気づけば、スザクはまた闇の中にいた。さっきまでルルーシュをユーフェミアが目の前にいて何処か違う場所に居たのに、急に現実に戻されたような気分だった。闇の中が現実だと感じるのは何故だかわからなかった。先ほど見た光景が頭からこびりついて離れない。ゆらゆらと瞳が揺れる。首筋にじんわりと嫌な汗が流れた。口の中がカラカラに乾いて、心臓がドクドクと脈打っている。沸騰する身体の器官、もう何がなんだか分からなかった。そもそもなぜ自分がこんなところにいるのか、根本的なところから分からずにいたのにその上あのようなものを見せられては混乱するに決まっている。

(さっきのはいったいなんなんだ、いやさっきのは僕の夢のはず、でも夢にしては現実味がありすぎる、もしあれが本当のことだったら、いや、ありえない、あってはいけない、だってあれが本当だったら僕は、僕は)

「スザク」

不意に名前を呼ばれ、スザクは驚いて振り返った。闇の中にくっきりと浮かぶその存在。そこにはルルーシュが居て、悲しげな瞳でスザクを見ていた。ルルーシュ、と声に出そうとしたら掠れた空気しかスザクの口から出なかった。ルルーシュがスザクに近づいてきて、右手を握る。やはり同じようにピリッとした刺激が肌に走った。

「ねえルルーシュ、いったいこれは・・・」

なんなんだ?と問おうとしたらルルーシュの指がそっとスザクの口に添えられた。言うなという抑制の行動なのに、ルルーシュの顔は穏やかだった。それでも漂う哀愁の空気に、スザクはルルーシュがひどく小さく見えた。今は体格差などでスザクのほうが大きいからスザクがルルーシュを見下ろす形になってしまう。この触れている肌の感触は本物だが、ルルーシュの手は氷のように冷たかった。死人のような冷たさ、そんな言葉が思い浮かびゾッとする。ルルーシュがスザクの口に添えてた指を離す。ルルーシュは「これから言うことを信じてほしい」と言ってから、一呼吸おいて口を開いた。

「スザク、お前が見たのは俺の記憶だ」
「な・・・っ」
「あの時俺がユフィと何を話したのか、ユフィに何をしてしまったのか、知ってほしかった」

申し訳なさそうに眼を伏せたルルーシュの言葉にスザクは、先ほど見た時に感じた衝撃を再び感じた。そして同時にやはりあれは本当のことだったのかという、心の片隅で感じていたものに納得がついた。

「あれを見せて、俺は悪くないと言ってるわけじゃない。許してほしいとも思わない。だけど、ユフィのことを憎んでいたから殺したんじゃないということだけは知っていてほしかった。ユフィの騎士だったお前に・・・」

ルルーシュはユフィを憎んで殺したわけじゃない。それを聞いて、スザクは心の奥底にくすぶっていた何かがスーッと抜けるのが分かった。ずっと、思っていた。ルルーシュはユフィのことが嫌いなのだと。憎いから、殺したのだと。卑怯なギアスをかけ、自分の望みのためにユフィを悪に仕立て、殺した。でも真実は違ったのだ。先ほどのことを思い出すと、ルルーシュは精神的に追い詰められた状態にいたようだった。ゼロとしてルルーシュとして周りに最新の注意をはらいながら、何かに脅えながらもその姿を見せんとする気持ちがルルーシュを追い詰めていたのだろう。真実を知ってスザクは安堵するかと思いきや、頭の端に怒りの感情がぽつりと灯った。

「どうして、教えてくれなかったの」
「・・・」
「どうしてそれを僕にずっと黙ってたの」

無意識に声色が低くなる。本当は喜ぶべき真実なのに、スザクには今は喜びよりも怒りの気持ちのほうが強かった。どうしてそれを言ってくれなかったのだと、隠していたのだと。真実を知っていればあんな最悪の道を選ぶこともなかったのに。こんなことに怒ってもしょうがないことだとは分かっている。たとえあの時真実を伝えられたとしてもルルーシュを簡単に許すこともないと思う。それでも秘密にされていたということがどうしようもなく悔しかった。自分だけ何も知らなくて、見当違いな事ばかり言って我武者羅に戦って。

