で熱を測ってみると、デジタル数字は38度を示していた。驚いたのはロロもだがルルーシュ自身もであった。体調管理には気を配っているつもりだったし、こんな熱を出すなんて本当に何年かぶりだったからだ。風邪をひいたら熱が出やすい体質なため、いつも風邪かもしれないと思った時にはすぐに薬を飲んで治していた。熱があると分かってから、急に吐き気や頭痛がしてきたような気がしてルルーシュはそのままその日一日寝込んだ。2日か3日か休めば治るだろうと思っているが、ルルーシュにはひとつ気がかりがあった。ちょうど喉に違和感を覚えたあの夜に黒の騎士団の諜報員から連絡があったのだ。中華連邦のほうで気になる動きがあり、確認をしてほしいという内容だった。ルルーシュはできれば自らそれを確認しに行きたかったのだがこの体調では行けるわけがなく、代わりにロロとC.C.を中華連邦へ向かわせた。最初ロロは、こんな状態で兄さんを置いて行きたくないと嫌がったのだがルルーシュが説得すると渋々了承した。こんな時だからこそ、ある意味ロロには頼めるし信頼もできる。ロロはルルーシュの看病で学校を休んでいるということにしておいて、ルルーシュは誰もいないクラブハウスでゆっくりと休養していた。

「・・・っゴホ・・・っく・・・」

ルルーシュはベッドの上で何度も寝返りをうつ。喉に手を当てて、軽く咳をした。一人なのは気が楽だ、けれど、その分頼みごともできないため自分で全て行わなければならない。ルルーシュは起き上がりベッドサイドのテーブルに置いてあったペットボトルを掴んだ。力の入らない指で蓋をあけて水を飲む。ぬるくなったそれが喉から胃まで流れていくのを感じながら、今日はまだ何も食べていないことに気づく。しかし立ち上がり移動するのも億劫で、ルルーシュはペットボトルを持ったままぼーっと宙を見上げる。思考がぼんやりとして何もうまく考えられない。そういえば学校のほうは何も考えず休んでしまったが、スザクに何か勘ぐられていないだろうか。美術室でのことが気まずいのかあの後からスザクとはあまり話をしていなかった。あの時のことはよく考えてみるとおかしなことだったのだが、未だにルルーシュはスザクのあの行動の真意を掴み切れていない。ゼロの正体を自白させるための脅しだったのか、それともただの友達ごっこの延長線だったのか。

(スザク・・・)

ペットボトルを掴む手の力が無意識のうちに強くなる。ルルーシュは思うのだ、スザクはまだ自分のことを恨んでいるのだろうと。いや、恨んでいないはずがない。なぜなら彼にはとても残酷なことをしてしまったから。彼を傷つける結果だと分かっていてブラックリベリオンを選んだ自分に今更スザクを求める資格はないとルルーシュは思っている。記憶が戻ったころなどは、殺したいとも思った。ナナリーを奪い記憶を奪い、そして偽りの籠の中へと放り込まれたことが憎かった。スザクが学園へと戻ってきてからルルーシュはよく視線を感じるようになった。スザクからの突き刺さるような痛い視線。それを分からないふりをしつつスザクに接するのは苦痛だったし、お互いになんとなく一線を引いているのは感じ取れているはずだ。だが、しかし錯覚してしまう。以前のように制服をまといアッシュフォード学園で生活するスザクを見ると、まるで何もなかったんじゃないかと。あんな悲劇はただの夢で、振り返ればナナリーがそこにいるのではないだろうかと。けれど夢は夢、ただの幻想だ。

(・・・何を弱気になっているんだ、スザクはもう敵なんだ)

