「・・・近づいてもいいかい?」
「ああ」

敵だというのにスザクに警戒しないルルーシュ。スザクはルルーシュに近づくと、手を伸ばせば触れられる距離まで来て足を止めた。ルルーシュが座っているため見下ろす形になってしまうがそれはしょうがない。こうして至近距離に来てみると、本当にルルーシュが成長していないことを感じさせられた。成長がどうこうよりも、ルルーシュには傷一つなくまるで人形のようだ。ルルーシュからは人間離れしたような雰囲気が流れている。いつも冷静に澄ましていた彼だが、今の彼は冷静というよりか諦めに近いものを示している気がした。透きとおった紫の目がスザクを射抜く。もうそこに赤色は見えない。

「久しぶり、だな。何年ぶりだ?」
「5年・・・だよ」
「そうか、まだ5年しか経ってないのか・・・時間の流れは意外と遅いものなんだな」
「そうかな。僕にとっては長い5年だったよ」

君を探していた5年の間はね、と嫌味のように言うスザク。ルルーシュは肩をすくめてそれはそうだなと簡潔に返した。自然に会話する中に流れる不自然さ。自分は軍人で相手は指名手配中のテロリスト。過去に殺したいほど憎んだ相手が目の前にいるというのに、スザクは落ち着いていた。こうして言葉を交わすのも5年ぶり、何もかもが久し振りだ。

「ルルーシュ、君は・・・」

聞きたいことがたくさんありすぎて言葉が出てこない。ルルーシュに会ったら聞いてみようと後回しにしたことが多すぎて、いざとなると質問が出てこなかった。スザクが言い淀んでいるとルルーシュがスザクの腕に触れた。服越しに触れたのに肌にピリッと静電気のような刺激が伝わってくる。ルルーシュは関心を抱いて形を確かめるようにスザクの腕に触れる。

「背、伸びたな」
「そうかな」
「ああ、まだラウンズにいるのか?」
「・・・うん」
「そうか、なら納得だな。前より筋肉がついてる」
「・・・ルルーシュは、変わってないね」

何もかも、と付け加える。探るようなスザクの言葉にルルーシュは苦笑して手を引いた。そのままその手を上にかざして悲しそうな目で言う。

「俺の身体は成長をやめてしまったからな」

背が伸びることも、髪が伸びることも、肌の色が変わることもない。ルルーシュの不思議な発言にスザクは返せる言葉がなかった。成長をやめてしまったというのは、そのままの意味なんだろう。何か薬でも使用して成長を止めたのか、あるいはまた別の何かで成長が止まってしまったのか。予測だけしていてもそれが正解とは限らないとスザクは黙った。途切れた会話にルルーシュがため息をつき寂しそうな目でスザクを見た。まるで子供がショーケースごしに買ってもらえない玩具を見つめるような眼だった。

「さあ、お前はどうする?俺を探していたんだろう?ここで殺すか?」

挑発するような口調でルルーシュは心臓のあたりに手を置く。まるで以前と変わってないルルーシュの発言にスザクは悲しくなった。昔の自分なら、彼の口車にうまく乗せられていただろうが今はもう違う。

(成長したのは身体だけじゃないんだよ・・・)

こうして冷静に考えていられるのも、言い方は嫌だが歳のせいだと思う。世間的にはまだまだ若者の分類に入るかもしれないが、今まで経験してきたことの数が違うのだ。劇的な人生、と自分で思うほど自己酔狂はしてないが他人と比べると些か激しい生き方をしてきたと思う。もちろんそれはスザク自身が決めて生きてきたことなのだが。けど数々のことを経験してきたからといって人間が出来ているとは言えない、と客観的に自分を見れるようになったのは「大人」になっただからだろうか。

「ルルーシュ、僕は君に聞きたいことがあるんだ」
「ほう、なんだ?今更、何でゼロなんかやったのかって質問はナシだからな」
「・・・でも、その前に僕は君に言わなきゃいけないことがある」