「いつだってそうだ、ルルーシュは僕に何も教えてくれない!僕が知りたいことを知ってるくせに僕には教えてくれない!」
「それは・・・」

こんなの八つ当たりだ、そう分かっていても言葉が止まらなかった。脳が昔へと退化したように、言葉がどんどん出てくる。

「それとも何も知らない僕を見てるのが楽しかった?!」
「っ違う!ただお前を傷つけたくなかっただけだ!」

大人しく俯いていたルルーシュが急に声を張り上げた。握っていた手を振り解かれ、距離を取られる。ルルーシュの言葉にますます脳に血が昇る。反発されたということがやけに癪に障った。理性では怒ってはいけないと分かっているし、大人になった今はこんな風に怒ることなどなかったのに、ルルーシュを前にすると自分の中の何かがズレて噛み合わなくなる。

「お前が本当のことを知ったところで、俺がしたことは変わらないんだ!お前が俺を憎もうが許そうが罪は消えない!」
「罪が消えなくても、だからってわざと憎まれるようなことをする必要はないよ!」
「そうでもしなければ今まで奪ってきた命を償うことができないんだ!俺は罰を受けなければいけないんだ!!!」
「っ何でそういう風にしか考えられないのさ!」

似ている。激しい言い争いの中でスザクは思った。ルルーシュの理論は昔の自分の考えと似ているのだ。父親を殺した罪を償うため、周りを利用して罰を受けようとした自分に。許されない罪と分かっていながらも誰かに許されたくて罰を受けようと必死になっていた自分。日本を取り戻すという目標を持っていながら死にたがりだった自分を、認めてくれたのは誰だったろうか?

「ナナリーは、許してくれていたよ」
「っ・・・!」
「ナナリーはルルーシュがゼロだって知ってて、それでも許してくれていたよ」

スザクがナナリーという名を出したらルルーシュが口を開くのをピタリと止めた。嫌な沈黙が流れ、静寂が耳を打つ。ルルーシュがぎゅっと拳を握ったのが見えた。ルルーシュが許されて認められるのを求めているのなら、もうルルーシュは許されている。ナナリーは許している。きっとルルーシュは、自分が消えてもナナリーは悲しまないと思っていたのだろう。記憶を改竄されたナナリーは、ルルーシュは行方しれずということになっているのだからそれが本当になっただけだと。目を逸らすルルーシュの瞳だけを見つめ、スザクは言った。

「ユフィのことは分かった、でも君はどうして姿を消したの?どうして黒の騎士団を解散させて行政特区日本への参加を命じたの?」
「・・・それはナナリーのためだ」
「ナナリーのためだというのなら、君はナナリーの傍にいてあげなければならないと思うよ」
「もう、遅かったんだ」

ルルーシュが己の瞼に触れる。その行動にスザクは「ギアスか」と呟いた。ルルーシュの瞳には悪魔の力が宿っている。ギアスという呪われた能力はルルーシュに力を与えた。スザクはギアスのことについてはあまりよく知らなかった。ギアスを持つ者がいくつか居ること、その能力は全て違うこと。それくらいだ。ギアスについてはスザクがいくら調べても全てデータが消されていた。『ギアス嚮団』という言葉だけは掴めたもののそれ以外のことは全く分からない。機密情報局に居たヴィレッタも嚮団という言葉は知っていてもどんな組織なのかまでは知らなかった。ギアス嚮団がブリタニア皇帝と繋がっている情報もあったが、皇帝本人に聞けるわけもなかった。

「俺のギアスは暴走した。ギアスは成長するんだ、制限のなくなったギアスは枷になる。いつか言葉だけでギアスがかかるようになってしまうと分かったんだ。」
「・・・ギアスの成長は止められないの?」
「俺は力を使い過ぎてしまった、力を使わないようにしてもギアスは成長を止めなかったんだ」
「じゃあ、今も・・・」

そうスザクが聞くとルルーシュは首を一度だけ縦に振り、言った。

「5年前の話を、しようか」


.

.

.


ルルーシュは、ガランとした部屋を見渡した。元々必要なもの以外置いていない質素な部屋だったが、必要なものすら取り払った部屋は寂しげに見えた。ここで何年も過ごしてきたことを考えると少しだけ胸が痛かった。思い出すのは過去の思い出ばかり。ナナリーが部屋の扉を開け名前を呼ぶ姿、C.C.がベッドの上でピザを食べる姿、どれも今は懐かしい。友人を部屋に呼ぶことはなかったが、スザクだけは招き入れたことも思いだしルルーシュは苦笑した。すると部屋の扉が静かに開いた。