熱で脳がおかしくなってしまったのだろうか?ルルーシュは思考を振り払うように頭を横に振ると、残っていた水を一気に飲んでペットボトルをゴミ箱へ投げた。弧を描いてゴミ箱に落ちていったペットボトルは、ゴミ箱の淵に当たって跳ね返り床に転がってしまった。なんだか心なしか熱が上がったような気がする。ルルーシュが枕元に置いてあった体温計で再び熱を測ってみると、熱は39度に上がっていた。薬なんて全く効いていないじゃないかとルルーシュは渋い顔をして頭を掻いた。熱のせいで汗を掻いた頭皮が湿っている。ただの風邪だと思ったが、本当に風邪なのだろうかと思わず疑ってしまう。今のところ症状と言ったら高熱と咳なのだが、それより喉も痛い。水を大量に飲まされてそれを吐いたりを繰り返したせいで喉に傷がついたのだと思う。それとあの時は冷水がたっぷりと入っていたバスタブに突き落とされたのだ、熱が出るのもなんとなく分かる。ああ、そういえば自分は誰のせいでこんな目に遭っているのだろうか?そうルルーシュが考えた時、部屋の扉が叩かれた。ドンドンドンと強いノック音に思わずルルーシュは肩を震わせる。ロロは居る筈がないし、生徒会の誰かが見舞いにでも来たのだろうか。ルルーシュは誰だ?と問いかけようとしたが、掠れた音が出ただけで声は出なかった。扉の鍵は閉まったままなので仕方なくベッドから降りる。が、すぐに足下がふらついた。よろけそうな身体を咄嗟にテーブルに手をついて支える。床のひんやりとした冷たさが足の裏から伝わって気持ちがいい。しかしそれをゆっくりと感じさせないように扉のノック音は強く続いていた。せっかちで乱暴な奴だなと思いながらきっとジノかリヴァルあたりだろうと予想する。ルルーシュはゆっくりと扉に近づいたのだが、2、3歩歩いたところで胸の奥に不快な何かが込み上げてきた。吐きそうになり、口を手で塞ぐ。寝ていた時は平気だと思っていたが、やはり動いてみると辛い。はあはあと乱れ始めた息を落ち着かせながらルルーシュは扉まで行くとロックを解除した。扉が開き、外の明かりが入り込んでくる。そしてそれと同時にルルーシュは目の前に真っ赤な薔薇が迫ってくるのが見え、そこで意識が急速にブラックアウトした。額にガツンと何か衝撃を受けたのは感じ取れたが、ルルーシュが分かったのはそれだけだった。




夢を見る。戦場の夢だった。ルルーシュは何故か一丁のピストルを両手で持ちながら走っていた。瓦礫が崩れ落ちるどこかの建物の中をルルーシュは必死に走る。どれくらい走ったのか分からず、そして何故走っているのかも分からない。ただ視界の端にちらちらと見える黒の騎士団のナイトメアの残骸を見て、ルルーシュは漠然と自分はこの戦いに負けたのだと感じた。しかしルルーシュの服装はゼロの格好ではなく学生服姿だった。後ろを何度も振り返るルルーシュは大きな柱の陰に飛び込む。次の瞬間、大きな爆発がすぐそばで起こってルルーシュは吹っ飛ばされた。ものすごい風圧で身体ごと飛んだルルーシュは気づけば暗い部屋の中にいた。見覚えのある部屋、そして景色。ルルーシュが立ち上がると部屋の奥に椅子があるのを見つけた。誰かが座っている。ルルーシュが恐る恐る近づいてみると、そこには息絶えたクロヴィスが座っていた。そこで理解する。この男を殺したのは、自分だと。ルルーシュは恐ろしくなり持っていた銃を投げ捨てるとその場に蹲り叫んだ。ギアスではなく、その手で初めて兄弟を殺した日。そこから自分は狂っていたのだと再び理解する。ルルーシュの叫び声だけが部屋に響き、誰もルルーシュに手を差し伸べることはなかった。



ペチペチと頬を叩かれる感触でルルーシュは目を覚ました。ゆっくりと瞼を開くと誰かがルルーシュの顔を覗き込んでいた。何故かぼんやりとしかその顔をとらえることができなかったが、ルルーシュにはそれが誰だかすぐに分かった。ルルーシュの目が開いたのを確認したのか、ルルーシュの頬を叩いていた人物はそっと人差し指の背でルルーシュの目尻を拭く。ぼやけていた視界が晴れ、ルルーシュは今度ははっきりとその人物の顔を捉えることができた。

