まるで水中にいるかのように身体が重い。全身に纏わりつく何かはスザクの意識を覚醒させた。 目を開いたはずなのに目の前は真っ暗で、スザクは思わず「うわっ」と声を上げた。足の裏に地面の感触がない、なのに立っている。足に力を入れると足は動いたが動作は鈍かった。自分はさっきまでルルーシュと居たのにどうしてしまったのだろうとスザクは辺りを見回した。見回したと言っても闇しか見えないため目に映るものは変わらなかったが。そこでふと不思議なことに気づく。辺りは真っ暗なのに自分の姿は日の下にいるようにはっきり見えるのだ。身体の輪郭から服の模様まできちんと見える。何かで照らされてるわけではないのに自分の姿がはっきり見えることに、スザクはこれは夢なのかと思ってしまった。夢ならばこの現象の説明はつくが、なぜ今夢の中にいるのかの説明はできない。どうしようかとスザクが困り果てていると、遠くにぼんやりと青白い光が見えた。真っ黒な色の中に輝くその光が神秘的なものに見える。インテリアの雑貨でこういうのありそうだなと場違いなことを考えてその光を凝視する。

「なんだ・・・?」

怪しい光が目の間に近づいてくる。まるで月の光が照らすような綺麗な青白さだったが、なんだかその色はとても悲しく見えた。光はスザクの周りを2、3度くるくる回ると、正面でピタリと止まった。ふよふよと揺れる光は、だいたい両手でつかめるくらいの大きさで、ボールのようだ。まるで触れとでも言っているような光の行動に、スザクは恐る恐る手を伸ばす。指先が光に近づくたびに、身体に何か"絶望"のようなものを感じた。それは光に近づくにつれ大きくなり、その絶望のようなものは光から流れ込んできているのだとスザクは感じた。そしてスザクの指が光に触れた瞬間、光はさっきまでとは違う目を刺すような強い光を発した。その眩しさにスザクは思わず目を瞑る。耳の奥がキィンと鳴り不快に頭が痛くなる。吸い込まれるような衝撃を体に感じたが、強い光に目を開けることができないスザクはただ流されるままだった。



会話がが聞こえる。いつのまにか瞼の向こうの眩しさが消え、スザクはゆっくり目を開いた。そして目に映った光景に目を疑った。

―――――ルルーシュ、貴方撃たないでしょ?」
―――俺は撃たない。撃つのは君だよユフィ」

そこにはユーフェミアに銃を向けるゼロ・・・ゼロの格好をしたルルーシュと、ユーフェミアが立っていた。いったい何が起こったんだとスザクは混乱した。ただ、もう想像の中ででしか会えないと思っていたユーフェミアが目の前にいることにスザクは不覚にも涙が出そうになる。だが、二人の様子がおかしい。なによりルルーシュがユーフェミアに銃を向けている時点で今の状況が危ないということだけは分かった。

「やめろルルーシュ!」

スザクは叫んで駆け出す。スザクの叫び声にルルーシュもユーフェミアも何の反応も示さない。スザクが、ルルーシュの持つ銃を奪おう手を伸ばす。だが、それは叶わなかった。避けられたとかそういうことではない。スザクの手が銃に触れたと思ったら、スザクの手が銃をすり抜けたのだ。

「!?」

ルルーシュの腕を押えようとしていた手もすり抜け、身体ごとユーフェミアとルルーシュの間を通過する。手ごたえもなく通り抜けてしまったルルーシュの体に驚いて振り返る。姿はちゃんとあるのに触れることができない。何度銃に手を伸ばしても、スザクの手がその感触を掴むことはなかった。そんなスザクなどお構いなしに二人の会話は進んでいた。まるで、自分が見えていないかのような二人の様子にスザクは呆然と立ち尽くす。スザクが何気なく自分の手を見ると、自分の手が半透明に透けていた。

(これは、夢なのか・・・!?)

