政庁の庭園へと続く道を歩く。正直スザクはナナリーと会うのが嫌だった。嫌だったというよりは申し訳ないというほうが近い。ナナリーにはルルーシュは行方知れずということにしていたが、本当はすぐに会える距離にいたのにそれを騙していた。しかもルルーシュの記憶が戻っているかためすのにナナリーを使ったうえ、本当にルルーシュが行方不明になってしまい、スザクはナナリーに合わせる顔がなかったのだ。エリア11の政庁にある庭園はアリエスの離宮に似た造りになっているらしい。スザクはアリエスの離宮がどんな所かは知らなかったのだが、以前にナナリーが昔に自分が住んでいたところだと聞いていた。美しい庭園の中央にあるテーブルの前に座っているナナリーの姿を見つけ、スザクはゆっくりとナナリーに近づく。ナナリーは何をしているわけでもなく、ただ前を向いていたがスザクの足音を聞いて音のするほうへと顔を向けた。

「スザクさんですね」
「はい。ナイトオブセブン枢木スザク、ただいま参上致しました。」
「人ははらってあります。どうか昔のように話して下さい」
「イエス、ユア・ハイネス。・・・これでいいかいナナリー?」
「はい、ありがとうございます」

にこりと笑うナナリー、スザクは微笑み返せなかった。ナナリーの向かい側にあるイスに座り、スザクは居心地が悪そうに視線をナナリーから逸らす。何故呼ばれたのは分からないがこうして二人っきりで会うのは何ヶ月ぶりだろう。雲に隠れた太陽、鈍い色をした雲が空を覆っている。雨が降り出しそうな、とまではいかないが天気がいいとも悪いとも言えない天候。しかし雲の動きは早く、じっと見るだけでも雲は政庁の端から端まですぐに移動していた。どちらからか会話を始めることもなく沈黙が数分続く。呼んでおいて何も話し始めようとしないナナリーを不審に思いながらも埒が明かないとスザクは口を開いた。

「あの、ナナリー・・・僕に用があったんじゃないのかな?」
「・・・いえ、私に話さなければいけないことがあるのはスザクさんのほうじゃないんですか?」
「え?」
「私に話さなければいけないこと、ありますよね」
「そ、れは・・・」