「お前の手はやけに冷たいんだな・・・ルキアーノ」
「汚い声だ、掠れてるぞ」
「誰の、せいだと思って・・・っごほ・・・ッ!」

ルルーシュが咳き込むとルキアーノは眉を寄せてルルーシュの額に手をあてた。長い前髪を掻き上げてルルーシュの表情がよく見えるようにする。ルルーシュは苦しそうに咳をするばかりで、ルキアーノは何だか気分が悪かった。ルルーシュの部屋を訪れて部屋に入った瞬間、勢い余ってルキアーノはルルーシュに打つかってしまいルルーシュを失神させてしまった。ちょうど花束を抱えていた拳を上げた時に、タイミングよくそれがルルーシュの額に当たったらしい。バタンと倒れてしまったルルーシュをベッドに運び、ルキアーノは起きるまでルルーシュの寝顔を眺めていた。けれどルルーシュの寝顔が歪み苦しそうにしていたため、頬を叩いて起こしたのだ。恐ろしい夢でも見たのかルルーシュの目にはうっすらと涙があった。ベッドに腰掛けたまましばらくルルーシュの額に手をあてていたルキアーノは、ルルーシュの咳が止むころに手を離した。ルルーシュはとりあえず落ち着いた頭で色々と考えてみる。どうしてルキアーノがここにいるのかとか、何しにきたのだろうかとか。けれど小声しか出せないルルーシュはそれをルキアーノに聞くのも面倒で、視線をベッドの外へと向けた。すると先ほどまではなかったはずの花束とフルーツの入った籠がテーブルに置かれていた。

「あれ、は?」
「見舞いの品だ」
「見舞い・・・?お前がか?」
「病人には見舞いに来るのが普通なんだろう?」
「それは・・・そうかもしれないが」

籠に入ったフルーツは分かるが、赤い薔薇の花束は見舞いの品としてはどうかと思う。けれど自信満々にルキアーノが言うものだから、ルルーシュは何も言えなかった。と、いうかルキアーノは見舞いに来たのかとルルーシュは心の中で驚いた。ルキアーノが見舞いをするようなタイプ、いや、性格ではないと思っていたからだ。ルルーシュが上体を起こすと、ぐらりと目眩がした。揺れたルルーシュの身体を咄嗟にルキアーノが掴むと、自然にルキアーノの肩に寄りかかるようにしてルルーシュは身体を預けた。いつもなら嫌味の一つや二つ言ってやるところなのだが、生憎そんなことを言うほどルルーシュには余裕がない。そのため口数も当然少なくなり、ルルーシュは黙ったままルキアーノに寄りかかった。そんな大人しいルルーシュが珍しいのか、ルキアーノはルルーシュの髪を弄ったり熱い頬に手を添えてみたりしている。ルキアーノはいつもは手袋をしているが今日は何故か手袋をしていなかった。ルルーシュは目の前を何度も行き来するルキアーノの手を見つめる。手袋をしているときは分からなかったが、意外とルキアーノの指は細かった。少しして、だんだん落ち着いてきたルルーシュはテーブルの花束を見て漏らす。

「花が枯れてしまう、花瓶に挿し換えないと・・・」
「花なんてすぐに枯れる」
「馬鹿、勿体ないだろう。それにフルーツもちゃんと種類別に分けないと・・・」
「ああもう五月蠅い奴だ。果物なら今食べればいいだろう」

そう言うとルキアーノは籠の中から手頃な林檎をひとつ取ってルルーシュに渡した。林檎はぬるいかと思いきや冷えていて、ルルーシュは手の中で林檎を転がす。さあ食えと言ってくるようなルキアーノの視線に、丸ごと渡されたって困るとルルーシュが林檎をルキアーノに突き返した。それに今は食欲がないとルルーシュが言う前に、切れば食うのか?とルキアーノはいつの間にか手にナイフを持っていた。一体その物騒なものはどこから取り出したのだろうかとルルーシュがぎょっとしていると、ルキアーノが慣れた手つきでナイフを操り林檎を真上から四等分にする。きっとそのナイフはルキアーノ愛用のものなのだろう、下手な包丁よりもそれはよく切れそうだ。

「切ってやったぞ、食え」
「芯が残ったままじゃないか」

ずいと目の前に切られた林檎の一辺を突きつけられる。ルルーシュはそれを手に取るが、林檎の芯は残ったままだった。きっとルキアーノは果物など切ったことがなかったのだろう。林檎はいい香りがして、とても美味そうだが芯ごとは食べれない。