「兄さん、準備できたよ」

小さめのリュック一つを抱えロロが立っていた。ロロの表情はどこか嬉しそうなもので、これから1年間住んでいた家を出て行くというのには明るい顔だった。 時計を見れば予定よりもだいぶ時間が過ぎていて急がなければ予定の時間に合わないなと、脇に置いてあったキャリーケースを掴んだ。生活に必要なものだけを入れたそれはやけに軽かった。暮らしてきた痕跡も思い出の品も、全て箱に入れ燃やしてしまった。名残惜しいが荷物は少ないほうがよかったのだ。それに、過去の幸せを持っていたらこれから始まる長い時間を生きるのが辛くなる。ルルーシュが部屋を出るとロロがルルーシュの腕を掴んで軽く引っ張った。ルルーシュがどうしたと微笑めばロロは大丈夫?と頬を撫でた。ロロの指についた透明な滴にルルーシュは目を裾で二、三度擦った。こんなことで泣いていたら先が思いやられる、自分で思いながらもここで暮らしてきた思い出を"こんなこと"で片付けようとしている自分に気づかないふりをする。

「無理しないでね兄さん、これからはもうひとりじゃないんだから」
「ロロ・・・」

ロロは背伸びをするとルルーシュの唇に軽くキスをした。離れていくロロの顔を見て、ルルーシュは、今はこうして背伸びしなければ視線の合わないロロもいつか自分の身長を抜かして成長していくのだろうなと思った。時間に置き去りにされる孤独感、想像するだけで恐ろしい。でも。

「大好きだよ兄さん」

ロロと一緒ならそれも耐えられる気がした。ルルーシュはロロの手を自分から握った。いつもならロロが手を伸ばさなければ繋がなかった手。それがルルーシュから繋がれたということにロロは、にこりと笑った。もう偽りなんかじゃない、本当の存在を手に入れたのだと。あの日、ナナリーがエリア11へ来る日、ナナリーを攫いに行ったルルーシュは何も手にすることなく帰ってきた。ただ胸に絶望だけを宿して、クラブハウスへと帰ってきた。ナナリーに否定されたことに生きる意味を失ったルルーシュ。深い悲しみの中リフレインへと手を伸ばしたルルーシュを正気へと繋ぎとめたのがロロだった。

『兄さん、もういいよ。もう頑張らなくてもいいよ。日本はナナリーがきっと良くしてくれる、だから兄さんがゼロになることはないんだ。もう充分に頑張ったんだ、無理しなくていい。ブリタニアも壊さなくていい。いくら最低な国でも、兄さんのお母さん・・・マリアンヌ様が愛した人が作った国なんでしょう?ブリタニア皇帝を、マリアンヌ様が愛した人を信じようよ。ゼロじゃなくたって真実は知れるよ、僕のギアスと兄さんのギアスがあれば、不可能なことなんてないよ。兄さんが、ナナリーの場所を奪った僕を恨むなら僕を弟と思わなくてもいい。弟と思わなくてもいいから、一人の人間として、兄さんの傍に居させて。これ以上、自分を傷つけないで。これ以上・・・僕を一人にしないで』

ナナリーからの否定で気力を失っていたルルーシュにとってロロの言葉は、今までずっと我慢していた何かを解き放った。それからすぐだ、ルルーシュが黒の騎士団を解散させ行政特区日本へ参加すると決めたのは。閑散としたクラブハウスの中を二人で歩く。一歩ずつ歩くごとにこれまでの思い出と決別するように。暮らしてきた痕跡も思い出の品も、明け方、全て箱に入れ燃やしてしまった。燃え上がる炎の中で溶けていく写真をルルーシュは目を離すことなく灰になるまで見届けた。バスルームの前を通り、キッチンを通り、リビングの通り抜ける。エントランスに出るとC.C.が扉の前に立っていた。

「遅い、いつまで待たせる気だ。早く出ないと時間に間に合わないぞ」
「すまない。・・・C.C.もう俺といなくてもいいんだぞ、お前はもう」
「何度言わせたら分かるんだ。これは私の意志で決めたことだ、お前に指図されるつもりはない」
「だが・・・」

口籠るルルーシュにC.C.は近づくとその頬をぐにりと掴んだ。整った顔がおかしく歪み、ルルーシュがびっくりしたように眼を見開く。C.C.は以前のような凍った笑みではなく、呪縛から解かれた笑みで笑っていた。

