※『こころの中のおしゃべり』のスザク視点ですが、これだけでも読めます。



痛いくらいの視線を背中に感じて、満足感で胸がいっぱいになる。目の前を歩く彼女の髪の匂いがふわっと漂ってきて、僕は気付かれないようにこっそりと横へずれて歩いた。こうして告白されると分かっていながら何も分からないふりをして女の子の後ろを歩く時が僕は好きだ。こうして一緒に歩いているということだけできっとルルーシュは嫉妬をしてくれるから。ルルーシュはとても嘘がうまいが、僕のことに対しての嘘はあまりうまくない。もしかしたらうまいのかもしれないけれど、僕には嘘はすぐに嘘だと分かってしまう。いつもと様子が違うな、って思うとだいたいが嘘。だからいつも女の子に呼び出されて教室を出ていく僕を後押しするように言うルルーシュの言葉は全て嘘なのだ。ルルーシュが僕に嘘をつく時は、よっぽどの嘘じゃない限りちゃんと目を見て言ってくる。普通の人ならば目を見てハッキリと言われてしまえばそれは本心なのだと思ってしまうのだろう。けど僕は分かっている。ルルーシュがしっかりとこっちを見て何かを言ってくるとき、こっちもルルーシュの目をじっと見てあげれば嘘なんてすぐに分かってしまう。言葉で説明するのが難しいのだが、目が訴えてると言うのが一番適切かもしれない。さっきだってルルーシュは僕に聞こえる程度にこっそりと言った。

「早く行ってこい、ここで待ってるから」

そう言った時のルルーシュの目は、まるで置いてかれてしまった迷子のような目だった。不安、だと。本人は気付いていないだろうし、例えそれを他の誰かが見たとしても気付かないだろう。僕にしか分からないサイン、というものかもしれない。本当ならば行かないであげたいけれど呼び出されてしまえば行くしかないし、行かないと行かないなりにルルーシュが怒るのだ。本人だって行って欲しくないはずなのに女性をぞんざいに扱うなと言って僕の背を押す。僕としてはどっちなんだと思わず言ってしまいたくなるのだけれど黙っててあげるのが一番だと知っているから黙っている。本当に嫌だとは思ってないから僕も行くのは苦にならないし、何よりルルーシュが密かに嫉妬してくれていると思うと楽しくてしょうがない。ルルーシュがあのクールな顔の下でどんなことを考えているかとか、そんなこと、思うだけでわくわくしてしまう。こんなこと誰かに知られたら性格が悪いって思われるかもしれない。誰にも知られるつもりも、言うつもりもないけれど。

「嬉しいんだけど、ごめんね、今は軍が忙しくてそういうこと考えられる余裕がないんだ。本当にごめんね、君みたいに可愛い人ならきっとすぐにいい人が見つかるから」

がっかりとした顔色を浮かばせる女の子は最後の僕の一言に少しだけ頬を赤らめて小さく頷いた。胡散臭いこの台詞は僕の上司であるセシルさんが読んでいた小説の中から借りた言葉だ。今若い女性たちの間で流行っている恋愛小説の一部なのだが、今まで言ったどの女の子にも気付かれたことはない。皆きっと小説のような言葉を実際に言われて、驚きと嬉しさと悲しさで頭がいっぱいになり、その言葉が丸々引用なのだとは気付かなかったのだろう。会話が途切れ、僕はそれじゃと早々にその場を後にした。急がず、いつもの歩調で教室へ向かう。こうしている間にもルルーシュは教室で僕の帰りを待っているのだろうなと思いながら階段を昇った。すると、突然後ろから肩を叩かれる。僕が振り返るとそこには一つ下の学年の女子生徒が居た。

「どうしたの?」
「枢木先輩、あの、これ」

その子が手に持っていた何かを僕の手の中に押し付けてくる。カサりと音がして、何かと思えば袋に入ったクッキーだった。突然呼び止められたかと思えばこのクッキー。僕が首を傾げると女の子が恥ずかしそうに言った。