息が詰まる。ナナリーの瞳は閉じているのに心まで見透かされているような気持ち。話さなければいけないこと、そんなもの、たくさんありすぎて分からない。過去のこと、今のこと、ゼロのこと、ルルーシュのこと、すべてすべて話さなければいけないことだ。テーブルの上に置いた両手が祈るように一つになって震える。この3か月ずっと考えていた。ルルーシュについて、今まで犯してきた罪について。自分はルルーシュが好きだった。それは友情を超えてしまった片想いで、伝えられるはずのない想いを子供のころから心のなかにしまっていた。運命とは時に残酷なものだ。ルルーシュと自分はテロリストと軍人として対立してしまい、分かりあえないまますれ違いばかり起こした。そしてブラックリベリオンの悲劇。ユフィもナナリーもゼロを許そうとした、2人はゼロを許そうとしていたのにどうしてもゼロのことを許せない自分が惨めだった。ゼロがルルーシュであろうと憎い気持ちは消えない。本来なら日本人である自分はゼロの支持するべきなのだが、ゼロのやり方はどうしても許せなかった。ブリタニアの破壊を目指すゼロと内側から変えていこうとする自分では目指す先は同じでもそこに辿り着くまでの道が違いすぎた。なによりもユフィを殺したことが許せなかった。あのまま行政特区日本が設立されていればブラックリベリオンは起きなかったし犠牲者だって出なかったあ。エリア11も矯正エリアになることはなかった。ゼロがルルーシュだと気づいたとき、ああやっぱり、と諦めにも似た感情が湧きあがったのを覚えている。最初こそそんなことはないと否定していたものの、どうしてもゼロの正体を考えるとルルーシュしか思い浮かばなかった。ルルーシュがゼロで、ゼロがユフィを殺したということは、ルルーシュがユフィを殺したということになる。ユフィの前にクロヴィスを殺している彼に腹違いだが兄妹だからという戸惑いはなかったのだろうか。ルルーシュの中心はいつでもナナリーだった。出会ったときだってナナリーを守ることしか考えていなかった。兄として立派だと思うし、人間的にもそこは尊敬できる。だがしかしナナリーのためだからとユフィを殺してもいいのだろうか?それはない。ユフィを殺したルルーシュがどうしても憎かった、そして信じたくなかった。幼少のころの彼を知り、成長した彼と接していて彼の性格はよく分かっている。ルルーシュは意味のない殺しきっとしない。ブラックリベリオンを起こすためにユフィを殺したのかもしれないとも考えたが、それはないと思った。彼は準備がすべて整ってからでないと何かを開始しない男だ。ナナリーを中途半端に安全な所に置いたままブラックリベリオンを起こすとは考えにくい。結果ナナリーはV.V.に捕らわれ、それが原因でゼロは戦場を離れ自分に捕えられた。そう分かっているからこそ何故ユフィにあんなギアスをかけたのか理解できなかった。V.V.が教えてくれたギアスという力。ルルーシュのギアスは相手の目を見て命令をすれば相手はそれに絶対従うというものらしい。あの時、ユフィと二人きりになったルルーシュはユフィの目を見て命令したのだろうか?「日本人を殺せ」と。ギアスといえばもう一つ、ルルーシュが式根島で自分にかけた「生きろ」というギアス。死にたがりの自分への罰なのか、それともあの場を生き残るための無意味なギアスだったのか。ルルーシュがいなくなってしまった今、それを訪ねることはできない。

「ナナリー・・・僕は・・・」

うまく考えがまとまらずスザクが話し始めないでいると、ナナリーはスザクの手にそっと触れた。 スザクがナナリーの顔を見るとナナリーは真剣な面持ちで、でも何処か安心させるような表情でスザクを見ていた。

「・・・私もスザクさんにお話しなければいけないことがあるんです」
「ナナリーが?」
「私から先にお話しますね、きっとそのほうがスザクさんも・・・」
「・・・ありがとう、ナナリー」

スザクの手の上に乗ったナナリーの小さな手のひらは暖かい。ナナリーは考えるように俯いた後、決心したように顔をあげた。

「私、行方不明になったお兄様と一度だけお話したんです」
「なっ・・・」
「スザクさんなら分かりますよね?私がここに就任する少し前のことです。電話で、スザクさんが繋いでくれましたよね?」
「そう、だけど・・・でもあれは人違いだって、彼も言って」
「スザクさん。嘘をつかないでください、あれはお兄様なんでしょう?」

ナナリーの苦しそうな声にスザクは顔を歪めた。何故ナナリーがあの電話の時の相手がルルーシュだと分かったのだろう。下手な嘘はかえってナナリーを傷つけると思い、もうバレてるならどうにでもなれとスザクは諦めた。

「そうだよ、あれはルルーシュだったんだ。嘘をついて・・・ごめん・・・」
「そう、ですか。・・・変だと思ったんです、他人のふりをしてくれだなんてお願い・・・スザクさんがいるのにそんな・・・」
「他人のふり・・・だって?」

ナナリーの言葉に思わず聞き返す。他人のふりをしてくれとルルーシュが言ったのだろうか?あの場には自分も居た。そんな言葉は使わなかったはずだ、だとしたら電話の前にナナリーにコンタクトを取っていたのか?いや、そんなことはありえない。ナナリーはブリタニアに居たのだ。しかも皇族のナナリーに誰にも知られずにコンタクトを取る方法など・・・。スザクが聞き返したことにナナリーは思い出しながら答えた。