「残りのある人生だ、好きなようにさせてくれ」


ルルーシュの身体は成長するのをやめた。正しくは、ルルーシュはC.C.の不老不死を受け継いだ。C.C.の額にあったコードは消え、今ルルーシュの背中には大きなギアスの紋章が刻まれている。形だけ見ればまるで羽根のようなそれだが、ルルーシュの白い肌に赤い紋章が刻まれている姿を見た限り飛べそうにない。紋章の大きさが力の強さを表しているのなら、ルルーシュのギアスがどれ程のものだったのか分かる。C.C.から不老不死を受け継いだルルーシュだったが、瞳に宿ったギアスは消えなかった。C.C.曰く奪った命の数、あるいは奪った命が生きる筈だった時間が過ぎるまでは目のギアスは消えることがないらしい。今はまだ片目だが、いつかギアスはもう片方の目も侵食するだろう。ルルーシュがC.C.から不老不死を受け継ぐのには、一悶着あった。C.C.が頑なに不老不死をルルーシュに渡そうとしなかったのだ。もうこれ以上望むことはない、契約を果たす時が来たのだとルルーシュがC.C.に言うとC.C.は自分の過去をルルーシュに話した。話したうえで自分の願い"死ぬこと"を達成するため、ルルーシュに不老不死を受け継がせることを拒んだ。

『何故、俺に不老不死を受け継がせない。俺にそれを受け継がせたら、お前の望みは叶うんだぞ?』
『・・・気が、変わったんだ。お前以外のやつを見つけてそいつに』
『だったらなおさら駄目だ。不老不死の力、俺に渡してもらおう』
『なんだ、お前、不老不死に憧れを持つタイプだったのか?それならやめておけ、苦しみは想像以上だぞ』
『違う、そうじゃない。・・・ギアスの力を終わらせる』
『っ!?』

ルルーシュはあることを考えていた。呪われたギアスの力、その意味を。この力があったからこそここまで来れたが、逆に考えればこの力が無かったら失われずにいた命だってたくさんあったということだ。人が持たざる能力を持ちながらも人間社会に生きるギアス能力者は、確実に世界に歪みを持たせる。ギアスを持たない人間の作る歪みなら道理が通るが、ギアス能力者が作る歪みはやっかいだ。解決するにはそのギアス能力を消すか、また周りを変えるか、そういう問題も出てくる。ギアスによって無関係な人々が傷つくのが、嫌だった。偽善的だと思うが、それでも今まで巻き込んでしまった人々のことを考えるとそう思わざるを得ない。ギアス嚮団やブリタニア皇帝含め世界にはたくさんのギアス能力者がいる。確かに力があれば、生きていける。だが生きるために他人を踏み躙るのはどうなのだろう。

『ダメだルルーシュ、お前のギアスは強すぎる。今のお前に継がせたら、想定できないことが起きる可能性もあるんだ』
『かまわない。C.C.お前の望みは俺が叶える、だから』

結局、C.C.はルルーシュに不老不死の力を受け継がせた。C.C.自身が長い時間求めてきたことだし誘惑に勝てなかったということもあるが、ルルーシュが強く望んだからということが一番だった。C.C.の額にあった紋章は消え、コードはルルーシュへと移された。不老不死の力を失い死ぬことを許されたC.C.。ルルーシュはC.C.は力を受け継がせたらすぐにでも死んでしまうのかと思ったが、そうではないらしい。いや本当はC.C.はコードを移したその瞬間にも死ぬはずだった。だがそこで、C.C.が言っていたように想定してなかったことが起きたのだ。まず1つに、C.C.は死ななかった。紋章が消えた以外、C.C.に変化はなかった。本当に不老不死が受け継がれたのかと怪しんだりもしたが、ルルーシュが苦しみだし、背中に刻まれた紋章から血が流れ出ているのを見てC.C.は、力は受け継がれたのだと確信した。そしてもう1つ・・・。


「俺たちは予定通り租界へ行く。だからお前は・・・」
「分かってる。計画通りにやればいいのだろう?」
「ああ、よろしく頼む。合流はポイントαで」

朝日が昇り始めたころ、クラブハウスを出た3人は二手に分かれた。ルルーシュとロロの荷物を持って裏口から黒の騎士団のトレーラーへと向かったC.C.を見送り、ルルーシュとロロはこれで最後となる学園に足を踏み入れた。もう会うことのない友人達、できればちゃんと別れを告げたかったがそれをすることはできない。ロロとも別れ、クラスへ行く。クラスの中にはまだ数人しか人が来ていなかった。暴動のタイミングも鎮圧の仕方もすべて今のところ計画通り順調に進んでいる。あとはリヴァルが登校してくれば、そう考えていると後ろから肩を叩かれた