「あの、部活で作ったんです。よかったら・・・その、ルルーシュ先輩と食べてください」

確か彼女は家庭クラブだったなと思いながら、僕は彼女はルルーシュのことが好きなのだと分かった。内心イラっとしながらも僕は笑顔で分かったと言う。僕が受け取って安心したのか彼女は一つ礼をすると階段を駆け下りて行ってしまった。僕はその後ろ姿を見ながら、ルルーシュに食べてほしいと最初から素直に言えばいいのにと思った。僕に渡してルルーシュと食べて、なんて建前、言う意味が分からない。日本人じゃあるまいし本音と建前を使うなんて、ルルーシュのことが好きならばルルーシュに直接渡せばいいのに。僕はクッキーを少し眺めてからそれをポケットに仕舞いこんだ。こういうことは初めてではなかった。というか、こういうことが最近では多い。ルルーシュは僕が呼び出されるたびに告白をされていると思っているようだけど、それはちょっと違う。呼び出されて行ってみたら女の子が複数居て、「ルルーシュ君って今好きな人とかいるの?」とか「ルルーシュ君にこの子の印象聞いてきて」だとか、そういうことも多い。ルルーシュを好きになる女の子はみんな強いなぁと思いながら僕はそのことにちょっとだけ嫌な気持ちになる。ルルーシュのために利用されているからというわけではない。誰だって、自分の恋人が他人から好意を寄せられていると知ったら嫌な気持ちになるだろう。勿論、自分の恋人は周りの人にも好かれる人なんだと逆に誇らしく思う人はそれでいい。でも僕はそんなに心が実は広くない。ルルーシュは僕だけのルルーシュでいてほしいし、言ってしまうとルルーシュはもう僕の恋人なのだからみんなはもうルルーシュにかまってほしくない。

(まぁ、それは僕の独占欲でしかないんだけど)

それと、ルルーシュは(自分で言うのもなんだけど)僕のことばかり考え過ぎて自分のことをあまり考えていないようだ。(これも自分で言うのもなんだけど)僕は女の子からよく告白されるし、断わりかたも曖昧だから諦めてくれる子は少ない。だけどそれはルルーシュもそうなのだ。ルルーシュの場合断る時はハッキリと断るけれど、彼を好きになる女の子は皆しぶといのである。だいたい、もともとクールで通しているルルーシュから断るとハッキリ言われても彼女たちから見たらそれが"普通"のルルーシュであるのだ。ルルーシュは自分ではキツく言っているつもりらしいが、僕から見たら、僕じゃなくてもいつものルルーシュにしか見えない。リヴァルとかに遊びに誘われてさらっと断るような、いつもの断り方にしか見えないのだ。いつも女の子に優しくしている僕が真面目に怖い顔をして断ればきっと女の子は二度と僕の目の前に来ることはないだろう。気張ることもないからそれはしないし、ルルーシュに僕の気持ちを少しでも分かってもらおうと思ってあえて曖昧に返事をしているところもある。

(僕だって、嫉妬することくらい、たくさんあるんだよ)

ルルーシュは見た目があれだから異性だけじゃなくて同性からもそういう目で見られることがあるのは、本人は気付いているわけがないだろう。僕は軍に居たから、軍の中ではそういう人は多かったし女性の出入りが少ない寮なんかではそういうことも珍しくはなかったから驚かない。幸い僕は運動神経だけは良かったから餌食にされそうになっても軽々と逃げた。でももし僕が軍の中でも体力がなく運動神経もドベな、ルルーシュのような身体だったら確実に食われてしまっていただろう。とにかく、そういうことが起きるのは軍の中だからだろうと僕は思っていた。でも、まあ、流石に、こんな普通の学園にも居るには居るんだなとは思ってしまったのだが。しかし今のところは僕やロロが牽制したり無言の圧力をかけたおかげで大したことは起こっていない。ロロとはあまり仲が良くないが、それはロロがルルーシュのことが好きだからであってロロが僕に嫉妬してくるせいだ。僕は別にロロのことは嫌いではないのだが、こう、明らかに嫌な顔をされるとついこちらも黒い笑みで返してしまう。ルルーシュの弟だからできれば仲良くしてあげたいし仲良くなりたいとは思うのだが道はまだ遠そうだ。ルルーシュを守るという点で合致しているのはお互いに言葉もなく分かっているはずなのに。と、僕がいくら考えてもしょうがないので兄想いの良い弟なのだと割り切って考えることにしよう。