「ああ?いちいち細かい奴だな」
「細かいというよりもだな、そもそも俺は今あまり食欲が・・・」

ルルーシュの言葉は耳に入っていないのか、ルキアーノはさっさと芯だけを処理すると今度こそというようにルルーシュの口元に林檎を押し付けた。下唇に押し当てるようにルキアーノが無理やり林檎を食べさせようとしてくるものだからルルーシュは仕方なく少しだけ口を開いた。すぐに押し込められた林檎に思わず声が漏れる。指まで入ってくるのではないかと思ってしまいルルーシュは林檎を口の中にしまうとすぐに口を閉じてそれを噛み締めた。シャリシャリという音と共に甘い果汁が口に広がる。食欲はないと言ったものの果物なら食べやすいなと思いながらルルーシュは口の中に残ったそれを噛み砕いた。ルルーシュが食べている間、ルキアーノはジッとまるで観察するようにルルーシュの顔を見ている。ルルーシュは一体なんだろうかと思いながら口に入れられた林檎を全て飲み込んだ。ルルーシュが食べ終わったのを確認してから、ルキアーノが問う。

「どうだ」
「あ、ああ。美味かったよ。林檎は久しぶりに食べたな」
「・・・そうか」

フッとルキアーノが口元を一瞬だけ緩めた。それを見て、ルルーシュは驚いた。今もしかしてこの男は笑ったのだろうか?ほんの一瞬の出来事だったため分からなかったが、ルルーシュはルキアーノが笑ったように見えた。いつもの不敵な笑みではなく、まるで"やさしさ"の笑みだった。目の錯覚だろうかとルルーシュが目を擦るが、すぐに次の林檎が口に押し当てられたのでルルーシュはまた口を開いた。こうした作業を繰り返し、何だかんだとルルーシュは一個の林檎を食べた。ナイフを綺麗に拭きとってからそれと胸元にしまうルキアーノを見ながらルルーシュが籠に手を伸ばす。他にどんな果物があるのだろうかと思えば、グレープフルーツやバナナなどに交じって透明なプラスチックのケースに入った苺があった。つい思わず苺に視線が行ったルルーシュがそれを取ろうとしたが、その前にルキアーノの腕がサッと伸びて苺のケースを持ち上げた。

「これが欲しいのか」
「俺への見舞い品じゃ・・・っげほッ・・・」
「病人は大人しくしていろ」

ルキアーノがケースの中から一粒苺を摘みあげてルルーシュの口の前まで持ってくる。食べさせるのが楽しいのだろうかと思いつつルルーシュがそれを食べようと口を開いたが、苺の先端を含んだところでルキアーノの手がふいと離れる。つい顔で苺を追ってしまったルルーシュは口を少しずつ何度も開いて苺を食べていく。まるで動物の餌やりのように、苺をたまに引いたり押したりしてくるルキアーノをルルーシュは睨んだ。面倒だとルキアーノの手を捕まえてしまおうと思ったが、逆にルキアーノの空いた手で手を捕まえられてしまった。両手をぐっと握られたまま、顔だけは少し上を向いて苺を食べさせられている状態。

「・・・っん・・・」

ようやくルルーシュが苺を食べ終わった時には、ルルーシュの口の周りは赤い果汁でベトベトなっていた。首まで垂れてしまった果汁が気持ち悪くてルルーシュは口の端を舐めた。いい加減手を離せとルルーシュが首に垂れたそれを拭こうと両手を捩じらせる。けれどルキアーノは手を離さず、ルルーシュの首筋に垂れた赤いそれをじーっと見ていた。そしておもむろに苺をもう一つ摘みルキアーノはそれを自分の口に入れると、そのままそれでルルーシュの口を塞いだ。何の前触れもない口付けにルルーシュは目を見開いて抵抗する。止めろという言葉を発しようとルルーシュが口を開いた途端、口の中にごろりと苺が転がってきた。そして苺と一緒にルキアーノの舌も侵入してくる。苺を甘噛みしながら唇をぐいぐいと押し付けてくるルキアーノの勢いに負け、ルルーシュは自分も苺に舌を伸ばした。ルルーシュはカァッと脳に熱が集まってきたのが分かった。それはきっと風邪の熱のせいなのだろうが、口づけをされるといつも頭がぼうっとしてしまう。初めてルキアーノに口づけされた時は舌を噛み切ってやろうかと思うほどショックを受けたものだが、回数を重ねてしまうともう慣れるしかなかった。特に意味など考えず口づけを交わしながら二人で苺を消化していく。