だが夢にしては現実味がありすぎた。何もできない自分を悔しく思いながら二人の様子を見つめる。よく落ち着いて見てみると、ユーフェミアの服装に見覚えがあった。確か、最初の行政特区日本の式典でユーフェミアが来ていたドレスではないだろうか?薄暗い部屋の中、いるのはルルーシュとユーフェミアだけだ。こんな状況あり得る筈がないと思ったが、よく思い出してみろ。たしかこんな状況になったことが1度だけあったはずだ。行政特区日本の式典で、ゼロがユーフェミアと二人きりで話したいと言ったあの時。だとしたら今目の前の状況は、あの時の状況なのだろうか?だとしたら二人が話している内容も納得がいく。そして先ほどから頭の中に響いてくる声があった。

<―ここでユフィにギアスをかけ俺を撃たせれば、作戦はうまく行く・・・これしかもう方法は・・・―>

ルルーシュの声。ユーフェミアと会話するルルーシュの声とかぶるように聞こえてくるそれ。ルルーシュの心の様子が、スザクに聞こえていた。二人の傍に立ってスザクは二人の会話とルルーシュの心の声を聞く。どうやらルルーシュはユーフェミアに自分を撃たせて暴動を起こすことを考えているらしい。なんてことを、と怒りが沸くはずなのだが悲痛なほどのルルーシュの心の声を聞くとどうしてもそう思えなかった。ルルーシュの考える思考と感情がそっくりそのままスザクに伝わっている。

<―できるだけユフィを傷つけたくなかったが、しょうがない・・・行政特区日本は俺たちが生きていける場所ではない―>

(『俺たち』ってナナリーのことかな・・・)

ルルーシュの顔を見ても、心で思っていることをうまく隠しているのか表情はいたって普通だ。あいかわらず演技の上手いルルーシュにスザクは悲しくなった。こうしていつも感情を偽って生きてきたのだろうかと思うと、どうしても悲しく思えるのだ。ルルーシュにはやらなければいけないことがある。母親の死の真相を知ることと、妹が望む優しい世界を作ること。ルルーシュはそれを達成するためにブリタニアを壊そうとしただ。スザクはそのことを知らなかった。だが、流れ込むルルーシュの感情がそれを物語っていた。それだけを思いテロを行ってきたのなら、なんて自分勝手な人間なんだろうと思う。だが、その他にもルルーシュはテロを起こす理由があった。ブリタニアに攻め入られ、名前を奪われた日本。なんの罪もない人間が毎日ブリタニア人によって虐げられている。その光景は最早、町の日常風景になっていた。嘲笑うブリタニア人と涙を流す日本人。何故、攻め入られた彼らを支配するのか。支配などする権利はブリタニアにはあるはずがない。『日本人はイレブンなんかじゃない、日本人だ。ブリタニアに支配されるべきではない』そう、まるでユーフェミアと同じような考えをルルーシュは持っていた。根本的な部分でルルーシュとユーフェミアは似ていた。いや、人間、生まれながらにして悪である存在などいない。誰しも一度はそのようなことを思うはずなのだ。それでもルルーシュの道とユーフェミアの道は交わることがない。それは何故か。答えは簡単だ。環境と経験の違い。それが最も大きな原因だ。

(ルルーシュ、君はこんなにも苦しんでいたというのに何故ユフィを・・・)

スザクが不審に思っていると、突然ルルーシュが苦しそうな声を上げて蹲ってしまった。ユーフェミアが驚いて駆け寄るがルルーシュはその手を撥ね退けた。スザクもルルーシュに駆け寄ったが、すり抜けてしまう身体では無駄なことだった。

「やめろ!これ以上、俺を哀れむな!施しは受けない!」

声を荒げてルルーシュが叫ぶ。心からの叫びなのか、声は一つしか聞こえなかった。その言葉をユーフェミアは戸惑うことなく聞いている。こんな時なのに何故ユフィはこんなにも冷静なのか。いやその前に、ユフィはゼロがルルーシュだと知っていたのだろうか。昔、スザクはユフィがどうしてゼロをそんなに信用しているのか分からなかった。確かに日本人のためにテロを行っているというところを見ればいい人だとも少し思えるかもしれないが、そういうところではない部分でユフィがゼロを信用していることを感じた。ユフィがゼロがルルーシュだと知っていたのなら、アッシュフォード学園で行政特区を宣言したことも分かる。ゼロがルルーシュだと分かっていたから、あの場所で宣言をしたのだろう。きっとゼロが自分の手を取ってくれると信じて。

「俺は自分の力で手に入れてみせる!そのためには穢れてもらうぞ、ユーフェミア・リ・ブリタニア!」

ルルーシュの目が赤く光る。ギアスをかけるつもりだ。無駄だと分かっても、スザクはユーフェミアを隠すようにルルーシュの前に立ちふさがった。その行動が間違っていると分かっていながらギアスをかけるルルーシュを止めたかった。