ルルーシュの目に怯えが走る。ルルーシュとしては自分の考える様に会話を持って行きたかったのだろうがスザクがそうさせなかった。スザクは思った、気持ばかりが焦ってルルーシュに問うことしか考えていなかったが自分の正直な気持ちをルルーシュに言おうとしたことがあっただろうかと。相手も自分の気持ちを分かってくれてると思いこんでいなかっただろうか。口にしてもいない気持ちを相手に分かってもらえるだなんて、今時のテレビドラマでもそんなものはない。自分の気持ちを言葉にするのは怖い、言葉は自分だけではなく相手の記憶にも残る。あとで言わなきゃよかったと思うくらいなら何も言わないほうがいい、今までそう思ってた。けれどそれは少し違った。後悔しても、伝えなければいけない言葉はある。言葉を伝える時間が、いつまでもあるとは限らないことを昔の自分は分かってなかったのだ。ルルーシュのことも、ユフィのことも。もう言葉を交わせないと分かった時に襲ってきた後悔は、紛れもない「言葉」への後悔。プレッシャーになるかもしれないと思いユフィに伝えなかった優しい言葉を彼女に言ってあげればよかった。なんだか照れくさくて突然だと驚くだろうと思いルルーシュ伝えなかった感謝の言葉を彼に言ってあげればよかった。ユフィに言葉を伝えることはもうできない、しかしルルーシュにはまだ伝えられる。嫌われたら、傷つけたら、なんて可能性考えたらきりがない。スザクは意を決して口を開いた。

「僕はずっと君が憎かった。ゼロとしてテロを行ってたくさんの人を殺し、ユフィを殺した君が憎かったんだ」

ルルーシュが言葉を受け入れる様に黙る。ルルーシュは、スザクがルルーシュを責める言葉を吐くたびにいつもそうして静かに聞いていた。まるで言われるのが当たり前のことだとでもいうように。その時のルルーシュの態度はいつでもスザクの神経を逆撫でする。どうせなら自分は悪くないと無様に抗って欲しかった。そうでもしないと、スザクが責めている相手がルルーシュだと改めて認識してしまうのだ。目の前のルルーシュはじっと黙っている。なんとかいえよ!と怒鳴る自分はもういない。

「ブリタニアを壊すために色んな人を傷つけて、僕はそんな方法は間違ってると思った。間違ってる君は、悪だと思っていたんだ。」

そう言いきってから、一呼吸置いて「でも」と口を開く。

「君は5年前、再びゼロとして復活したにも関わらずナナリーの行政特区日本に参加し黒の騎士団を解散させた。どうしてなんだい?行政特区日本に参加しても君の目標としていたブリタニアの破壊はできない。しかも黒の騎士団の解散だなんて、もうテロを行わないと言ってるようなもんじゃないか。あの時の取引だって、普通に考えたらおかしかった。だってあんな選択、ゼロにだけ罪を着せて他の人を解放したようなものだよ。そうなること、君だったら分かってたはずだ。・・・僕は君が、いろんな人に償うためにしたんじゃないかって思ってるんだ」
「償い・・・だって・・・?」

スザクの言葉にルルーシュは鼻で笑う。馬鹿馬鹿しいとでもいうような態度だったが、ルルーシュはスザクの目を見ようとしなかった。

「償いだよ、そうとしか思えない。だって君は人を殺して、平気でいられる人じゃないでしょ・・・?」
「・・・何を馬鹿な、俺を追いすぎてとうとう頭が可笑しくなったか?」
「ほら、そうやって僕を突き放そうとする」
「っ・・・!」

スザクの言葉に反応するルルーシュの姿が痛々しい。ふるふると震えるルルーシュの両手に気づき、スザクは無意識のうちにその手を握っていた。触れた途端、再びピリッとした痛みが肌を射す。それでもスザクは、ナナリーがそうしてくれたようにルルーシュの手を自分の手で包んだ。ルルーシュが大きく肩を震わる。ルルーシュの手は酷く冷たい。

「君は人を失う辛さを知っているはずだ、知っててゼロになった。そしてクロヴィス殿下やシャーリーのお父さん、ユフィを殺した。君には理由があったはずだ。理由がなきゃ君は人を殺して平気でいられない。」
「・・・スザクやめてくれ」
「あの時ユフィを殺したのには何か理由があったと僕は思ってる、テロリストとして片づけるには君の行動にはおかしな所が多すぎるんだ」

「やめろ、もう言うな・・・!」

いやいやと首を振り、聞きたくないと言うルルーシュ。ルルーシュの手がさらに冷たくなったのを感じ、スザクは思いを伝える様にしっかりと手を握った。言葉を聞くのを怖がるようにルルーシュが手を引こうとする。耳を塞ぎたいのだろう。


「5年前、僕は君を信じられなかった。だからそのおかしな行動にも気付けなかったんだ。今なら分かる、ルルーシュ、君は何から逃げていたんだい?一体何をそんなに怖がっていたの?」
「そ、んなことな・・・」
「嘘つかないで。今だってこんなに怯えてる、僕が怖い?違うよね、怖いならこうして話をしようとなんてしなかったはずだよ」