「っむ、ぅ・・・んんッ・・・ふ、んぅ・・・!」

溢れ出す果汁が飲みきれずにルルーシュの口の端から垂れていく。真上から覆われるように口づけをされているため、どうしてもルルーシュの口ばかりに汁が溜まる。唾液と果汁がぴちゃぴちゃと水音を鳴らす。お互いの口の中に固形物はなくなったが、ルキアーノはなかなか唇を離さなかった。口の中に残った味を全て喰らいつくすように舌でルルーシュ口内を掻き回した。まるで生き物のように動くルキアーノの舌に怯えて縮こまるルルーシュの舌はあっという間に絡め取られてしまう。

「っは、ぁ・・・ルキ、アーノ・・・ッ」

腫れたようにルルーシュの唇が赤くなる。それを何度も挟むような情熱的なキスのあと、ルキアーノの長い舌がつぅっとルルーシュの口の端から首筋に移る。垂れた果汁を舐め取るそれがくすぐったくてルルーシュは唇を軽く噛んだ。掴まれたままのルルーシュの両手がルキアーノの服を掴む。不意にルキアーノがルルーシュの身体をぐいと引っ張って、自分の膝に乗せるようにした。熱で力が入らないルルーシュは抵抗するのも辛く、ルキアーノの好きなようにさせてやる。ルキアーノの太股をルルーシュのふくらはぎが挟むような態勢で、ルキアーノは背後からルルーシュの首筋を舐めていく。は、は、という息遣いがダイレクトに耳に響いて、ルルーシュの甘い声が鼻を通った。するとぴちゃぴちゃと首筋を舐めていただけのルキアーノが、突然ルルーシュの皮膚を軽く噛んだ。一瞬だけの痛みにルルーシュが身体をビクリと震わせる。まさかと思い慌てて後ろのルキアーノを振り返り見た。いつの間にか解放されていた手でルキアーノの額をぐいと押す。

「だ、ダメだ今日は・・・ッ・・・吸われたら・・・ッ」
「病人の血なんて食うわけがないだろう」
「っだったら、さっさと口を・・・離、せッ!」

ルルーシュが後頭部をルキアーノの胸板に押し当てて抵抗すると、ルキアーノは最後に首筋の肌を強く吸ってから口を離した。ルルーシュからは確認できない位置に真っ赤な痕が残り、ルキアーノは満足げに目を細める。動いたせいですっかり体力が尽きてしまったルルーシュはぐったりと身体を預けながら咳をした。額に汗が浮かんで流れて落ちてくる。ぐるぐると視界が回るような気持ちの悪さにルルーシュが目を瞑って我慢していると、耳の後ろにルキアーノの鼻が押し当てられた。

「汗臭いな」
「・・・仕方・・・ない、だろ・・・」
「・・・おい?」
「お前が、変なことをするから・・・余計・・・悪化した気がする・・・」

急に吐き気が込み上げてきて、ルルーシュは口元を覆った。病人は大人しくしているものだと言ったくせに、大人しくさせてくれないのはルキアーノではないかと内心悪態をつく。ルルーシュの荒い息がルキアーノの耳に届き、ルキアーノは何となくルルーシュを抱き上げて向かい合わせのようにした。まるで母が子を抱くような形になり、ルルーシュは額をルキアーノの肩に押しつける。楽だとは言えない体勢だが、どうしてか落ち着けた。ルキアーノの大きい手がルルーシュの背を撫でる。いつもならば絶対にしないそんな行為にルルーシュは気づかないまま、ジッと吐き気に耐えた。

「・・・気分が悪いのか?」
「・・・、う・・・」

ルルーシュが素直に首を縦に振る。ルキアーノは少し考えたあと、ルルーシュを横抱きにすると自分の膝の上から下ろしてベッドの上に静かに寝かせた。乱暴な手つきだが毛布をルルーシュに掛け、額に浮いた汗を手でぬぐってやる。寝てしまえというようにルルーシュの頬をルキアーノは撫でた。ルキアーノの手は冷たくてひんやりとしているからとても気持ちがよく、ルルーシュは誘われるように瞼を閉じた。傍にルキアーノの気配を感じながら、ふと口を開く。

「そういえば、どうしてお前は来たんだ?」
「なんだその言い方は、来てはいけないのか?」
「そうじゃない。ただ・・・珍しいと思って」

ルルーシュはルキアーノが自分を欲しているとは知っていたが、こんな気遣いのような真似をするとは思っていなかったのだ。弱者には興味がないといつも言っているルキアーノが、まさに今弱者になってしまっている自分に興味など持たないと思っていた。ルルーシュがそう問うとルキアーノはばつの悪そうな顔をして呟く。