「ダメだルルーシュ!」
「その名は返上しました!」

スザクが叫んだと同時に言われたユーフェミアの言葉に、ルルーシュだけでなくスザクも驚いた。振り返り、ユーフェミアと見ると彼女は力強い目でしっかりとルルーシュを見ていた。

「いずれ本国から発表があると思いますが、皇位継承権を返上しました」
「なぜ・・・、まさか、ゼロを受け入れたから?」
「私のわがままを聞いてもらうのですからそのくらいの対価は当然でしょう?」

<―何故そんなことを?なんのために・・・―>

困惑するルルーシュの声。それはそうだ、スザクにだってそんなこと知らなかった。彼女が、ユフィがそこまでして行政特区日本を成し遂げようとする覚悟があったなんて。すっかりギアスをかける気がなくなったのかルルーシュの目は正常な色をしていた。ユーフェミアはナナリーのためだと言った。ナナリーの願を聞いたユーフェミアはあっさりと決意したのだと。

<―ナナリーは、そんなことを言ったのか。俺と居れるなら・・・何処でも・・・―>

まるでそんなこと考えもしなかったというようなルルーシュの心の声に、スザクは苦笑した。ルルーシュはいつだって結果を重視しすぎて、相手の心ま考えない。ナナリーにとってルルーシュがどれ程大切な存在かということを理解していないのだ。ルルーシュがナナリーを大切に思うように、ナナリーだってルルーシュのことを大切に思っている。ルルーシの、ナナリーのための反逆はある意味無意味なものだったのだ。ナナリーは、ルルーシュさえいればいいのだと言ったのだから。

「考えてみれば君はいつも副総督や皇女殿下である前に、ただのユフィだったな」

<―俺は馬鹿だ。大切なことは、こんなに簡単なことだったのに・・・―>

「ただのユフィなら一緒にやってくれる?」

ユーフェミアが手を差し伸べる。ユフィは、やはりユフィだ。ルルーシュの心はさっきまでとは違い、穏やかなのが分かる。ルルーシュがその手を取るのかどうか、スザクは息をのんだ。

「君は、俺にとって最悪の敵だったよ・・・君の勝ちだ」
「えっ?」
「この行政特区を生かす形で策を練ろう」

<―もしかしたら、これでいいのかもしれない。問題は多いが、これが今選べる最善の道なのかもしれない。―>

ルルーシュの手が、ユフィの手を握った。ユーフェミアの顔が喜びに染まり、スザクも安堵の息を漏らした。ユフィがユフィであったように、ルルーシュもルルーシュであった。夢見たユーフェミアとゼロ(ルルーシュ)の和解をスザクは嬉しく思った。

「あぁ、部下になる訳じゃないからな」

<―ありがとうユフィ、君のおかげで俺も選ぶ決心が着いたよ―>

言葉とは裏腹な思い。ルルーシュはユーフェミアを恨んでいたわけではなかった。ルルーシュの言葉に可笑しく笑うユーフェミア、もうルルーシュとユーフェミアの間に壁は無くなっていた。張りつめていた空気がとけるように打ち解けあう二人。そのようすをスザクは穏やかな目で見つめた。だが。

(だとしたら何故ユフィはあんなことを?ルルーシュは、ギアスをかけてない・・・)

やはりこれは夢なのかとスザクは落胆した。現実にこんなことが起こっていれば、あんなことになるはずがない。夢は夢。これはきっと自分の願望なのだ。二人が和解して手を取り合っていればよかったのにという願い。その願いが勝手にこういう夢を見させているのだと、スザクは肩を落とした。

(だとしたら悪夢だ。こんなことあるわけ・・・)

「でも私って信用ないのね、脅されたからって私がルルーシュを撃つと思ったの?」

唐突に、ユーフェミアが拗ねたようにルルーシュに言う。まだ夢は続くのかと、叶わない夢なら見たくないと思いながらもスザクは二人を見た。夢でも、この姿を見れるなら。そう思ってしまうのだ。

「ああ、違うんだよ。俺が本気で命令したらら誰だって逆らえないんだ。俺を撃て、スザクを解任しろ・・・どんな命令でもね」

<―ユフィにギアスのことを言ったら、きっと信じてくれるんだろうなー>

急に自分の名前が出てきたことに吃驚しつつも、ルルーシュのギアスという力は危ないものだと再認識した。C.C.から貰ったギアスという力で黒の騎士団を成長させてきたルルーシュ。もしギアスの力が悪人の手に渡ったら大変なことになるのだろうと思った。ルルーシュも悪人と言えば悪人だが、無意味な殺戮をしない理性のきいた人間だ。