「あの時スザクさんとお兄様がどんな状況だったかは知りませんがスザクさんが電話を代わってくれて少ししたあと、お兄様は誰かと会話していました。よくは聞こえなかったのですが、たぶんスザクさんじゃない方と喋っていたのではないでしょうか・・・。そして私にこう言ったんです、今は他人のふりをしなければならないから話を合わせて欲しいと・・・。変ですよね?スザクさんの前で何故他人のふりをしなければならなかったんしょうか。他の方が居たとしても、それなら他人のふりをしてくれなんて言葉にしないはずです。・・・スザクさんに電話を戻した時、スザクさんは誤解させてしまったと言いましたがあれはどういう意味で言ったんですか?何故お兄様は他人のふりをしなければならなかったのですか?何故スザクさんは私に嘘をついたのですか?教えてください・・・私は、本当のことを知りたいんです。」


私のお話したかったことはこれだけです、とナナリーは肩の力を抜いた。手に汗が滲むのをスザクは感じていた。あの時あの場にはルルーシュと自分しかいなかったはずなのに、自分の知らないところでルルーシュとナナリーは自分の知らない会話をしている。そしてナナリーに嘘を吐いていたことはあの時、屋上からずっとばれていたのだ。 本当のことを知りたい。ナナリーの言葉にスザクは、まるで自分と同じだと思った。ルルーシュについて、ゼロについて、自分が知らないことを知りたい。何故あんなことをしたのか。ナナリーは辛い立場にいる。足は動かず、目は精神的なもので見えない。自分で行動しようにも、誰かの手助けなしに移動すらできない。知りたいことも全て他人から教えられるものばかり。情報を与えてくれる物たちだって、自分で選ぶことすらできない。それでも真実を知りたいとこうしてスザクに問うナナリーは立派だった。それなのに自分は、とスザクは唇を噛んだ。自分から行動することはいくらでもできたはずなのに、怒りと憎しみに我を忘れ感情で動いてしまう。あの時だって心無い言葉で彼を傷つけ、理由も聞かず彼を最低な人間だと決めつけて皇帝に売り渡した。自分こそ最低の人間だと思いスザクは目が熱くなった。流れそうになる涙を堪え、目を瞑る。この3ヶ月間のことが頭の中を駆け巡る。たくさんのことを知り、たくさんのことを考えた。変わるなら、今なんじゃないだろうか。過去との決別ではない。強くなるために、変わるべきなんだろう。

「・・・ナナリー、これから話すことは君にとって辛い話だと思う。そしてこれは誰にも言ってはいけない話だ。僕の知っている本当のことを君に話したい。それでもかまわないかい?」
「はい。覚悟はできています。たとえそれがどんなお話であろうと、私は受け止めます。」
「ありがとう、僕も変われるよう頑張ってみるから・・・」

長くなりそうだと思い小さく息を吐くと、触れていたナナリーの手がスザクの手を握った。 勇気づけるように握られたその手を握り返し、スザクはゆっくりと話し始めた。 1年前再会した時のこと、軍のこと、ブラックリベリオンのこと、ギアスのこと、そしてユーフェミアのこと、ルルーシュのこと。 こうして過去のことを誰かにちゃんと話すのは初めてでどうしても言葉に詰まったりしたが、ナナリーは全てちゃんと聞いてくれた。 記憶の改竄についてはナナリーはとても驚いていた。そうだろう、自分の記憶が誰かによって変えられたものだと知ったら驚かないわけがない。 そしてゼロについてはショックを受けてしまうかと恐れていたが、ナナリーはスザクが思っている以上に強い女性だった。