「こうするのが普通なんだろう?」
「普通?」
「普通なら、お前は私を拒絶しない」
「ルキアーノ・・・」

閉じていた目をうっすらと開いてルルーシュはルキアーノを見上げた。やけに普通普通と言っていたが、そう意味だったのか。ルキアーノの表情は少し強張っており、ルルーシュを見つめている。もしかして、この前のことを気にしているのだろうか。ルキアーノが何を考えているのか知らないが、自分が普通であれば欲しいものが手に入ると思っているのだろう。力を持つルキアーノはナイトオブラウンズという地位にいて、彼の性格は少々他人と比べると過激だ。そしてその上ルキアーノは人間ではない、吸血鬼だ。他人との様々な差を認識してしまって、本能的に怖がっているようにも思える。他人と違う、それだけなのに。ルルーシュは頬にあてられたままのルキアーノの手を感じてみる。こんなに大きい手をしているのに、どうして怖がる必要があるのだろうか。

(俺は別に普通じゃなくたって、お前だったら・・・)

ルルーシュがそう思っていると、ふとベッドが沈んだ。ルキアーノの顔が近付いたかと思えば、やさしく唇だけを重ねられた。いつもの激しい、喰らい尽すような口付けではないそれ。本当にただ純粋に唇を合わせるだけのそれが気持ちよくてルルーシュは目を瞑った。そうしているうちにだんだんと眠気が脳を蝕んでいき、ルルーシュの意識がだんだん遠のいていく。唇が離されて、頭を撫でられるのを感じとってからルルーシュはそのまま眠りに落ちた。意識が沈む直前に、そういえばこうしてただのキスをするのは初めてじゃないだろうかとも思ったが、眠気の波に飲まれてその考えはすぐに消え失せた。



すうすうと静かに眠っているルルーシュの顔を、ルキアーノは難しい顔で見ていた。おもむろに、ベッドの壁側に手を伸ばして壁の模様のある一点を強く押す。僅かな穴が開いていたそこはルキアーノが強く指で押すと、バリンと音をたてて割れる。ルキアーノのとて一応はラウンズで五感は常人よりも優れている。監視カメラの存在には気づいていたが、ルルーシュの前では壊すことを躊躇っていたのだ。ルルーシュが自分の部屋を監視されていることに気づいているのかどうかは分からない。けれど、もし知らなかったとして自分の部屋に監視カメラが仕掛けられていたと知ればショックを受けるだろう。別にルルーシュがショックを受けようがなんだろうがルキアーノには構わないことだったのだが、そのカメラを仕掛けたのはお前ではないのかと疑われるのだけが嫌だった。この部屋にはあとまだいくつかカメラが仕掛けられているようだが、ルルーシュに一番近いカメラは今壊したものだけなのでとりあえずはいいだろう。

(監視は枢木スザクの命令か?それとも、また別の・・・)

誰にせよ、ルルーシュを監視していると思うと胸糞悪い。監視というのがまるで所有物扱いしているようにも思えて苛々するのだ。またそして、こんなに弱々しいるルルーシュを見るのも苛々する。いつも眼に光を宿して、何者にも屈しないような自信に溢れていたあのルルーシュがこんなに弱っているとは思いもしなかったのだ。病はヒトを弱くすると聞いたことがある。怪我はしょっちゅうだが病気などはめったにかからないルキアーノにとってそれは理解できないものだったのだが、今日のルルーシュの様子を見た限り病は辛いものなのかと思った。

(・・・熱いな)

ルルーシュはルキアーノの手を冷たいと言ったが、ルキアーノの手は冷たくもなんともなかった。体温は低めだが普通の範囲内であり、ただ単にルルーシュの体温が高かったためそう感じたのだろう。ルキアーノは肌蹴たルルーシュの首筋を見て、ゴクリと喉を鳴らす。ルルーシュに触れるたび、すぐにでもその下を流れる血液を喰らいたくなる衝動に駆られる。いつもならば喰らっているところだったが、今日のように弱っている姿を見せられてしまうとそのまま死んでしまうのではないかと思い何とか踏みとどまったのだ。 ルキアーノはルルーシュの髪を一撫でしてから立ち上がった。とりあえずマリーカとリーライナから言われた見舞いの方法は一通りしたつもりなのだが、果たしてちゃんと正しいものだったのだろうか?見舞いの品を渡して世話をすればいいと言われたものの、世話の仕方なんて分からない。恐らくリーライナとマリーカは勘違いしている、見舞いに行く相手が女性だと。見た目だけでは確かに女性なのだが、と思いながらルキアーノは扉を開いた。電気を消してからルルーシュの顔をもう一度だけ見ると、ルルーシュはごろりと壁のほうへ寝返りをうつ。その背中を見届けてから、ルキアーノは部屋を出た。