ゆっくり、だが確実にルルーシュの逃げ場を無くすよう言葉を続ける。否定の言葉しか口にしないルルーシュ、激しい抵抗とは逆に口から発される言葉は弱弱しい。

「僕がなんで今でも君のことを追っていたか、分かる?昔は君を殺したいくらい恨んでたからだけど、今は違うんだよ」
「知らない・・・知りたくない・・・!」
「君を裁くためだけに追っていたわけじゃない。僕は」
「スザクッお願いだから・・・それ以上は・・・っ!」
「ルルーシュ、聞いて」

スザクの声が真剣なものに変わる。片手でルルーシュの頬を掴み無理やり正面を向かせる。スザクと目線を合わせられ、ルルーシュはそのあまりにも真っすぐ自分のことを見てくるスザクの瞳に目が釘付けになった。ルルーシュの目尻にじんわりと涙が溜まっている。今まで見たことのないルルーシュの表情に、スザクは胸の鼓動が強く打ったのを感じた。消えることのないルルーシュへの想い。さまざまなものが混じり合ったそれは今でもまだスザクの胸の中にひっそりと灯っていた。言葉を伝えるのが怖い、けれど伝えるのは今だ。スザクはせめてと思い笑った。切ないという表情が隠しきれてない笑顔はとても不格好だったが、それでも笑って言った。

「僕は君のことが好きなんだ」

その言葉をルルーシュが聞いた瞬間、堪え切れなくなった涙がルルーシュの目から零れ落ちた。何かのストッパーが外れてしまったように、顔をくしゃりと歪ませルルーシュが泣く。ぼろぼろと零れる涙が濡れた地面に落ちて同化する。俯いて涙を流すルルーシュを、スザクはそっと抱きしめた。ルルーシュに触れる度に流れる刺激がだんだん強くなってきていたが、それでもかまわずルルーシュを抱く。もう泣かないようにしていたのに、ルルーシュの涙にもらい泣きしてしまいそうだ。握っていた手を放したおかげでルルーシュの手は自由になったが、ルルーシュの手は縋るようにスザクの背中に回されている。ルルーシュのこんなに弱っている姿を見たことがなかったのでスザクはドキドキした。

「お前は・・・馬鹿だっ・・・!人の気も知らないで・・・!」
「うん・・・ごめんね・・・」

暫く泣いていたルルーシュだったが、だんだんと泣き声が無くなっていきスザクの背中に回されていた手が離れる。ルルーシュは、泣き顔を見られたくなかったからつい抱きしめ返してしまったがよく考えると恥ずかしいことだと気づいたのか少し頬が赤い。目も頬も赤くしたルルーシュの頭を、子供をあやすようにスザクは撫でた。その手を払い除けるルルーシュはなんだか子供っぽい。スザクはもう一度ルルーシュの手を握った。

「僕の気持ちを知った上で、答えてほしい。どうして君はユフィを殺したんだ?」

我ながら嫌な聞き方をしているとスザクは思った。ユフィの死とゼロの行動に疑いを持っていると言った上でルルーシュに告白し、その後にルルーシュの気持ちを聞く。誘導的な言い方だったかなと思ったが、今のスザクの気持ちをそのまま伝えたらこのようになってしまったので仕方がない。しかしきっとルルーシュはスザクの"好き"を正しく理解していないだろう。きっと友達として好きだという意味にとったと思う。恋愛事には鈍いルルーシュのことだし、この状況での好きを恋愛感情としてと捉えるのは難しいだろう。でも好きと言ったことには変わりなく、スザクは少しだけ恥ずかしかった。ルルーシュは鼻をすすり、目尻に残った涙を拭き取る。

「お前はずるいやつだ・・・いつもそうやって俺を惑わせる」
「それは・・・」
「いいよ、俺の負けだ」
「え?」

ふわりとルルーシュが笑う。吹っ切れたような笑顔だったが、その美しさにスザクは一瞬目を奪われた。

「俺の全てを教えるよ、ユフィのことも・・・」

ユフィ、と口にしたルルーシュの顔が僅かに苦しくなる。ユフィはルルーシュと面識があり仲が良かったことをスザクはユーフェミア本人から聞いていた。あのルルーシュが、しかも皇室の中で仲が良かったということは心が許せる相手だったのだろう。そんな彼女を殺したルルーシュは、どんなことを思ったのか。さっそく聞こうと耳を傾けようとしたが、そこでスザクは思い出した。