「・・・ログレス級浮遊航空艦でエリア11に来る時、ゼロが私に会いに来たこと覚えてますか。あそこから脱出する時、お兄様の声が聞こえた気がするんです。それから、もしかしてって思っていたのですがやはりそうだったのですね。お兄様がゼロ・・・だったんですね」
「ルルーシュがゼロだと分かってもゼロを許すことがどうしてもできないんだ。ユフィもナナリーも、ゼロを許そうとしていたのに・・・っ」
「誰しもが罪を許せるはずありません、許すこともまた罪なんです。スザクさんの気持ちは分かります、お兄様はそう思われても仕方のないことをしたのですから・・・」
「僕はどうしたらいいのか分らないんだ、ルルーシュはいなくなってしまった。ルルーシュはいつも僕に隠し事ばかりするんだ、本当のことを僕に教えてくれない。辛いことも悲しいことも全部ひとりで持ってっちゃうんだ。それが僕にとって辛いってこと、ルルーシュは知らないんだろうな」

ナナリーに話をしているうちに、スザクは自分の胸の中にあったわだかまりのような気持ちが晴れていくのを感じた。 ひとりで抱え込んでしまうのはスザクさんも同じですよとナナリーは笑い、つられてスザクは久しぶりに笑った。 いつしか曇りだった空が晴れ優しげな夕日が辺りを照らしていた。まるで自分の心の中を表していたような天気にスザクは清々しい気持ちになった。

「僕はルルーシュを探し続けるよ。C.C.のこともある、きっとルルーシュは今もどこかで生きている」
「はい、私もお兄様に会いたいです。あと・・・その、ロロさんにも会ってみたいです」
「ロロ・・・に?」
「はい、私の代わりにお兄様と兄弟として生活してたんですよね?なんだか私に弟ができたみたいで、会ってみたいんです。だめですか?」

ナナリーにはロロの詳しいことは伝えなかったが、スザクから見てロロは何を考えているか分からない人間だった。 しかし純粋なナナリーは伝えられた事実にもロロを恨まず、それどころか自分に弟ができたようだと喜んだ。 どちらかというと兄が増えたと言ったほうがいい気もするが、ナナリーの中のロロのイメージは弟なのだろう。

「いや、いいと思うよ。ロロはたぶん今もルルーシュと一緒にいるだろうから」
「そうですか、じゃあお兄様のお世話をしてもらったお礼も言わなくちゃいけませんね」
「ルルーシュの世話?ルルーシュは世話をかけるようなことはしないんじゃないかなぁ?」
「ふふ、スザクさんは分かっていませんね。お兄様は何でもできるように見えて、不器用なとこたくさんあるんですよ?」

くすくす笑うナナリー、スザクはルルーシュを探すと決めたと同時に彼女の笑顔を守ろうと決めていた。 きっとゼロが行政特区日本に参加したのはナナリーのためなのだろう。裏切った相手がが傍にいると知っていながらナナリーのため行政特区日本に参加し姿を消した。 自惚れかもしれないが、ルルーシュは自分を信用したからこそ行政特区日本に参加したのではないだろうか。 ナナリーを守ってくれると信じたからこそ、たぶん、ルルーシュは・・・。

「ナナリー、ありがとう。今日君と話をしなければ僕は過去の自分を引きずったまま生きていくところだった」
「いえ、お礼をいうのはこちらのほうです。とても驚きましたが私は全て受け入れるつもりです。正直まだ戸惑う部分はありますが、それも時間が解決してくれるでしょう。今日のお話は約束通り誰にも言いません」
「うん。ブリタニア皇帝はもうC.C.もルルーシュも探す気はないみたいだけど、ナナリーが本当のことを知ってると知ったら何をしてくるか分からないから・・・」
「はい、気をつけます」

約束、とナナリーが小指を立てて手を差し出す。それに応えるようにスザクは立てられた小指に自分の小指を絡ませた。 いつかまたルルーシュと会えるように。自分たちも知らない真実を知れるように。
約束し合うスザクとナナリーの姿を、木の影からじっと見る存在が居たことに2人は気づかなかった。 その存在は暫くスザクとナナリーを見ていたが、2人が庭園を後にするとその存在は空気のようにフッと消えてしまった。



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