「おっす、ルルーシュ、今日は早いんだな」

リヴァルだ。今日も変わらず陽気に挨拶をしてきたリヴァルを、ルルーシュは見つめた。そろってしまった条件、あとは実行するだけだ。そうしたらもうここには戻ってこれない。

「おはようリヴァル、あのさちょっと頼みごとがあるんだけど」

そこまで言って、ルルーシュは言葉を止めた。もう区切りはつけたと思っていたのにいざとなると言葉が出てこなかった。これを言ってしまえば、本当に終わりだ。友人と呼べる存在を自分から手放すことになるのだ。急に黙ってしまったルルーシュにリヴァルが首を傾げた。言わなければ、言え、早く。心の中でそう自分に急かすが口が動いてくれない。遠くのほうで男子生徒がリヴァルの名前を呼んだ。リヴァルがそちらのほうに振りかえった。

「あっ、そうだあいつに渡すもんあるんだった!」

リヴァルが男子生徒のほうへ歩き出そうとする。今言わなければ計画通りにいかない、離れていこうとするリヴァルを止めなければとルルーシュは思わずリヴァルの腕を掴んだ。ぐいと腕を掴まれ、リヴァルがつんのめる。

「っと、どうしたのルルーシュ?」
「あの、あの、さ・・・」

びっくりした表情でリヴァルがルルーシュを見る。いつものルルーシュらしくない行動にリヴァルが不審がっていると分かっていても、言葉が出てこない。なんで、あんなに頭の中で練習したのに。たった一言いえばそれだけなのに。いつまでも言葉を言わないルルーシュの手から力が抜ける。リヴァルの腕がルルーシュの手から離れそうになったその時。

「今日この後バイクを貸してほしいんです。兄さんまた賭けチェスの約束してきちゃって」

ルルーシュの後ろからロロが出てきて、リヴァルに言った。さっき別れたはずのロロがいきなり出てきてルルーシュが驚いていると、ロロの言葉を聞いてリヴァルはなんだそんなことかと笑った。

「いいよ、じゃあ今日は1限からサボり?」
「あ、ああ。先生にはうまく誤魔化しておいてくれよ」
「はいはい分かりましたよ。ロロもいつも運転大変だよな、たまには俺が代わろうか?」
「いいえご心配なく、これも弟の仕事なんで。じゃあ兄さん、下で待ってるから」

リヴァルからバイクの鍵を受け取るとロロはクラスを出て行った。きっと心配で後をついてきていたのだろうと、助け船を出してくれたロロに感謝した。もうこれで後には戻れない。出て行ったロロの後ろを姿を見てリヴァルが言う。

「全く、弟をパシりに使うなよなぁ」
「パシりじゃないって。ロロは好きでやってくれてるんだから」
「へーへー・・・ってほら、もうすぐ先生来るぜ?見つかる前に行ったほうがいいんじゃないの?」
「そうだな、じゃあ・・・」
「いってらっしゃい!バイクに傷つけるなよ〜」
「分かってるって!・・・今までありがとう」
「へ?」

ルルーシュの最後の言葉をリヴァルが聞き返す前に、ルルーシュはクラスを走り出た。熱くなってきた目頭を隠すように、長い廊下を駆け抜ける。通り過ぎた生徒達が何事かとルルーシュを振り返る。その目からさらに逃げるようにルルーシュは駐輪場へと走った。駐輪場には既にロロがバイクのエンジンを付けて待っていた。息を切らせて来たルルーシュにロロが心配そうに聞く。

「兄さん大丈夫?辛そうだけど・・・」
「っ・・・平気だ。それより行こう、時間がない」
「・・・うん」

ヘルメットをかぶりサイドカーへと乗り込む。租界へは早くても30分かかる。暴動がおこるまであと2時間しかない、それまでには準備を終わらせなくてはいけない。ロロがアクセルを捻ると、バイクは軽快に走りだした。庭を通り抜けると、また副会長かという声が聞こえてきた。いつもの風景、彼らにとってはこれが日常の光景なのだ。ルルーシュ達にとってはこれが最後になる、そのことを考えたら目が滲むような気がした。教師に見つかるより早く正門を抜ける。道路に出ると、スピードを上げた。どんどん遠ざかっていく学園を一度だけ振り返り見て、ルルーシュはすぐに前を向いた。さよならと心の中だけで呟いて。


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