「あと、君が僕にかけたギアスについても教えてほしいんだ」

それとあれも、できればあのことも、と次々と疑問がスザクの口から出てくる。教えると言ったとたん質問攻めしてくるスザクに、ルルーシュはため息をついた。ルルーシュのため息を聞いて、あっ、とスザクの言葉が止まる。一気に訊ねすぎたかとスザクが口を噤む。

「そんなに一気には答えられない」
「ご、ごめん・・・でも、知りたいんだ」
「だからと言って・・・」
「だってルルーシュは僕に隠し事が多すぎるんだよ。学園に居たときだって何も・・・言ってくれなかったし」

もし学園に居た時、もっとルルーシュとちゃんと接していれば悲劇は生まれなかったんじゃないかとスザクはたまに思う。 ルルーシュの優しさに頼るだけではなく、もっとルルーシュの話をちゃんと聞いてあげればよかった。そうしたら、もしかしたら、今のようにならなかったんじゃないか。 スザクの言葉にルルーシュは唇を噛んだ。スザクがアッシュフォード学園に来たとき、既にルルーシュはゼロだった。その頃はスザクはルルーシュがゼロだと知らなかったから、友達として普通に接していた。ランスロットのデヴァイサーがスザクと知ったあとだって、スザクはルルーシュを友達として接していた。ルルーシュにとって時にそれが辛く悲しかった。本当は敵だと知っているのはルルーシュだけで、スザクは何も知らない。スザクから出るゼロへの否定の言葉に、適当に相槌を打つときも心は痛かった。だが悲しんだところでどうにかなるわけではなかった。ルルーシュがゼロだと、スザクには知られてはいけなかったのだ。

「ルルーシュは、言葉が少なすぎるよ。思ったことをもっと言葉にすれば・・・僕たちだって・・・」

なんと愚かなことを言ってるのだろうとスザクは自分で思った。そして今の発言は遠まわしにルルーシュを責めていることにすぐさま気づく。発言する前に考えるクセをつけたはずなのに、とスザクが焦って弁解しようとする。しかしその言葉は発される前にルルーシュに遮られた。

「・・・言葉にしたって、伝わらないことはある」
「でも言葉にしないほうが伝わらないよ」
「お前は、知らないんだよ。こっちが伝えたいと思って言った言葉が相手には違う意味の言葉になってしまうことを。」

所詮は他人だ、意思の疎通が言葉だけでうまくいくわけがない。ルルーシュの正しい言葉にスザクはぐっと言葉を詰まらせる。しかし、だとしたらどう想いを伝えればいいのだ?言葉だって、何度も重ねれば伝えたい気持ちが伝わるはずだ。そう言おうとしたが、あまりにもルルーシュの目が悲しげだったのでスザクは言えなかった。

「スザク、お前に何から話せばいいのか分からない。俺はあまりにも多くのことをしてきてしまったから」
「少しずつでいいから話して、僕は全部聞くから」
「・・・ダメだ、さっきも言っただろう?言葉では、気持ちが正しく伝わらない時があるって。」
「じゃあどうす・・・っ!?」

ルルーシュの手がスザクの手の中からするりと抜ける、そのままルルーシュの手がスザクの両頬を優しく掴んだ。ぐいと顔を引かれ、ルルーシュの顔の前に持っていかれる。急に顔を引っ張られたのでバランスを崩し、スザクはルルーシュに覆いかぶさるような態勢になってしまった。ルルーシュとの顔の距離が近い、あと数センチもすれば鼻が触れそうだ。いきなりのことにスザクは驚いてルルーシュを見るが、ルルーシュは深刻そうに顔を悩ませていた。

「本当は、こんな方法いけないんだが・・・」
「え、ちょっ・・・!」
「今はこれしか、伝えられる方法がないんだ」

そうルルーシュが言った次の瞬間、スザクは自分の唇に柔らかい感触を感じた。思わず目を見開くと目の前には目を瞑るルルーシュの顔があった。肌に触れた時は痛い痺れが走ったのに、唇が触れた時にはその痛みはなかった。スザクは、さっきまでドキドキしていた心臓が今は混乱で止まっているような気がした。自分の唇に感じた柔らかなものはルルーシュの唇の感触。

(キス・・・されてる・・・)

そうスザクが理解した刹那、暖かな記憶が唇から伝わってスザクの意識を真っ白に染めた。



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