なーんて、生温いことを考えた僕が馬鹿だった。ロロの悪意のある行動によって濡れてしまった僕の服は洗濯機の中でぐるぐると回っている。ルルーシュとナナリーがキッチンへ食器を運んでいる時を狙ったのだろう、大袈裟に大声を上げてロロは僕のほう目がけてコップを倒した。子供か!と思わず呆れてしまう行動なのだが、謝るふりをしてルルーシュに触れようとするのがロロの作戦なのだろう。ロロの作戦通り、おろおろとするロロの頭をルルーシュは撫でて怪我はないか?と優しく問いかけていた。ロロの腹黒い行動には少々腹が立ったし、ルルーシュもなにを騙されているのだと不快に思ったがルルーシュがすぐに僕にお風呂に入ってこいと言ってくれたので僕は心の中でVサインをした。お風呂に入るということはいつもの流れで言うと泊まりということになるはずだ。ロロにとっては誤算だっただろうが、僕にとっては災い転じて福となすと言ったところだろう。

(それにしても、確かにちょっとバターが強いかな)

僕はポケットからすっかり忘れていたクッキーを発見し、それをわざとルルーシュの横で食べている。ルルーシュはこれを僕に告白してきた女の子に貰ったものだと思っているのだろう。でも僕は放課後の女の子とは言ったが、僕に告白してきた子だとは言っていない。ルルーシュと一緒に食べてと言われたからルルーシュにもちゃんとクッキーをあげたし、悪質な引っかけかもしれないが僕は嘘はついていないし言われたことはちゃんとやった。僕がクッキーを差し出した時のルルーシュの顔があまりにも、こう、腹の底に何かがドスンときた。クッキーを食べながら褒め言葉の一つや二つをこぼしてルルーシュをもっと苛めてしまおうかと思ったけど、ルルーシュが雑誌のページをぎゅっと握っているのに気づいてしまってやめることにした。苛めるのは好きだけれど、本当に悲しませるのは嫌なのだ。

「あの・・・ルルーシュ、何か、怒ってる?」
「怒る?どうして俺が」
「いや、なんか・・・」
「何処からどう見ても怒ってないだろう」

ちょっと苛めすぎたかもしれないと、ルルーシュの声が若干震えていることに気づいた僕は焦った。でもここで僕がタネ明かしをしてしまえばルルーシュのプライドを傷つけてしまうことになる。僕は少し困ったように眉を寄せてからすぐにルルーシュの腹に腕を回した。あくまでしょうがないなぁと僕がちょっと気づいたことにしておいて折れるのが重要だ。ルルーシュは雑誌が読み難いとぼやくが、"僕がそうしたいから"という理由で雑誌を取り上げてルルーシュの頭を僕の首元に埋めさせる。こうして理由を作ってあげれば、僕がそうしろと言ったからと言ってルルーシュはいつもはしてくれない甘えをしてくれる。かれこれこんなやり取りをどのくらい続けてきただろう。普通の男ならばきっと一ヶ月で面倒だと思ってしまうこの工程を僕は飽き知らずで続けている。確かに他の人から見たらルルーシュのこの性格は面倒なのかもしれないし、僕もたまにはルルーシュから甘えてきて欲しいなとは思う時がある。

「おいスザク、苦しい」
「うん、ごめんね」
「おい分かってるなら離せ・・・」
「うーん、それは嫌かなぁ」

けれど、そういう素直じゃないところも、心の中では僕のことを大好きだってことも、僕は知っているから僕はルルーシュを信じて好きでいられるのだ。ドラマや小説などでは僕の位置の人が素直になってくれない相手が実は自分のことは好きじゃないのかと勘違いして別れ話に進んでいくのを見かける。そういうものはだいたい相手が最後は素直になって気持ちを伝えハッピーエンドなのだが、僕は素直になりたくなければならなくてもいいと思う。そりゃ、嫌われているかもと思ったら相手に迷惑をかけたくないと別れ話を持ち出すのは分かるけれど、僕だったらそれで別れ話を持ち出さない。相手がこっちのことをどうとも思っていなくとも僕は好きなのだから。本当に嫌ならば向こうから別れようと言ってくれるだろうし、言いだせないと思っていてもそういうのは"空気"で分かる。言葉や表現に捕らわれて疑心暗鬼になってしまうのは駄目だと思う。・・・と、それらしいことを語ってはみたが結局のところ僕がルルーシュを好きでいる限りルルーシュがどう思っていようが僕から逃がしてやろうとは思っていないということだ。



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結論:相思相愛