「もう、変な冗談ばっかり!」

ギアスのことを知らないユフィはやはり信じてないようだ。ルルーシュがユフィを見た。そしてそれは起こった。


「本当だよ。例えば日本人を殺せっていったら、君の意思とは関係なく・・・」


ルルーシュの瞳が赤く染まる。その赤はユーフェミアの瞳をしっかりと捕えていた。

「っ!?」

スザクは言葉を失った。何故、今このタイミングでギアスなど。ギアスをかけられたユーフェミアが拒絶の言葉を呟きながら蹲ってしまう。ルルーシュは何が起こったのか全く分からないという顔をしていた。

「ユフィッ!」

<―なんだ、一体、何が!?―>

スザクがユーフェミアの顔を覗き込むと、ユーフェミアの瞳は赤い光で縁どられていた。ルルーシュは何が起こったのかわからないというようで、混乱の様子がスザクの耳に伝わってきた。ユフィの瞳のその赤い光を見て、ルルーシュが驚愕する。

「まさか・・・!?」

<―嘘だ!俺はそんな命令するつもりなんかない!まさか、暴走したとでもいうのか・・・!?―>

ルルーシュの顔が絶望に染まる。苦しんでいたユーフェミアが、呻き声をあげるのをピタリと止めた。そして再びルルーシュを見た彼女の瞳は、既にさっきのユーフェミアではなかった。

「そうね、日本人は殺さなきゃ」
「!!!」

ギアスが、かかってしまった。ユーフェミアは日本人を殺せというギアスをかけられてしまったのだ。だがしかし、ルルーシュにユーフェミアにそういうギアスをかけようとした意思はなかったはずだ。伝わってくるルルーシュの声は、心臓が痛くなるほどの悲しい声なのだ。ユーフェミアがルルーシュの持っていた銃を拾う。

(あのギアスはルルーシュの意思でかけられたものじゃなかった・・・!?・・・まさか、これは・・・!)

「今の命令は忘れろ!」

<―嘘だ嘘だこんなことあってたまるか、こんなこと!!!―>

(夢じゃ・・・ない!?)

ルルーシュの言葉も虚しく、ユーフェミアは意気揚揚と銃を手に取り、駆け出した。スザクの体を通り抜け、ユフィは扉へと向かう。

「待ってくれユフィ!」

<―嫌だ、なんで、こんな時に暴走なんて!今までの・・・罰だとでもいうのか!!!―>

ルルーシュの左目を見ると、その瞳は禍々しいほどの赤に染まっていた。何かの紋章が浮かび上がっており、ギアスをかけた瞬間のような状態が戻ることなく続いている。スザクは、暴走というのがどんなことなのかは分からなかったが今の状況を見る限りなんとなく察しがついた。つまりルルーシュのギアスが暴走し、命令する気のなかった言葉がギアスとしてユフィにかけられてしまったのだ。

(そういう・・・ことだったのか・・・!)

知らされた事実に、スザクは驚くしかなかった。今まで、ルルーシュが意思を持ってユフィに日本人を殺せというギアスをかけたのだと思っていたのだから。ルルーシュはユーフェミアのことを、陥れようとしてギアスをかけたわけではなかったのだ。その真実が、スザクの胸に刺さる。だとしたら、今まで彼を憎んでいた自分は何だったのだと。 出て行ったユーフェミアの後をルルーシュが追いかける。スザクもルルーシュの後を追おうとした。だがしかし足が動かなかった。まるで金縛りにあったかのようにスザクの足は動かなかった。どうして!と動かない足にスザクは焦るが、無情にも目の前の景色が薄れていく。ぶれ始めた景色がまるで見せるのはここまでだとでもいうように遠ざかっていく。開け放たれた扉の向こうに、二人の背中が見える。スザクは必死に手を伸ばすが届くはずもない。、護衛などに邪魔されてなかなかルルーシュがユーフェミアに追い付けない。


<―こんなこと、俺は望んでいない!!!−>


景色が消える直前に聞こえた、ルルーシュの後悔の雑じった叫びだけが、スザクの耳に残った。


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