「ブラッドリー卿」

ルキアーノは呼び止められ、振り返ると恐ろしい顔をしたスザクが立っていた。クラブハウスから出てきたところだったルキアーノはそんなスザクの顔が面白くて思わずフッと鼻で笑う。何をそんなに怒っているのか。このクラブハウスから、いや、ルルーシュの部屋から出てきたことにでも怒っているのだろうか?ルキアーノが腕を組みニヤリと笑ってみせるとスザクはあからさまに眉を寄せた。

「こんなところで何をしているのですか、今日は絵のモデルは無いのでしょう?」
「ふうん、何をしていたか。何をしていたかは、"見ていたんじゃないのか?"」

あのカメラの向こう側で、とルキアーノがいうとスザクは視線をサッと逸らした。どうせそんなことだろうと思っていたが、だとしたらあの部屋でしたことも見られていたということか。ルキアーノは別に見られていてもいいとは思ったが、それをルルーシュが知ったらうるさそうだなと思った。スザクがぎゅっと拳を握り、吐き捨てるように言う。

「・・・っ、ブラッドリー卿あなたはルルーシュを分かっていない」

じゃあお前は分かっているのか?そう問おうかと思ったルキアーノだったが、これ以上構うのも面倒だとスザクに背を向けた。スザクがルルーシュに対して執着心を持っているのは見て感じとれたし、お互いの間に何かがあったこともなんとなくは分かっていた。だが、だからと言ってルルーシュを取られるわけにもいかないのだ。スザクはルキアーノがルルーシュの傍にいるのが気に食わないといったようだったが、ルキアーノは疑問に思う。スザクのルルーシュに対するそれは劣情なのか?と。しかしそれと言うにはスザクは堂々とそれを表さないし、どちらかというと劣情を隠しながらルルーシュに固執しているように見える。なんにせよ、枢木スザクにだけはルルーシュは渡すつもりはない。ルキアーノが去ろうとしたその時、スザクがルキアーノに向けて静かに問う。

「ブラッドリー卿、あなたにとってルルーシュはなんなんですか?」

踏み出しかけた足をぴたりと止め、ルキアーノは顔だけスザクのほうを振り返り見た。睨むような視線が真剣さを物語っており、ルキアーノは舌打ちをする。

「そう言うお前は、どうなんだ?お前にとってルルーシュとは何なんだ?」

逆にルキアーノが聞き返すとスザクは言葉を詰まらせ、考え込むように黙ってしまった。いい機会だとルキアーノはスザクの答えを待つ。前から疑問に思っていたのだ、スザクはルルーシュのことをどう思っているのか。ラウンズと罪人の関係だけではない何かがあったのなら、ルキアーノはそれを知りたい。まだルキアーノの知らないルルーシュをスザクは知っているはずなのだ。

「・・・ルルーシュは僕にとって・・・生きる、理由だ」

静かに、スザクは言った。生きる理由とはまた大層な存在だなとルキアーノは笑ったがスザクはくすりとも笑わない。それどころか苦虫を噛み潰したような顔をして言葉を吐き続けた。

「ルルーシュのせいで僕は死ねない、ルルーシュは僕の大切なものを多く奪ったんだ。僕にはルルーシュを"管理"する権利がある」

スザクは一度目を瞑り、軽く息を吐いてからルキアーノを睨んだ。

「だからブラッドリー卿、あなたにルルーシュは渡せない」

ルキアーノの背筋にゾクリとした何かが走る。このルキアーノ・ブラッドリーからルルーシュを奪おうとしているのか?この男は。面白い!そのちっぽけな身体に溢れた自信をたたき折ってやろうか。ルキアーノは片腕でスザクの胸倉を掴み上げる。身長差のせいでスザクはつま先立ちになるが、全く苦しげな顔を見せなかった。唸るように吠えた。

「やれるものならやってみろ、イレヴンが!」